1.空の下で-春

2008年2月 1日 (金)

空の下で1.序章 前編

 

それは、よく晴れた日、まだ春なのに太陽がキラキラと眩しく感じる空の下での事だった。

 

正直な話、あんなことをいきなり言われるとは思ってなかった。

いや、言われる場所だということに気付いてなかったという、ぼくが少しウカツだったのかもしれない。校門の周りなんて部活勧誘のメッカじゃないか。

 

「君、足速そうだよね。ちょっとうちの部、見学してみない?」

 

のんびりお気楽な高校生活を送ろうと決めていたのにコレだ。

高校に入学して三日目にしていきなり上級生に捕まっちゃうなんて・・・。

 

そういえば中学の時もこんなだった。

あの時は下校するときに音楽室から吹奏楽部の音色が校門まで聞こえてた。

大ヒットしたハリウッド映画のテーマ曲だった。

彼こそは海賊・・・とは後から知った曲の名前だ。

前日にDVDで映画を見たこともあって、つい呟いてしまったのだ。

「かっこいーなー・・・」

呟いた場所は校門。時期は入学7日目という事もあり、近くで勧誘活動していた吹奏楽部のセンパイがすぐに話しかけてきた。

「あーゆー曲やってみたい?」

「え?」

「キョーミあったらこのチラシ見てね」

渡されたのはチラシというか、いわゆるプリントだ。

”吹奏楽部 部員募集中”

かわいいイラストでラッパを吹く女の子が描かれていた。

「トランペットかぁ」

楽器が吹けたらちょっとカッコいいかもなぁ。

そんな不純な想いもあって、とりあえず吹奏楽部の見学に行くことに決めた。

でもその時のぼくは、吹奏楽の事は何も知らなかった。

というか「奏」っていう字すら書けなかったんじゃないだろうか。

だって漢字は苦手だし。

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2008年2月 5日 (火)

空の下で2.序章 中編

翌日おとずれた音楽室には、二・三年生だけで三十人くらいもいた。

そのうち男子は五人か六人くらいしかいなくて、女子が二十五人くらいなのでトンデモナイ騒がしさだった。

ぼくと同じく見学に来た一年生は六人いて男子はぼくともう一人だけ。

そのもう一人の男子は、なんだかニヤニヤしながらぼくに話しかけてきた。

「英太、おまえも吹奏楽部?ま、楽しくやろうぜ!」

でかい声でそう言うこいつは小学校からの友達の日比谷だ。

そうだった。ぼくは日比谷と話すのが楽しくって、それで日比谷がいるならってことで吹奏楽部に入部する決意をしたんだった。今思い出した。

 

入部してから、ぼくはすぐにトランペットの担当になれた。

別に大会に出たいなんて気もないし、演奏が上手になりたいなんて強く思うこともない。

ただみんなと、そして日比谷と、楽しくブンチャカやってたかった。

幸い、ぼくの中学の吹奏楽部は強くなく厳しい指導もなかったし、先輩との上下関係もゆるくて気楽だった。

 

あれは一年生の秋くらいだったっけか・・・。

それとも、もう冬だったっけ・・・。

日比谷が練習の合間にポツリと言ったんだ。

「なあ英太。おまえこんなテキトーな感じの演奏だけで楽しいか?」

いっつも笑ってばっかりな日比谷なのに、この時は笑ってなかった。

だから覚えてる。日比谷の真顔なんて滅多にない。そのときの会話だ。

「うーん、まあなんとなくかなー」

「なんとなく、か」

なんとなく。

それ以後、いや、それ以前からぼくの中学生活はなんとなくだ。

なんとなく、なんとなく学校に通っていた。

 

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2008年2月 8日 (金)

空の下で3.序章 後編

なんとなく発言からすぐに日比谷は部活に来なくなった。

日比谷がいないとぼくもあんまり部活する気にはなれなかった。

その頃、気づいた。ぼくは別に吹奏楽がやりたいわけじゃないんだな、と。

打ち込めてない。ただ単に騒ぎたかっただけだな、と。

でも退部せずに続けた。改心したんじゃない。

なんとなく・・・だ。

辞めるって先生に言うのもなんか怖いし。

それなりに吹いて、それなりに勉強もして、それなりに恋愛もして、それなりに振られた・・・。

吹いてたのに振られた。意味はないけど。

 

ただ、それなりの勉強ってのも役に立たないことはない。

高校は学区内では平均的な学力の多摩境高校に進めたんだ。

 

高校の入学式の時、後ろから声をかけられた。

「英太、おまえも多摩堺高校だったん?ま、楽しくやろうぜ」

声の主は日比谷だった。また同じ学校で、しかも同じクラスだ。 

「今日まで知らなかったのかよ」とか思いながらもホッとしたんだ。

また日比谷とくっだらない話題しながらやってけるなぁって。

できたら今度こそかわいい彼女なんかみつけて。

欲を言えば堀北真希みたいな。

そう思ってた。すいません。

 

でもそんな平和な夢見て平和にやっていくという夢は、入学して三日目の校門で、少し茶髪の上級生に砕かれた。

 

「君、足速そうだね。ちょっとうちの部を見学してみない?」

ジャージを着たその上級生の胸のところには陸上部と描かれていた。

 

この言葉が、なんとなく生活をしていたぼくの運命を大きく変える事になるとは。

この時のぼくには、この先に訪れる数々の試練も楽しさも恋も、想像する事すら出来ないのだった。

 

空の下で ~春の部~

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2008年2月15日 (金)

空の下で4.入部(その1)

ぼく、相原英太の通いだした多摩境高校は、新宿から東京の西郊外をつなぐ京王線の多摩境という駅から歩いて15分のところにある。

 

多摩境駅っていうのは東京都の町田市と神奈川県の境目にある駅で、各駅停車しか止まらない田舎の駅だ。

東京と言ってもビルばっかりなトコだけじゃないってことだ。

この辺は小さいけど山がたくさんあるし、駅のホームから神奈川の方を見ると、なんだかドデカイ山々が見える。

確か丹沢山脈とかいうらしい。

 

この多摩境って町は、ちょっと前まで山だったらしいけど、今は街道沿いだけお店やらマンションが立ち並んでる。

新しいお店、新しいマンション、そして新しい高校だ。

多摩境高校は、この4月で2周年を迎えたばっかしだ。

だからまだ卒業生ってのはいない。

ぼくはこの高校の3期生ってことになる。

どうせなら1期生のほうがよかったけど。

 

クラスには日比谷がいる。

そしてもう一人、中学からの友達がいた。

ぼくは席に座っているそいつに話しかけた。

「ねぇ牧野、牧野って陸上部入るんだよね」

牧野は元気よく振り返って質問に答えた。

「そう!よく知ってるな!」

「いや、中学んときも陸上部だったしさ」

「そう!よく覚えてるな!」

「いや、ほんのちょい前の話じゃん」

「そう!」

と言って牧野はなぜか大笑いした。

「それでさ、牧野って見学とか行くの?陸上部に」

「見学?ああー仮入部な!行くよ行くよ!なんで?」

「いやーそれがさぁ。んー、ぼくも仮入部っての?しようかなと」

笑顔だった牧野がふと真顔になった。

ぼくは思わずたじろいだ。

なんだってイキナリ真顔になるんだ。

「な、なんだよ」

うわあー、たじろいだ上にどもってしまった。

そんなぼくに牧野はちょっと笑って言った。

「きついよ、長距離」

なんで長距離?

 

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2008年2月19日 (火)

空の下で5.入部(その2)

多摩境高校は田舎の高校ということもあってか校庭が広い。

その広い校庭には授業の終わりとともに運動部の部員がたくさん出てくる。

ぼくと牧野は二人そろって陸上部のジャージ姿の生徒を探した。

「あ、英太、多分あれじゃないかな」

牧野が指さした先には紺色のジャージの生徒が何人かいた。

背中に白でトラック&フィールドと書かれている。

「牧野、なんだよトラック&フィールドって」

「英太知らないん?陸上部のことだよ」

「ホントに?なんか違うような・・・まぁいいか」

ぼくと牧野が紺色ジャージ軍団に駆け寄ると、こないだ校門のとこでぼくを勧誘した茶髪の男の人がいて、声をかけてきた。

「お、仮入部?」

「はい!」

牧野は元気よく返事した。

「はい、ええ、まぁとりあえず」

ぼくはなんとなく返事した。

それでもその茶髪の男は爽やかな笑顔のまま「そっか、じゃあヨロシクね」なんて言った。

モテそうだな・・・と思う。

「それで、二人はどっち?」

訳わからん質問だ。

男か女かって意味か。そんな訳ないか。じゃあなんだ?

「長距離志望です!」

牧野は平然と答えた。

あぁ、そういうことね。短距離か長距離ってことか。

飛ぶのとか投げるのとか滑るのとかは選べないのかな。

あ、滑るってのは無かったっけか。

「そうかぁ長距離か。よかったよかった。オレは長距離二年の雪沢。ヨロシクね。二人は?」

「牧野です!よろしくお願いします」

「相原です」

答えてから思った。

なんとなく陸上部の見学・・・仮入部に来たんだけど・・・・・・。

流れでいつの間にか長距離を希望したことになってないか。

長距離って、つまり長い距離を走るってことだよな。

それって辛くないか?短い距離より。そんなことないのかな。

ていうか何メートルから長距離なんだ?

そんなこと考えてたら雪沢と名乗るその先輩がよくわからない事を言い出した。

「よし、今日は仮入部組のタイムトライアルをしてみよう!」

ナニソレ。

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2008年2月22日 (金)

空の下で6.入部(その3)

牧野によるとタイムトライアルってのは要はレースだ。

試合に出るってことじゃなくって、今日ここでみんなのタイムを計ってみようという事だって話だ。

「でも何でレースすんだ?」

「わっかんねーけど、オレら一年の実力を見ようってことかな」

牧野は自分の胸に向かって親指をさして言った。

「ここでいいタイム出たらいきなりレギュラーかもよ」

「なんだよ牧野、レギュラーって。ガソリンか」

「違えーよ。スタメンってことだよ」

なんか違う気もするけどまぁいいや。レースすりゃいい。

そんなことしてると雪沢先輩が号令をかけた。

「よーし!長距離集まれー」

するとぼくと牧野のほかに4人の男子生徒がやってきた。

この四人は紺色のジャージじゃなくて自前のジャージだ。

てことは僕らと同じ一年生かな。

「おーい、一年だけじゃなくて穴川も来いよー」

穴川と呼ばれた人は紺色ジャージだ。

「もうやんのかよー」

とか悪態ついて歩いてきた。なんか感じ悪い坊主頭だ。

「やるよ。よし、これで全員だ」

雪沢先輩は集まったメンバーを見まわした。

雪沢先輩、穴川先輩、そして僕ら仮入部の一年6人。

全部で8人か。こんなもんなんだね。野球部みたいに大勢いる訳じゃないんだね。

「今日は仮入部の一年だけでタイムトライアルをする。でもその前に校庭で30分くらいジョックするからな。とりあえずアップしよう」

また雪沢先輩が意味わからん言葉を駆使する。

あとでこっそり牧野に聞いて知ったんだけど、ジョックってのはゆっくり走ること・・・ジョギングだという。

アップってのは準備体操・・・ウォーミングアップだとか。

「陸上ってのはイングリッシュな世界なんだぜ」

牧野ってほんと信用できん。

そんな感じでぼくの初めての陸上の練習は始まった。

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2008年2月26日 (火)

空の下で7.入部(その4)

雪沢先輩と穴川先輩は二年生だという。

そのわりには長距離は雪沢先輩が仕切っていた。

「雪沢先輩、三年生は今日は来ないんですか?」

こう聞いたのは鼻に大きなホクロがある一年だ。

すると雪沢先輩は苦笑いみたいな表情で答えた。

「三年はね、いないんだよ。長距離には」

「へえ、いないんですか」

「そう、だからオレが練習メニューとか作るの」

「え?顧問の先生とかいないんですか?」

すると雪沢先輩は空を見上げた。つられてぼくも空を見上げた。

小さな鳥が何羽かグループで飛んでる。

「顧問の先生は今はちょっといないんだ。いろいろ事情があって」

「事情?」

ほくろクンはなかなかしつこいヤツだ。

さっきから雪沢先輩が答えたくなさそうな雰囲気なのにKYな感じでしつこく食い下がってる。

あ、KYってのは「空気・読めない」の略語だ。

「でもね、短距離には顧問いるよ。志田先生ってゆう」

「長距離にはいないんですね」

ほくろクンはまだ食い下がる気だろうか。

しかし今度は背の少し高めの一年が口を開いた。

「センパイ、いいから練習しましょうよ」

「お、そうだね。よし、まず準備体操ー」

ほくろクンはまだ話したそうだったが口を挟まれたので、しぶしぶ準備体操を始める。

でも、口を挟んだヤツもさっきのセリフはなんか冷たい感じだ。

 

準備体操は多摩境高校陸上部のオリジナルで、屈伸やら前屈やらを10分ほどやった。

二年が二人、一年が六人。

初めて八人での共同の行動だ。

ぼくは中学は吹奏楽部だったわけなので、たった八人というのはなんだか不安なんだけど、やっぱりみんなで同じことをするのって楽しい。

体操が終わったところで穴川先輩が大声を出した。

「うーし、ジョックだ。走るぞー」

ジョックか。ふふふ、一位とるぞ。

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2008年2月29日 (金)

空の下で8.入部(その5)

初めてのジョック。

ランニングじゃあない。ジョックだ。

校庭にある200メートルのトラックを30分ぐるぐる走る。

30分というと夜七時からやってるアニメ番組1本分だ。

そんな大したことはない。

競争じゃあないんだから。始めるまでは競争かと思ってたんだけど。

速く走るわけじゃない。

ゆっくり走る。競争じゃあないんだから。

と、わかってるのに前に出る。そして穴川先輩に怒られる。

「おーい相原。競ってるんじゃないんだからよー。前出るな。一人前に出るとみんなもつられて速くなるだろ」

速くなるならいいんじゃないか。

みんな速くなるために走ってるんだから。

と、言ってもぼくには何か目標があるわけでもないけど。

なんとなく仮入部に来ちゃっただけだし。

それにしても雪沢先輩も穴川先輩も、もう15分は走っているってのに息が全く切れてないのがすごい。

一年なんかもう二人も集団から遅れてる。

ぼくもかなり息が上がってるが、さっきの態度が冷たい一年は息が全く切れてない。ほくろクンもそうだ。

それにしてもいい天気だ。

運動部ってのはこんな晴れた日の中を生きているんだな。

耳をすませば小鳥の鳴き声・・・は、聞こえない。

かわりに吹奏楽部のチューニングの音が聞こえた。

日比谷は吹奏楽部に仮入部してるはずだ。

「よーし、終了ー」

雪沢先輩の掛け声が校庭に響いた。

なんだ、30分なんてあっというまだ。

とはいえ、はあはあと息切れが止められない。

「はあはあ・・・、おい牧野、はあはあ止められないよ」

「はあはあ・・・。英太、なんかそのセリフヤバイぞ」

雪沢先輩・穴川先輩・冷たい一年・ほくろクンの4人はそんな息つかいはしていない。

「ヤツらかなりの敵だな」

「はあ?英太おまえよくわからんぞ」

遅れていた二人が合流すると雪沢先輩は大きな声を出した。

「よし!5分休憩してタイムトライヤルだ!」

ほう、やる気ですな。

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2008年3月 4日 (火)

空の下で9.入部(その6)

1500メートル、タイムトライヤル。

やるのは雪沢先輩・穴川先輩、牧野、冷たい一年、ほくろクン、コワモテ、ぽっちゃり、そしてぼくだ。

コワモテとぽっちゃりの二人はさっきのジョックで疲れて遅れていた。

 

「早くやりましょうよ」

冷たい一年は、やはりトーンの低い声でそう言った。

なんかムカツクその男に穴川先輩は言った。

「名高、ちょっと待ってろ。今マネージャー来るから」

ナダカ?変な名前だ。

少しするとマネージャーという女子3人が現れた。

すると牧野が「ちょ、ちょっと英太!左のコかわいくない?!」と興奮しだした。

まあ確かにかわいい。あのコは同じクラスの大塚未華だ。

いつも元気に教室を動き回って大声で笑ってるコで、すごくショートカットが似合ってる・・・ってそんな分析、今してどうする。

大塚未華がストップウォッチの説明を受けてる間にスタートラインにメンバーが集まる。

スタートラインか、まさにぼくの陸上部のスタートラインだ。

やがて大塚未華がスタートラインの横に来た。

「いいですかーセンパイ」

「いいぞ。合図してくれ」

「はーい。じゃあ、いきます。位置に着いて・・・」

未華の声でメンバーは構えた。

さっきの名高だけは構えてない。

「よーい・・・・ドン!!」

掛け声とともに一斉に飛び出る。

名高だけやや遅れて飛び出したようだ。

校庭のトラック7週半で決着が着く。

思い切り飛び出したぼくは1週目、2週目をなんと一位で通過した。

すげえ!ぼくすげえ!

と思うとすぐに息が切れて体が重くなった。

何人かがその横を追いこしていく。

こ、この野郎!

意地で追いかけるが誰にも追いつけない。

ビリか?と思ってるうちにゴールした。

未華の元気な声が響く。

「5位、相原くんー!」

順位は1位から雪沢先輩・名高・穴川先輩・ほくろクン・ぼく・牧野・コワモテ・ぽっちゃりで、ぼくと牧野は2秒しか差が無かった。

「くっそー、英太に負けるなんて」

牧野はめっちゃ悔しそうだ。

でもぼくは5位だったけどなんだか爽やかな気分だった。

しかし、この時はまだ誰も気づいてなかった。

この結果が、ぼくらのこの先に影響を与える事になっていようとは。

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2008年3月 7日 (金)

空の下で10.入部(その7)

タイムトライヤルの後、クールダウンというのをやった。

ウォーミングアップとは逆で、体をゆっくりと冷ます運動だ。

激しい運動の後にそのまま休憩してると筋肉に悪いらしく、少しジョックしたり体操したりして、ゆっくりと体を冷やしていく。

こういうのは牧野がすごく詳しい。

「なんでも聞いてみな、初心者くん」

「なにをー!その初心者に負けたくせに!2秒差で」

「ぬぬ・・。と、途中でクツの紐を結んでてさ・・・」

牧野はそう言って口笛なんか吹いた。古いごまかし方だ。

初めての1500メートルのタイムは5分35秒。

これが早いのかどうかよくわからん。

それを聞いた名高がぼくに向かって言った。

「へえ、早いじゃん」

冷たい声だった。見下されてるような気がした。

ちょっと腹が立とうとしてるとこで未華の元気な声が響いた。

「みんなー!記録を発表するよー!

 1位は雪沢先輩4分40秒、2位が名高くん4分45秒

 3位が穴川先輩4分58秒、4位が天野くん4分59秒」

へぇ、ほくろクンは天野というのか。

「5位がイッキに離れて相原くん5分35秒、6位が牧野くん5分37秒

 7位が剛塚くん6分02秒、8位が大山くん6分33秒でした」

コワモテが剛塚、ぽっちゃりが大山か。

名高はまたぼくの顔を見てる。

「ふーん、よくまあゴールできたね相原くん」

なんだこいつ?イチャモンつけたいのか。

「そのうち、いい勝負とかできるかな?はは」

名高は情の無い声でそう言った。

こいつホントにむかつく。

 

翌日、昼休みに牧野がぼくの教室にやってきた。

「よー英太。どうすんの?」

「は?何が?」

牧野は困った顔をした。

困るのはこっちだ。どうするって何をだっての。

「何がって、部活だよ部活。陸上部に入部決めるの?」

「あそっか、まだ仮入部だったっけ」

そうか、勢いで仮入部に行ったんだった。

雪沢先輩に校門で勧誘されて、牧野の流れで長距離を見学しただけなんだった。

なんとなく行って、なんとなく走って、なんとなく燃えてしまった。

「どうすんだよ英太は。おれはもちろん入部するよ」

とっさにぼくは近くで弁当を食べている日比谷を見た。

吹奏楽部は楽しいのだろうか。

でもぼくは知ってしまった。

ぼくは走るのがどうやら楽しいらしい。

昨日のレースの快感は言葉では表しようもなかった。

そしていつか名高をギャフンと言わせたいという目標も生まれた。

もちろん吹奏楽に未練が全く無いという訳じゃない。

「どうすんの英太、入部する?」

それでも答えは一つだ。

「ああ、陸上部に入部するよ」

戦いの始まりだ。

 

 

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2008年3月11日 (火)

空の下で11.始動(その1)

「え?陸上部?」

朝ゴハンの時、甲高い声でお母さんが言った。

どうやら心底意外だったらしく、よくわからない苦笑いをしている。

うちのお母さんは運動は全くしない。かと言って太ってる訳じゃあないので別にいいんだけれど、息子であるぼくが運動部に入るのは全く予想してなかったんだと思う。

「だって英ちゃん、運動なんて好きだったっけ?」

苦笑いを消せないまま話し続ける。

「というか吹奏楽はどうしたの?いいトランペット買ったじゃない。もうやらない訳?3年間も頑張ってやってきたのに」

頑張ってたかどうかはわからない。なんとなくやっていただけだから。

「ちょっと英ちゃん、話聞いてるの?」

苦笑いは消えて、少し怒った顔つきになった。

「吹奏楽やめてまでしてやるんだから、真剣にやるんでしょうね?」

「あ、当たり前だよ」

何故かどもってしまった。

目玉焼きを食べながら答えたからかもしれないけど、真剣っていうほどの理由で陸上部に入部する事にした訳じゃないような気がしたからかもしれない。

「走るのが気持ちよくってさ。牧野もいるし」

ホント、こんな理由が真剣って言えるのかな。

「英ちゃんがやるって言うならいいけど、もう高校生なんだからやることはキチンとやりなさい。でも部活ばっかりじゃなくて勉強もキチンとしなさいよ、キチンと。わかってる?」

お母さんはたたみ掛けるように言った。

「大丈夫。ダテに高校生じゃないよ」

言ってみて恥ずかしくなった。

なぜならランニング用のシューズを買うためのお金が欲しいって言った後の会話だったからだ。

 

 

翌日は日曜日で学校も休みだったから、多摩センターという駅に牧野と待ち合わせてランニングシューズを買うことにした。

多摩センターの改札を出ると、牧野が手を振って待ってた。

「よ!英太、遅かったじゃん」

「そうか?ギリでセーフでしょ」

「んー、まあギリかな。まあとにかく行くか」

牧野はすでに目当てのスポーツ用品店があるらしく、一直線にその店があるデパートへと向かった。

ぼくはこの多摩センターはあまり来た事がないのでよくわからん。

中学の時、パルテノン多摩っていうホールで定期演奏会を一度だけやったことがあるけど、あの時は緊張しててよく覚えてない。

「英太、ここだよ」

牧野が案内してくれたのは大手スポーツ用品店だ。

いろんなランニングシューズが置いてある。

「ど、どれがいいんだ?牧野わかる?」

「まあランニングシューズならどれでもいんじゃん?色と形で決めろよ、カッコいいやつは高いけどな」

牧野は腕を組んで得意そうに言った。

「アテにならん意見だな・・・」

確かに高いものはかなりの金額だ。

でもまだ初心者だからそんなのはいらない。予算は一万円だ。

「お、コレいいな」

なんでそれが良かったのかはわからないけど、白地にライトブルーのラインが入った9800円のシューズを買った。

「頼むぜブルーラインくん!」

「なんじゃそれ、英太・・・」

このブルーラインくんとは長い付き合いになりそうだ。

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2008年3月14日 (金)

空の下で12.始動(その2)

ゴールデンウィークが明けた。

連休は家族で東京ディズニーシーに行って、隣接のホテルに泊まり、次の日はお台場のフジテレビに遊びに行った。

連休中にそういう人が集まるところに行くもんじゃないと知った。

人が多すぎて眩暈がした。

一番空いてたのが移動中の電車の中だったってのが不思議だ。

 

 

連休が明けると陸上部の練習が本格的に始まる。

仮入部の時とは違ってセンパイも優しくなくなるだろう。少なくとも吹奏楽部ではそうだった。

とりあえず今日、5月7日はジャージに着替えてから陸上部全員が校庭に集合ということになっていた。

いよいよ今年の多摩境高校陸上部の本格始動だ。

 

 

ぼくと牧野はホームルームが長引いたせいで着替えて校庭に行くと、陸上部はすでに集合していた。

到着するとネガネをかけた髪の薄い先生が満足そうにうなずいた。

「うん!よーし、全員集合したな」

どうやらあの先生が顧問みたいだ。

その横にはくるくるパーマのセンパイがいた。誰だ?

そのくるくるパーマが話し出した。

「みんな集まったな。ぼくが部長の中尾一輝です。ヨロシク!」

くるくるパーマが部長かー。パーマ部長とか呼ばれてるんだろうな。

あ、ちょっと大泉洋に似てるかも・・・。

「大泉洋じゃないからヨロシク!」

うっわ、意識してんのか?

「そして、この先生が顧問の志田先生です」

やっぱりメガネの先生が顧問らしい。もう一度見ても髪は薄い。

「えー顧問の志田です。そう、志田はワタシダ。」

「?!」

どうやら志田先生はウケると思って言ったらしい。

場の空気が固まっただけだ。

コホンと咳ばらいをして志田先生は続けた。

「主に短距離を指導している。部長の中尾も短距離だ」

ここでホクロくん・・・もとい1年の天野が質問した。

「長距離は顧問の先生いないんですか?」

最もな質問だが、志田先生は渋い顔をした。

そういえば前にもこの質問が出た時に雪沢センパイは答えなかった。

だが今回の志田先生は答えた。

「長距離は顧問の先生はいない。かわりに二年の雪沢がコーチする」

言われて雪沢センパイはみんなに向かって「よろしく」と言った。

どうも長距離の顧問というポジションには、何かいわくがありそうだ。

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2008年3月18日 (火)

空の下で13.始動(その3)

志田先生と中尾部長による簡単なあいさつの後、短距離と長距離にグループは別れた。

ぼくら長距離グループは雪沢センパイの元に集まる。

「まずは自己紹介だね。オレは雪沢。長距離はオレが仕切ります」

雪沢センパイは茶髪をかきむしりながら言った。

どうも今のセリフが照れくさかったらしい。

続いて穴川センパイが自己紹介した。

「穴川っていいます。まあよろしく」

坊主頭の穴川センパイは誰を見るでもなくそう言い捨てた。

次にホクロくん・・・いや、天野が手を上げて言った。

「天野たくみです!中学では一日も学校休んでません!」

だから何なのかはよくわからない。とにかく質問の多いやつだ。

続いてぼく。

「相原英太です。えーと、が、がんばります」

また、どもってしまった・・・。

「牧野清一です。隣のかみかみ英太とは同じクラスです」

「あ、ま、牧野てめ・・ち、ちが・・・」

恥ずかしかったので小声になってしまい誰にも聞こえなかった。

続いてコワモテ、ぽっちゃりの順に自己紹介した。

「剛塚ッス」

「お、大山です」

大山ってヤツはぽっちゃりしすぎだ。すぐ辞めそうな気がする。

その時、あの態度の悪い男、名高が言い放った。

「自己紹介なんてしても名前覚えきれないっすよ。どうせいつかは名前覚えるんだし、とりあえず練習しましょうよ」

また腹の立つこと言ってる。

しかし今回は雪沢センパイは強い態度を示した。

「名高。同じ部員の名前もわからんようだとチームワークに影響が出る。ちゃんと自己紹介するのが部活の基本だ」

さすがにセンパイに注意されたので名高は黙った。少し不満そうな表情ではあるけど。

「じゃあ次の人」

一斉に次の人に注目が集まる。

なんでかと言うと、あと3人は女子なのだ。

こないだいた女子3人組だ。

マネージャーと紹介されたけど選手として長距離に入ったのか。

「やったね」

思わず小声で言ってしまった。聞こえてないだろうな・・・。

慌てているうちに自己紹介は終わったらしい。

全く聞いてなかった。しまった・・・。

それにしても、2番目のコ、かわいいなあ。

ええと、名前くらい思い出せ。

確か、若井くるみだ。

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2008年4月 4日 (金)

空の下で14.始動(その4)

初の練習は、どうやら学校を出て一時間も走るらしい。

小山内裏公園という、多摩境高校から走って10分くらいの所にある大きな公園まで走って行き、その公園を40分間ぐるぐると回り、10分かけて学校まで走って戻ってくるというコースだ。

男女合計11名で走る。

 

 

まずは公園までの10分。

先頭に穴川センパイがつき、後ろに雪沢センパイがついて集団で公園へと向かって走る。

学校の外へ出ると、気分がすがすがしかった。

吹奏楽部では滅多に校外へは行かなかった。

たまに老人ホームや公民館での演奏会とかで出かけたりはしていたけど、練習で校外ってのはすがすがしい。

10分なんてあっという間で、すぐ小山内裏公園に着いた。

すると雪沢センパイが大声で言った。

「公園の周回コースは集団でいる必要ないからなー。各自で好きなペースで走れー。っつってもなるべく先頭から遅れないように頑張れよ」

と言っても競争ではない。

雪沢センパイがいいペースで走るから、出来る限りそれに付いていくだけだ。

40分後に何人脱落するかどうかだ。

なんとかして40分間くらいついてみたいんだけどね。

ところがわずか3分で、ぽっちゃりこと大山が歩きだしてしまった。

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2008年4月 8日 (火)

空の下で15.始動(その5)

女子3人組よりも先にぽっちゃり・・・いや、大山は遅れだした。

ちょっと振り返って大山の顔を見たけど、汗だくだし顔は歪んでるし、鼻水まで出てそうな感じでかわいそうだったけど、ぼくはすぐに前を向いて遅れないように走った。

同じく大山を振りかえった名高が「チッ」と舌打ちした。

 

 

小山内裏公園に入ってからはアップダウンがあるコースになった。

次々と遅れる一年生たち。

女子のうち、ぼくがかわいいと思った若井くるみと、もう一人が遅れ、その後すぐにコワモテ剛塚が遅れていった。

ぼくもけっこう辛くなってきたので、隣を走る牧野に聞いた。

「ま、牧野・・・時間・・・はあはあ・・まだ?」

一言話すのがこんなに辛いとは思わなかった。

牧野は腕時計を見てボソっと「あと15分」とだけ言った。

15分?

そんなに持つかな。

そう思ったとたん、足が重くなった。

集団から遅れる。

一人生き残っていた女子が一瞬振り返る。

アレマ、っていう顔。

なにくそ!負けてたまるか!

まだ牧野だって生き残ってるってのに。

き、気合いだー!気合だ!気合だ!

アニマル浜口ばりの気合で一度は追い付いたものの、またすぐに遅れだす。

げ、元気があればなんでもできる!行くぞー!

アントニオ猪木ばりの気合で再び追いついたものの、またすぐに遅れだす。

今度は名高が振り返って、ニヤリと笑いやがる。

く、くそ。牧野、あと何分だよ・・・もう無理だっつーの。

ま、待てってばよ・・・・あれ?

みんな止まった。

待ってくれた・・・みんな優しい!!か、感動だ!

雪沢センパイが言った。

「よーし、40分経過した。全員集まったら学校戻るぞー」

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2008年4月11日 (金)

空の下で16.始動(その6)

公園から学校へ帰る10分は散々な道のりだった。

一度、全員そろってから出発したにもかかわらず、ぼくは2分で遅れた。

というか歩いてしまった。

他にもぽっちゃり大山・コワモテ剛塚、女子二人もすぐ歩いた。

遅れた時、生き残った女子がまたも「アレマ」って顔してた。

女子に遅れるとは・・・。

おまけに牧野も先に行ってしまった。

その後は、なんとか走ったり歩いたりしながら学校へと向かった。

ツライのに走る気力があったのは、近くに例のかわいい女子、若井くるみがいたからで、バカみたいだけど、カッコ悪いとこばっか見られたくなかったからだ。

 

 

ようやく到着した学校では、すでに雪沢センパイたちがクールダウンをしていた。

「よ、遅かったな」

名高はぼくの疲れた顔を見るなりそう言った。

ふざけんな!

とか言いたいとこだけど、話す気力もなかった。

全員ゴールしてから、改めてクールダウンをして全員部室へと向かった。

そして部室でミーティングをして今日は解散となった。

 

 

帰りは駅まで牧野と二人で歩く。

牧野も疲れた顔をしてるけど、足取りはぼくより軽そうだ。

「英太、だいぶ辛そうだったな」

「そりゃね。しかも牧野にも負けるし」

ぼくはちょっと冗談っぽく言ったんだけど牧野は真剣に答えた。

「俺は距離が長い方が得意なんだ。こないだみたいな1500メートルじゃ英太の方が早いよ。」

なんだか慰めてもらってるみたいだ。

「でも英太、おまえ女子にも負けてたな。ププ」

慰めてもらってるワケじゃなさそうだ。思わず空しい反論をする。

「違うよ牧野。あの女子、早いんだ」

あー空しい。

それにしても初の練習は疲れた。

一日でこんなに疲れるなんて。

これが運動部か。

これが陸上部か。

これが長距離か。

ツレエ。

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2008年4月15日 (火)

空の下で17.始動(その7)

翌朝、家で朝ゴハンを食べていると、なんだか足が痛いことに気づいた。

「あれ?なんかモモが痛いな・・・」

見かねて母親が口を出す。

「あんた、それ筋肉痛なんじゃないの?」

「筋肉痛?」

そうか。たった一日で筋肉痛になったんだ。

この状態で今日も走っていいのだろうか。

それとも今日は見学にすべきか。

学校に行ったら牧野に聞いてみよう。

 

 

登校して教室に行くと牧野はまだ来てなかったので、自分の席に座って、なんとなくモモをマッサージしてみる。

「いてっ!」

モモを揉むとけっこう痛い。

昨日はけっこうムリして走ったからだろう。

大体、練習なんだからあんなにムリして追いつこうとしなくても良かった訳だ。

「おはよう、相原くん」

その声を聞いて、心臓がドキっとした。

声をかけてきたのは若井くるみだった。違うクラスなのにどうしてここに?

「あれ?若井さんって違うクラスじゃなかったっけ」

「うん。担任の先生に頼まれて、このクラスに届け物しに来たの。あれ?足、痛そうにしてるね。筋肉痛?」

ちょっと茶色がかった若井くるみの目が心配そうにぼくの足を見つめていた。

「え、あ、いや・・・なんだろ・・・そ、そう、そう筋肉痛・・・かな多分」

動揺しすぎた。自分の耳が真赤になるのを感じた。

でも若井くるみはそんなことに気付かないようで

「そっかあ、昨日は頑張ってたもんねー」

なんて言ったもんだから「頑張ってた」というところだけ聞いて、自分がちょっと尊敬されてるかもなんて勘違いまでしてしまった。

「今日も頑張ろうねー」

そう言って若井くるみは隣のクラス向って歩いていった。

かわいい・・・。

そこへ日比谷が登校してきた。

「お!英太、なに朝から鼻の下のばした顔してんだよ。さてはやらしいことでも考えてたな、この変態野郎。」

教室に日比谷の声が響く。

「ひ、日比谷!ぶ、ブッ殺す!」

せっかくの幸せな気分が台無しだ。

あーでも、なんか最近楽しいな。

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2008年4月18日 (金)

空の下で18.始動(その8)

昨日あれだけ辛い思いをして60分走ったのに今日また60分走るという。

おまけに60分走ったあとに筋トレの時間まであるというのだ。

雪沢センパイがそれをみんなに伝えたとき、正直ぼくは馬鹿じゃないの?とか思った。

昨日あんなにギリギリだったんだから絶対にムリなメニューだ。

しかし嫌そうな顔をしたのは、ぽっちゃり大山とぼくぐらいなもんで他のメンバーは動じている様子は無かった。

それどころか名高なんてニヤリと笑ってこっちを見やがった。

なんなんだあいつは?

ああいう自信家ってのはヒジョーに腹が立つ。

そんな事を考えている間にまた大山内裏公園に向かって走り出す。

今日も10分かけて公園へ行き、公園内で40分走り、10分かけて学校へ戻るという昨日と何も変わらないコースだ。

やはり公園に着いてから順に何人かが遅れだす。

ぽっちゃり大山、女子がひとり、コワモテ剛塚の順に遅れた。

今日は若井くるみが意外と粘る。

チラっと顔を見たら、苦しそうな表情だったからそこまで頑張らなくてもいいんじゃない?なんて思ってしまった。

ややあって若井くるみも遅れていき、公園で30分経つ頃にはぼくも遅れだしてしまった。

またも一番早い女子の「アレマ」と名高の嫌な笑み。

あんまり悔しいから、なんとか集団に追いついて40分走った。

そして全員集合してから学校へ戻る。

帰りは何も覚えてない。

集団から1分くらい遅れてゴールしたことしか覚えてない。

「よーし、じゃあ筋トレー」

雪沢センパイのこのセリフには頭がくらくらした。

やってられん。辛すぎ。

それでも腕立て・腹筋・背筋をやった。各60回づつだ。

女子は柔軟体操をやっていた。

これだけやったので学校からの帰りはフラフラだ。

フラフラのまま牧野と駅に向かって歩いていると牧野が言った。

「英太、おまえ、なんかスゲエな。粘りがあるっつーか」

「はぁ?」

牧野の言葉の意味がわからなかった。

粘るもなにもゴールでは遅れている。

「牧野のほうがすげーよ。一度も遅れてないじゃん」

「いや英太。一度遅れてから追いつくなんて、あんま出来ないぜ。昨日も今日も。遅れてからまた追いついた」

「遅れない方がすごいでしょ」

「そうかなあ。でも名高も大塚未華もスゴイって言ってたぜ」

「へー」

大塚未華って誰だっけ。牧野がかわいいって言ってた女子だっけ。あの一番早い女子の事だよな。

それにしても名高がスゴイなんて言ったの?本当に?

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2008年4月22日 (火)

空の下で19.始動(その9)

4月中は基本的な練習が続いた。

基本的な練習とは、要はジョックで60分だの80分だの走るとかで、ジョックの時間が短いかわりに1000メートルを全力で走る日もあったり、筋トレの日とかもあった。

特に1000メートルを全力で走った時は、実力の差がありありと出てしまうことになった。

やはり別格なのは雪沢センパイと名高で、続いて穴川センパイと天野、そして女子の大塚未華が続き、ぼくと牧野という順番で、あとのメンバーは歩いてゴールしてた。

ぼくはジョックでもレースでも女子に負けたことになるので、ガックリと肩を落として帰ることになる。

そうやって練習が続いていきゴールデンウィーク頃になると、60分走る例の小山内裏公園のコースも先頭集団についていけるようになっていたから、これがまた不思議なもんだ。

 

 

そうして練習を繰り返しっていった五月中旬。

この日は練習ではなくて、雪沢センパイと穴川センパイの地区予選大会を応援しにいく事となった。

地区予選大会は勝てば都大会に進める重要な大会らしい。

もっともっと勝っていけば全国大会に行けるわけだが、うちの学校はそういうレベルじゃあない。

雪沢センパイも去年、地区大会で敗退している。

でもあと一人抜かせば都大会に行けたらしく、それだけに今年は気合十分って感じだ。

その地区大会は八王子市の南大沢にある上柚木陸上競技場で行われる。

ぼくの住む堀之内からはすぐなので自転車で会場へ向かった。

 

 

「おおー、これが陸上競技場かー」

とても陸上部のぼくの発言とは思えないセリフだ。

それもそのはず、学校の校庭とはエラク違うのだ。当たり前だけど。

赤い色の400メートルトラック。その中には人口芝生のフィールド。

観客席は、ほぼ芝生席だけどメインの部分だけはベンチで作られたエリアもあった。

会場の立派さはもちろん、参加しに来ている人数に圧倒される。

400メートルトラックをかこんだスタンド席は、すごい広さだけどそれを埋め尽くす参加者たち。

ざっと数えて・・・数え切れるかよ!500人とかいるんじゃないの?

こんな中でセンパイ達は走るわけだ・・・・。

てゆーか・・・

「ぼくも走りたいな・・・」

それが本音だ。

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2008年4月25日 (金)

空の下で20.始動(その10)

雪沢センパイと穴川センパイが出るのは男子5000mだ。

二人とも去年は1500mにも出た事があるらしいのだが、5000mの方が順位が良いため、5000mだけに絞った形だ。

他にも短距離から何人かのセンパイが出場予定で、部長の中尾センパイは部長なだけに気合が入ってる。

「嵐よ吹け・・・」

中尾センパイはよくわからんセリフが多いのが困るけど。

 

 

ぼくら一年は誰も出場しないので、ひたすら雑用係だ。

最初に芝生席に大きなブルーシートを張って場所をとり

(これがまたシートが風に吹かれて大変な作業なのだ!)

シートの横には五人ほど入れるキャンプ用テントをたてる。

(部長とか顧問の先生しか入れない・・・)

あとは試合が開始されれば、レースが終わるたびにレースの記録が発表されるので、それを記録したりするんだけど

マジックで記録を羅列しただけのデカイ紙が正面ゲートに張り出されるだけなので、各校の記録係がみーんなそこに集まっちゃってて大変な騒ぎだ。

まるで東大の合格発表みたいに一喜一憂しながら記録するものだから騒がしいのなんのって、やってられん!

巨大電光掲示版とかでドドーンと表示してくれたらいいのに。サッカーの試合みたく。

しかも今日の記録係はぼくと名高・・・。

このイヤミっぽい名高と一日ずーっとペアを組むなんて。

「はーあ、今日の運勢は最悪か」

思わずつぶやくと名高に睨まれた。おまけに名高は

「記録係ってさ。記録すんのに夢中になって試合見れない時あるからやる気しないよな。しかも他人の記録ばっかだし」

とか愚痴を垂れる。

「やっぱ最悪」

記録している間にも試合は次々と進む。

次は雪沢センパイと穴川センパイが出る5000mだ。

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2008年4月29日 (火)

空の下で21.始動(その11)

5000mは今日が予選。明日が決勝となっている。

予選は3組あって、上位10人づつが決勝に進める。

そして明日の決勝では8人だけが都大会に進めるのだという。

雪沢センパイと穴川センパイは二人とも予選3組だ。

3組は36人出るらしいので、26人はここで落ちる。

ぼくら多摩境高校の陸上部はブルーシート上に集まって期待と不安をこめて予選3組の試合を見るのだ。

 

若井くるみが不安そうにぼくに言った。

「大丈夫かな。センパイ達」

ぼくは不安を消すために、やたら元気な声で答えた。

「ダイジョブっしょ。二人ともぼくらより全然早いし」

すると牧野がツッコむ。

「それってあんまり早そうに聞こえないし」

「しゃ、シャラップ!」

「欧米か」

牧野は最近お笑いに凝りだしたとか言ってた。

騒いでいると大塚未華が元気よく叫んだ。

「うおっしゃー!応援すんぞ、みんなー!」

その元気な声を合図にしたかのように3組のスタートを告げるピストルの音が響いた。

36人が一斉に走り出す。

400mトラックだから12週と半分走る戦いだ。

たった半周走っただけで何人か脱落してる。

すると牧野が叫ぶ。

「えー解説の英太さーん、これはどういう展開ですかねー」

「え?えと、そうですねー、えーとえーと・・・知らないよ!」

距離が進むにつれ、先頭集団から脱落者が増えていく。

と、先頭集団から5~6人が前に出た。

そこには雪沢センパイもいる。

それを見て若井くるみが叫んだ。

「あー、すごーい」

「くっ・・・」

何故か嫉妬する。何故か・・・。

その抜け出た集団もバラバラになり、一人ずつゴールしていった。

雪沢センパイは3位でゴール。確かにすごい。

そして穴川センパイは10位でゴール。ギリギリセーフでホッとした。

大塚未華が叫ぶ。

「アタシ達が応援したからかもよーーー」

ポジティブなやつだ。でもそれが大塚未華のいいとこか。

よかった、という雰囲気の中、名高だけは腕を組んで難しい顔をしていた。

「ギリギリかよ」

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2008年5月 2日 (金)

空の下で22.始動(その12)

地区予選二日目。

昨日は雪沢センパイ、穴川センパイともに予選突破したし、部長の中尾センパイも100mでぶっちぎりの一位だったので今日は気持ちが少し軽い。

その中尾センパイ、午前中にさっさと都大会行きを決めた。

100mは準決勝があって、組で2位。

決勝も3位で通過して、都大会進出だ。

お祝いムードで午後になり、5000mの決勝の時間になった。

30人出場で8人だけが都大会に進める。

 

 

レースが開始されると大塚未華を筆頭にみんなで大声を張り上げた。

自分は出場できない。

でも応援することはできる。

正直、応援が力になるのかどうか、ぼくにはわからない。

吹奏楽部の演奏会の時、応援されすぎてプレッシャーを感じて演奏中にお腹が痛くなった時もあった。

それでも今の僕には応援しかない。

「雪沢センパイ、ファイトー!穴川センパイ、ファイトー!」

選手は12回、ぼくらの前を通る。

そのたびにぼくは絶叫で応援した。

そういえばこんなに声を張り上げるのは、いつ以来だろう。

なんとなく入った陸上部だったのに、こんなに必死に声出して、ぼくを部に勧誘した雪沢センパイたちを応援している。

なんで?

一緒にいつも練習してるから?

わからないけど、なんでか必死で応援したくなったんだ。

なんとなく。じゃなくて必死で。

「センパイーーー!ラスト1周ですーーー!」 

そんな応援が聞こえたのか、走ってる雪沢センパイが一瞬笑ったように見えた。

そして雪沢センパイは7位で都大会行きの切符を手に入れた。

穴川センパイは18位だった。

ゴールしてフラフラのまま喜ぶ雪沢センパイを遠目に見てぼくの心の中で何かが動いた。

胸を焦がす様な熱い何かだ。

後から思えばこの時がホントの始まりだった気がする。 

この時、ぼくのランナーとしての心が始動しだしたんだ。

 

 

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2008年5月 3日 (土)

空の下で ~春~  目次

 

「君、足速そうだよね。ちょっとうちの部、見学してみない?」

全てはこの言葉から始まった。「空の下で」・・・開幕!

 

春の部  全編

 

↓個別 

序章(前編)

序章(中編)

序章(後編)

 

入部(その1)

入部(その2)

入部(その3)

入部(その4)

入部(その5)

入部(その6)

入部(その7)

 

始動(その1)

始動(その2)

始動(その3)

始動(その4)

始動(その5)

始動(その6)

始動(その7)

始動(その8)

始動(その9)

始動(その10)

始動(その11)

始動(その12)

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