1-1.空の下で-春

2008年2月 1日 (金)

空の下で1.序章 前編

 

それは、よく晴れた日、まだ春なのに太陽がキラキラと眩しく感じる空の下での事だった。

 

正直な話、あんなことをいきなり言われるとは思ってなかった。

いや、言われる場所だということに気付いてなかったという、ぼくが少しウカツだったのかもしれない。校門の周りなんて部活勧誘のメッカじゃないか。

 

「君、足速そうだよね。ちょっとうちの部、見学してみない?」

 

のんびりお気楽な高校生活を送ろうと決めていたのにコレだ。

高校に入学して三日目にしていきなり上級生に捕まっちゃうなんて・・・。

 

そういえば中学の時もこんなだった。

あの時は下校するときに音楽室から吹奏楽部の音色が校門まで聞こえてた。

大ヒットしたハリウッド映画のテーマ曲だった。

彼こそは海賊・・・とは後から知った曲の名前だ。

前日にDVDで映画を見たこともあって、つい呟いてしまったのだ。

「かっこいーなー・・・」

呟いた場所は校門。時期は入学7日目という事もあり、近くで勧誘活動していた吹奏楽部のセンパイがすぐに話しかけてきた。

「あーゆー曲やってみたい?」

「え?」

「キョーミあったらこのチラシ見てね」

渡されたのはチラシというか、いわゆるプリントだ。

”吹奏楽部 部員募集中”

かわいいイラストでラッパを吹く女の子が描かれていた。

「トランペットかぁ」

楽器が吹けたらちょっとカッコいいかもなぁ。

そんな不純な想いもあって、とりあえず吹奏楽部の見学に行くことに決めた。

でもその時のぼくは、吹奏楽の事は何も知らなかった。

というか「奏」っていう字すら書けなかったんじゃないだろうか。

だって漢字は苦手だし。

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2008年2月 5日 (火)

空の下で2.序章 中編

翌日おとずれた音楽室には、二・三年生だけで三十人くらいもいた。

そのうち男子は五人か六人くらいしかいなくて、女子が二十五人くらいなのでトンデモナイ騒がしさだった。

ぼくと同じく見学に来た一年生は六人いて男子はぼくともう一人だけ。

そのもう一人の男子は、なんだかニヤニヤしながらぼくに話しかけてきた。

「英太、おまえも吹奏楽部?ま、楽しくやろうぜ!」

でかい声でそう言うこいつは小学校からの友達の日比谷だ。

そうだった。ぼくは日比谷と話すのが楽しくって、それで日比谷がいるならってことで吹奏楽部に入部する決意をしたんだった。今思い出した。

 

入部してから、ぼくはすぐにトランペットの担当になれた。

別に大会に出たいなんて気もないし、演奏が上手になりたいなんて強く思うこともない。

ただみんなと、そして日比谷と、楽しくブンチャカやってたかった。

幸い、ぼくの中学の吹奏楽部は強くなく厳しい指導もなかったし、先輩との上下関係もゆるくて気楽だった。

 

あれは一年生の秋くらいだったっけか・・・。

それとも、もう冬だったっけ・・・。

日比谷が練習の合間にポツリと言ったんだ。

「なあ英太。おまえこんなテキトーな感じの演奏だけで楽しいか?」

いっつも笑ってばっかりな日比谷なのに、この時は笑ってなかった。

だから覚えてる。日比谷の真顔なんて滅多にない。そのときの会話だ。

「うーん、まあなんとなくかなー」

「なんとなく、か」

なんとなく。

それ以後、いや、それ以前からぼくの中学生活はなんとなくだ。

なんとなく、なんとなく学校に通っていた。

 

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2008年2月 8日 (金)

空の下で3.序章 後編

なんとなく発言からすぐに日比谷は部活に来なくなった。

日比谷がいないとぼくもあんまり部活する気にはなれなかった。

その頃、気づいた。ぼくは別に吹奏楽がやりたいわけじゃないんだな、と。

打ち込めてない。ただ単に騒ぎたかっただけだな、と。

でも退部せずに続けた。改心したんじゃない。

なんとなく・・・だ。

辞めるって先生に言うのもなんか怖いし。

それなりに吹いて、それなりに勉強もして、それなりに恋愛もして、それなりに振られた・・・。

吹いてたのに振られた。意味はないけど。

 

ただ、それなりの勉強ってのも役に立たないことはない。

高校は学区内では平均的な学力の多摩境高校に進めたんだ。

 

高校の入学式の時、後ろから声をかけられた。

「英太、おまえも多摩堺高校だったん?ま、楽しくやろうぜ」

声の主は日比谷だった。また同じ学校で、しかも同じクラスだ。 

「今日まで知らなかったのかよ」とか思いながらもホッとしたんだ。

また日比谷とくっだらない話題しながらやってけるなぁって。

できたら今度こそかわいい彼女なんかみつけて。

欲を言えば堀北真希みたいな。

そう思ってた。すいません。

 

でもそんな平和な夢見て平和にやっていくという夢は、入学して三日目の校門で、少し茶髪の上級生に砕かれた。

 

「君、足速そうだね。ちょっとうちの部を見学してみない?」

ジャージを着たその上級生の胸のところには陸上部と描かれていた。

 

この言葉が、なんとなく生活をしていたぼくの運命を大きく変える事になるとは。

この時のぼくには、この先に訪れる数々の試練も楽しさも恋も、想像する事すら出来ないのだった。

 

空の下で ~春の部~

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2008年2月15日 (金)

空の下で4.入部(その1)

ぼく、相原英太の通いだした多摩境高校は、新宿から東京の西郊外をつなぐ京王線の多摩境という駅から歩いて15分のところにある。

 

多摩境駅っていうのは東京都の町田市と神奈川県の境目にある駅で、各駅停車しか止まらない田舎の駅だ。

東京と言ってもビルばっかりなトコだけじゃないってことだ。

この辺は小さいけど山がたくさんあるし、駅のホームから神奈川の方を見ると、なんだかドデカイ山々が見える。

確か丹沢山脈とかいうらしい。

 

この多摩境って町は、ちょっと前まで山だったらしいけど、今は街道沿いだけお店やらマンションが立ち並んでる。

新しいお店、新しいマンション、そして新しい高校だ。

多摩境高校は、この4月で2周年を迎えたばっかしだ。

だからまだ卒業生ってのはいない。

ぼくはこの高校の3期生ってことになる。

どうせなら1期生のほうがよかったけど。

 

クラスには日比谷がいる。

そしてもう一人、中学からの友達がいた。

ぼくは席に座っているそいつに話しかけた。

「ねぇ牧野、牧野って陸上部入るんだよね」

牧野は元気よく振り返って質問に答えた。

「そう!よく知ってるな!」

「いや、中学んときも陸上部だったしさ」

「そう!よく覚えてるな!」

「いや、ほんのちょい前の話じゃん」

「そう!」

と言って牧野はなぜか大笑いした。

「それでさ、牧野って見学とか行くの?陸上部に」

「見学?ああー仮入部な!行くよ行くよ!なんで?」

「いやーそれがさぁ。んー、ぼくも仮入部っての?しようかなと」

笑顔だった牧野がふと真顔になった。

ぼくは思わずたじろいだ。

なんだってイキナリ真顔になるんだ。

「な、なんだよ」

うわあー、たじろいだ上にどもってしまった。

そんなぼくに牧野はちょっと笑って言った。

「きついよ、長距離」

なんで長距離?

 

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2008年2月19日 (火)

空の下で5.入部(その2)

多摩境高校は田舎の高校ということもあってか校庭が広い。

その広い校庭には授業の終わりとともに運動部の部員がたくさん出てくる。

ぼくと牧野は二人そろって陸上部のジャージ姿の生徒を探した。

「あ、英太、多分あれじゃないかな」

牧野が指さした先には紺色のジャージの生徒が何人かいた。

背中に白でトラック&フィールドと書かれている。

「牧野、なんだよトラック&フィールドって」

「英太知らないん?陸上部のことだよ」

「ホントに?なんか違うような・・・まぁいいか」

ぼくと牧野が紺色ジャージ軍団に駆け寄ると、こないだ校門のとこでぼくを勧誘した茶髪の男の人がいて、声をかけてきた。

「お、仮入部?」

「はい!」

牧野は元気よく返事した。

「はい、ええ、まぁとりあえず」

ぼくはなんとなく返事した。

それでもその茶髪の男は爽やかな笑顔のまま「そっか、じゃあヨロシクね」なんて言った。

モテそうだな・・・と思う。

「それで、二人はどっち?」

訳わからん質問だ。

男か女かって意味か。そんな訳ないか。じゃあなんだ?

「長距離志望です!」

牧野は平然と答えた。

あぁ、そういうことね。短距離か長距離ってことか。

飛ぶのとか投げるのとか滑るのとかは選べないのかな。

あ、滑るってのは無かったっけか。

「そうかぁ長距離か。よかったよかった。オレは長距離二年の雪沢。ヨロシクね。二人は?」

「牧野です!よろしくお願いします」

「相原です」

答えてから思った。

なんとなく陸上部の見学・・・仮入部に来たんだけど・・・・・・。

流れでいつの間にか長距離を希望したことになってないか。

長距離って、つまり長い距離を走るってことだよな。

それって辛くないか?短い距離より。そんなことないのかな。

ていうか何メートルから長距離なんだ?

そんなこと考えてたら雪沢と名乗るその先輩がよくわからない事を言い出した。

「よし、今日は仮入部組のタイムトライアルをしてみよう!」

ナニソレ。

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2008年2月22日 (金)

空の下で6.入部(その3)

牧野によるとタイムトライアルってのは要はレースだ。

試合に出るってことじゃなくって、今日ここでみんなのタイムを計ってみようという事だって話だ。

「でも何でレースすんだ?」

「わっかんねーけど、オレら一年の実力を見ようってことかな」

牧野は自分の胸に向かって親指をさして言った。

「ここでいいタイム出たらいきなりレギュラーかもよ」

「なんだよ牧野、レギュラーって。ガソリンか」

「違えーよ。スタメンってことだよ」

なんか違う気もするけどまぁいいや。レースすりゃいい。

そんなことしてると雪沢先輩が号令をかけた。

「よーし!長距離集まれー」

するとぼくと牧野のほかに4人の男子生徒がやってきた。

この四人は紺色のジャージじゃなくて自前のジャージだ。

てことは僕らと同じ一年生かな。

「おーい、一年だけじゃなくて穴川も来いよー」

穴川と呼ばれた人は紺色ジャージだ。

「もうやんのかよー」

とか悪態ついて歩いてきた。なんか感じ悪い坊主頭だ。

「やるよ。よし、これで全員だ」

雪沢先輩は集まったメンバーを見まわした。

雪沢先輩、穴川先輩、そして僕ら仮入部の一年6人。

全部で8人か。こんなもんなんだね。野球部みたいに大勢いる訳じゃないんだね。

「今日は仮入部の一年だけでタイムトライアルをする。でもその前に校庭で30分くらいジョックするからな。とりあえずアップしよう」

また雪沢先輩が意味わからん言葉を駆使する。

あとでこっそり牧野に聞いて知ったんだけど、ジョックってのはゆっくり走ること・・・ジョギングだという。

アップってのは準備体操・・・ウォーミングアップだとか。

「陸上ってのはイングリッシュな世界なんだぜ」

牧野ってほんと信用できん。

そんな感じでぼくの初めての陸上の練習は始まった。

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2008年2月26日 (火)

空の下で7.入部(その4)

雪沢先輩と穴川先輩は二年生だという。

そのわりには長距離は雪沢先輩が仕切っていた。

「雪沢先輩、三年生は今日は来ないんですか?」

こう聞いたのは鼻に大きなホクロがある一年だ。

すると雪沢先輩は苦笑いみたいな表情で答えた。

「三年はね、いないんだよ。長距離には」

「へえ、いないんですか」

「そう、だからオレが練習メニューとか作るの」

「え?顧問の先生とかいないんですか?」

すると雪沢先輩は空を見上げた。つられてぼくも空を見上げた。

小さな鳥が何羽かグループで飛んでる。

「顧問の先生は今はちょっといないんだ。いろいろ事情があって」

「事情?」

ほくろクンはなかなかしつこいヤツだ。

さっきから雪沢先輩が答えたくなさそうな雰囲気なのにKYな感じでしつこく食い下がってる。

あ、KYってのは「空気・読めない」の略語だ。

「でもね、短距離には顧問いるよ。志田先生ってゆう」

「長距離にはいないんですね」

ほくろクンはまだ食い下がる気だろうか。

しかし今度は背の少し高めの一年が口を開いた。

「センパイ、いいから練習しましょうよ」

「お、そうだね。よし、まず準備体操ー」

ほくろクンはまだ話したそうだったが口を挟まれたので、しぶしぶ準備体操を始める。

でも、口を挟んだヤツもさっきのセリフはなんか冷たい感じだ。

 

準備体操は多摩境高校陸上部のオリジナルで、屈伸やら前屈やらを10分ほどやった。

二年が二人、一年が六人。

初めて八人での共同の行動だ。

ぼくは中学は吹奏楽部だったわけなので、たった八人というのはなんだか不安なんだけど、やっぱりみんなで同じことをするのって楽しい。

体操が終わったところで穴川先輩が大声を出した。

「うーし、ジョックだ。走るぞー」

ジョックか。ふふふ、一位とるぞ。

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2008年2月29日 (金)

空の下で8.入部(その5)

初めてのジョック。

ランニングじゃあない。ジョックだ。

校庭にある200メートルのトラックを30分ぐるぐる走る。

30分というと夜七時からやってるアニメ番組1本分だ。

そんな大したことはない。

競争じゃあないんだから。始めるまでは競争かと思ってたんだけど。

速く走るわけじゃない。

ゆっくり走る。競争じゃあないんだから。

と、わかってるのに前に出る。そして穴川先輩に怒られる。

「おーい相原。競ってるんじゃないんだからよー。前出るな。一人前に出るとみんなもつられて速くなるだろ」

速くなるならいいんじゃないか。

みんな速くなるために走ってるんだから。

と、言ってもぼくには何か目標があるわけでもないけど。

なんとなく仮入部に来ちゃっただけだし。

それにしても雪沢先輩も穴川先輩も、もう15分は走っているってのに息が全く切れてないのがすごい。

一年なんかもう二人も集団から遅れてる。

ぼくもかなり息が上がってるが、さっきの態度が冷たい一年は息が全く切れてない。ほくろクンもそうだ。

それにしてもいい天気だ。

運動部ってのはこんな晴れた日の中を生きているんだな。

耳をすませば小鳥の鳴き声・・・は、聞こえない。

かわりに吹奏楽部のチューニングの音が聞こえた。

日比谷は吹奏楽部に仮入部してるはずだ。

「よーし、終了ー」

雪沢先輩の掛け声が校庭に響いた。

なんだ、30分なんてあっというまだ。

とはいえ、はあはあと息切れが止められない。

「はあはあ・・・、おい牧野、はあはあ止められないよ」

「はあはあ・・・。英太、なんかそのセリフヤバイぞ」

雪沢先輩・穴川先輩・冷たい一年・ほくろクンの4人はそんな息つかいはしていない。

「ヤツらかなりの敵だな」

「はあ?英太おまえよくわからんぞ」

遅れていた二人が合流すると雪沢先輩は大きな声を出した。

「よし!5分休憩してタイムトライヤルだ!」

ほう、やる気ですな。

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2008年3月 4日 (火)

空の下で9.入部(その6)

1500メートル、タイムトライヤル。

やるのは雪沢先輩・穴川先輩、牧野、冷たい一年、ほくろクン、コワモテ、ぽっちゃり、そしてぼくだ。

コワモテとぽっちゃりの二人はさっきのジョックで疲れて遅れていた。

 

「早くやりましょうよ」

冷たい一年は、やはりトーンの低い声でそう言った。

なんかムカツクその男に穴川先輩は言った。

「名高、ちょっと待ってろ。今マネージャー来るから」

ナダカ?変な名前だ。

少しするとマネージャーという女子3人が現れた。

すると牧野が「ちょ、ちょっと英太!左のコかわいくない?!」と興奮しだした。

まあ確かにかわいい。あのコは同じクラスの大塚未華だ。

いつも元気に教室を動き回って大声で笑ってるコで、すごくショートカットが似合ってる・・・ってそんな分析、今してどうする。

大塚未華がストップウォッチの説明を受けてる間にスタートラインにメンバーが集まる。

スタートラインか、まさにぼくの陸上部のスタートラインだ。

やがて大塚未華がスタートラインの横に来た。

「いいですかーセンパイ」

「いいぞ。合図してくれ」

「はーい。じゃあ、いきます。位置に着いて・・・」

未華の声でメンバーは構えた。

さっきの名高だけは構えてない。

「よーい・・・・ドン!!」

掛け声とともに一斉に飛び出る。

名高だけやや遅れて飛び出したようだ。

校庭のトラック7週半で決着が着く。

思い切り飛び出したぼくは1週目、2週目をなんと一位で通過した。

すげえ!ぼくすげえ!

と思うとすぐに息が切れて体が重くなった。

何人かがその横を追いこしていく。

こ、この野郎!

意地で追いかけるが誰にも追いつけない。

ビリか?と思ってるうちにゴールした。

未華の元気な声が響く。

「5位、相原くんー!」

順位は1位から雪沢先輩・名高・穴川先輩・ほくろクン・ぼく・牧野・コワモテ・ぽっちゃりで、ぼくと牧野は2秒しか差が無かった。

「くっそー、英太に負けるなんて」

牧野はめっちゃ悔しそうだ。

でもぼくは5位だったけどなんだか爽やかな気分だった。

しかし、この時はまだ誰も気づいてなかった。

この結果が、ぼくらのこの先に影響を与える事になっていようとは。

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2008年3月 7日 (金)

空の下で10.入部(その7)

タイムトライヤルの後、クールダウンというのをやった。

ウォーミングアップとは逆で、体をゆっくりと冷ます運動だ。

激しい運動の後にそのまま休憩してると筋肉に悪いらしく、少しジョックしたり体操したりして、ゆっくりと体を冷やしていく。

こういうのは牧野がすごく詳しい。

「なんでも聞いてみな、初心者くん」

「なにをー!その初心者に負けたくせに!2秒差で」

「ぬぬ・・。と、途中でクツの紐を結んでてさ・・・」

牧野はそう言って口笛なんか吹いた。古いごまかし方だ。

初めての1500メートルのタイムは5分35秒。

これが早いのかどうかよくわからん。

それを聞いた名高がぼくに向かって言った。

「へえ、早いじゃん」

冷たい声だった。見下されてるような気がした。

ちょっと腹が立とうとしてるとこで未華の元気な声が響いた。

「みんなー!記録を発表するよー!

 1位は雪沢先輩4分40秒、2位が名高くん4分45秒

 3位が穴川先輩4分58秒、4位が天野くん4分59秒」

へぇ、ほくろクンは天野というのか。

「5位がイッキに離れて相原くん5分35秒、6位が牧野くん5分37秒

 7位が剛塚くん6分02秒、8位が大山くん6分33秒でした」

コワモテが剛塚、ぽっちゃりが大山か。

名高はまたぼくの顔を見てる。

「ふーん、よくまあゴールできたね相原くん」

なんだこいつ?イチャモンつけたいのか。

「そのうち、いい勝負とかできるかな?はは」

名高は情の無い声でそう言った。

こいつホントにむかつく。

 

翌日、昼休みに牧野がぼくの教室にやってきた。

「よー英太。どうすんの?」

「は?何が?」

牧野は困った顔をした。

困るのはこっちだ。どうするって何をだっての。

「何がって、部活だよ部活。陸上部に入部決めるの?」

「あそっか、まだ仮入部だったっけ」

そうか、勢いで仮入部に行ったんだった。

雪沢先輩に校門で勧誘されて、牧野の流れで長距離を見学しただけなんだった。

なんとなく行って、なんとなく走って、なんとなく燃えてしまった。

「どうすんだよ英太は。おれはもちろん入部するよ」

とっさにぼくは近くで弁当を食べている日比谷を見た。

吹奏楽部は楽しいのだろうか。

でもぼくは知ってしまった。

ぼくは走るのがどうやら楽しいらしい。

昨日のレースの快感は言葉では表しようもなかった。

そしていつか名高をギャフンと言わせたいという目標も生まれた。

もちろん吹奏楽に未練が全く無いという訳じゃない。

「どうすんの英太、入部する?」

それでも答えは一つだ。

「ああ、陸上部に入部するよ」

戦いの始まりだ。

 

 

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