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2010年9月

2010年9月 2日 (木)

空の下で-熱(8) 北の大地・札幌

やって来ました!札幌!

味噌ラーメン、北海道牛乳使ったスイーツ!この二つは絶対に食べたい!

味噌ラーメン、北海道牛乳使ったスイーツ!この二つは絶対に食べたい!

思わず二回も言っちゃうくらい今回の旅行で目当てにしていたんだよね。味噌ラーメン大好きなんだもん。

ちなみに甘い物は全般的に好きなんだ。特にアイス系が好きで、唯一ダメなのは・・・無いかな?

 

 

北海道修学旅行の三日目だ。今日は富良野を出発して、札幌近くの白いお土産パークというトコに到着したところだ。

宮咲さんが今日も軽快かつかわいい口調で「いってらっしゃい」と言うのを聞きながら一行はパークへと降り立った。

ここで見るのは工場見学だ。全国的に売れているチョコレート菓子の制作過程を見学するという女子や僕の様なスイーツ大好き男子にはたまらないコースだ。

「英太、お前スイーツなんか好きなのかよ。草食系だな。ガッカリだよ」

一緒に見学するのはこの旅行ではいつも同じサトルと時任と剛塚で、サトルはいきなり僕をバカにしてきたという訳だ。

「なんでだよ。別に甘いの好きでもいいでしょ。草食系って言われるのは体育部としては嫌だけど」

「そうだよ。体育部なんだからさ。もっと肉とか言えよ」

サトルは何故だか力説する。

そんなサトルの言葉はあまり聞かずに、僕は制作過程を熱心に見て回った。

勢いそのまま、ここで作られているチョコレート菓子を買いすぎて、バスに戻る時やたらと重い目に遭った。

 

 

再びバスに乗り、走りだしたところで担任の栃木先生が車内マイクを持った。

「えー、じゃあお知らせだ」

車内からは「なんだよ宮咲さんの声じゃないのかよー」というボヤキが聞こえる。

「次の札幌は一時に着いて午後六時までの自由行動となる。ただし夕食は宿泊先のホテルで食べる事になっているから昼食は食べても夕食は食べない事。それと渡してあるパンフレットに乗ってるエリアからは外に出ない様に。集合は午後六時に北海道庁旧本庁舎だ」

その後も栃木先生は何やら説明を続けたけど、僕はいよいよ緊張してきていて話は聞いてなかった。

昨日の夜、くるみからメールが届いたのは八時くらいだった。

『明日、こっそりと札幌を抜け出そうよ』

なんという大胆な事を言うコだろう。不良じゃあるまいし。

なんて思ったけれど、くるみって意外と大胆な行動をするのはよく知っている。行動力があるというか。

一年生の時には二人で学校近くのカフェの裏に、雪沢先輩の密会を「盗み見」しに行った事あるし、二年生の時には部活から逃げた僕を追って山梨県まで行こうと言いだしたくらいだ。

そして今回は自由行動の範囲である札幌市街を抜けだそうと言うのである。

不安とワクワク感でいっぱいになった気持ちを抑えつつ、僕はバスを降りた。

「じゃあ僕は一緒に行動するヤツがいるから・・・」

今までずっと一緒に行動していたサトルと時任と剛塚に向かってそう言うと、サトルが「うお!」という低い声を出した。

「お前、まさか・・・」

「くるみちゃん??」

オタクの時任にちゃん着けされるのはちょっとキモイけど「まあ、そう」と答える。

するとサトルと時任は「うおーー!」とか「マジかー!」とか叫んだ。

「自由行動、夜だったら良かったのにな!」

サトルがいやらしい笑みを浮かべる。

と思ったらいきなり真顔になった。

「英太、頑張れよ」

時任も「悔しいけど応援してる」と言い、剛塚は「大丈夫だろ」と言った。

「何とか・・・してくる」

そう言った時、僕はもう心の中では告白すると決めていた。

なんで修学旅行中に告白するヤツが多いのか?そんな事で成功率が上がるのか?そんな事は知らない。でもやっぱり知らない土地にいるという高揚感がそうさせるのかもしれない。

 

 

とはいえ・・・。

くるみと落ち合うのは昼食後という約束になっていた。くるみは田中ちゃんとスープカレーを食べる予定があるのだという。

そこで僕は仕方なく牧野と日比谷との三人で味噌ラーメン屋に入っていた。

そのお店は修学旅行前から僕が目を着けていたお店で、かなりの人気店という事で今日も並んでいたが、回転率がいいのかすぐに座る事が出来た。

「うわーうまい!スッゲスッゲ!!」

運ばれてきた味噌ラーメンは見た目からして美味しそうな色をしていて、見た瞬間から日比谷は大騒ぎだ。

「ぐおー!!うまし!!」

牧野は食べながら叫ぶからマナー悪し。

しかし本当に美味しい店だった。毎日通いたくなる様な味だ。満足以外、何の言葉も出ない。

「しかし英太・・・」

「ん?」

「コクる前にラーメンかよ・・・」

店を出たところで牧野が呆れた声を出した。

「ちゃんと歯を磨いてから行けよ」

「別にいいじゃん」

「だってお前・・・もし、その、なんだ?うまく行ったとして。その、チューとか・・・あ、いや」

言っていて恥ずかしいなら言わないでほしい。ただでさえ緊張しているんだから。

「まあ何だ」

ゴホンと咳払いをして牧野は真顔になった。さっきのサトルみたいだ。

「長年、英太とくるみを見てきた俺としては、うまくいってほしいよ。まあ俺はもう随分前に謎は解けちゃっているからな」

「謎?」

「そう。英太が山梨に逃亡してさ、帰ってきた時に解けた謎」

そういえばあの時、牧野はそんな事を言っていた様な記憶がある。でもあれから約一年だ。そんな昔の話が一体何だというのか。

「行って来い。出来る事ならいい結果を待ってる」

「スッゲ・・・、なんか青春みてーだ」

日比谷は言葉はふざけてるけど笑ってはいなかった。

「うん、頑張ってみる」

そう言って僕は牧野と日比谷と別れた。

心臓は高鳴っていた。まるで5000mの試合の直後みたいに。

 

 

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2010年9月 6日 (月)

空の下で-熱(9) 北の大地・旧本庁舎

自由行動の後に集合するのは午後六時に北海道庁・旧本庁舎だ。

なので午後三時過ぎにここに行ってもうちの高校の人間は誰一人としていなかった。

予想していた通りだ。だから僕とくるみはここを待ち合わせ場所に選んだんだ。

この旧本庁舎という場所は明治政府が当時使っていた赤れんがで出来た建物を中心とした公園で、今は赤れんがの建物も建て替えられているのだけど、札幌中心部の観光スポットとして有名らしい。

赤れんがの建物は夏の日差しを受けて堂々と立っていて、その前にある庭の様な場所には池があり、その池にかかる木製の小さな橋の上で、池をのぞいているくるみを見つけた。

「お待たせ」

ちょっと駆け寄ってくるみに声をかけると、くるみはビクッとしてこちらを向いた。

「わ、びっくりした。思ったより早かったね」

「そう?」

待ち合わせは午後三時だ。直前に見た携帯電話の待ち受けには二時五十分という時間が出ていたからそんなに早い訳でもない。

「ここ、すごい建物だねえ」

くるみは少し伸びて肩までかかっている髪を手で耳に乗せながら言った。

二人で赤れんがの建物を見上げると、太陽が眩しかった。

見上げているくるみを少しチラ見する。

いつもと何も違うところは無い。見慣れた制服のスカートと白いブラウス。今日もノーメイクだけれど、それがまた純粋そうに見えて好きだ。

好きだ?

告白する前から何を考えているんだか・・・。暴走しない様に気をつけなくちゃ。

「ここさ、夜はライトアップするんだって」

僕がガイドブックに載っていた事を言うと、「らしいね」と返された。知ってたか・・・。

「見てみたかったけど、修学旅行中じゃあ無理だよね。夜も自由行動にしてくれたらいいのにね」

くるみは相変わらず赤れんがの建物を見上げたまま言う。

かと思ったらカバンからガイドマップを取り出した。書店にズラッと並んでいるよく見る観光ガイドだ。

「それでね英太くん。今日さ、ここに行きたいんだ」

一歩近づいてガイドブックを二人で覗き込むと、そこには羊ヶ丘展望台という文字が大きく書かれていて、札幌を見降ろす角度の草原の写真が載せられていた。

「ベタって思った?」

「え?」

「こいつ、いっつも丘だなあって思ったでしょ」

言われて僕は吹き出してしまった。

「ちょっと思った」

「あー。嫌な感じー」

ふてくされた声と表情でこっちを見てきたけど、近すぎて目を逸らした。

昨日もそうだったけど、くるみとこんなに近くで目を合わせる事が出来ない。

「それでね、英太くん。自由行動は札幌市街って言われてるんだよ。でも羊ヶ丘展望台は地下鉄に乗ってちょっと行った駅にあるんだ。ルール違反になるんだけど・・・平気?」

「平気平気」

「先生に見つかったら凄い怒られると思うよ?」

「全然平気だって」

「ホント?もしバレて怒られたら、私にムリヤリ連れてこられたって言っていいからね」

「それはちょっと無理ある・・・」

 

 

僕らは旧本庁舎のある公園を出て地下鉄の駅へと歩いた。

何人か多摩境高校のヤツらとスレ違ったけど、幸いな事に特に誰かに声をかけられる事は無かった。

さすがに地下鉄の駅に入る時は二人して周りをうかがったけど、誰も知り合いは見当たらなかった。

知らない地下鉄に乗り込むと空いていたので、二人で並んでイスに座った。

ガタゴトと大きな音の鳴る車内では会話はよく聞こえないので、座ったまま黙っていた。

隣に座るのは緊張した。電車の揺れで僕の腕とくるみの腕がたまに触れた。

半袖なので直接触れてしまうくるみの肌は柔らかかった。

福住という駅で地下鉄を降りて、地上に出ると「このバスに乗るんだよ」とくるみが言い、路線バスに乗り込んだ。

ここでは観光客が大勢いたので自動ドア沿いで吊皮に掴まって立つ事となった。

くるみは吊皮が高いらしく何にも掴まっていなかったけど、バスが角を曲がる時に大きく揺れ、僕が肩からかけているカバンに掴まったりしていた。

ただ単にそれだけの事なのに、頼られている様な気持ちになって嬉しくなる。

バカらしいけど、そんなもんだ。男なんて。いや、相原英太なんて。と考える。

そうして羊ヶ丘展望台に到着するとすでに四時を少し回っていた。

「着いたね」

のどかだった。

大きな大きな草原の一角にちょっとした丘があり、そこにオシャレなレストハウスや資料館などが数軒あるだけの場所だった。

この展望台を作ったというクラーク博士の銅像の周りに数人の観光客がいたけど、それ以外の人達はレストハウスや資料館に入って行った様子で、人もまばらに感じられて、静かだった。

はるか遠くには札幌の街並みが小さく見えていて、その手前には札幌ドームがあった。

「ひろーい」

くるみは思い切り伸びをした。伸ばし過ぎて制服のブラウスの下からちょっとお腹が見えたのでまたも目を逸らす。

ドキドキしっぱなしだった。

バスでカバンを掴まれた時から。

いや、地下鉄で腕が触れた時から?

旧本庁舎でくるみの姿を見た時から?

自由行動で二人でいる事になった時から?

ううん、そうじゃない。もっとずっとずっと前から、くるみの事を考えるだけでドキドキする日々だった気がする。

インターハイ予選を一緒に頑張ってる時だって、去年嫌われたと思ってた時だって、好きだって認めた時だって、一緒にお茶した時だって、盗み見をした時だって、いや、きっと初めて会った時からずっと、くるみの事を考えてる時は他の何かをしている時とは違うドキドキ感があったんだ。

そして今、その気持ちは今までで最高潮を迎えている。

言おう。

そう思った。

「くるみ」

何故かかすれた声が出たけど、くるみをこっちを向いてくれた。

「ん?」

呼吸がままならない気がした。おかげで少し間が空いてしまい、くるみの方から言葉が出てきた。

「ねえ英太くん」

「え?」

「ちょっと、座って話したいな」

そう言ってくるみを展望台のベンチを指差した。

これが、いい思い出のベンチになるのか、悪い思い出のベンチになるのか。そんな事を考えながら僕らは腰を降ろした。

 

 

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2010年9月 9日 (木)

空の下で-熱(10) 北の大地・丘の上のベンチで

少しだけ傾きだした日差しの中、僕とくるみは展望台の二人掛けのベンチに腰を降ろした。

木製のベンチは少し幅狭に出来ていたので、くるみとかなり近い距離に座る事になった。少しでも体を揺らしたら互いの肩か腕が触れてしまいそうな感じだ。

ベンチから眺める景色は、ただただ広かった。

綺麗に広がる黄緑色の草原と札幌ドーム。空は雲が少しあるけど晴れていて、こちらも綺麗な青で、その青が世界を包んでいる様だ。

世界って広い。そんな風に思える景色だった。

「気持ちいい景色だね」

ベンチに座ってからしばらく沈黙していたくるみが、やっと開いた口から出たのがその言葉だった。

「ん」

僕もくるみも草原の方を見たまんま声を出す。

「私ね、北海道来たら色んな丘の景色を見てみたかったんだ」

くるみは本当に丘好きだ。それは出会った頃からずっと一緒だ。

「観光ガイド見てさ、行きたい丘のページに付箋とか貼っておいたんだよ。付箋の色だって北海道っぽくライトグリーンにしたんだ。ブルーの方が良かったかな?」

「えー?どっちでもいいと思うけど・・・」

くるみは「えー?」と言って少し口を尖らせてから、また話を続けた。

「たくさん貼った付箋の中でさ、実際に修学旅行中に行けそうなとこってあんまり無かったんだ。富良野のラベンダー畑の丘には行けたけどね」

「函館山は?」

「うーん、あれは丘っていうか山だよ」

そういうこだわりもあるのか・・・。山の方が景色いい気もするけど。

「自由行動出来るのは札幌だけじゃない?だから札幌辺りで丘が無いか調べたんだけどね。いいの無くって。で、札幌からちょっと離れるけど羊ヶ丘ならこっそり行けなくもないかなーって思ったんだ」

「そっかあ」

「付き合ってくれてありがとね、英太くん」

「う、うん」

付き合う・・・。ああ、羊ヶ丘にって意味か。あ、危なく勘違いするところだった・・・。

こんな事で心臓が跳ねあがったのが自分でよくわかる。アホだなあ僕って。

だってさっきから体が火照ってるのがよくわかる。自分の体温が上昇しているかの様な感覚。

まるで熱を出しているかの様だ。でもこの熱は風邪とかではなくて、くるみに対する想いから放たれる「気持ちの熱」だ。

その熱がいつもより僕を少しだけ強気にさせた。いつもなら聞けない様な事を聞いてしまう。

「なんで、僕だったの?」

言ってから、言わなくても良かったと少し後悔したけど、もう引き返せない。

「え?」

くるみは視線を景色から僕に変えた。今度は僕も目を逸らさない様にした。

ほんの一瞬だけお互いの目が合う。

くるみって少しだけ茶色の目をしているんだと思いだす。

目を逸らしたのはくるみだった。僕とは反対方向を見る。そしてこう言った。

「英太くんと・・・」

静かになった丘に爽やかな風が吹き抜けた。くるみの髪がフワリと揺れる。

「英太くんと見たかったから・・・かな」

風はすぐに収まり丘の上は静寂に包まれた。

くるみは僕とは反対の方を見たままなので、どんな表情をしているのかわからなかった。

もしかして僕をからかっていて、吹き出しそうにしているのかもしれない。なんて頭によぎって一瞬躊躇したけれど、もう言う事に決めた。

なのに次の言葉が出てこなくて時間が過ぎて行く。

いつの間にか太陽が傾いてきていて、少しずつ赤みを帯び始めている。

もう、時間が無い。

「くるみ」

僕が小さな声で呼びかけると、くるみはゆっくりとこっちを向いてくれた。

いつものくるみだ。「ん?」って表情している。けれど少し強張っているのがわかった。

なのにくるみはこんな事を言うんだ。

「英太くん、顔、怖いよ」

「え?そ、そう?」

どうやら僕の方が強張っているらしい。笑ってみたけど、何だかぎこちないのが自分でわかる。

ええい、何を頑張っているんだ。頑張る方向性が違うじゃないか。さっき、くるみはきっと恥ずかしくてもああ言ってくれたんだ。今度は僕が言う番じゃないか。きっとそうだ。きっと。

「えっと、くるみさ・・・」

「うん」

くるみはじっと僕の方を見ている。真顔だ。笑っていない。

「僕さ、一年生の時から、い、今までずっとくるみと一緒に部活とかしてきてさ・・・」

「うん」

「色んな事があって。楽しくて笑ったり、誤解されて怒ったり、先輩の試合見て泣いたり・・・」

「うん」

「でも、くるみと一緒にいる時はやっぱり楽しくて笑っていられる時間が多くて・・・。その、牧野とかと一緒にいて笑うのとは違う感じで・・・」

「うん」

息を吸い込んだ。呼吸困難になりそうだったから。そして言う。

「だ、だから、くるみと・・・、くるみと一緒にいたいなって思う」

全身を高熱が駆け巡る。ドクンドクンという心臓の音がくるみにまで聞こえそうな程に鳴っている気がした。

くるみはというと下を向いてしまった。自分の膝あたりを見ながら小さな声を出す。

「一緒にいると・・・楽しいから?」

そう言われ、大切な言葉が抜けている事に気づき、すぐに言った。

この単語一つを言うのに、一体どれだけの体力と精神力、そしてここまでの時間を費やしただろう。この一言を言うために。

「くるみが・・・好きだから」

僕の想いは擦れた声になってくるみの心に届いた。

くるみはそのまま動かないで膝を見つめていた。

ややあって口を真一文字に結んだ真顔でこっちを向いた。

ギクリとする僕にくるみはこう言ったんだ。この時の言葉を僕は一生忘れないと思う。

「私も好きだよ」

そうしてこぼれたくるみの笑顔は本当に本当にかわいかった。

飛び上がって喜びたい気持ちを何とか抑え込んで、僕とくるみはどちらからともなく手を繋いだ。

繋いだ手はあったかくて柔らかかった。

繋いだまま景色を眺めて、くるみが言った。

「こんな明るい時間に言うなんて思わなかったよ」

「僕も言うと思わなかった」

「え?なにそれー」

笑ってくるみの方を見ると、くるみの後方に大きな時計があるのが見えた。

午後五時を過ぎていた。

「あ、や、ヤバイ!札幌に戻らないと!」

「え?あ、ホントだー!」

僕とくるみは急いで立ち上がり、バス亭の方に駆けだした。

僕らは手を繋いだまま、笑って走りだした。この広大な空の下で。

 

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2010年9月13日 (月)

空の下で-熱(11) 北の大地・小樽

くるみと羊ヶ丘を出て、札幌の旧本庁舎に到着すると午後六時ピッタリだった。

旧本庁舎の手前で繋いでいた手を離し、別々に集合場所に走った。

僕が自分のクラスの場所へ到着するとサトルが大きく手を振っていた。

「どうっだった!?」

サトルは単刀直入に聞いてくるので僕は息を切らしながらグーサインを出した。

「ま、マジか!」

サトルは興奮した声を出した。それを聞きつけて時任と剛塚がやってきた。

「英太、なに?どうだったの?」

時任も興奮気味。剛塚は腕を組んでいる。

「うん、うまくいった」

一番興奮しているのは僕なんだけど、なるべく顔に出さない様にした。

驚くサトルと時任、頷く剛塚。

その三人をかき分けて、未華がやってきた。

「英太くん」

未華が笑ってこっちを見ていた。

「ついに、付き合ったみたいだね!」

未華は片手に携帯を開いたまま持っていた。きっとくるみからメールをもらったんだろう。

「おめでとう英太くん!くるみをハッピーにしてあげてよ!ずっと英太くんの事好きだったんだから」

「ず、ずっと?」

僕が変な声を出すと未華はため息をついた。

「そうだよ。気付けっての。この鈍感男」

「ど・・・」

鈍感かあ。僕はてっきりくるみが鈍感なのかと思っていたんだけど・・・。僕が鈍感だったのか。

 

 

その日は嬉しくて眠れなかった。

さっき会ったばかりだというのに夜になって何度かメールでやりとりしてしまった。

さすがにメールでは「好きだよ」的な事はお互い書かなかったけど、今までと違う親しみのある文章になった。

だからなのか、夕食の時間に五月先生と牧野が何やら話し合いをしていたのを見ても、何も感じなかった。

この時、すでに事件は起きていたのだけど、浮かれていた僕には気付けなかった。

 

 

修学旅行四日目の朝だ。

今日でこの長かった旅行も最終日を迎える。今日の予定は小樽に向かい、小樽で半日を過ごし、新千歳空港へ行き、夕方の飛行機で東京へと戻る。

朝食を食べて、バスに乗り込むと宮咲さんが笑顔で迎えてくれた。

「みなさんおはようございまーす!!」

宮咲さんが爽やかな声を出すと、男子女子共に「おはようございまーす」と元気に返した。

「俺はよ」

隣に座る剛塚がいきなり語りだした。何だ一体。

「俺はああいう誰にでも好かれるヤツって嫌いだったんだ」

剛塚は宮咲さんの事を言っているらしい。バスはゆっくりと動き出したけど剛塚は珍しく多く話す。

「俺って中学の時に荒れてたんだけどよ」

「し、知ってるよ」

「まあ大山とかをイジメたり、この高校の陸上部を襲撃したりと色々したけどよ、結局この高校の陸上部に入ってお前らに出会っちまってよ」

何で剛塚はこんなに朝から話すんだろう。少し違和感を覚えた。

「何だか真っ直ぐになっちまったらしいな。俺も」

「いいじゃん別に」

剛塚はキッと僕を見た。

「いいのか?」

「・・・と、思うけど」

「まあ、英太がどう思おうが勝手だけどよ」

「じゃ、じゃあ聞かないでよ」

「とにかくよ。ずっと陸上部にいて、サトルとか時任とかともいてよ。俺も変わっちまったらしい。真っ直ぐになっちまった」

残念そうな声を出す。

「ちょっと斜に構えた女が好きだったのによ。早川みたいな。だから誰にでも好かれるあのバスガイドとか嫌いなタイプだったのによ」

「剛塚が早川みたいなタイプが好きだなんて知らなかったけど・・・。まあでも、何かわかるけど」

「なのにだ!あの宮咲ってバスガイドがすげえ気になる」

「お、おお」

「東京帰ったらああいうタイプの女探すかな」

「宮咲さんは?」

「バカかお前。宮咲くらいの年の女から見たら高校生なんかガキだよ。もっと近い年でああいう女を探すんだよ」

「そ、そうですか・・・」

「だからよ。秋の駅伝終わって引退したら、俺はバイトするよ」

「は、はあ・・・」

そんな事を言われているとは知らず宮咲さんは小樽のガイドをしていた。

「そうして大正末期に完成した小樽運河は全長約1140メートル。昭和61年に散策路が整備されるとたちまち北海道を代表する程の観光地として生まれ変わりました」

知識もあってかわいくて性格もいい宮咲さん。

僕らのクラスメイトの間では何年後になっても語られる伝説のバスガイドさんとなった。

 

 

小樽では堺町本通というところに行って甘いものを食べたり、運河近くで海鮮丼を食べたりして過ごした。

何を食べても美味しい夢の様な時間だった。出来たらくるみと行動したいけれど、サトルと時任と剛塚の男子チームでくだらない事を話すこの時間も忘れられない大切な思い出だ。

本通を歩いている時、五月先生と牧野がまた何やら話しているのを見た。

二人とも難しい顔をしていた。だからここで気付けば良かったのだ。

何かが起きているという事に。気付けるはずだったのだから。

しかしここで気付いたところで何が変わる訳でもないのだけど。

 

 

その事にやっと気付いたのは小樽見学が終わる時だ。

両親へのお土産にガラス細工を買って、カバンに詰め込んでいると携帯が鳴った。

メールではなく電話だった。着信はヒロからだ。

ちょっと面倒に思いながらも僕は電話に出た。

「もしもし?」

『あ、相原先輩ッスか』

「そりゃそうだ」

誰の携帯に電話したんだっつーの。相変わらずのアホだなってのんびり考えていたんだけど、次の言葉で嫌な予感が全身を走った。

『一色は何とか無事でした』

「は?一色?一色がどうかしたのか」

『え?知らないんですか?てっきり知ってるのかと思って』

「だ、だからどうかしたのか」

『ケンカに巻き込まれたんですよ。陸上部の一年生達が』

「け、ケンカに?」

『そうッスよ!また落川学園ッスよ!』

オチカワガクエン・・・

幸せ気分は一転、怒りと不安がやってきた。

そして事態は五月先生を巻き込んで思わぬ方向へと進んで行くのだった。

 

 

空の下で 熱の部 「北の大地編」END 

→ 熱の部「雷雨」

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2010年9月20日 (月)

空の下で-熱(12) 雷雨(その1)

『部活の帰りにイキナリ理由もなく殴りかかってきたんです』

東京に帰って来て最初の夜だ。

僕は羽田空港から牧野と一緒に堀之内の町まで帰って来て、そのまま牧野の家にお邪魔した。

本当はくるみと一緒に帰ってきたかったけど、五月先生が「陸上部が狙われた可能性もあるからうちの部の女子はオレが送って帰る」と言って三人を連れて帰った。

別れ際、振り返るくるみは固い表情をしていた。

「イキナリかよ」

牧野の部屋の中心に家の電話の子機を置き、それをスピーカーホンにして話す。

電話の向こうは一年生の一色だ。

「ケンカって巻き込まれたんじゃなかったのか」

『学校にはそう言ったんです。部に迷惑かけない方がいいと思って・・・』

一色は弱々しい声を出した。

「お前は怪我してないの?」

『後ろから羽交い締めにされて胸に蹴りを食らったんですけど・・・、別に打撲とかはしてないです』

生々しい話だ。

『こっちは短距離と長距離の一年生だけの五人で歩いてて、向こうは三人だったから人数はこっちの方が多かったんですけど・・・その、相手の迫力が凄くて』

一色は申し訳なさそうに語る。一色が何も悪い事なんてしてないのに。

「他の一年生はどうなったの?」

僕が出来るだけ優しい声で聞くと一色は泣きべそみたいな声を出した。

『う・・・うう・・・』

「泣いてる場合か」

牧野はイラついた声を出した。三者三様、全く違う声色だ。

『他のみんなは足とか腕とか打撲したり顔を切ったりして・・・一方的にやられまくりです』

「一方的に・・・」

ゴクリと唾を呑んだ。反抗しない一年生に好きなだけ暴行を加えたという事実が怒りと恐怖を僕の中に生んだ。

しかし牧野は意外な事を言うのだった。

「よくやった一色」

『は、はい?』

「こっちは手を出さなかったんだな?」

『え、あ、はい。出さなかったというか、出せなかったというか・・・。手を出したら部活がヤバイって言ってるヤツもいましたし・・・』

「わかった。一色、お前も一応医者に胸を見てもらえよ」

そう言って牧野は電話を切ろうとした時、一色が呼びとめた。

『あ、先輩』

「ん?」

『相手の三人、落川学園だって言ってました』

「聞いたよ。またかって感じだな」

『でも・・・気になる事があるんです』

「何?知ってるヤツでもいたか?例えば落川学園の陸上部のヤツとか」

『いえ・・・その・・・、落川学園の制服を着てなかったんです』

「一度家に帰ったんだろ」

『はい、多分。それで・・・ウチの監督に迷惑かけんじゃねーよって言ってました』

落川学園の監督?どんな人だっけ。いや、会った事ってあるっけ・・・。

何かしらの嫌な感覚が体に付きまとったまま、この日はこれで解散となった。

 

 

修学旅行からわずか一週間で一学期も終わりだ。

その間、僕ら陸上部は再び練習が開始されたのだけど、学校から出る時は全員集団で帰る様になった。

落川学園から襲撃を受けるのは過去に一度前例があるので、今回は部員達にも警戒心が強かった。

前回の襲撃は二年前。秋の記録会の頃だ。練習後、バラバラに駅に向かっていたら、くるみと未華が掴まり、そこから騒動の末に雪沢先輩が足を捻挫するという事態になった。

その時と同じ事態にしてはならない。幸いな事に今回の襲撃で怪我した一年生達はもう練習に参加するくらい軽い怪我で済んでいた。多少休んだけど、夏の記録会やら秋の新人戦やらにはそれほど影響なさそうだ。

そんな僕らの不安をよそに、五月先生は落川学園に抗議の電話をかけたりしていた。

落川学園の先生達は、こういう事態に慣れている様子で、犯人探しをしてくれたみたいだけど、生徒を特定する事は出来ない様だった。

そうして何事も起きないまま一学期は終了した。

 

 

夏休み最初の練習日。僕は五月先生と一緒に学校のマイクロバスの掃除をしていた。

他のメンバーは練習後に集団で帰ったのだけど、じゃんけんに負けた僕だけが掃除で居残りだ。

「なんで一人だけ居残りなんですかー。みんなでやれば早いのに」

僕が愚痴ると五月先生は「うるさい」と言って作業を促した。

「たくさん残ったら車で送るのが大変になるだろ」

「え、今日、車で送ってくれるんですか!」

「ああ、一人で帰すのは危ないからな」

ちょっと上がりかけたテンションもこの言葉で下がった。

 

 

マウクロバスの車内掃除を終えて、五月先生の車の助手席に乗り込んで学校を出る。

もう薄暗くなった八王子市の緑に囲まれた道を、ロック音楽全開で車は駆け抜けた。

「いい曲だろ」

「激しいですね。教師っぽくないです」

「オレは・・・先生はこういうハードなのが好きなんだ。教師イコール大人しい音楽って思うなよ」

静かな山道を場違いな音楽で走り、やがて堀之内が見えてきた。

「なあ相原」

「はい?」

五月先生は音楽のボリュームを少し下げて話す。

「落川学園に聞いても犯人わかんなかった。それで一つ、気になる事が出て来たんだ」

「はあ・・・」

「落川学園って、どの部にも顧問の先生がいるらしいんだけどな。まあ当たり前だけど」

「そうですね」

「監督って呼んでる部は無いっていうんだ」

「そうなんですか?」

五月先生はかかっていたCDを止めた。

そのまま「悪い、今の聞かなかった事にしてくれ」と呟いた。

 

 

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2010年9月23日 (木)

空の下で-熱(13) 雷雨(その2)

僕だっていつまでも馬鹿なままじゃあない。

五月先生が言っていた事は僕にもわかる。

落川学園の生徒に襲撃され、「うちの監督に迷惑かけるんじゃない」と言われ、調べたところ落川学園の部活では全ての部が「監督」とは呼ばずにいるという事実がわかれば、いくら鈍感とか言われる僕にだって思い当たるフシはある。

襲撃された一色はこう言っていたんだ。

「落川学園の制服は着てなかったんです」

そうだよ。多分、襲撃したのは落川学園の生徒なんかじゃあないんだよ。

不良で有名な落川学園の名前を使った、陰湿な報復だ。

そう、報復だ。

 

 

翌週、僕ら長距離チームは一年ぶりの夏合宿を開始した。

今年の合宿先は一年生の時に行った山梨県山中湖村にある「見晴らし館」というところだ。

森に囲まれた全然見晴らしなんかよくない宿泊施設で、色んな学校が合宿場所として使っている。

今回は七月二十八日から三十一日まで三泊四日の合宿で、僕ら長距離チームだけの貸し切りだ。

久しぶりに訪れた見晴らし館は、二年前に来た時とは違って壁や内装がリニューアルされていた。

「へえ、きれいなトコっすね」

ヒロがのんきにそう言う。二年前はけっこう汚なかったんだよ・・・とは言わないでおいた。

こないだ掃除をしたマイクロバスを降りて、見晴らし館の入り口に立つと、中からふくよかなオバサンが出て来た。

「あらー、ひさしぶりね、五月先生!いらっしゃい!」

元気よさそうなこのオバサンは・・・見覚えがある。

「大石さん、今年もよろしくお願いします」

五月先生が頭を下げると、大石さんはかけていたエプロンのポケットから何故か小さなタンバリンを取り出した。

そしておもむろにコーヒールンバを歌いながら見晴らし館の中へと引き返して行く。

「思い出した・・・、大石さんだ」

僕が言うと大山が「凄い量のゴハン作ってくれる人だよね」と言ってヨダレをすすった。

 

 

初日の練習はいきなり厳しいものだった。

今年はインターハイ路線で、名高や未華が大活躍したし、僕と牧野も都大会まで進んだので、秋の駅伝大会へ向けて五月先生も力が入っているのだ。

おまけに今年はとにかく暑い。毎年毎年夏になると暑いって思うけど、今年はハンパ無い。

それなのに五月先生は厳しいメニューを組んでくるのだ。なにしろ初日から山中湖二周プラス山道ダッシュだ。

練習を終え見晴らし館の男子大部屋に戻るとぐったりとして畳みに倒れこむ。

「な、なんか初日からキツイな・・・」

愚痴る様に呟くと牧野が「関東目指してるからな」と言った。

「か、関東?」

男子大部屋にいた全員が牧野の方を向く。しかし牧野は当り前の様に言い放った。

「そりゃそうだろ。今年の目標忘れたのかよ、目指せ関東ってやつ」

「あれって・・・インターハイで誰かが関東に行ける様に・・・って事じゃなかったのか?」

珍しく剛塚が詰め寄ると牧野があっけらかんと答えた。

「駅伝もだよ。駅伝も。駅伝で関東に行けばオレ達全員の力って感じするだろ」

「駅伝で?」

僕らはお互いに目を見合わせた。

駅伝で都大会を突破して関東に進むには東京中の高校の中で八位に入らなくてはならない。

僕ら多摩境高校は、二年前に50位、去年が25位だ。

「ちなみに八位ってどのくらいのレベルの高校かというと、赤沢が率いる松梨大学付属高校が、去年五位でおととしが八位だった」

松梨付属?うちの地域で最も強いというあの松梨付属と互角にやりあえって言うのか?

「ホンキか牧野」

名高が何だか嬉しそうな声を出す。

「五月先生はホンキで松梨と戦う気なのか」

「戦えるってさ」

僕だって馬鹿じゃあない。関東への目安となるのが松梨付属と言われて、事の重大さに気付ける。

そして同時に、僕らがいつの間にかそういうレベルの戦いが出来るかもしれないチームになっていたんだという事に気付いたんだ。

 

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2010年9月30日 (木)

空の下で-熱(14) 雷雨(その3)

山中湖合宿の最大の山場は、月日が経っていてもやはり富士山登りだ。

これは須走という登山口からスタートして富士五合目まで走るというコースで、全長は10キロ程度ながら全編通して登りしかないというまるで修行の様な練習だ。

合宿最終日、僕ら長距離チームは須走登山口で各自ウォーミングアップをしていた。

ふと見上げると、信じられないくらい大きな富士山がドーンとそびえていて、こんなの半分も登れるのかよってつぶやきたくなる。

「相変わらず厳しそうだな」

牧野が楽しそうにケラケラ笑う。

「よし、行くぞー」

五月先生の号令で僕らは富士山を登りだした。

 

 

最初にやってくるのは長い三キロもの直線だ。そしてこの登り傾斜角度がきつい。

ひと固まりになって走りだしたのに、一キロも進まないうちに一年生達が遅れだす。

もうかよ!って叫びたくなるけど、二年前の僕もそうだった様な記憶があるので、まあ仕方ないと思いながら腕を振る。

僕はアップダウンのあるコースが苦手だ。でも秋の駅伝では少しとはいえアップダウンが存在する。

だから春のインターハイ終了後、僕は登り坂や下り坂にも柔軟に対応出来る様に腕や足の筋トレにも励んできた。

そのせいかちょっとだけ腕も足も太くなった。

「英太くん、ちょっとたくましくなったよね」なんてくるみに言われて嬉しかった。

しかし少しくらい鍛えたからってこの富士山は通用するものではなかった。

三キロの直線は何とか耐えきったものの、その後に続く強烈な坂道で心が折れた。

「こ、こんな凄かったっけ・・・」

思い切り腕を振り、足を前へと進めたが、名高と牧野の二人だけが前へと進み、僕は剛塚と染井と一色の四人の集団を形成した。

牧野は凄い。名高に食らいついて行っている。

「く、くっそ」

焦っても登り坂がゆるくなる事は無い。次第に足も腕も、そして体も重くなっていく。

腕にはジリジリと燃え盛る太陽の光が突き刺さり体力を奪って行く。

修行・・・か。

これは本当に修行だ。早いとか遅いとかの問題じゃなくて、精神的にどこまで持つかという授業なんだと思った。

一度折れた心を何とか持ち直し、坂道をゆっくりと走って行く。

気がつけば一色が遅れだし、染井も遅れて行った。

僕は剛塚と並び、上を目指す。

剛塚は本来なら染井よりも実力は下なのだけど、こういう荒いコースにはやたらと強い。

そう、強い。早いのではなく強い。

僕は剛塚を見ていていつも思う。強くなりたいって。

自分の意志を曲げずに淡々と走り続ける剛塚を見ていると、僕にもそんな力が欲しくなるんだ。

 

 

ふわっと体が宙に浮いた。

この難コースの中で唯一の下り坂になったのだ。

その距離わずかに80mといったところだ。僕は勢いをつけるためにびゅーんと飛ばした。

すぐに厳しい登りになったのだけど、心に勢いをつける事が出来たのか、ほんの少しだけペースを上げる事が出来た。

そのまま剛塚をちょっぴり離して、僕は三位でゴールした。

 

 

「え?もう来たの?!」

ゴール地点ではまだ息を切らしながら倒れている名高と牧野がいた。

牧野は「へえ」って顔していたけど名高がずいぶんと驚いていた。

「すげえな英太。オレとあんまりタイムに差が無いぜ?いつの間にそんなに早くなったんだよ」

名高は何だかテンション高めな声だ。

「すげえよ。牧野もオレとほぼ同着だし・・・。剛塚ももうゴールでしょ?こりゃあ・・・今年はスゲエ事になるんじゃねえ?」

名高は嬉しそうに五月先生の方を見た。

五月先生はマイクロバスで登って来たらしく、それに寄りかかりながらこちらを見ていたのだけど、「うむ」と言って寄って来た。

「関東、狙えるかもな」

「それって・・・松梨付属と互角にやりあえるって事?」

「松梨・・・か」

五月先生は腕組みをして唸った。

「うん、関東狙うってのもいいけど、松梨に勝つってのも面白いな。打倒松梨ってのもな。ヤツらは多摩地区では最強と言われているからな。多摩地区最強の名前をうちにしちゃうってのもいいな」

「多摩地区最強・・・」

「松梨以上?」

「松梨に勝って関東に行く。これが今年の目標だな」

五月先生は満足げに頷いた。

ホントにいいのか、そんな大それた目標で。

 

 

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