空の下で ~春~ 目次
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地区予選二日目。
昨日は雪沢センパイ、穴川センパイともに予選突破したし、部長の中尾センパイも100mでぶっちぎりの一位だったので今日は気持ちが少し軽い。
その中尾センパイ、午前中にさっさと都大会行きを決めた。
100mは準決勝があって、組で2位。
決勝も3位で通過して、都大会進出だ。
お祝いムードで午後になり、5000mの決勝の時間になった。
30人出場で8人だけが都大会に進める。
レースが開始されると大塚未華を筆頭にみんなで大声を張り上げた。
自分は出場できない。
でも応援することはできる。
正直、応援が力になるのかどうか、ぼくにはわからない。
吹奏楽部の演奏会の時、応援されすぎてプレッシャーを感じて演奏中にお腹が痛くなった時もあった。
それでも今の僕には応援しかない。
「雪沢センパイ、ファイトー!穴川センパイ、ファイトー!」
選手は12回、ぼくらの前を通る。
そのたびにぼくは絶叫で応援した。
そういえばこんなに声を張り上げるのは、いつ以来だろう。
なんとなく入った陸上部だったのに、こんなに必死に声出して、ぼくを部に勧誘した雪沢センパイたちを応援している。
なんで?
一緒にいつも練習してるから?
わからないけど、なんでか必死で応援したくなったんだ。
なんとなく。じゃなくて必死で。
「センパイーーー!ラスト1周ですーーー!」
そんな応援が聞こえたのか、走ってる雪沢センパイが一瞬笑ったように見えた。
そして雪沢センパイは7位で都大会行きの切符を手に入れた。
穴川センパイは18位だった。
ゴールしてフラフラのまま喜ぶ雪沢センパイを遠目に見てぼくの心の中で何かが動いた。
胸を焦がす様な熱い何かだ。
後から思えばこの時がホントの始まりだった気がする。
この時、ぼくのランナーとしての心が始動しだしたんだ。
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5000mは今日が予選。明日が決勝となっている。
予選は3組あって、上位10人づつが決勝に進める。
そして明日の決勝では8人だけが都大会に進めるのだという。
雪沢センパイと穴川センパイは二人とも予選3組だ。
3組は36人出るらしいので、26人はここで落ちる。
ぼくら多摩境高校の陸上部はブルーシート上に集まって期待と不安をこめて予選3組の試合を見るのだ。
若井くるみが不安そうにぼくに言った。
「大丈夫かな。センパイ達」
ぼくは不安を消すために、やたら元気な声で答えた。
「ダイジョブっしょ。二人ともぼくらより全然早いし」
すると牧野がツッコむ。
「それってあんまり早そうに聞こえないし」
「しゃ、シャラップ!」
「欧米か」
牧野は最近お笑いに凝りだしたとか言ってた。
騒いでいると大塚未華が元気よく叫んだ。
「うおっしゃー!応援すんぞ、みんなー!」
その元気な声を合図にしたかのように3組のスタートを告げるピストルの音が響いた。
36人が一斉に走り出す。
400mトラックだから12週と半分走る戦いだ。
たった半周走っただけで何人か脱落してる。
すると牧野が叫ぶ。
「えー解説の英太さーん、これはどういう展開ですかねー」
「え?えと、そうですねー、えーとえーと・・・知らないよ!」
距離が進むにつれ、先頭集団から脱落者が増えていく。
と、先頭集団から5~6人が前に出た。
そこには雪沢センパイもいる。
それを見て若井くるみが叫んだ。
「あー、すごーい」
「くっ・・・」
何故か嫉妬する。何故か・・・。
その抜け出た集団もバラバラになり、一人ずつゴールしていった。
雪沢センパイは3位でゴール。確かにすごい。
そして穴川センパイは10位でゴール。ギリギリセーフでホッとした。
大塚未華が叫ぶ。
「アタシ達が応援したからかもよーーー」
ポジティブなやつだ。でもそれが大塚未華のいいとこか。
よかった、という雰囲気の中、名高だけは腕を組んで難しい顔をしていた。
「ギリギリかよ」
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雪沢センパイと穴川センパイが出るのは男子5000mだ。
二人とも去年は1500mにも出た事があるらしいのだが、5000mの方が順位が良いため、5000mだけに絞った形だ。
他にも短距離から何人かのセンパイが出場予定で、部長の中尾センパイは部長なだけに気合が入ってる。
「嵐よ吹け・・・」
中尾センパイはよくわからんセリフが多いのが困るけど。
ぼくら一年は誰も出場しないので、ひたすら雑用係だ。
最初に芝生席に大きなブルーシートを張って場所をとり
(これがまたシートが風に吹かれて大変な作業なのだ!)
シートの横には五人ほど入れるキャンプ用テントをたてる。
(部長とか顧問の先生しか入れない・・・)
あとは試合が開始されれば、レースが終わるたびにレースの記録が発表されるので、それを記録したりするんだけど
マジックで記録を羅列しただけのデカイ紙が正面ゲートに張り出されるだけなので、各校の記録係がみーんなそこに集まっちゃってて大変な騒ぎだ。
まるで東大の合格発表みたいに一喜一憂しながら記録するものだから騒がしいのなんのって、やってられん!
巨大電光掲示版とかでドドーンと表示してくれたらいいのに。サッカーの試合みたく。
しかも今日の記録係はぼくと名高・・・。
このイヤミっぽい名高と一日ずーっとペアを組むなんて。
「はーあ、今日の運勢は最悪か」
思わずつぶやくと名高に睨まれた。おまけに名高は
「記録係ってさ。記録すんのに夢中になって試合見れない時あるからやる気しないよな。しかも他人の記録ばっかだし」
とか愚痴を垂れる。
「やっぱ最悪」
記録している間にも試合は次々と進む。
次は雪沢センパイと穴川センパイが出る5000mだ。
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4月中は基本的な練習が続いた。
基本的な練習とは、要はジョックで60分だの80分だの走るとかで、ジョックの時間が短いかわりに1000メートルを全力で走る日もあったり、筋トレの日とかもあった。
特に1000メートルを全力で走った時は、実力の差がありありと出てしまうことになった。
やはり別格なのは雪沢センパイと名高で、続いて穴川センパイと天野、そして女子の大塚未華が続き、ぼくと牧野という順番で、あとのメンバーは歩いてゴールしてた。
ぼくはジョックでもレースでも女子に負けたことになるので、ガックリと肩を落として帰ることになる。
そうやって練習が続いていきゴールデンウィーク頃になると、60分走る例の小山内裏公園のコースも先頭集団についていけるようになっていたから、これがまた不思議なもんだ。
そうして練習を繰り返しっていった五月中旬。
この日は練習ではなくて、雪沢センパイと穴川センパイの地区予選大会を応援しにいく事となった。
地区予選大会は勝てば都大会に進める重要な大会らしい。
もっともっと勝っていけば全国大会に行けるわけだが、うちの学校はそういうレベルじゃあない。
雪沢センパイも去年、地区大会で敗退している。
でもあと一人抜かせば都大会に行けたらしく、それだけに今年は気合十分って感じだ。
その地区大会は八王子市の南大沢にある上柚木陸上競技場で行われる。
ぼくの住む堀之内からはすぐなので自転車で会場へ向かった。
「おおー、これが陸上競技場かー」
とても陸上部のぼくの発言とは思えないセリフだ。
それもそのはず、学校の校庭とはエラク違うのだ。当たり前だけど。
赤い色の400メートルトラック。その中には人口芝生のフィールド。
観客席は、ほぼ芝生席だけどメインの部分だけはベンチで作られたエリアもあった。
会場の立派さはもちろん、参加しに来ている人数に圧倒される。
400メートルトラックをかこんだスタンド席は、すごい広さだけどそれを埋め尽くす参加者たち。
ざっと数えて・・・数え切れるかよ!500人とかいるんじゃないの?
こんな中でセンパイ達は走るわけだ・・・・。
てゆーか・・・
「ぼくも走りたいな・・・」
それが本音だ。
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昨日あれだけ辛い思いをして60分走ったのに今日また60分走るという。
おまけに60分走ったあとに筋トレの時間まであるというのだ。
雪沢センパイがそれをみんなに伝えたとき、正直ぼくは馬鹿じゃないの?とか思った。
昨日あんなにギリギリだったんだから絶対にムリなメニューだ。
しかし嫌そうな顔をしたのは、ぽっちゃり大山とぼくぐらいなもんで他のメンバーは動じている様子は無かった。
それどころか名高なんてニヤリと笑ってこっちを見やがった。
なんなんだあいつは?
ああいう自信家ってのはヒジョーに腹が立つ。
そんな事を考えている間にまた大山内裏公園に向かって走り出す。
今日も10分かけて公園へ行き、公園内で40分走り、10分かけて学校へ戻るという昨日と何も変わらないコースだ。
やはり公園に着いてから順に何人かが遅れだす。
ぽっちゃり大山、女子がひとり、コワモテ剛塚の順に遅れた。
今日は若井くるみが意外と粘る。
チラっと顔を見たら、苦しそうな表情だったからそこまで頑張らなくてもいいんじゃない?なんて思ってしまった。
ややあって若井くるみも遅れていき、公園で30分経つ頃にはぼくも遅れだしてしまった。
またも一番早い女子の「アレマ」と名高の嫌な笑み。
あんまり悔しいから、なんとか集団に追いついて40分走った。
そして全員集合してから学校へ戻る。
帰りは何も覚えてない。
集団から1分くらい遅れてゴールしたことしか覚えてない。
「よーし、じゃあ筋トレー」
雪沢センパイのこのセリフには頭がくらくらした。
やってられん。辛すぎ。
それでも腕立て・腹筋・背筋をやった。各60回づつだ。
女子は柔軟体操をやっていた。
これだけやったので学校からの帰りはフラフラだ。
フラフラのまま牧野と駅に向かって歩いていると牧野が言った。
「英太、おまえ、なんかスゲエな。粘りがあるっつーか」
「はぁ?」
牧野の言葉の意味がわからなかった。
粘るもなにもゴールでは遅れている。
「牧野のほうがすげーよ。一度も遅れてないじゃん」
「いや英太。一度遅れてから追いつくなんて、あんま出来ないぜ。昨日も今日も。遅れてからまた追いついた」
「遅れない方がすごいでしょ」
「そうかなあ。でも名高も大塚未華もスゴイって言ってたぜ」
「へー」
大塚未華って誰だっけ。牧野がかわいいって言ってた女子だっけ。あの一番早い女子の事だよな。
それにしても名高がスゴイなんて言ったの?本当に?
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翌朝、家で朝ゴハンを食べていると、なんだか足が痛いことに気づいた。
「あれ?なんかモモが痛いな・・・」
見かねて母親が口を出す。
「あんた、それ筋肉痛なんじゃないの?」
「筋肉痛?」
そうか。たった一日で筋肉痛になったんだ。
この状態で今日も走っていいのだろうか。
それとも今日は見学にすべきか。
学校に行ったら牧野に聞いてみよう。
登校して教室に行くと牧野はまだ来てなかったので、自分の席に座って、なんとなくモモをマッサージしてみる。
「いてっ!」
モモを揉むとけっこう痛い。
昨日はけっこうムリして走ったからだろう。
大体、練習なんだからあんなにムリして追いつこうとしなくても良かった訳だ。
「おはよう、相原くん」
その声を聞いて、心臓がドキっとした。
声をかけてきたのは若井くるみだった。違うクラスなのにどうしてここに?
「あれ?若井さんって違うクラスじゃなかったっけ」
「うん。担任の先生に頼まれて、このクラスに届け物しに来たの。あれ?足、痛そうにしてるね。筋肉痛?」
ちょっと茶色がかった若井くるみの目が心配そうにぼくの足を見つめていた。
「え、あ、いや・・・なんだろ・・・そ、そう、そう筋肉痛・・・かな多分」
動揺しすぎた。自分の耳が真赤になるのを感じた。
でも若井くるみはそんなことに気付かないようで
「そっかあ、昨日は頑張ってたもんねー」
なんて言ったもんだから「頑張ってた」というところだけ聞いて、自分がちょっと尊敬されてるかもなんて勘違いまでしてしまった。
「今日も頑張ろうねー」
そう言って若井くるみは隣のクラス向って歩いていった。
かわいい・・・。
そこへ日比谷が登校してきた。
「お!英太、なに朝から鼻の下のばした顔してんだよ。さてはやらしいことでも考えてたな、この変態野郎。」
教室に日比谷の声が響く。
「ひ、日比谷!ぶ、ブッ殺す!」
せっかくの幸せな気分が台無しだ。
あーでも、なんか最近楽しいな。
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公園から学校へ帰る10分は散々な道のりだった。
一度、全員そろってから出発したにもかかわらず、ぼくは2分で遅れた。
というか歩いてしまった。
他にもぽっちゃり大山・コワモテ剛塚、女子二人もすぐ歩いた。
遅れた時、生き残った女子がまたも「アレマ」って顔してた。
女子に遅れるとは・・・。
おまけに牧野も先に行ってしまった。
その後は、なんとか走ったり歩いたりしながら学校へと向かった。
ツライのに走る気力があったのは、近くに例のかわいい女子、若井くるみがいたからで、バカみたいだけど、カッコ悪いとこばっか見られたくなかったからだ。
ようやく到着した学校では、すでに雪沢センパイたちがクールダウンをしていた。
「よ、遅かったな」
名高はぼくの疲れた顔を見るなりそう言った。
ふざけんな!
とか言いたいとこだけど、話す気力もなかった。
全員ゴールしてから、改めてクールダウンをして全員部室へと向かった。
そして部室でミーティングをして今日は解散となった。
帰りは駅まで牧野と二人で歩く。
牧野も疲れた顔をしてるけど、足取りはぼくより軽そうだ。
「英太、だいぶ辛そうだったな」
「そりゃね。しかも牧野にも負けるし」
ぼくはちょっと冗談っぽく言ったんだけど牧野は真剣に答えた。
「俺は距離が長い方が得意なんだ。こないだみたいな1500メートルじゃ英太の方が早いよ。」
なんだか慰めてもらってるみたいだ。
「でも英太、おまえ女子にも負けてたな。ププ」
慰めてもらってるワケじゃなさそうだ。思わず空しい反論をする。
「違うよ牧野。あの女子、早いんだ」
あー空しい。
それにしても初の練習は疲れた。
一日でこんなに疲れるなんて。
これが運動部か。
これが陸上部か。
これが長距離か。
ツレエ。
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女子3人組よりも先にぽっちゃり・・・いや、大山は遅れだした。
ちょっと振り返って大山の顔を見たけど、汗だくだし顔は歪んでるし、鼻水まで出てそうな感じでかわいそうだったけど、ぼくはすぐに前を向いて遅れないように走った。
同じく大山を振りかえった名高が「チッ」と舌打ちした。
小山内裏公園に入ってからはアップダウンがあるコースになった。
次々と遅れる一年生たち。
女子のうち、ぼくがかわいいと思った若井くるみと、もう一人が遅れ、その後すぐにコワモテ剛塚が遅れていった。
ぼくもけっこう辛くなってきたので、隣を走る牧野に聞いた。
「ま、牧野・・・時間・・・はあはあ・・まだ?」
一言話すのがこんなに辛いとは思わなかった。
牧野は腕時計を見てボソっと「あと15分」とだけ言った。
15分?
そんなに持つかな。
そう思ったとたん、足が重くなった。
集団から遅れる。
一人生き残っていた女子が一瞬振り返る。
アレマ、っていう顔。
なにくそ!負けてたまるか!
まだ牧野だって生き残ってるってのに。
き、気合いだー!気合だ!気合だ!
アニマル浜口ばりの気合で一度は追い付いたものの、またすぐに遅れだす。
げ、元気があればなんでもできる!行くぞー!
アントニオ猪木ばりの気合で再び追いついたものの、またすぐに遅れだす。
今度は名高が振り返って、ニヤリと笑いやがる。
く、くそ。牧野、あと何分だよ・・・もう無理だっつーの。
ま、待てってばよ・・・・あれ?
みんな止まった。
待ってくれた・・・みんな優しい!!か、感動だ!
雪沢センパイが言った。
「よーし、40分経過した。全員集まったら学校戻るぞー」
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初の練習は、どうやら学校を出て一時間も走るらしい。
小山内裏公園という、多摩境高校から走って10分くらいの所にある大きな公園まで走って行き、その公園を40分間ぐるぐると回り、10分かけて学校まで走って戻ってくるというコースだ。
男女合計11名で走る。
まずは公園までの10分。
先頭に穴川センパイがつき、後ろに雪沢センパイがついて集団で公園へと向かって走る。
学校の外へ出ると、気分がすがすがしかった。
吹奏楽部では滅多に校外へは行かなかった。
たまに老人ホームや公民館での演奏会とかで出かけたりはしていたけど、練習で校外ってのはすがすがしい。
10分なんてあっという間で、すぐ小山内裏公園に着いた。
すると雪沢センパイが大声で言った。
「公園の周回コースは集団でいる必要ないからなー。各自で好きなペースで走れー。っつってもなるべく先頭から遅れないように頑張れよ」
と言っても競争ではない。
雪沢センパイがいいペースで走るから、出来る限りそれに付いていくだけだ。
40分後に何人脱落するかどうかだ。
なんとかして40分間くらいついてみたいんだけどね。
ところがわずか3分で、ぽっちゃりこと大山が歩きだしてしまった。
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