« 空の下で-熱(9) 北の大地・旧本庁舎 | トップページ | 空の下で-熱(11) 北の大地・小樽 »

2010年9月 9日 (木)

空の下で-熱(10) 北の大地・丘の上のベンチで

少しだけ傾きだした日差しの中、僕とくるみは展望台の二人掛けのベンチに腰を降ろした。

木製のベンチは少し幅狭に出来ていたので、くるみとかなり近い距離に座る事になった。少しでも体を揺らしたら互いの肩か腕が触れてしまいそうな感じだ。

ベンチから眺める景色は、ただただ広かった。

綺麗に広がる黄緑色の草原と札幌ドーム。空は雲が少しあるけど晴れていて、こちらも綺麗な青で、その青が世界を包んでいる様だ。

世界って広い。そんな風に思える景色だった。

「気持ちいい景色だね」

ベンチに座ってからしばらく沈黙していたくるみが、やっと開いた口から出たのがその言葉だった。

「ん」

僕もくるみも草原の方を見たまんま声を出す。

「私ね、北海道来たら色んな丘の景色を見てみたかったんだ」

くるみは本当に丘好きだ。それは出会った頃からずっと一緒だ。

「観光ガイド見てさ、行きたい丘のページに付箋とか貼っておいたんだよ。付箋の色だって北海道っぽくライトグリーンにしたんだ。ブルーの方が良かったかな?」

「えー?どっちでもいいと思うけど・・・」

くるみは「えー?」と言って少し口を尖らせてから、また話を続けた。

「たくさん貼った付箋の中でさ、実際に修学旅行中に行けそうなとこってあんまり無かったんだ。富良野のラベンダー畑の丘には行けたけどね」

「函館山は?」

「うーん、あれは丘っていうか山だよ」

そういうこだわりもあるのか・・・。山の方が景色いい気もするけど。

「自由行動出来るのは札幌だけじゃない?だから札幌辺りで丘が無いか調べたんだけどね。いいの無くって。で、札幌からちょっと離れるけど羊ヶ丘ならこっそり行けなくもないかなーって思ったんだ」

「そっかあ」

「付き合ってくれてありがとね、英太くん」

「う、うん」

付き合う・・・。ああ、羊ヶ丘にって意味か。あ、危なく勘違いするところだった・・・。

こんな事で心臓が跳ねあがったのが自分でよくわかる。アホだなあ僕って。

だってさっきから体が火照ってるのがよくわかる。自分の体温が上昇しているかの様な感覚。

まるで熱を出しているかの様だ。でもこの熱は風邪とかではなくて、くるみに対する想いから放たれる「気持ちの熱」だ。

その熱がいつもより僕を少しだけ強気にさせた。いつもなら聞けない様な事を聞いてしまう。

「なんで、僕だったの?」

言ってから、言わなくても良かったと少し後悔したけど、もう引き返せない。

「え?」

くるみは視線を景色から僕に変えた。今度は僕も目を逸らさない様にした。

ほんの一瞬だけお互いの目が合う。

くるみって少しだけ茶色の目をしているんだと思いだす。

目を逸らしたのはくるみだった。僕とは反対方向を見る。そしてこう言った。

「英太くんと・・・」

静かになった丘に爽やかな風が吹き抜けた。くるみの髪がフワリと揺れる。

「英太くんと見たかったから・・・かな」

風はすぐに収まり丘の上は静寂に包まれた。

くるみは僕とは反対の方を見たままなので、どんな表情をしているのかわからなかった。

もしかして僕をからかっていて、吹き出しそうにしているのかもしれない。なんて頭によぎって一瞬躊躇したけれど、もう言う事に決めた。

なのに次の言葉が出てこなくて時間が過ぎて行く。

いつの間にか太陽が傾いてきていて、少しずつ赤みを帯び始めている。

もう、時間が無い。

「くるみ」

僕が小さな声で呼びかけると、くるみはゆっくりとこっちを向いてくれた。

いつものくるみだ。「ん?」って表情している。けれど少し強張っているのがわかった。

なのにくるみはこんな事を言うんだ。

「英太くん、顔、怖いよ」

「え?そ、そう?」

どうやら僕の方が強張っているらしい。笑ってみたけど、何だかぎこちないのが自分でわかる。

ええい、何を頑張っているんだ。頑張る方向性が違うじゃないか。さっき、くるみはきっと恥ずかしくてもああ言ってくれたんだ。今度は僕が言う番じゃないか。きっとそうだ。きっと。

「えっと、くるみさ・・・」

「うん」

くるみはじっと僕の方を見ている。真顔だ。笑っていない。

「僕さ、一年生の時から、い、今までずっとくるみと一緒に部活とかしてきてさ・・・」

「うん」

「色んな事があって。楽しくて笑ったり、誤解されて怒ったり、先輩の試合見て泣いたり・・・」

「うん」

「でも、くるみと一緒にいる時はやっぱり楽しくて笑っていられる時間が多くて・・・。その、牧野とかと一緒にいて笑うのとは違う感じで・・・」

「うん」

息を吸い込んだ。呼吸困難になりそうだったから。そして言う。

「だ、だから、くるみと・・・、くるみと一緒にいたいなって思う」

全身を高熱が駆け巡る。ドクンドクンという心臓の音がくるみにまで聞こえそうな程に鳴っている気がした。

くるみはというと下を向いてしまった。自分の膝あたりを見ながら小さな声を出す。

「一緒にいると・・・楽しいから?」

そう言われ、大切な言葉が抜けている事に気づき、すぐに言った。

この単語一つを言うのに、一体どれだけの体力と精神力、そしてここまでの時間を費やしただろう。この一言を言うために。

「くるみが・・・好きだから」

僕の想いは擦れた声になってくるみの心に届いた。

くるみはそのまま動かないで膝を見つめていた。

ややあって口を真一文字に結んだ真顔でこっちを向いた。

ギクリとする僕にくるみはこう言ったんだ。この時の言葉を僕は一生忘れないと思う。

「私も好きだよ」

そうしてこぼれたくるみの笑顔は本当に本当にかわいかった。

飛び上がって喜びたい気持ちを何とか抑え込んで、僕とくるみはどちらからともなく手を繋いだ。

繋いだ手はあったかくて柔らかかった。

繋いだまま景色を眺めて、くるみが言った。

「こんな明るい時間に言うなんて思わなかったよ」

「僕も言うと思わなかった」

「え?なにそれー」

笑ってくるみの方を見ると、くるみの後方に大きな時計があるのが見えた。

午後五時を過ぎていた。

「あ、や、ヤバイ!札幌に戻らないと!」

「え?あ、ホントだー!」

僕とくるみは急いで立ち上がり、バス亭の方に駆けだした。

僕らは手を繋いだまま、笑って走りだした。この広大な空の下で。

 

|

« 空の下で-熱(9) 北の大地・旧本庁舎 | トップページ | 空の下で-熱(11) 北の大地・小樽 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 空の下で-熱(10) 北の大地・丘の上のベンチで:

« 空の下で-熱(9) 北の大地・旧本庁舎 | トップページ | 空の下で-熱(11) 北の大地・小樽 »