2.空の下で-梅雨

2008年5月 6日 (火)

空の下で23.理由(その1)

空の下で ~梅雨の部~

 

五月下旬・・・今日も五月晴れ。

今年は五月に入ってから晴れの日が多い。

ぼく、相原英太の住む八王子市堀之内も五月にしちゃ、やたらと暑い日が続いたので、家の冷蔵庫にあるジュースがすぐに減る日々が続いていた。

といっても都心部ほどにジメジメした暑さじゃあない。

堀之内は東京都といっても丘や森がいたるところに点在するから、ちょっとくらいの暑い日ならすがすがしく感じる。

ぼくの家なんか川のほとりにあるから、川のせせらぎを聞いてるだけでもなんだか涼しく感じるもんだ。

「英太ー、もう時間じゃないのー?」

でも今みたいに朝から母親が暑苦しく呼ぶことで気温が上がる。

「わかってるよ、子供じゃないんだから」

「アンタなんかまだ子供よ」

うちのお母さんは毎日、学校に持っていく弁当を作ってくれる。

その弁当を受け取って、出かけるために玄関でクツを履こうとしているとお母さんが話しかけてきた。

「ねえ英太」

「ん?」

ぼくはそっけなく返事をする。

「陸上はどう?」

「どうって?」

ぼくはクツの紐を結びながら答えた。

「やってて楽しい?陸上」

「うん。そうだね」

朝からお母さんと会話をするのは、なんだか恥ずかしい。

とっとと会話を終わらせて出かけたい。

「そう、楽しいんだ。意外だね」

驚いたような声を上げたので、ぼくは振り向いて聞いた。

「意外?なんで?」

「だってあんた中学じゃ吹奏楽部だったじゃない。それがいきなりマラソンだなんて。楽しめるのかなって思ってね」

「マラソンじゃないけどね。でも、なんでか楽しい気がする」

自分でもなんで楽しいかなんてわからない。

「そうなんだ。じゃあいいか。辛いんだったら無理しなくてもいいかなって思ったから聞いてみただけ」

お母さんはそう言って台所へ向かった。

「じゃ、行ってきまーす」

ぼくは台所の方向にそう言って玄関を出た。

今日も少し暑い。

楽しむ、か。

なんでだろ、ただ単に練習で走るだけなのに。

なんで楽しいのか。

楽しさに理由なんて求めることないかもしんないけど、陸上が楽しめてる理由をちょっと考えながら学校へと向かった。

だいたい、陸上部に入った理由すらよくわからないんだから深く考えてもしょうがない気もするけど。

 

 

でもこの後、ぼくは知ることになる。

みんなには、みんなの理由がちゃんとあって陸上部を選んだことを。

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2008年5月 9日 (金)

空の下で24.理由(その2)

今日の練習は参加者が少ない。

昨日まで地区予選大会だったから、二年生の雪沢センパイと穴川センパイは今日は疲れを取るという事で休みなのだ。

センパイ達がいないってことで一年生も「まあいいか」という感じで休んでいるヤツが多い。

いつもの練習時間に校庭に現われたのは、ぼくと牧野と天野、それと大塚未華と若井くるみの5人だ。

さっそく未華が大声を出す。

「なんだよー、これしかいないのかよー。やる気ないなー」

くるみはその大声にビックリしながらも未華に言った。

「き、きっとなんか用事あるんだよ。みんな」

するとホクロくんこと天野が腕を組んで答える。

「じゃあ俺たちは用事も無い人ってことかよ」

「ご、ごめん、そういう意味じゃ・・・」

謝るくるみの声は最後の方はちっちゃくて聞こえなかった。

ぶっ殺すぞ!天野!!

とか言いたくなったが、まあ仕方ない。

未華が仕切りなおす。

「とにかくさー。雪沢センパイに練習メニューもらってあるからやろうよ」

「おー、さすが大塚。さっすが」

何故か牧野が未華を褒めまくる。

練習メニューは男女別で組まれてるので別行動をとる。

つまり今日のぼくの練習は牧野と天野と3人でやるんだ。

「なんか二人とも野がつくから呼びにくいね」

ぼくは素朴にそう言った。

すると牧野が手を挙げて言った。

「んじゃ、あだ名つけるか!オレは牧野清一だからマキセイ!」

「いや、意味わかんないし、どことなく化粧品メーカーっぽいし」

「じゃあなんだ、麒麟がいいか」

「確かに短い。ってゆーか、やっぱ意味わかんないし」

「じゃあ牧野だからマッキーにする?あ、歌手の感じじゃなくてマジックペンな感じでマッキー。どうどう英太?」

「牧野でいいよ」

「あ、つめたー!」

ぼくと牧野が盛り上がってると天野が口を出してきた。

「俺は?」

すぐに牧野は言った。

「おまえホクロくん。決定」

「えっ」

天野は絶句したまま止まってしまった。

さすがに牧野もあわてて訂正した。

「あ、あーーと、確か天野って下の名前は匠だよな。じゃあいいじゃん、たくみで。あんま他にいないし、たくみ」

天野は怒るかと思ったけどうなずいた。

「たくみね。いいね。面白いよ牧野」

「え、何が・・・」

なにが面白いのかは知らないけど、とにかくぼくは練習メニューを見た。

「えーと、60分ジョックと400mダッシュを5本だってさ」

「ほう」

天野・・・・・いや、たくみは腕を組んで偉そうにうなずいた。

「じゃあやるか」

たくみはどうやら仕切りたいらしい。

たくみを先頭にして3人のジョックは始まった。

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2008年5月13日 (火)

空の下で25.理由(その3)

天野たくみ。今つけた呼び名は「たくみ」

こいつと最初に会ったのはいつだったっけ。

初めて陸上部の見学に来た時にはいたんだっけ。よく覚えてない。

実のところ高校入学してから一か月経つのに、たくみとの会話ってあんまり覚えてないし、たくみが誰と何を会話してるのか、あんまりわからない。

ただ、仮入部の時から周りの発言にゴチャゴチャとイチャモンつけてるのはよく覚えている。

雪沢センパイが「こうやる」と言っても「なんで?」とか「どういう意図で?」とか質問ばっかだ。

そして鼻の横についているホクロばかり気にしてる。・・のはぼくだ。

たくみの鼻の横には少し大きなホクロがあって、それがいつも気になる。

「おい、聞いてるのか英太」

「ん?」

たくみに言われて、今ジョックし終わったところだと思いだした。

「なんかボーっとしてたぞ。ふふん」

たくみは自慢気な顔をした。

「ボーっとするのはたるんでる証拠だな」

なんでこんな偉そうなんだ?

まあ、たくみはいつもぼくより少し早いから文句は言いにくいけど。

「さて、英太、牧野。雪沢センパイの書いたメニュー通り400mを5本やるか」

たくみに言われて牧野が文句をつける。

「なんでおまえが仕切るんだよ」

「いいじゃん。オレ今日まで一日も部活休んでないし」

何故か腕を組んで微笑むたくみ。

「いいけどさ、休んでないのはオレも英太も同じだぞ」

牧野がそう言うとたくみは困惑した顔になった。

「な、なかなかやるな。さすが牧野」

「は?意味不明。ま、いいや、早くやろうか」

牧野とたくみは校庭にあるトラックに向かって歩き出した。

そこでぼくは二人に呼びかける。

「ちょ、ちょっと待って。400mを5本って何?」

するとたくみが答えてくれた。

「そのままだ。400mを5回走るんだ。全力で」

たくみが当たり前だろって顔でぼくを見てた。ホクロが気になる。

「まぁホントは80%くらいの力で5回走るんだけどな。今日はセンパイもいないし全力でやってもいいだろ。わかりやすいから。ジョックとかばっかだと体力はつくけどスピードつかんからな」

「スピード?」

ぼくは今度は牧野の方を見た。

しかし牧野ではなくたくみが答える。

「長距離だってスピードは必要だよ。知らないの?」

知るか。

「まぁ、そのうちわかるよ」

同じ一年なのに偉そうな感じだ。

とにかくスピードを鍛える練習な訳だ。

でもいつも走ってるのは10キロとかだ。

400mくらいなら5回走ってもそんなに辛くはないだろ。

一回くらいは牧野とたくみに勝っておく気でやろう。

気合を入れてぼくは言った。

「よし、早くやろう」

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2008年5月16日 (金)

空の下で26.理由(その4)

多摩境高校の校庭にあるトラックは200mだ。

つまり400m走るには2週するってことになる。

スタートの合図は大塚未華がやってくれることになった。

若井くるみは横で体育座りしてタイムを計ってくれるらしい。

またその体育座りがかわいい。

座ってるから、見上げる視線になるんだけど、その見上げてる表情に見とれそうになる。

まさかぼくを見てるんじゃ・・・ないよなあ。

明らかに大塚未華の合図を待って未華を見てる。

その未華の事を牧野がチラチラ見てるのは知ってる。

牧野のやつ、部活内恋愛かよ。

ぼくは若井くるみはかわいいって思うだけだ。好きなわけじゃない。絶対。

そんなこと考えてるうちに未華が言った。

「よーい、スタートー!」

ぼく、牧野、たくみが一斉に飛び出す。

短期集中!400mだ。

「え?!」

思わず声が出た。

たくみが早い。

いや、ぼくより早いのは前から知ってる。

いつもセンパイ二人と名高の次にジョックでゴールに着くから。

でも今、400mを走るたくみの早さはそれとは違う。

牧野も必死に追うが結局、たくみがダントツ一位で牧野が次にゴールし、ぼくはビリケツだった。

「どうだ」

たくみは息を切らせながらも自慢気な顔してる。

「これが一日も休んで無い力だ」

また牧野がツッコム。

「3人とも休んでないっつーの」

 

 

2分休憩して2本目だ。

再び未華が合図を出す。

飛び出す、たくみ。牧野が追う。ぼくは遅れる。

400mのたくみは早い。いや、速い。

2本目、3本目もたくみが一位だった。

「はあ、はあ・・・どうだ。これが」

「休んでない力だろ」

たくみが言い終わる前に牧野がつっこんだ。

再び未華が合図の準備をする。

その時、未華がくるみの計ってたタイムを見て言った。

「へぇ、面白くなってきたじゃん!次の4本目は見ものだよ」

はあ?

なんのことだ?

よくわからなかったが牧野の目つきが変わった。

 

 

「よーい、スタートー!」

飛び出すたくみ。追う牧野。遅れるぼく。

一位はまたも、たくみ。

しかしすぐ牧野がゴール。ぼくだけ遅れた。

息切れしながらも目が死んでない牧野。

逆に、勝ったたくみが驚いていた。

 

 

そしてラスト5本目。

ついに牧野がたくみを抜いた。

すげえ。牧野!

と思ったら、ぼくもたくみに追いつきそうだった。

でもギリギリで追いつけないままでゴールした。

「くっそーーーー」

叫んだのはたくみだった。

「やっぱりか!!」

たくみはそう叫んだ。

やっぱり?

どういうこと?

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2008年5月20日 (火)

空の下で27.理由(その5)

悔しそうにするたくみ。

まあ五戦全勝するつもりだったろうから悔しいのはわかる。

でも「やっぱり」ってのはなんだろう。

そういや途中で未華も「面白くなってきた」なんて言ってたっけ。

その未華は、くるみと二人でストレッチするからと言って体育館へと消えていった。

こうなるとたくみに聞くしかない。

「えーと、たくみさぁ」

話しかけると、たくみは睨んできた。

「なに?英太」

ケンカ腰だ。ホクロがひくひくしてる。わけない。

「やっぱりってのは、なんなの?」

「持久力だよ」

「持久力?」

ぼくは牧野を見た。

牧野も何の話だかわからなそうな顔をしてる。

「持久力がどうかしたの?」

「差が出た」

「え?」

たくみは急にぶっきらぼうな口調になった。

いじけてるとしか思えない。

さっきまで雄弁に語ってたくせに、面倒なヤツだ。

牧野もイライラしてきたらしく、たくみに強い口調で聞く。

「で?なんなんだよ差って。メンドイからわかりやすく話せよ」

牧野の強い口調に、ぼくはどきっとした。ケンカになるんじゃないか・・。

でもたくみは素直に答えた。

「オレはスピードには少し自信があるんだ。でも持久力に自信がない」

「じゃあ短距離やればいいだろ」

牧野はまだ強い口調だ。

「長距離が好きなんだよ。長い時間レースを楽しめるだろ」

長い時間走るのが楽しいのか辛いのかは人による。

「だから1500mとかまでは自信があるんだよ。けどそれ以上の距離になるとタイムが悪くなる。でも5000mとかの長いレースに出たいんだよ、オレは」

なるほど。

だから今やった400m5本も、だんだんとタイムが悪くなり、最後には牧野に抜かれたってことか。

「オレと違って牧野は5本目までタイムがあんまり悪くならなかった。そんでちょっと悔しくってさ」

たくみはやっといつもの表情に戻った。

自分の悩みを打ち明けて気が楽になったのか。

そしてたくみは牧野に言った。

「オレはもっと持久力つけて強くなるからな。だから休まず練習に出てきてるんだ」

ああ、そういう理由で皆勤賞なわけ。

すると牧野は答える。

「じゃあ俺はスピードつけるかな」

みんな持ってる能力が違うんだな。

ただ走るってだけの競技なのに。うーん、深い。

「それにしても、英太って」

「ああ英太か」

牧野とたくみが揃ってこっちを見た。

「1本目より5本目の方が早いってどういうことだよ。一体」

「え?」

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2008年5月23日 (金)

空の下で28.理由(その6)

「5回目の方が早かっただぁ?」

翌日の登校中に日比谷にそう驚かれた。

たまたま多摩境駅を降りたら日比谷がいたので一緒に高校まで歩くことになったんだけど、昨日の400mの話をしたら、陸上部でもない日比谷が「スッゲ」とか言って食いついてきた。

「英太、それってスッゲーよ。マジで。スッゲ」

日比谷の興奮の方がスッゲーよ。

「そうかなあ、たまたまな気がするけど」

「いや英太。よく考えてもみろって。4回走って疲れてるのに5回目でさらに早くなるなんて異常だぜ絶対」

「い、異常ですか・・・」

「そうだよ異常だよ。だっておまえ、吹奏楽部の時だって4回同じ曲を演奏したら5回目の演奏じゃ、疲れてフォルテッシモ出ねーよ」

「ああ、そういやそうだったなあ」

日比谷と一緒だった中学時代の吹奏楽部を思い出す。

「だろう?後半に伸びるってのは英太の特殊能力だよ。スッゲーよ」

そんなに褒められると調子に乗っちゃいそうだ。

「そういや日比谷は吹奏楽部どうなの?」

日比谷はにたーっと笑い、答えた。

「実は夏にブラス・サマーフェスティバル2008ってのが橋本であってよ」

橋本ってのは多摩境の隣の駅だ。

「それに出るんだよ。吹奏楽部。もちろんオレも出るぜ。今、猛特訓中なわけよ」

「へーすごいじゃん!見にいくよ絶対」

「オレの晴れ舞台、しかと見届けろよ」

いつのまにか日比谷は目標まで定めて練習してたのか、と感心する。 

「あれ?英太、あいつ陸上部のヤツじゃない?」

突然、日比谷が指さしてそう言った。

その先には確かに、ぽっちゃり大山がいた。

ホームセンターの駐車場に一人で座ってる。

ぼくと日比谷は大山の座ってるとこまで行った。

大山はうつむいたまま動かないので、ぼくから話しかけた。

「大山、どうしたの?」

すると大山は疲れた表情でこっちを見た。

「ああ、英太くんか」

大山はどっこいしょって感じで立ち上がる。

何故かリュックを二つも持ってる。重そうだ。

「ちょっと疲れちゃってさ。休憩してたんだ」

「ふーん。なんでカバン二つも?」

大山はリュックを見て答えた。

「ああ、ぼく陸上部でも一番遅いじゃん?太ってるし。さっさと痩せて早くなるためにさ、重い物持って鍛えてるんだ。痩せるために陸上部入ったからね」

大山の言葉を聞いて日比谷が感心した声を出す。

「スッゲ。ドラゴンボールみてえだな」

「Z?」

「いや、初期の」

その後は3人で学校へ歩いた。

この時、ぼくはすでに大山がカバンを二つ持つ理由を勘違いしていた。

その勘違いに、ぼくはもっと早く気づくべきだった。

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2008年5月27日 (火)

空の下で29.理由(その7)

毎日ジョックばかり繰り返していた5月中旬の月曜日。

アップした後に雪沢センパイが言いだした。

「今週はスピードトレーニングをする」

そのセリフに思わずたくみを見た。

たくみは腕を組んだまま頷いていた。

偉そうな態度だ。でも少し笑っているようにも見える。

やっぱりスピードには自信があるからか。

そして名高も不敵な笑みを見せて言った。

「やっとですか。待ちくたびれましたよ」

たくみにしろ、名高にしろセンパイへの言動には気をつけてもらいたい。

でも雪沢センパイは気にしない感じで話を続けた。

「今週末はオレの都大会もあるからな。スピードも鍛えたいんだ。それで今日は1500m×5本のインターバル走をやる」

「え、1500を5本?!」

声を上げたのは牧野だ。雪沢センパイはニヤリと笑って言う。

「どうした牧野」

「あ、いや、キツイなーって」

牧野は苦笑いで答える。

その表情だけで今日のメニューがキツイと想像がつく。

「まあガンバレ牧野」

「は、はい」

苦笑いの牧野に代わって、たくみが質問した。

「インターバル走ってーと、1500mと1500mの間はどうするんですか」

そういえばインターバル走ってなんだ?

  

この後の、たくみと雪沢センパイの会話でわかったのはこうだ。

1500mを全力の8割ぐらいの力で走る。

ゴールしたら休憩せずに1000mを、ゆーっくりジョックするそうだ。

1000mジョックしたら再び1500mを8割の力で走る。

それを繰り返して1500mを5回走り切ったらゴールだ。

 

うーむ、キツイようなそうでもないような。

悩んでいると穴川センパイが言った。

「ま、一年にゃキツイかもな。必死でついてきな」

それを聞いて名高がため息をした。

 

 

最初の1500mは楽しかった。

案の定センパイ二人と名高、たくみだけ前にいる展開だったが、久しぶりにやったレース感覚が快感だった。

やっぱり競争はいい。

ジョックした後の1500m二本目。

ゴールしたところで倒れこみそうになった。

そして3本目。4本目。

ほとんどジョックと変わらないスピードだったような気がする。

でも4本目にはたくみを抜いた。

ラスト5本目はほとんど記憶がない。

ただ、つらい。それだけだ。

練習終了時に雪沢センパイが言った。

「今週は木曜日まではインターバル走だから覚悟しといてね」

誰か死ぬんじゃねーの?

「こんなんだと・・・」

ぽっちゃり大山がつぶやいた。

「痩せるどころじゃないね」

そう言って大山はフラフラと帰宅した。

痩せる?

やっぱり痩せるために走ってるのかな。

ぽっちゃりだからなぁ。

みんな色んな理由があるんだな。

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2008年5月30日 (金)

空の下で30.理由(その8)

次の日は800m×8本だった。

正直、楽しいのは2本目までだった。

昨日もそうだったけど最後までトップを争っていたのは雪沢センパイと名高だった。

6勝2敗で雪沢センパイが勝ったそうだ。

ということは2回、名高が勝ったことになる。

穴川センパイは、たくみと3位を争っていたみたいだ。

練習後に穴川センパイが凄い形相で名高をにらんでいるのを見た。

「うぜえ」

睨まれてる名高はそうつぶやいた。

 

 

練習も終わり、学校から駅までの道をたくみと歩いているとホームセンターの駐車場に大山が座っていた。

こないだと同じ場所だ。

「あ、英太くん、たくみくん」

大山はこっちに気付いて立ち上がった。

「二人は仲いいんだね」

は?たくみと仲がいい?最近話すようになっただけなのに。

ぼくはそう思ったのに、たくみは不敵な笑みを浮かべながら「まあ、陸上もチームワークだからな」とか意味わからんことを口にし、さらに続けた。

「それにオレと英太は今んとこ実力的にライバルになりつつあるし、英太の弱点でも探ろうかと思って一緒に歩いてたんだ」

これにはぼくも驚いた。

「え?そうなの?ぼくの弱点を?」

「そうだよ。気付かなかった?英太、日に日に早くなってるからさ、負けないように努力すんのは当然だろ」

なんだか努力の方法が違う気もするけど「ぼくが早くなってきてる」という話の方が気になった。

「ぼくって少しは早くなってきてるのかな」

質問するとたくみは下唇を出して言った。

「オレ、質問するのは好きだけど質問されるのは嫌なんだよね」

ムカツクヤツだ!

すると横で見てた大山が言った。

「ボクいっつも後ろから見てるけど・・・まあ後ろから見た感想だけど英太くんって後半すごい伸びるよね。すごいなって思う」

「そ、そう?」

なんだか褒められた気がして恥ずかしくなってしまった。

「逆にたくみくんって前半で一気に前に出て差をつけるよね。すごい度胸だなあって思う」

「だろ!よく見てるな大山」

たくみも褒められた気になったらしくニヤニヤしている。

ところがたくみは急に怪訝そうな顔をした。

「ん、どうした、たくみ」

たくみは大山のカバンを指さして言った。

「大山、なんでカバン二個持ってるんだ?」

質問されて大山は言いにくそうにしてるので、かわりにぼくが答えた。

「大山はさ、体力作りのために重いカバンを二個持って歩いてるんだよ」

するとたくみは「バーカ」と言って、二個のうちの片方のカバンを軽々と持ち上げた。

「これのどこが重いんだよ、英太」

「あ、あれ?どういうことコレ?重いんじゃなかったの?」

大山を見ると、彼はうつむいていた。

それを見てたくみは言った。

「これって小学生並みのイジメだろ?」

「い、イジメ?」

「そうだよ超古典的なイジメ、カバン持ちだよ」

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2008年6月 3日 (火)

空の下で31.理由(その9)

そういえば小学生の頃にあった。

みんなのカバンを一人で持ち歩かせるイジメが。

あの頃はカバンというかランドセルだったけど。

でも高校生にもなってカバン持ちなんてやらされてるヤツなんてホントにいるのか。

 

 

たくみは得意の質問を大山にぶつける。

「誰だよ、いまどきカバン持ちなんてやらせるのは」

大山は下を向いたまま答えない。

それでもたくみは質問を続ける。

「誰だって聞いてるんだよ。陸上部のヤツか?どこまで運ぶんだ?」

大山は下を向いたままだ。

なんだか教師と生徒のやりとりみたいだ。

きりがないのでぼくは大山に言った。

「ねえ大山、誰のカバンだか知らないけどさ、ちゃんと断った方がいいよ。こういうのは断らないとさ、ずっと続くからさ」

「剛塚くんのだよ」

「え?」

「剛塚くんに持たされてるんだよ。それだけだよ」

ぼくとたくみはその場に立ち尽くしてしまった。

「剛塚か」

たくみはふうっと息を吐き出して言った。

「英太、剛塚のイジメだとよ。どうするよ」

剛塚ってあのコワモテの剛塚だよな。

いつも大山と後ろの方を走ってるヤツだ。

顔の堀が深くて目つきのするどいヤツだ。

正直言って、ちょっと怖そうだから今まで避けてきた。

中学の時は不良グループにいてケンカが多かったって噂だし。

なんだか面倒なことになりそうだ。

平和に見えた陸上部だったけど、影ではいろいろあるのかも知れない。

長距離の顧問の話だってそうだ。

短距離には先生がいるのに長距離には先生がいない。

この前、その事をたくみが雪沢先輩に質問したとき、先輩達は質問をはぐらかした。

なんか変な空気がした。

今日はあの時と同じ空気だ。

ぼくの知らない所で何かトラブルが起きているんだ。

なんだか嫌な気分だ。

「みんなには言わないでね」

沈黙を破り、大山はそう言ってカバンを二つとも肩にかけた。

それを見てぼくは何か言いたかったのだけど何も思いつかなかった。

どうしたらいいのか、よくわからないから。

でも、天野は構わずにまた質問だ。

「剛塚のカバン、アイツの家まで持っていくのか?」

「うん」

「面倒だろ?自分で持ってかせないのか?」

「うん。面倒だけど、しかたないよ。中学2年の時からだから」

そうか。

大山と剛塚は同じ中学なのか。

だから高校になっても中2の頃からのカバン持ちが続いてるんだ。

ということは2年間以上も持たされてることになる。

長い。これは長い長いイジメだ。

なのに大山はこんなことを言って帰って行った。

「まあ、剛塚クンにも色々あるからね」

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2008年6月 6日 (金)

空の下で32.理由(その10)

「大山が剛塚に?」

翌朝、いつもの多摩境駅から学校への道で牧野に事情を話した。

牧野の驚いた声が大きかったので誰かに聞かれたんじゃないかとヒヤヒヤしたけど、誰も気づかなかったみたいだ。

そのまま学校へと歩きながら話す。

「なんでだよ」

「理由は知らないけど、どうも中学の時からイジメにあってたみたいだよ。ほら、剛塚って中学の時は悪い連中とつるんでたって話じゃん」

これは高校入学当初から出てた話だ。

剛塚と同じ中学のヤツが言ってた話だから間違いない。

「それで、高校では部活も同じ大山に目をつけたってことか?」

牧野は眉間に皺をよせながら歩く。

「多分そうなんじゃないかなー」

「でも英太さあ、高校にまでなってカバン持ちだなんて・・・」

牧野はまだ眉間に皺を寄せてる。

「まあ大山のヤツ、トロイからな。確かにイジメに遭いそうだけど。辛そうにしてるとこ見たことないぞ。練習は辛そうだけど」

確かに牧野の言う通りだ。

剛塚に何か言われてるところも見たことないし、イジメがあって学校が辛いって感じもしない。

それどころか昨日の大山の発言は剛塚をかばってる感じすらあった。

だいたい、カバン持ちなんて子供っぽすぎる。

「それよりさ」

牧野は眉間の皺を解いて言った。

「昨日の爆笑TV見た?すげえ面白かったぜ」

そう言って牧野は思い出し笑いを始めた。

部内の問題より、昨日のお笑い番組の方が大事らしい。

「牧野、もっと真剣に大山のこと考えてよ」

「なに言ってんだ英太。最後まで聞けよ。オレが言いたいのは、こういう明るい話題が似合う陸上部であってほしいって話だよ。わかんないのかよ」

「TVの話したいだけでしょ」

「あー英太、今オレのことバカにしただろ。それこそイジメだよ」

なんとなく話題が逸れていき、結局J-POPの話題をしていると後ろから雪沢先輩に声をかけられた。

「おはよう相原、牧野」

「あ、おはようございます」

雪沢先輩の顔を見て、大山の話題をしようかと思ったけど、その前に牧野が言った。

「雪沢先輩、土曜の試合、ガンバッてください!」

「お、ありがと牧野。全力で頑張るよ」

そうか。もう都大会か。

うちの長距離で唯一、都大会に出る雪沢先輩の応援をしなくちゃ。

「ぼくも全力で応援します!」

なんだか力いっぱい言ってしまった。ちょっと恥ずかしい。

すると雪沢先輩は言った。

「応援よろしくな。でももうお前らも応援だけじゃなくなるぞ」

「はい?それって?」

「言ってなかったっけ。来月に行われる多摩川ロードレース大会の10キロの部にみんなで出るんだよ。出場資格とか特に無い大会だから」

「え?みんなって一年もですか?」

「そうそう。長距離チーム全員だよ。おまえらのデビュー戦だよ」

「で、デブー戦?!」

「牧野、発音が・・・」

デビュー戦か・・・・・・。

心臓がドクンドクンと強く鼓動を打った気がした。

いよいよぼくらも大会で出場できるんだ。

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2008年6月10日 (火)

空の下で33.理由(その11)

今年の東京都大会は江戸川区の西葛西にある江戸川陸上競技場で行われる。

江戸川なんて聞いたこともない地名だ。

ぼくら多摩境高校は、東京都の町田市だから江戸川区までは50キロ以上離れている。

同じ東京といえども全く未知のエリアでの試合だ。

電車を乗り継ぎ、乗り継ぎ、聞いたこともない地下鉄、東西線に乗る。

到着した西葛西駅は、地下鉄なのに地上にあった。

 

 

駅前で長距離チーム全員が集合して、歩いて江戸川競技場へ向かう。

歩いてる途中、つい剛塚をチラチラ見てしまった。

一体なんの理由で剛塚は大山にカバンを持たせているのか。

そもそも不良グループにいた剛塚がなんで陸上部になんか入ったのか。

まあ、ぼくも入部の理由は最初は無かったけど。

今は走るのが楽しいからだって言えるけど。

牧野も走るのが楽しそうだ。

たくみも楽しいのか、持久力をつけたいと言っていた。

大山はダイエットのためだとか言っていた。

じゃあ剛塚は?

いや、待てよ、もう一人。

ぼくは隣を歩いてる名高に聞いてみた。

「ねえ名高」

「ん?」

「名高ってなんで陸上やってんの?」

「は?」

「いや、なんか理由でもあんのかなって思って」

「はあ?」

無愛想な返事ばかりだ。

「あ、いや、別に理由とかないならいいけど」

「は?そんなの早くなりたいからに決まってるじゃんかよ」

「あ、そうなんだ。名高って十分早いのに」

「バカか英太。もっともっと早く走りたいんだよ。ただそれだけだ。だいたいさ、まだ雪沢先輩の方が早いだろ」

当たり前のように名高は言った。

 

 

早くなりたい。

ああ、なんて単純な答えなんだ。単純でいて最も奥が深い答えだ。

きっと、中学から陸上をやっているヤツは、これを追及しているヤツらばっかだ。 

そんな事を考えていると江戸川競技場についた。

 

 

地区予選の会場は八王子の丘陵の中にある会場だったけど、今日はマンションがたくさん立ち並ぶ中に突然現れる会場だ。

会場の南側には川が流れていて、海が近いのか塩の香りがする。

この未知のエリアの会場が雪沢先輩の戦いの場となるんだ。

「なんだかドキドキするね」

会場をみながら若井くるみがそう言って続けた。

「雪沢先輩の今日までの努力が試されるみたいでドキドキするよ」

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2008年6月13日 (金)

空の下で34.理由(その12)

会場の雰囲気は地区予選の時とあまり変わらない。

ぼくら一年がテントを張ったりブルーシートで場所取りしたりする。

それはどこの学校も同じらしくて一年らしき部員がテキパキと働いている。

地区予選の時と違うのは知らない地名の学校が多いということだ。

東京中の学校が集まるのだから当たり前といえば当たり前だけど。

八王子とか町田・立川なんて地名の学校は地区にもいたけど、代々木とか池袋とかいかにも都会風な地名なとこから、小岩とか木場とか聞いたことない地名の学校もいる。

多分、東京の東エリアの学校だ。ぼくら多摩境高校は西のハズレだ。

それと、応援の規模が大きくなった気もする。

やっぱり都大会に来るようなとこは部員も多いんだろうか。

驚いたことに大根を振りまわしてる高校なんかいた。

「オレ達もなんか振りまわすか」

牧野が笑いながら言っからぼくは聞いた。

「何にする?」

「そりゃあ決まってるよ。セロリだ」

「え?なんで?」

「今日の朝メシで食ったからな」

牧野はニヤリと笑いながら言ったが、なんで笑うのか意味不明だ。

 

 

午前11時、いよいよ雪沢先輩の出番だ。

都大会にも予選と決勝がある。

まずは予選だ。

雪沢先輩の出る5000メートルは3組あって、それぞれの組の上位12名が決勝に進めるシステムだ。

雪沢先輩は1組に出る。1組には40名ほどが参加だ。

スタート1分前になると大塚未華が声を張り上げた。

「よーし!みんなー!力の限り応援すんよー!」

未華は空手の構えみたいなポーズでそう叫んだ。

それを見て牧野はつぶやく。

「かわいいよな大塚」

「い、今の空手のポーズが?」

すぐに1組がスタートした。

雪沢先輩はすぐにぼくらの前を通過した。

5000mはトラック12週半だ。長いレースになる。

ぼくらは雪沢先輩が前を通過するたびに叫んだ。

10週を終えたとき雪沢先輩は8位だった。

「行ける!」

しかし、残り1周で数人がラストスパートをかけた。

一人、また一人と雪沢先輩を抜いていく。

「ゆ・・・」

やばいと思った。

今、12位だ。あと200mでゴールだけど後ろから追いついてくる奴がいる。

残り100mで雪沢先輩とそいつは並んだ。

そしてそいつは雪沢先輩を抜いて行った。

その時だ。

普段あまり熱意を見せない穴川先輩が叫んだ。

「雪沢ー!気張らんかいー!!」

しかし雪沢先輩は13位でゴールした。

「くそ、こんなんじゃ名高に追いつかれるぞ」

穴川先輩は地面を蹴とばした。

 

 

雪沢先輩の敗退により長距離チームは重い雰囲気になってしまった。

しばらくして雪沢先輩が戻って来ても声をかけにくかった。

しかし穴川先輩は声をかけた。

「ったく、惜しかったのによ」

「悪い穴川。最後の声、聞こえたんだけどさ。もう力残ってなかった。でもなんか嬉しかったけどな」

「あ?な、なんだよそれ、照れるじゃんかよ・・・」

「まあいいよ、自己ベストはかなり更新したし」

そう、雪沢先輩は自己新記録を出してのゴールだった。

負けたとはいえ成長を実感したんだろうか。

そして言った。

「後輩もたくさん入ったしな。あいつらと競い合ってれば来年はなんか決勝くらいは行けそうな気がするよ」

やっぱりそうだ。

雪沢先輩は成長を実感してるんだ。

だから、負けたけどそんなに悔しい顔はしていないんだ。

朝の名高の言葉が蘇る。

「早くなるために決まってるじゃんかよ」

きっと雪沢先輩も早くなるのが楽しいんだ。

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2008年6月17日 (火)

空の下で35.理由(その13)

多摩境高校で都大会に出場したのは雪沢先輩だけじゃない。

短距離三年生、部長の中尾一輝先輩と幅跳び二年生の二本松ゆりえ先輩だ。

 

 

二本松ゆりえ先輩はいつもポニーテールの色黒の先輩で、短距離チームのムードメーカー的な存在らしい。

女子幅跳び決勝まで進んだが、雪沢先輩と同じくあと一人というところで敗退した。

 

 

中尾一輝部長は200mに出場だ。

多摩境高校ナンバー1のそのスピードで予選を通過。

200mは準決勝もあったけど、それもギリギリで通過して決勝へ進んだ。

200m決勝は8人で走って6人が南関東大会へ進める。

2人しか落ちないが、準決勝のタイムを見る限り

中尾部長は最下位確実だった。

しかし決勝を前にして小雨が降り出した。

応援席にいたぼくの横で雪沢先輩はつぶやいた。

「雨のスプリンター・・・」

決勝は中尾部長は5位だった。

南関東大会へと進めたのだ。

これは多摩境高校陸上部としては初となる快挙だった。

後から短距離のヤツに聞いたんだけど、中尾部長は雨になると早くなるらしい。

だから雨のスプリンターなんてあだ名までついてるという。

そういえば地区予選のときも「嵐よ吹け」なんて言ってた気がする。

とにかく中尾部長の南関東進出というおめでたいニュースで、ぼくらの都大会の応援は幕を閉じた。

 

 

翌日、練習はなかったが長距離チームはミーティングを行った。

部室に長距離チーム全員を集めて、雪沢先輩が言った。

「まずはみんな、応援ありがとう。おかげですごい力が出たよ。決勝には行けなかったけど自己ベストは出せた。満足してる」

すると名高が言った。

「満足なんてしないで下さいよ。まだまだでしょ」

相変わらず名高の発言は心臓に悪い。

「まだまだか。そうだな、名高もたまにはいいこと言うな」

雪沢先輩が笑ったので名高は下を向いてしまった。

「今、名高が言ったようにオレもまだまだ成長するつもりだ。名高もまだまだ成長するだろう。そしてみんなもだ。みんなも成長中なはずだ。そこで!」

雪沢先輩は言葉を切った。

そして一枚のパンフレットをかざした。

ランナーが走るイラストが入ったパンフレットだ。

「来月府中で行われる多摩川ロードレース大会のパンフだ。これの10キロの部に全員で出場しようと思う」

こないだの話だ。やっぱりまだ発表してなかったんじゃん。

「オレ、穴川、そして名高、天野、相原、牧野、大山、剛塚の男性陣が10キロの部だ。 そして若井、大塚、早川の女性陣が5キロの部だ」

早川なんてコいたっけ?ああ、いつもビリを走ってるけだるそうなヤツだ。

「日付は6月12日。まだ一月くらいあるけど忘れるなよ」

・・・顔つきが変わった。

それは後から気付いたことだ。

後から思えば、この「大会に出る」という話を聞いたところで、みんなの顔つきが変わったような気がしたんだ。

みんなが、それぞれの理由を持って入ってきたこの陸上部。

いろんな理由はあるけれど、やっぱり大会に出るということは新しいひとつの目標になる。

大山と剛塚の関係も気になるところだけど、とりあえず今は多摩川ロードレース大会に向けて頑張ろう。

ぼくの目標は・・・そうだな、たくみと牧野に勝つことだ。

 

 

空の下で「理由編」END → NEXT「デビュー編」

 

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2008年6月24日 (火)

空の下で36.デビュー(その1)

6月に入った。 

ぼく、相原英太の住む八王子市堀之内も本格的に梅雨に入った。

ぼくの家は2階建てだ。

二階に上がってすぐのところにぼくの部屋がある。

淡いピンクみたいな色の絨毯の部屋なんだけど、もう築15年なので、絨毯は擦り減っていてピンクには見えない。

その部屋の窓から外を見ると、京王線の高架とか緑に囲まれた丘陵のマンションとかが見える。

でもその景色も今日は小雨が降っているせいで緑色じゃなくって灰色に見える。

もう三日も連続で雨だから灰色の景色ばっか見ていた。

こうなると気分までジメジメしてきそうで怖い。

 

一階に降りて和室でテレビ見ながら朝ゴハンを母親と食べる。

ぼくには中学二年の弟がいるんだけど、もう学校に出かけたらしい。

高校一年で母親と二人っきりでゴハンというのは恥ずかしい。

「英太、どう陸上は」

「またそれ?」

「だって心配じゃない。吹奏楽と違ってケガとかも多いんでしょ?」

「吹奏楽でもケガはするよ。中学んとき日比谷なんか舞台から落ちて打撲してたもん。先生にすっごい怒られてたし」

それでも日比谷は打撲したことを「スッゲ、スッゲ」とか騒いでたけど。

「でも今日みたいな雨の日とかは練習どうするの?」

「やるよ。屋内で」

「ふーん。ま、怪我だけはしないようにね」

母親としてはぼくが早くなるとか体力がつくとかはどうでもいいらしい。

とにかくいつも怪我のことだけを気にしてる感じだ。

今度試合に出るって言った時も「そうなんだ。じゃあ怪我しないように気をつけてね」と言っただけだ。

ほんとはちょっと応援してほしいんだけど。

まあ試合会場に来られても恥ずかしいけどさ。

 

 

6月に入ってからは雨が多いせいで屋内での練習が多くなった。

ぼくはやっぱり晴れた空の下で走るのが気持ちいいんだけど、梅雨なんだから文句言ってもしょうがない。

それにしても屋内の練習というのは単調だ。

校舎の長い廊下を行ったり来たり60分も走るのだ。

60分となると、廊下が長いといっても100メートルもないので何十往復もすることになる。

景色変わらないし、屋内だからジメジメするしで何も楽しくない。

ただ、遠くから聞こえる吹奏楽部の演奏が聴こえるのが唯一の楽しみというか、救いだ。

演奏を聴くとまたトランペットをやりたい衝動にかられることがある。

あんな適当にやっていたわりには吹奏楽の音楽が今でも好きなんだな、とか考えながら60分間を走る。

 

 

走り込んだ後は筋トレだ。

ぼくは筋力はあまりついてないから筋トレは辛い。

ここで一番力を発揮するのはコワモテ剛塚だ。

「ふっ!」

と、息を吐き出しながら腕立て、腹筋、背筋などをこなしていく。

よく見ると腕も脚も太い筋肉でできている。

あれで蹴られたりしたら骨折ものだ。

ぼくは思わず、ぽっちゃり大山をチラっと見てしまった。

大山は筋トレでもビリだ。

ぽっちゃりしてるんだから当たり前だけど、4月の時より少し痩せた。

タイムも早くなったみたいだし、意外と頑張り屋さんだ。

 

 

梅雨といっても晴れる日もある。

外での練習もあった。

水曜と日曜以外は練習に明け暮れた。

こんなに長い間ひとつのことに打ち込んだのは初めてかもしれない。

いや、中学3年に片思いして1年間も打ち込んでた気もするけど。

そうして日々は過ぎ、多摩センターで牧野と買ったブルーラインのシューズが薄汚れてきた6月中旬。

練習後の夕方、帰ろうとしたら若井くるみに呼び止められてこんなことを言われた。

「英太くん、今日さ、この後ヒマある?ちょっと行きたいとこあるんだけど」

 

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2008年6月27日 (金)

空の下で37.デビュー(その2)

心臓の鼓動が早い。

呼吸もなんだか普通よりも深い。

そしてなによりテンションが上がりそうなので、上がらないように一生懸命押さえつける。

 

「この後ヒマある?ちょっと行きたいとこあるんだけど」

 

若井くるみの声を何度も何度も頭の中で繰り返してみては何の用なんだろう、とか、どこ行きたいんだろう、とか考える。

部室でジャーシから制服に着替えて「お先に失礼します」と言い、帰ろうとしたら牧野が呼びとめた。

「あれ英太、今日は一緒に帰らないのか」

心臓がドキリとした。 

いつもぼくは牧野と一緒に駅まで歩いて帰ってるんだった。

「ああ、うん、今日はちょっと用事があってさ。先に一人で帰るや」

「へえ、珍しい」

牧野は気にもとめなかったようで、すぐに天野たくみに話しかけてた。

ぼくはそのまま部室を出て、校門に向かった。

 

 

若井くるみとは校門で待ち合わせることになっていた。

もしかして、来なかったりして・・・。

そう不安になりながら全力で走って校門に向かう。

でも慌てて到着したらカッコ悪いと思い、歩いて向かった。

 

 

練習後なので、もう午後七時前だ。辺りはけっこう薄暗くなっていた。 

若井くるみは校門の塀に寄り掛かって待っていた。

「あ、若井、お待たせ!」

元気よく言ってみた。

「遅いよ英太くん。女子より男子の方が早く着替えられるでしょ」

「あ、ごめん。ミーティングがあってさ」

そう言うと、くるみは噴き出して「行こ」と言って歩き出した。

どうやら怒ったようなふりをしてるけど、怒ってるわけじゃなさそうだ。

ぼくは、くるみの右に並んで歩いた。

校門を出ると駅ではない方向に曲がった。

「あれ?こっちって駅じゃないけど?」

ぼくが聞くとくるみは笑った。

「駅じゃないとだめ?」

「そういう訳じゃないけど」

「今日ね、お母さんがね」

「お、お母さん!?」

まさか母親に紹介されるのか?

・・・なんてしょうもない想像を一瞬しつつも話の続きを聞く。

「うん、お母さんが機嫌よくっておこずかいくれたの。それで、わたしがおごるからさ。そこのスタバ行こう」

「スタバ・・・」

多摩境高校から、駅とは反対方向に5分歩くとスタバがある。

近所のマンションの住人とか、近くの大学生のカップルとかが使うお店で、うちの高校のカップルとかもわりと使ってるらしい。

と、牧野が何故か自慢気に言ってた。

 

 

ぼくとくるみは二人でお店に入り、お互いコーヒーとクッキーを買って大きな窓際にあるテーブル席についた。

・・・こ、これはやっぱりデートかなあ?

正直、さっきから緊張の汗かきまくりで冷静になれそうもない。

もしこれがデートなら人生初デートだ。

「ごめんね英太くん、急に呼び出しちゃったりして。予定とかなかった?」

「全然平気。見たかったドラマあったけど録画してきたし」

「へー、ドラマとか見るんだ。なに見てるの?」

しばらくはテレビの話で盛り上がった。

見てる連続ドラマが同じだったし、部活が同じわけだから話題探しには困らなくて助かった。

自然に話せる。 

そう思うとなんだか嬉しくなってしまって結局テンション上がってしまった。

30分くらい話したころ、くるみは時計を見て「時間だ」とつぶやいた。

「ねえ英太くん、ちょっと一緒に見てほしいものがあるんだけど、いい?」

「え?ああ、うん」

ぼくらは店を出た。女子におごってもらうのはカッコ悪かったけど。

「若井、どこ行くの?」

「お店の裏側」

「裏?裏って駐車場だけじゃなかったっけ」

「そうだよ。よく知ってるね」

「なにしに行くんだ?」

ぼくがそう質問すると、くるみはちょっと困ったような顔をして妙な事を言った。

「盗み見・・・かな」

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2008年7月 1日 (火)

空の下で38.デビュー(その3)

何の事だかさっぱりわからなかった。

スタバの裏の駐車場で「盗み見」をするという。

ぼくとくるみは駐車場のハジに止めてあった車の影に身を潜めた。

状況がさっぱり見えてこないものの、この状況自体は楽しく感じた。

盗み見なんて、なんだかスリルある展開だし、物影にくるみと二人きりでいるドキドキ感まであって妙に楽しい。

駐車してある車の影に隠れると、すぐにくるみが小さな声で言った。

「ごめんね、変なこと頼んじゃって」

「へ、変なことなんてしないって」

よくわからない返事をしてしまい、冷汗が出た。

でも、くるみは聞いてなかったかのように言った。

「他に頼める人もいなくってさ・・・」

「え、でも。大塚未華とか仲いいじゃん」

「未華だと、これから見るものを見たら大騒ぎして見つかっちゃいます」

何故か敬語が混じる。

「未華以外だとね。陸上部で話しやすいのって英太くんか牧野くんなんだけど」

話しやすいメンバーに入っているだけで嬉しくなる。

ああ、これはもうぼくは完全に若井くるみが・・・。い、いやいや!

「でも牧野くんは未華のこと気に入ってるみたいだから、私と一緒にいるところを誰かに見られたら迷惑かなって」

鋭い。

女の直感はあなどれない。

というより未華と話すときの牧野がテンション上がりすぎなんだ。しどろもどろになるし。

「だから英太くんに来てもらったんだけど・・・迷惑だったかな」

「うーん。ちょっとね。ハタ迷惑かなー」

ぼくは笑って言った。

するとくるみもちょっと噴き出した。

その時だ。

誰かが駐車場に歩いて入ってきた。

車のカゲからこっそり見ると、それは雪沢先輩だった。

「雪沢先輩?」

雪沢先輩は駐車場の真ん中あたりで腕時計を見て、そこに立ち止まった。

もしかして「盗み見」というのは雪沢先輩のデート密会現場?

「最初に見たのはね」

くるみは小さな小さな声で言った。

「五月の中旬くらいかな。わたし、家が近いから、この駐車場まで母親に車で迎えに来てもらうことがよくあるんだけどね。何回か見たんだ。密会現場を。これはどういう事なのかなって不思議でしかたなくって・・・。それで誰かに相談したくて・・・」

いつもゆっくり話すくるみが珍しく早口になってる。

そう思ってると軽自動車が一台入ってきて、一人の男が降りた。

「あの人だよ」

男?密会の相手って男なの?うそー。

男は雪沢先輩に近づいて、なにやら話し出した。

まだ若い感じだ。社会人には違いなさそうだけど30歳よりか若そうだ。

その男は雪沢先輩に何かメモ書きみたいなものを渡した。

その時の雪沢先輩と男の声がちょっと聞こえた。

「これで頑張れ」 

「助かります。試合も近いので」

男は雪沢先輩の肩をポンと叩き、車に乗って行ってしまった。

それを見送ると雪沢先輩も歩いて駅の方向に行ってしまった。

 

 

「誰なんだろうね」

くるみはつぶやいた。

「ごめん、ぼくにもわかんないや。でも、もしかしたら・・・」

雪沢先輩は「これで頑張れ」と言われていた。 

あのメモが例えば陸上部に関係するものだとしたら。

雪沢先輩はあの男に練習メニューか何かのアドバイスを頼んでいる?

だとしたら誰なんだろう。

誰・・・。

もしかして・・・。

「あの人が顧問の先生だったりするのかな」

長距離チームには顧問の先生がいない。短距離には志田先生という顧問の先生がいるんだけど。

でもあんな先生、学校で見たことがない。

「ごめん英太くん。やっぱ盗み見なんてしない方がよかったね」

「うん。やっぱり気分いいものじゃなかったかも・・・」

二人とも黙ってしまった。

テンションが下がる。そりゃそうだ、うちらのやったのは盗み見だ。

でもここは気分を変えなくちゃ二人っきりになった意味がない!

ムリヤリにだけれど元気に言ってみた。

「こ、今度は盗み見じゃなくて、単純にお茶しに行こうよ!」

この言葉を言いきるには勇気が必要だった。

「お茶」の「お」あたりで言うのやめようかと思ったくらいだ。

だいたい、これまでの展開とこのセリフには脈絡がない。

くるみはちょっと考えてから笑って答えた。

「うん、そうだね。じゃあ今度はおごってもらおうかなー」

「う・・・頑張ってみる」

二人は笑った。そのまま忘れるように明るい話題になり駅へと歩いた。

なんだか妙なものを見ることになってしまったけれど、それでも今日は思い出の一日となった。

 

 

この時見た男の正体がわかるのは、まだしばらく先の話だ。

そして、この時の「お茶」の約束を叶えるのも、さらにまだずっと先の話となる。

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2008年7月 4日 (金)

空の下で39.デビュー(その4)

6月12日。曇り。

いよいよこの日がやってきた。

多摩境高校・陸上部に入部して二ヶ月、いろいろな練習をしてきた。

最初はなんとなく始めたわけだったけど、いつの間にやら本気で取り組んできた部活動。

いよいよ試合にデビューする日だ。

 

 

こないだ若井くるみと見たことはみんなには話してないし、くるみともその話題は出なかった。

というよりその話題には、なんとなく触れたくなかったというのが正しいか。

誰が練習メニューを作ってるかなんてこの際どうでもよかった。

その練習についていけるかどうかが問題なのだから。

でも次の「お茶」しに行く話題も出ないのは切ない・・・。

 

 

ところで試合といっても今回の多摩川ロードレース大会は勝っても上の大会に進める訳じゃない、地域の大会だ。

ぼくら男子が出るのは10キロの部だ。

この部はぼくら高校生の他にも大学生や社会人も参加できる。

高校生の参加者は80名ほどで、開催地の府中市付近の高校が何校か参加しているらしい。

でも地域の大会なので強豪高校は参加していない。

 

 

10キロの部のコース概要はこうだ。

大きな市営公園の中にある陸上競技場がスタート地点だ。

まずは競技場を1週して、外に出る。

残りは多摩川沿いの舗装されたサイクリングロードを上流に向かって折り返し地点まで進む。

折り返したら下流に向かうので下りだ。

最後に元いた競技場を1週してゴール。

女子の部は5キロなので折り返し地点が近い。

しかしスタートは男女一斉にするというから驚きだ。

今までの二ヶ月が試されるデビュー戦なだけに、昨日の夜は母親がかつ丼を作ろうとしていたが、胃がもたれるからやめてくれと言い、消化にいい物を作ってもらった。

「カツだけに勝つ」なんて古い考え方だ。

でもまあ母親も少しは今日の試合を意識していたってことでもある。

 

 

出場する選手になったといっても所詮一年生。

休憩するためのブルーシートとテントの設置はぼくらがやる。

ブルーシートはぼくと名高でひく。 

「あーあ、かったるいな。英太、一人でやってくれよ」

名高が言葉通りかったるそうにブルーシートひきながら言った。

「しょうがないだろ名高。ぼくら一年なんだから」

「ち、オレより遅い穴川先輩がやればいいのに」

名高の言葉はほんとに心臓が悪い。

確かに穴川先輩より名高の方が早いんだけど、実力で勝っただけで偉そうにするのはやめてほしいと思う。

名高のこの態度なせいか二人はずいぶん前から仲がよくない。

一番最初のタイムトライアルで名高が勝った時からだ。

「はい、ブルーシート終わり。次いこう名高」

「命令すんな」 

ブルーシートをひいた後、テント設営をしてる大山と剛塚を手伝う。

剛塚が大山に「これやれ」「あれやれ」と言いながら設営していた。

大山ばかり働かされていたのがムカついたけど、剛塚の指示は的確で、テントは立派に立った。

汗をタオルで拭きながら大山は言った。

「やっぱ剛塚くんて力仕事に詳しいよね」

すると剛塚は大山を睨んで低い言った。

「黙れデブ」

こんな事を真顔で言われて大山はなんで平気なんだろう、と思う。

カバン持ちもいまだにやってるのに、意外にも大山と剛塚はよく一緒にいる。

単にいつでも使いやすいように剛塚が大山を手元に置いてるだけなのかもしれないけど、大山は辛そうな仕草を見せていない。

どちらかというと練習が辛そうだ。

 

 

試合開始は午前10時だ。

9時には設営も終わり、ややあって全員でのウォーミングアップを開始した。

今日は練習じゃあない。それ自体が初めてなことなのでどう走って体をあっためたらいいのかよくわからない。

でも、そのへんは雪沢先輩の指示に従えばうまくいった。やっぱし先輩は経験が違う。

20分ちょっとジョックをし、体を温めると集合時間になった。

みんな、陸上競技場のスタート地点に集まる。

男女合計で400人以上いるらしいのでスタート地点はごったがえしだ。

あまりの人の多さに押して押されて、多摩境高校の面々もちりぢりになってしまった。

「英太、英太」

すぐ左に牧野が来た。

「お、牧野。はぐれたかと思った」

仲間と一緒になれて、なんだか少しホッとした。

「英太、今日は負けないからな」

牧野はぼくの鼻を指で弾いてそう言った。

ぼくはお返しに牧野にデコピンをしてから言った。

「ぼくだって負けないからな」

そして二人で噴き出した。

その時、どこからか、おそらく近くにあるスピーカーか何かから声が響いた。

「位置について・・・・」

一斉に全員が静かになり、合図を待つ。

「よーい・・・」

いよいよ始まる。ぼくの、ぼく達のデビュー戦が。

ピストルの音ともに初めての戦いの幕は切って落とされた。

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2008年7月 8日 (火)

空の下で40.デビュー(その5)

乾いた炸裂音が響いた。

多摩川ロードレース大会の幕開けだ。

しかし参加者は400人以上いるので、スタートの合図が聞こえてもすぐ全員が走りだせるわけではなかった。

先頭で準備してた人はすぐにスタートしたんだろうけど、ぼくと横にいる牧野が走りだせたのはスタートから10秒くらいしてからだ。

まずは競技場を1週だ。

混雑してるから無理に追い抜いたりはしない方がいいと雪沢先輩から言われていた。

どうせ10キロも走るんだから、前に出るのは競技場を出てからでも遅くはないという事だったんだけど、混雑の中を走るのもなかなか走りにくくて危ないったりゃありゃしない。

牧野と二人で併走して、競技場を走り抜けた。

 

 

競技場を出ると、道が広くなって多摩川へ向かう直線が300メートルほどある。

ここで混雑が少しやわらいだので、牧野と二人で前へ前へと進む。

参加者の中には単にランニングを楽しむ目的で出場してる人も多いのでそういう人たちをここで一気に抜き去るのだ。

そうして直線を走り切ると右へ直角へ曲がり、多摩川沿いを上流へと走るのだが、この直角コーナーは見晴らしがいいので、先頭の人たちが見えた。

そこには社会人参加者に混じって、天野たくみがいた。

「たくみのヤツ・・・飛ばしてるな」

思わず小声でそう言ってしまった。

なにしろ雪沢先輩や名高よりも前にいるのだから驚いて当然だった。

でも、もっと驚くことがあった。

直角コーナーを曲がって少し走ったところで、前に大塚未華を発見したのだ。

女子に負けてる・・・。

なにを!

と思って少しペースを上げたけど、未華の方がペースが早くてだんだんと未華の背中が遠のいていく。

牧野も未華に追いつきたい様子だけど、ぼくら二人より未華の方が明らかに早いペースだ。

もちろん、女子は5キロで男子は10キロだから、女子の方がペースを上げやすい状況なんだけど、それを抜きにしても未華にはまだ勝てない。

ここは熱くならずにペースを守って走ることにした。

まだまだ先は長い。ぼくのライバルは牧野とたくみだ。

熱くなる場面はまだ後半に絶対あるはずだ。

 

 

スタートして2キロも走ると、ぼくらより前の状況もわかってきた。

ちょっと前に未華とか穴川先輩が見える。

そしてだいぶ遠くに、雪沢先輩と名高らしき姿もなんとなく確認できる。

たくみは見えない。かなり前を走っているということか。

多分たくみは持久力が無いからってことで前半に一気に差をつけておく作戦なんだろうけど、いくらなんでも極端すぎないだろうか。

そんなこと考えていると女子が折り返してきた。

未華も折り返していった。まあ当たり前だけど。

スレ違い様、未華はぼくらを見てガッツポーズを見せた。

それはぼくらに「ガンバレ」と言ってるような感じだった。

未華は自分が走っていても他人の応援もするのか、と感心した。

そのガッツポーズを見たせいなのか、牧野が少しペースを上げた。

少しづつ、少しづつ牧野が前へ行くので、ぼくも慌てて牧野の背中を追った。

 

 

4キロを過ぎると、ぼくはだいぶ息が上がってきた。

なにか体がいつもより重い。

いや、足が重い。というか疲れやすい。

なんで足が?と思って、初めて思い出した。

そうだ、川の上流へと向かってるんだから、若干登りなんだった。

と、いうことは折り返したら下りなわけだからペースが上がるんだ。きっと。

これ以上ペースが上がる?

そう考えると少しげんなりした。

今でもけっこうキツイのに。油断すると牧野から遅れてしまいそうなのに。

でも牧野もきつそうだ。呼吸が荒くなってきたように見える。

とはいえまだ半分も走っていない。

試合と練習とではこんなにも疲れ方が違うのかと思う。

そりゃそうだ。

どんなスポーツだってきっとそうだし、吹奏楽部の時だって練習とかリハーサルとかより演奏会の本番の方がやたらと疲れ果てたもんだった。

そんなこと考えてると、先頭集団が折り返してきた。

10人ほどの先頭集団で、集団の中には雪沢先輩と名高がいた。

たくみは集団からやや遅れて数人で走っていたが、かなりつらそうな顔だ。

たくみとスレ違って前を見ると、折り返し地点が少し先に見えた。

そこまでスゴイ差はついていない。

時間にすればたくみとの差は多分2分くらいだ。

たくみは前半飛ばしたから後半はペースダウンするはず。

まだ追いつける。牧野とたくみとの勝負は後半だ。

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2008年7月11日 (金)

空の下で41.デビュー(その6)

折り返すとやはりペースが上がった。

やや下りなんだから当たり前なんだけど、それだけじゃくて半分終わったということで精神的に切り替えることができたから、少しペースを早める気にもなるんだ。

折り返して1分ほどすると剛塚とスレ違った。

疲れてはいたが、ガタイのいいその姿は威圧感があった。

まるで後半、後ろから高速ダンプカーのごとく他の選手を蹴散らして突っ込んんでくるかのような威圧感だ。

剛塚はなんで陸上部なんだろうか、と思う。

柔道部だとかにいた方が活躍できるんじゃないかと思うけど、本人は淡々と練習をこなしている。

そこからもう1分ほど走ると大山とスレ違った。

大山も辛そうだったけど、ぼくらを見てニコっと笑った。

笑った意味はよくわからなかったが、心がやさしそうな笑顔だ。

きっと大山って本当に心がやさしいんだと思う。

もう少し痩せれば意外とモテたりしないだろうか。

でも今は汗だくのぽっちゃりスマイルだったけど。

 

 

「いたぜ・・・」

ぼくの前を走る牧野からそう声が聞こえたのは大山とスレ違ってから1キロくらい走ったところだった。

何がいたのかはすぐに見当がついた。

たくみだ。

たくみは予想通り後半でペースダウンしていた。とはいっても、まだかなり前を走っている。

でも折り返し地点の時ほどの差は無いように思えた。

思ったと同時に牧野がペースを上げた。

早い。

ナニクソ!

と思ってついていこうとするが、これ以上早く走ったらゴールするまでちゃんと走れるかどうかわからない。

少しずつ牧野と差が開いていく。

まずい。

このままだと、たくみにも牧野にも負ける。

でもゴールまではまだ3キロもある。

今ペース上げたら絶対走ってゴールできない。

牧野とたくみの方が底力があったってことか?

考えている間にも牧野との差は開いていく。

早い。

楽天的すぎたのかもしれない。

練習では牧野とは勝ったり負けたりだった。

だからこのデビュー戦でも、勝っても負けてもいいとか思っていた。

でも実際には、試合で後ろに置いて行かれるのがこんな悔しいなんて思ってもみなかった。やっぱり試合は重さが違う。

負けてもいい、なんて甘ちゃんだった。

これは試合だ。それもデビュー戦だ。

負けたくはない。

というか、勝ちたい!

こうなったらゴールできるかどうかなんて考えてないでペースを上げて牧野を追おう。

ぼくは一瞬、目を閉じた。

暗闇の中で決心する。

全力で追う、と。

そして目を開いてペースを上げた。

 

 

残り1キロ地点まで来ていた。

あれから2キロ、牧野は数メートル先を走っている。

その50メートルほど先に、たくみが見えていた。

ぼくは息切れで喉が痛くなっていた。

自分でも顔が歪んでいるのがわかる。

やっぱり牧野を追ってペースを上げたのは辛かった。

呼吸も乱れてるし腕もよく振れないし、カッコ悪いことこの上ない。

できれば若井くるみには見られたくない姿だけど、そんなの今は関係ない。

 

 

ついに多摩川沿いの道が終わり、直角コーナーを左へ曲がる。

この直角コーナーで牧野に並んだ。

牧野は驚いた顔をしてぼくを見た。

あとは直線300メートルと競技場1週の400メートルだ。

たくみは前方30メートルくらいのところにいた。

そのたくみは一瞬、後ろを振り返った。

振り返ったたくみは鬼の形相だった。

まあ人のことは言えない。

ぼく、牧野、たくみの3人は同時にこん身のラストスパートをかけた。

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2008年7月15日 (火)

空の下で42.デビュー(その7)

最後のスパートをかけると、時間の流れがいつもと違うように感じた。

このランナーたちだけが他とは別の時間で進んでいるかのような感覚だ。

自分の息の音しか聞こえなくなった。

見えているのは過ぎ去る直線の景色と、前にいるたくみの背中、横にいる牧野の片腕だけだ。

直線を走り切り競技場へと入る。

たくみはもう目の前だ。

と、思ったらすぐにたくみを抜くことができた。

ついに、たくみを抜いた。 

よし、と思った瞬間、牧野がぼくより前に出た。

一瞬の油断だった。たくみを抜いた一瞬の油断だ。

必死で牧野を追う。

だが数メートル前に出た牧野に追いつけない。

離されるわけでもないが、追いつけもしない。

今度は後ろから足音が聞こえてきた。

たくみが必死に追いかけてきたんだ。

たくみにはスピードがあるから、もしここでスピードに乗られると、もう二度と追い付くことはできないし、なんといってもあと200メートルしかないから追い抜かれたらおしまいだ。

やばい。

どうする?

もう気合いしかない。

き、気合いだ!

スポーツ選手の最後の武器は気合いだ!

うおー、と心の中で叫んで足と腕をがむしゃらに動かした。

最後の100メートルに入っても3人に位置関係は変わらなかった。

気合いだ!勝つんだ!

ここまで来て負けてられるかバカ野郎。

動け、足よ。動け、腕よ。

もう一度、うおー、と心の中で叫んで走る。

今度は少し声に出てしまった。

そしてそのままゴールラインを突っ切った。

 

 

空が見えた。

スタート時には曇っていたのに、いつのまにか晴れていた。

雲の流れが早い。

遠くにはまた別の大きな雲が見えるから、午後にはまた曇るんじゃないかな、と考える。

梅雨なのにこの時間、ここだけ何故か晴れてるという感じの空だ。

「大丈夫かよー」

未華の声がした。

気づくと未華とくるみがぼくを心配そうに見ていた。

どうやらぼくはゴールしてそのままフィールドに倒れ込んだようだ。

そういやそんな記憶がある。

くるみが心配そうな声で言った。

「大丈夫?英太くん、起き上がれる?」

言われてぼくはフラフラと立ち上がった。

フラフラしてるっていうのに未華はぼくの背中を叩いて言った。

「ホラ、ちゃんとクールダウンした方がいいぞ。全力で走ってすぐに倒れ込むのは体によくないからさ」

まるで体育教師みたいだ。

そんな体育教師・未華にぼくは聞いた。

「牧野とたくみはどこ行った?」

「あいつらはゴールした後、すぐにクールダウンでジョックしに行ったよ。英太くんに負けて悔しそうだったけどなー」

「え?負けた?」

ぼくがそう聞くと未華は意外そうに答えた。

「なんだよー、夢中でわかんなかったの?最後のスパートで英太くんが勝ったんだよ。その後が牧野くんで次がたくみくん」

続けてくるみが言った。

「すっごい接戦だったんだよ。見ててハラハラした」

そうか、接戦でなんとか勝ったんだ。

やった。

心から嬉しさが込み上げてきた。

 

 

すぐにクールダウンしている牧野とたくみに合流した。

すると牧野がぼくに言った。

「負けたよー英太。ほんの1秒くらいだけど。超ショックだよ」

あまりショックでもなさそうに牧野は言うが、たくみは悔しさ全開だ。

「最初にあんなに差をつけたのに最後で抜かれるなんてさ。どんな根性だよおまえら。教えろよ英太、答えろよ牧野」

こんな時でもたくみは質問攻めだ。

それには答えず、牧野は言った。

「まあでも最後は英太の勝ちってのは納得かもな。オレたちはゴールしても倒れこまなかったけど、英太はすぐに倒れこむほど全力を尽くしてたってことだもんな。ほんのちょっとだけ精神的な面で負けてたってことかな」

「うーむ、なるほど」

たくみは今の牧野の言葉で納得したようだ。

あれだけ激戦をコッテリと繰り広げたわりには結果にはアッサリだ。

これがうちの陸上部のいいところなのかもしれない。

でも牧野は最後にこう付け加えた。

「ま、次は負けないけどな」

 

 

こうしてぼくらのデビュー戦は幕を閉じた。

この結果をふまえて八月にある「多摩選手権」への練習メニューが

決められていくことになる。

ちなみに部内の成績は、

1位雪沢先輩、2位名高、3位穴川先輩、4位ぼく、5位牧野、6位たくみ、7位剛塚、8位大山。

女子は未華がダントツで、くるみが2位で、早川というヤツが途中棄権だそうだ。

 

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2008年7月18日 (金)

空の下で43.デビュー(その8)

ぼくらのデビュー戦となった多摩川ロードレース大会の次の日からまた梅雨空に戻ってしまった。

シトシトと雨が降ったり、雨は降らないんだけど雲に覆われていたりと、相変わらずな灰色に染まる世界だ。

 

 

デビュー戦の結果をふまえて、8月の下旬に行われる「多摩選手権」の出場メンバーと出場種目を決めると、雪沢先輩は言っていた。

多摩選手権とは、ちゃんと東京都の高校陸上連盟の公式戦で、多摩地区の高校の選手が出場する大会だ。

でも、これで勝ったからといって上の大会に進めるわけではない。

雪沢先輩いわく、力試しの記録会だ。

でも力試しはデビュー戦で充分だった気もする。

とりあえず牧野とたくみにもギリで勝ったし、一応ひと段落って気分だ。

ところが、そんな訳にもいかない事態になってきそうだ。

デビュー戦のあと、牧野とたくみがすごい練習熱心になっていたからだ。

 

 

今日はポツポツと雨が降ってはいたけど外でやることになった。

いつものように学校を出て小山内裏公園の中を40分走る練習だ。

最近、公園内を走るスピードが前より早いから、ついてくのが大変だってのに、牧野とたくみは必死でついていく。

時には穴川先輩を追い抜きそうになるくらいだ。

すると穴川先輩はものすごい形相で「ぶっつぶす」と言いながら二人を突き放す。という展開だ。

でも、二人と穴川先輩の差は確実に縮まってきている。

それに着いていかないといけない訳だから、ぼくも必死なわけだ。

正直な話、デビュー戦が終われば少しのんびり練習しようかと思ってた。

でもそんな消極的な考えは牧野とたくみにブチ壊された。

いや、ブチ壊してくれたって事なのかもしれないけど、毎日キツイ。

 

 

今日もフラフラで練習を終えた。

部室に戻ってみんなで着替えてると雪沢先輩がぼくに言った。

「おまえら3人、すごいライバル心だなあ」

「ライバルですか?」

ぼくは牧野とたくみを見た。二人は気がついてこっちを見ている。

「ぼくらってライバルですかね」

「いいライバルだと思うよ今は。今後はどうなるかわかんないけど。結局は誰かが勝つしかないわけだしね」

誰かが勝つ・・・か。

「まあ競い合ってミックスアップしなよ」

「はい?ミックスなんですか?アップル?」

ぼくはそう聞くと、雪沢先輩はすっぱそうな顔した。

「ミックスアップだよアホ!」

見ていた牧野は物凄く嬉しそうな顔してぼくの頭をはたいた。

「いて!いてーな牧野。じゃあなんだよミックスアップって」

牧野は視線をそらした。

「知らないんじゃないかよ」

牧野は口笛を吹いた。古いごまかし方だ。しかも口笛はうまく鳴ってない。

仕方ないので雪沢先輩に聞いた。

「で、なんですかミックスアッパーって」

「どんなアッパーだよ。それで相手のボクサー倒せるのかよ」

牧野はすぐツッコンでくる。もうミックスなんとかの正解の単語が何だかわかんなくなってきた。だいたい口笛はどうした。

「ミックスアップな。つまり、実力が拮抗した者同士が競うあうことで、お互い刺激しあって実力が伸びることだよ。今のお前らがそうだよ」

やっと雪沢先輩が解説してくれた。

実力が拮抗した者同士か。

「まあ、あのデビュー戦がいいキッカケになったってコトだな。来週は練習ないけど、今の気持ちを切らすなよな」

「はい!」 

牧野とたくみは二人で気合の入った返事をした。

でもぼくはよくわかんなかったので牧野に聞いてみた。

「え?え?牧野、来週は練習休みってナニ?」

すると牧野に代わってたくみが答えた。

「期末テストだけど」

「きま・・・」

忘れてた!

ぼくは口が空いてしまった。

すっかり忘れてた。やばい、勉強してない。中間テストもよくなかったのに・・・。

ぼくが口を空けたままにしてると雪沢先輩は言った。

「なんだ相原。テスト厳しいのか?ちゃんとやれよ勉強も。ちゃんとテスト終わらせたら、いよいよ夏のメインイベントだからな」

「はい?!ま、まだ何かあるんですか?」

かなりビビッてしまい、久し振りに声が裏返ってしまった。牧野がツッコむ。

「おー、英太、ハスキーボイスー」

それにはかまわずに雪沢先輩は答えた。

「合宿だよ。夏合宿」

「な、夏合宿?!」

その単語からは、楽しそうな厳しそうな、なんとも言えない空気が漂っていた。

 

 

空の下で 「デビュー編」END → NEXT 「期末試験中」

 

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空の下で44.期末試験中

七月中旬。

小雨や曇りの日よりも、ムシ暑い日が多くなってきた。

それでも梅雨明け宣言はまだ沖縄と九州だけらしい。

梅雨明けの基準ってのは一体なんなんだ?

ぼくの住む東京郊外の八王子市は都市部ではないので、新宿とかに比べれば爽やかな暑さって話だけど、やっぱり暑いものは暑い。

 

 

今日からは期末テストだから、昨日は夜三時まで勉強した。

「アンタもガンバルようになったわねー」

なんて母親が喜んでプリンなんか買ってきてくれたが、なんてことはない。

暑くて寝れなかったから勉強してみただけだ。

でも超好きな「パステル」のプリンだったからテンション上がった。 

せっかく机に向かったけど、最初の一時間は机の整理整頓に時間を費やしてしまった。

次の一時間は整理してたら出てきたマンガを読んでしまった。

ラスト二時間はちゃんと勉強したんだけど・・・・・。

 

 

「あちい・・・」

教室に辿り着くと、思わずそうつぶやいた。

この学校は冷房完備なんだけど、窓側の席は日光がサンサンと降り注ぐから、日光のエリアに入ってしまっているぼくの席は、梅雨の湿度と相まって亜熱帯みたいになってる。

あ、亜熱帯って言葉は昨日、地理の勉強してる時に覚えた。

「よ!英太!今日は張り切ってテストをクリアしようぜ!」

同じクラスの日比谷が元気全開でそう言った。

「元気だねー日比谷は」

「ロンモチだよ!あ?ロンモチってモチロンのことな」

日比谷は何故か腕を組んで偉そうに言った。

「でもよ、英太は勉強してきた?今日は地理と歴史と英語だけど」

「朝三時までしてきたよ」

「マシで?すっげ、すっげ!マジすげーな英太」

そこへ牧野がやってきた。

話しかけようと思ったけど何やら英単語帳を見つめてブツブツ言ってるので話すのはやめておいた。

陸上部のみんなは勉強が苦手なヤツが多いらしい。

未華なんて昨日から青い顔して、おとなしくなってしまった。

体の調子が悪いのかと思って「どうした?具合悪い?」と話しかけたら「話しかけんな。シャラップ!」とか言って睨まれた。

テストだからってピリピリしすぎだ。

 

 

テスト1日目が終わり、すぐに家に帰ってまた勉強だ。

帰りは小雨が降っていた。

おかげで家はムシムシ度がパワーアップしていた。

またも寝れない湿度と暑さなので、しかたなく勉強をする。

明日は数学と化学という理系の日だ。

机の上をさらに整理すると、中学の時に使っていたトランペットの教本が出てきた。

「おー。懐かしいな」

トランペットは今でも好きだ。

吹奏楽の中でも、主旋律を奏でたりすることが多くて人気なパートだ。

トランペットを選んだ理由はよく覚えてないんだけど、これをやれば少しモテたりしないかなーなんて不純な動機も少しあった気がする。

でも全くモテなかった。

やっぱりモテるモテないってのは人間そのものの話だ。

モテるといえば・・・

若井くるみってモテるのかな・・・。

そう思ったとたん胸が苦しくなった。急に不安が襲ってきた。

その不安を取り払うために、勉強に集中した。

 

 

期末テストの期間が終わり、テスト返却日となった。

ぼくは連日寝ないで勉強したせいで一夜漬けの効果が出たのか、それほど悪い点数ではなかったので補習とかにはならないで済んだ。

一番点数が悪かったのは牧野で、2科目ほど夏の補習を受けることになってた。

ぼくは未華の点数が悪いんじゃないかと思ってたんだけど学年でトップクラスの点数だった。

あの青い顔はなんだったってんだ・・・。

そうしてぼくらの一学期は終わった。

色々あった。とにかく部活に明け暮れた一学期だった。

なんかあっという間だった。いつもより早く過ぎた気がするのはなんでだろ。

でも一息してる暇はない。

五日後には山梨県の山中湖での夏の合宿が迫っていた。

 

 

 

空の下で 梅雨の部「期末試験中」 END → NEXT 夏の部「合宿編」

 

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空の下で ~梅雨~  目次

 

梅雨の部  全編

・・・顔つきが変わった。それは後から気付いたことだ。後から思えば、この「大会に出る」という話を聞いたところで、みんなの顔つきが変わったような気がしたんだ。

仲間たちはそれぞれの理由と想いを抱え、ついにデビュー戦を迎える。

 

↓個別

理由(その1)

理由(その2)

理由(その3)

理由(その4)

理由(その5)

理由(その6)

理由(その7)

理由(その8)

理由(その9)

理由(その10)

理由(その11)

理由(その12)

理由(その13)

 

デビュー(その1)

デビュー(その2)

デビュー(その3)

デビュー(その4)

デビュー(その5)

デビュー(その6)

デビュー(その7)

デビュー(その8)

 

期末試験中

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