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2010年11月 8日 (月)

空の下で-虹(6) 最終選考(その4)

スタートラインから飛び出すと、全身がブルッと震えた。

「・・・?」

思わず自分の体を見回す。特に異常は無い。

これはアレだ。

久しぶりに感じた。これは高揚感だ。

思えば春のインターハイ東京都大会以来なんだ。何かを懸けて全力で走る事なんて。

もちろん練習で全力で走る事はしょっちゅうある。

でも今日は部内とはいえ負けたら終わりの一発勝負なんだ。

こういう緊張感は本当に久しぶりだった。

そんな事を考えている間に最初の100mの直線を走り切った。

余計な事を考えていたのでポジションがあまりよくない。

名高と染井が先頭で二人並び、その後ろに牧野と一色、次に一年生と剛塚、そしてその後ろに僕と大山になってしまった。まだ後ろには一年生とヒロもいるが。

まあ別にこんなのは一秒か二秒の差であって、大した事じゃあないんだけど、もしかしたら部内で全力で争うのはこれが最後かもしれないから、一度くらいは名高に先行してみたかった。

だから今日は前半は名高に食らいついて行こうと思っていたので、ちょっとやりづらい展開だ。

一周走っても集団はバラける事はなかったんだけど、二周半もすると一年生が二人遅れだした。

なにしろこのレースは名高と染井が引っ張っているんだからペースが早い。

一キロの通過タイムを確認して大山が自ら集団より後ろに下がり、それに合わせる様に剛塚とヒロも下がった。

僕はもう少し食らいついて行く事を選んだ。自己ベストよりわりと早いペースだけど、今日はけっこう行ける気がしたからだ。

二キロを通過すると名高のペースについていけなくなり、全員が名高から遅れだした。

「く・・・」

名高の背中が少しずつ小さくなって行く。

あのペースは無理だ。あのペースで最後まで走り切る事なんて僕には無理だ。

名高はチラリと僕らを振り返った。

ちょっと残念そうな表情。

「む・・・」

何故だかわからない。でも今日は追う事にした。

一度くらいはいいかもしれない。

名高のペースに合わせたら最後までもたなくて悪い結果になっちゃうかもしれない。

でも、一度くらいはいいかもしれない。

名高にどこまで迫れるか。そんな事を試してもいいかもしれない。

「うお・・・」

少し声が漏れた。気合いの声が。

僕は牧野や染井をかわして名高を追った。

「はあ・・・はあ・・・!!」

口を大きく開けて呼吸をした。意識してやったわけじゃなくて、苦しくて口が大きく開いてしまったのだ。

そうしてトラック一周かけて名高に追いついた。

僕が名高の背後にピタリとつくと、名高は気配を察知して振り返った。

「英太!」

驚いた表情と声だった。しかし次の瞬間、名高は笑みを浮かべた。

「やっと来たか」

そう言って名高は前を向いた。

言葉の意味はわからなかった。

僕はただただ食らいつくのに必死で、息はあがるし顔は歪むし、とうとう息切れが声になりだした。

「はあ!!はあ!!」

それでも名高の背中を追った。

3キロを過ぎても、4キロを過ぎても名高の背中はすぐそこにあった。

今まで一度もとらえる事の出来なかった名高がすぐそこにあるというのが不思議だった。

そういえば一年生の頃に一度だけ名高の背中をとらえそうになった事がある。

山中湖での合宿の時だ。

その時はすぐに引き離された。でも今日は違う。全力で走る名高に食らいついて行っている。

残りは二周。つまり800mといったところだ。

こうなれば・・・

大それた思考が僕の中に生まれた。

抜かしてしまえ!

いつからか・・・、いや、最初からかもしれないけど、僕は「名高には勝てない」と思いながら練習をしてきた。

牧野や染井よりも先行して二位を走っている時だって、一位は名高だから仕方ないやと思いながら走って来た。

絶対的存在の名高に勝てるはずもない。

信頼のおけるエースという意味ではいいのかもしれないけど、心のどこかで名高に頼り過ぎていたのかもしれない。

自分自身が名高と同じくらいになろうという考えが、いつからか消えていた。

きっと昔は持っていたのに。そういう考えを。

いつもいつも圧倒的実力を見ていて、あきらめていた。

まだだ!

まだ行ける!!

僕は直線で名高の横に並んだ。

バッと僕を見る名高。

決して涼しい顔なんかしていなかった。名高も息を切らして歯を食いしばっている。

「英太・・・!!」

擦れた声で僕の名を呼び、名高は前を向いた。

僕は一歩も遅れない様に並走する。

しかし直線では抜かしきれずにコーナーに突入したので、また背中にピタリとつけた。

それを繰り返し、残り300mのところでズシリと体が重くなった。

ぐんぐんと名高の背中が遠くなる。

「く・・・・そ・・・!!」

腕を振ろうにも、まるで筋トレの後みたいに腕に力が入らなかった。

バカみたいにペースダウンする。

「くそ、くそ!!」

視界がボヤけた。

涙が出てきたらしい。何してんだっての!!

くるみだって見てるんだ。泣きながら走るなんてマヌケな事出来るか!!

涙を拭い去って、最後の直線に入る。

でも全くスピードが上がらずに、牧野に抜かされ、染井にも抜かされてゴールした。

 

 

「くそったれ!!」

ゴールしてヨロヨロとフィールドに倒れこんだ。

「おい!大丈夫か!!」

五月先生の声が聞こえたけど、何故か声は違う方向へ向けられていた。

そっちを見てみると一色が足を引きずって歩いているのが見えた。

「一色?」

ガクガクと揺れる膝を何とかこらえて立ちあがり、一色の元へと歩いた。

「どうした一色!!」

一色は震える声で「すいません」と呟く。

引きずっていた足を見て五月先生が「おい、大塚!コールドスプレー持って来い!」と叫んだ。

「先生、一色の足は・・・」

「捻挫だな」

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