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2010年12月27日 (月)

空の下で-虹(20) それからの日々

それからの日々はあっという間だった。

やらなければならない事が、次から次へと僕らの前へ現れては消えて行く毎日だった。

 

 

東京高校駅伝大会で八位に入賞した僕らは、すぐに埼玉県で行われる関東高校駅伝大会の準備を始めた。

関東までの期間は二週間しかなく、五月先生はその日のうちに二週間分の練習メニューを組み立てた。

部長の牧野をはじめ、名高もすぐに普段通りの力で走り始めた。

ところが練習三日目ですぐに問題が起きだしたのだ。

牧野と名高以外のメンバーは、東京高校駅伝に向けて全精力とモチベーションを合わせて練習を積んできたので、いまいち練習に全神経が集中出来なかった。

それもそのはず、僕らの「最後の大会」と銘打って走ったのが東京高校駅伝だったんだ。

まさか本当に関東に進む事になり、先に続くとは思っていなかったんだから。

そのせいか、練習期間二週間のうち、前半一週間はどうも身が入り切らなかった。

やっと以前のモチベーションまで戻った時にはすでに試合数日前という状態だった。

かくいう僕も例外じゃない。

東京の後、数日で気持ちは入ったのだけど、足の裏に何か違和感を感じていた。

普通のジョックでは何の障害でもないのだけど、スパートをかけるとピリリと痛んだ。

よく思い出すと、東京高校駅伝のラストスパートの時に、何か痛みを感じた記憶があった。

香澄圭とのデッドヒートの最中だったから、深くは考えなかったけど、どうやら何かしらの故障を抱えたらしい。

 

 

そうして挑んだ関東高校駅伝大会。

幸いにも雨は降らず、薄っすらと白い雲が覆う中だったけれど、僕らは走った。

知らない土地で、見た事も無い連中と走るのは新鮮な気分だった。

すでに松梨付属や葉桜高校、落川学園なども姿を消しているので、会話した事のある選手なんて全くいなかった。

そんな中、一区の名高は注目を集めた。

各県の有力選手と遜色なく渡り合い、3位で一区を通過した。

二区の中継所では、何人かのスポーツ報道関係の人が写真を撮ったり、メモをしたりしていたそうだ。

しかし多摩境高校の活躍はここまでだった。

染井、大山、剛塚と、少しずつ順位を落とし、ヒロに代わって出場した一色が腹イタで大ブレーキとなった。

牧野が猛然と巻き返し、チームメイトが活気ついた状態で最終の僕にまで繋がってきた。

僕だって何人もの選手を抜いた。

関東にまで出場してくる様な連中を抜くほどになった自分に驚いたけど、最終結果は16位という周りが大騒ぎする様な順位には届かなかった。

それでも五月先生は両手でガッツポーズを挙げていた。

「お前らわかってんの?関東で16位って、お前らの三年間の成果なんだぞ!」

もちろん嬉しくてみんなで大声を張り上げた。

そして牧野は最後にみんなにこう言って締めくくった。

「オレ達、出会えて良かったな」

牧野のこの言葉で僕らはみんな涙を浮かべた。

大山、ヒロ、くるみは号泣し、みんな握手の交換をした。

会えて良かった・・・

牧野の言う通りだ。

五月先生も言っていた。この中の誰か一人でも欠けていたら、ここまでは来れなかった・・・と。

本当にその通りだ。

このメンバーの全員に、出会えて良かった。

みんな、ありがとう。

 

 

関東高校駅伝終了をもって、僕ら三年生は引退となった。

一、二年生が企画してくれて、学校の視聴覚室を借りて引退パーティーを開いてくれた。

もちろんお酒なんか飲まないよ。ジュースとかウーロン茶とかで乾杯するんだ。

現役中にはなかなか飲まなかったコーラなんかも久しぶりに飲んだりして、「うわ、炭酸キツイ!」とか叫び、そんな事で引退を実感した。

このパーティー中に、五月先生から発表があった。

「よし。ではみんな聞け!」

大騒ぎしていたメンバーは先生の言葉に気付かない。

「聞かんかいボケ共が!!」

久しぶりにドスの聞いた不良言葉が発せられ、メンバーはシンとなって五月先生の方を向いた。

「あ、いや、スマン。乱暴な言葉で・・・。えー、ここで名高から発表がある。聞いてやってくれ」

言われて、ザワつくメンバーの中から名高が照れ臭そうな表情で視聴覚室の正面に立った。

「えーと」

何故か牧野がマイクを持って名高に渡す。マイクなんてあるなら始めから用意してくれよ。

名高がマイクのスイッチを入れると、ギュイーンと物凄いハウリングが鳴って、みんな耳を塞いだ。

未華が「ちゃんとやれ!」と言って牧野に飛び蹴りをし、牧野が音響装置の調整をするとハウリング音は消えて、やっと名高が話せる状態になった。

「えーと、なんてゆうか、俺、卒業後も走る事が決まりました」

一瞬、何の事だかわからなかった。

しかしすぐに大学からのスカウトがあったんだと悟った。

「俺、山梨県にある甲府盆地大学から誘いを受けたんで、そこで長距離ランナーを続けます」

うおおっという歓声と共に拍手と「おめでとう!」と声が響いた。

甲府盆地大学というのは、箱根駅伝などにもよく出場する有名な大学だ。

前にも、多摩境高校陸上部・初代部長の「雨のスプリンター」こと中尾一輝先輩が進学している。

「俺、絶対に箱根駅伝に出るつもりなんで、もし出たら、テレビの前で応援してください」

なんだか照れ臭そうに言う名高が珍しくて笑ってしまった。

僕は大きな声で名高に叫ぶ。

「テレビじゃなくて、沿道に応援しに行くよ!」

「そうだ!」「アタシも行くよー!!」「頑張れ名高!!」

いっせいに、ああだこうだと声が飛んだ。

その後は、染井やヒロや一色たちから、花束やカラフルな色紙とかが渡されて、拍手の中で僕らは視聴覚室を後にした。

 

 

何日かして、授業後の夕方に部室に置いてある物を片付けるために、僕は一人で自分のロッカーから荷物をカバンに移していた。

スパイクのピン、コールドスプレー、冬季用の手袋、どれもこれも想い出の詰まった品物だ。

ロッカーの一番奥には、最初に使っていたブルーラインのシューズがホコリをかぶって置いてあった。

「あ、これ、こんな所にあったんだ・・・」

仮入部した時に多摩センターのスポーツ用品店で買ったシューズだ。

僕が一番最初に買った陸上用品でもある。

もうボロボロだし、履く事も無いだろうけど、カバンに詰め込んだ。

「あ、英太くん」

そこへくるみがやってきた。

窓から差し込む夕日に染まったくるみはいつもよりも大人びて見えた。

「くるみ?どうしたの、こんなところで」

「忘れ物しちゃってさ」

くるみと未華は、健康作りと言って、三月に卒業するまで時々走るらしい。

後輩達の指導にもあたっているという事だった。

「ふーん」

くるみは床に転がっていたストップウォッチを拾い、部室から出ていこうとした。

「ねえ」

くるみは振り返り、僕を見る。

「英太くん。陸上部入って、良かった?」

「え?」

「わたしはね。すごく良かった。最後の最後まで特に活躍も出来なかったけど、少しずつ早くなれたし、自分の成長が実感できたりして、すごく良かった」

僕は頷いて立ち上がる。

「僕もだよ」

「それに、英太くんにも出会えたし・・・ね」

目を逸らしてそんな事を言う。

夕日の色が、かわいいくるみを大人っぽく見せていた。

「それは、僕も一緒だよ」

何故そんな事を急にしたのかは、後になってもよくわからない。

僕はくるみの片手を握り、自分の方に引き寄せた。

僕もくるみも震えているのがわかったけど、僕は初めてくるみにキスをした。

 

 

年が明けると、進学組も就職組も忙しさを極めた。

まずは早々に剛塚が電気工事関係の仕事の試験を受けた。

試験からわずか数日で内定というか合格の知らせをもらい、四月からは八王子市内の小さな会社で働く事が決まった。

「バリバリやるぜ」

教室でやる気剥き出しの剛塚は目が輝いていた。

続いて僕と牧野と未華の専門学校の進学が決まった。

進学と言っても、何だか大した試験は無かった。

僕はカフェ作りのために、調理と経営を両方学べる新宿の専門学校へ。

牧野も新宿だけど、違う専門学校だ。イベント制作がやりたいらしく音楽関係の学校だ。

未華は八王子市内にある大きな専門学校へ入った。スポーツインストラクターを目指すという。

未華がそんな具体的な目標をいつ決めたのかは全く知らなかった。

しばらくすると短大や大学の合格発表も行われた。

こちらはかなり勉強を積み重ねて試験に挑んだらしい。当たり前だが。

大山とくるみが受験の事で同じ様に苦労して悩みを相談したりしていて、ちょっと嫉妬もしたけど、二人の間には恋愛感情は生まれなかった。

良かったー。

で、大山は四年生大学に。くるみは短大に受かった。

大山もくるみも親から「大学だけは出なさい」という意見の元でそうなったらしい。

大山は何となく受けたらしいのだけど、くるみは保育士になるという夢があるので、短大卒業後にそういう道に進むらしい。

ちなみに音大を目指していた日比谷は、第一志望こそ落ちたものの、神奈川にある有名な音大への進学が決まり、学校の廊下で自分でファンファーレを吹いていた。

たくみ?たくみはしばらくフリーターをするそうだ。

何でも日本全国を歩き回りたいらしい。その後どうするのかはよく知らないが、文系の大学を目指すという事だ。計画的じゃあない。

 

 

そうこうするうちに、月日はあっという間に流れてしまった。

晴れの日も、雨の日も、雪の日も、僕らは多摩境高校で毎日を過ごし、笑ったり泣いたりした。

そんな当たり前の日々も、ついに終わりを迎えようとしていた。

最後の日がやってきたんだ。

そう、卒業式だ。

 

 

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