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2010年7月

2010年7月 1日 (木)

空の下で-風(25) 東京都大会(その6)

見上げると、青い空の中を白い雲がゆっくりと泳いでいた。

日が差したり影が出来たりの繰り返しで、少し暖かいとはいえ絶好のレース日和となっていた。

辺りを見回すとユニフォーム姿になった選手達に囲まれている。支部予選会を勝ち抜いた選手達だけにどの人も強そうに見えてしまう。

その中にいても注目されているのは優勝候補であり、第2支部の覇者でもある葛西臨海高校の相良という小顔で長身の選手だ。

そしてもう一人の優勝候補、稲城林業の五島林も視線を集めている。

その五島が僕を見つけて寄ってきた。

「やあ」

やけに気軽に声をかけてきたけど表情は固かった。

「キミ、さっきうちのカントクと話していた先生と一緒にいた人だよね」

先ほどのトイレ前でのやりとりの事を言っているらしい。それで僕の顔を覚えていて話しかけてきたという事らしい。

「そうですけど・・・」

「さっきの話。秘密にしといてね。オレは何が何でも関東大会に行ってカントクの役に立たなきゃいけないんでさ」

五島は柿沼監督と駆け引きをしていたんだ。関東大会まで進んで柿沼監督の指導力を学校に認めさせるかわりに、就職のあっせんをしてもらうという。

それが五島が最近になって陸上部に入った理由であり、走る理由なのだ。

そんな事で・・・、そう思うけど僕には五島のあの笑顔が忘れられない。

試合で走る前、試合中、あんなに楽しそうに跳ねまわっている五島の笑顔を。あれも偽物だと言うのだろうか。

「五島くんはさ」

「え?」

「陸上、楽しい?」

これから大事な試合が始まる時だというのに、ほとんど話した事も無い五島に僕は何を聞いているんだろう。少し後悔したけどもう後の祭りだ。

「うーん。楽しかった・・・かな」

「過去形?」

五島は自分の足首をさすった。

「ちょっと怪我しててね。楽しさだけで走ってたからケアを怠ってさ。正直、キツイんだよね。今日走るってのは」

五島も試合前だというのによくまあこんな秘密を語るもんだ。とはいえ、僕は温泉で五島の怪我を知っていたから驚きはしなかった。

「じゃあ・・・無理して走るの?」

「そうだね。関東大会に進まないとカントクとの約束を果たせないし」

五島はつまらなそうに言った。

「怪我、大丈夫なの?走って」

そう聞くと五島は僕を睨んで言った。

「オレにとっては関東に進む事が全てなんだよ。カントクの評判を上げて、就職を優遇してもらう。それだけが目的なんだよ。ここで多少怪我が悪化したって知った事じゃないっつーの。オレ、学校の出席率がヤバイんだよ。どうしても就職を優遇してもらいたいんだ」

「そう」

選手達がコールされ、僕らはスタート地点に向けて歩きだした。

その時、五島が僕に宣言をした。

「何がどうなろうと八位以内に入って関東に行くよ」

だけど僕は少し言い返した。

「なんか・・・今の五島くんにはもう脅威は感じないや」

「は?」

「楽しそうに走ってた五島くんは驚異的だった。でも今の、捨て身なだけの五島くんは怖くない。怪我を知ってるからじゃなくて・・・。なんかうまく言えないけど」

言われて五島は複雑そうな表情を見せた。これまでずっと楽しそうに走っていた男の、迷いを感じさせる表情だ。

「キミは、楽しさだけで走るんだ。気楽でいいね」

「違うよ」

「はい?」

「僕だって関東大会を目指してる」

言った瞬間、声が少し震えてしまった。

僕程度の選手が言っていい言葉なのかわからなかったけど、僕だって本当は関東大会に進んでみたい。

可能性は低くたっていいんだ。目指すものがあるって事が大切だと思うから。

牧野は宣言していたじゃないか。今年のうちの部は関東大会を目指すんだって。

未華は関東にコマを進めた。名高だって進む気だ。それなら僕も牧野も関東に進む気でやるに決まってるじゃないか。

「そうか。じゃあライバルだな」

五島はほんの少しだけ笑顔を見せてスタート位置へと向かった。

 

 

四十八人の選手が5000mのスタートラインに出そろった。

二列に分けて二十四人ずつになった選手達の、僕は二列目の外側だった。

牧野は同じく二列目の内側に陣取り、僕に向かって頷いた。何の合図かわかんないけど僕も頷いた。

名高は一列目の中央だ。一度だけ僕と牧野に視線を向けた後、背中からでもビンビンとオーラを発しているのがわかった。集中している。

その他の各選手も静かになった。

スターターの人が「よーい」と言ってピストルを持った手を空に向ける。

声援の声が聞こえなくなり、全ての神経はピストルの音に向けられた。

その神経にパンという音が飛び込んできた。

一斉に四十八人が飛び出す。

太陽に照らされた、赤いトラックへと。

 

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2010年7月 5日 (月)

空の下で-風(26) 東京都大会(その7)

ドドドっという地鳴りの様な足音を鳴らしながら四十八人は一斉に走りだした。

右も左も前も後ろも選手だらけだ。何とかいいポジションを獲りたくて各選手が肩とかをぶつけながらもコースの内側や前を目指す。

「うわ!!」

叫び声を上げながら一人の選手がコース内側のフィールドに押し出されて転んだ。

そこへ割り込んだのは落川学園の向井だった。まさか、強引に押し入ったのか。警戒して向井の周りにスペースが空き、そこへ同じ落川学園の八重嶋翔平がスッと入ってくるのを見た。

「落川学園・・・」

優勝候補の相良や五島を見たせいで落川学園の事を忘れていた。一位争いなんて僕には関係ないんだった。八位入賞の争いに関わってくるであろう八重嶋翔平のいる落川学園の事に気をつけなくてはいけない。

「あのヤロウ」

すぐ近くに牧野がいて、そう呟くのが聞こえた。

向井と八重嶋翔平は僕らより少し前だ。抜くなら気をつけなくてはならない。

あっという間に最初の一周が終わり、選手達の列は次第に縦長になっていく。

先頭は予想通りの相良と五島のコンビだ。その後ろにピタッと秋津伸吾と名高がつけている。

すげえ!!名高は東京都大会になってもトップクラスだ。

興奮しつつも僕は多摩境高校の声援が聞こえていた。

大山、剛塚、たくみ、未華、くるみ、早川、染井、ヒロ、一色・・・。

みんながそれぞれ大きな声を出してくれる。

マヌケな事に牧野は二周目に声援に手を振った。後できっと五月先生に怒られるだろう。

1000mを越えたところで腕時計でラップタイムを確認した。

予定より少しだけ遅い。でもほんの三秒ほどの話だ。僕としてみれば、後半に追い上げたいからこのままのペースを守る事にした。

しかし牧野の作戦は中盤まででタイムを稼ぐ事だったので、「オレ、行く」と言って前へ出た。

それに小判鮫の様について行く者がいた。松梨付属の二年生エース、西隆登だ。

そういえば松梨の香澄圭はどこだ?そう思った瞬間、あの嫌な声が聞こえた。

「あれ?すいぶんと必死こいてるじゃん」

僕の外側に香澄が並んだんだ。思わずチラリと横目をやるとポニーテールが揺れているのが見えた。

しっかりとした足取りと腕振り。相変わらずの綺麗なフォームだ。

香澄は僕の前に陣取った。まるで僕にフォームを見せつけるかの様だ。

少しイラッ来たけど、香澄のこの行動に僕は安堵した。

香澄の実力でこの位置につけているのなら、この位置は悪いポジションじゃあ無いハズだ・・・と。

そのまま香澄の後ろを走り、2000mを越えた。

特に大きな動きは無い。香澄は目の前にいるし、少しずつだけど脱落する選手を捉えて行くだけだ。

我慢の時間が続いた。動きが無いというのは作戦が成功しているという事でもあるけれど、順位がそれほど上がらないのに体力だけがどんどんと消費していくからだ。

3000mを越えても大した変化は無い。ラップタイムは想定していた時間より五秒だけ早かった。

全ては順調だ。何もかもが順調。ほんの少しずつ選手を捉え、物凄い体力を消耗していく。順調そのもの。作戦通りだ。

そして想定通り、息が上がり腕と足が重くなりだした。

そもそもこのペースで進む作戦には一つの大きな問題点があるんだ。

このペースでは4000mまでしか持たない。残り1000mは僕の実力ではペース維持は難しいだろうという根本的な事に欠落した問題。

でも五月先生は「最後は相原の得意の気合いがモノを言うハズだ」と、無責任な精神論でこの作戦を立てた。

でも僕はこの作戦でいいと思った。

名高や牧野は言っていた。「英太は後半の追い上げが怖い」と。

それに懸ける事にした。とはいえ、喉が痛いほどに息が上がって来ている。

「はあ・・・!!はあ・・・!!」

3800m地点で、向井に並んだ。

抜かす時、ヒジ打ちとかを気にしたけど、向井は向井で必死で、それどころではない様子だった。

香澄の背中を追って、次々と選手を抜いて行く。

みんなそれぞれ厳しい表情をしているけど、もしかしたら僕の方が酷い顔をしているかもしれない。

4000mちょっとのところで、西隆登を一瞬で抜き去った。

西はもう腕も振れていなくて、まさに失速状態だった。ゴールまで辿り着けるのか不思議になる。

あと一キロは五月先生に「気合い」と言われた作戦無しの距離である。

香澄の背中が一歩、また一歩と遠くなる。

「はあ!!はあ!!く・・・そ!!」

なんちゅうヤツだ、香澄圭!!ここに来てもフォームが乱れていないなんて・・・!!

と思ったら、香澄のフォームもバラバラになっていた。

一瞬、香澄が振り返った。

いつもの涼しい表情なんてしていない。口を開けて顔の左半分を歪めていた。

それを見て、僕は「まだだ!!」と心で叫んで香澄を追った。

香澄は一人の選手に追いついたが、抜けないでいた。

こいつは・・・牧野だ。

4400m地点で僕は香澄と牧野と並走した。

それはわずか50mほどの事で、時間にしたら十秒も無かった様に思う。

でもこの時間、僕は楽しかった。

一年生の時からずっとずっとライバルだった牧野。

今年になって現れた絶対に勝ちたい相手、香澄圭。

自分の中で「絶対に負けられない相手」と思ってきた二人と、この舞台で並走して戦う幸せ。

しかしその戦いは香澄圭に軍配が上がり、香澄は少しずつ前へと進んで行った。

「牧野!!」

「英太!!」

僕と牧野は酷い顔でお互いを見た。

そして前を目指した。

前へ前へ。

残り一周で僕は牧野を置き去りにした。

「だからお前は!!」

牧野が擦れた声でそう言った。

「後半が怖いんだ!!」

そうして前を向くと、いよいよ信じられない選手の背中が見えてきた。

今日はこの選手の背中を捉える事が出来るんじゃないかと、なんとなく想像していた。

この選手に引導を渡すのは、きっと・・・きっと僕なんじゃないかと思っていたからだ。

五島林。

残り300mで、足をかばいながら失速して落ちてきた五島に並んだ。

 

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2010年7月 8日 (木)

空の下で-風(27) 東京都大会(その8)決着

おおおっという大歓声がホームストレート側から聞こえた。

僕が五島に追いついた歓声じゃあない。

優勝候補である相良を抑えて、秋津伸吾が第一位でゴールしたのだ。

僕の視線の端には秋津が両手を思い切り挙げてゴールラインをまたぐ瞬間が見えた。

続いてすぐに相良が第二着。そしてそして!!

名高が第三着でゴールするのを見た。

す、すごい。

カラカラの喉なのに、僕はゴクリと唾を飲んだ。

名高が東京で三番目に早い男となったんだ。なんてヤツだ。

残り200mになり、僕はコーナーを走りながら前を行く選手達を数えた。

今、四人目の選手がゴールするところだ。

その後ろには松梨付属の赤沢智が見える。その次に八重嶋翔平。

そこから離れて香澄圭。そして次が、目の前にいる五島林だった。

「え??」

五島が八位なのだ。つまり、すぐ後ろを走る僕は九位という事になる。

あと一人、五島林を抜けば関東大会へ行けるのだ。

ババッと後ろを確認すると、ほんの少し後ろに牧野と誰か選手が追って来ているのが見えた。

再び前を向くと五島林の背中はもう目の前だ。

追え!!

僕は僕の体に命令した。

追うんだ!!追い越すんだ!!

息を吸い、腕を振り、足を出せ!!

ただし、無駄な力は使うな。

全ての力は前に進むためだけに使うんだ。

歯を食いしばる事になんて力を使うな!

顔を歪める事になんて筋肉の力を使うな!

ふっと体が軽くなる。

伸びやかに、そして軽やかに腕と足が前に出た。

五島の姿が近くなり、やがてその姿は前ではなく横になった。

前を見るとコーナーが終わり、最後の直線になっていた。

これだけ?

後、これだけしかないの?

持つ。僕の体力は持つ。あとこれだけなら僕の体力は持つ!

五島の一歩前へ出ると、五島は「ぐおお!!」と叫んだ。

僕に抜かされれば関東行きは無くなる。足の怪我を無視してまでやってきたここまでの苦労が水の泡となる五島にとって、最後の気合いは凄まじいものだった。

吹き出す汗と歪む顔は、疲れからではなく怪我の痛みからのものに違いなかった。

しかしそれでも五島はペースを上げ僕に並んだ。

こうまでしなければ五島は目的を達成出来ないのだ。

そんな事を強制させる柿沼監督は酷いヤツだ。

でも、それでも僕は負ける訳にはいかない。

怪我までして何の楽しさも感じない状態で走る五島には、ここで消えてもらわないといけない。

それが五島のためでもあるし、僕は純粋にこのラストスパートの戦いを楽しみ、勝ちたいと思ってるからだ。

ゴールを待たずして、残り50mで五島は足を引きずり失速した。

あっという間に僕が前へ出る。

勝った。

そしてこれで八位入賞。関東進出だ。

ほんの少しの油断がスポーツの世界では全てを狂わせる。

五島だってあんな圧倒的な実力を持っていながら試合後のクールダウンを怠っただけで目的を達成出来ない結果となった。

それを見た瞬間だったのに僕に一瞬のスキが生まれた。

五島の失速を見て勝利を確信してスピードを緩めてしまったんだ。

そこへスッと一人の選手が追いついたのだ。

ギョッとしてそちらを見ると、とっくに抜かしたハズの西隆登が僕を抜き去るところだった。

「あ・・・」

一歩前に出た西を僕は追った。

しかし追うだけだった。

西を追ったまま、僕は第九位でゴールラインを走りぬけたのだった。

 

 

 

その後の事はあまり思い出したくない。

ゴールしてフィールドに倒れこみ、サポート係の大山に肩を貸してもらってトラック脇へと移動した。

僕が「西、いつから?」という文法のテストで0点を取りそうな質問を大山にすると、「西くんは英太くんが抜いてからずっと、少し後ろを追ってきてた。最後まで鬼の形相だったよ。童顔なのに」と答えた。

最後まで・・・か。

最後の最後で僕は油断をしてしまった。

「惜しかったね」

大山に言われて涙がこぼれた。

カッコ悪いと思い手で目を拭ったけど、涙はとめどなく溢れて来た。

仕方なく僕は体育座りをして膝に顔を着けて顔を見えない様にした。

「あと、あとほんとチョットだったのに・・・」

まるで小学生がイジメに遭ったかの様な声を出してしまった。

黙ってしまった大山の横に誰かが来た様だ。どうやら牧野らしく、僕に声をかける。

「なんだ英太。お前、やっぱなかなかやるなあ」

「はあ?」

顔を上げると牧野はニヤニヤと笑っていた。

「お前には負けたよ。クソッタレが。お前が九位で五島が十位だろ?オレは十一位だった」

「でも・・・最後に・・・」

「オレもお前も自己ベストを信じられないくらい更新してたぜ?」

牧野は腕時計を見ながら言った。

そこへ五島がやってきた。足を引きずってはいるが表情を晴れやかだ。

「キミの言う通りだったな」

五島はそう呟き、ため息をついた。「就職優遇だなんて変な目的じゃなくて、楽しんでやってれば自分のケアとかもちゃんとやって、今日も負けずに済んだかもしれなかったな」

そして言う。

「相原くんだっけ?キミのおかげでオレも何が大切なのか少しだけわかった気がするよ」

そうして久しぶりに五島が笑顔を見せた。

「最後、競り合った時、面白かった。負けたけど面白かった。ありがとう」

そう言って五島は僕に会釈みたいな動きをして去って行った。

「ありがとう?」

不思議な感覚がした。

優勝候補だった五島林に勝ち、その五島にありがとうと言われる事が。

「おい、立ち上がれよ英太」

牧野が僕の腕をぐいと引っ張り、ムリヤリ立たされた。

「名高が関東進出を決めたんだ。祝いに行こうぜ」

「あ・・・そうか!そうだね!!」

牧野と大山が名高の方に行こうとしたのを見て、僕は牧野に声をかけた。

「牧野」

「あ?」

「サンキュ」

「はあ?」

牧野には伝わらなかったかもしれないけど、それでいい。

今、僕は挫けていた。でもそれを牧野の一言が助けてくれたからだ。

立ち上がれよ英太。

その言葉で僕は本当に立ち上がれた。だから五島みたく素直に牧野にお礼が言えた。

「ありがとう」ってのは照れ臭いから「サンキュ」ってゴマかしたけど。

そうだよ。これで全てが終わった訳じゃあ無い。立ち上がらなくちゃ。

僕らの戦いはまだ続くんだから。

 

 

男子5000m 試合結果

第一位 秋津伸吾(葉桜高校)

第二位 相良勇(葛西臨海高校)

第三位 名高涼(多摩境高校)

第四位 伊坂広太郎(平和島第二高校)

第五位 赤沢智(松梨大学付属高校)

第六位 八重嶋翔平(落川学園高校)

第七位 香澄圭(松梨大学付属高校)

第八位 西隆登(松梨大学付属高校)

第九位 相原英太  第十位 五島林  第十一位 牧野清一  第二十三位 向井

 

 

空の下で 風の部 END

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2010年7月 9日 (金)

風の部、描き終わりましたー!

お久しぶりです。cafetimeです。

 

これまでで最長となる全27話にも及ぶ風の部が終わりました。

これは「空の下で」全ての構成の中で一番長い章だったので、書き終わらなくて更新もたびたび遅れてしまいました。

この先、最終回までにもこんな長い章は予定されてません(笑)

 

英太達が三年生になったところから、支部予選会、東京都大会と、長い長い戦いを描いてきた訳で、これまでで一番スポーツ小説っぽい感じになった様な気がします。

数々の選手が登場しては消えて行ったので、作者としても誰がどこの高校の選手なのか把握するのが大変でした。

脇役とはいえ、セリフある人もいるし、物語の進行に関わる人もいるので、もう訳わからん!(笑)

 

さて、次は熱の部というタイトルになります。

大会からは少し先の話となり、夏のお話となります。

毎年描いている夏合宿もそうですが、今年の英太は違うところにも出かけます。

そこで起こる出来事を通して、高校三年生の熱い夏を描いて行くつもりです。

あ、そんなに長くなりません(笑)

 

では、また!!

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2010年7月12日 (月)

熱の部/目次

 

1.全てを懸けて「前編」

2.全てを懸けて「後編」

3.北の大地・函館

4.北の大地・函館市街

5.北の大地・函館の夜

6.北の大地・旭川

7.北の大地・富良野

8.北の大地・札幌

9.北の大地・旧本庁舎

10.北の大地・丘の上のベンチで

11.北の大地・小樽

12.雷雨(その1)

13.雷雨(その2)

14.雷雨(その3)

15.雷雨(その4)

16.雷雨(その5)

17.雷雨(その6)

18.雷雨(その7)

19.雷雨(その8)

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空の下で-熱(1) 全てを懸けて「前編」

あの東京都大会から一ヶ月半が経ち、季節は梅雨真っただ中の六月下旬となった。 

学校所有のマイクロバスが田舎町の中をさらに郊外へと進んでいく。

薄い雲に覆われた世界は凄まじい湿気を帯びていて、バスの全ての窓を全開にして走っているのに、肌に汗が浮かび上がってくる。

バスの運転手は短距離担当の志田先生だ。持ち込みのCDで80年代のヒット曲をさりげない音量でBGMとして流している。

「俺はロックが聞きたいけどな」

運転席の一つ後ろの席で五月先生がそう言うと、近くにいた名高は大きく頷いた。

バスの中には長距離チームが全員乗り込んでいる。短距離からはたくみだけが来ている。

「ま、オレは全ての試合が終わっちまって、後は暇だからなー。取材がてら同行だよ」

誰も説明を求めてなかったのに、いちいち説明して回るたくみは面白かった。

そんなのんびり感が満載のこのバスが走っているのは茨城県の水戸市郊外だ。

向かうは関東大会が行われる茨城県笠松運動公園だ。

名高と未華が進出を決めたこの大会の応援のため、長距離チーム全員で向かっているという訳だ。

 

 

空の下で 3rd season-3 

熱の部

 

 

茨城県笠松運動公園は広大な土地の中に色々なスポーツ施設が併設された場所だった。

陸上競技場はもちろん立派な施設で、何と最大で二万人も収容できるという話だ。

ただ屋根が小さいので急な雨があったらヤバイって事で、メンバーはみんな雨具を用意して来ている。

他にもテニスコートや体育館、さらにはスケートリンクまで併設されていて、本当に色んなイベントをやる場所なんだなーと感じた。

僕らのマイクロバスは大きな駐車場に止まり、そこから陸上競技場へ少し歩く。

他にも関東の各地から色々な高校のバスが来ていて、凄い喧騒となっていた。

僕はどこが強いとか弱いとか、そういうのはよくわからないんだけど、それでもテレビで聞いた事のある高校とかはわかった。

バスを降りてすぐに千葉県の有名市立高校を目にした。サッカー部が全国区の超有名高校だ。

競技場の入り口では全国色んな場所に付属高校を持つ有名私立高校とすれ違った。全ての運動部が強いというこれまた超有名高校だった。

ホームストレート側の観客席からフィールドを眺めると、すぐ下に立派なビデオカメラを持った人やマイクを持った女の人が数人いた。

地元テレビのクルーの様だった。その他にも陸上雑誌のロゴの入ったスタッフポロシャツを着た人が何人かいて、それを見ただけでも緊張感が漂ってくる。

「す、すごいね」

僕が名高にそう言うと名高は大きく頷いた。

「ここまで来れたオレがね」

いつになく爽やかに笑いながらそう言う名高を見て、蒸し暑いというのに寒気を感じた。

楽しんでる・・・。

名高はこの状況を楽しんでいる。

これまでとは規模の違うこの大会に。

じゃあ未華はどうなんだろうと思って未華の方を見たら、未華は「すごーい!」とか「ひろーい!」とか「人がたくさーん!」とかはしゃいでた。

やっぱり楽しそうだ。

 

 

競技が開始されると会場はこれまでの大会以上に異様な熱気を帯びた。

凄まじい熱量を放つ声援。それを受けて走り、飛び、投げる選手達の実力の高さ。

そしてそれらが僕らの心に残してくれる忘れられない記憶。

それは支部予選にもあったし、東京都大会にもあった。

でも今日のそれは今までとはまた一つ違う力を持っていた。

各地で熾烈なサバイバルを越えて生き残ってきた選手達だからこそ発する事の出来るオーラ。きっとそういう物だと思う。

そして午後一時、女子3000mの時間がやってきた。

多摩境高校の席を出発する時、牧野が未華に声をかけた。

「未華」

「ん?」

「ナイスファイト」

「はあ?まだ走ってないし」

未華はさらに「なんじゃこいつ、熱くて頭がおかしくなったか」と言った。

「いや、そうじゃなくってよ。ここまでの話だよ。今日までナイスファイトって事」

「え、ああ、ありがと」

未華はちょっと困った顔をした。

「そんでさ、今日までのそのナイスファイト、全てぶつけて頑張れよ」

牧野が何だか照れ臭そうに言うのでこっちまで照れ臭くなる。

「全て・・・か。全てね。そうだね、全てを懸けてやってくるよ!だってこれはアタシの夢の舞台だもん。ここを目指してやってきたんだもんね!」

未華はボクサーがする様なファイティングポーズをして笑った。

「行ってくる!応援よろしく!」

 

 

未華が試合で走る姿を見るのはいつでもすがすがしい気持ちのいいものだった。

今日もスタートして全力で駆け抜ける未華を見るのはそういう気分にさせてくれた。

いつでも元気でポジティブな未華。

僕は今まで何度もその雰囲気に助けられたと思う。実際に未華に助けてもらった事もあるし。

未華と出会えて良かったと思う。本当にそう思う。こんなに思うのに恋愛感情を抱いた事は無いんだけど、出会えて良かった。

今日の試合を見ていてそんな思いが込み上げた。

何だか見ていて涙が出そうになったけど、声を振り絞って応援した。

未華は「全てを懸けて」と言った。

それなら僕らだって全てを懸けて応援する。声が枯れたっていい。喉が痛くなったっていい。

少しでも。ほんの少しでも。未華の力になるのなら。

未華は最後の一周で宿命のライバル、百草高校の古淵由香里さんと争った。

すでに全国へ進める様な順位では無かったけれど、二人は最後の最後まで戦った。

その勝負は未華が軍配が上がり、未華は30人中15位という順位で戦いを終えた。

・・・悔しいかな。

未華の泣くところは見たくなかった。

だからクールダウンして戻ってきた未華を正面から見る事は出来なかった。

でも未華は笑顔で帰ってきた。

「いやー!!楽しかった!!」

そう言う未華の瞳は赤かった。

でも未華は名高の肩を叩き、こう言った。

「すごい面白いよ!!名高も楽しんできな!!」

言われて名高はニヤリとした。

「おう」

 

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2010年7月15日 (木)

空の下で-熱(2) 全てを懸けて「後編」

名高の出る男子5000m。もう関東大会だというのに未だに知っている顔が何人も生き残っている。

支部予選会からのメンツでは葉桜高校の秋津伸吾と落川学園の八重嶋翔平。

東京都大会で対戦した中には松梨付属の赤沢智、香澄圭、西隆登の三人。

そして東京都大会優勝候補だった葛西臨海高校の相良勇もいた。

「すごいメンツだな」

スタート地点のすぐ横で僕と牧野は眺めていた。

牧野がそう言う通り、僕らから見ればオールスター戦の様なメンバーが、スタート地点で体を動かしている。

関東大会ともなると、偶然生き残った様なラッキー選手はもういない。

実力を備え、チームを引っ張る様な各校のエース級のヤツらばっかりなんだ。それも強豪高校ばかりだ。

この試合は関東大会とは言っても、北と南に別れて行われている。

僕らの所属する東京都は南関東という事になり、東京・神奈川・千葉・埼玉の選手が戦うんだ。

神奈川県からは優勝した横浜の高校の爽やかそうな選手が注目を集めている。

千葉県優勝の選手は一年生の時から有名な人で、各県の人に「久しぶり」なんて言ってる。

埼玉県優勝の選手は寡黙そうな坊主頭の人だ。黙々と体を動かしていて、集中してる時の名高そっくりなオーラだ。

そして東京都優勝は秋津伸吾だ。優勝候補だった相良を抑え、ついに東京を制覇した男はどこまで快進撃を続けて行くのだろう。

興奮する気持ちを抑えきれずに見ていると、名高がこちらへ駆け寄ってきた。

「英太、牧野!」

「ん?」

名高はすでにユニフォームへと着替えている。間もなくコールタイムだ。こんなタイミングで僕らのところへ戻ってくる理由が思いつかない。

「物凄いメンバーだぜ。さすがのオレも緊張してきた」

名高の口から緊張だなんて言葉は初めて聞いた。ウソつけって思った。

「でもよ。オレもそうだし秋津もそうだし、多分、八重嶋でさえ、赤沢でさえそうだと思うんだけど・・・」

何言ってるか全くわからない。何の話だ。

「東京のみんなは五島林っていう怪物が現れて、この半年間は物凄い危機感持ってここまでやってきたと思うんだよ。オレだって秋津という強敵に勝つって目標を、さらなる強敵の五島に勝つって目標に変えてた。だからここまで強くなれた」

何となく言いたい事を察する事が出来た。僕の鈍感も少しは直ってきたのかもしれない。

「五島は怪我でいなくなったけど。あの危機感は全然無駄じゃなかったんだな。オレがここまで強くなれたのは五島のおかげだって気がしてきたよ」

「じゃあ今度、その話、五島にしてやれよ」

牧野が冷たくそう言うと名高はニヤリと笑った。

「いや、ここまで来れたのは英太と牧野のおかげかも」

「ウソくせー」

牧野がそう言い笑うと名高も笑った。

「ま、見ててくれよ」

コールタイムのアナウンスが入り、名高はスタート地点へと駆けだした。

 

 

試合はサラリと始まった。支部予選会の時から何も変わらない形式で。

もっと、もったいつけて欲しいくらいサラリと。

一週目から凄まじいペースで走る選手達。あまりのペースに、名高はおろか秋津や相良でさえ集団の真ん中くらいを走っていた。

こんなペースで走り続けられる訳が無いと思っていたのに、先頭集団はそのままのペースで1キロ、2キロと走って行く。

「名高ー!!」

スタートしてすぐに僕と牧野は多摩境高校の陣営に向かって歩きながら応援をしていた。

「こいつら、バケモンか」

あの名高が集団の中盤より少し後ろを走っているのだ。八重嶋翔平と並んで走っているから名高の調子が悪い訳じゃなさそうだ。みんながみんな、名高より速く走っているのだ。

「信じらんない・・・」

僕は息を呑んだ。関東に来るヤツらってこんなに凄いのか・・・と。

集団からは次々と脱落者が出て行く。その中には西隆登もいた。東京都大会のゴール直前で僕を抜かして関東へ進んだ選手だ。

「西でさえもう遅れだすのか」

暑い日だといのに寒気がした。ふと右手を見ると鳥肌が立っていた。

名高はまだ生き残っている。もうこれは応援する以外に僕らには何も出来ないので声を枯らして叫ぶ。

自分の声がどんどんおかしくなっていくのが判ったけれど、それでも叫んだ。

「名高ファイトー!!」

多摩境高校の陣営に辿り着くと、試合はあと1キロというところまで進んでいた。

ここで集団は一気にバラバラになった。まるで何かの合図で動き出したかの様に一斉に形を変えた。

数人の選手がそのまま走り続けただけで、ほとんどの選手が一気に遅れだしたのだ。

生き残っている中には秋津と相良がいた。しかし赤沢や香澄や八重嶋は一気にペースダウンしていた。

ここまでのハイペースで体力を使い果たしたのだ。それが残り一キロを切ったという事をキッカケに精神的に崩れた・・・のかなあ。

「名高は!?」

剛塚の太い叫びが聞こえ、名高を探す。

名高もペースダウンしてはいたが、他の選手達よりかはペースを保っている。

そこからの名高の走りはまさに伝説に残る走りだった。

多摩境高校陸上部の伝説として語り継がれて行く、会心の走りだ。

すでに名高は全体の20位あたりを走っていて、全国大会行きは絶望的だった。

だけど、名高の不屈の精神は最後の最後まで僕らを沸かせた。

一人、また一人と、選手を抜いて行く。そしてすぐまた一人、また一人と。

各地の強豪選手をまるで仕留めるかの様に静かに静かに抜いて行った。

香澄を抜き、八重嶋を抜いた。

横に並ぶ時間なんて与えない。一瞬にしてスルリと抜いて行く。

赤沢を抜く時でさえ、なんて事のない出来事かの様だった。

その順位は一気に上がり、十位まで登っていた。

多摩境高校の陣営からは悲鳴に近い声援が上がっていた。

名高、名高、と。

最後に僕らの前を名高が通過した時、名高の体からエネルギーが放射されているのが見えた様に思えた。それほど全てを懸けて走っているのだ。

ゴールラインをまたいだ時、名高の順位は十位のままだった。

それなのに、僕らは自然と拍手をした。

誰かと言い合わせてしたのではない。名高のゴールシーンを見たら、本当に自然と手がそう動いいたんだ。

名高涼。後に有名選手になるであろうあの男が試合で拍手をさせた最初の出来事だった。

 

 

空の下で「熱の部」 全てを懸けて END

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2010年7月19日 (月)

空の下で-熱(3) 北の大地・函館

「いや、オレ無理だって!絶対無理!こんな話聞いてないし!」

暑苦しい堀之内駅のホームで牧野が必死な表情で僕に「無理無理」と訴えている。あんまり首を横に振り続けるので制服の夏のYシャツが乱れ出している。

「聞いてないはず無いよ。旅のしおりに書いてあるし」

僕が大きなドラムバックからシワシワになった旅のしおりを出すと牧野は「うるせえ!」と怒鳴った。

「オレは船で行く!」

「北海道まで?」

「船旅にはロマンがある。時間かかっても楽しいだろ!」

今日から僕ら多摩境高校三年生は修学旅行で北海道に行く事になっている。

三泊四日の高校生活最大にして一番記憶に残るであろう行事だ。

なのに牧野が騒ぐ理由は、飛行機に乗りたくないという事だ。

「人間が空に飛び出すのはおかしい!鉄の塊が飛ぶのは理解に苦しむ!!」

今日の朝になって牧野がそう電話してきた。今頃になって旅のしおりを読んで旅の道のりを知ったらしい。

集合場所、朝九時半、羽田空港。

そういう一行を見て電話してきたらしいのだけど、計画が変わる訳もない。

仕方ないから僕は未華にメールしたら、すぐに未華から牧野の携帯に電話がかかってきた。

『牧野!早くいこうよ!』

「お、おう」

なんだよ急に!僕の説得じゃ駄目で、未華なら一言でOKかよ!!

 

 

実は、飛行機に乗るのは初めてだ。

なので羽田空港から飛行機が飛び立つ時、あの独特の重力に冷や汗をかいた。

なのに牧野は「うわ、コレめっちゃ楽しい!」などとはしゃぎ大声を出して先生に注意されていた。怖がってたの誰だよ・・・。

空から見る景色っていうのは初めてだったので、僕は窓からずうっと本州を眺めていた。

「家、小さい・・・」

 

 

「あ、暑いけど・・・?」

函館空港に降り、空港ロビーから外に出ると、意外な暑さが僕らを待ち受けていた。

涼しいー!と叫びたかった僕としては「何だよウソつき」って誰かに言いたくなった。

同じクラスの剛塚がボソリと「今日たまたま暑い日らしいぜ」と教えてくれた。

まあ今はもう七月中旬だ。いくら北海道とはいえ暑い日くらいはあるのかもしれない。それでも湿度が全然無いのが気持ち良かった。

「バスに乗れー」

学年主任の先生がメガホンをキーンとハウリングさせながら叫び、僕らは空港から観光バスに乗り込んだ。

バスは各クラスごとに用意されていた。僕ら三年生は五クラスあるから五台の観光バスが列をなして進む訳だ。

「ようこそ北海道へ!私は北海道アンダースカイ観光のバスガイド、宮咲といいます。これから四日間みんなと一緒に北海道をまわって行きますのでどうぞよろしくお願いします!運転手はこの道三十年のベテラン、小松原さんです!」

何だかやたらと童顔でかわいいバスガイドさんがマイクを持ったので、クラスの男子達は「おお!」だの「かわいい!!」だの「いい旅になりそう」だの口々に騒ぎ出した。

「宮咲さん、何歳ですかー?」

クラスのお調子者がそう聞くと宮咲さんはニコッと笑い「まずは函館北部にある五稜郭へとバスは向かいます」と言った。

「宮咲さーん、彼氏いるんですかー?」

「五稜郭は1857年、安政四年から蘭学者の武田斐三郎によって七年もの歳月をかけて作られた日本初の洋式の城郭です。城郭と言っても現在は広大な公園として一般に公開されていて・・・」

宮咲さんはクラスのお調子者の言葉にキチンと笑顔や会釈をしながらも五稜郭の説明を続けて行く。こういう修学旅行の学生の相手にも慣れているんだろう。

「旅行だからって浮かれるなよ。なあ英太」

何故かバスでは隣同士になった剛塚が窓から外を眺めながら呟いた。本当は僕が窓側に座りたかったけど・・・。

 

 

五稜郭に到着すると、一時間半の自由行動となった。とはいえ五稜郭の歴史をレポートにして提出するという決まりがあるので遊んでばかりはいられない。

僕は剛塚と他の生徒二人と一緒に五稜郭を歩く事にした。

一人はサトルというサッカー部の部長で、ちょっと調子のいいヤツだ。さっきバスガイドの宮咲さんにからんでいた男でもある。ちなみに柏木直人とは仲がいいらしい。

もう一人は映画同好会に所属でゲームマニアの時任だ。けしてオタクではなくてマニアだというのが口癖の理屈っぽい男だけれど意外と爽やかなやつだ。

「おい英太、サトル、時任。早く見学行こうぜ」

剛塚はそう言ってさっさとバスから離れ出し、僕とサトルはそれを追い、時任は「待って待って、資料資料」とか言いながらインターネットでダウンロードしたらしい五稜郭の資料を手にする。

「何だよ時任。映画とゲーム好きなくせに五稜郭の資料まで持ってるのか」

「五稜郭を題材に使ったCG映画があるからね。観光用の動画だけど」

「へえ、さすがマニ男」

剛塚は明らかに元不良なのに、こういう時任みたいなマニアックな男とも対等に付き合う気持ち良い男だ。でも口の悪さは相変わらずだ。

「いいからさっさと行こうよ。じれったいって!」

サトルはすでに走りだしそうな勢いだ。

「はいはい」

僕は冷めた返事をしながら歩きだした。

 

 

五稜郭を回った後は市電に乗って元町へと向かった。元町からさらにロープウェイに乗ると百万ドルの夜景で有名な函館山だ。

とはいえ時刻は午後四時。夜景では無いので女子達はガッカリそうな表情をしていた。

丘が大好きなくるみが景色を眺めながらポカーンとしているのを見た。残念なのかなと思って話しかけたら、そうではなくて二度と来ないかもしれない景色を心に焼きつけていたという事だった。「焼きつけるのに少し時間がかかるんだ。昔の写真みたく」だって。変わったコだ。

「ねえ英太くん」

「ん?」

「札幌ってさ自由行動あるよね?」

「ああ、どのクラスの誰とでも行動していいらしいよ」

「予定ある?」

「え・・・?」

牧野とか日比谷の顔が浮かんだけどすぐ消した。

「無いよ。い、一緒に行動する?」

「え?あ・・・うん」

その日は一日ドキドキが止まらなかった。

 

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