空の下で-熱(13) 雷雨(その2)
僕だっていつまでも馬鹿なままじゃあない。
五月先生が言っていた事は僕にもわかる。
落川学園の生徒に襲撃され、「うちの監督に迷惑かけるんじゃない」と言われ、調べたところ落川学園の部活では全ての部が「監督」とは呼ばずにいるという事実がわかれば、いくら鈍感とか言われる僕にだって思い当たるフシはある。
襲撃された一色はこう言っていたんだ。
「落川学園の制服は着てなかったんです」
そうだよ。多分、襲撃したのは落川学園の生徒なんかじゃあないんだよ。
不良で有名な落川学園の名前を使った、陰湿な報復だ。
そう、報復だ。
翌週、僕ら長距離チームは一年ぶりの夏合宿を開始した。
今年の合宿先は一年生の時に行った山梨県山中湖村にある「見晴らし館」というところだ。
森に囲まれた全然見晴らしなんかよくない宿泊施設で、色んな学校が合宿場所として使っている。
今回は七月二十八日から三十一日まで三泊四日の合宿で、僕ら長距離チームだけの貸し切りだ。
久しぶりに訪れた見晴らし館は、二年前に来た時とは違って壁や内装がリニューアルされていた。
「へえ、きれいなトコっすね」
ヒロがのんきにそう言う。二年前はけっこう汚なかったんだよ・・・とは言わないでおいた。
こないだ掃除をしたマイクロバスを降りて、見晴らし館の入り口に立つと、中からふくよかなオバサンが出て来た。
「あらー、ひさしぶりね、五月先生!いらっしゃい!」
元気よさそうなこのオバサンは・・・見覚えがある。
「大石さん、今年もよろしくお願いします」
五月先生が頭を下げると、大石さんはかけていたエプロンのポケットから何故か小さなタンバリンを取り出した。
そしておもむろにコーヒールンバを歌いながら見晴らし館の中へと引き返して行く。
「思い出した・・・、大石さんだ」
僕が言うと大山が「凄い量のゴハン作ってくれる人だよね」と言ってヨダレをすすった。
初日の練習はいきなり厳しいものだった。
今年はインターハイ路線で、名高や未華が大活躍したし、僕と牧野も都大会まで進んだので、秋の駅伝大会へ向けて五月先生も力が入っているのだ。
おまけに今年はとにかく暑い。毎年毎年夏になると暑いって思うけど、今年はハンパ無い。
それなのに五月先生は厳しいメニューを組んでくるのだ。なにしろ初日から山中湖二周プラス山道ダッシュだ。
練習を終え見晴らし館の男子大部屋に戻るとぐったりとして畳みに倒れこむ。
「な、なんか初日からキツイな・・・」
愚痴る様に呟くと牧野が「関東目指してるからな」と言った。
「か、関東?」
男子大部屋にいた全員が牧野の方を向く。しかし牧野は当り前の様に言い放った。
「そりゃそうだろ。今年の目標忘れたのかよ、目指せ関東ってやつ」
「あれって・・・インターハイで誰かが関東に行ける様に・・・って事じゃなかったのか?」
珍しく剛塚が詰め寄ると牧野があっけらかんと答えた。
「駅伝もだよ。駅伝も。駅伝で関東に行けばオレ達全員の力って感じするだろ」
「駅伝で?」
僕らはお互いに目を見合わせた。
駅伝で都大会を突破して関東に進むには東京中の高校の中で八位に入らなくてはならない。
僕ら多摩境高校は、二年前に50位、去年が25位だ。
「ちなみに八位ってどのくらいのレベルの高校かというと、赤沢が率いる松梨大学付属高校が、去年五位でおととしが八位だった」
松梨付属?うちの地域で最も強いというあの松梨付属と互角にやりあえって言うのか?
「ホンキか牧野」
名高が何だか嬉しそうな声を出す。
「五月先生はホンキで松梨と戦う気なのか」
「戦えるってさ」
僕だって馬鹿じゃあない。関東への目安となるのが松梨付属と言われて、事の重大さに気付ける。
そして同時に、僕らがいつの間にかそういうレベルの戦いが出来るかもしれないチームになっていたんだという事に気付いたんだ。
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