空の下で23.理由(その1)
空の下で ~梅雨の部~
五月下旬・・・今日も五月晴れ。
今年は五月に入ってから晴れの日が多い。
ぼく、相原英太の住む八王子市堀之内も五月にしちゃ、やたらと暑い日が続いたので、家の冷蔵庫にあるジュースがすぐに減る日々が続いていた。
といっても都心部ほどにジメジメした暑さじゃあない。
堀之内は東京都といっても丘や森がいたるところに点在するから、ちょっとくらいの暑い日ならすがすがしく感じる。
ぼくの家なんか川のほとりにあるから、川のせせらぎを聞いてるだけでもなんだか涼しく感じるもんだ。
「英太ー、もう時間じゃないのー?」
でも今みたいに朝から母親が暑苦しく呼ぶことで気温が上がる。
「わかってるよ、子供じゃないんだから」
「アンタなんかまだ子供よ」
うちのお母さんは毎日、学校に持っていく弁当を作ってくれる。
その弁当を受け取って、出かけるために玄関でクツを履こうとしているとお母さんが話しかけてきた。
「ねえ英太」
「ん?」
ぼくはそっけなく返事をする。
「陸上はどう?」
「どうって?」
ぼくはクツの紐を結びながら答えた。
「やってて楽しい?陸上」
「うん。そうだね」
朝からお母さんと会話をするのは、なんだか恥ずかしい。
とっとと会話を終わらせて出かけたい。
「そう、楽しいんだ。意外だね」
驚いたような声を上げたので、ぼくは振り向いて聞いた。
「意外?なんで?」
「だってあんた中学じゃ吹奏楽部だったじゃない。それがいきなりマラソンだなんて。楽しめるのかなって思ってね」
「マラソンじゃないけどね。でも、なんでか楽しい気がする」
自分でもなんで楽しいかなんてわからない。
「そうなんだ。じゃあいいか。辛いんだったら無理しなくてもいいかなって思ったから聞いてみただけ」
お母さんはそう言って台所へ向かった。
「じゃ、行ってきまーす」
ぼくは台所の方向にそう言って玄関を出た。
今日も少し暑い。
楽しむ、か。
なんでだろ、ただ単に練習で走るだけなのに。
なんで楽しいのか。
楽しさに理由なんて求めることないかもしんないけど、陸上が楽しめてる理由をちょっと考えながら学校へと向かった。
だいたい、陸上部に入った理由すらよくわからないんだから深く考えてもしょうがない気もするけど。
でもこの後、ぼくは知ることになる。
みんなには、みんなの理由がちゃんとあって陸上部を選んだことを。
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