空の下で-熱(11) 北の大地・小樽
くるみと羊ヶ丘を出て、札幌の旧本庁舎に到着すると午後六時ピッタリだった。
旧本庁舎の手前で繋いでいた手を離し、別々に集合場所に走った。
僕が自分のクラスの場所へ到着するとサトルが大きく手を振っていた。
「どうっだった!?」
サトルは単刀直入に聞いてくるので僕は息を切らしながらグーサインを出した。
「ま、マジか!」
サトルは興奮した声を出した。それを聞きつけて時任と剛塚がやってきた。
「英太、なに?どうだったの?」
時任も興奮気味。剛塚は腕を組んでいる。
「うん、うまくいった」
一番興奮しているのは僕なんだけど、なるべく顔に出さない様にした。
驚くサトルと時任、頷く剛塚。
その三人をかき分けて、未華がやってきた。
「英太くん」
未華が笑ってこっちを見ていた。
「ついに、付き合ったみたいだね!」
未華は片手に携帯を開いたまま持っていた。きっとくるみからメールをもらったんだろう。
「おめでとう英太くん!くるみをハッピーにしてあげてよ!ずっと英太くんの事好きだったんだから」
「ず、ずっと?」
僕が変な声を出すと未華はため息をついた。
「そうだよ。気付けっての。この鈍感男」
「ど・・・」
鈍感かあ。僕はてっきりくるみが鈍感なのかと思っていたんだけど・・・。僕が鈍感だったのか。
その日は嬉しくて眠れなかった。
さっき会ったばかりだというのに夜になって何度かメールでやりとりしてしまった。
さすがにメールでは「好きだよ」的な事はお互い書かなかったけど、今までと違う親しみのある文章になった。
だからなのか、夕食の時間に五月先生と牧野が何やら話し合いをしていたのを見ても、何も感じなかった。
この時、すでに事件は起きていたのだけど、浮かれていた僕には気付けなかった。
修学旅行四日目の朝だ。
今日でこの長かった旅行も最終日を迎える。今日の予定は小樽に向かい、小樽で半日を過ごし、新千歳空港へ行き、夕方の飛行機で東京へと戻る。
朝食を食べて、バスに乗り込むと宮咲さんが笑顔で迎えてくれた。
「みなさんおはようございまーす!!」
宮咲さんが爽やかな声を出すと、男子女子共に「おはようございまーす」と元気に返した。
「俺はよ」
隣に座る剛塚がいきなり語りだした。何だ一体。
「俺はああいう誰にでも好かれるヤツって嫌いだったんだ」
剛塚は宮咲さんの事を言っているらしい。バスはゆっくりと動き出したけど剛塚は珍しく多く話す。
「俺って中学の時に荒れてたんだけどよ」
「し、知ってるよ」
「まあ大山とかをイジメたり、この高校の陸上部を襲撃したりと色々したけどよ、結局この高校の陸上部に入ってお前らに出会っちまってよ」
何で剛塚はこんなに朝から話すんだろう。少し違和感を覚えた。
「何だか真っ直ぐになっちまったらしいな。俺も」
「いいじゃん別に」
剛塚はキッと僕を見た。
「いいのか?」
「・・・と、思うけど」
「まあ、英太がどう思おうが勝手だけどよ」
「じゃ、じゃあ聞かないでよ」
「とにかくよ。ずっと陸上部にいて、サトルとか時任とかともいてよ。俺も変わっちまったらしい。真っ直ぐになっちまった」
残念そうな声を出す。
「ちょっと斜に構えた女が好きだったのによ。早川みたいな。だから誰にでも好かれるあのバスガイドとか嫌いなタイプだったのによ」
「剛塚が早川みたいなタイプが好きだなんて知らなかったけど・・・。まあでも、何かわかるけど」
「なのにだ!あの宮咲ってバスガイドがすげえ気になる」
「お、おお」
「東京帰ったらああいうタイプの女探すかな」
「宮咲さんは?」
「バカかお前。宮咲くらいの年の女から見たら高校生なんかガキだよ。もっと近い年でああいう女を探すんだよ」
「そ、そうですか・・・」
「だからよ。秋の駅伝終わって引退したら、俺はバイトするよ」
「は、はあ・・・」
そんな事を言われているとは知らず宮咲さんは小樽のガイドをしていた。
「そうして大正末期に完成した小樽運河は全長約1140メートル。昭和61年に散策路が整備されるとたちまち北海道を代表する程の観光地として生まれ変わりました」
知識もあってかわいくて性格もいい宮咲さん。
僕らのクラスメイトの間では何年後になっても語られる伝説のバスガイドさんとなった。
小樽では堺町本通というところに行って甘いものを食べたり、運河近くで海鮮丼を食べたりして過ごした。
何を食べても美味しい夢の様な時間だった。出来たらくるみと行動したいけれど、サトルと時任と剛塚の男子チームでくだらない事を話すこの時間も忘れられない大切な思い出だ。
本通を歩いている時、五月先生と牧野がまた何やら話しているのを見た。
二人とも難しい顔をしていた。だからここで気付けば良かったのだ。
何かが起きているという事に。気付けるはずだったのだから。
しかしここで気付いたところで何が変わる訳でもないのだけど。
その事にやっと気付いたのは小樽見学が終わる時だ。
両親へのお土産にガラス細工を買って、カバンに詰め込んでいると携帯が鳴った。
メールではなく電話だった。着信はヒロからだ。
ちょっと面倒に思いながらも僕は電話に出た。
「もしもし?」
『あ、相原先輩ッスか』
「そりゃそうだ」
誰の携帯に電話したんだっつーの。相変わらずのアホだなってのんびり考えていたんだけど、次の言葉で嫌な予感が全身を走った。
『一色は何とか無事でした』
「は?一色?一色がどうかしたのか」
『え?知らないんですか?てっきり知ってるのかと思って』
「だ、だからどうかしたのか」
『ケンカに巻き込まれたんですよ。陸上部の一年生達が』
「け、ケンカに?」
『そうッスよ!また落川学園ッスよ!』
オチカワガクエン・・・
幸せ気分は一転、怒りと不安がやってきた。
そして事態は五月先生を巻き込んで思わぬ方向へと進んで行くのだった。
空の下で 熱の部 「北の大地編」END
→ 熱の部「雷雨」
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コメント
(月)(木)更新と伺っていたのに忙しく、今仕事から帰宅し、やっと拝読できました。
剛塚くんの「真っ直ぐになっちまった」も微笑ましく、未華さんから、ずっとくるみが英太クンの事を好きだった事を知らされ!(^^)!happyな気持ちになるところなど楽しく読みました。
今度の日曜日は恩納村(沖縄県です)(おんな村)と読みます。の陸上競技大会です。各字対抗の競技大会に合わせ村内の5校の中学校の陸上競技大会も行われます。中2ですが、3年と共に走る共通1500m&3000mの2種目に出させてもらえます。
楽しみですp(^-^)q
投稿: kenchan-kouchan | 2010年9月15日 (水) 01時43分
こんにちは、kenchan-kouchanさん!


また来ていただけて嬉しいです!
やっと英太とくるみが幸せな展開になって、今まで長かっただけに自分で嬉しくなってしまいました。
今週末は息子さんの出る大会があるんですね!
1500mと3000m両方出るんですか!なかなかハードですね
たくさん練習してきたと思うので、いい結果になるといいですね!
見てる方はドキドキしそうですよね
沖縄県、まだまだ凄く暑いと思うので走る方も見る方も気をつけてくださいねー
投稿: cafetime | 2010年9月17日 (金) 11時51分
陸上大会は台風の影響も心配されましたが、晴れ間も見え風の強い中でしたが開催されました
共通1500mは4'44で優勝
共通3000mは10'09で大会記録で優勝できました
自分のベスト1500m4'26 3000m9'46は超えられなかったですが、いつもの競技会は知らない人が多い中走りますが、恩納村の大会は区民総出で応援に駆けつけて下さる大運動会なのでkenchanは緊張したけど楽しかった
と嬉しそうにテントに帰ってきました
おじぃも おばぁも重箱に沢山お弁当を作って、杖をついて応援してくれました。応援の力って大きいですね
投稿: kenchan-kouchan | 2010年9月20日 (月) 06時51分
こんにちは!henchan-kouchanさん!

大会、無事に終わったんですね!
1500mも3000mも優勝ですか
す、凄いですね!!
自己ベストなんか僕の高校二年の時のタイムですよ・・中2で3000m10分切るなんて凄い!
嬉しそうにテントに帰って来たってのがいいですよね!
そういう瞬間に一緒にいられるのって幸せな気分ですし。
おじいさん、おばあさんも応援に来てくださったんですねー。そんな光景を想像したら、なんか羨ましくなりました!
投稿: cafetime | 2010年9月22日 (水) 10時30分