空の下で-虹(14) 染井翔
競技場のメインモニターに映し出された映像を見て拳に力が入った。
画面は二区の中継所を名高と秋津が一位同着でタスキを渡したところを映していた。
『今、トップで葉桜高校の秋津伸吾選手と、えー、た、タマサカイ高校・・・と読むのでしょうか、多摩境高校の名高涼選手が同着で二区の選手に繋ぎました!』
興奮と困惑が入り混じった実況の声が流れる。
「い、一位通過?」
思わず僕は声を漏らした。心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
ドリンクを取りに、一緒に競技場に戻って来ていた牧野も目を丸くしていた。
「名高の野郎・・・、とんでもねーな。ついに秋津に追いついたのか」
同時刻、日比谷の家には日比谷が集めた中学時代の同級生が集まってテレビ観戦をしていた。
「一位だってよ日比谷!」
僕や日比谷の共通の友達が叫ぶと、日比谷はテレビに向かって「スッゲスッゲ!」と叫び、トランペットを吹き出した。
「ファンファーレだ!!」
同じ頃、僕のクラスのサトルと時任は、サトルの家の大画面液晶テレビに食いついていた。
「おい!時任!!多摩境高校、一位通過だとよ!これ、凄い事なんだぞ!わかるか!」
「わかってるよ。英太は?英太は何区を走るんだ?」
柏木直人は学校の職員室で先生達と一緒に小さなテレビを囲んでいた。
「これは凄いな・・・。英太・・・、英太は大丈夫なんだろな。マイのヤツ、ちゃんとケアやってるんだろうな」
松梨大学付属高校の視聴覚室では、駅伝中継をプロジェクターでスクリーンに投影していた。
見たい生徒が数十人集まり、試合の経過を見守っている。
「うちらは五位か。まあまあだな。一位の葉桜と多摩境って強いのか?」
誰かの問いに、あの人は頷いた。
「きっと・・・強いよ。多摩境は強い」
その言葉を聞き、友達の女子が聞く。
「麻友、アンタ多摩境って知ってるの?」
麻友と呼ばれたのは長谷川麻友という女子だ。
「ウン。きっと、私達、松梨に最後まで立ちふさがるのって、多摩境だと思う」
長谷川麻友は真剣な目で、スクリーンを見つめた。
トップでタスキを受けた染井と、葉桜高校二区の津田山という選手は、横並びのまま1キロを通過していた。
染井は素早い足の回転のピッチ走法でびゅんびゅん飛ばすが、津田山も全く遅れる事なくついていた。
「くっそ、葉桜にこんな早いヤツいたかよ!!」
染井は少し焦りながら走っていた。
名高が上位で来る事は予想していたけど、まさかトップで来るとは想定外で、その高揚感から冷静な試合運びにはなってなかった。
なんか飛ばし過ぎな気がしていたのに、1キロ通過の時に腕時計でタイムを確認するのも忘れていた。
飛ばし過ぎか?気のせいか?全くわからない。
1500mほど走った頃、隣にいた津田山が少しずつ後退しだした。
これで単独一位だ。もう、このまま行くしかない。
そう思った時、左後方から足音が聞こえた。
誰か来る!そう感じた瞬間、右後方からも足音が聞こえた。
二人だ。二人来る!
落ち着け!このまま簡単に一位で繋げるだなんて思ったら都合が良すぎる。
東京中の強豪が集う、この先頭争いだ。冷静に、冷静に!
左右同時に染井を抜きにかかったのは、ユニフォームから判断して葛西臨海高校と平和島第二高校だった。
昨年の優勝校と三位の高校だ。さすがに二区の選手も早い。
数十秒はついて行けたが、二人に置き去りにされた。
「はあ!はあ!まだ・・・三位だっつーの」
これからは一人も抜かせない。
後は残り1キロもない。あ、またタイム見るの忘れた。くそ!
なにしてんだ・・・。これから先の多摩境高校はオレが引っ張って行くというのに!
染井は自分の前を行く二人を見ながら考えた。
そのうち、オレがお前らの上を行くからな!
タッタとリズムよく響く自分の足音を聞きながら、決して遅くならない様に染井は進む。
息は切れ、口が開く様になっても、リズムだけは狂わさない様に心がける。
背が低いせいか、足音は他の選手よりも回転が早い。
だから大勢で走っていたとしても自分の足音はいつでも聞きわける事が出来る。
誰よりも早いピッチで駆け抜ける。
そう信じていたのだが、今、それを上回るピッチの足音が後ろから近づいていた。
「そんなバカな」
今まで、そんな足音を聞いた事がなかった。
この高速回転の足音は、染井自身よりも背が低く、それでいて染井よりも早く走っている事を意味していた。
「そんなヤツいるのか?」
思わず振り返ってしまった。
そのスキに、そいつは染井を一気に抜き去った。
「あ!く、そ!」
染井はそいつの背中を猛然と追った。
ほとんど同じ身長だ。156センチしかない染井と同じ身長・・・。
そいつのユニフォームを見ると、MATHUNASHIと書いてあった。
松梨だ!こいつ、松梨付属の二区・・・。
西隆登だ!
染井の体の奥からバリバリと音を立てて闘争心が沸き起こって来た。
松梨に遅れをとる訳にはいかない!
それに西隆登は同じ二年生だという。来年はこの男と何度も走る事になるだろう。
しかもこいつ、陸上を始めたのは高校になってからだって噂だ。中学ではクラシック畑にいて室内楽なんかやっていたらしい。
相原先輩と似た様な経歴だけど、オレは相原先輩には負けたとしても西には負けない!
「う・・お・・・お」
染井は西から少しも遅れないで背中に張り付いた。
西の方も染井の気配が気になるらしく、時々後ろを気にする仕草を見せる。
そのまま距離はどんどんと進み、三区の中継所が見えてきた。
大山が両手を大きく挙げているのが見える。
その横には松梨の三区の選手が見えた。あれは三年生の駿河一海だ。
大山先輩に駿河一海の相手は厳しい・・・。だったら一秒でも早く、西より先に繋がなくちゃ・・・
しかし、西はラストスパートをかけた。
まるで短距離走かと思える様なスパートに、染井は全くついていけなかった。
結果、西がわずかに先に駿河に繋ぎ、染井は「クソッタレ!」という野蛮な言葉を吐いて大山に繋いだ。
染井はそのまま沿道まで走った。
サポートの早川が駆け寄って来てタオルをかぶせる。
「くそ!!くそ!!」
染井の顔には汗とは違う水が流れていた。
こんな事は初めてだった。こんな悔しい思いは。
それを見た早川は冷めた声でこう言う。
「アンタ早くタオルで顔拭きなさいよ。誰もアンタにそんなキャラを期待してないから」
汗と涙でぐしゃぐしゃになった染井はバッと顔を上げて早川を睨む。
「それはどういう・・・」
文句を言いかけた染井の言葉に早川はかぶせた。
「いつもみたく冷静に堂々としてなさいよ。ふてぶてしく。その方がこれから、先輩として威厳があるでしょ。メソメソしない」
「め・・・」
染井は一瞬ポカンとしたが、タオルで顔を雑に拭いた。
何度も何度もタオルを上下に動かし顔を拭いた。
拭いて拭いて、顔が赤くなるんじゃないかと心配になるほど拭いた後、「ふう」と声を漏らした。
タオルを顔からとった染井の表情はいつもの染井に戻っていた。
「すいません、早川先輩」
まだ少し声は上ずっていたけど、早川はすぐに言った。
「じゃ、クールダウンちゃんとして。そしたら行くよ」
「行く?」
早川は大山が走って行った方向を見た。
「ゴール地点へよ。最後の光景くらい見たいでしょ?」
冷めた声に、染井は習った。
「そうッスね」
出来るだけ冷めた声を出してみた。
泣くのはまだ後でいいと思ったから。
二区通過順位
一位 葛西臨海高校
二位 平和島第二高校
三位 松梨大学付属高校(西隆登)
四位 多摩境高校(染井翔)
七位 葉桜高校(津田山)
十位 落川学園高校
十三位 稲城林業高校
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
名高くんの華の一区の見事な「息絶えるまで走る」走り…ワクワクしました。
二区の染井くんの悔し涙も、きっと次への宝になることでしょう。
英太の初恋の長谷川さんもチラッと登場し、切なさが増します
大山くん頑張って
投稿: kencan-kouchan | 2010年12月 6日 (月) 21時21分
いよいよ駅伝が始まりました。
メインキャラから脇役まで、みんな頑張ってます。
あと五人の応援もよろしくおねがいします!
投稿: cafetime | 2010年12月 7日 (火) 17時03分