空の下で-虹(12) 証
時刻は午前九時を回っていた。
天気は変わらずな秋晴れ。いや、少し雲が増えたのか、太陽が隠れている時間もでてきた。
競技場の巨大電光掲示板に表示されている気温は14度となっているから、体を動かさないと肌寒く感じる。
しかし、走るには好条件だ。
風はそよそよと吹く程度。湿度も乾燥しすぎという感じではないので喉が痛い事は無い。
もしアナウンサーがテレビで中継していたとしたらこう言うに違いない。
絶好の駅伝日和だ・・・と。
『絶好の駅伝日和になりました。ここ板橋区の駅伝会場。東京中から集まった115の駅伝チームが今か今かとスタート時間を待ちわびています』
テレビから流れる音声を聞き、自宅の洋間で日比谷は振り返った。
「なにその番組」
呼ばれてテレビを見ていた日比谷の父親はアクビをしながら答える。
「何って、知らないのか?友達の相原君や牧野君が出るんだろ?」
「だから・・・何その番組」
「ケーブルテレビだよ。今年は高校生のスポーツ大会の中継に力を入れていてな。野球やサッカーはもちろん、こういう駅伝大会の中継も実験的にしてるんだよ。知らなかった?」
日比谷はボリュームを上げてテレビの前に腰を降ろした。
「オヤジ!そういう情報はもっと早くくれよ!!」
日比谷は携帯を取り出し、知ってる限り、僕や牧野を知る友達にこの番組の事をメールしてくれた。
「スッゲ、スッゲ!やべーよ、ワクワクしてきた!!」
スタート十五分前だ。
七区の僕と六区の牧野は、まだ時間があるので、一区のスタート地点へとやってきていた。
辺りには各校の一区選手達が集まりつつあった。
「おーい、英太、牧野」
甲高い嫌な声。いつも大会の時にだけ聞く嫌いな声だ。
手を振りながら歩いてくるのは葉桜高校の内村一志だ。
「何してんだ二人そろって」
内村は僕と牧野を一瞥してから「噂、聞いたぞ」と笑った。
「何の?」
「お前ら、松梨付属に宣戦布告したんだってな」
「内村・・・、お前どうしてそんな話を?」
「オレさ、松梨付属の香澄圭とネット友達なんだ」
ははあ、類は友を呼ぶというか・・・。内村と香澄に似た空気を感じていた僕の目に狂いは無かった様だ。
「香澄のホームページあるんだけどさ、そこに書いてあったぜ。T高校のAに宣戦布告されたって。それって多摩境高校の相原って事じゃねーの?」
推理力だけは一人前だ。天野たくみにも見習わせたい。
「勝てると思ってるの?松梨に」
「どうだろね」
僕が濁すと牧野が「数時間後にはわかるんじゃない?」とニヤけた。
すると内村は不満そうな顔をして吐き捨てる様に言った。
「つまんねー反応」
そして同じ高校の仲間を見つけて歩いて行った。
「お・・・」
その先にはアキレス腱を伸ばしている秋津伸吾の姿が見えた。
東京都ナンバーワンの実力者、葉桜高校の秋津伸吾はやはり一区を走るらしい。
秋津は僕と牧野の姿に気付くと爽やかな笑みを浮かべて手を振ってくれた。僕らも手を振って応える。
「秋津か。名高との最終勝負だな」
牧野はそう言うが、公式戦で名高はまだ秋津に勝った事は一度も無い。
なにしろ秋津に勝つという事は実質的に東京ナンバーワンになるという事でもあるのだから、簡単な話ではない。
「あ、名高だ」
一色と一緒にジョックをする名高の姿が見えた。この段階でもまだウォークマンを付けている。
声をかけようとしたら名高と僕の視線の間をあの男が通り抜けた。
辺りの注目が一気にそちらに向く。
稲城林業のジャージを着てテンション高めの気合いの声を入れながら仲間と走るこの男。
「五島林か」
あの怪物、五島林が一区で復帰してくるらしい。噂では聞いていたが本当だったのか。
でも足の怪我が原因で練習はずっとしていなかったというから、全盛期ほどじゃないかもしれないが、怪物と言われただけあって怖い存在だ。
怖いと言えば昨日、剛塚が妙な事を言っていた。
「英太、落川学園の一区、誰が走るか知ってるか?」
知らなかった僕は、エースである白髪の男、八重嶋翔平の名前を口にした。
「いや、八重嶋がエースのハズなんだけどよ。八重嶋は四区にエントリーで、一区は向井ってヤツらしいんだよ」
向井という名前に僕は聞き覚えがあった。
それなりの実力者で、何度か争った事のある選手だ。
それより印象的なのは、今までの大会で、何度か向井が接触事故を起こしている事だ。
そしてそういう試合では八重嶋に好都合な試合展開となり、八重嶋が優勝したり上の大会に進んだりしているのだ。
そういえば色んな問題が解決してきた今でも、この八重嶋と向井の問題だけは謎のままだった。
「英太、牧野」
名高が一色を伴って走って来た。ウォークマンを耳から外す。
「いよいよだな」
牧野が言うと名高はウォークマンを一色に渡しながら「だな」とだけ答えた。
「どうなの名高。なんか強豪選手が揃ってるけど」
僕が問うと名高は辺りを見回した。
「秋津伸吾に五島林、それにインターハイ東京都大会で凄かった葛西臨海高校の相良ってのもいる。そして松梨付属エースの赤沢智」
名高は目をつぶって眉間に皺を寄せて話す。
「どいつもこいつも顔がすぐ思い浮かぶ程の連中だ。だけど、オレはこいつらより早くタスキを二区に届ける。誰よりも早く・・・だ。そしてそれを今日まで走って来た証にしてみせる」
「証・・・」
名高は目を開けて僕と牧野を見た。
「絶対、ゾクゾクする展開で牧野や英太にタスキが回る。いや、回してみせる。だから、二人も頼むぜ」
この言葉に僕はゾクゾクとした。
絶対的エースの言葉というのはこんなにも力になるのか。
僕はそんな名高が羨ましくもあり、悔しくも思った。
でも、何よりも強い感情は信頼だった。だから僕は答える。
「任せてよ!」
顔の前で拳を握りしめながら言うと、名高と牧野は目を見合わせた。
「なんか英太も・・・」
「男らしくなったな」
笑う二人に何だか腹が立って笑った。
午前九時五十九分。
一区を走る全115校の選手がスタートラインに陣取った。
一区は全区間で一番距離の長い10キロ。それだけにエースクラスが走る。
注目の選手はほぼ全て出揃った。
秋津伸吾、赤沢智、五島林、相良勇、そして名高涼。
僕と牧野はスタートラインから100mほど進んだ沿道に陣取った。
反対側に五月先生の姿も見える。
「ったく探したぞ」
しばらくぶりに聞く声で僕と牧野は振り返った。
そこには私服姿の雪沢先輩と穴川先輩がいた。
「ゆ、雪沢先輩!穴川先輩!!」
二人とも前より少し大人びて見えた。雪沢先輩は髪が昔より長いし、穴川先輩は安そうなネックレスなんかつけてる。
「うるせえ反応するな。試合始まるぞ」
穴川先輩が耳を押さえながら言うと、雪沢先輩は「今年は応援に全力を費やすぞ」と笑った。
僕と牧野、そして雪沢先輩と穴川先輩は沿道から乗り出す様にスタート地点を見た。
係員がピストルを持って腕を上げるのが見えた。
始まる・・・
パアンと音が鳴り、今年の東京高校駅伝大会の幕が切って落とされた。
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コメント
cafetimeさん!至急変なコメントの削除お願いします。
忙しくて今日楽しみに開いたら、未成年者にはみてほしくないサイトが紛れていました。
投稿: kencan-koucan | 2010年11月30日 (火) 18時05分
こんにちはkenchan-kouchanさん。
すみません。ちょっと見てなかった間に、ああいう困る事が起きてしまいました。
ネット社会というのは便利だけれど難しいものだと感じます。
こまめにチェックはしてますが、たまに目に触れてしまう事になり本当に申し訳ありません。
お知らせいただき、ありがとうございました。
投稿: cafetime | 2010年12月 1日 (水) 23時20分
cafetimeさん
早速の対応に感謝いたします
12月と言うのに半袖で快適な沖縄です






独特な緊張感やワクワク感が伝わって来ます

英太クン達の最後の駅伝…
次回が待ち遠しいような…まだまだ終わってほしくないので引っ張ってほしいようなそんな心境です
風邪などひかないように
投稿: kenchan-kouchan | 2010年12月 2日 (木) 03時20分
いえ、不快なコメントに気付かずに申し訳ありませんでした。
沖縄は半袖ですか!
ずーっと関東地方に住んでいる僕としては、信じられない!という気分です。
引っ張ってほしい心境だなんて、嬉しすぎるコメントです!!
いよいよクライマックスですが、気持ち良く読み終われる様に頑張ります!
投稿: cafetime | 2010年12月 2日 (木) 20時42分