空の下で-熱(15) 雷雨(その4)
東京の夏は気持ち悪い。
特に今年は例年にない酷暑となっている上、修学旅行での北海道や、夏合宿での富士山付近など、わりと涼しいエリアへと出かけていたので東京の熱に耐えられない。
それでも僕の住んでいる八王子市などはまだ郊外なのでマシなんだけれど、南風に乗って栄えている街の熱気が流れてくるらしく、息苦しいほどの暑さと湿度の日々が続いている。
夏合宿後、一週間が経っていた。
全く雨の降らない東京エリアは地面が冷える事も無く、連続熱帯夜の記録を伸ばしていた。
今日もそんな夜だ。練習で疲れ果てて家に着き、すぐにぬるいシャワーを浴びて居間でごろーんと寝転がった。
「お前、ずいぶんと焼けたな」
冷蔵庫から缶チューハイを片手にやってきたお父さんがそう言った。
「あれ?お父さん、今日は山梨じゃないの」
「お盆休みだ」
僕は起き上がり、畳みの上に置かれた低めのテーブルの脇に座る。お父さんも横に座り、パシュッという音をたてて缶チューハイを開けた。
「今度出る、秋の新商品だ。ふらっと5%ブドウってんだ。飲むか?」
「まだ未成年なもので」
「誰も見てないって」
お父さんがそう言って笑うと、お母さんがやってきて「見てるよ」と言った。
お母さんはコップにアイスティーを注いで同じくテーブル脇に座る。
何も会話しないで三人でテレビを見ていた。
それでも別に息苦しいという事は無い。これで自然なんだ。
僕らは元々静かな家族なんだ。無理に何か話す必要は無い。もちろん、お父さんもお母さんも僕の学校での話とか部活での話とかを聞きたいんだと思うけど、何か自分から学校の事を話すのって少し恥ずかしい。
最近は特にそうだ。くるみと付き合ってからは、部活で学校に行っていても、くるみの事ばっか考えてたりするから、そんな空気がお父さんお母さんにバレたくないって気持ちになってしまう。
だから話すとしたら牧野とのアホな会話や出来事の話ばかりだ。
「英太はさ」
お父さんがテレビの方を見ながら突然話し出した。まるでテレビに話しかけているみたいだ。
「部活はいつまでやるんだ」
「部活? えーと、秋の駅伝大会までだけど・・・」
「九月だっけ?」
「十一月」
「そうか・・・」
お父さんがそう呟くと、今度はお母さんが声を出した。
「その後どうするか決めた?」
ギクリとした。
お母さんは僕の高校卒業後の事を聞いているのだ。
もちろん僕だって無計画な訳じゃあないんだけど、部活やくるみの事ばかり考えていて、卒業後の事は何となく後回しにしているので、この言葉には冷や汗をかいた。こんな熱帯夜なのに・・・。
「えと・・・専門学校に行きたいんだけど・・・」
「専門学校?何のだ」
何故か問い詰める口調になるお父さんの声に少し怖気づいたけど、やりたい事を言った。
「そうか・・・。まあ、何となくお父さんの仕事とも遠くはないのかもな」
「そうね。確かに」
僕の答えに二人とも何だか納得していた。
ホッとした。そんな夢は現実的じゃないとか言われるかと思ったからだ。
いつかカフェを開きたいなんて夢は。
自分の部屋に戻り、ベッドに横たわる。
くるみからメールが来ていた。絵文字をけっこうたくさん使っているけれど、時折敬語になる文面だ。
こうやってメールをしたり、電話をしたり、たまにデートっていうか二人で映画観たりカフェでお茶したりはしているんだけど、僕らはまだ手を繋いだだけのピュアな関係でいた。
キスなんてした事ない。いや、したいんだけど・・・、今のとこ、そんな場面は無いというか、まあ勇気が絞りだせない・・・。
「はあ・・・」
思わずため息。自分の勇気の無さを実感するデートが続いてるからだ。
男らしくないなあ。そう思いつつも、まあいいかとも思う。
そんな事を考えていると牧野から体育会系バリバリのメールがやってきた。
『打倒!松梨付属!!&関東大会出場!!』というタイトルなのに本文は『来週の記録会の出場種目の一覧送っとくー』というものだった。
五月先生は、この記録会の結果で秋の駅伝の出場区間を仮決定すると言っていた。
春以来の公式大会だけに僕も少しずつ気持ちに熱が入っていった。
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