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2010年12月30日 (木)

空の下で-最終話 新しい物語

自分の部屋で着慣れた制服に腕を通す。

よく見ると、ところどころ汚れていたり、色が薄くなったりしている。

高校ではそれほど身長が伸びなかったせいで、この冬服は三年間ずうっと着続けて来た。

でもそれも今日が最後だ。いつもよりも、時間をかけて着て、姿見で確認した。

「よし」

端が破れた使いなれた学校指定のカバンを肩にかけ、靴を履く。

「後で行くからね。卒業式くらいシッカリしてよ」

お母さんが僕の背中に声をかける。そのまま出かけようとするのをお父さんが止めた。

「待て英太」

手元にはデジタルカメラがあった。

玄関前で僕一人の写真と、弟を含めた家族四人の写真を撮った。

ディスプレイに映し出された写真を見て、お父さんもお母さんも何だか嬉しそうな笑みを浮かべた。

「行ってくるね」

僕はそう言って家を出た。

高校最後の登校、卒業式だ。

 

 

空の下で 最終話 「新しい物語」

 

 

どんな高級な絵の具を使っても、どんな世界的な画家でも描けそうもない、輝く様な青空が広がっていた。

薄い雲があちらこちらに点在していて、ゆっくりと流れて行く。

あの雲たちは、どこから来て、どこへ行くのか。そんな詩的な事を考えながら歩く。

日比谷の家の前を通り過ぎ、長谷川麻友さんと最後に別れた交差点を渡り、堀之内の改札前で牧野と待ち合わせた。

いつもよりもワックスを使って髪をセットしている感のある牧野がやってきて、「行くか」と言いながらさっさと改札を通り抜ける。

「せっかちだなー」

牧野は二月頃から地元の劇団の裏方のバイトを始めた。

少人数の劇団で、地域の公民館や児童館で公演を行っているらしく、その舞台道具制作や、簡単な音響設備の操作もやっているらしい。

前よりも汚い格好をする事が多くなったけど、髪形だけはワックスで決める様になった。

僕はというと、やはり二月くらいからバイトを始めた。

吉祥寺という街で、個人店のカフェで週に三回、四時間だけ接客をやっている。

これまでは吹奏楽部や陸上部と、部活三昧な生活だっただけに、今までとは全く違った世界に、ただただ驚くばかりだ。

「今日で終わりだなんて信じられないな」

多摩境駅で電車を降りて、メインストリートをいつもの様に多摩境高校へ歩いていると、牧野がまるで世界の終わりみたいな口調でそう呟いた。

誰に向かって言った風でも無い。ただ思った事が口から出てしまった感じだ。

そしてその言葉に共感する。

三年間なんて過ぎ去ってみれば、あっという間なんだなって思った。

大人の人達がよく言う「年取ると時間が過ぎるのが早く感じるんだよ」という事が、少しだけわかる様な気がした。

 

 

学校の少し手前で佐久間屋に寄ってみた。

佐久間のオジサンは相変わらずレジ台の向こう側で暇そうに新聞を読んでいた。

「お、陸上部の相原と牧野!あ、もう元・陸上部か」

寂しい事を言ってくれる。まあ事実なんで仕方ないんだけれど。

「今日で最後だしな。今までたくさん買ってくれたから、今日はドーンと菓子パンを一個タダにしてやるよ」

ドーンとって程じゃないと思うけど、僕と牧野はお言葉に甘えて菓子パンをいただいた。

「頑張れよ」

「はい?卒業式をですか?」

佐久間のオジサンは「アホか」と毒づいてから一言だけ付け加えた。

「これからの人生をだよ」

 

 

校門に着くと、「平成○○年度・東京都立多摩境高等学校 卒業式」と書かれた立て看板があって、そこの前で写真を取る生徒や親がたくさんいた。

そこには志田先生がいて「相原、牧野。ビシッとしろよ」などと言って薄い髪の毛をかいた。

志田先生のブログ「シダは私だ」は最近復活したらしい。オヤジギャク満載だとか。

牧野と別れて教室へ行くと、同じクラスの面々が、いつもと何も変わらずに騒いでいた。

未華を中心にキャッキャとはしゃいでいる女子グループ。

窓際で外を眺めながら握り飯を食べる剛塚。

「昨日、免許取ったから鎌倉までドライブに行かねえ?」と言うサトルと、「じゃあ英太も行こうよ」とこっちを向く時任。

知り合った頃よりも、ほんの少し、ほんのちょっとだけ大人な顔になったクラスメイト達。

僕も少しは大人っぽくなったんだろうか。

それはわからない。自分で決める事じゃない。

ただ一つ言える事は、確実に次へと進みだしているという事だ。

今日までの日々は終わり、新たなる一歩を踏み出す時がすぐそこまで迫っている。

「昨日よー」

サトルと時任と一緒に鎌倉の事を話していたら、剛塚が後ろから話に入ってきた。

「安西から電話があったんだ。ホラ、山梨県のぶどう農園の」

説明されなくてもわかる。僕らを襲撃したヤツなんだから。

「なんて?」

「梅雨頃に、さくらんぼ狩りがあるらしくてよ。来ないかって」

「さくらんぼ狩り・・・かあ」

面白そうだ。剛塚と行くのもいいけど、是非くるみと一緒に行きたい。

「じゃあオレの快適なドライブで行こうぜ!」

サトルがハンドルを切る動作をし、時任が「電車がいい」と口を尖らせた。

 

 

担任の栃木先生の号令で、僕らは体育館へと向かった。

体育館の入り口で一度止められ、待たされる。

中ではすでに卒業式が始まっているらしい。何かマイクを使った話がうっすらと外まで聞こえてくる。

「まだかよ」とつまらなそうにする男子もいれば、すでに涙目な女子もいる。

ちょっと遠くにいる柏木直人と目が合った。

柏木は爽やかな笑みを見せたので、僕も自然と笑った。

相変わらずモテそうな笑顔だ。そういえば柏木は、J2リーグのどこかのチームからオファーが来て、サッカーを続けるという噂だ。さすがだな。

少しするとガラガラと音を立てて体育館の扉が開くのが見えた。

アナウンスが聞こえる。

『卒業生、入場』

ピアノの伴奏に合わせて、僕ら三年生はクラスごとに整列したまま入場した。

ピアノを弾いているのは五月先生と噂のある美人音楽教師の立花先生だ。

音楽の中、自分のクラスの立ち位置まで歩き、用意されていたパイプイスに座る。

夢山校長先生の話が始まり、来賓の挨拶が続く。

いつか見た、雪沢先輩や穴川先輩の卒業式を思い出した。

二人は立派に行進しながら卒業していった。僕もそうでありたい。

染井やヒロや一色達から、「カッコいい先輩だったな」って思われる様な退場をしたい。

『在校生、送辞』

二年生の女子が涙ながらに送る言葉を語りだすと、三年生からもすすり泣く声が聞こえて来た。

またも号泣な大山が遠くに見える。

『卒業生、答辞』

何故か日比谷がトランペットを持って壇上に上がり、五月先生に制止された。

会場全体から失笑が起き、僕はため息をつく。

代わりに壇上に上がったのは、答辞を話す役目の未華だ。

未華は壇上中央の演台に立ち、話し出した。

凛とした強い視線が真っ直ぐな未華の性格を象徴していた。

「三年間。それは長く、なのに短い。それなのに濃厚な時間でした」

ハキハキとした口調。きっと牧野はずっと未華の尻に敷かれてくんだろうなって、くだらない事を思う。

「一年生の頃、不安と期待でいっぱいな私達が得ようとしていたものは、進学だったり就職だったり、楽しい学生生活だったりしていました。でも、数々の学校行事の中で、部活の中で、授業の中で、見つけたのは、それよりもずっとずっと大事な事でした」

未華は何も読まずに話している。確かに紙は手にしているが、それに何も書いてない事を僕や牧野は知っている。

あの場に立って感じた事をそのまま話すと言っていたからだ。

「私達が得たものは、かけがえのない仲間と、その人達との想い出でした」

未華は目を閉じた。次に話し出した時、未華の声は震えていた。

「ここで出会った人達。そして起きた出来事。それは忘れる事なんて無い、大切な、大切な、思い出です。こんな素晴らしい思い出を作れた、この学校に感謝をし、そして今、ありがとうという気持ちを胸に抱きながら、立派に卒業しようと思います。私達はきっと、絶対に元気に立派に生きて行きます。だから、どうか、みなさんも、先生方も、どうか元気でいてください」

どうか、どうか・・・と未華は何度も繰り返し、最後は涙を見せた。

歯を食いしばり、未華は声を張り上げる。

「卒業生代表。大塚未華」

ドドドっという重低音を感じる様な拍手が体育館に響いた。

答辞としてはおかしな文章だったかもしれない。

でも、未華の想い、僕ら三年生の想いは、確実に伝わった瞬間だった。

やがて、合唱曲「旅立ちの日に」が流れ始めた。退場の時間だ。

多摩境高校という舞台から、僕らは退場となる。

僕らの出番は終わるのだ。

せめて最後はビシッと歩こう。

三年生がクラスごとに起立をし、体育館の出口へと歩き出す。

先生達の前を通る。

お世話になった何人もの先生達が見つめている。

栃木先生、宇都宮先生、志田先生、立花先生、そして五月先生。

五月先生は厳しい表情だが、何故か親指を立ててグッドのサインをしてきた。

保護者席の前を通る。

お父さんが笑顔を見せている。お母さんが目頭を押さえている。

在校生の前を通る。

染井がいる。ヒロがいる。一色がいる。

後は頼むよ。そう思った。

そして、僕らは体育館の外へと出て行った。

 

 

教室で卒業証書を受け取り、僕は剛塚とサトルと時任との四人でいつもと同じ様な話をしながら廊下へ出た。

少しだけ、教室を振りかえる。

もうすでに何人かのクラスメイトしかいなくて、荷物がほとんど無くなってガランとしているのがわかり、何故だか教室に向かってお辞儀をしてしまった。

「律儀だな」

時任が感心した様に言う。

「それより、今日の夜、大丈夫か?カラオケボックス予約したからな。暇なヤツら全員呼んでお祭り騒ぎすんだぞ」

サトルがマイクを持つ格好を決めながら言った。

「わかってるよ。また後でね」

僕はサトルと時任に手を振り、剛塚と二人で校庭へと向かった。

 

 

校庭には大勢の三年生がいて、校舎をバックに写真撮影をしたり、何故だかはしゃぎ回るグループがいた。

その中に、目指す一団がいるのが見えた。

「お、いたいた。あそこだよ剛塚」

「だな」

二人で駆け寄って行った先には、牧野・大山・たくみ・名高・未華・くるみ・早川がいた。

みんな卒業証書を片手に持って談笑している。

「お待たせー」

僕が明るく言うと、未華が「遅い!」と怒りの声を出した。

昨日突然、未華からみんなに一斉メールがあったんだ。卒業式の後、校庭で集まろうって。

「みんな忙しい中、最後に集まってもらってありがとー!」

さっきとはまるで違う、明るい口調で大声を出す未華に思わず噴き出した。

「何よ英太くん」

「い、いや・・・」

「文句ないよね」

「ま、まあね」

僕はくるみと目を見合わせた。くるみも笑っている。

「えーゴホン」

今度は牧野が声を張り上げた。

「もうこれでオレ達が揃うのは滅多に無いと思うんだ。だから、最後の最後に、オレ達がこの高校で一緒にいたっていう儀式をしようと思う」

「儀式ー?」

たくみと早川が疑わしそうな声をあげる。

「な、なにすんの?恥ずかしいのは嫌だよ」

大山の言う通りだ。今日は生徒だけではなく、保護者だって校庭を歩いているんだもの。剛塚と名高も大きく頷く。

「円陣組もうぜ」

「円陣?円陣って、あの試合前とかに気合い入れるためにやってたやつ?」

くるみが不思議そうな声をあげた。

「そう。オレ達ってさ、これから新しい日々に旅立つわけじゃん?そのための気合い入れにもなるしさ」

嬉々として語る牧野を見てると、微笑みが止まらなくなる。楽しそうだな、牧野。

「よし、じゃあやろう」

僕が言うとみんなも続いた。

校庭の中央付近で、僕らは小さな円陣を作った。

他の生徒や保護者の目も少しは気になったけど、今日は何でもオッケーな気分だ。

「じゃあ行くぞ」

牧野はそう前置きして気合いの雄叫びをあげた。

「これからも全員、元気に楽しくやるぞ!!ファイト!!!」

「オーー!!」

全員が息の揃った声を上げると、何故か牧野が円陣を抜けて校門へと走りだした。

「な、なんだ?牧野?!」

走りながら牧野は振り返り叫ぶ。

「みんな走れー!校門まで走れー!!陸上部だろー!」

「な、なんで走るんだよ!!」

僕が大声で聞くと牧野はさらなる大声で答えた。

「なんとなく青春っぽいだろー!!!」

僕らは互いを見まわした。

みんな失笑していたけど、未華がボソリと言った。

「・・・ま、いっか。走るか」

「だね」

大山が頷き、たくみが走りだした。

「オレって足、早いんだぜ!」

言われて、みんなも校門へと走りだす。

「あたしだって遅くないって」

早川が言い、くるみも「わたしも負けないよ」と笑った。

「大学でも走るオレが負けるかよ!」

名高も満面の笑みだ。

みんながみんな、笑いながら校門へと走りだす。

ほんの数十秒の事だったけれど、この時の事は一生忘れないって思った。

僕がいて、牧野がいる。名高、大山、剛塚、たくみ、未華、くるみ、早川がいる。

別に何も深い理由があるわけでもなく、ただ走る仲間。

三年前に出会い、そして今日別れていく仲間。

もしかしたら・・・

もしかしたら、この仲間が全員揃う事はもう二度と無いのかもしれない。

でも僕らはそんな事なんて考えずに走った。

校門に辿り着いたって、じゃあまたねと手を振って各々が歩きだしたって、僕らの物語がそこで終わる訳じゃあない。

まだ僕らは、走り続けなくちゃいけない。

それぞれが、それぞれの夢に向かって。

「また、いつかね!」

僕は出来る限り明るい声で手を振った。

早川が上品に手を振り返し、近くで待っていた柏木直人と合流して歩いて行く。

大山が「また来月あたり連絡するね」と微笑んで剛塚とたくみと一緒に駅へと進んで行く。

名高はいつもの様にウォークマンを準備し、「大学で試合決まったら教えるから見に来いよ」と、山梨まで来いという意味の少し厳しい要望を残して歩み出す。

牧野と未華は特に何も言うでもなく、手を振り仲良さそうに学校から離れて行く。

僕はただ一人残ったくるみを見た。

「いこっか。僕らも」

くるみは少し寂しそうな表情を浮かべていたのだけど、僕の声に気付き頷いた。

「うん、行こう」

僕はくるみと手を繋いだ。

そして自然と同じタイミングで、ゆっくりと歩きだした。

それは、僕らの新しい物語への第一歩だ。

 

 

 

 

どんなに時間が経っても、あの頃の出来事を忘れる事は無いだろう。

多くの人達と出会い、多くの人達と別れ、僕らの物語は続いて行く。

戻る事なんて出来ない。進む事しか出来ない。

みんなに会う事だってそんな簡単ではなくなっていくだろう。

それでも僕らは繋がっている。

きっと、きっと、繋がっている。 

みんなで駆け抜けた、この広大な空の下で。

 

 

 

空の下で 完

 

 

 

 

 

長い間のご愛読、本当に本当にありがとうございました。

また改めましてご挨拶致します。

2010-12-30  cafetime

 

 

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