空の下で45.合宿(その1)
遅れていた梅雨明け宣言が関東地方にもやっと出され本格的に夏になった。
ぼく、相原英太の所属する陸上部も期末テスト翌日から練習が再開され、わずか数日練習しただけで夏バテしそうになった。
なんといっても暑くて走るスピードを上げる気力が起きにくいし、体力の消耗が早い。
みんな帽子をかぶって日射病にだけは気をつけているんだけど、毎年、全国で部活中に倒れる生徒はゼロにはならない。
そんな暑い季節の練習を数日して、ぼくらの陸上部は夏合宿へと入る。
合宿と聞いてぼくは旅行気分だった。修学旅行みたいな感じ。
でもまさか、あんなにキツイとは、予想してなかった・・・。
空の下で ~夏の部~
7月28日。
朝起きると、全身から汗が噴き出していた。
やっぱり今日も朝から暑い。
冷蔵庫の中にあるポカリスエットを飲む。
「かー、うまいー」
風呂上がりにビールを飲むオヤジ口調で言ってしまった。
ちなみにぼくはアクエリアスよりポカリスエット派だ。
「英太、ちゃんと準備は出来てるの?」
早起きな母親が朝のワイドショー見ながら聞いてきた。
テレビの左上の時刻は05:26だ。
「うん、一応昨日のうちに合宿の荷物はカバンに入れたよ」
「ふーん、一応ね」
母親はあまり興味もなさそうに言った。
朝早すぎてゴハン食べる気力が出なかったので、バナナとヨーグルトだけ食べて出発する事にした。
「じゃあ行ってくるね。31日の夜に帰ってくるから」
「気をつけてね。マクラ投げとかしちゃダメよ」
「修学旅行じゃないっての・・・」
「あと、山中湖のお土産はキチンと買ってくるのよ」
「わかってるって」
「お父さん分もね」
「お父さん??」
「そう。よろしくね」
ぼくの父親は単身赴任で名古屋にいる。
合宿が終わる31日に父親はこの家に来てるってことだろうか。
そういえば父親はぼくが吹奏楽やめて陸上部に入ってることをどう思ってるんだろ。
とにかく、今は重いカバンを持って家を出た。
朝7時10分。
重い荷物でフラフラしながら多摩境駅から学校まで歩くと、もう練習後みたいな汗の量だったので合宿なんて行かなくてもいいんじゃないかと思った。
この道を歩いている間、ずっと、ある音が響いていた。
多摩境高校のすぐ近くには公園やら森やらが多いのでセミの鳴き声がハンパじゃない。うるさくて頭痛がしそうな感じだ。
学校に着くと部室の前に一台のマイクロバスが止まっていた。
陸上部は短距離も長距離も含めて25人いるんだけど、全員このマイクロバスに乗って山中湖に向かうわけだ。
バスの周りには、もうみんなが集合しつつあって、短距離の顧問である志田先生が点呼をとっていた。やっぱり修学旅行っぽい。
「おはようございます」
「おー、相原か。おはよう。どうだ相原、このバス」
志田先生はバスを眺めてそう言った。
「どうだって・・・何がですか」
「バスだよ、バス。なんかテレビ撮影のロケバスっぽいだろー。先生が知り合いのレンタカー屋でタダで借りてきたんだ。すごいだろ」
「は、はあ・・・」
「なんだか反応が薄いな相原。だから長距離チームは嫌なんだよ」
「え・・・すいません」
こんなことで長距離チーム全体のイメージを下げられても困る。
前から志田先生はあまり長距離チームをよく思ってないっぽい。
と、たくみが言っていた。
たくみのことだから多分「志田先生って長距離きらいなんですか」とか質問したに違いない。
「よーし、全員集合したなー。じゃあ、バスに乗り込めー。途中、休憩をとるけど1時間半くらいは走りっぱなしだからなー。トイレに行きたいヤツは今のうちに行っトイレー。なんてなー!」
誰も笑わずバスの乗り込んだ。と思ったら牧野が爆笑していた。
「ギャハハハ、先生、センスねー!」
牧野はひっぱたかれたあげく、先生の隣の席、助手席に座らされた。
「だから長距離は嫌なんだよ。問題起こすし」
志田先生はイライラした顔でそうつぶやいた。
問題起こす??
問題なんて起こしたっけ・・・。
「まあいい、行くぞもう」
志田先生の気合のない掛け声とともにバスは山中湖へと動き出した。
それは、ぼくの想像を超える厳しい戦いへの出発であった。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
最近のコメント