空の下で-虹(16) 剛塚剛
「ちょっとどいてくれるか。そろそろ出番なんだ」
多摩境高校がまもなく来るというアナウンスを聞き、剛塚は沿道からの動線にいた違う高校の選手に声をかけた。
するとその選手は「はあ?」と言って剛塚の方を向いた。
しかしすぐに「あ、どうぞ」と目を逸らし道を開けてくれた。
「わるいな」
剛塚は軽い会釈をして中継ラインへと歩く。あまり長距離選手とは思えない骨太な体と深い堀のある顔、そして強い目つき。さっきの選手の態度の変化はよくわかる。
まるで鍛え抜かれたボクサーか何かがリングに上がるかの様な光景だ。
だが、その剛塚が向かった中継ラインには、同じ様な人間が存在した。
稲城林業の柿沼監督だ。
15年後の剛塚みたいな男だ。幾度となく乗り越えて来たケンカを生き残った男のオーラが全身から放たれていた。
さすがの剛塚も、「こいつは五月並みだな」と一目置いているらしい。
その柿沼は錦という自分のとこの選手の背中をバシンと叩き、無言で送り出した。
すぐに三区の稲城林業の選手が走って来て、錦という選手がタスキを受け取り走って行った。
錦という名前には聞き覚えは無いが、何だかケンカ慣れしてそうな男だった。
この時の剛塚や僕らには知る由も無いが、錦というのは数か月前にくるみを公園に連れ去った張本人だ。
その錦を見送ってすぐに遠くに空色のユニフォームの大山が見えて来た。
そのはるか後ろには黒いユニフォームが追ってくる。
「あれは・・・」
剛塚が呟くと、すぐ隣に同じ黒いユニフォームの選手が現れた。
細身だが、白い髪の毛と薄い眉毛という薄気味悪い雰囲気の男。
剛塚はすぐに察した。こいつは落川学園のエース、八重嶋翔平だと。
何故、落川学園はエース区間の一区に向井を配置し、四区に東京全体でも有名な八重嶋翔平を持ってくるのか。
そんな事を考えたが、すぐに大山に集中した。
汚い顔して走る大山は、それでも何故だかカッコ良く見えた。
過去に自分がイジメていた大山にカッコ良さを感じるのは妙な気分だったけど、悪い気はしなかった。
あいつも成長したな。と、思うだけだ。
自分はさらに成長すればいい。それだけだ。
「はい!!」
大山はふらつきながらタスキを剛塚に渡した。
「後は任せとけ」
剛塚がそう言い走りだす。
「ふっ、ふっ」
特徴的な息切れ音を発しながら剛塚は淡々と一キロを通過した。
予定タイムより三秒遅い。気持ち、ペースを早める。
すると少し前に稲城林業の錦が見えて来た。
後ろから見ていても、錦はアゴが上がり腕も振れていないのがわかる。
「練習してたのかよ」
せっかく陸上部に所属しているというのに、もったいないヤツだ。五島とかいうスゲエ男がチーム内にいるのによ。
「真剣味が足りねえ」
剛塚はいとも簡単に錦を抜き去った。
「ふん」
真剣味ね・・・。と剛塚は考える。
俺もいつからこんなに真剣に走る様になったんだか。
ただ単に五月隆平に興味があって入った陸上部だったのにな。
最初の夏合宿まではそうでもなかったのにな。適当に走ってたはずなのに。
誰のせいだ?
大山のせいか?牧野のせいか?
あの二人のせいだって事もある。
でもやっぱりあいつだ。
相原英太だ。
あの、ぽやーんとした甘ったれ英太に影響されたんだ。
あんなしょうもない草食系男子のくせに、走る時に見せる気迫に、俺は魅せられた。
英太に男気を感じたんだ。
マジでうぜえな。あんなナヨッとしたヤツに男気を感じるなんてよ。バカげてる。
でも確実に感じたんだ。やる時はやるっつー真剣味をよ。
「バカらしい」
剛塚は思わずニヤけた。
「ああ、バカらしい」
二度もそう言って、心で決意表明した。
オレも、やる時はやるぜ。
「ふっ、ふっ」
そうして何人かの選手を抜いて行く。抜く時、睨みつけるのが剛塚の直らない悪い癖だけど。
任せられた8キロのうち、半分ほどを走った頃、後ろから強烈な気配を感じた。
軽い足音と、ドスの効いた低い息切れ音。
来たか。
その足音は次第に近づき、剛塚の横に並んだ。
そいつと剛塚は同じタイミングで目を合わせた。
合わせた瞬間、お互いケンカする様なガンの飛ばし合いになった。
「八重嶋・・・翔平」
しかし目が合っていたのは時間にして二秒程だ。
八重嶋はすぐに剛塚を置き去りにした。
凄まじい走力。さすがは多摩地区ベスト4のうちの一人に数えられるだけはある。
「すげえ」
剛塚も影響されてペースを上げたが、とても着いて行ける早さじゃあなかった。
八重嶋に感心しながらも、落川学園の作戦には引っかかった。
エース八重嶋を一区ではなく四区にした理由。
それは多分・・・
八重嶋に区間賞を狙わせるためだ。
各エースが一区に登録されているので、わずかに手薄となる四区で賞を獲るつもりなのだ。
落川学園はチームの順位なんか、それほど考えていないのだ。
向井にしろ他の選手にしろ、全ては八重嶋のためにあるのだ。
「なんか嫌だな」
そんな事で楽しいのだろうか。八重嶋はいいとしても、他の選手は楽しいのだろうか。
疑問は残るが、剛塚も大山と同様、淡々と試合を進めるしかなかった。
苦しい。
顔に苦しさが出てしまってやがる。
自慢の鋼の体も、こうなると重い鎧みたいになりやがる。
「ふ!!ふ!!」
残り1キロを切っても剛塚はペースを上げずに走っていた。
というよりも体が重くてペースが上がらないのだ。
それでも何人かを抜き、しかし何人かに抜かれた。
関東へ行けそうな順位には到底いない。もちろん松梨なんて影も形も見えない。
しかし戦意は落ちない。むしろ牧野や僕に繋いで逆転する構想を練る。
やっとの思いで次の中継所が見えて来た。
ヒロがジャージ来たまま現れて、早川にハタかれているのが見える。
あんなヤツが五区で平気なのか?
だけどもう信じる以外に道は無い。
タスキを渡す瞬間、剛塚は地響きの様な叫びを挙げた。
「一色の分まで走って来いや!!!」
ヒロはビクリとし、まるで剛塚から逃げ出す様に走り去った。
「はあ!!はあ!!・・・、なんだ。あいつ。軽快に走れるじゃねーかよ」
剛塚はそのまま脇へ移動しようとしたが、地面に落ちていた何かを蹴っ飛ばしてしまい、歩みを止めた。
「はあ、はあ。何だ?」
早川がそれを拾い上げる。
「早川。それ、何だ?」
物を確認し、早川は珍しく動揺した声を出した。
「め、メガネ・・・」
「誰の?」
「この色・・・。ヒロのだね」
ギクリとして二人は走り去ったヒロの方向を見た。
もうヒロは見えなかった。
「だい・・・じょうぶよね?」
苦笑いの早川に、剛塚も苦笑いしか返せなかった。
4区通過順位
1位 平和島第二高校
2位 葛西臨海高校
3位 松梨大学付属高校
7位 落川学園高校(八重嶋翔平・区間賞)
13位 多摩境高校(剛塚剛)
17位 葉桜高校
25位 稲城林業高校(錦)
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コメント
Cafe timeさん
またいかがわしい書き込みが
速攻削除お願いします
投稿: kouchan-kouchan | 2010年12月13日 (月) 21時17分
☆kenchan-kouchanさん。
すいません、削除しました。
ここのところ多いですね・・・
仕事中は対応できないので、対策を検討中です。
投稿: cafetime | 2010年12月15日 (水) 01時07分