空の下で-熱(3) 北の大地・函館
「いや、オレ無理だって!絶対無理!こんな話聞いてないし!」
暑苦しい堀之内駅のホームで牧野が必死な表情で僕に「無理無理」と訴えている。あんまり首を横に振り続けるので制服の夏のYシャツが乱れ出している。
「聞いてないはず無いよ。旅のしおりに書いてあるし」
僕が大きなドラムバックからシワシワになった旅のしおりを出すと牧野は「うるせえ!」と怒鳴った。
「オレは船で行く!」
「北海道まで?」
「船旅にはロマンがある。時間かかっても楽しいだろ!」
今日から僕ら多摩境高校三年生は修学旅行で北海道に行く事になっている。
三泊四日の高校生活最大にして一番記憶に残るであろう行事だ。
なのに牧野が騒ぐ理由は、飛行機に乗りたくないという事だ。
「人間が空に飛び出すのはおかしい!鉄の塊が飛ぶのは理解に苦しむ!!」
今日の朝になって牧野がそう電話してきた。今頃になって旅のしおりを読んで旅の道のりを知ったらしい。
集合場所、朝九時半、羽田空港。
そういう一行を見て電話してきたらしいのだけど、計画が変わる訳もない。
仕方ないから僕は未華にメールしたら、すぐに未華から牧野の携帯に電話がかかってきた。
『牧野!早くいこうよ!』
「お、おう」
なんだよ急に!僕の説得じゃ駄目で、未華なら一言でOKかよ!!
実は、飛行機に乗るのは初めてだ。
なので羽田空港から飛行機が飛び立つ時、あの独特の重力に冷や汗をかいた。
なのに牧野は「うわ、コレめっちゃ楽しい!」などとはしゃぎ大声を出して先生に注意されていた。怖がってたの誰だよ・・・。
空から見る景色っていうのは初めてだったので、僕は窓からずうっと本州を眺めていた。
「家、小さい・・・」
「あ、暑いけど・・・?」
函館空港に降り、空港ロビーから外に出ると、意外な暑さが僕らを待ち受けていた。
涼しいー!と叫びたかった僕としては「何だよウソつき」って誰かに言いたくなった。
同じクラスの剛塚がボソリと「今日たまたま暑い日らしいぜ」と教えてくれた。
まあ今はもう七月中旬だ。いくら北海道とはいえ暑い日くらいはあるのかもしれない。それでも湿度が全然無いのが気持ち良かった。
「バスに乗れー」
学年主任の先生がメガホンをキーンとハウリングさせながら叫び、僕らは空港から観光バスに乗り込んだ。
バスは各クラスごとに用意されていた。僕ら三年生は五クラスあるから五台の観光バスが列をなして進む訳だ。
「ようこそ北海道へ!私は北海道アンダースカイ観光のバスガイド、宮咲といいます。これから四日間みんなと一緒に北海道をまわって行きますのでどうぞよろしくお願いします!運転手はこの道三十年のベテラン、小松原さんです!」
何だかやたらと童顔でかわいいバスガイドさんがマイクを持ったので、クラスの男子達は「おお!」だの「かわいい!!」だの「いい旅になりそう」だの口々に騒ぎ出した。
「宮咲さん、何歳ですかー?」
クラスのお調子者がそう聞くと宮咲さんはニコッと笑い「まずは函館北部にある五稜郭へとバスは向かいます」と言った。
「宮咲さーん、彼氏いるんですかー?」
「五稜郭は1857年、安政四年から蘭学者の武田斐三郎によって七年もの歳月をかけて作られた日本初の洋式の城郭です。城郭と言っても現在は広大な公園として一般に公開されていて・・・」
宮咲さんはクラスのお調子者の言葉にキチンと笑顔や会釈をしながらも五稜郭の説明を続けて行く。こういう修学旅行の学生の相手にも慣れているんだろう。
「旅行だからって浮かれるなよ。なあ英太」
何故かバスでは隣同士になった剛塚が窓から外を眺めながら呟いた。本当は僕が窓側に座りたかったけど・・・。
五稜郭に到着すると、一時間半の自由行動となった。とはいえ五稜郭の歴史をレポートにして提出するという決まりがあるので遊んでばかりはいられない。
僕は剛塚と他の生徒二人と一緒に五稜郭を歩く事にした。
一人はサトルというサッカー部の部長で、ちょっと調子のいいヤツだ。さっきバスガイドの宮咲さんにからんでいた男でもある。ちなみに柏木直人とは仲がいいらしい。
もう一人は映画同好会に所属でゲームマニアの時任だ。けしてオタクではなくてマニアだというのが口癖の理屈っぽい男だけれど意外と爽やかなやつだ。
「おい英太、サトル、時任。早く見学行こうぜ」
剛塚はそう言ってさっさとバスから離れ出し、僕とサトルはそれを追い、時任は「待って待って、資料資料」とか言いながらインターネットでダウンロードしたらしい五稜郭の資料を手にする。
「何だよ時任。映画とゲーム好きなくせに五稜郭の資料まで持ってるのか」
「五稜郭を題材に使ったCG映画があるからね。観光用の動画だけど」
「へえ、さすがマニ男」
剛塚は明らかに元不良なのに、こういう時任みたいなマニアックな男とも対等に付き合う気持ち良い男だ。でも口の悪さは相変わらずだ。
「いいからさっさと行こうよ。じれったいって!」
サトルはすでに走りだしそうな勢いだ。
「はいはい」
僕は冷めた返事をしながら歩きだした。
五稜郭を回った後は市電に乗って元町へと向かった。元町からさらにロープウェイに乗ると百万ドルの夜景で有名な函館山だ。
とはいえ時刻は午後四時。夜景では無いので女子達はガッカリそうな表情をしていた。
丘が大好きなくるみが景色を眺めながらポカーンとしているのを見た。残念なのかなと思って話しかけたら、そうではなくて二度と来ないかもしれない景色を心に焼きつけていたという事だった。「焼きつけるのに少し時間がかかるんだ。昔の写真みたく」だって。変わったコだ。
「ねえ英太くん」
「ん?」
「札幌ってさ自由行動あるよね?」
「ああ、どのクラスの誰とでも行動していいらしいよ」
「予定ある?」
「え・・・?」
牧野とか日比谷の顔が浮かんだけどすぐ消した。
「無いよ。い、一緒に行動する?」
「え?あ・・・うん」
その日は一日ドキドキが止まらなかった。
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