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2010年11月15日 (月)

空の下で-虹(8) 道のり

駅伝のメンバーが正式に決まり、選ばれた者は猛然と練習をしていた。

10000mというエース区間を走る名高と、8000mという長い距離を走る剛塚と大山は、ひたすらに長時間走る特訓が続いていた。

アップダウンのある小山内裏公園をグルグルと何周も何周も走っていて、とにかく持久力のアップに勤しんでいた。

五月先生が言うには「名高は3000mだろうと10000mだろうと、うちの部では圧倒的な存在だ。だからエース区間にしたんだが、剛塚と大山はスピード勝負には弱い。だからあえて長い距離を与えて安定的な走りを求めた」んだそうだ。

事実、剛塚と大山は練習でも長い距離になるほど強かった。

剛塚はアップダウンがあればもっと強いし、なにより心が強い。

大山は淡々としながらもペースを乱す事なく長く遠くへ走れる存在だ。

対して短めの3000mに出るのは染井とヒロの二年生コンビだ。

これにも五月先生の解説があった。

「染井は5000mとか8000mにしてもいいんだが、とにかくスピードがあって中距離に強い。他校では下位選手を登録するところだが、あえて染井を配置して順位アップを狙う。ヒロは短い方がいい。あいつはまだ発展途上の一歩前だから」

染井は背が低いせいかチョコチョコと足を高回転させてスピードがある。

ヒロは正直な話、早くも強くもないが、最近やっと実力が向上しつつある。ここまで長かった。

そして僕と牧野は5000mだ。これにも五月先生の解説がある。

「相原は先日の5000mのタイムトライアルで、4800mまでは名高と競るという実力を見せた。だから相原は5000m登録がベストなんだと判断した。牧野は消去法で5000mだ。あいつは名高と同じでどの距離でもいい記録が出せる」

消去法と言われ牧野はしょぼーんとしていたが、とにかくそれぞれの距離に応じた練習メニューが課せられて、全員が奮闘している日々が続いた。

 

 

二週間後の日曜日。僕は久しぶりにくるみとお茶をするために多摩センターの駅前へとやってきていた。

午後二時という中途半端な時間だ。くるみが前から気になっていたカフェに入りたいという事で、ランチではなく、あえてこの時間を選んだ。

もう気付いている人もいるだろうけど、僕がカフェの道へと進む事にしたのは、元々はくるみと一緒に何度かカフェでお茶をしたという事にある。

高校生活で何度かしかカフェでお茶はしてこなかったけど、その数回で僕はカフェという空間を気に入ってしまったのだ。

本屋でカフェ本を買ったり、飲食の専門学校の資料を取り寄せたりもした。

「おまたせー」

僕より少し遅れてやってきたくるみは、日曜とあって私服だった。

秋色でちょっとカジュアルな服をまとったくるみは少し大人びて見えた。

「待った?」

「ううん、全然」

こうして自然に会話して、自然に二人で歩ける様になったのはごく最近だ。

ちょっと前まではお互い緊張している感じがあって、会話がどことなくぎこちなかった。

でも未だに手を繋ぐ以上の事に発展したことはない。

まあ、いい。僕とくるみらしく、のんびりと恋愛しようって思う。

 

 

カフェではチーズケーキとホットコーヒーのセットを頼んだ。

二人で「濃厚ー」だとか「甘さひかえめで美味しい」だとか言いながらすぐに食べて、後はコーヒーを飲みながらクラスの話題とか、全校朝礼で校長先生が史上最長の「ありがたい話」をした事などを話した。

「ねえ英太くん。一色くんって、足は治ったのかな」

「一色?うん、少し前から軽いジョックを始めたよ。でもやっぱり駅伝には間に合わないかな」

「そっか・・・。じゃ、ヒロくんに頑張ってもらわないとね」

うんうんと頷きながら違うケーキセットの写真を眺める。

「あと、一週間かあ」

僕は天井を見上げながら呟いた。

「そうやって上を見ながら回想するのって、ベタだよ」

しょうもない事を突っ込んでくる。

「ベタでもいいじゃん」

「いいですよ?」

くるみはケーキセットに目を向けた。

「だって何かさ、次の駅伝が最後な訳じゃん?ここまで色々あったなあって思って」

「天井見なくてもいいよ」

くるみは笑い、一緒に天井を見た。

「でも、確かに色々あったね。ここまでの道のりって」

「うん」

僕らが入部したのなんて、もう二年と半年も前の話だ。

確か最初は、のんびりとお気楽な高校生活を送ろうと決めて登校していた気がする。

なのに雪沢先輩の部活勧誘に乗って、陸上部に仮入部しちゃったんだ。

牧野の誘導でいつの間にか長距離担当になって、名高や剛塚や大山やたくみと出会って・・・

そしてくるみと出会った。あ、未華と早川とも。・・・付け足し。

穴川先輩とケンカしたり、合宿で剛塚が暴れたり、大山がカバン持ちさせられてたり。

安西に襲撃を受けたり、みんなで遊園地行ったり、柏木とくるみが付き合ってるなんて勘違いをしたり・・・そして山梨まで逃げたり・・・。

牧野と元旦に初日の出を見に行ったり、インターハイで東京都大会まで進んだり、稲城林業の柿沼監督にからまれたり・・・

なによりもくるみと付き合えたり・・・

「なんか遠い目してるよ」

「あ、ちょっと物思いにふけってた」

「年よりみたい」

再び笑われた。でもそれも楽しい。

「まあ確かに長い道のりだったけど、最後の最後でとんでもない目標があるからなあ」

香澄のせいで話が大げさになっている、あの目標だ。

「打倒、松梨ってやつ?」

「そう」

「でも名高くんもいるし、牧野くんも染井くんもいるし、なんてったって英太くんもいるんだから、意外と勝っちゃったりしてね!」

僕は吹き出してから言った。

「勝てないよ。でも松梨の人達を驚かせる事くらいはしようかなって思ってる」

「驚かす?」

「そう。松梨の選手たちが『あ、やばい、多摩境に追いつかれるかも』って感じるくらいの順位では走りたいな。少なくとも安心はさせない」

「わあ、カッコいいかもね」

「かも・・・かあ」

僕らは笑いながら一時間くらい話して、公園を散歩して解散した。

 

 

家に帰り、去年の駅伝の記録一覧をパラパラとめくる。

やはり、関東大会進出やら松梨に勝つというのは記録上では難しい。

もしも松梨と互角でアンカーの僕にタスキが回ってきたら・・・と想像すると冷や汗と興奮が同時に登場して胃が痛む。

「あれ・・・そういえば・・・」

数週間前、夜の川沿いで香澄圭に会った時の事を思い出した。

確か・・・、松梨のアンカーは香澄圭だと言っていた。

「香澄と争うのか・・・」

今年は一年中ずっと香澄の姿を追う場面が多かった。

出来る事なら駅伝ではそういう場面に出くわしたくない。

 

 

そうして時間は日々刻々と過ぎて行った。

僕らの最後の試合となる、東京高校駅伝大会の開かれる、十一月七日へと。

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