熱の部/目次
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あの東京都大会から一ヶ月半が経ち、季節は梅雨真っただ中の六月下旬となった。
学校所有のマイクロバスが田舎町の中をさらに郊外へと進んでいく。
薄い雲に覆われた世界は凄まじい湿気を帯びていて、バスの全ての窓を全開にして走っているのに、肌に汗が浮かび上がってくる。
バスの運転手は短距離担当の志田先生だ。持ち込みのCDで80年代のヒット曲をさりげない音量でBGMとして流している。
「俺はロックが聞きたいけどな」
運転席の一つ後ろの席で五月先生がそう言うと、近くにいた名高は大きく頷いた。
バスの中には長距離チームが全員乗り込んでいる。短距離からはたくみだけが来ている。
「ま、オレは全ての試合が終わっちまって、後は暇だからなー。取材がてら同行だよ」
誰も説明を求めてなかったのに、いちいち説明して回るたくみは面白かった。
そんなのんびり感が満載のこのバスが走っているのは茨城県の水戸市郊外だ。
向かうは関東大会が行われる茨城県笠松運動公園だ。
名高と未華が進出を決めたこの大会の応援のため、長距離チーム全員で向かっているという訳だ。
空の下で 3rd season-3
熱の部
茨城県笠松運動公園は広大な土地の中に色々なスポーツ施設が併設された場所だった。
陸上競技場はもちろん立派な施設で、何と最大で二万人も収容できるという話だ。
ただ屋根が小さいので急な雨があったらヤバイって事で、メンバーはみんな雨具を用意して来ている。
他にもテニスコートや体育館、さらにはスケートリンクまで併設されていて、本当に色んなイベントをやる場所なんだなーと感じた。
僕らのマイクロバスは大きな駐車場に止まり、そこから陸上競技場へ少し歩く。
他にも関東の各地から色々な高校のバスが来ていて、凄い喧騒となっていた。
僕はどこが強いとか弱いとか、そういうのはよくわからないんだけど、それでもテレビで聞いた事のある高校とかはわかった。
バスを降りてすぐに千葉県の有名市立高校を目にした。サッカー部が全国区の超有名高校だ。
競技場の入り口では全国色んな場所に付属高校を持つ有名私立高校とすれ違った。全ての運動部が強いというこれまた超有名高校だった。
ホームストレート側の観客席からフィールドを眺めると、すぐ下に立派なビデオカメラを持った人やマイクを持った女の人が数人いた。
地元テレビのクルーの様だった。その他にも陸上雑誌のロゴの入ったスタッフポロシャツを着た人が何人かいて、それを見ただけでも緊張感が漂ってくる。
「す、すごいね」
僕が名高にそう言うと名高は大きく頷いた。
「ここまで来れたオレがね」
いつになく爽やかに笑いながらそう言う名高を見て、蒸し暑いというのに寒気を感じた。
楽しんでる・・・。
名高はこの状況を楽しんでいる。
これまでとは規模の違うこの大会に。
じゃあ未華はどうなんだろうと思って未華の方を見たら、未華は「すごーい!」とか「ひろーい!」とか「人がたくさーん!」とかはしゃいでた。
やっぱり楽しそうだ。
競技が開始されると会場はこれまでの大会以上に異様な熱気を帯びた。
凄まじい熱量を放つ声援。それを受けて走り、飛び、投げる選手達の実力の高さ。
そしてそれらが僕らの心に残してくれる忘れられない記憶。
それは支部予選にもあったし、東京都大会にもあった。
でも今日のそれは今までとはまた一つ違う力を持っていた。
各地で熾烈なサバイバルを越えて生き残ってきた選手達だからこそ発する事の出来るオーラ。きっとそういう物だと思う。
そして午後一時、女子3000mの時間がやってきた。
多摩境高校の席を出発する時、牧野が未華に声をかけた。
「未華」
「ん?」
「ナイスファイト」
「はあ?まだ走ってないし」
未華はさらに「なんじゃこいつ、熱くて頭がおかしくなったか」と言った。
「いや、そうじゃなくってよ。ここまでの話だよ。今日までナイスファイトって事」
「え、ああ、ありがと」
未華はちょっと困った顔をした。
「そんでさ、今日までのそのナイスファイト、全てぶつけて頑張れよ」
牧野が何だか照れ臭そうに言うのでこっちまで照れ臭くなる。
「全て・・・か。全てね。そうだね、全てを懸けてやってくるよ!だってこれはアタシの夢の舞台だもん。ここを目指してやってきたんだもんね!」
未華はボクサーがする様なファイティングポーズをして笑った。
「行ってくる!応援よろしく!」
未華が試合で走る姿を見るのはいつでもすがすがしい気持ちのいいものだった。
今日もスタートして全力で駆け抜ける未華を見るのはそういう気分にさせてくれた。
いつでも元気でポジティブな未華。
僕は今まで何度もその雰囲気に助けられたと思う。実際に未華に助けてもらった事もあるし。
未華と出会えて良かったと思う。本当にそう思う。こんなに思うのに恋愛感情を抱いた事は無いんだけど、出会えて良かった。
今日の試合を見ていてそんな思いが込み上げた。
何だか見ていて涙が出そうになったけど、声を振り絞って応援した。
未華は「全てを懸けて」と言った。
それなら僕らだって全てを懸けて応援する。声が枯れたっていい。喉が痛くなったっていい。
少しでも。ほんの少しでも。未華の力になるのなら。
未華は最後の一周で宿命のライバル、百草高校の古淵由香里さんと争った。
すでに全国へ進める様な順位では無かったけれど、二人は最後の最後まで戦った。
その勝負は未華が軍配が上がり、未華は30人中15位という順位で戦いを終えた。
・・・悔しいかな。
未華の泣くところは見たくなかった。
だからクールダウンして戻ってきた未華を正面から見る事は出来なかった。
でも未華は笑顔で帰ってきた。
「いやー!!楽しかった!!」
そう言う未華の瞳は赤かった。
でも未華は名高の肩を叩き、こう言った。
「すごい面白いよ!!名高も楽しんできな!!」
言われて名高はニヤリとした。
「おう」
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名高の出る男子5000m。もう関東大会だというのに未だに知っている顔が何人も生き残っている。
支部予選会からのメンツでは葉桜高校の秋津伸吾と落川学園の八重嶋翔平。
東京都大会で対戦した中には松梨付属の赤沢智、香澄圭、西隆登の三人。
そして東京都大会優勝候補だった葛西臨海高校の相良勇もいた。
「すごいメンツだな」
スタート地点のすぐ横で僕と牧野は眺めていた。
牧野がそう言う通り、僕らから見ればオールスター戦の様なメンバーが、スタート地点で体を動かしている。
関東大会ともなると、偶然生き残った様なラッキー選手はもういない。
実力を備え、チームを引っ張る様な各校のエース級のヤツらばっかりなんだ。それも強豪高校ばかりだ。
この試合は関東大会とは言っても、北と南に別れて行われている。
僕らの所属する東京都は南関東という事になり、東京・神奈川・千葉・埼玉の選手が戦うんだ。
神奈川県からは優勝した横浜の高校の爽やかそうな選手が注目を集めている。
千葉県優勝の選手は一年生の時から有名な人で、各県の人に「久しぶり」なんて言ってる。
埼玉県優勝の選手は寡黙そうな坊主頭の人だ。黙々と体を動かしていて、集中してる時の名高そっくりなオーラだ。
そして東京都優勝は秋津伸吾だ。優勝候補だった相良を抑え、ついに東京を制覇した男はどこまで快進撃を続けて行くのだろう。
興奮する気持ちを抑えきれずに見ていると、名高がこちらへ駆け寄ってきた。
「英太、牧野!」
「ん?」
名高はすでにユニフォームへと着替えている。間もなくコールタイムだ。こんなタイミングで僕らのところへ戻ってくる理由が思いつかない。
「物凄いメンバーだぜ。さすがのオレも緊張してきた」
名高の口から緊張だなんて言葉は初めて聞いた。ウソつけって思った。
「でもよ。オレもそうだし秋津もそうだし、多分、八重嶋でさえ、赤沢でさえそうだと思うんだけど・・・」
何言ってるか全くわからない。何の話だ。
「東京のみんなは五島林っていう怪物が現れて、この半年間は物凄い危機感持ってここまでやってきたと思うんだよ。オレだって秋津という強敵に勝つって目標を、さらなる強敵の五島に勝つって目標に変えてた。だからここまで強くなれた」
何となく言いたい事を察する事が出来た。僕の鈍感も少しは直ってきたのかもしれない。
「五島は怪我でいなくなったけど。あの危機感は全然無駄じゃなかったんだな。オレがここまで強くなれたのは五島のおかげだって気がしてきたよ」
「じゃあ今度、その話、五島にしてやれよ」
牧野が冷たくそう言うと名高はニヤリと笑った。
「いや、ここまで来れたのは英太と牧野のおかげかも」
「ウソくせー」
牧野がそう言い笑うと名高も笑った。
「ま、見ててくれよ」
コールタイムのアナウンスが入り、名高はスタート地点へと駆けだした。
試合はサラリと始まった。支部予選会の時から何も変わらない形式で。
もっと、もったいつけて欲しいくらいサラリと。
一週目から凄まじいペースで走る選手達。あまりのペースに、名高はおろか秋津や相良でさえ集団の真ん中くらいを走っていた。
こんなペースで走り続けられる訳が無いと思っていたのに、先頭集団はそのままのペースで1キロ、2キロと走って行く。
「名高ー!!」
スタートしてすぐに僕と牧野は多摩境高校の陣営に向かって歩きながら応援をしていた。
「こいつら、バケモンか」
あの名高が集団の中盤より少し後ろを走っているのだ。八重嶋翔平と並んで走っているから名高の調子が悪い訳じゃなさそうだ。みんながみんな、名高より速く走っているのだ。
「信じらんない・・・」
僕は息を呑んだ。関東に来るヤツらってこんなに凄いのか・・・と。
集団からは次々と脱落者が出て行く。その中には西隆登もいた。東京都大会のゴール直前で僕を抜かして関東へ進んだ選手だ。
「西でさえもう遅れだすのか」
暑い日だといのに寒気がした。ふと右手を見ると鳥肌が立っていた。
名高はまだ生き残っている。もうこれは応援する以外に僕らには何も出来ないので声を枯らして叫ぶ。
自分の声がどんどんおかしくなっていくのが判ったけれど、それでも叫んだ。
「名高ファイトー!!」
多摩境高校の陣営に辿り着くと、試合はあと1キロというところまで進んでいた。
ここで集団は一気にバラバラになった。まるで何かの合図で動き出したかの様に一斉に形を変えた。
数人の選手がそのまま走り続けただけで、ほとんどの選手が一気に遅れだしたのだ。
生き残っている中には秋津と相良がいた。しかし赤沢や香澄や八重嶋は一気にペースダウンしていた。
ここまでのハイペースで体力を使い果たしたのだ。それが残り一キロを切ったという事をキッカケに精神的に崩れた・・・のかなあ。
「名高は!?」
剛塚の太い叫びが聞こえ、名高を探す。
名高もペースダウンしてはいたが、他の選手達よりかはペースを保っている。
そこからの名高の走りはまさに伝説に残る走りだった。
多摩境高校陸上部の伝説として語り継がれて行く、会心の走りだ。
すでに名高は全体の20位あたりを走っていて、全国大会行きは絶望的だった。
だけど、名高の不屈の精神は最後の最後まで僕らを沸かせた。
一人、また一人と、選手を抜いて行く。そしてすぐまた一人、また一人と。
各地の強豪選手をまるで仕留めるかの様に静かに静かに抜いて行った。
香澄を抜き、八重嶋を抜いた。
横に並ぶ時間なんて与えない。一瞬にしてスルリと抜いて行く。
赤沢を抜く時でさえ、なんて事のない出来事かの様だった。
その順位は一気に上がり、十位まで登っていた。
多摩境高校の陣営からは悲鳴に近い声援が上がっていた。
名高、名高、と。
最後に僕らの前を名高が通過した時、名高の体からエネルギーが放射されているのが見えた様に思えた。それほど全てを懸けて走っているのだ。
ゴールラインをまたいだ時、名高の順位は十位のままだった。
それなのに、僕らは自然と拍手をした。
誰かと言い合わせてしたのではない。名高のゴールシーンを見たら、本当に自然と手がそう動いいたんだ。
名高涼。後に有名選手になるであろうあの男が試合で拍手をさせた最初の出来事だった。
空の下で「熱の部」 全てを懸けて END
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「いや、オレ無理だって!絶対無理!こんな話聞いてないし!」
暑苦しい堀之内駅のホームで牧野が必死な表情で僕に「無理無理」と訴えている。あんまり首を横に振り続けるので制服の夏のYシャツが乱れ出している。
「聞いてないはず無いよ。旅のしおりに書いてあるし」
僕が大きなドラムバックからシワシワになった旅のしおりを出すと牧野は「うるせえ!」と怒鳴った。
「オレは船で行く!」
「北海道まで?」
「船旅にはロマンがある。時間かかっても楽しいだろ!」
今日から僕ら多摩境高校三年生は修学旅行で北海道に行く事になっている。
三泊四日の高校生活最大にして一番記憶に残るであろう行事だ。
なのに牧野が騒ぐ理由は、飛行機に乗りたくないという事だ。
「人間が空に飛び出すのはおかしい!鉄の塊が飛ぶのは理解に苦しむ!!」
今日の朝になって牧野がそう電話してきた。今頃になって旅のしおりを読んで旅の道のりを知ったらしい。
集合場所、朝九時半、羽田空港。
そういう一行を見て電話してきたらしいのだけど、計画が変わる訳もない。
仕方ないから僕は未華にメールしたら、すぐに未華から牧野の携帯に電話がかかってきた。
『牧野!早くいこうよ!』
「お、おう」
なんだよ急に!僕の説得じゃ駄目で、未華なら一言でOKかよ!!
実は、飛行機に乗るのは初めてだ。
なので羽田空港から飛行機が飛び立つ時、あの独特の重力に冷や汗をかいた。
なのに牧野は「うわ、コレめっちゃ楽しい!」などとはしゃぎ大声を出して先生に注意されていた。怖がってたの誰だよ・・・。
空から見る景色っていうのは初めてだったので、僕は窓からずうっと本州を眺めていた。
「家、小さい・・・」
「あ、暑いけど・・・?」
函館空港に降り、空港ロビーから外に出ると、意外な暑さが僕らを待ち受けていた。
涼しいー!と叫びたかった僕としては「何だよウソつき」って誰かに言いたくなった。
同じクラスの剛塚がボソリと「今日たまたま暑い日らしいぜ」と教えてくれた。
まあ今はもう七月中旬だ。いくら北海道とはいえ暑い日くらいはあるのかもしれない。それでも湿度が全然無いのが気持ち良かった。
「バスに乗れー」
学年主任の先生がメガホンをキーンとハウリングさせながら叫び、僕らは空港から観光バスに乗り込んだ。
バスは各クラスごとに用意されていた。僕ら三年生は五クラスあるから五台の観光バスが列をなして進む訳だ。
「ようこそ北海道へ!私は北海道アンダースカイ観光のバスガイド、宮咲といいます。これから四日間みんなと一緒に北海道をまわって行きますのでどうぞよろしくお願いします!運転手はこの道三十年のベテラン、小松原さんです!」
何だかやたらと童顔でかわいいバスガイドさんがマイクを持ったので、クラスの男子達は「おお!」だの「かわいい!!」だの「いい旅になりそう」だの口々に騒ぎ出した。
「宮咲さん、何歳ですかー?」
クラスのお調子者がそう聞くと宮咲さんはニコッと笑い「まずは函館北部にある五稜郭へとバスは向かいます」と言った。
「宮咲さーん、彼氏いるんですかー?」
「五稜郭は1857年、安政四年から蘭学者の武田斐三郎によって七年もの歳月をかけて作られた日本初の洋式の城郭です。城郭と言っても現在は広大な公園として一般に公開されていて・・・」
宮咲さんはクラスのお調子者の言葉にキチンと笑顔や会釈をしながらも五稜郭の説明を続けて行く。こういう修学旅行の学生の相手にも慣れているんだろう。
「旅行だからって浮かれるなよ。なあ英太」
何故かバスでは隣同士になった剛塚が窓から外を眺めながら呟いた。本当は僕が窓側に座りたかったけど・・・。
五稜郭に到着すると、一時間半の自由行動となった。とはいえ五稜郭の歴史をレポートにして提出するという決まりがあるので遊んでばかりはいられない。
僕は剛塚と他の生徒二人と一緒に五稜郭を歩く事にした。
一人はサトルというサッカー部の部長で、ちょっと調子のいいヤツだ。さっきバスガイドの宮咲さんにからんでいた男でもある。ちなみに柏木直人とは仲がいいらしい。
もう一人は映画同好会に所属でゲームマニアの時任だ。けしてオタクではなくてマニアだというのが口癖の理屈っぽい男だけれど意外と爽やかなやつだ。
「おい英太、サトル、時任。早く見学行こうぜ」
剛塚はそう言ってさっさとバスから離れ出し、僕とサトルはそれを追い、時任は「待って待って、資料資料」とか言いながらインターネットでダウンロードしたらしい五稜郭の資料を手にする。
「何だよ時任。映画とゲーム好きなくせに五稜郭の資料まで持ってるのか」
「五稜郭を題材に使ったCG映画があるからね。観光用の動画だけど」
「へえ、さすがマニ男」
剛塚は明らかに元不良なのに、こういう時任みたいなマニアックな男とも対等に付き合う気持ち良い男だ。でも口の悪さは相変わらずだ。
「いいからさっさと行こうよ。じれったいって!」
サトルはすでに走りだしそうな勢いだ。
「はいはい」
僕は冷めた返事をしながら歩きだした。
五稜郭を回った後は市電に乗って元町へと向かった。元町からさらにロープウェイに乗ると百万ドルの夜景で有名な函館山だ。
とはいえ時刻は午後四時。夜景では無いので女子達はガッカリそうな表情をしていた。
丘が大好きなくるみが景色を眺めながらポカーンとしているのを見た。残念なのかなと思って話しかけたら、そうではなくて二度と来ないかもしれない景色を心に焼きつけていたという事だった。「焼きつけるのに少し時間がかかるんだ。昔の写真みたく」だって。変わったコだ。
「ねえ英太くん」
「ん?」
「札幌ってさ自由行動あるよね?」
「ああ、どのクラスの誰とでも行動していいらしいよ」
「予定ある?」
「え・・・?」
牧野とか日比谷の顔が浮かんだけどすぐ消した。
「無いよ。い、一緒に行動する?」
「え?あ・・・うん」
その日は一日ドキドキが止まらなかった。
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ぽやーっとしたまま初日が過ぎ去ってしまった。理由はただ一つ、昼間に函館山でくるみとのやりとりだ。
「札幌って自由行動あるよね」
そう言われ、なりゆきとはいえこう返してしまった。
「一緒に行動する?」
我ながらよく言ったもんだと思う。普段だったらこんな事は絶対に言えない。修学旅行っていう独特の雰囲気が僕にちょっとした度胸と勢いをくれたのかもしれない。
「え?あ、うん、いいよ」
ちょっと目を泳がせながら答えたくるみを見て僕が飛びあがりたい程テンションが上がった。
出来る事なら「よっしゃー!」とか「好きだー!」とか函館山から叫んでみたいが、そんなの単なるアホだ。気持ち悪い。
函館山ではそこへ田中ちゃんなるぽっちゃり系の女子が来て、くるみは田中ちゃんと一緒に歩いて行ってしまった。
くるみはよく田中ちゃんという吹奏楽部の女子と一緒に行動しているのを見る。きっとあの田中ちゃんという女子は、くるみが誰の事を好きだとかいうのを知っているに違いない。
その田中ちゃんが去り際にほんの少しだけ僕の方を見たのに気付いた。
でも、その視線の意味するところは僕にはわからなかった。
函館山の観光の後は、市内のホテルにバスで移動だ。
バスに乗り込むと担任の栃木先生がバスガイドの宮咲サンにデレデレしながら会話しているのが見えた。
「エロオヤジ」
僕の一つ前の列に座っているサトルがそう呟いたのが聞こえた。
「ほっとけよサトル。それよりゲームやろうぜ。ボンテンドーDS」
サトルの隣にいる時任がポータブルゲーム機を二台取り出し、二人はゲームをやりだした。バス移動中ってゲーム禁止じゃなかったか?
バスは函館山を出て市街をゆっくりと走ってゆく。
同じ日本だというのにコンビニエンスストアやガソリンスタンドには見慣れないマークが付いていたりする。地域が変わるとチェーン店も変わるんだと妙に感心しながら景色を眺める。
くるみと自由行動をする札幌ってどんな街なんだろ・・・。
「オイ英太」
隣に座る剛塚が低くて太い声を出した。なんとなく機嫌が悪そうな声だ。
「な、なに剛塚」
「栃木の野郎、あのバスガイドになれなれし過ぎないか?」
言われて少し立ちあがってバスの前方を見ると、栃木先生が宮咲サンの肩をたたいて笑っているところだった。
四十過ぎのオジサンが若い美人ガイドさんの隣に座ってテンションが上がっちゃってる感じだ。
「まあ、確かに」
「ウゼエよな」
「まあ、確かに」
「これ以上エロオヤジ化する様だったら、俺、栃木の野郎を止めてくるや。宮咲さんも嫌そうだしよ」
「まあ、確かに」
「英太、お前もっと真剣に考えろよ」
「まあ、確かに」
剛塚はやたらと憤慨している。
「もしかして剛塚、あのガイドさんお気に入り?」
余計なひと言だったか。剛塚は鋭い目つきのまま視線を栃木先生から僕の方に向けた。
「だったら何だ」
「い、いや・・・。何でもない」
剛塚ってば年上が好みだったんだ。
ホテルは函館市の歓楽街からは少し外れたところにあるわりと立派な建物だった。
正面玄関前にバスが止められて、僕らはバスを降りた。
「今日一日お疲れ様でしたっ!」
調子のいいサトルが運転手さんと宮咲さんにそう言って降りて行き、剛塚は「ども」とか宮咲さんに一声かけて降りた。
何が「ども」だ。話したいならもっと話せばいいのに。・・・と他人の事言えないか。
僕らは15階建ホテルの7階と8階の部屋に散らばった。
僕は剛塚とサトルと時任の四人部屋だ。707号室という部屋番号を見てサトルが騒ぎ出す。
「なんとなく!なんとなくラッキナンバー!!」
「静かにしろ」
剛塚に言われしょぼんとするサトルをほったらかして僕らは部屋に入った。
「せま」
入室最初に時任が言った言葉が今の一言だ。四人で泊まるにしちゃやたらと狭い。
最初、修学旅行で四人部屋だなんて贅沢かと思っていたけど、なるほどこういう事だったか。
「まあいいや。ボンテンドーDSやるくらいは出来るし」
「ボンテンドーDSのDSって何の略だっけ」
「どっちもスクリーン」
「へえ」
思わずくだらない会話をしてしまう程、部屋の狭さにテンションが下がった。
夕食は2階にある宴会場みたいな大部屋で学年全員が一緒にバイキングを漁った。
ここにこんなスペースがあるなら一部屋の広さをもっと作ってほしいところだ。
きょろきょろとくるみの姿を探してみたけど、生徒が多すぎてわからなかった。
どこかのクラスの生徒が悪ノリで騒ぎ出したが、五月先生に睨まれると静かになった。
あの先生の異様な迫力はどこから来るものなんだろうか。僕の個人的な予想だと、五月先生はかなりの修羅場をくぐってきた人なんじゃないかと思う。例えば高校時代は相当な暴れん坊で、高校と高校の抗争に関わっていたとか・・・。考えすぎかな?
夕食を終え、大浴場でお風呂に入り、ちょっと眠くなりつつ部屋に戻る。
消灯時間は午後十時となっているけど、誰もそんな時間に寝るヤツなんていやしない。
一応、部屋の電気は消して布団に入ってみたものの、やはりサトルあたりからしゃべりだした。
それもと唐突に、変な話題を振ってきた。
「英太ってさ」
「ん?」
「若井くるみってコが好きなんだろ?陸上部の」
「え?あ、うん。よく知ってるね」
「サッカー部の友達が言ってた」
柏木直人か。あいつ、余計な事を。
「それでさ・・・。オレ、多分、おせっかいな事を言うのかもしんないけどさ」
ドキリとした。サトルのやつ、一体何を言い出す気なんだ?
「その、くるみさん?多分、好きな人いると思うよ」
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「え・・・え・・・?」
マヌケな裏声が電灯の消えた狭い部屋に妙にコダマした。
サトルが急に核心に迫る様な事を言い出すからだ。
「聞こえなかった?くるみさん、多分ね、好きな人がいるね」
何故だか得意げにそう言いきるサトル。電灯が消えているからよく見えないけど、多分布団にくるまりながらニヤケてそう言っているに違いない。
ガバッと上半身だけ起き上がり、僕は「どういう事?」と半ばパニック状態で聞いた。
僕ら四人は並んで四つの布団をひいていて、僕は一番廊下側だ。時任を挟んで向こう側にサトルは寝ている。その向こうの一番窓側が剛塚だ。
「どういう事って言ってもな。そう感じただけだよ。男の直感ってやつ?」
「お、女の直感ならわかるけど・・・」
くだらないツッコミを入れている場合じゃあない。さらにサトルを問いただそうとすると、間に寝ていた時任がムクリと上半身を起こした。
「サトル、英太をからかい過ぎ」
「からかってる訳じゃねえって」
「じゃあ何を根拠にそんな事言うんだよ。英太がかわいそうだろ」
かわいそうという単語が出て涙が出そうになった。なんかいじめられっ子になったみたいな気分だ。
部屋が静かになる。剛塚は黙ったまま寝転がっているが起きている気配はある。
時任が再び布団に寝転がったので僕も続いた。
枕に頭を乗せて天井を見る。暗闇だけれど、窓から入ってくる街の明かりでぼんやりと天井が見えた。
ややあってサトルがいつもとは違うテンションの無い声で話し出した。
「オレさ」
「ん?」
「自分の恋愛がうまく行ってないからさ。ちょっと英太をからかいたくなっちったんだ。ごめん」
すぐさま時任が「やっぱからかったんじゃねーか」と言う。
「いや、いいよ別に。ちょっとムカついたけど・・・」
「悪い」
また沈黙だ。どこか近くの部屋で「革命!!」と叫ぶのが聞こえた。トランプでもしているんだろう。あんな大声出したら先生に見つかるっての。
「サトルって彼女とうまく行ってないの?」
時任が聞くとサトルは「うまくは行ってるんだけど・・・」と言いゴソゴソと寝返りを打った。
「オレの事は好きみたいなんだけどさ。もっと好きなヤツがいるっぽい。オレ、第二位」
「ひゃー」
時任がマヌケな相槌を打った。
「だ、誰が好きなのかわかるの?」
何だかガールズトークみたいな事を聞いてしまった。しかもその答えを聞いてブッと吹き出してしまう。
「柏木直人」
「ぶ!!」
あいつ・・・相変わらずの人気だな・・・。嫌な奴だよホント。
「時任は彼女とか出来ないのかよ」
サトルは急に話題を時任に変えた。あまり柏木の事は考えたくないらしい。
「オレはゲームがあればいいや」
「二次元なヤツ」
「二次元にも恋愛ゲームってのがあるんだぜ。しかも立体感はある」
「はいはい」
そんな事を言いながらも時任は多分、あの田中ちゃんという女子が好きな気がする。普段の行動を見ているとそう思える。だってよく目でチラリと追っているもの。
でも田中ちゃんという女子は吹奏楽部のOBと付き合っているという噂だから、みんな恋愛では苦労する事になる。
「で、英太はさ」
サトルが話を僕に戻した。
「くるみさんとは上手くいきそうなの?」
「んー。上手く・・・いきそうな気はほんのちょっぴりはする」
とんでもない勢いでサトルが飛び起きた。
「それは何パーセントの確率でだ?!!」
「5パーセントくらい」
「・・・んだよ」
サトルは一気にトーンダウンしてあぐらをかいた。
「でもさ。ゼロパーセントじゃあ無いんだね」
時任が羨ましそうな声を出した。ちょっと気持ち悪い。
「可能性がさ、ゼロじゃあ無いんなら、希望はあるんだよね。だから英太は、ほんのちょっぴり上手くいけそうな気がするんでしょ?」
「う、うん」
「じゃあさ、もう決めちゃいなよ」
「な、何を?」
「勝ちか、負けか。この修学旅行中に」
ドキリとした。ゲームばっかの時任がこんな積極的な事を言い出すとは思わなかった。時任の言葉で心臓の鼓動が激しくなるなんて・・・不覚だ。
「ゲームにだって最後は勝敗が着くんだよ。しかもそれは自分で勝敗を着けなくちゃいけないんだ。恋愛だって一緒だよ英太」
「そ、そうかな」
何かいい事を言われる様な、そうでもない様な、時任って何なんだ。
「そうだよ。決着つける時だよ。もう長いんでしょ?片思い」
「両想いかもしれないでしょ」
言って自分で恥ずかしくなった。何が両想いだ。
「・・・決着・・・か」
そう言ったのはサトルだ。サトルはそのまま寝転がった。
「決着ね」
僕もそう言い目を閉じた。
「決着・・・」
最後にそう言ったのは時任・・・か?剛塚だった様な気もする。
ここで会話はなくなり、ボーイズトークは終演した。
僕の頭の中には札幌の自由行動の時どうするか、という事が一晩中繰り広げられていた。
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バスは五台の列をなして山道の中を進んで行く。
北海道修学旅行の二日目だ。今日は初日と違ってえらく涼しい風が吹いている。おまけに湿度というのがあまりない。カラッと晴れていて、とても七月下旬とは思えなかった。
バスガイドの宮咲さんがマイク片手に今日も観光案内を入れて行く。
途中サトルがまたも「彼氏いないんですかー」と聞いたら、逆に「キミは彼女いるのー?」と返されてサトルは真っ赤になっていた。
「あ、いるんだ」
宮咲さんがニコッと笑うと女子からは「かわいいー!」の声が上がった。
確かにかわいい。宮咲さんは多分、二十五歳くらいだと思うけど、僕らから見ても童顔でかわいらしい。それでいて大人の雰囲気もあるからそりゃ人気も出る。
「宮咲さんてかわいいよね」
隣に座る剛塚に言うと「くるみに怒られるぞ」と返された。そんな言い方無いでしょ。
バスは昼食休憩を挟んで旭川市に到着した。
旭川は当初は修学旅行のコースに含まれてはいなかったのだけど、生徒会が頑張って旭山動物園をコースに入れてくれた。
ここは画期的なアイデアを次から次へと導入して大成功した動物園だ。その成功のプロセスをレポートしろという課題が付いたけど、それ以上にホントに楽しめた。
僕は今日も剛塚とサトルと時任の四人で歩く。
園内はすごい数の観光客でごったがえしてはいるけれど、超人気の動物のコーナーに行かなければそれなりに見て回れた。
てっきり白クマとかペンギンとか、白い生き物ばかりかと思っていたんだけど意外にもライオンとかもいて、小学生みたいに「うお!ライオンだ!」とか叫んでしまった。
「ホントだ、すげー!!」
サトルも大きな歓声を上げていた。
今日は半日かけて旭山動物園を回っていていいので、一通り見て回ったところで四人で休憩スペースのベンチに腰を降ろした。
小さな丸いテーブルを四人で囲む形になり、それぞれ買ってきたジュースを飲む。
「やっぱ夏は炭酸だな」
剛塚が500ミリリットルのサイダーを一気にグビグビっと飲む。
「くはあ!サイダーもいいけどビール飲みてえな!!」
「それは問題発言」
テンション上がり気味の剛塚に時任がツッコム。
「細かい男だ」
グシャリと音をたててサイダーの缶を握りつぶし、「そういや英太、聞いたか」と視線を向けて来た。
「何を」
「名高のヤツ、今日の朝、ホテルの周りを走ってたらしいぜ。朝練だ」
「あ、朝練?修学旅行に来てまで?」
僕が大声を出し、サトルは「いかれてんぞソイツ」と呟いた。
「あいつ、関東大会で敗退しただろ。きっと全国に進んだ秋津伸吾に追いつきたくて練習してんだよ」
剛塚の分析は正しいと思えた。名高は秋津伸吾に強いライバル心を抱いている。きっと秋の駅伝大会で勝つために修学旅行中にまで特訓しているんだ。
名高と秋津が対決する事が確実視できるのは、残すところ東京高校駅伝大会しかない。今までずっと負けて来た名高にとって、これが最後の挑戦という事になるんだ。
「でもその名高って人、高校で陸上辞める訳?」
時任が素朴な疑問をぶつけてきた。それには僕が答える。
「ううん。大学に進んで、そこで陸上続けたいって言ってたよ。関東大会にまで進んだ実力だから、いくつかの大学から誘われてるみたいだし」
「だったら大学生になってからまた秋津って人に挑戦するって事も出来るじゃん」
「うーん、多分、高校時代に全敗のままじゃいられないんだと思う。そういうヤツなんだ、名高は」
「すごいね。ストイックだ」
時任はやたらと頷きながら感心している。
「英太とか剛塚はどうすんの?陸上」
サトルに言われて僕と剛塚を互いを見合った。
「オレは陸上は高校までだ。卒業したら建築とかやりてえし」
剛塚はためらいもなく言い切る。
「僕も高校までかな。大学で通用するレベルじゃないし」
「そっかあ」
サトルは少し寂しそうに空を見上げた。
「あと半年で卒業だな」
つられて僕らも視線を上に移した。青い空に小さな雲が浮かんでいた。
卒業・・・か。
いいかげんにその先の事を決めなくてはいけない時が迫っていた。
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旭山動物園で午後二時まで過ごし、僕らは再び北海道アンダースカイ観光のバスに乗り込んだ。
今日のバス移動はめちゃくちゃハードだ。信じられないレベルだと言っていい。
早朝に函館を出発し、午前十時過ぎに旭山動物園に到着。そこで数時間を過ごし、またも異動で次に向かうのは富良野だ。
途中、札幌を通過している事になる。
何故にこんな計画で動いているかというと、僕らの学校が旅行計画の依頼をしていた会社が今年の春に倒産したからだ。
長引く不況の影響だという事で、誰も文句は言えなかった。
そこで引き継ぎで北海道アンダースカイ観光が僕らの修学旅行を計画し直してくれたのだけど、何せ時期が迫っていてホテルが手配出来なかったため、函館・旭川・富良野・札幌・小樽の順で回るという何とも不効率な旅行となった。
「バス移動ばっか」
旭川でバスに乗り込む時、未華はため息をつきながらこぼした。
しかし僕らのバスの担当は、かわいい宮咲さんなので男子はご満悦そうだ。
バスは午後四時過ぎに富良野の町に到着した。
そのまま広大なラベンダー畑のあるファームに止まり、僕らをそこで久しぶりに自分の足で移動だ。
「くおー、疲れてしまったー!」
サトルが伸びをし、時任が「もう少しゲームしてても良かったけど」などと言い、剛塚は指の骨をバキボキゴキと鳴らした。
「ラベンダーの見ごろは毎年七月。つまり今です。ゆっくりじっくりと北海道を代表する景色を眺めてきてくださいね」
宮咲さんがバスの出口でそう言うのを聞きながら僕ら四人はファームを歩きだした。
駐車場から出てお土産物屋さんのある道を抜けると、広大なラベンダー畑が姿を現した。
広大な、という表現はこういう時に使うものだって確信できるくらい、広大だ。
綺麗な紫のラベンダーが辺り一面を覆い尽くしている。
それだけではない。ラベンダー以外にも様々な花がライン状に植えられていて、まるで虹色の畑になっているのだ。
「こういうの、牧野とか好きそうだよな」
剛塚が僕にそう言い、僕は頷いて答える。
「あいつ、ロマンチックなの好きだからね」
「未華ってそういうの好きなのか?」
「どうかなあ・・・」
牧野と未華は順調に交際を続けているらしい。部活が休みの日に横浜まで出かけて観覧車に乗ったと言っていた。
「あいつらさ・・・」
剛塚が腕を組んで難しい顔をして言う。
「したのかな」
「何を?」
「・・・」
ラベンダー畑の向こうからゴトンゴトンという音が聞こえてくる。
何かと思えば、畑の向こうに線路があり、そこを何やらレトロな茶色い電車が走って行くのが見えた。
機関車両が、四両だけの車両をゴトゴトと引っ張って行く。
「あれはノロッコ号だな」
時任が視線をノロッコ号なるものに向けながら話す。
「富良野と美瑛を繋ぐ列車だ。電車じゃあない、列車だ。トロッコを意識して作ってるらしくてさ、景色のいい場所まで進むとスピードを落としてくれるらしい」
「ゲームだけじゃなく電車まで詳しいのか」
「いや、ゲームほど詳しくない。ただ、乗り鉄には興味がある」
乗り鉄ってのは鉄道ファンのジャンル分けで電車に乗るのが好きな人達の事だ。他に撮り鉄とかがあるってテレビでやってた。
「なんで乗り鉄に興味あんの?」
「鉄子と知り合えるかもしれんだろ」
「鉄子?」
鉄子というのは・・・。まあ何でもいい。時任は鉄道の旅で女子と知り合いになりたいだけだ。
「おい、あっち行ってみようぜ」
サトルが叫び、僕らは少し登り坂になっている道を進んだ。
ほんのちょっとした丘になっていたので、くるみがいるかなって思ってたら、いた。
少し傾いた太陽に照らされたラベンダー畑をバックに、くるみは田中ちゃんと二人でぽけーっと立っていた。
少し吹いている風でくるみの肩まである髪の毛が揺れる。
よく見るとほんの少しだけ茶色に染めたらしい。明るい太陽の下でしかわからないくらい少しだけ。
くるみは僕に気付き、話しかけてきてくれた。
「ここ、いい景色だね」
「丘好きのくるみとしては何点くらいな丘?」
「うーん、100点・・・かな」
「満点じゃん!」
「だってさ、時間の流れも忘れるくらい綺麗な景色なんだもん」
言われて二人で景色を眺める。
いやに僕とくるみの距離が近くて僕の腕とくるみの肩がぶつかってしまった。
「あ、ごめん」
「う、ううん、いいよ」
互いに目を逸らして言い合う。ちょっと目は見れなかった。近すぎて照れ臭い。
「英太ー。行くぞー」
サトルに言われ僕がその場を去ろうとすると、くるみが「後でメールするね」と後ろから声をかけた。
「おまえさ」
富良野の宿泊先であるホテルに到着し、またも四人で部屋に入るとすぐにサトルが言いだした。
「なに?」
「英太、おまえさ、そろそろ告白しろよ!」
「こ、告白?」
サトルは僕に掴みかかりそうな勢いだ。
「くるみちゃん、絶対うまくいくって!さっき見ててオレ様は確信した!」
「そ、そうかなあ・・・」
「そうだよ!絶対そう!両想いだって!男からちゃんと言えよ。好きだって」
サトルの眼差しはいつになく真剣だった。
だからかもしれない。
明日の札幌の自由行動で、東京に帰ってからのデートに誘えたらいいなって考えていたのが、告白しようかなっていう考えに変わったのは。
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やって来ました!札幌!
味噌ラーメン、北海道牛乳使ったスイーツ!この二つは絶対に食べたい!
味噌ラーメン、北海道牛乳使ったスイーツ!この二つは絶対に食べたい!
思わず二回も言っちゃうくらい今回の旅行で目当てにしていたんだよね。味噌ラーメン大好きなんだもん。
ちなみに甘い物は全般的に好きなんだ。特にアイス系が好きで、唯一ダメなのは・・・無いかな?
北海道修学旅行の三日目だ。今日は富良野を出発して、札幌近くの白いお土産パークというトコに到着したところだ。
宮咲さんが今日も軽快かつかわいい口調で「いってらっしゃい」と言うのを聞きながら一行はパークへと降り立った。
ここで見るのは工場見学だ。全国的に売れているチョコレート菓子の制作過程を見学するという女子や僕の様なスイーツ大好き男子にはたまらないコースだ。
「英太、お前スイーツなんか好きなのかよ。草食系だな。ガッカリだよ」
一緒に見学するのはこの旅行ではいつも同じサトルと時任と剛塚で、サトルはいきなり僕をバカにしてきたという訳だ。
「なんでだよ。別に甘いの好きでもいいでしょ。草食系って言われるのは体育部としては嫌だけど」
「そうだよ。体育部なんだからさ。もっと肉とか言えよ」
サトルは何故だか力説する。
そんなサトルの言葉はあまり聞かずに、僕は制作過程を熱心に見て回った。
勢いそのまま、ここで作られているチョコレート菓子を買いすぎて、バスに戻る時やたらと重い目に遭った。
再びバスに乗り、走りだしたところで担任の栃木先生が車内マイクを持った。
「えー、じゃあお知らせだ」
車内からは「なんだよ宮咲さんの声じゃないのかよー」というボヤキが聞こえる。
「次の札幌は一時に着いて午後六時までの自由行動となる。ただし夕食は宿泊先のホテルで食べる事になっているから昼食は食べても夕食は食べない事。それと渡してあるパンフレットに乗ってるエリアからは外に出ない様に。集合は午後六時に北海道庁旧本庁舎だ」
その後も栃木先生は何やら説明を続けたけど、僕はいよいよ緊張してきていて話は聞いてなかった。
昨日の夜、くるみからメールが届いたのは八時くらいだった。
『明日、こっそりと札幌を抜け出そうよ』
なんという大胆な事を言うコだろう。不良じゃあるまいし。
なんて思ったけれど、くるみって意外と大胆な行動をするのはよく知っている。行動力があるというか。
一年生の時には二人で学校近くのカフェの裏に、雪沢先輩の密会を「盗み見」しに行った事あるし、二年生の時には部活から逃げた僕を追って山梨県まで行こうと言いだしたくらいだ。
そして今回は自由行動の範囲である札幌市街を抜けだそうと言うのである。
不安とワクワク感でいっぱいになった気持ちを抑えつつ、僕はバスを降りた。
「じゃあ僕は一緒に行動するヤツがいるから・・・」
今までずっと一緒に行動していたサトルと時任と剛塚に向かってそう言うと、サトルが「うお!」という低い声を出した。
「お前、まさか・・・」
「くるみちゃん??」
オタクの時任にちゃん着けされるのはちょっとキモイけど「まあ、そう」と答える。
するとサトルと時任は「うおーー!」とか「マジかー!」とか叫んだ。
「自由行動、夜だったら良かったのにな!」
サトルがいやらしい笑みを浮かべる。
と思ったらいきなり真顔になった。
「英太、頑張れよ」
時任も「悔しいけど応援してる」と言い、剛塚は「大丈夫だろ」と言った。
「何とか・・・してくる」
そう言った時、僕はもう心の中では告白すると決めていた。
なんで修学旅行中に告白するヤツが多いのか?そんな事で成功率が上がるのか?そんな事は知らない。でもやっぱり知らない土地にいるという高揚感がそうさせるのかもしれない。
とはいえ・・・。
くるみと落ち合うのは昼食後という約束になっていた。くるみは田中ちゃんとスープカレーを食べる予定があるのだという。
そこで僕は仕方なく牧野と日比谷との三人で味噌ラーメン屋に入っていた。
そのお店は修学旅行前から僕が目を着けていたお店で、かなりの人気店という事で今日も並んでいたが、回転率がいいのかすぐに座る事が出来た。
「うわーうまい!スッゲスッゲ!!」
運ばれてきた味噌ラーメンは見た目からして美味しそうな色をしていて、見た瞬間から日比谷は大騒ぎだ。
「ぐおー!!うまし!!」
牧野は食べながら叫ぶからマナー悪し。
しかし本当に美味しい店だった。毎日通いたくなる様な味だ。満足以外、何の言葉も出ない。
「しかし英太・・・」
「ん?」
「コクる前にラーメンかよ・・・」
店を出たところで牧野が呆れた声を出した。
「ちゃんと歯を磨いてから行けよ」
「別にいいじゃん」
「だってお前・・・もし、その、なんだ?うまく行ったとして。その、チューとか・・・あ、いや」
言っていて恥ずかしいなら言わないでほしい。ただでさえ緊張しているんだから。
「まあ何だ」
ゴホンと咳払いをして牧野は真顔になった。さっきのサトルみたいだ。
「長年、英太とくるみを見てきた俺としては、うまくいってほしいよ。まあ俺はもう随分前に謎は解けちゃっているからな」
「謎?」
「そう。英太が山梨に逃亡してさ、帰ってきた時に解けた謎」
そういえばあの時、牧野はそんな事を言っていた様な記憶がある。でもあれから約一年だ。そんな昔の話が一体何だというのか。
「行って来い。出来る事ならいい結果を待ってる」
「スッゲ・・・、なんか青春みてーだ」
日比谷は言葉はふざけてるけど笑ってはいなかった。
「うん、頑張ってみる」
そう言って僕は牧野と日比谷と別れた。
心臓は高鳴っていた。まるで5000mの試合の直後みたいに。
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自由行動の後に集合するのは午後六時に北海道庁・旧本庁舎だ。
なので午後三時過ぎにここに行ってもうちの高校の人間は誰一人としていなかった。
予想していた通りだ。だから僕とくるみはここを待ち合わせ場所に選んだんだ。
この旧本庁舎という場所は明治政府が当時使っていた赤れんがで出来た建物を中心とした公園で、今は赤れんがの建物も建て替えられているのだけど、札幌中心部の観光スポットとして有名らしい。
赤れんがの建物は夏の日差しを受けて堂々と立っていて、その前にある庭の様な場所には池があり、その池にかかる木製の小さな橋の上で、池をのぞいているくるみを見つけた。
「お待たせ」
ちょっと駆け寄ってくるみに声をかけると、くるみはビクッとしてこちらを向いた。
「わ、びっくりした。思ったより早かったね」
「そう?」
待ち合わせは午後三時だ。直前に見た携帯電話の待ち受けには二時五十分という時間が出ていたからそんなに早い訳でもない。
「ここ、すごい建物だねえ」
くるみは少し伸びて肩までかかっている髪を手で耳に乗せながら言った。
二人で赤れんがの建物を見上げると、太陽が眩しかった。
見上げているくるみを少しチラ見する。
いつもと何も違うところは無い。見慣れた制服のスカートと白いブラウス。今日もノーメイクだけれど、それがまた純粋そうに見えて好きだ。
好きだ?
告白する前から何を考えているんだか・・・。暴走しない様に気をつけなくちゃ。
「ここさ、夜はライトアップするんだって」
僕がガイドブックに載っていた事を言うと、「らしいね」と返された。知ってたか・・・。
「見てみたかったけど、修学旅行中じゃあ無理だよね。夜も自由行動にしてくれたらいいのにね」
くるみは相変わらず赤れんがの建物を見上げたまま言う。
かと思ったらカバンからガイドマップを取り出した。書店にズラッと並んでいるよく見る観光ガイドだ。
「それでね英太くん。今日さ、ここに行きたいんだ」
一歩近づいてガイドブックを二人で覗き込むと、そこには羊ヶ丘展望台という文字が大きく書かれていて、札幌を見降ろす角度の草原の写真が載せられていた。
「ベタって思った?」
「え?」
「こいつ、いっつも丘だなあって思ったでしょ」
言われて僕は吹き出してしまった。
「ちょっと思った」
「あー。嫌な感じー」
ふてくされた声と表情でこっちを見てきたけど、近すぎて目を逸らした。
昨日もそうだったけど、くるみとこんなに近くで目を合わせる事が出来ない。
「それでね、英太くん。自由行動は札幌市街って言われてるんだよ。でも羊ヶ丘展望台は地下鉄に乗ってちょっと行った駅にあるんだ。ルール違反になるんだけど・・・平気?」
「平気平気」
「先生に見つかったら凄い怒られると思うよ?」
「全然平気だって」
「ホント?もしバレて怒られたら、私にムリヤリ連れてこられたって言っていいからね」
「それはちょっと無理ある・・・」
僕らは旧本庁舎のある公園を出て地下鉄の駅へと歩いた。
何人か多摩境高校のヤツらとスレ違ったけど、幸いな事に特に誰かに声をかけられる事は無かった。
さすがに地下鉄の駅に入る時は二人して周りをうかがったけど、誰も知り合いは見当たらなかった。
知らない地下鉄に乗り込むと空いていたので、二人で並んでイスに座った。
ガタゴトと大きな音の鳴る車内では会話はよく聞こえないので、座ったまま黙っていた。
隣に座るのは緊張した。電車の揺れで僕の腕とくるみの腕がたまに触れた。
半袖なので直接触れてしまうくるみの肌は柔らかかった。
福住という駅で地下鉄を降りて、地上に出ると「このバスに乗るんだよ」とくるみが言い、路線バスに乗り込んだ。
ここでは観光客が大勢いたので自動ドア沿いで吊皮に掴まって立つ事となった。
くるみは吊皮が高いらしく何にも掴まっていなかったけど、バスが角を曲がる時に大きく揺れ、僕が肩からかけているカバンに掴まったりしていた。
ただ単にそれだけの事なのに、頼られている様な気持ちになって嬉しくなる。
バカらしいけど、そんなもんだ。男なんて。いや、相原英太なんて。と考える。
そうして羊ヶ丘展望台に到着するとすでに四時を少し回っていた。
「着いたね」
のどかだった。
大きな大きな草原の一角にちょっとした丘があり、そこにオシャレなレストハウスや資料館などが数軒あるだけの場所だった。
この展望台を作ったというクラーク博士の銅像の周りに数人の観光客がいたけど、それ以外の人達はレストハウスや資料館に入って行った様子で、人もまばらに感じられて、静かだった。
はるか遠くには札幌の街並みが小さく見えていて、その手前には札幌ドームがあった。
「ひろーい」
くるみは思い切り伸びをした。伸ばし過ぎて制服のブラウスの下からちょっとお腹が見えたのでまたも目を逸らす。
ドキドキしっぱなしだった。
バスでカバンを掴まれた時から。
いや、地下鉄で腕が触れた時から?
旧本庁舎でくるみの姿を見た時から?
自由行動で二人でいる事になった時から?
ううん、そうじゃない。もっとずっとずっと前から、くるみの事を考えるだけでドキドキする日々だった気がする。
インターハイ予選を一緒に頑張ってる時だって、去年嫌われたと思ってた時だって、好きだって認めた時だって、一緒にお茶した時だって、盗み見をした時だって、いや、きっと初めて会った時からずっと、くるみの事を考えてる時は他の何かをしている時とは違うドキドキ感があったんだ。
そして今、その気持ちは今までで最高潮を迎えている。
言おう。
そう思った。
「くるみ」
何故かかすれた声が出たけど、くるみをこっちを向いてくれた。
「ん?」
呼吸がままならない気がした。おかげで少し間が空いてしまい、くるみの方から言葉が出てきた。
「ねえ英太くん」
「え?」
「ちょっと、座って話したいな」
そう言ってくるみを展望台のベンチを指差した。
これが、いい思い出のベンチになるのか、悪い思い出のベンチになるのか。そんな事を考えながら僕らは腰を降ろした。
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