« 空の下で-虹(8) 道のり | トップページ | 駅伝前まで描き終わりましたー! »

2010年11月18日 (木)

空の下で-虹(9) いつまでも忘れない時間

遠くへ旅行へ行きたくなる様な、気持ち良く晴れ渡った空だった。

一年ぶりにやってきた板橋区の運動公園は、去年と何一つかわっていなかった。

唯一変わったところがあるとすれば、はるか遠くに巨大なタワーが見える様になった事だ。

牧野と二人で最寄駅から運動公園に向かう途中にそれが見えて、僕は尋ねた。

「牧野、あの物凄い高いの、何だろう」

「すげえなアレ。なんだろ。なんかSF映画みたいな建物だな。あ、スカイツリーじゃね?」

「ああ、あれがスカイツリー」

話題の東京スカイツリーが見えたので、都会に来たんだなあって田舎者っぽく考えた。

何度も何度も言うけれど、僕らの通う多摩境高校というのは東京都の西のハズレの方にあるため、新宿だとか渋谷だとか、そういう都心のイメージとは全く違うエリアなんだ。

だから、たまにこうして東京23区内にやってくると、高いビルとかオシャレなお店とかが目について田舎者っぽくなるのだ。

「東京は狭いなんて誰が言ったんだろうね」

「広いよ。十分広い。だって、今まで色んなヤツらがいたもん。今日もいるんだろうけど」

二人して辺りを見回しながら歩く。

駅から運動公園への道は、陸上選手や引率の先生などで溢れかえっていた。

涼しい気温なので、ほとんどの選手がウィンドブレーカーなどを着ている。

蛍光色の学校、地味な色の学校、シンプルな白の学校。様々な色が道を埋め尽くしていて面白い。

やがて運動公園内にある競技場が見えて来た。

「あそこだね」

 

 

十一月六日。東京高校駅伝、初日は女子の部が行われる。

一区6000m、二区、4000m、三区、3000m、四区、3000m、五区5000mという五人で編成されるチームを作り、補欠も三人登録しなければ出場できない。

これまでうちの高校は未華とくるみと早川の三人しか女子部員がいなかったため、駅伝の参加記録はない。

しかし今年は六人の部員がいるので出場者五人は確保できた。補欠で足りない二人は短距離二年の部員に名前だけ貸してもらっている。

午前十時前の駅伝スタート地点には、一区を走る未華が体を冷やさない様に準備をしているのを見る僕と牧野がいた。

「なんで英太くんも一区にいるの?五区のくるみのトコに行かないの?」

未華が嫌な笑みを浮かべながらピョンピョンと跳ねている。

「未華がスタートしたら行くよ。気にしないでよ」

僕がムキになって言うと牧野が「ゲハハ!」と汚い笑い声を響かせた。

『まもなく発走時間になります。一区の選手はスタートラインに集合してください』

トラメガを持ったオジサン係員がキインとハウリングさせながら集合をかけている。

「時間だ!行ってくる!」

未華は羽織っていたジャージを脱ぎ、牧野に渡した。

そこで牧野は未華の腕を掴んだ。

「な、なに?」

珍しく動揺した声を出す未華に、牧野は真顔で呟く様に言った。

「悔いの無い様にな」

すると未華は吹き出してから笑顔で答える。

「当たり前じゃん!」

 

 

十時ピッタリに一区がスタートした。

東京中から集まった76のチームのエース達が一斉に走り出す。

女子の一区は6000mで、全五区間で最も距離が長い。

だからどの高校もエースをこの一区に配置してくるのだ。

未華達はあっという間に僕らの前から姿を消して行った。

「じゃあ僕は五区のくるみのところに行くよ。牧野は?」

「急いで二区の中継地点へ移動する。んで、未華にお疲れって言った後でゴールで待つよ」

「わかった。僕もくるみがスタートしたらゴールに行くや」

僕は牧野と別れてくるみのスタンバイする中継地点へと向かった。

 

 

未華は当り前の様に先頭集団につけて走っていた。

春のインターハイ、東京都大会で六位に入った未華だ。エース区間である一区だろうと一ケタで次に繋ぐ事を目標にして走っているんだ。

未華がふと左隣の選手を見ると、ライバルである百草高校の古淵由香里さんが見えた。

逆サイドにはインターハイ東京都大会で優勝した選手が走るのも見えた。

凄まじい高揚感が未華の心を襲う。

なんて幸せな日だろう。

こんな素晴らしい選手達と一緒に高校最後の試合を走れるだなんて。

柄にもなく鼻が熱くなるのを感じた。

ズズっと音をたてて鼻をすすり、キッと目を前に向けた。

悔いの無い様に・・・か。牧野の言葉を思い出す。

悔いなんか何にも残さない。ただひたすらに全力で走ればいい。

その結果、出来れば古淵さんにも勝ち、その他の強豪選手に一人でも多く勝てればいいんだ。

タイムの方は気にしていない。これは個人戦ではなく、多摩境高校というチームの戦いなのだから。

「はあ・・・!はあ・・・!」

次々に選手が脱落していく中、未華は4000mを過ぎても生き残り、五人にまで減った先頭集団を走り続けた。

しかし残り600mほどで三人の選手が飛び出し、これにはついていけなかった。

「なんてヤツらだ!!」

そう考えてから左を見ると、古淵由香里さんも苦しそうな顔でこちらを見たところだった。

またか。またお前か。そんな感じだった。

一体いつまでライバル関係なんだ。

未華と古淵さんはすぐに前を向いたが、ここですぐに古淵さんは未華から遅れて行った。

単独になった未華は遠くに見える中継所に早川がスタンバイしているのが見えた。

まさか早川が三年間ずっと部活を続けるなんてね。

ちょっと笑いそうになるのをこらえて、最後まで走り切った。

「頼んだ!!」

「うん!!」

多摩境高校女子長距離チーム、初めてのタスキが未華から早川へと繋がった。

その順位は76チーム中、4位という快挙だった。

あまりの好順位のせいで、未華の到着に牧野は間に合わなかった。 

 

 

二区は約4000mだ。走る早川はすぐに百草高校に抜かれた。

「ムカつく」

腹が立ったけど、無理に追う事はしなかった。

自分にはこの順位でやってくる選手達と争う実力は無い。冷静に判断していた。

次から次へと強豪高校に抜かれて行くが、どのチームにも「勝手にすれば」と思ってそのままのペースで走って行く。

未華が凄い順位で繋いだのはわかる。その大切さもわかる。

だからこそ無茶な事をしてブレーキになるのは嫌だ。アタシのプライドが許さない。

そんな事を考えて淡々と走る。

もちろん自分の限界ペースは出している。

だから半分の2000mですでに息はあがってしまった。

「はあ、はあ・・・」

・・・なんでこんな苦しい思いを三年間もしてきたんだろ?

健康作りのためにランニングしようとして入部しただけなのに。

「もっと一生懸命になれよ!」

・・・ああ、なるほど。そんなバカげた理由でこんな事してるんだ。

直人にあんな事を言われて感化されちゃったんだよ。

それに未華もくるみも真面目すぎるって。

あんなコ達と一緒にいたら・・・

「一生懸命にやるしかないじゃない」

試合中にそんな言葉を口にして早川も最後まで全力で走り切った。

順位は21位まで落ちていたけど、早川にも悔いは無かった。

 

 

三区は3000m、一年生のエースである草野涼子というコが凄い早さで駆け抜けた。

四区も3000m、こちらも一年生の二ノ宮花というコが走ったが途中でバテた。

結果、二ノ宮花は残り200mの時点で順位は33位まで落ちていた。

僕は中継地点で、くるみが緊張した面持ちで体を揺らしているのを見ていた。

明らかに体に固い感じが漂っている。

『多摩境高校来ました。準備してください』

二ノ宮の姿を確認した係員が放送を入れ、くるみは僕に「頑張ってくる!」と震えた声を出した。

「大丈夫!!頑張って!!」

物凄く月なみな言葉をかけてしまった。だからすぐに次に言葉を叫ぶ。

「ゴールで待ってるから!!」

くるみはピクリと反応して、こっちを見て笑った。「なんか恥ずかしいって」

言われて僕も恥ずかしくなった。

そうこうしてる間に二ノ宮が走って来て、くるみにタスキが渡った。

 

 

「え?」

タスキを肩からかけると、くるみは思わず声を漏らした。

タスキってこんなにズッシリと重かったっけ?

確かにこれまでの四人の汗が染み込んでいて、ちょっとは重くなるのはわかる。

でもやたらと重く感じた。なんか教科書たくさん入れたショルダーバックをかけたみたいだ。

走りながらタスキを目で確認するけど、何の異常も無かった。

「ああ、そうか」

ブツブツと呟きながら、ある事に思い至った。

未華、舞ちゃん、涼子ちゃん、花ちゃん。四人の思いがタスキに込められてるんだ。きっとそうだ。

「それなら」

左手でギュッとタスキを握りしめてみる。

「わたしの手でこれをゴールまでちゃんと運ぶよ」

いつもの練習を思い出す。

腕の振り方。足の運び方。呼吸の方法。視線の位置。

五月先生に毎日毎日言われた事をひとつひとつ再現しながら走る。

任された5000mのうち、3000mまではフォームを乱さずに走れた。

だんだんと息が上がり、走り方も乱れて行く。

「はあ!!はあ!!」

辛い時は、走る事自体を楽しむ様に心がけてきた。

でも今はそんな心の余裕が無いほどに全力全開だ。

他の選手を抜いたり抜かれたりを繰り返しながらとにかくタスキを運ぶ。

残り500mを過ぎたあたりから、沿道の声援が増えて来た。

わああっという歓声に驚く。

最後には知っている人達が見えた。

短距離のみんながいる。投てきのみんながいる。五月先生、牧野くん、大山くん、剛塚くん、あ、クラスの友達もいる!田中ちゃんまで!

そして英太くんも。

こんなにみんなの声援を受けながら走れるなんて。

きっとこの瞬間は、自分が大人になってからも、いつまでも忘れない時間になる気がする。

そう思いながら、くるみはついに走り切った。

 

 

「くるみー!!」

未華に支えられて沿道まで運ばれたくるみは苦しそうに息切れをしていた。

「はあ!!はあ!!」

僕は他の選手達をかきわけて、アスファルト上に寝かされたくるみの元に辿り着いた。

「くるみ!大丈夫!!?」

「はあ!!はあ!! え、英太くん」

くるみは僕を見て少しだけ微笑んで、何故だかピースサインをした。

綺麗だなって思った。

苦しそうだし、メイクなんかしてないし、息切れで表情は歪んでいるけれど、綺麗だなって思った。

アスリートの顔だ。

くるみはちゃんとアスリートとして走り切ったんだ。

「ホラ、どいてどいて」

未華が僕を横に押しのけて、くるみを覗き込む。

続いて早川と他の一年生女子もやってきた。

くるみは何とか立ち上がり「頑張ったよ」と言うと、みんなで一斉に泣きだした。

未華も、早川でさえ涙を流していた。

「楽しかったね!」

未華が言うと、早川が頷き、くるみが泣き声で叫んだ。

「うん、楽しかった!!」

 

 

多摩境高校女子チームの成績は76チーム中、28位。

でも、そんな数字では表せない何かを、みんなは掴み取った。

|

« 空の下で-虹(8) 道のり | トップページ | 駅伝前まで描き終わりましたー! »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 空の下で-虹(9) いつまでも忘れない時間:

« 空の下で-虹(8) 道のり | トップページ | 駅伝前まで描き終わりましたー! »