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2010年10月25日 (月)

空の下で-虹(2) 受け継がれる者たち「後編」

酷暑が終わったばかりで、急に涼しくなった感のある駒沢競技場は、その温度差を気にしてか、やたらと念入りにウォーミングアップしている選手が多かった。

男子5000mは48人が出場予定で、そのうちの八人だけが次の南関東開会へと進める。

染井の目標はギリギリでもいいから南関東へと進む事だった。

ここのところ、染井はやたらと宣言している。宣言と言っても声が小さいヤツなので近くにいた人にしか伝わらないけど。

「名高さんの跡を継ぐつもりですから、南関東くらい行きますよ」

相変わらず強気でかわいげの無い口調だったけど、それがたくましくもあった。

染井とヒロが入部してきた頃は、この強気発言がやたらと気に障ったものだけど、今はそういう気持ちにはならない。後は頼むぞ・・・とか思うんだけど、後って何だろうとも思うし、僕はそんな事を発言出来るほどの実力なのかなとも思う。

そう、僕って何なんだろう?

実力は名高が一番だし、チームのまとめ役は牧野だし。

僕って何なんだろう?

剛塚みたいな兄貴肌じゃないし、大山みたいなムードメーカーでもないし。

この部にとって僕という存在は、何かを残せるんだろうか?

「相原さん!相原さん!!」

一年生の一色に呼ばれてはっと我に帰る。

「ど、どうしたんですか!ボーっとしちゃって・・・。もうすぐ染井さんの試合が始まりますよ」

長身の体をアタフタとさせてる一色を見て「あ、ああ、悪い」と言った。

すると大山が「くるみさんの事を考えてたんじゃないのー?」と笑い、一色が申し訳なさそうな顔で「す、すいません」と言って立ち去った。

「お、大山!!変な事言うなよ!!」

やたらと楽しそうな笑い声が周辺から聞こえる。

僕、こんなんでいいのか?

 

 

染井を含めた48人がスタートラインに立つ。サポート係として僕と一色が近くにスタンバイし、コールタイム直前に染井が脱いだジャージなどを受け取る。

「いいか一色、こうして出場選手の手伝いをする事はとっても大事なんだ。淀みなく動けよ」

「は、はい」

僕は一色にサポート役としての仕事を教える様に五月先生に言われているのだ。もちろん、言われてなくても教えるけど。

「陸上部ってのは個人競技に思われるけどさ、それって全然間違い。出場する選手をこうやって手伝ってくれる信頼できる仲間がいるから、選手が走る事に集中出来るんだ」

「はい!!」

「いや、声が大きいって一色。まあとにかく、変ないい方かもしれないけど、いい選手がいい記録出せるのは選手だけの力じゃないってコト。その辺、気付かない人って多いんだけどね」

「は、はい!!!」

「声、大きいって」

僕が言ったではない。最後の言葉は他校の選手が言ったのだ。ドキッとしてそちらを向くと、小柄の童顔の選手がいた。思わず女子かと見間違う様な肌の綺麗な選手だ。

「西・・・先輩」

一色が表情を険しくする。

よく見れば松梨付属の二年生エースの西隆登だった。その西が「久しぶり、一色」と言った。

一色は「久しぶり・・・ですね」と言うが今度は声が小さい。

「なに?一色と西って知り合い?」

僕が一色に向かって問いかけると、何故か西が答えた。

「中学が同じなんですよ。同じ陸上部でした。僕が三年生エースの時に一色が二年生エースで、よく争ったもんですよ。まあ、負けはしませんでしたけど」

「へえ」

「一色は新人戦には出なかったんですか?」

西に問いかけられ僕は頷いた。すると一色は「西先輩とはどこかでまた戦いたいです」と珍しくやる気のある言葉を吐いた。

西は目を丸くした。そして答える。

「そっか。じゃあいつでも返り打ちに出来る様に頑張るよ」

そうして西はスタートラインへと歩いていった。

 

 

5000mの試合が始まると、一色はいつもよりもはるかに小さい声で染井の応援をしていた。

「西先輩はですね・・・」

「ん?」

応援の合間に一色は聞いてもないのに西との思いをしぼり出した。

「僕の憧れの先輩なんです」

「そう」

「中学の時、何回もタイムトライアルの時に本気で挑んだのに、いつもいつも勝てなくて、結局一度も勝てないまんま卒業しちゃって。悔しくて悔しくて。それが高校に入ってまた会えるなんて・・・」

西と染井を含んだ先頭集団が僕らの前を駆け抜ける。

「だから、今度こそ勝てる様になりたいんです。一度でもいいから」

「わかるけどさ」

「はい?」

「今、西に勝とうってのは置いておきなよ。今はまだ勝てないし」

ひどく冷たい声で言ってみた。

「今、西とかの強豪選手と戦ってるのは染井だ。さっき言ったろ?僕らは染井のサポート役をしてるんだから、染井が全力で走れる様にするんだって」

言われて一色は染井を見た。

染井はというと3000mを通過したところだ。先頭集団につけていて、西と染井、それと数人の選手が固まって走っている。

「自分の事ばっか考えてちゃ駄目だよ一色。さっき言ったでしょ?個人競技って思われてるけど・・・、僕らはチームなんだから」

一色は僕を見てから俯いた。

何かをブツブツ呟いたかと思うと、トラックの方を向いた。

そして通過する染井に向かって、今まで聞いた事の無い様な荒げた声を上げた。

「染井さん、ファイトー!!」

それを見ていて僕は思った。

きっと大丈夫だって。

来年、僕らがいなくなっても、染井とヒロが頑張ってくれる。ヒロは微妙だけど。

そして染井たちがいなくなっても、一色たちがいる。

そうして受け継がれて行くんだ。雪沢先輩が作り上げ、僕らが受け取った陸上部という名のタスキを。

それなら、僕らは僕らの仕事をこなそうじゃないか。

秋の駅伝大会で、僕らの爪痕を残そうじゃないか。

僕はその爪痕のメインメンバーじゃなくたっていい。その爪痕の端っこを手伝えるだけでもいいんだ。

でも、確実に力になろう。後輩たちから「すごい」って言われる爪痕の一端になれる様に。

「なんだかテンションが上がってきた」

僕がそう言うと一色は「僕もです!」と言ってさらなる声援を上げた。

その力が染井にも伝わったか、染井はギリギリ八位で南関東へのキップを手にした。

 

 

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コメント


陸上競技は個人競技のようで、その実際は1人の試合のために関われる人全てが付き人やラップタイム計測や散らばって応援などホントにチームワークで試合してます


試合の日よりも付き人の日の方が、ずっと疲れる!と言ってました


投稿: kenchan-kouchan | 2010年10月25日 (月) 21時26分

いつもコメントありがとうございます!kenchan-kouchanさん!
 
そうですよね、出てない人もみんな影で色々しているものですよね!
一人のためにみんなが頑張る。それがたとえ早くない人のためだろうと。
それが出来てやっと本当に仲間かなーと。
うーん、僕も現役時代に、そこまで行けたかは微妙です・・・

投稿: cafetime | 2010年10月26日 (火) 00時51分

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