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2010年10月21日 (木)

空の下で-虹(1) 受け継がれる者たち「前編」

うおっという大歓声が上柚木競技場のスタンドから沸き起こった。

新人戦の支部予選会での話だ。一年生と二年生だけが出場するこの大会で、たった今、男子5000mの一位がゴールしたのだ。

タイムは大会記録とまでは行かなかったが、二位以下に大きな差をつけての優勝だった。

「うおー!!早いなあいつ!!」

僕ら多摩境高校のテントからもどよめきと歓声と、そして悲鳴が聞こえていた。

僕は立ちつくしゴクリと息を呑み、隣にいる名高に聞いた。

「あいつ、誰?」

「二年生の西だな。西隆登」

「西?」

優勝して飛び跳ねている西という選手を目で追う。

童顔で背が低い。ピョコピョコと高速で足を回転させて優勝をかっさらった。さっきまでとは違い、大きくジャンプしながら両手を挙げて喜んでいる。

春のインターハイ東京都大会で、ゴール間際で僕を抜き去り、関東へとコマを進めた二年生だ。

「あれが松梨大学付属高校の次期エースって言われてる西隆登か・・・」

僕が深刻そうな顔で西を眺めている間に、染井が四位でゴールした。

「お!染井!!あいつ、凄いじゃん!!」

「なんたってうちの次期エースだからな」

名高は嬉しそうに頷いた。

うちからは染井が東京都大会に進出。松梨付属からは西の他、二年生の駿河二海ともう一人が進出を決めた。

「強いな・・・」

五月先生が腕組しながら試合を見つめていた。

明らかに、松梨付属は僕らより格上だった。

でも僕らは駅伝大会に向けてのスローガンは変えなかった。

関東大会出場。そして打倒・松梨付属高校。

そしてその高すぎるともいえる目標が、いよいよあの出来事へと僕らを導くのだ。

 

 

空の下で 3rd season-4

 

 

二学期が始まり、僕ら三年生は本格的に受験に向けた動きが加速してきた。

夏休みは夏期講習に追われていたという同級生が多い中で、まだ引退してない部活の連中は出遅れた感に悩まされていた。

「全然勉強してない」

学校からの帰り道、佐久間屋で肉まんを買いながらそう宣言するのは吹奏楽部の日比谷だ。

「いいねえ、その楽天的な感じ。オジサンも昔はそうだったよ」

レジ打ちをしている佐久間のオジサンがひどく感心した様子で何度も頷いた。

「だからこんな店やってんだけどね。ヒヒヒ」

佐久間屋というのは個人店だ。多摩境高校の目の前にあるから経営は成り立っているらしいのだけど、学校が出来る前は散々な状態だったという。

肉まんを袋に詰めている佐久間のオジサンに僕は問いかける。

「なんでこんなトコにお店出したんですか。ここ、駅からも遠いし」

「先見の目を信じてたからだ」

「はあ?」

日比谷がすっとぼけた声を出しながら肉まんを受け取る。

「オレがここに店を出すって決めた頃はな、この辺りはほとんど開発されてなくて山ばかりだったんだ。そこへある企業が一件の大きなマンションを建て出した。これは多分、この辺り全てを新しい街にするプロジェクトが進んでいるなって気付いたんだ。だから店を出した。そしたら数年でマンションがたくさん建ち、一軒家も出来て、学校まで出来たっつーわけさ」

「へえ、スッゲーなオヤジ」

日比谷はすでに肉まんを頬張っている。

「だろう?でも相原くん、なんでそんな事を聞くんだ?」

「え?いや、まあ、お店の経営に少し関心があって」

「ほうほう。そんならメニュー開発とかよりも先にちゃんと経営の事を勉強した方がいいぞ」

「あ、はあ、ありがとうございます」

僕はペコリとお辞儀をして、日比谷と一緒に佐久間屋から出た。

 

 

もう九月も下旬だ。五時を少し過ぎただけで夕日が街を照らしていた。

二人で肉まんを食べながら佐久間屋から多摩境駅まで、大通りの歩道を歩く。

「英太、専門学校行くんだって?」

「うん。日比谷は?」

「オレは大変だぜ?」

「あ、いや、僕も楽ではないんだけど」

「音大目指す」

「え?!お、音大?」

それは知らなかった。日比谷は音楽大学を目指していたのか。いつの間にかずいぶんと大きな夢を持っていたもんだ。

「なんかまだ辿り着かねーんだ。出したい音によ」

「出したい音・・・か」

聞くところによると、日比谷は三年生になってから、東京都が主催するトランペットアンサンブルのコンクールで金賞を獲ったらしい。

アンサンブルだから一人での力では無いんだけれど、やはり日比谷がチームを引っ張っていたという話だ。

そんなでも日比谷は全く満足していない様だ。

いつもはアホな事ばかり言っている日比谷が今日は少し真面目に見えた。

 

 

この頃、長かった残暑もやっと一区切りが着いた。

酷暑と言われ、全国で部活中に倒れる者が続出した今年の夏も、本当に終わった。

涼しくなったのはいいのだけど、その分、五月先生は練習メニューをハードにしていった。

毎日の通常メニューの後に、筋トレもしっかり行う。

体力回復や怪我防止のためのストレッチや栄養指導も忘れない。

練習が全て終わって部室を出る頃には真っ暗闇だ。

そうして訪れたのは、染井が出場する新人戦の東京都大会だ。

 

 

「マジ、ぐったりだな」

早朝から僕と牧野とヒロと一色の四人で、東京都大会の行われる駒沢競技場へとやってきていた。

さっきのセリフは牧野だ。このところのハードな練習で疲れ果てているのに、駒沢に朝一番で乗り込んで自分達のテントを建て終わったところでの一言だ。

「なんで三年生のオレ達がテントを作るんだよ」

牧野が愚痴ると一年生の一色が慌てた。

「きょ、今日は一年生は違う市民大会に出ていて・・・!ぼ、ぼぼぼ、僕しかこっちに来れなかったんです!!」

「一色だけこっちなの?」

「は、ははははい。さ、五月先生がこっちの試合を見学するようにと・・・」

自信なさげに俯く一色。

でも五月先生が一年生の中で一色だけに駒沢の試合を見ろって言ってきたという事は、それだけ一色には期待しているものがあるという事かもしれない。

「そうなの!市民大会からハズされたんだ!うひゃーかわいそう!!」

ヒロがそう叫び、牧野がスパーンとぶったたいた。

「とにかく一色、こっちに来たからには染井のフォローをちゃんとやるぞ。それと、他校の一年生をよく見ておけ。松梨付属から出てる西なんかもまだ二年生なんだからな」

「西隆登・・・ですね」

いつもはオドオドしている長身の一色が、西という名前を聞いて少し険しい表情をした。

 

 

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