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2010年12月

2010年12月 2日 (木)

空の下で-虹(13) 名高涼

ウォークマンを一色に渡してからも、名高の頭の中には、いつもの曲が流れていた。

最初は歌詞が好きで聞いていたロックナンバーだった。

『息絶えるまで走り続けろ』

ヒットチャートなどを賑わす事などないであろう、耳が痛くなる様な、全編深いディストーションを使いまくったエッジの聴いたエレキギターをメインとした曲だ。

その中で、サビの頭で必ず歌われる歌詞が『息絶えるまで走り続けろ』というものだった。

いつもいつも試合や大事な練習の前には聴いていたのだけど、いつの間にかその曲のリズム感も必要になっていった。

この曲を聴いた後のテンションとリズム感が、試合の時に名高に最高の気持ちにさせてくれるのだ。

だから今日も直前まで聴いていた。

僕と牧野と別れてからも名高の気持ちは高まり続け、最終点呼で一色に着ていたジャージを渡した時にはすでに最高潮になっていた。

「じゃあ行ってくる。よく見てろよ一色。いつかお前の役に立つかもしれないからな」

「は、はい」

虹色の中間色として働くと決意した一色だったけど、この時は名高を見て「試合に出たい」という気持ちが蘇ったという。

名高は115人いる一区の出場者の中に飛び込んだ。

左右を見ると知らない選手しかいなかった。

「全員エースか。面白いな」

不敵な笑みを浮かべ、スタートの合図を待つ。

やがて、始まるというアナウンスが流れ、係員が台座に立ち、ピストルを上に向けた。

名高は自分がこれまでにもなく集中力が研ぎ澄まされるのを感じていた。

今なら誰かの心臓の音でさえ聞こえそうだ。そんな感覚。

前方を見ると、テレビカメラを肩にかかえた係員がいる事に気付いた。

係員の胸元にはケーブルテレビの会社名が刻まれている。

へえ、中継でもするのかな。

一瞬だった。

名高の集中がそっちへ傾いたのは時間にして一秒も無かったはずだ。

だが、その瞬間にピストルは鳴り響いた。

一斉に115人が走りだし、それに気付いてから名高はスタートを切った。

あっという間に目の前には選手達で壁が出来てしまい、名高は先頭に出る事が出来なかった。

「ち」

少し走れば集団が乱れてスキマが出来る。それまでは我慢するしかない。

再び集中力が研ぎ澄まされる。

スキマが出来た瞬間に先頭を追う。秋津だろうが赤沢だろうが五島だろうが追いつく。

そうやって集中していたからかもしれない。

わざとらしく名高の前に現れた足に気付いたのだ。

引っ掛けて転ばさせようと右から出てきたその足をジャンプしてかわして足の持ち主を見た。

それは落川学園の向井という選手だった。

卑劣な作戦に失敗した向井は、しかし動揺する気配も無かった。

慣れているのだと名高は思った。

こいつは今まで人と接触して試合の番狂わせを何度も作って来た男だ。

失敗したって動揺するヤツじゃあないんだ。

去年の秋の試合で、向井のものと思われる妨害行為で、名高は足を怪我した経験がある。

だから名高も動揺なんてしなかった。

二度もそんな手を食うか。卑劣なヤツに二度も負けるか。

それから数十秒して、前にスキマが出来た。

そこを名高は逃さずに一気に前へと進む。

しかし後ろを向井がへばり付く様に追ってくる気配があった。

「こいつ・・・卑劣なだけじゃないのか」

スキマをかいくぐり、大集団の一番前へと進むと、すでに1キロの標識が見えていた。

大集団の少し前に見慣れた連中を含めた7、8人の先頭集団が存在していた。

このまま追うために一歩前に出たところで、向井がさらなる速度で先頭を追った。

「まさか」

向井というのはそれほどの実力者なのか?

それともまさか、先頭集団に意地でも追いつき、そこで波乱を起こす気なのか・・・。

どちらかはわからないが、名高は向井の後ろを追った。

少しずつ先頭集団に近づくが、ここで向井は追いつくペースをやめて、先頭集団と後ろの第二集団の中間に陣取った。

「・・・?」

思わず名高も向井の横につくが、その意図がわからなかった。

2キロの通過タイムは想定の時間より三秒遅かった。

確かにこのペースでもいずれは先頭に追いつけるのかもしれないが・・・

その時、未華の叫ぶ声が聞こえた。

「名高ー!なに中途半端な位置走ってんだー!らしくないぞ!!」

沿道のどこかに未華がいたのだ。一年生女子の「名高先輩ファイトー!」という声も聞こえる。

らしくない・・・か。確かに。さすが未華だ。

よく見れば並走する向井は苦しそうな表情をしている。

先頭に追いついて何かしようとしたけど、追いつけずにいる。それだけだ。

名高はほんの少しペースを上げて先頭を追った。

向井は予想通り、着いてくる事は無かった。

前から落ちて来た選手を一人抜き、6人となっていた先頭集団に追いついた。

「はあ・・・はあ・・・」

前半から追い上げるのはかなり体力消耗になった。息が上がりつつも集団のメンツを見る。

秋津伸吾、相良勇、それにインターハイ東京都大会で活躍していた平和島第二高校の伊坂広太郎もいる。後二人は知らない顔だ。

そんな中で秋津と目が合った。首の動きで前を見ろというそぶりをする。

何かと思うと、この集団より50mほど前に、まだ選手が二人いた。

その二人は後ろ姿だけで誰だかわかった。

稲城林業の怪物・五島林と、松梨付属のエース赤沢智だ。

ギクリとした。

まさか五島が以前と同様の力を取り戻し、さらに赤沢がそれを追える力を身につけたのか?

しかし未華のさっきの言葉通り、オレらしく行こうと決意する。

あの二人は早すぎる。ここはじっくり秋津と勝負だ・・・と。

 

何キロ走っても声援は止まずに沿道から続いた。

右へ曲がり、左へ曲がり、長い直線を走っても沿道には応援する人がチラホラといるのだ。

時折、多摩境高校のメンバーの声も聞こえた。

そういう状況は変わらなくてもいい。しかし、試合の展開も一向に変わらなかった。

先頭集団は一人も減らないし、前の二人も相変わらず50mほど前だ。

すでに7キロを過ぎていて、変わったのは自分の体力が減った事くらいだ。

「はあ、はあ!!」

すぐ横や前にいる秋津や相良たちも息を切らしてはいるが、まだ落ちる感じはしない。

それどころか他の伊坂や知らない二人でさえ食らいついてくる。

神経戦だ・・・と思った。

いずれどこかで誰かがしかける。それが誰で、どのタイミングか・・・

五島と赤沢が7、8秒も前にいるので、残り1キロまで待つと厳しい。それよりも手前で勝負がある。

というか・・・。

名高は一人で吹き出した。

今、オレが作っちまおう。

もうすぐ残り2キロの地点だ。そんなに悪いタイミングじゃあ無い。

名高は集団の一歩左に出た。

そして前へ前へと進んだ。

「はあ!!はあ!!く・・・」

思ったより厳しいかもしれない。そう思うほど息が切れていた。

少しして後ろを振り向くと、着いてきたのは秋津と相良と伊坂の三人だった。

前方から急激に五島林が落ちて来た。

表情も苦しそうだし、やはり完全復帰とはいかなかったみたいだ。

五島はそのまま後方へと消えて行く。

名高たちは先頭の赤沢を追う。

この時点で残り1キロは切っていた。

松梨の赤沢智を先頭に、5秒後ろに名高、秋津、相良、伊坂が固まって追う。

「すげえ!!」

名高は高揚感が抑えきれなかった。

こんな凄いメンバーで競い合うなんて夢みたいだ。惜しくも五島は完全調子じゃなくていないけど、これは正に東京の頂点を決める展開だ。

残り800mくらいでついに赤沢に集団が追いついた。

赤沢は必死な表情だ。しかしそれは全員がそうだった。

チームのため、自分のため、全員が持っているモノを惜しみなく全力で出していた。

そこから伊坂が遅れだした。

自分は遅れまいと残り四人も体に残る全ての体力、気力を振り絞る。

信じられない事に、さらに早さが上がる。

「こ、この・・・」

赤沢が遅れだす。というより名高と秋津と相良が早くなる。

しかし試合はまだ500m以上残っている。

この早さがそんなに持続するのか、名高は不安を感じながらも遅れない様に歯を食いしばった。

苦しい。

苦しい。

苦しいしか感じない。

秋津と相良はまだ遅れない。

なんてヤツらだ。信じられない。

くそったれが!!

もう腕も足も息も限界だぞ!!

息・・・?

くそ!息絶えるまで走るんじゃなかったのか!!

走ってやる!意識が続く限り!!

相良が後ろに下がりだした。

秋津!!また秋津伸吾か!!

いつもいつもオレの前を走りやがってこの野郎!!

最後に・・・

最後にこのオレが勝って繋いでやる!!

チラっと秋津を見ると、秋津も名高を見たところだった。

すぐに二人は前を見る。中継所まではもう100mも無かった。

名高と秋津は並走したまま走る。

全く横並び、ほんの少しでも名高も秋津も前に出る事は出来なかった。

二区を走る染井と、葉桜高校の選手が見えたので、名高と秋津はタスキを肩からはずす。

全く譲らず。

そして二人は完全な同着で二区へとタスキを渡した。

それは名高が初めて秋津に「負けなかった」試合になった。

二人はそのまま道路の端で倒れこんだ。

「はあ!!はあ!!く・・・!!染井ーー!!頼むぞ!!」

名高の叫びは擦れて声になっていなかった。

隣に倒れこんだ秋津は息切れしたまま名高を見た。

「はあ!!はあ!!」

互いの高校のサポート係が二人に走り寄る。

「大丈夫かー!!名高!!」

「秋津先輩!!おつかれっす!!」

呼びかけの中、名高と秋津は上半身だけをムクリと起こして見つめあった。

「はあ!!はあ!!あ、秋津・・・」

「はあ!!はあ!!・・・な、名高・・・」

やや間が合って、秋津は握手を求めた。

「名高・・・、最後が同着だなんて・・・」

名高は握手に応える。

「・・・大学で・・・、また続きだな」

名高と秋津は息切れしながら笑いあい、互いのチームの仲間に支えられて中継所を後にした。

 

 

一区通過順位

1・2位同着 多摩境高校(名高涼)・葉桜高校(秋津伸吾)

3位 葛西臨海高校(相良勇)

4位 平和島第二高校(伊坂広太郎)

5位 松梨大学付属高校(赤沢智)

8位 稲城林業高校(五島林)

18位 落川学園高校(向井)

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2010年12月 6日 (月)

空の下で-虹(14) 染井翔

競技場のメインモニターに映し出された映像を見て拳に力が入った。

画面は二区の中継所を名高と秋津が一位同着でタスキを渡したところを映していた。

『今、トップで葉桜高校の秋津伸吾選手と、えー、た、タマサカイ高校・・・と読むのでしょうか、多摩境高校の名高涼選手が同着で二区の選手に繋ぎました!』

興奮と困惑が入り混じった実況の声が流れる。

「い、一位通過?」

思わず僕は声を漏らした。心臓の鼓動が早くなるのを感じる。

ドリンクを取りに、一緒に競技場に戻って来ていた牧野も目を丸くしていた。

「名高の野郎・・・、とんでもねーな。ついに秋津に追いついたのか」

 

 

同時刻、日比谷の家には日比谷が集めた中学時代の同級生が集まってテレビ観戦をしていた。

「一位だってよ日比谷!」

僕や日比谷の共通の友達が叫ぶと、日比谷はテレビに向かって「スッゲスッゲ!」と叫び、トランペットを吹き出した。

「ファンファーレだ!!」

同じ頃、僕のクラスのサトルと時任は、サトルの家の大画面液晶テレビに食いついていた。

「おい!時任!!多摩境高校、一位通過だとよ!これ、凄い事なんだぞ!わかるか!」

「わかってるよ。英太は?英太は何区を走るんだ?」

柏木直人は学校の職員室で先生達と一緒に小さなテレビを囲んでいた。

「これは凄いな・・・。英太・・・、英太は大丈夫なんだろな。マイのヤツ、ちゃんとケアやってるんだろうな」

松梨大学付属高校の視聴覚室では、駅伝中継をプロジェクターでスクリーンに投影していた。

見たい生徒が数十人集まり、試合の経過を見守っている。

「うちらは五位か。まあまあだな。一位の葉桜と多摩境って強いのか?」

誰かの問いに、あの人は頷いた。

「きっと・・・強いよ。多摩境は強い」

その言葉を聞き、友達の女子が聞く。

「麻友、アンタ多摩境って知ってるの?」

麻友と呼ばれたのは長谷川麻友という女子だ。

「ウン。きっと、私達、松梨に最後まで立ちふさがるのって、多摩境だと思う」

長谷川麻友は真剣な目で、スクリーンを見つめた。

 

 

トップでタスキを受けた染井と、葉桜高校二区の津田山という選手は、横並びのまま1キロを通過していた。

染井は素早い足の回転のピッチ走法でびゅんびゅん飛ばすが、津田山も全く遅れる事なくついていた。

「くっそ、葉桜にこんな早いヤツいたかよ!!」

染井は少し焦りながら走っていた。

名高が上位で来る事は予想していたけど、まさかトップで来るとは想定外で、その高揚感から冷静な試合運びにはなってなかった。

なんか飛ばし過ぎな気がしていたのに、1キロ通過の時に腕時計でタイムを確認するのも忘れていた。

飛ばし過ぎか?気のせいか?全くわからない。

1500mほど走った頃、隣にいた津田山が少しずつ後退しだした。

これで単独一位だ。もう、このまま行くしかない。

そう思った時、左後方から足音が聞こえた。

誰か来る!そう感じた瞬間、右後方からも足音が聞こえた。

二人だ。二人来る!

落ち着け!このまま簡単に一位で繋げるだなんて思ったら都合が良すぎる。

東京中の強豪が集う、この先頭争いだ。冷静に、冷静に!

左右同時に染井を抜きにかかったのは、ユニフォームから判断して葛西臨海高校と平和島第二高校だった。

昨年の優勝校と三位の高校だ。さすがに二区の選手も早い。

数十秒はついて行けたが、二人に置き去りにされた。

「はあ!はあ!まだ・・・三位だっつーの」

これからは一人も抜かせない。

後は残り1キロもない。あ、またタイム見るの忘れた。くそ!

なにしてんだ・・・。これから先の多摩境高校はオレが引っ張って行くというのに!

染井は自分の前を行く二人を見ながら考えた。

そのうち、オレがお前らの上を行くからな!

タッタとリズムよく響く自分の足音を聞きながら、決して遅くならない様に染井は進む。

息は切れ、口が開く様になっても、リズムだけは狂わさない様に心がける。

背が低いせいか、足音は他の選手よりも回転が早い。

だから大勢で走っていたとしても自分の足音はいつでも聞きわける事が出来る。

誰よりも早いピッチで駆け抜ける。

そう信じていたのだが、今、それを上回るピッチの足音が後ろから近づいていた。

「そんなバカな」

今まで、そんな足音を聞いた事がなかった。

この高速回転の足音は、染井自身よりも背が低く、それでいて染井よりも早く走っている事を意味していた。

「そんなヤツいるのか?」

思わず振り返ってしまった。

そのスキに、そいつは染井を一気に抜き去った。

「あ!く、そ!」

染井はそいつの背中を猛然と追った。

ほとんど同じ身長だ。156センチしかない染井と同じ身長・・・。

そいつのユニフォームを見ると、MATHUNASHIと書いてあった。

松梨だ!こいつ、松梨付属の二区・・・。

西隆登だ!

染井の体の奥からバリバリと音を立てて闘争心が沸き起こって来た。

松梨に遅れをとる訳にはいかない!

それに西隆登は同じ二年生だという。来年はこの男と何度も走る事になるだろう。

しかもこいつ、陸上を始めたのは高校になってからだって噂だ。中学ではクラシック畑にいて室内楽なんかやっていたらしい。

相原先輩と似た様な経歴だけど、オレは相原先輩には負けたとしても西には負けない!

「う・・お・・・お」

染井は西から少しも遅れないで背中に張り付いた。

西の方も染井の気配が気になるらしく、時々後ろを気にする仕草を見せる。

そのまま距離はどんどんと進み、三区の中継所が見えてきた。

大山が両手を大きく挙げているのが見える。

その横には松梨の三区の選手が見えた。あれは三年生の駿河一海だ。

大山先輩に駿河一海の相手は厳しい・・・。だったら一秒でも早く、西より先に繋がなくちゃ・・・

しかし、西はラストスパートをかけた。

まるで短距離走かと思える様なスパートに、染井は全くついていけなかった。

結果、西がわずかに先に駿河に繋ぎ、染井は「クソッタレ!」という野蛮な言葉を吐いて大山に繋いだ。

染井はそのまま沿道まで走った。

サポートの早川が駆け寄って来てタオルをかぶせる。

「くそ!!くそ!!」

染井の顔には汗とは違う水が流れていた。

こんな事は初めてだった。こんな悔しい思いは。

それを見た早川は冷めた声でこう言う。

「アンタ早くタオルで顔拭きなさいよ。誰もアンタにそんなキャラを期待してないから」

汗と涙でぐしゃぐしゃになった染井はバッと顔を上げて早川を睨む。

「それはどういう・・・」

文句を言いかけた染井の言葉に早川はかぶせた。

「いつもみたく冷静に堂々としてなさいよ。ふてぶてしく。その方がこれから、先輩として威厳があるでしょ。メソメソしない」

「め・・・」

染井は一瞬ポカンとしたが、タオルで顔を雑に拭いた。

何度も何度もタオルを上下に動かし顔を拭いた。

拭いて拭いて、顔が赤くなるんじゃないかと心配になるほど拭いた後、「ふう」と声を漏らした。

タオルを顔からとった染井の表情はいつもの染井に戻っていた。

「すいません、早川先輩」

まだ少し声は上ずっていたけど、早川はすぐに言った。

「じゃ、クールダウンちゃんとして。そしたら行くよ」

「行く?」

早川は大山が走って行った方向を見た。

「ゴール地点へよ。最後の光景くらい見たいでしょ?」

冷めた声に、染井は習った。

「そうッスね」

出来るだけ冷めた声を出してみた。

泣くのはまだ後でいいと思ったから。

 

 

二区通過順位

一位 葛西臨海高校

二位 平和島第二高校

三位 松梨大学付属高校(西隆登)

四位 多摩境高校(染井翔)

七位 葉桜高校(津田山)

十位 落川学園高校

十三位 稲城林業高校

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2010年12月 9日 (木)

空の下で-虹(15) 大山陸

「りく君、まだ終わらないのー?」

「先生ー、りく君がまた問題を解けないみたいなんですけど、先に帰っちゃっていいですかー」

大山が小学校五年生の時の話だ。

その日最後の授業が算数で、プリントで配られた問題を全部解いたら、そこでもう解散という状態になっていた。

けれど大山は算数が得意じゃなかった。

考えても考えても問題が解けずにいて、他のクラスメイトは次々と帰って行ってしまった。

そんな大山に担任の先生はこう言った。

「りく君、わかんなかったら宿題にするから、お家で頑張ってきなさい。もう暗くなる時間だから」

大山は問題が解けない自分が悔しくて悔しくてボロボロと涙を流した。プリントに落ちて、計算問題が滲んでゆく。

算数だけじゃなかった。国語の漢字テストだろうと、社会の歴史だろうと、理科だろうと、体育だろうと、何にも得意な科目は無くて、どの授業でも遅れをとっていた。

「どんくさい白ブタだよ」

太っていて、それでいて色白だった大山は小学五年から中学三年まで「白ブタ」と罵られて生きていた。

そう、ただ生きているだけだった。

目標なんか無いし、趣味なんか無いし、そんな自分が恋なんかしたら相手の女子に迷惑だと思ってたから恋愛だってしなかった。

中学になってもみんなから遅れをとり、クラス中から笑われた。

不良グループには目をつけられて、トイレで殴られたり、荷物を家まで届けさせられたりした。

その中のリーダー格だった剛塚に言われた。

「お前、使いやすい」

大山はどんな事柄でも途中で投げ出す事はしなかった。

出来ない勉強でも、家で深夜までとりかかっていた。しかし答えは合ってなかった。

不良グループに言われてやっていた事も、律儀にこなしていた。

そんな日々を耐え抜き、いつしか剛塚も「もうイジメはやめた」などと言いだした。

そうして高校に入ると、状況は一変した。

太った男はイジメられると思い、なんとなくダイエット目的で入部した陸上部にのめり込んだ。

走るというシンプルでいて奥が深い行為に、大山はやりがいを見つけ出したのだ。

自分には数学だとか複雑な事は無理だ。でも、これなら出来るかもしれない。

剛塚とも和解したし、僕や牧野とも仲良くなった。

後輩が出来た時は挫けそうになった時もあった様子だけど、ついに大山はこの最後の駅伝大会まで辿り着いたんだ。

それも、三区の8000mという長丁場を任せられた。

短い距離のスピード戦より、長い距離でじっくりやる方が向いてるという五月先生の判断だけれど、大山はこれ以上の光栄は無いと感じて走りだした。

 

 

そのタスキは信じられない程の好順位でやってきた。

115チーム中、4位。染井がびゅんびゅんと飛ばしてやってきて、あれよあれよという間に大山はスタートを切った。

少し前には松梨付属の三区、駿河一海が走っているのが見えた。

彼は屈強な漁師の長男で、弟の二海と一緒に松梨の主力の選手だ。

ゴツイ坊主頭が印象的な男で、その坊主頭にハチマキを巻いていた。

自分のすぐ前が駿河一海だと気づいて、大山はすぐさま追うのをやめて自分のペースを守った。

「ふう」 

・・・どうせ駿河の方が遥かに格上だよな。無理して追って失速するよりも、ボクは確実に繋ぐ事に専念するんだ。

きっとボクや剛塚やヒロは、順位を上げる事は期待されていない。

出来るだけ落ちないでキチンと後半の選手に繋ぐんだ。

確実に、確実に。

遅い選手のさらなる失速は許されないぞ!

「後半の牧野くんと英太くんに繋ぐんだ」

大山は必要以上のペースを出す事なく、自分が出した事のあるベストタイムを想定してペース配分をしていた。

計算は苦手だ。だから単純に8キロのベストタイムを8で割って、1キロのラップタイムを出し、その時間通りに走る。

前半抑えるとか、そういうややこしい作戦は立てない。

ずっと同じペースを守るのだ。

しかし他のチームにはそんな事は関係ない。

4位という順位は強豪高校がひしめく好順位だ。

次々と有名高校が大山を抜き去って行く。

一人、また一人、そして二人同時に。

「動揺しちゃだめだ」

口に出して自分の任務を確認する。

「確実に確実に。ボクのベスト出すペースで確実に確実に」

それでも走れば走るほどに順位が下がって行く。

焦る気持ちは生まれなかった。

ただ沸き起こるのは悔しい思いだけだ。

もっとボクが早ければ!

もっと、もっと、チームの格になれる様な力がボクにあれば・・・!

名高くん、英太くん、牧野くんとかの迷惑にならない程の力さえあれば・・・!

「はあ・・・!!はあ・・・!!」

残念ながら大山には長距離選手として上に行く実力は無かった。

人には向き不向きは絶対にあるし、素質というものも絶対にある。

名高の様な素質は、一握りの人だけが持つモノだ。

大山は誰よりも努力してきたけど、努力だけではどうにもならないものが世の中にはある。

でも、名高も牧野も僕も誰も、大山を否定なんかしてないし、迷惑だなんて思った事は無い。

いや、それよりも、大山がいなかったら、今の多摩境高校長距離チームがあるのかどうかさえ疑問だ。

少なくとも、大山がいたからこそ、僕や剛塚やヒロが生き残っているという事実があるし、チーム内の雰囲気が悪くならなかったという事もある。

だから、誰も大山を迷惑だなんて思ってない。

思ってないのに大山は悔しい思いでいっぱいになりながら、それでもペースを乱さないで走り続けた。

「はあ!!はあ!!」

もうだいぶ走って来た。残りは2キロといったところだ。

さっきから並走して走る選手がいる。

葉桜高校の選手だ。名前は知らないけど、去年の夏の合同合宿で見た事のある顔だ。

その選手も苦しい表情を浮かべながら息を切らし、必死で大山に食らいついていた。

もう順位も15位くらいまでは下がってきた。

こんな注目もされない順位で、名も無い選手同士が張り合っているんだ。

「はあ!!はあ!!・・・そ、そうか!」

体力の限界が近づく中で、大山は悟った。

注目されてなかろうが、名前を知られてなかろうが、そんな事は関係ないんだと。

今ここで全力で走っている、その事自体が大事な事なんだと。

この葉桜高校の選手だって、きっと色んな出来事を越えてここにいるんだ。

東京トップクラスの秋津伸吾がいるのに、葉桜というチームは他に有力選手がいなくて注目されていない。

そういう葛藤の中でも、この人だって全力だ。

だったらボクだって同じだ。

名高という秋津クラスの選手と染井が繋いだタスキを出来る限りの力で次へと繋ぐんだ。

きっと剛塚もヒロもそういう気持ちで後半に繋いでくれる。

そうすれば最後には牧野くんと英太くんがいる。

あの二人なら、松梨にも追いつける。関東にも連れていってくれる。

「絶対に・・・繋ぐんだ」

残り1キロの時点で、葉桜高校の選手は大山から遅れていった。

そこからは誰に抜かれる事もなく、大山は進んだ。

中継所が見えてくると、その中心に剛塚がドッシリと構えているのがわかった。

声が聞こえるくらいに近づくと、剛塚は突然叫んだ。

「来い!大山!!」

大山はタスキを肩からはずし、剛塚の手のひらに渡した。

握手の様な感じがした。

「ナイスラン!!続きは任せろ!!」

剛塚は力強く叫び走りだした。

後ろ姿を見送ってから大山は座り込んだ。

「はあ!!はあ!!」

ややあって、サポートのたくみがやってきた。

「大山!!」

しかし大山は顔を向けなかった。

「すげえな大山!!最後にベスト更新してたぞ!」

大山は体育座りしたまま剛塚の走って行った方向を見ていた。

「役に、立てたかな」

ボソリと言った言葉にたくみは素直な気持ちを返した。

「おまえ、カッコよかったよ」

生まれて初めて言われた言葉に、大山は「ホント?」と満面の笑みを見せた。

その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

やり尽くした人にだけ浮かぶ、満足の涙が。

 

 

3区通過順位

1位 葛西臨海高校

2位 平和島第二高校

3位 松梨大学付属高校(駿河一海)

13位 稲城林業高校

15位 多摩境高校(大山陸)

17位 葉桜高校

18位 落川学園高校

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2010年12月13日 (月)

空の下で-虹(16) 剛塚剛

「ちょっとどいてくれるか。そろそろ出番なんだ」

多摩境高校がまもなく来るというアナウンスを聞き、剛塚は沿道からの動線にいた違う高校の選手に声をかけた。

するとその選手は「はあ?」と言って剛塚の方を向いた。

しかしすぐに「あ、どうぞ」と目を逸らし道を開けてくれた。

「わるいな」

剛塚は軽い会釈をして中継ラインへと歩く。あまり長距離選手とは思えない骨太な体と深い堀のある顔、そして強い目つき。さっきの選手の態度の変化はよくわかる。

まるで鍛え抜かれたボクサーか何かがリングに上がるかの様な光景だ。

だが、その剛塚が向かった中継ラインには、同じ様な人間が存在した。

稲城林業の柿沼監督だ。

15年後の剛塚みたいな男だ。幾度となく乗り越えて来たケンカを生き残った男のオーラが全身から放たれていた。

さすがの剛塚も、「こいつは五月並みだな」と一目置いているらしい。

その柿沼は錦という自分のとこの選手の背中をバシンと叩き、無言で送り出した。

すぐに三区の稲城林業の選手が走って来て、錦という選手がタスキを受け取り走って行った。

錦という名前には聞き覚えは無いが、何だかケンカ慣れしてそうな男だった。

この時の剛塚や僕らには知る由も無いが、錦というのは数か月前にくるみを公園に連れ去った張本人だ。

その錦を見送ってすぐに遠くに空色のユニフォームの大山が見えて来た。

そのはるか後ろには黒いユニフォームが追ってくる。

「あれは・・・」

剛塚が呟くと、すぐ隣に同じ黒いユニフォームの選手が現れた。

細身だが、白い髪の毛と薄い眉毛という薄気味悪い雰囲気の男。

剛塚はすぐに察した。こいつは落川学園のエース、八重嶋翔平だと。

何故、落川学園はエース区間の一区に向井を配置し、四区に東京全体でも有名な八重嶋翔平を持ってくるのか。

そんな事を考えたが、すぐに大山に集中した。

汚い顔して走る大山は、それでも何故だかカッコ良く見えた。

過去に自分がイジメていた大山にカッコ良さを感じるのは妙な気分だったけど、悪い気はしなかった。

あいつも成長したな。と、思うだけだ。

自分はさらに成長すればいい。それだけだ。

「はい!!」

大山はふらつきながらタスキを剛塚に渡した。

「後は任せとけ」

剛塚がそう言い走りだす。

 

 

「ふっ、ふっ」

特徴的な息切れ音を発しながら剛塚は淡々と一キロを通過した。

予定タイムより三秒遅い。気持ち、ペースを早める。

すると少し前に稲城林業の錦が見えて来た。

後ろから見ていても、錦はアゴが上がり腕も振れていないのがわかる。

「練習してたのかよ」

せっかく陸上部に所属しているというのに、もったいないヤツだ。五島とかいうスゲエ男がチーム内にいるのによ。

「真剣味が足りねえ」

剛塚はいとも簡単に錦を抜き去った。

「ふん」

真剣味ね・・・。と剛塚は考える。

俺もいつからこんなに真剣に走る様になったんだか。

ただ単に五月隆平に興味があって入った陸上部だったのにな。

最初の夏合宿まではそうでもなかったのにな。適当に走ってたはずなのに。 

誰のせいだ?

大山のせいか?牧野のせいか?

あの二人のせいだって事もある。

でもやっぱりあいつだ。

相原英太だ。

あの、ぽやーんとした甘ったれ英太に影響されたんだ。

あんなしょうもない草食系男子のくせに、走る時に見せる気迫に、俺は魅せられた。

英太に男気を感じたんだ。

マジでうぜえな。あんなナヨッとしたヤツに男気を感じるなんてよ。バカげてる。

でも確実に感じたんだ。やる時はやるっつー真剣味をよ。

「バカらしい」

剛塚は思わずニヤけた。

「ああ、バカらしい」

二度もそう言って、心で決意表明した。

オレも、やる時はやるぜ。

「ふっ、ふっ」

そうして何人かの選手を抜いて行く。抜く時、睨みつけるのが剛塚の直らない悪い癖だけど。

任せられた8キロのうち、半分ほどを走った頃、後ろから強烈な気配を感じた。

軽い足音と、ドスの効いた低い息切れ音。

来たか。

その足音は次第に近づき、剛塚の横に並んだ。

そいつと剛塚は同じタイミングで目を合わせた。

合わせた瞬間、お互いケンカする様なガンの飛ばし合いになった。

「八重嶋・・・翔平」

しかし目が合っていたのは時間にして二秒程だ。

八重嶋はすぐに剛塚を置き去りにした。

凄まじい走力。さすがは多摩地区ベスト4のうちの一人に数えられるだけはある。

「すげえ」

剛塚も影響されてペースを上げたが、とても着いて行ける早さじゃあなかった。

八重嶋に感心しながらも、落川学園の作戦には引っかかった。

エース八重嶋を一区ではなく四区にした理由。

それは多分・・・

八重嶋に区間賞を狙わせるためだ。

各エースが一区に登録されているので、わずかに手薄となる四区で賞を獲るつもりなのだ。

落川学園はチームの順位なんか、それほど考えていないのだ。

向井にしろ他の選手にしろ、全ては八重嶋のためにあるのだ。

「なんか嫌だな」

そんな事で楽しいのだろうか。八重嶋はいいとしても、他の選手は楽しいのだろうか。

疑問は残るが、剛塚も大山と同様、淡々と試合を進めるしかなかった。

 

 

苦しい。

顔に苦しさが出てしまってやがる。

自慢の鋼の体も、こうなると重い鎧みたいになりやがる。

「ふ!!ふ!!」

残り1キロを切っても剛塚はペースを上げずに走っていた。

というよりも体が重くてペースが上がらないのだ。

それでも何人かを抜き、しかし何人かに抜かれた。

関東へ行けそうな順位には到底いない。もちろん松梨なんて影も形も見えない。

しかし戦意は落ちない。むしろ牧野や僕に繋いで逆転する構想を練る。

やっとの思いで次の中継所が見えて来た。

ヒロがジャージ来たまま現れて、早川にハタかれているのが見える。

あんなヤツが五区で平気なのか?

だけどもう信じる以外に道は無い。

タスキを渡す瞬間、剛塚は地響きの様な叫びを挙げた。

「一色の分まで走って来いや!!!」

ヒロはビクリとし、まるで剛塚から逃げ出す様に走り去った。

「はあ!!はあ!!・・・、なんだ。あいつ。軽快に走れるじゃねーかよ」

剛塚はそのまま脇へ移動しようとしたが、地面に落ちていた何かを蹴っ飛ばしてしまい、歩みを止めた。

「はあ、はあ。何だ?」

早川がそれを拾い上げる。

「早川。それ、何だ?」

物を確認し、早川は珍しく動揺した声を出した。

「め、メガネ・・・」

「誰の?」

「この色・・・。ヒロのだね」

ギクリとして二人は走り去ったヒロの方向を見た。

もうヒロは見えなかった。

「だい・・・じょうぶよね?」

苦笑いの早川に、剛塚も苦笑いしか返せなかった。

 

 

4区通過順位

1位 平和島第二高校

2位 葛西臨海高校

3位 松梨大学付属高校

7位 落川学園高校(八重嶋翔平・区間賞)

13位 多摩境高校(剛塚剛)

17位 葉桜高校

25位 稲城林業高校(錦)

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2010年12月16日 (木)

空の下で-虹(17) 好野博一

染井は一人でクールダウンを行い、一度競技場へと戻って来たところだった。

競技場のメインモニターは先頭の二校の選手が横並びで競い合っているのをバイク中継で正面から映していた。

さっきまで単独トップを守っていた前回覇者の葛西臨海高校が、二位の平和島第二高校に追いつかれ並走している映像だ。

「今、何区すか?」

多摩境高校陣営のテントで待機している短距離の人に聞くと「五区の序盤」という答えが返ってきた。

五区・・・。ヒロか。

「うちは今何位だかわかります?」

「メインモニターには十位までの順位しか表示されないんだ。三区の途中から一度も多摩境の文字は映ってない」

「そうすか」

染井は携帯と財布と飲み物だけ持ってゴール地点に向かう事にした。

するとカバンの中にあった携帯に着信がある事に気付いた。

着信は早川からだった。滅多に女性からの着信が無い染井は柄にもなくドギマギして電話をかけてみた。

『もしもし』

早川はすぐに電話に出たので安心したが、その口調に何かいつもと違う空気を感じ、嫌な予感が背中に走った。

「なんか、ありました?」

質問すると少し間が空いた。嫌な予感は的中しそうな気配だ。

『染井さあ、同じ学年だからヒロの事って少しはわかるよね』

「ヒロ?はい。あの、ヒロが何か・・・」

やはりヒロに関する何かが起きている。ざわざわとした胸騒ぎを止める事が出来ない。

『ヒロって視力どのくらい?』

「視力・・・ですか?詳しくは知りませんけど、かなり悪いですよ」

『メガネ無しだと生活に影響あるくらい悪い?』

「生活どころか歩くのも大変なんじゃないでしょうか。前にメガネを忘れて、教科書の文字が見えなくて教科書にピッタリくっついて読んでましたもん。まるでジジイ・・・」

そこまで言って、やっと染井にも事態の予想がついた。

「まさか、ヒロのヤツ」

『中継する時に、慌ててメガネを落として走りだしたのよ』

「う、嘘でしょ・・・」

染井は立ちくらみをした。視力はいいはずなのに、世界が何も見えなくなった気がした。

 

 

牧野と一緒に六区の中継所にいた一色の携帯が鳴ったのは、それから三分後の事だった。

真横で先輩の牧野がウォーミングアップで体を動かしているのに自分が携帯なんか出ていいのかとアタフタする一色に、牧野は「早く出ろよ」とバッサリと言う。

「も、もしもし」

電話の相手は早川だった。クールな早川の着信なだけに一色のもしもしは全部裏声になった。

『何のモノマネよ』

「い、いえ・・・」

『牧野いる?代わって』

言われて一色は携帯を牧野に渡した。

「なんだよ早川。もうすぐ出番なんだけど」

早く切りたそうな牧野だったけど、早川の説明を聞いているうちに顔色が変わった。

「何してんだヒロのヤツ・・・。あいつ、中継所まで辿り着けるのか?」

『わからないよ。それより来たら大きく手を振ってアピールしてよ。ヒロはきっと、中継所にたくさんいる選手の中で牧野を見分けられないと思うから』

「く・・・余計な心配事を・・・」

牧野が早川との電話を切ると、アナウンスが流れた。

『先頭、平和島第二高校来ます。そのすぐ後、葛西臨海高校、来ます』

 

 

当のヒロはというと凄まじい疲労感の中、3キロのうち2.2キロを走り過ぎたところだった。

ぼやーっと歪んだ景色の中を自分の早さもよくわからず、ただただ必死に走っていく。

最初、スタートした直後は、緊張から涙でも出ていて景色が見えないのかと思った。

しかしどうにも景色が見えなすぎるので、メガネの位置を直そうと右手を顔にもっていくと、メガネが無い事に気付いた。

ヤバイ!とパニックになるが、もう一分は走っていたので戻るわけにも行かず、とにかく道路の色をした部分を走る事に徹した。

いくら視力が悪くても道路がどこなのかはわかる。カーブしていようとも交差点を曲がる事になろうとも、コースの下見をしていたのでなんとなく進めた。

ただ、自分のペースが全くわからなかった。

腕時計で確認しようにも、目もとまで時計を近づけても、腕が揺れてどうにも見えない。

「おーーー!!」

思わず叫び、とにかく全力で前へ進む事にした。

かなり息も切れ、腕も足も動きが乱れてきたが、もしかしたら遅いペースなのかもしれないという恐怖感から、とにかく足を前へと突き出した。

すでに肩でぜえぜえと息をしているし、そこまで悪いペースではないと思うが、景色が見えないのでは確信が持てなかった。

気配で、何人かの選手に抜かれた感覚はあったが、逆に追い抜いた感覚もあった。

15位辺りの高順位で抜かせる選手がいるとは思えないヒロだったけど、何が何だかわからない中で走ったので、周りに左右される事は無かった。

ヒロが唯一確信持って考えていたのは「次回はメガネに紐をつけて落ちない様にしておこう」という事だけだった。

やがて、前方から大きな歓声が聞こえてきた。

顔を向けると、灰色の道路の途中に色んなカラーのうごめく物体が見えた。

中継所だと確信し、タスキを肩からはずした。

しかしここでさらなる恐怖感がヒロを襲った。

中継所でスタンバイしている人間が、何人かいるのだ。

それも多摩境高校の空色ユニフォームと似たブルー系のユニフォームが数人いる。

「ど、どれ?」

思わずスピードを緩めそうになる。

その時、一番左にいた選手が叫んだ。

「ヒロ!!こっちだ!!左ハジだ!!」

間違いなく牧野の声だった。

思わず目に涙が浮かんだ。

ヒロは思い切りタスキを前へ突き出し大声を出した。

「受け取ってください!!」

「おう!!よくやった!!」

タスキがヒロの手からスルリと引っこ抜かれて行く感覚があった。

空色ユニフォームは風の様に消え去った。

 

 

「ったくよー」

走りだした牧野はヒロの文句をブツブツ言いながら前を向いた。

「意外と早かったじゃねーか」

順位は当初の予想通り、ヒロの区間で落ちた。

現在17位だ。しかしヒロが予想以上に粘ったせいか、すぐ前には四人の集団がいた。

「お前らがヒロを抜かしたヤツらだな」

牧野はそれらの四人を軽々と抜き去って行く。

その前にはポツポツと選手が見えていた。

「番狂わせか」

ヒロが走った五区の3キロの間には短くても色々なドラマがあった。

信じられない出来事というのも駅伝では存在する。

優勝候補のチームのエースが突然の故障でリタイアしたり、脱水症状でフラフラと歩いたり、全く無名の選手がごぼう抜きにしたりする。

それが五区で起きた。

誰もが予想していなかった信じられない出来事が。

それは一歩間違えば、ヒロが起こしていたものであり、ヒロがそういう状態にならずにタスキを繋ぐ事が出来たのは事前の下見と強運としか言いようがなかった。

そう、強豪高校の大ブレーキがあったのだ。

三位で走っていた松梨大学付属高校の五区担当の一年生がそれを起こした。

残り1キロくらいで右足を痙攣させてしまったのだ。

準備運動が足りなかったのか、水分が足りなかったのか、それは不明だけど、きちんと周りはサポートしていなかったのだろうかと心配になる。

彼はそれでも走った。一気にペースダウンをしたが、それでも中継所を目指した。

強豪高校である松梨で駅伝のメンバーに選ばれるのは並大抵の努力ではなかったんだと思う。

そのド根性が、リタイアをせずに走り切る精神力へと繋がった。

得意の3000mの区間を自ら名乗り、走ったという責任感もあったのかもしれない。

次々と抜かれていく中、涙を流しながらも彼は六区の駿河二海へとタスキを繋いだ。

3位から一気に16位へと順位を下げたが、駿河は「下剋上ってのも面白い」と言い、すぐに目の前にいた四人を抜き去った。

しかし、ほぼ同じタイミングで、その四人を抜いて追いかけてきた選手がいた。

それが牧野だった。

牧野と駿河は、並走したまま前を向いた。

すぐ前には葉桜高校の内村一志が走っていて、後ろを振り返り「ち」と舌打ちしたところだった。

 

 

五区通過順位

1位 平和島第二高校

2位 葛西臨海高校

10位 落川学園高校

11位 葉桜高校

16位 松梨大学付属高校

17位 多摩境高校(好野博一・ヒロ)

29位 稲城林業高校

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2010年12月20日 (月)

空の下で-虹(18) 牧野清一

「部長をナメんじゃねーぞ」

六区の5キロを走りだしてすぐに目の前にいた四人の選手を追い抜いた。

想像以上にヒロが粘りをみせたおかげで、前の前に広がる長い直線道路には何人もの選手が見えていた。

「見えるヤツ、全員抜かすか」

牧野は燃えた。

ここは部長・牧野清一の見せどころだと確信した。

だが牧野と同じ様に四人を一気に抜かして並走してきた男がいた。

それは松梨大学付属高校の駿河二海(ふたうみ)だった。

ゴツイ輪郭の坊主頭がいかにも体育会系の雰囲気を醸し出している。

その駿河が牧野より前へ出ようとするので、牧野はそれを許さずに並走した。

少しペースが早いと感じたが、ここで松梨を追って行けば順位を上げて関東への道も見えそうな気がしたので、駿河を逃さなかった。

その駿河には焦りがあった。

松梨付属は四区までは三位で繋いでいて、もう関東進出は確実な情勢かと思えた。

それが五区の一年生がまさかの失速。急転直下の16位でのタスキとなった。

関東進出は八位内だ。強豪と言われる松梨付属にとっては、かつてない危機的状況に陥った形だ。

何としても八位以上に浮上しなければならない。最終七区が香澄圭だとしても、少しでも状況を良くしなければ・・・。

そういう危機感が駿河には・・・、いや、状況を知らされた松梨付属のメンバーにはあった。

それもそのはず、松梨付属は12年連続で関東進出を果たしているのだ。

駿河は一気に前へと急ぐが、それについてきたのが牧野だった。

「誰だこいつ・・・」

「部長だ!二年生がタメ口聞くな!」

試合中だというのに口を開く二人。その声に反応して、すぐ前を走る選手が振り向いた。

その顔に、牧野は「む・・・」と呟いた。見覚えのある顔だ。

「内村一志・・・」

僕や牧野と同じ中学だった葉桜高校の内村一志だ。いつの間にか葉桜高校に抜かれていたらしい。

「牧野」

内村はすぐに前を向いた。

牧野と内村は中学の時、同じく陸上部に所属していた。

いわば長年のライバルだったのかもしれない。

その辺のいきさつを牧野はあまり語っていないから知らないけど、牧野はすぐに内村の横まで進んだ。駿河もついてくる。

牧野、駿河、内村と並んで走る時間が続いた。

三人は次々と他の学校の選手を抜き去って行く。

途中、地元で名の通った分倍河原商業という高校の選手を抜いた。

駅伝で、あの分倍河原商業を抜くなんて・・・オレ達すげえじゃん。という気持ちになった。

気付くと内村が数秒遅れた位置に後退していた。

必死な表情で追っては来るが、ほんの少しずつ離れて行く。

「牧野ー!!」

「ファイトー!!!牧野さーん!!」

突如、右側の沿道から数人の声援が聞こえた。

たくみと一年生女子二人が声を張り上げているのが見えた。

いつものクセで手を振り上げる。

その一瞬のスキを見て駿河が前へ出た。

「こ、ここでスパート?」

まだ残りは二キロ以上ある。こんな手前でスパートをかけるなんて意外だった。

駿河の後ろにピタリとつけるが、かなりのペースに牧野は必死になった。

「こいつ・・・、早い!!」

口の中でブツブツと呟きながら駿河を追う。

早くて当たり前だ。松梨付属ではナンバー5の実力者だ。しかもトップ4は赤沢智、香澄圭、駿河一海、西隆登と、名の通った選手ばかりだ。

「こちとら多摩境ナンバー2だっつーの!」

ブンブンと腕を振り、駿河を追いかける。

「ぜってー離さない」

そんな牧野の思いは1キロと持たなかった。

駿河の背中を次第に離れて行く。

「こなくそ!!」

追いたい気持ちばかりが先行して、フォームも乱れていた。

息切れも酷い。

これはマズイと感じた。

これでは六区が終わった時点で八位内になっていない。

オレが部長として、責任持って八位にまで浮上させなければ・・・。

今は?今は何位だ。十二位くらいか?

オレが何とかしなければ・・・

打倒松梨を掲げたのは・・・、関東進出を宣言したのは・・・、このオレなのだから!!

「く・・・そお・・・」

駿河の背中は遠ざかり、それでも牧野は歯を食いしばった。

残りは1キロといったところだ。前には駿河の他にも二人ほど背中が見える。そのうちの片方は落川学園の様だ。

「ぜってー、ぜってーに!!」

その時、周囲の歓声をかき消すかの様な大声が響いた。

未華の声だ。

「チカラ入り過ぎてんぞコラー!!」

思わず声の方に目をやると、未華が沿道から乗り出す様な格好で何かを叫び続けていた。

「み、か」

もう手を振っている余裕は無かった。すぐに前を向き、歯を食いしばる。

その牧野の背中に未華の言葉が届いた。

「これは団体戦だろう!!」

その言葉が牧野の脳に達し、意味が理解されるまで、少しの時間が必要だった。

・・・団体戦・・・だよ?

知ってるよそんな事。

だから部長のオレが気合い入れて走って、最高の順位で最終の英太に繋ぐんだ。

今さら未華に言われなくたって大丈夫だよ。部長の責任の重さは痛いくらい知ってるよ。

部長として、チームのリーダーとして、何としてもオレが起死回生の展開を起こすんだ。

そうすれば英太だって楽できるし、関東への可能性はグッと高まる。

だからオレが、だからオレがここで何とか逆転劇を!!

・・・オレが?

オレがオレがって・・・ 

オレ一人で逆転劇なんかやってどうすんだ?

多摩境高校っていうチームが逆転しなくちゃ意味ないんじゃないっけ?

最高の順位で英太に繋ぐのは当たり前の目標だとしても・・・

オレの区間だけで八位に絶対入らなくちゃいけないわけじゃあ無いんじゃないか?

これまでの五人が必死で繋いできたこのタスキは、オレの中継順位ではなくて、最後の最後の順位を目指して運ぶものだったんじゃなかったか?

みんな、次の区間の選手を信じて繋いできたんだ。

オレも次の英太を信じて走り抜ければいいんじゃないか?

オレはオレで、今出来る最高の走りを見せれば、この区間で八位を目指す事は無い。

きっと、最後に英太がさらなる順位に上げてくれるはずだ。

あいつなら、あいつならきっとやってくれる。そういうヤツだ。

それなら・・・

それなら無理にこの区間で八位を目指す必要はない。

自分の中で最高最大、そして最強の走りをすれば、八位に届かなくても、英太がきっとやってくれる。

「はあ、はあ、だ、第一・・・」

第一なんだこの乱れ切ったフォームは。

こんなヤケクソな走り方でいい結果が出るわけがない!

後少し、後少しの距離を繋げばいいんだ。無駄な力を抜け!!

「ふうー」

牧野は一度だけ大きく息を吐いた。

その時は、力を抜き両手をブラリと下げた。

そしてすぐにフォームを立て直す。

腕の振りと足の運びは、五月先生の元で徹底的に教えられた。

例え試合中だろうとも、記録更新よりもフォームを優先するほどに。

その教えを頭で思い出して、いつもの牧野のフォームに戻る。

すると体が軽くなるのと同時に一歩一歩の距離も長くとれてる気がした。

「まだ、いける」

決して楽になったわけでもないし、体力が戻って来たわけでもなかった。

ただ、同じ体力の消耗で、さっきまでとは違う推進力を得た。

ひどい疲労の中で、何故か風が気持ち良く感じた。

かつて、これほどの気持ち良さの中で走った試合があっただろうか。

「さすがだ」

牧野は自分の凄さではなく、未華の凄さを思い知っていた。

ホントは、あいつが部長の方が良かったのかも。

一瞬笑みをこぼしてから牧野はひたすら進む。

せっかく直したフォームも、距離が進むにつれ段々と乱れて行く。

しかし一度ついた勢いは止まらなかった。

一人の選手を抜き、そしてついに駿河二海に並んだのだ。

残り400mというところで追いついたのだが、駿河はすでにペースを落とし出していた。

最初に感じた通り、少し早すぎるペースだったのだ。

ほんの数秒、牧野は駿河の左で並走した。

声をあげながら呼吸をし、アゴが上がり切っている駿河を見て、牧野はすぐに駿河の前へ出た。

追ってくるかと思ったが、駿河はあっという間に後方へと消えていった。

しかし牧野だってもう限界だった。

足がもつれそうになる瞬間が何度かあった。

それでもまだ進めるのは、中継地点が見えてきたからだ。

目の前には落川学園の黒いユニフォーム姿があったが、それよりも中継地点にいる僕の姿に集中していた。

「え・い・た!」

見えた!!見えたぞ英太!!

「う、お、おおお!!」

オレもアゴが上がっていた!!ラストスパートだ、前傾姿勢だ!!腕を振れ!!足を出せ!!

どけ落川学園!!お前らになんて用は無い!!

あるのは英太だ!英太に繋ぐ事だ!!

「おおおおお」

牧野は声を出して走る。

瞬間、牧野の脳裏に、僕との想い出が色々と浮かんだ。

中学の頃、そして高校入学してから一緒に走った景色。

しかしすぐにそれは忘れ去られた。そんな事を思い出していた事実さえ忘れた。

タスキをはずし、右手で握りしめる。

全ての想いを右手に込め、次に叫んだ。

「英太ーー!!!」

両手でタスキを横に広げる様に伸ばして持ち、その真ん中を僕がしっかりと受け取った。

僕はすぐに前方を向き、ついに走りだす。

その背中に牧野がさらなる叫びをぶつけてきた。

「行けえーー!!!」

「おお!!」

僕は前を向いたまま大声で返事をし、タスキを肩からかけた。

 

 

六区通過順位

1位 葛西臨海高校

2位 平和島第二高校

9位 落川学園高校

10位 多摩境高校(牧野清一)

11位 松梨大学付属高校(駿河二海)

14位 葉桜高校(内村一志)

31位 稲城林業高校

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2010年12月23日 (木)

空の下で-虹(19) 相原英太

東京高校駅伝の最後の中継所の真横で、僕は五月先生と二人で体を動かしていた。

「先生までやんなくてもいいのに」

僕が笑うと五月先生は「じっとしてられなくてな」と固い表情をした。

ほんの一分前、未華から五月先生に電話があった。

『今、せ・・・、牧野くんが11位で通過しました。松梨付属の一つ後ろです。8位で走る調布ヶ丘高校とは45秒くらい離れてます!』

「45秒・・・か」

五月先生は難しい顔をして電話を切って僕に言った。

「相原。今、牧野は全員の想いを乗せて必死で走ってる。きっと多摩境高校の歴史に残る伝説的な走りを見せている。松梨付属とも互角に渡り合っている」

「はい」

「名高が同着ながら区間賞を獲り、染井がトップクラスで繋ぎ、大山、剛塚、ヒロがしっかりと高順位をそれほど落とさずに走り切り、今は牧野がお前をめがけて来る」

「はい」

「それでも、相原だけで45秒の差をひっくり返して関東に行くのは、もはや難しい状況だ。スマンがそれは先生の責任だ。お前らの力を今日までに全て引き出す事が出来なかったのかもしれない」

「いや、先生は・・・」

五月先生は両手で僕の肩をガシッと掴んだ。

「だが相原。一瞬たりともあきらめるんじゃないぞ」

先生の手のひらには力がこもっていた。

「このチームの力を引き出したのは、もしかしたらお前なのかもしれない。三年近く一緒にいて何度も何度もそう感じた。名高だけが凄かったこのチームを、お前が引き上げたんだ。牧野も、大山も、剛塚も、染井もヒロも。お前がいたからここまで来れたんだ」

先生は手を離して一呼吸置いた。

「だから最後まであきらめないでくれ。あきらめなければ・・・、きっと関東へ行ける。松梨にも勝てる。そしてそれは、今までにない景色をお前らが見れるという事だ。その景色は・・・。お前らにしか見る事が出来ない特別なものだ」

僕はさっきまでより大きな声で「はい!」と返事をした。

先生はここで久しぶりに笑みを見せた。

「ゴールする最後の最後まで楽しませてくれよ。先生はもう自転車でゴール地点に行ってるからな」

そう言って僕の背中をバンバンと二回叩き、五月先生は歩いて行った。

「素敵な先生だよね」

横で聞いたいたらしい、くるみがやってきた。

「うん。あの先生に出会えて良かった」

二人で五月先生の後ろ姿を見送り、僕はジャージを脱いでくるみに渡した。

すでに1位の葛西臨海高校と2位の平和島第二高校は激しいデットヒートを繰り返しながら通過している。

3位、4位も通過したので、いよいよ僕らの出番も近い。

7位の高校が準備している時、ついにそのアナウンスは流れた。

『落川学園、多摩境、松梨付属。準備してください』

僕はくるみの方を見た。

くるみは頷き、僕も頷いた。

「行ってくる」

「気をつけてね」

くるみらしい言葉で僕の背中を押してくれた。

 

 

中継ラインの横に立つと、8位の調布ヶ丘高校が通過したところだった。

最近メキメキと力を付けて来たという噂の高校だ。

彼らを越えないと、関東大会へ行く事は出来ないという状況なので、その白いユニフォームを記憶した。

それとは間逆の黒いユニフォームの選手が僕の右に立つ。落川学園の選手だ。

左には松梨の香澄圭が現れて垂直にリズミカルに飛んでいる。

まず来たのは落川学園だ。これほどの順位で落川が来るとは誰が予想しただろうか。黒い弾丸の様に走って来て、9位で中継した。

そしてすぐに僕と香澄がライン上に並ぶ。

視界には牧野の姿と、その10秒ほど後ろに駿河の姿が見える。

「すぐだ。すぐに追いついてやるから」

香澄が僕の方を見もしないで呟いた。

「やだよ。絶対逃げ切る」

「追いつく」

「逃げ切る」

僕が香澄を見ると、香澄の表情は強張っていた。

いつもの余裕そうな表情ではない。やはりこの時点で11位という事で、12年連続関東出場中の松梨としては、相当なプレッシャーなんだろうと思う。

「牧野くーん!!ファイトー!!」

くるみの声で我に返り、牧野を見る。牧野は鬼の形相だ。両手でタスキを前に差しだした。

「英太ーーー!!!」

僕はタスキの真ん中を掴み、すぐに駆けだした。

「行けーーー!!」

「おう!!」

牧野の叫びが僕を押し出すかの様にスタートを切った。

10位での中継だ。少し前にいる落川学園と、数十秒前を行く調布ヶ丘を抜けば、大それた目標である関東に行けるんだ。

タスキを肩からかけて、わざと重みをかみしめる。

そしてギラリと目を光らせる様に前を睨んだ。

落川の選手の背中は確実に見える。でも、慌ててはいけない。

これほど高順位で来るチームの最終走者が簡単に抜かしてくれるわけがない。

おまけに相手は落川学園だ。妨害行為だって有り得る。

走りながら今日の調子を確認する。

体は重くないか?腕や足に異常は感じないか?妙に高揚してペースが乱れていないか?

・・・・・・。

大丈夫だ。全てが快調だ。何も問題は無い。つまり・・・、全力を尽くせる。

「は、は」

リズムよく呼吸を繰り返し走る。まずは最初の1キロだ。変なタイムじゃなければいいけど。

1キロの標識の横を通過する瞬間に腕時計を確認する。

想定していたタイムより1秒早い。うん、なんて快調な走り。

それに、もう最終区だから、選手が入り乱れて走りにくいなんて状況は無い。

なんて・・・、なんて、楽しいレースなんだ。

そして、落川学園の選手はすぐ目の前というところまで追いついた。

でも油断は大敵だ。今まで何度となく落川学園には苦労させられてきた。

真横を抜くのではなく、少し距離を置いて抜き去る。

人で言うと三人分くらい空間を作って落川学園の選手をゆっくりと抜いた。

何かしかけてくる様子も無い。

「わざわざ空間サンキュー!!」

二人の間を後ろから香澄圭が追いついてきた。

落川の選手を抜き、僕の横に並んだ。

「香澄・・・!!」

しかし香澄は僕の前に出る事はなく、並走した。

かなり息切れをしている。

多分だけど、僕や落川学園に早めに追いつくために、少し無理して来たんだろう。

いつもの綺麗なフォームに少しだけ乱れが出ていた。

これより前には調布ヶ丘高校がいるのだけど、まだ差がかなりあり、選手の姿が小さく確認出来る程度だ。

残りは3キロほど。香澄は僕と並走して少し落ち着き、また調布ヶ丘めがけて飛ばす気だろう。

まさか最後の試合で、一番嫌な相手である香澄圭と並走するだなんて思わなかった。

香澄とは出会い方からして特別だった。

夜に一人で練習していたら、同じ道を走っていたのが香澄だったんだ。

最初は女性かと間違えた程の、華奢な体と長いポニーテール。

それまで他校のライバルといえば内村一志だったけど、香澄圭の登場以来、僕はずっとこいつの背中を追って走ってきた。

ただ、未だに一度も勝利した事は無い。

最後くらいは・・・。そう思っていると、香澄が僕より前へと出だした。

着いて行くか?

しかし少しペースが早すぎやしないだろうか。

でも、もし香澄がこのまま走り去れば、もう二度と香澄を追う機会は無い。

高校で陸上を辞める僕には、香澄に負けたままで終了という事になる。

それに何より、もし香澄が調布ヶ丘を抜いた場合はどうなる?

大体・・・、松梨付属に勝つという目標はどうなる。

今ここで、順位を落とすわけにはいかないんだ。

「くそ」

僕は香澄の後ろについたが、やはり香澄の早さに着いて行く事は出来なかった。

多少乱れてはいるが、香澄にはまだ余力が感じられる。

力の差がある・・・。

「くそ!!!」

悔しくて、思わず声が漏れた。

名高が、染井が、大山が、剛塚が、ヒロが、牧野が繋いできたこのタスキを・・・、関東に持っていく事は出来ないのか!!

オチツイテ・・・

耳の奥にかすかに何か聞こえた。

ガンバッテ・・・

誰だ?誰の声だ。

思わず沿道に目をやる。

高速で過ぎ去る景色の中に、今までに試合で見た事の無い顔が見えた気がした。

大勢の観客の中に混じって、声を張り上げるでもなく、ただ祈る様に呟く姿を。

「お母さん?」

そんなハズは無い。三年間一度も試合の応援なんて来てくれた事なんて無いんだ。

僕が吹奏楽を辞めて陸上部に入った時から、お母さんは僕の部活に興味を無くしていたのは明らかだった。

来るはずが無い。きっとお母さんは僕が音楽を辞める事に反対だったはずなんだから。

でも今日の朝ゴハンを思い出す。

いつの間にか勉強したと思われる、試合当日にもってこいのメニューを。

オチツイテ・・・

落ち着いて、と言ったのか?

前を見れば、すでに香澄は少し離れたところを走っていて、そのさらに前には調布ヶ丘の選手がさっきより大きく見える。

現在順位は10位。残り2キロ少し。どう考えても焦るこの場面だが、落ち着いて行けというのだ。

どんなスポーツでも焦りは余計な力を生み、ミスや怪我に繋がる。

それを伝えたかったんだろうか。いや、ここにお母さんがいるのかすらわからないけど。

まあ、物は試しだ。

久々に・・・

実に二年ぶりに、僕は走りながら目を閉じた。

一瞬で色々な事が思い出される。

雪沢先輩の勧誘・・・、牧野との仮入部・・・、未華との出会い・・・、大山のカバン持ち事件・・・、穴川先輩との不仲・・・、名高を追った山中湖・・・、たくみの中距離転向・・・、剛塚と五月先生の因縁・・・、生意気な染井の入部・・・、成長しないヒロ・・・、振りまわされた早川と柏木の関係・・・、昔の自分みたいな一色・・・、そして、大好きなくるみ。

仲間。

なんだ、全て仲間の話だ。

全ては仲間と一緒に過ごした出来事だったんだ!

カッと目を開け、覚悟をする。

目を閉じていたのはほんの一瞬だったけれど、心の力がさっきまでとは違った。

一緒に過ごした仲間達と自分のため、今ここで、全ての力を振り絞り、ゴールを目指す!

もう、今日で出し尽くしてしまえ。

僕は徐々に徐々にペースを上げて行った。

後半に強い、とよく言われた。

だから一気に上げる事はしなかった。

少しずつだ。少しずつ上げて行けばいい。焦る必要は無い。

気付くと、少し前で香澄が調布ヶ丘の選手を抜くところだった。

8位が松梨、9位が調布ヶ丘、10位が僕らという順位で、残りは1キロくらいだ。

後ろには気配は感じなかった。

振り向いたわけではないが、落川学園とかが追ってくる様子は無い。

つまり、調布ヶ丘を抜き、松梨の香澄圭を抜けば、関東だ。

「はあ!!はあ!!」

そろそろ息もキツクなってきたけど、もう出し惜しみは必要ない。

ラスト1キロの僕の力を見せてやる!

ほんのちょっとずつ調布ヶ丘の選手が近くなってくる。

確か40秒ほどの差があったはずだけど、これは追いつけそうだ。

調布ヶ丘の選手に並ぶと、その選手は苦しそうな表情で僕をチラリと見た。

彼だって必死なんだろうけど、僕だって譲るわけにはいかないんだ。

僕は数秒並んだだけで、すぐに前へ出た。

調布ヶ丘の選手は追ってくる事はなかった。

「香澄・・・!!」

香澄圭は一度はかなり前へと離れていたけど、今は5、6秒前を走っていた。

しかし残りは500m少しだろう。

この距離で5、6秒は厳しい!

段々とゴールが近づき声援も大きくなってきた。

香澄より前には誰の気配も無い。後ろの調布ヶ丘や落川学園も追ってくる様子は無い。

香澄が8位、僕が9位という、どちらかが関東に行き、どちらかが姿を消すという状況になった。

交差点を左に直角に曲がる。

ここを曲がると残りはトラック1週分、つまり400mだと言われていた。

そのコーナーを利用して、香澄は僕の姿に気付いた。

ぎょっとした表情をして曲がり切った後、気合いの雄たけびを挙げた。

「はあ!!」

ポニーテールを大きく揺らしながらラストスパートをかけたのだ。

まだ、そんな力が?!

「う、お、お、お、おおお!!」

僕も小さく声を漏らしながら出来る限りを尽くして足を出した。

遠くにゴールが見えて来た。駅伝の終了地点であり、僕の目標地点だ。

まるで短距離走かの様に後先考えずにただ走る。

右足、左足、右足、左足。

香澄圭は僕の右前方を走っている。もうフォームは綺麗でもなんでもない。ただ必死さを感じる。

ゴールラインが急速に近づいてくる。

声援が大きくなる。

「英太ー!!」「香澄ーー!!」

悲鳴に近い声が前方から聞こえてくる。

「多摩境!!!」「松梨!!!」

喉が痛い。

顔が歪む。

息と共に情けない声が出る。

知らない。

見た目なんか知らない。

掴め。 

掴むんだ、この手で。

関東へのキップを。

松梨からの勝利を。

多摩境高校陸上部という名の・・・誇りを。

香澄はまだほんの少し右前だ。

なんてヤツだ。

ゴールが近い。

みんなが見える。

名高!牧野!大山!剛塚!染井!ヒロ!たくみ!一色!未華!早川!くるみ!五月先生!

みんないる!他にもみんな、みんないる!!

待ってて!今、行くから!!

今、そこに、辿り着くから!!

何か左足にピリリと変な感触がしたけど、もういいや。

走り切る。

走り切る!!

ゴールラインはすぐそこだ。

「うおおおあああ!!」

跨いだ!

叫びながらゴールラインを跨いだ!!

崩れる様にして転がり込む。

倒れた僕の顔に上からタオルがかけられたが、すぐにどかして歪んだ顔のままで香澄がいた方向を見た。

香澄も歪んだ顔で一緒に倒れていた。

どっちだ?

どっちが先にゴールしたんだ。

香澄を取り囲んだ松梨の選手達が大粒の涙を流していた。

ハッと気づくと僕の周りにもみんなが集まっていた。

みんな・・・

みんな泣いてる。

未華、くるみ、早川が大泣きしている。

牧野や剛塚が何かを叫び、大山とヒロが顔をぐしゃぐしゃにして涙と鼻水を流し、一色が「相原先輩!」とだけ繰り返し、名高と染井はグッと握手を交わしていた。

五月先生が僕の上体をゆっくりと起こしてくれた。

「相原、お前・・・」

その五月先生の声は震えていて、目には涙が浮かんでいた。

「はあ!!はあ!!せ、先生、ぼ、僕らは・・・」

「八位だ」

「え?」

「よくやった!関東進出だ!」

その言葉を聞き、あっという間に景色が何も見えなくなった。

涙で何も見えないんだと気付くのに時間がかかった。

「英太!!」

牧野が上体だけ起こしている僕に手を差し伸べた。

「牧野ぉ・・・」

僕は牧野の手を掴み、立ち上がった。

泣き顔、笑い顔入り乱れ、みんなで抱き合った。

声が枯れるまで叫んだ。

これか・・・

これが僕らにしか見えない景色か。

良かった。本当に。

僕はこの仲間に出会えて良かった。

この陸上部に入って良かった。

手に入れたのは今日の勝利だけじゃなかった。

手に入れたのは、一生忘れる事の出来ないこの景色と、心から喜びを分かち合える仲間だ。

「英太!」

牧野が僕の名を呼んだ。みんなが牧野の方を向く。

「行くか」

牧野が何を言っているのか、一瞬でみんなが理解した。

「関東へ?」

大山が上ずった声で聞くと牧野は頷いた。

「もちろん!行くぞみんな!!」

牧野がそう叫ぶと、僕もみんなも何の合図もなく腕を振り上げ叫んだ。

「おう!!」

力強い声は、駅伝の道に響き渡り、空へと消えて行った。

 

 

 

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2010年12月27日 (月)

空の下で-虹(20) それからの日々

それからの日々はあっという間だった。

やらなければならない事が、次から次へと僕らの前へ現れては消えて行く毎日だった。

 

 

東京高校駅伝大会で八位に入賞した僕らは、すぐに埼玉県で行われる関東高校駅伝大会の準備を始めた。

関東までの期間は二週間しかなく、五月先生はその日のうちに二週間分の練習メニューを組み立てた。

部長の牧野をはじめ、名高もすぐに普段通りの力で走り始めた。

ところが練習三日目ですぐに問題が起きだしたのだ。

牧野と名高以外のメンバーは、東京高校駅伝に向けて全精力とモチベーションを合わせて練習を積んできたので、いまいち練習に全神経が集中出来なかった。

それもそのはず、僕らの「最後の大会」と銘打って走ったのが東京高校駅伝だったんだ。

まさか本当に関東に進む事になり、先に続くとは思っていなかったんだから。

そのせいか、練習期間二週間のうち、前半一週間はどうも身が入り切らなかった。

やっと以前のモチベーションまで戻った時にはすでに試合数日前という状態だった。

かくいう僕も例外じゃない。

東京の後、数日で気持ちは入ったのだけど、足の裏に何か違和感を感じていた。

普通のジョックでは何の障害でもないのだけど、スパートをかけるとピリリと痛んだ。

よく思い出すと、東京高校駅伝のラストスパートの時に、何か痛みを感じた記憶があった。

香澄圭とのデッドヒートの最中だったから、深くは考えなかったけど、どうやら何かしらの故障を抱えたらしい。

 

 

そうして挑んだ関東高校駅伝大会。

幸いにも雨は降らず、薄っすらと白い雲が覆う中だったけれど、僕らは走った。

知らない土地で、見た事も無い連中と走るのは新鮮な気分だった。

すでに松梨付属や葉桜高校、落川学園なども姿を消しているので、会話した事のある選手なんて全くいなかった。

そんな中、一区の名高は注目を集めた。

各県の有力選手と遜色なく渡り合い、3位で一区を通過した。

二区の中継所では、何人かのスポーツ報道関係の人が写真を撮ったり、メモをしたりしていたそうだ。

しかし多摩境高校の活躍はここまでだった。

染井、大山、剛塚と、少しずつ順位を落とし、ヒロに代わって出場した一色が腹イタで大ブレーキとなった。

牧野が猛然と巻き返し、チームメイトが活気ついた状態で最終の僕にまで繋がってきた。

僕だって何人もの選手を抜いた。

関東にまで出場してくる様な連中を抜くほどになった自分に驚いたけど、最終結果は16位という周りが大騒ぎする様な順位には届かなかった。

それでも五月先生は両手でガッツポーズを挙げていた。

「お前らわかってんの?関東で16位って、お前らの三年間の成果なんだぞ!」

もちろん嬉しくてみんなで大声を張り上げた。

そして牧野は最後にみんなにこう言って締めくくった。

「オレ達、出会えて良かったな」

牧野のこの言葉で僕らはみんな涙を浮かべた。

大山、ヒロ、くるみは号泣し、みんな握手の交換をした。

会えて良かった・・・

牧野の言う通りだ。

五月先生も言っていた。この中の誰か一人でも欠けていたら、ここまでは来れなかった・・・と。

本当にその通りだ。

このメンバーの全員に、出会えて良かった。

みんな、ありがとう。

 

 

関東高校駅伝終了をもって、僕ら三年生は引退となった。

一、二年生が企画してくれて、学校の視聴覚室を借りて引退パーティーを開いてくれた。

もちろんお酒なんか飲まないよ。ジュースとかウーロン茶とかで乾杯するんだ。

現役中にはなかなか飲まなかったコーラなんかも久しぶりに飲んだりして、「うわ、炭酸キツイ!」とか叫び、そんな事で引退を実感した。

このパーティー中に、五月先生から発表があった。

「よし。ではみんな聞け!」

大騒ぎしていたメンバーは先生の言葉に気付かない。

「聞かんかいボケ共が!!」

久しぶりにドスの聞いた不良言葉が発せられ、メンバーはシンとなって五月先生の方を向いた。

「あ、いや、スマン。乱暴な言葉で・・・。えー、ここで名高から発表がある。聞いてやってくれ」

言われて、ザワつくメンバーの中から名高が照れ臭そうな表情で視聴覚室の正面に立った。

「えーと」

何故か牧野がマイクを持って名高に渡す。マイクなんてあるなら始めから用意してくれよ。

名高がマイクのスイッチを入れると、ギュイーンと物凄いハウリングが鳴って、みんな耳を塞いだ。

未華が「ちゃんとやれ!」と言って牧野に飛び蹴りをし、牧野が音響装置の調整をするとハウリング音は消えて、やっと名高が話せる状態になった。

「えーと、なんてゆうか、俺、卒業後も走る事が決まりました」

一瞬、何の事だかわからなかった。

しかしすぐに大学からのスカウトがあったんだと悟った。

「俺、山梨県にある甲府盆地大学から誘いを受けたんで、そこで長距離ランナーを続けます」

うおおっという歓声と共に拍手と「おめでとう!」と声が響いた。

甲府盆地大学というのは、箱根駅伝などにもよく出場する有名な大学だ。

前にも、多摩境高校陸上部・初代部長の「雨のスプリンター」こと中尾一輝先輩が進学している。

「俺、絶対に箱根駅伝に出るつもりなんで、もし出たら、テレビの前で応援してください」

なんだか照れ臭そうに言う名高が珍しくて笑ってしまった。

僕は大きな声で名高に叫ぶ。

「テレビじゃなくて、沿道に応援しに行くよ!」

「そうだ!」「アタシも行くよー!!」「頑張れ名高!!」

いっせいに、ああだこうだと声が飛んだ。

その後は、染井やヒロや一色たちから、花束やカラフルな色紙とかが渡されて、拍手の中で僕らは視聴覚室を後にした。

 

 

何日かして、授業後の夕方に部室に置いてある物を片付けるために、僕は一人で自分のロッカーから荷物をカバンに移していた。

スパイクのピン、コールドスプレー、冬季用の手袋、どれもこれも想い出の詰まった品物だ。

ロッカーの一番奥には、最初に使っていたブルーラインのシューズがホコリをかぶって置いてあった。

「あ、これ、こんな所にあったんだ・・・」

仮入部した時に多摩センターのスポーツ用品店で買ったシューズだ。

僕が一番最初に買った陸上用品でもある。

もうボロボロだし、履く事も無いだろうけど、カバンに詰め込んだ。

「あ、英太くん」

そこへくるみがやってきた。

窓から差し込む夕日に染まったくるみはいつもよりも大人びて見えた。

「くるみ?どうしたの、こんなところで」

「忘れ物しちゃってさ」

くるみと未華は、健康作りと言って、三月に卒業するまで時々走るらしい。

後輩達の指導にもあたっているという事だった。

「ふーん」

くるみは床に転がっていたストップウォッチを拾い、部室から出ていこうとした。

「ねえ」

くるみは振り返り、僕を見る。

「英太くん。陸上部入って、良かった?」

「え?」

「わたしはね。すごく良かった。最後の最後まで特に活躍も出来なかったけど、少しずつ早くなれたし、自分の成長が実感できたりして、すごく良かった」

僕は頷いて立ち上がる。

「僕もだよ」

「それに、英太くんにも出会えたし・・・ね」

目を逸らしてそんな事を言う。

夕日の色が、かわいいくるみを大人っぽく見せていた。

「それは、僕も一緒だよ」

何故そんな事を急にしたのかは、後になってもよくわからない。

僕はくるみの片手を握り、自分の方に引き寄せた。

僕もくるみも震えているのがわかったけど、僕は初めてくるみにキスをした。

 

 

年が明けると、進学組も就職組も忙しさを極めた。

まずは早々に剛塚が電気工事関係の仕事の試験を受けた。

試験からわずか数日で内定というか合格の知らせをもらい、四月からは八王子市内の小さな会社で働く事が決まった。

「バリバリやるぜ」

教室でやる気剥き出しの剛塚は目が輝いていた。

続いて僕と牧野と未華の専門学校の進学が決まった。

進学と言っても、何だか大した試験は無かった。

僕はカフェ作りのために、調理と経営を両方学べる新宿の専門学校へ。

牧野も新宿だけど、違う専門学校だ。イベント制作がやりたいらしく音楽関係の学校だ。

未華は八王子市内にある大きな専門学校へ入った。スポーツインストラクターを目指すという。

未華がそんな具体的な目標をいつ決めたのかは全く知らなかった。

しばらくすると短大や大学の合格発表も行われた。

こちらはかなり勉強を積み重ねて試験に挑んだらしい。当たり前だが。

大山とくるみが受験の事で同じ様に苦労して悩みを相談したりしていて、ちょっと嫉妬もしたけど、二人の間には恋愛感情は生まれなかった。

良かったー。

で、大山は四年生大学に。くるみは短大に受かった。

大山もくるみも親から「大学だけは出なさい」という意見の元でそうなったらしい。

大山は何となく受けたらしいのだけど、くるみは保育士になるという夢があるので、短大卒業後にそういう道に進むらしい。

ちなみに音大を目指していた日比谷は、第一志望こそ落ちたものの、神奈川にある有名な音大への進学が決まり、学校の廊下で自分でファンファーレを吹いていた。

たくみ?たくみはしばらくフリーターをするそうだ。

何でも日本全国を歩き回りたいらしい。その後どうするのかはよく知らないが、文系の大学を目指すという事だ。計画的じゃあない。

 

 

そうこうするうちに、月日はあっという間に流れてしまった。

晴れの日も、雨の日も、雪の日も、僕らは多摩境高校で毎日を過ごし、笑ったり泣いたりした。

そんな当たり前の日々も、ついに終わりを迎えようとしていた。

最後の日がやってきたんだ。

そう、卒業式だ。

 

 

→ 次回 空の下で-最終話「新しい物語」

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2010年12月30日 (木)

空の下で-最終話 新しい物語

自分の部屋で着慣れた制服に腕を通す。

よく見ると、ところどころ汚れていたり、色が薄くなったりしている。

高校ではそれほど身長が伸びなかったせいで、この冬服は三年間ずうっと着続けて来た。

でもそれも今日が最後だ。いつもよりも、時間をかけて着て、姿見で確認した。

「よし」

端が破れた使いなれた学校指定のカバンを肩にかけ、靴を履く。

「後で行くからね。卒業式くらいシッカリしてよ」

お母さんが僕の背中に声をかける。そのまま出かけようとするのをお父さんが止めた。

「待て英太」

手元にはデジタルカメラがあった。

玄関前で僕一人の写真と、弟を含めた家族四人の写真を撮った。

ディスプレイに映し出された写真を見て、お父さんもお母さんも何だか嬉しそうな笑みを浮かべた。

「行ってくるね」

僕はそう言って家を出た。

高校最後の登校、卒業式だ。

 

 

空の下で 最終話 「新しい物語」

 

 

どんな高級な絵の具を使っても、どんな世界的な画家でも描けそうもない、輝く様な青空が広がっていた。

薄い雲があちらこちらに点在していて、ゆっくりと流れて行く。

あの雲たちは、どこから来て、どこへ行くのか。そんな詩的な事を考えながら歩く。

日比谷の家の前を通り過ぎ、長谷川麻友さんと最後に別れた交差点を渡り、堀之内の改札前で牧野と待ち合わせた。

いつもよりもワックスを使って髪をセットしている感のある牧野がやってきて、「行くか」と言いながらさっさと改札を通り抜ける。

「せっかちだなー」

牧野は二月頃から地元の劇団の裏方のバイトを始めた。

少人数の劇団で、地域の公民館や児童館で公演を行っているらしく、その舞台道具制作や、簡単な音響設備の操作もやっているらしい。

前よりも汚い格好をする事が多くなったけど、髪形だけはワックスで決める様になった。

僕はというと、やはり二月くらいからバイトを始めた。

吉祥寺という街で、個人店のカフェで週に三回、四時間だけ接客をやっている。

これまでは吹奏楽部や陸上部と、部活三昧な生活だっただけに、今までとは全く違った世界に、ただただ驚くばかりだ。

「今日で終わりだなんて信じられないな」

多摩境駅で電車を降りて、メインストリートをいつもの様に多摩境高校へ歩いていると、牧野がまるで世界の終わりみたいな口調でそう呟いた。

誰に向かって言った風でも無い。ただ思った事が口から出てしまった感じだ。

そしてその言葉に共感する。

三年間なんて過ぎ去ってみれば、あっという間なんだなって思った。

大人の人達がよく言う「年取ると時間が過ぎるのが早く感じるんだよ」という事が、少しだけわかる様な気がした。

 

 

学校の少し手前で佐久間屋に寄ってみた。

佐久間のオジサンは相変わらずレジ台の向こう側で暇そうに新聞を読んでいた。

「お、陸上部の相原と牧野!あ、もう元・陸上部か」

寂しい事を言ってくれる。まあ事実なんで仕方ないんだけれど。

「今日で最後だしな。今までたくさん買ってくれたから、今日はドーンと菓子パンを一個タダにしてやるよ」

ドーンとって程じゃないと思うけど、僕と牧野はお言葉に甘えて菓子パンをいただいた。

「頑張れよ」

「はい?卒業式をですか?」

佐久間のオジサンは「アホか」と毒づいてから一言だけ付け加えた。

「これからの人生をだよ」

 

 

校門に着くと、「平成○○年度・東京都立多摩境高等学校 卒業式」と書かれた立て看板があって、そこの前で写真を取る生徒や親がたくさんいた。

そこには志田先生がいて「相原、牧野。ビシッとしろよ」などと言って薄い髪の毛をかいた。

志田先生のブログ「シダは私だ」は最近復活したらしい。オヤジギャク満載だとか。

牧野と別れて教室へ行くと、同じクラスの面々が、いつもと何も変わらずに騒いでいた。

未華を中心にキャッキャとはしゃいでいる女子グループ。

窓際で外を眺めながら握り飯を食べる剛塚。

「昨日、免許取ったから鎌倉までドライブに行かねえ?」と言うサトルと、「じゃあ英太も行こうよ」とこっちを向く時任。

知り合った頃よりも、ほんの少し、ほんのちょっとだけ大人な顔になったクラスメイト達。

僕も少しは大人っぽくなったんだろうか。

それはわからない。自分で決める事じゃない。

ただ一つ言える事は、確実に次へと進みだしているという事だ。

今日までの日々は終わり、新たなる一歩を踏み出す時がすぐそこまで迫っている。

「昨日よー」

サトルと時任と一緒に鎌倉の事を話していたら、剛塚が後ろから話に入ってきた。

「安西から電話があったんだ。ホラ、山梨県のぶどう農園の」

説明されなくてもわかる。僕らを襲撃したヤツなんだから。

「なんて?」

「梅雨頃に、さくらんぼ狩りがあるらしくてよ。来ないかって」

「さくらんぼ狩り・・・かあ」

面白そうだ。剛塚と行くのもいいけど、是非くるみと一緒に行きたい。

「じゃあオレの快適なドライブで行こうぜ!」

サトルがハンドルを切る動作をし、時任が「電車がいい」と口を尖らせた。

 

 

担任の栃木先生の号令で、僕らは体育館へと向かった。

体育館の入り口で一度止められ、待たされる。

中ではすでに卒業式が始まっているらしい。何かマイクを使った話がうっすらと外まで聞こえてくる。

「まだかよ」とつまらなそうにする男子もいれば、すでに涙目な女子もいる。

ちょっと遠くにいる柏木直人と目が合った。

柏木は爽やかな笑みを見せたので、僕も自然と笑った。

相変わらずモテそうな笑顔だ。そういえば柏木は、J2リーグのどこかのチームからオファーが来て、サッカーを続けるという噂だ。さすがだな。

少しするとガラガラと音を立てて体育館の扉が開くのが見えた。

アナウンスが聞こえる。

『卒業生、入場』

ピアノの伴奏に合わせて、僕ら三年生はクラスごとに整列したまま入場した。

ピアノを弾いているのは五月先生と噂のある美人音楽教師の立花先生だ。

音楽の中、自分のクラスの立ち位置まで歩き、用意されていたパイプイスに座る。

夢山校長先生の話が始まり、来賓の挨拶が続く。

いつか見た、雪沢先輩や穴川先輩の卒業式を思い出した。

二人は立派に行進しながら卒業していった。僕もそうでありたい。

染井やヒロや一色達から、「カッコいい先輩だったな」って思われる様な退場をしたい。

『在校生、送辞』

二年生の女子が涙ながらに送る言葉を語りだすと、三年生からもすすり泣く声が聞こえて来た。

またも号泣な大山が遠くに見える。

『卒業生、答辞』

何故か日比谷がトランペットを持って壇上に上がり、五月先生に制止された。

会場全体から失笑が起き、僕はため息をつく。

代わりに壇上に上がったのは、答辞を話す役目の未華だ。

未華は壇上中央の演台に立ち、話し出した。

凛とした強い視線が真っ直ぐな未華の性格を象徴していた。

「三年間。それは長く、なのに短い。それなのに濃厚な時間でした」

ハキハキとした口調。きっと牧野はずっと未華の尻に敷かれてくんだろうなって、くだらない事を思う。

「一年生の頃、不安と期待でいっぱいな私達が得ようとしていたものは、進学だったり就職だったり、楽しい学生生活だったりしていました。でも、数々の学校行事の中で、部活の中で、授業の中で、見つけたのは、それよりもずっとずっと大事な事でした」

未華は何も読まずに話している。確かに紙は手にしているが、それに何も書いてない事を僕や牧野は知っている。

あの場に立って感じた事をそのまま話すと言っていたからだ。

「私達が得たものは、かけがえのない仲間と、その人達との想い出でした」

未華は目を閉じた。次に話し出した時、未華の声は震えていた。

「ここで出会った人達。そして起きた出来事。それは忘れる事なんて無い、大切な、大切な、思い出です。こんな素晴らしい思い出を作れた、この学校に感謝をし、そして今、ありがとうという気持ちを胸に抱きながら、立派に卒業しようと思います。私達はきっと、絶対に元気に立派に生きて行きます。だから、どうか、みなさんも、先生方も、どうか元気でいてください」

どうか、どうか・・・と未華は何度も繰り返し、最後は涙を見せた。

歯を食いしばり、未華は声を張り上げる。

「卒業生代表。大塚未華」

ドドドっという重低音を感じる様な拍手が体育館に響いた。

答辞としてはおかしな文章だったかもしれない。

でも、未華の想い、僕ら三年生の想いは、確実に伝わった瞬間だった。

やがて、合唱曲「旅立ちの日に」が流れ始めた。退場の時間だ。

多摩境高校という舞台から、僕らは退場となる。

僕らの出番は終わるのだ。

せめて最後はビシッと歩こう。

三年生がクラスごとに起立をし、体育館の出口へと歩き出す。

先生達の前を通る。

お世話になった何人もの先生達が見つめている。

栃木先生、宇都宮先生、志田先生、立花先生、そして五月先生。

五月先生は厳しい表情だが、何故か親指を立ててグッドのサインをしてきた。

保護者席の前を通る。

お父さんが笑顔を見せている。お母さんが目頭を押さえている。

在校生の前を通る。

染井がいる。ヒロがいる。一色がいる。

後は頼むよ。そう思った。

そして、僕らは体育館の外へと出て行った。

 

 

教室で卒業証書を受け取り、僕は剛塚とサトルと時任との四人でいつもと同じ様な話をしながら廊下へ出た。

少しだけ、教室を振りかえる。

もうすでに何人かのクラスメイトしかいなくて、荷物がほとんど無くなってガランとしているのがわかり、何故だか教室に向かってお辞儀をしてしまった。

「律儀だな」

時任が感心した様に言う。

「それより、今日の夜、大丈夫か?カラオケボックス予約したからな。暇なヤツら全員呼んでお祭り騒ぎすんだぞ」

サトルがマイクを持つ格好を決めながら言った。

「わかってるよ。また後でね」

僕はサトルと時任に手を振り、剛塚と二人で校庭へと向かった。

 

 

校庭には大勢の三年生がいて、校舎をバックに写真撮影をしたり、何故だかはしゃぎ回るグループがいた。

その中に、目指す一団がいるのが見えた。

「お、いたいた。あそこだよ剛塚」

「だな」

二人で駆け寄って行った先には、牧野・大山・たくみ・名高・未華・くるみ・早川がいた。

みんな卒業証書を片手に持って談笑している。

「お待たせー」

僕が明るく言うと、未華が「遅い!」と怒りの声を出した。

昨日突然、未華からみんなに一斉メールがあったんだ。卒業式の後、校庭で集まろうって。

「みんな忙しい中、最後に集まってもらってありがとー!」

さっきとはまるで違う、明るい口調で大声を出す未華に思わず噴き出した。

「何よ英太くん」

「い、いや・・・」

「文句ないよね」

「ま、まあね」

僕はくるみと目を見合わせた。くるみも笑っている。

「えーゴホン」

今度は牧野が声を張り上げた。

「もうこれでオレ達が揃うのは滅多に無いと思うんだ。だから、最後の最後に、オレ達がこの高校で一緒にいたっていう儀式をしようと思う」

「儀式ー?」

たくみと早川が疑わしそうな声をあげる。

「な、なにすんの?恥ずかしいのは嫌だよ」

大山の言う通りだ。今日は生徒だけではなく、保護者だって校庭を歩いているんだもの。剛塚と名高も大きく頷く。

「円陣組もうぜ」

「円陣?円陣って、あの試合前とかに気合い入れるためにやってたやつ?」

くるみが不思議そうな声をあげた。

「そう。オレ達ってさ、これから新しい日々に旅立つわけじゃん?そのための気合い入れにもなるしさ」

嬉々として語る牧野を見てると、微笑みが止まらなくなる。楽しそうだな、牧野。

「よし、じゃあやろう」

僕が言うとみんなも続いた。

校庭の中央付近で、僕らは小さな円陣を作った。

他の生徒や保護者の目も少しは気になったけど、今日は何でもオッケーな気分だ。

「じゃあ行くぞ」

牧野はそう前置きして気合いの雄叫びをあげた。

「これからも全員、元気に楽しくやるぞ!!ファイト!!!」

「オーー!!」

全員が息の揃った声を上げると、何故か牧野が円陣を抜けて校門へと走りだした。

「な、なんだ?牧野?!」

走りながら牧野は振り返り叫ぶ。

「みんな走れー!校門まで走れー!!陸上部だろー!」

「な、なんで走るんだよ!!」

僕が大声で聞くと牧野はさらなる大声で答えた。

「なんとなく青春っぽいだろー!!!」

僕らは互いを見まわした。

みんな失笑していたけど、未華がボソリと言った。

「・・・ま、いっか。走るか」

「だね」

大山が頷き、たくみが走りだした。

「オレって足、早いんだぜ!」

言われて、みんなも校門へと走りだす。

「あたしだって遅くないって」

早川が言い、くるみも「わたしも負けないよ」と笑った。

「大学でも走るオレが負けるかよ!」

名高も満面の笑みだ。

みんながみんな、笑いながら校門へと走りだす。

ほんの数十秒の事だったけれど、この時の事は一生忘れないって思った。

僕がいて、牧野がいる。名高、大山、剛塚、たくみ、未華、くるみ、早川がいる。

別に何も深い理由があるわけでもなく、ただ走る仲間。

三年前に出会い、そして今日別れていく仲間。

もしかしたら・・・

もしかしたら、この仲間が全員揃う事はもう二度と無いのかもしれない。

でも僕らはそんな事なんて考えずに走った。

校門に辿り着いたって、じゃあまたねと手を振って各々が歩きだしたって、僕らの物語がそこで終わる訳じゃあない。

まだ僕らは、走り続けなくちゃいけない。

それぞれが、それぞれの夢に向かって。

「また、いつかね!」

僕は出来る限り明るい声で手を振った。

早川が上品に手を振り返し、近くで待っていた柏木直人と合流して歩いて行く。

大山が「また来月あたり連絡するね」と微笑んで剛塚とたくみと一緒に駅へと進んで行く。

名高はいつもの様にウォークマンを準備し、「大学で試合決まったら教えるから見に来いよ」と、山梨まで来いという意味の少し厳しい要望を残して歩み出す。

牧野と未華は特に何も言うでもなく、手を振り仲良さそうに学校から離れて行く。

僕はただ一人残ったくるみを見た。

「いこっか。僕らも」

くるみは少し寂しそうな表情を浮かべていたのだけど、僕の声に気付き頷いた。

「うん、行こう」

僕はくるみと手を繋いだ。

そして自然と同じタイミングで、ゆっくりと歩きだした。

それは、僕らの新しい物語への第一歩だ。

 

 

 

 

どんなに時間が経っても、あの頃の出来事を忘れる事は無いだろう。

多くの人達と出会い、多くの人達と別れ、僕らの物語は続いて行く。

戻る事なんて出来ない。進む事しか出来ない。

みんなに会う事だってそんな簡単ではなくなっていくだろう。

それでも僕らは繋がっている。

きっと、きっと、繋がっている。 

みんなで駆け抜けた、この広大な空の下で。

 

 

 

空の下で 完

 

 

 

 

 

長い間のご愛読、本当に本当にありがとうございました。

また改めましてご挨拶致します。

2010-12-30  cafetime

 

 

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