空の下で-熱(6) 北の大地・旭川
バスは五台の列をなして山道の中を進んで行く。
北海道修学旅行の二日目だ。今日は初日と違ってえらく涼しい風が吹いている。おまけに湿度というのがあまりない。カラッと晴れていて、とても七月下旬とは思えなかった。
バスガイドの宮咲さんがマイク片手に今日も観光案内を入れて行く。
途中サトルがまたも「彼氏いないんですかー」と聞いたら、逆に「キミは彼女いるのー?」と返されてサトルは真っ赤になっていた。
「あ、いるんだ」
宮咲さんがニコッと笑うと女子からは「かわいいー!」の声が上がった。
確かにかわいい。宮咲さんは多分、二十五歳くらいだと思うけど、僕らから見ても童顔でかわいらしい。それでいて大人の雰囲気もあるからそりゃ人気も出る。
「宮咲さんてかわいいよね」
隣に座る剛塚に言うと「くるみに怒られるぞ」と返された。そんな言い方無いでしょ。
バスは昼食休憩を挟んで旭川市に到着した。
旭川は当初は修学旅行のコースに含まれてはいなかったのだけど、生徒会が頑張って旭山動物園をコースに入れてくれた。
ここは画期的なアイデアを次から次へと導入して大成功した動物園だ。その成功のプロセスをレポートしろという課題が付いたけど、それ以上にホントに楽しめた。
僕は今日も剛塚とサトルと時任の四人で歩く。
園内はすごい数の観光客でごったがえしてはいるけれど、超人気の動物のコーナーに行かなければそれなりに見て回れた。
てっきり白クマとかペンギンとか、白い生き物ばかりかと思っていたんだけど意外にもライオンとかもいて、小学生みたいに「うお!ライオンだ!」とか叫んでしまった。
「ホントだ、すげー!!」
サトルも大きな歓声を上げていた。
今日は半日かけて旭山動物園を回っていていいので、一通り見て回ったところで四人で休憩スペースのベンチに腰を降ろした。
小さな丸いテーブルを四人で囲む形になり、それぞれ買ってきたジュースを飲む。
「やっぱ夏は炭酸だな」
剛塚が500ミリリットルのサイダーを一気にグビグビっと飲む。
「くはあ!サイダーもいいけどビール飲みてえな!!」
「それは問題発言」
テンション上がり気味の剛塚に時任がツッコム。
「細かい男だ」
グシャリと音をたててサイダーの缶を握りつぶし、「そういや英太、聞いたか」と視線を向けて来た。
「何を」
「名高のヤツ、今日の朝、ホテルの周りを走ってたらしいぜ。朝練だ」
「あ、朝練?修学旅行に来てまで?」
僕が大声を出し、サトルは「いかれてんぞソイツ」と呟いた。
「あいつ、関東大会で敗退しただろ。きっと全国に進んだ秋津伸吾に追いつきたくて練習してんだよ」
剛塚の分析は正しいと思えた。名高は秋津伸吾に強いライバル心を抱いている。きっと秋の駅伝大会で勝つために修学旅行中にまで特訓しているんだ。
名高と秋津が対決する事が確実視できるのは、残すところ東京高校駅伝大会しかない。今までずっと負けて来た名高にとって、これが最後の挑戦という事になるんだ。
「でもその名高って人、高校で陸上辞める訳?」
時任が素朴な疑問をぶつけてきた。それには僕が答える。
「ううん。大学に進んで、そこで陸上続けたいって言ってたよ。関東大会にまで進んだ実力だから、いくつかの大学から誘われてるみたいだし」
「だったら大学生になってからまた秋津って人に挑戦するって事も出来るじゃん」
「うーん、多分、高校時代に全敗のままじゃいられないんだと思う。そういうヤツなんだ、名高は」
「すごいね。ストイックだ」
時任はやたらと頷きながら感心している。
「英太とか剛塚はどうすんの?陸上」
サトルに言われて僕と剛塚を互いを見合った。
「オレは陸上は高校までだ。卒業したら建築とかやりてえし」
剛塚はためらいもなく言い切る。
「僕も高校までかな。大学で通用するレベルじゃないし」
「そっかあ」
サトルは少し寂しそうに空を見上げた。
「あと半年で卒業だな」
つられて僕らも視線を上に移した。青い空に小さな雲が浮かんでいた。
卒業・・・か。
いいかげんにその先の事を決めなくてはいけない時が迫っていた。
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