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2010年10月18日 (月)

空の下で-熱(19) 雷雨(その8)

南大沢の駅までは歩いて二分といった場所だというのに、この雷雨では辺りに人の気配は全く無かった。

大通りの歩道にいるというのに車もほとんど見る事が無い。

時折通過する車からは僕らの姿はどんな風に写った事だろうか。

おそらくワイパーを全開で動かしていても前が見えないほどのこの豪雨の中、柿沼監督以外の全ての人間が傘も差さずに向き合っているというこの光景は、尋常では無いはずだ。

「カントク・・・、こいつは誰ッスか!こいつもやっちまいますか!」

五月先生に対して物騒な事を言うリーダーの学生。こいつも相当な悪いオーラを持っているんだけれど、柿沼監督はそれとは別次元の怖さを持っていた。

その柿沼監督が五月先生を睨みつけながら言う。

「こいつは、五月隆平だ」

「五月?」

リーダー風の学生はそう言って固まった。「さ、五月って・・・あの?」

「そう、あの五月だよ」

柿沼監督は不敵な笑みを浮かべながらも目は笑ってなかった。

「カントクと・・・、高校時代にずっと争っていたっていう・・・、あの五月隆平っすか」

高校時代に争う?五月先生と柿沼監督が?何の種目で?ていうか同じ年くらいなのか?

「そう。当時の落川学園の一大不良グループのトップだった男、五月隆平だよ」

「おち・・・?」

僕も牧野もくるみも五月先生を見た。

五月先生はつまらなそうな表情をして僕らの顔を見まわす。

「いらん事言うなよ、柿沼」

五月先生は捻っていたリーダー風の学生の手を離した。

そのとたん、そいつは五月先生に殴りかかったけど、片手で受け止められた。その殴りかかった拳を掴んで離さない。

「キミ、無駄に殴りかかるな。オレには勝てないから」

リーダー風の学生は妙な声で唸り、あまっていたもう一方の拳で殴りかかったけど、そっちの拳も受け止められた。

「こ、こんな事って・・・」

リーダー風な男は愕然とし、周りの三人の学生は後ずさりした。

「風邪引くから、そっちで雨宿りでもしてなさい」

ひどく迫力のある声で優しい事を言う五月先生に、学生達は「は、はい・・・」と俯き、その場を離れていった。

「さて、柿沼、これは一体どういう事なんだ?」

傘を差して悠々とこちらを眺める柿沼監督に、五月先生は困った様な表情で問いかけた。

「あの学生達は柿沼のトコの生徒だろう。自分のトコの生徒使って、うちの陸上部を狙うっていうのはカケラほども納得いかない行為だな」

柿沼監督は一瞬僕を見た。ドキリとする僕からはすぐに視線を離し、五月先生に話す。

「オマエんとこの部員がよ。インターハイの時、オレの切り札だった五島林の怪我にいち早く気付いたんだよな。おまけに怪我してる状態で無理して走るのは楽しくないでしょ?なんて言ったらしい。おかげで五島は怪我をかばって都大会で敗退だ」

再び僕を見る柿沼監督。確かに、そんな様な事は言ったかもしれないけど、そんなに睨まないでほしい。

「五島林が関東大会まで行けば、監督としての資質が問われていたオレにとっては、学校に認められるチャンスになってたのによ。都大会敗退でオレの存在は認められなくなっちまった。そしたらどうしたい?そんな原因作ったヤツに報復したいって思うだろう?」

・・・、なんなんだ?この監督は?本当に教師なのか?いや、確か柿沼監督は部活の指導だけに呼ばれている外部講師だったっけ?どちらにしろ、この人はおかしい。

「ま、この報復も五月にバレたんじゃ、もうどうにもゴマかせないな。せめてこの場でお前だけには報復しとくか」

バサリと傘を地面に叩きつけ、柿沼監督は僕らの方へと寄ってくる。

五月先生は僕らの前に立ちふさがり、拳を握りしめた。

「マズイ」

牧野が呟いた。

わかってる。陸上部の顧問である五月先生がケンカなどしたら、陸上部の活動自体が止められる可能性がある。

二年前にも似たような事があった。あの時の様な事は繰り返したくない。

「さ、五月先生!」

「わかってる」

五月先生はそう言ってから柿沼監督に話し出した。

「柿沼、お前とオレの決着はまた持ち越しにしよう」

「はあ?」

「今日やると互いに生徒に見られていて立場がまずくなるだろ?今度、正々堂々と決着つけてやるよ。誰もいない場で、二人きりでよ」

「むう」

柿沼監督は少し悩んだそぶりを見せると、さっきの傘を拾った。

「まあ、急いで決着つける必要はないか。これまでも十五年以上も決着ついてないんだからな。また会う事があったら容赦しねーがな」

よくわからなかったけど、柿沼監督は引き上げて行った。

「ど、どういう??」

見つめても五月先生はつまらなそうな表情をするばかりだ。

そして急に笑顔になったかと思うと「しっかし寒いな、雨に打たれると!あっちに先生の車あるから乗ってけよ!」と元気な声を出した。

 

 

全身びしょ濡れの制服のまま僕ら三人は五月先生の車に乗り込んだ。

運転席に五月先生、助手席に牧野、後部座席に僕とくるみだ。

「今、暖房かけるからな。夏だってのにな」

車は豪雨の中、くるみの家に向かって走りだした。

珍しくロック音楽がかかっていない車内で、五月先生は過去の色んな話をしてくれた。

中学生の時からケンカばかりしていた事。

高校は落川学園に通っていた事。

そこで色んな不良学生とケンカをし、次々と倒して不良グループのボスになった事。

当時、多摩地区で一番強いと噂されていた他校の柿沼とケンカするけど決着がつかなかったという事。

「ずっとずっと力で色んな事を解決してきたんだけどな。高校を出る頃になって、自分で稼ぐ方法がわからなかったんだ」

五月先生は運転しながら何も隠さずに話してくれた。

「それでまあ、通っていたのが当時から不良で有名な落川学園だったからな。ここで教師でもやれば、入ってくる不良って呼ばれる学生の気持ちが少しはわかるんじゃないかなーって、そういう軽い気持ちで教師の道を選んだんだよ」

でも落川学園に就職する事は無かった。落川は私立だったのだけど、五月先生は色んな高校を見たいという希望が出てきて、公立の教師になったんだという。

その時の教師試験に至るまでの勉強時間は生半可じゃあなかったらしい。

「そんで新しく出来る多摩境高校に来たんだ。まさかそこでまた不良学生とのやりとりが待っているとは思わなかったけどな。まして、高校時代に争った柿沼まで登場するなんてな。人生って何があるかわかんねーもんだな。はっはー」

なんだか能天気だ。

あれほどの出来事の後だというのに能天気だ。

僕らは互いの顔を見まわして、笑った。

「おい、なんで笑う。笑う場面か?」

五月先生も、そう言いながら笑っていた。

「ま、あいつも先生も、もう大人になって、ケンカなんかしていられる立場じゃあなくなったって事だな。おかげで今回の一件はきっと解決だ。それもそれで寂しいものだが・・・」

ケンカできなくなって少し寂しそうな表情がミラー越しに見えた。

「あ、見て見て」

突然、くるみが窓の外を見ながら叫んだ。嬉しそうな声だ。

見ると、雲の切れ間から月が見えていた。

雨はまだ小降りながら降っているけれど、その向こうに綺麗な月が出ていたんだ。

「嵐が去って平和になるって事だな」

牧野が何故か満足そうに言うのが気になったけど、まあ平和になるんならいいか。

 

 

それから柿沼監督や稲城林業の生徒が襲ってくる事は一度もなかった。

記録会などで出会っても特に何もないし、会話する事もなかった。

ただ気になるのは彼らに混じって、五島林がジョックなどをしている事だ。

足の怪我は治ったらしく、以前ほどではないとはいえ、「秋の駅伝の一区は走るよー」と笑っているのが印象的だった。

そして、見知らぬ優しそうな新しい指導者が五島達を指導していた。

きっといい指導者が見つかり、いいチームへと導いて行ってくれる。

そんな楽観的な想像をしてしまった。

 

 

そして季節は移り変わる。

真夏の熱は少しずつ収まっていき、最後の大会である駅伝の待つ、秋へと。

 

  

空の下で 「熱の部」 END

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