3.空の下で-夏

2008年7月22日 (火)

空の下で45.合宿(その1)

遅れていた梅雨明け宣言が関東地方にもやっと出され本格的に夏になった。

ぼく、相原英太の所属する陸上部も期末テスト翌日から練習が再開され、わずか数日練習しただけで夏バテしそうになった。

なんといっても暑くて走るスピードを上げる気力が起きにくいし、体力の消耗が早い。

みんな帽子をかぶって日射病にだけは気をつけているんだけど、毎年、全国で部活中に倒れる生徒はゼロにはならない。

そんな暑い季節の練習を数日して、ぼくらの陸上部は夏合宿へと入る。

合宿と聞いてぼくは旅行気分だった。修学旅行みたいな感じ。

でもまさか、あんなにキツイとは、予想してなかった・・・。

 

空の下で ~夏の部~ 

 

7月28日。

朝起きると、全身から汗が噴き出していた。

やっぱり今日も朝から暑い。

冷蔵庫の中にあるポカリスエットを飲む。

「かー、うまいー」

風呂上がりにビールを飲むオヤジ口調で言ってしまった。

ちなみにぼくはアクエリアスよりポカリスエット派だ。

「英太、ちゃんと準備は出来てるの?」

早起きな母親が朝のワイドショー見ながら聞いてきた。

テレビの左上の時刻は05:26だ。

「うん、一応昨日のうちに合宿の荷物はカバンに入れたよ」

「ふーん、一応ね」

母親はあまり興味もなさそうに言った。

朝早すぎてゴハン食べる気力が出なかったので、バナナとヨーグルトだけ食べて出発する事にした。

「じゃあ行ってくるね。31日の夜に帰ってくるから」

「気をつけてね。マクラ投げとかしちゃダメよ」

「修学旅行じゃないっての・・・」

「あと、山中湖のお土産はキチンと買ってくるのよ」

「わかってるって」

「お父さん分もね」

「お父さん??」

「そう。よろしくね」

ぼくの父親は単身赴任で名古屋にいる。

合宿が終わる31日に父親はこの家に来てるってことだろうか。

そういえば父親はぼくが吹奏楽やめて陸上部に入ってることをどう思ってるんだろ。

とにかく、今は重いカバンを持って家を出た。

 

 

朝7時10分。

重い荷物でフラフラしながら多摩境駅から学校まで歩くと、もう練習後みたいな汗の量だったので合宿なんて行かなくてもいいんじゃないかと思った。

この道を歩いている間、ずっと、ある音が響いていた。 

多摩境高校のすぐ近くには公園やら森やらが多いのでセミの鳴き声がハンパじゃない。うるさくて頭痛がしそうな感じだ。

 

 

学校に着くと部室の前に一台のマイクロバスが止まっていた。

陸上部は短距離も長距離も含めて25人いるんだけど、全員このマイクロバスに乗って山中湖に向かうわけだ。

バスの周りには、もうみんなが集合しつつあって、短距離の顧問である志田先生が点呼をとっていた。やっぱり修学旅行っぽい。

「おはようございます」

「おー、相原か。おはよう。どうだ相原、このバス」

志田先生はバスを眺めてそう言った。

「どうだって・・・何がですか」

「バスだよ、バス。なんかテレビ撮影のロケバスっぽいだろー。先生が知り合いのレンタカー屋でタダで借りてきたんだ。すごいだろ」

「は、はあ・・・」

「なんだか反応が薄いな相原。だから長距離チームは嫌なんだよ」

「え・・・すいません」

こんなことで長距離チーム全体のイメージを下げられても困る。

前から志田先生はあまり長距離チームをよく思ってないっぽい。

と、たくみが言っていた。

たくみのことだから多分「志田先生って長距離きらいなんですか」とか質問したに違いない。

 

「よーし、全員集合したなー。じゃあ、バスに乗り込めー。途中、休憩をとるけど1時間半くらいは走りっぱなしだからなー。トイレに行きたいヤツは今のうちに行っトイレー。なんてなー!」

誰も笑わずバスの乗り込んだ。と思ったら牧野が爆笑していた。

「ギャハハハ、先生、センスねー!」

牧野はひっぱたかれたあげく、先生の隣の席、助手席に座らされた。

「だから長距離は嫌なんだよ。問題起こすし」

志田先生はイライラした顔でそうつぶやいた。

問題起こす??

問題なんて起こしたっけ・・・。

「まあいい、行くぞもう」

志田先生の気合のない掛け声とともにバスは山中湖へと動き出した。

それは、ぼくの想像を超える厳しい戦いへの出発であった。

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2008年7月25日 (金)

空の下で46.合宿(その2)

マイクロバスは思った以上に快適だった。

MDをかけられるので、名高が持ってきた最近の曲をかけながら走行した。

冷房は入らなかったから暑いことは暑かったけど、窓を開けて入ってくる風に吹かれながら進むのは気持ちがいいし、今まで行ったこともない道の景色を見るのは楽しい。

志田先生が選んだ道は、高速道路を使わずに山中湖へと行く道で、山の中をいつまでも走る。

川が見えたり畑が見えたりして、やっぱり旅行気分だ。

 

 

二時間くらい走ったところで休憩をとることになった。

山の中の道なのに休憩とる場所なんてあるのかと疑問に思ったら、道の駅「道志」とかいうサービスエリアみたいなとこがあって、そこにバスは入った。

バスを降りると、セミの声が多摩境より爆音だということに気がついた。やっぱり深い山なんだ。

「よーし、この道の駅で30分休憩だー。30分後の10時30分に集合しろー」

志田先生がセミに負けない大きな声でそう言った。

バスから降りてやっと解放された牧野がぼくのとこにやってきた。

「いやー厳しかったー」

牧野はすでに10キロくらい走った後みたいな疲れた顔してた。

「どしたの牧野」

「いやー、志田のヤツ二時間ずっとオヤジギャクと説教だよ。ギャグ言っては説教、ギャグ言っては説教。よく短距離のやつら平気だよなー。オレなら志田を上回るコントで応酬だね」

よくわからんが、とにかく疲れたらしいので道の駅周辺を散歩することにした。

 

 

道の駅の裏手には小さな川が流れていて、小さな吊り橋がかかっていた。

その橋の真ん中で手すりに寄りかかりながら川を見た。

すんごいキレイな水だ。光る水面の向こうにちいさな魚が泳いでいる。

「はー、こんな山奥にいるとなんだか都会生活がどうでもよくなるねー」

牧野が魚を目で追いながらそうつぶやく。

「え、なんかまるで疲れたサラリーマンみたいなセリフだね。しかも僕らの住んでるとこ都会でもないし」

「英太、そういう冷めたこと言うなよ。それにツッコミたいならもっと鋭く!」

「わー、こわ・・・」

最近、牧野はお笑いのDVDをレンタルするようになってお笑いに凝ってるらしい。

そういえば中学のとき、文化祭で日比谷と漫才やってた気がする。

「それよりさ英太、聞いた?」

いきなり眉間にしわを寄せて小声になった。話題転換が早すぎる。

「な、なにを?」

「大山と剛塚って中学が一緒だったらしいよ」

「あ、そうなの?そういえばそうだっけ」

「しかもさ、剛塚って中学の時、かなりヤンチャしてたらしい」

「ヤムチャ?」

「それは飲み物だろ、もしくはドラゴンボール。違くて、ヤンチャだよ。つまり不良だったらしいんだよ。かなり暴れてたらしい」

「へえ・・・」

ぼくは遠くのベンチに一人座っている剛塚を見た。

暑くて腕をまくっているけど、その腕の太さは長距離選手とは思えないほど太くて筋肉質だ。あれで暴れられたらぼくには手に負えないだろう。

その剛塚のとこにアイスを持って大山が走っていった。

こんな山奥に来てまでパシリか・・・。

「誰に聞いたの。その話」

「穴川先輩」

なんで先輩がそんな話知ってるんだろう。

そこへ未華とくるみがやってきた。

二人はまだ私服姿だ。くるみの私服姿なんて初めて見たものだから、正直な話、その私服をチラっと観察してしまった。変態か、ぼくは・・・。

でも見ちゃうんだよね・・・。七分丈のジーパンとライトグリーンのゆったりめのTシャツかあ・・・なんて。

「なにしてんのー、二人で橋の上でたそがれちゃって」

未華はそう言って牧野の肩をはたいた。

「いって!たそがれてんじゃなくってさ。合宿に対する意気込みを語ってたんだよ」

「えー、ウソっぽーい」

「な、なにー!」

そこから牧野と未華は言い争いを始めたが、お互い楽しそうだ。

そんな二人を橋の残してぼくとくるみは散歩しだした。

「英太くん、こないだの試合早かったねー」

こないだの試合・・・。ああ多摩川ロードレース大会か。もう1か月前だ。

「最近どんどん早くなってる感じだよね。尊敬しちゃうよ」

「尊敬するほど早くないよ。まだ未華の方が早いし」

「じゃあ尊敬するのやめときます」

くるみは笑ってそう言った。

笑顔でこっちを見られると、つい目をそらしてしまう。ああ根性ないなぼくは。

いや、根性だせよ相原英太。もう一回、お茶しにいく話題をしよう。

「そういえば、前にスタバの時に約束した・・・」

そこまで言った時、志田先生の大声が聞こえた。

「そろそろ出発するぞー!」

「え、もう?」

「出発だって英太くん。バスに戻ろ」

「え、あ、うん」

 

 

マイクロバスはそこから一時間で山中湖に到着した。

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2008年8月 1日 (金)

空の下で47.合宿(その3)

バスのBGMは志田先生がラジオをつけたので高校野球の中継になった。

神奈川大会の決勝の模様を伝えている。

県大会の決勝に進むチームとなればかなりの強豪なわけで、ぼくらみたいな「さして強くもない運動部」からみると別世界の戦いだ。

それでもぼくはラジオに耳を向けていた。

攻撃時やチャンス時にかかる吹奏楽の音楽を聴いていたかったからだ。

でもラジオは突然消えて、志田先生が持ってきたナツメロに変わってしまった。

「せめて夏メロにしてよ・・・」

これは未華が不満全開の顔で言った意見。

 

 

バスは山道を抜けて平地へと降りてきた。

左にも右にもペンションやらテニスコートやらが見える。

やがてお土産物屋さんや食事処が増えてきて、ついには湖が見えた。

「おおー、ここが山中湖かー」

牧野が大声をあげた。

みんなが一斉に湖の方を見る。

バスの右側に広がった山中湖は、対岸の建物が米粒のように小さく見えるくらい大きな湖だった。

その米粒の後ろには巨大な山が見えた。

「あー!富士山だ!」

また牧野がバカデカイ声を上げた。

「おい、英太、富士山だぞ。見ろよ」

「見てるよ」

「でけー」

確かにでかい。あんな大きな山初めて見た。

いつも東京から見える山なんか問題にならない。

みんなが富士山を見上げてると雪沢先輩が戦慄の一言を放った。

「最終日は富士山を走って登るんだぞー」

「は?!」

長距離チーム全員が雪沢先輩の方向を見た。

呆然とする牧野、泣きそうな大山、ひきつり笑いの未華。

「まあ半分までしか登らないけどな」

「半分」

再び視線は富士山に集まる。

巨大な霊山はそんなことを知ってか知らずか、雲に隠れだした。

たくみが雪沢先輩に改めて聞く。

「雪沢先輩。あの、合宿ってやっぱり相当キツイんですか」

「当たり前だよ」

バカげた質問だったけど、聞きたい事ではあった。

ちょっと聞くのが怖かったから聞けなかったんだけど

さすがはたくみ。きちんと質問してくれた。合宿はキツイ。

 

 

バスは山中湖から少し離れた山の中の山荘へ到着した。

木々が生い茂る中にある、まさに山荘だ。

といってもかなり大きくて、50人くらいは泊まれるらしい。 

なので毎年ここが合宿所になってるらしい。といっても多摩境高校は三年目だけど。

入口にかかっている木製のカンバンには「見晴らし館」と書いてある。

見晴らしなんて無い。木しか見えない。

 

 

みんながバスから降りると、ふくよかなオバサンが見晴らし館から出てきた。

志田先生はオバサンを見ると挨拶をした。

「お久しぶりです大石さん。またお世話になります」

大石さんと呼ばれたオバサンは何故か屋内に走って戻って行った。

が、すぐに出てきた。手には小さな太鼓をもっていて、いきなり叫んだ。

「よーこそ見晴らし館へ!今年もがんばるんだよー!ではここで歓迎の曲をお送りします」

といってなんだか陽気なサンバを歌いだした。

ああ、これはサンバというかコーヒールンバだ。

「な、なんだこの人・・・」

牧野は圧倒されている。

未華は何故か一緒に歌っているが、他のメンツは牧野と同じ反応だ。

コーヒールンバを1曲聞いて、それぞれの部屋へと向かった。

長距離チームの部屋、短距離チームの部屋、女子の部屋の3部屋に分かれる。

ぼくら長距離チームは男は7人で同じ部屋に泊まる。

別れ際、くるみが話しかけてきた。

「なんだか面白いオバサンだったね」

「うん。陽気だったね」

「でも練習はキツそうだね。富士山とか・・・」

くるみは不安そうな顔だったので元気に言ってみた。

「きっとなんとかなるよ!」

「へえ、英太くんって楽天的なんだね」

「前向きって言ってよ。それかポジティブ」

「あ、そうか。じゃあ、がんばろうね」

そう言ってくるみは女子の部屋へ向かった。

ぼくも自分の部屋へ向かう。

なんだか旅行気分は薄れてきた。

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2008年8月 5日 (火)

空の下で48.合宿(その4)

さっきコーヒールンバを歌って出迎えてくれた大石さんは、見晴らし館に何人かいる従業員のうちの一人で、ぼくら多摩境高校の食事作りのリーダーらしい。

見晴らし館で一番大きい部屋でみんなでお昼ご飯を食べたんだけど「さ、たーんとお食べ!」なんてマンガみたいなセリフを言いながら、ごはんをせっせと作ってくれた。

今日はまだ走ってないから、あまりお腹はすいてなかったんだけど、みんなモリモリ食べていた。

ただ一人、長距離メンバーの女子、早川舞だけはゴハンを残していた。

「あらあら、もったいないねえ」

残念がる大石さんを見て少し胸が痛んだ。

早川舞ってコは同じ長距離メンバーなのにほとんど話したことはない。

未華やくるみは話してるみたいだけど、二人とは違ってガッツリ化粧してきてるし、まだ一年生なのに彼氏もいるらしいし、 いつも自分の髪の毛か携帯をイジッている、イマドキなコだ。

確か健康作りのために走っているということだったけど、そのわりにはキチンと練習に出ているという変わりダネだ。

 

 

午後からは短距離チームは近くのグラウンドに車で出掛けて行った。

ぼくら長距離チームの合宿最初の練習は・・・

「山中湖一週だ」

雪沢先輩はさわやか笑顔でそう言った。

「ここ見晴らし館を出て山下り1キロで湖に着く。そして湖を一周して山上り1キロしてココに戻ってくるってコースだ。最後が上りだからキツイぞー」

雪沢先輩はキツイぞーってところを強調して言った。

続いて穴川先輩が話す。

「先頭は雪沢が一定のペースで走るから今日はそれについてこい。できたら最後のゴールまで付いていく気持ちで走れよ」

ここで名高が久々に心臓に悪い言葉を吐いた。

「穴川先輩がついていけなかったりしてな」

「おい!」

名高にそう叫んだのはぼくだ。声が久々に裏返った。

穴川先輩と名高はにらみ合った。そして名高は嫌な笑いをして言った。

「だって穴川先輩、最近全然早くなってないじゃないですか。英太とか牧野とかみたいに全身全霊で走ってるとは思えないし」

「なんだと名高」

穴川先輩は殴りかかりそうな勢いだ。

でも名高の言うこともわかる。

穴川先輩は全力を出し切っていない。

練習が終わった後、みんな倒れこむくらい疲れてるのに、穴川先輩だけは疲れてはいるものの、すぐに帰宅開始する。

それくらい体力が残っているのだ。

「いいじゃねえかよ。試合じゃねえんだから。練習だぜ」

穴川先輩のこの言葉にはちょっとカチンと来た。

なんか文句でも言おうかと思ったところで雪沢先輩が言った。

「ま、とりあえず練習するぞ。穴川も名高も練習前にモメるな。練習も全力出せ」

ピシャリと言われ二人も黙った。

 

 

準備運動も終わり、山中湖へとスタートを切った。

まずは下り坂を1キロだ。

下りは楽だと思われがちだけど、スピードが出るから足の回転が勝手に早くなって危ないし、ある程度はスピードを殺さないといけないから、膝とかに負担がかかって故障につながりやすい。

下りが得意なのは僕らの中では、たくみと剛塚か。

たくみはスピード馴れしてるし、剛塚は筋肉がすごいので膝への負担も筋肉がガードしてくれているらしい。これは牧野談だ。

 

 

下り坂を終えると、目の前に湖が広がった。

広い。これを一周するのか・・・と、ほんの一瞬気落ちした。

その一瞬で集団から遅れそうになったけど、立ち直って集団についていく。

早くも大山が汗だくだ。

大山の大量の汗を見て未華が「うええー」と小声で言った。

その大山は何故か未華にニッコリとほほ笑んだ。

未華はすごい混乱した表情だ。目が泳いでる。

大山は誰にでもほほ笑む。勘違いするな未華。

 

 

集団は一定の速度を守り山中湖のまわりを走る。

決して早くはないので前半は広い湖を見ながら走る余裕があった。

意外にも山中湖を半分走っても誰も遅れなかった。

大山も剛塚もくるみも早川も。

みんな確実に強くなっている。4月の時点では考えられないほどに。

しかし後半にさしかかってくると、一人一人遅れていった。

たぶん、先頭でペース配分している雪沢先輩がスピードを上げたんだ。

集団は2、3分に間に一気にバラバラになった。

前へ行く雪沢先輩と名高と穴川先輩。

ぼくは一人になったが、ほんのちょい前に牧野と未華がいる。

未華はスゴイ。男子メンバーの中にいてもひけをとらない。

そんな未華のことをぼくは尊敬している。

でもやっぱり負けたくないという気持ちが強い。

目の前を先に行かれると気持ちはさらに強まる。

ぼくは一瞬目を閉じて決意を固めた。

今日こそ追いつく。

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2008年8月 8日 (金)

空の下で49.合宿(その5)

セミが爆音で鳴いている。

湖のほとりを走っているといっても、山々に囲まれたこの地区にはセミの鳴き声が響き渡っている。

音でいつもと違うのは、時折湖の上を走る水上ボートの音くらいなものだ。

そのほかはいつもと同じ音だ。

足が地面に着く音、腕を振るときに少しこすれるTシャツの音。

なによりも大きく聞こえるのはセミではなく自分の息切れの音だ。

 

 

集団がバラバラになったあと、ぼくは決意を固めてスピードを上げた。

牧野と未華に追いついたところまでは良かった。

ところがそんなぼくを見て、未華はスピードをさらに上げたのだ。

正直、信じられなかった。

とっくに限界スピードで走ってると思っていたので、ぼくは愕然とした。

愕然としたのは牧野も同じだったようだけど

鬼の形相で未華を追って行った。ぼくは少しづつだけど確実に遅れていった。

結果、ぼくの順位は何一つ変わらなかった。

 

 

スピードアップさせたのに抜けなかったというのは精神的に堪える。

もう今日はこのくらいでいいか。

そう思いながら進んだ。

気合が落ちたせいかスピードも落ちた。

それでも湖を走り切るころに、前に穴川先輩を見つけた。

ということは牧野と未華は穴川先輩を抜き去ったのか。

残るは見晴らし館への上り道1キロ。

追いつけるか・・・。でも穴川先輩との差はまだ少しある。

今日のとこはまあいいだろう。初日だし。練習だし。

練習だし・・・?

ついさっき同じようなセリフを聞いた気がした。

誰が言ってたんだっけ。

そうだ、穴川先輩が言っていたんだった。

穴川先輩と同じことを思ったのか。

でもぼくはそのセリフを聞いてカチンときていたハズだった。

手抜き練習じゃないかよ、と思って頭に来ていたんだった。

ぼくも同じじゃないか。

同じであってたまるか。じゃあ、さっきのスピードアップの決意はなんなんだよ。

「もう一度だ・・・」

つぶやいてみた。

まだ声を出す余力がある。なんだ、まだいける。

ぼくは再び目を閉じて決意を固めた。

追いつく。

目を開けて腕を大きく振って登り坂を穴川先輩めがけて走った。

 

 

ラストは見晴らし館への登り道。 

さすがにラストで登りはキツイ。

雪沢先輩の言ったとおりだったが、キツイのはみんな同じだ。

同じくキツそうな穴川先輩に一気に追いついた。

穴川先輩はギョッとしてスピードアップを図ったが、勢いに乗ったぼくは一気に穴川先輩を抜き去り、そしてそのままゴールした。

 

 

ゴールした後は倒れこんだ。

さすがに最後の登りで体力を使い果たした。

穴川先輩はゴールしてすぐぼくのところに来た。

「不意打ちしやがって」

そう言ってクールダウンを始めた。

ぼくもフラフラと立ち上がってクールダウンのためにジョックをした。

勝った。・・・やっと穴川先輩に勝った。

途中であきらめなくて良かった。

牧野と未華には負けたけど・・・。

 

 

今日のコースは全部で16キロ近くあったらしい。

すごい距離を走らせるものだと思っていたら、ジョックした後に筋トレが待っていたので涙が出そうになった。

女子は筋トレではなくストレッチだと聞かされて、女子になりたくなった。

筋トレが終わるころ、やっと大山とか早川がゴールした。

やはり16キロともなると差が激しくついてくる。

 

 

練習が終わってぼくは牧野とたくみとでお風呂に入った。

大浴場と書かれたお風呂は5、6人が入れる少しだけ大きめなお風呂で、思いっきり足を伸ばせるのがモノスゴーク気持ちいい。

普段、制服とかジャージ姿で会ってる牧野やたくみと裸でいるのは、男子同士だっていうのになんだか恥ずかしかった。

牧野は恥ずかしくもないらしく、ぼくとたくみの体をジロジロ見て言った。

「焼けたなー」

確かに日に焼けてる。それはみんな同じだ。

毎日毎日、夏の空の下で走りまくってるんだ。そりゃ焼ける。

「こーんな色黒な英太、初めて見たよー。モテるかもよ」

モテない。

だって日焼けがTシャツの形してる。

 

 

晩御飯は大石さんがスゴイ量を作っていた。

「さ、たーんとお食べ」

昼間と同じこと言ってる。 

走りつかれていたので食べるのも疲れる。でも、おいしいので食べきった。

ご飯を食べきると自由時間だ。

さっさと寝てしまいたいが、こういう風にみんなで同じ部屋にいると、やっぱり寝れないのはなんでだろう。

長距離メンバーは全員同じ部屋でゴロゴロしながらも起きている。

それに、こういう集団旅行になると必ず恋愛話をするヤツがいたりする。

そういう話ってつい最後まで聞きたくなってしまい、結果的に寝れない。 

どうやら今回は牧野が恋愛話をしたいらしい。

「オレさ、中学のときに少し気になるコがいてさー」

ほうほう、そんな話は初耳だ。

「でもさ、英太がそのコに本気だったらしくてさ。な、英太」

「は?!」

たくみが食いつく。

「マジでか。どんなコだったの、英太」

な、なにこの展開・・・

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2008年8月12日 (火)

空の下で50.合宿(その6)

長距離メンバー全員がこっちを向く。いや、先輩二人と剛塚は見てないか。

たくみは、敷いてある布団の上を歩いてぼくの横まで歩いてきて言った。

「その子どんなコだったの。かわいい系、きれい系どっち」

「かわいい系」

ぼくじゃなくて牧野が答えた。たくみは「おお」とか唸った。

「で、どうなったの。ていうか名前なんていうの」

たくみの質問好きはこういう時ホントにムカツク。

三流芸能リポーターかってんだ。

そして何故か牧野が、相手の名前を答える。

「長谷川さん」

「おお!長谷川さんかあ!いいじゃん英太。どうなったか教えてよ」

「コクッた。フラれた。」

ぼくはたくみを睨みながら言った。

言った後、そのフラれた時の状況が脳裏によぎった。

瞬間、胸が苦しくなったが、すぐに治った。

「・・・わるい」

たくみが謝った。

どうやらぼくは切なそうな顔をしていたらしい。

牧野も「スマン」と言ってきた。

みんな合宿ということもあってテンションが上がってきているらしい。

なんだか悪ふざけも多いから、今みたいな目に遭う。

でもまあ気持ちはわかる。

ぼくもあと少しで、フラれたいきさつとか話しそうになっていた。

 

 

午後十時、消灯。

大きめの和室のこの部屋に、人数分の布団を敷いて寝転がる。

ぼくの右隣には牧野、左隣には大山がいた。

山の中の建物なので部屋の電気を消すと真っ暗になる。

部屋には窓が三か所あるけれど、窓は完全に黒に染まっている。

外からは虫の鳴き声が響いてるほかは何も聞こえない。

時折、車が通る音とか、どこかでロケット花火の音が聞こえる。

ぼくは目を閉じようとした。

明日は朝練習があるらしいから早く寝た方がいい。

でも左隣の大山が話しかけてきた。

「英太くん。起きてる?」

ボソボソっとしてる。部屋が静かなので小さな声で話してきたのだ。

「ん。どうしたの」

ぼくも小声で話す。

「どうしたっていうかさ。その、えっと」

大山は視線をそらしてモゴモゴ言っている。

「なんかあるならちゃんと言ってよ」

「うん。さっき英太くん、中学の時の恋愛の話してたじゃん。気になって」

それかい!

叫びそうになった。

大山って恋愛話に食いつくようなヤツだったのか。

女の子とかに興味あるかどうかもあやしい感じだったのに・・・。それは言い過ぎか。

「フラれただけだよ。あんまり思い出させないでよ大山」

「あ、いや、そうじゃなくて。ゴメン」

大山は頭を掻いた。

「大山、何の話だよ」

「いやさ、さっき恋愛話してるとき、英太くん一瞬つらそうな顔したから・・・。話をするのを止められないで黙って見てて・・・ゴメン」

また頭を掻く。

「あ、そんなこと?いいよ大山、気にしなくて。大山のせいじゃないし。牧野のせいだよ。ほんと、中学時代の辛い記憶だっていうのにさ」

ぼくはちょっとふてくされた感じで言うと大山はニッコリと笑った。

「大山は中学んときコクッたりしなかったの」

「ん・・・。ぼくはそういうのは無いよ。女子と話すの苦手だし。それに中学のときはイジメにあっててさ」

う・・・、話が暗い方向に転がってしまった。

「イジメ・・・か」

「そう。3年間辛かったよ。何しても笑いのネタにされたり理由もなく殴られたり」

何故か笑いながら話す大山。

「お金とられたりもしたしね」

「お金?その・・・反撃とかはしなかったの?」

「うん。相手は一人じゃなくて・・・その・・・不良グループって感じでさ」

不良グループ・・・。

ぼくはちょっと離れたところに寝ている剛塚のことを思った。

いつも大山をコキ使い、カバンを持たせる剛塚。二人は同じ中学出身なはず。

「ふふ、英太くん気づいたのかな。そう、剛塚くんたちにイジメられてたんだよ」

やっぱり・・・。

そうだと思っていた。中学の時から大山は剛塚にイジメられていたのだ。

だから高校になってもイジメが少し残っているんだ。

カバン持ちが発覚して以来、ずっと思っていたことの答えがやっと出た。

それと同時に剛塚への怒りが込み上げてきた。

「英太くん、顔が怖いよ」

「え?あ、ああごめん」

「もしかして剛塚くんのこと怒ってた?」

大山ってほんとに感がいい。というか人をよく見ている。

「でもね英太くん。ぼく中学2年の頃からずっとイジメに遭ってたんだけどね。3年の卒業間際、2月くらいかな。パッタリとイジメがなくなったんだ」

「へえ」

そうとしか言えなかった。だって1年以上もイジメられてきたってことだから。

「剛塚くんがね。みんなに言ったんだ。弱い者いたぶるのはもう辞めだって。他にやることを見つけたんだって。ついていく人を見つけたんだって」

やること?ついていく人?

あの剛塚が?

一年生の中で剛塚だけは陸上部に入っている理由がよくわからない。

その理由はこの辺りにあるのだろうか。

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2008年8月15日 (金)

空の下で51.合宿(その7)

突然、何か電子音が鳴り響いた。

携帯の着信音のようなピロピロとした音だ。

目をつむっていたぼくは、その音で目を開いて驚いた。

もう朝になっていたからだ。

いつの間にか寝てたらしい。電子音は誰かが携帯で目覚ましを設定してたのだ。

「ねみー」

右隣で牧野が本当に眠そうな声でそう言った。

ぼくも眠い。なんといっても朝六時だ。ふだんはもう少し遅く起きる。

そんなぼくと牧野を見てたくみは明るい声で言った。

「なんだなんだ二人とも。まだ眠いの?だらしないなー」

たくみはスカッとした顔をしている。いつもより鼻のホクロのツヤがいい。

「早く起きろよ二人とも。朝練だぞ朝練」

たくみは幼稚園から現在まで欠席とか遅刻は一度も無いらしいけど、朝に強いってのが影響してるのかもしれない。

ぼくと牧野はノロノロと練習着に着替えだした。

眠い。気を抜くと夢の世界に逆もどりしそうだ。何の夢見てたか覚えてないけど。

 

 

朝練は見晴らし館の周りを30分ほどジョックして、五回、坂道全力ダッシュをするという軽いメニューになっているので、助かった。

といってもやはり朝は体が重い。

30分のジョックなんて普段なら誰も遅れたりしないだろうけど、10分くらいで辛くなってきて、20分も走ると集団ではなくバラバラになっていた。

それでも雪沢先輩、名高、たくみは最後までペースを乱さずに走っていた。

実力的には未華も走り切れそうなんだけど、朝は弱いらしく珍しく後ろの方で静かに走っていた。

ぼくはというと、牧野と二人でけっこう頑張ってみたんだけど、あとちょっとのとこで集団から遅れてしまい、反省だ。

それでも穴川先輩より先にゴールだ。

「やった、また勝てた!」

思わず小声でそう言ってしまった。

そこへ穴川先輩がゴールしてきて、喜ぶぼくを見つめてきた。 

「あ、お疲れ様です穴川先輩」

黙る穴川先輩。ややあってから一言つぶやいた。

「朝練ぐらいで本気になってんじゃねーよ。レースじゃねーっつーの」

そう言ってその場を去って行った。

 

 

朝練習を終えると、朝ゴハンが待っている。

今日も大石さんたち見晴らし館の従業員の人たちが食堂で食事を運んでいてくれていた。

「さ、たーんとお食べ」

朝ゴハンにしては多い。みんな苦労しながらもなんとか食べきった。

またも早川舞が少し残してはいたが。

「朝は栄養たっぷりとらないと合宿乗り切れないよー」

大石さんは笑顔でぼくらに激を飛ばした。

 

 

午前中の練習は再び山中湖一周だ。

しかも午後も山中湖一周を断行するという。正気かよ、と思った。

そのメニューは発表したとき、雪沢先輩は笑顔でこう言った。

「まあ、午後は逆回りで一周だけどな」

どっちだって一緒でしょ?

 

 

午前の一周はひとつの実験を試みてみた。

無難に走るのをやめてみようという試みだ。

牧野と相談して決めた。

それは自分の限界まで雪沢先輩についていくという走り方だ。

ゴール出来ないくらい疲れたとしてもいいから1メートルでも長く雪沢先輩についていこうという考えだ。

これは牧野が言いだしたことだった。

「四日間で何度も何度も山中湖走るんだからさ、ちょっと色々試してみない?ぶっちゃけ同じコースばっかで飽きるじゃん」

そう牧野に言われ、なんだか楽しそうだから誘いに乗ってみた。

 

 

なるべくついていくのは当たり前だが、これはぼくには不向きな作戦だった。

確かに雪沢先輩についていくのは先頭を走れるので、新しい景色が見れた気はしたけど、ついていくので全体力を使いきってしまい、一度遅れたらあとはズルズルと後退し、名高、未華、牧野に抜かれ、あげくには穴川先輩とたくみにも抜かれてゴールした。

牧野はなんと三位でゴールしたらしい。未華に勝ったと喜んでいた。

その未華は「チ」とか舌打ちしていた。怖い。

 

 

午後は逆に後ろからジワジワと抜いていく作戦で走った。

ぼくも牧野も後半になってから少しずつスピードを上げて順位を上げて行ったが、これはぼくの方が向いてるらしく、牧野は途中で伸び悩んだけど、ぼくは穴川先輩を抜いて、未華までもう一歩のとこまで迫ったけど、追いつくことはできなかった。

抜かれた穴川先輩は誰に言うでもなくつぶやいた。

「くっそ。やってらんねー」

トップ3は雪沢先輩・名高・未華という順で、未華がすごい実力なんだと改めて思い知らされた。

ちなみに午後はたくみが妙に遅れて剛塚に抜かれていた。

 

 

合宿は過酷だ。

のんびりとした風景の山中湖のほとりで、ぼくらは必死こいて走る。

今日は一日で30キロ以上走ったことになる。

人生で一番走った日になった。

そんな日の夜のことだ。事件が起きたのは。

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2008年8月19日 (火)

空の下で52.合宿(その8)

合宿も二日目の夜となり、メンバーには疲れが出てきていた。

大石さんの作るゴハンをなんとか食べきると、みんな話す気力もあまり無いらしく、大部屋に戻って静かにすごしていた。

雪沢先輩と穴川先輩は、志田先生とミーティングだとかで大部屋には戻っていないけど、一年はみんな自分の時間をすごしている。 

牧野はお笑い芸人が出した本を読んでニヤニヤしているし、大山は「あ、そうだそうだ」とか言って部屋から出ていくし、名高は目をつぶったままウォークマンで何か聴いているので、すごい静かだ。

ぼくは一学期中に吹奏楽部の日比谷から借りたCDでも聴こうかと思ってたら、たくみがぼくの横までやってきた。

「英太、英太」

「ん、なに?CD聴きたいんだけど・・・」

「つれないなー英太。おれの話聞いてくれよ」

たくみは何故か小声だ。部屋が静かなせいかもしれない。

「いま、トイレ行ってきたんだけどさ。部屋に戻るとき、大山を見かけたんだけど。あいつ、こっそりと建物から出て行ったぞ」

「え?見晴らし館から?」

もう夜八時半だ。志田先生の許可なしで宿泊施設から勝手に外出すると、さすがに怒られるのではないか。不安がよぎる。

そう思っていると大山が部屋に入ってきた。

「なんだ、いるじゃんか」

ぼくはホッとした。志田先生は長距離チームには手厳しいから連帯責任で全員が怒られるかと心配だったからだ。

ところが、大山は剛塚のところに行ってこんなことを言った。

「はい、近くの自販で売ってたよ」 

大山の手にはスポーツ飲料のペットボトルが握られていた。

剛塚は「サンキュー」と言ってペットボトルを受け取って150円を大山に渡した。

自販は外にしかない。やっぱり大山は外に出ている。

それも剛塚に頼まれて。つまりはパシリか。

そう推理していると剛塚と目があってしまった。

やばい。思わずぼくは視線をそらした。

剛塚はぼくと目があった事はほっておいてペットボトルを開けた。

正直、ホッとした。なんか剛塚にからまれたら怖いから。

ところがたくみのヤツがとんでもない事を剛塚に質問した。

「ねえ、なんで大山をパシリで使ってんの」

「ば、ばか、たくみ」

剛塚は一瞬動きが止まったあと立ち上がり、ぼくとたくみの所に歩いてきた。

「なんだって?」

剛塚は低い唸るような声でそう言った。

たくみは一歩後ろに下がったものの質問をした。

「だから大山をパシリにしてんじゃん。何で?か、かわいそうじゃん」

「なにデカイ口きいてるんだよ」

剛塚の声は大きくはないが威圧感のある低音だ。

ぼくは怖くて身動きできない。なのにたくみは得意の質問だ。

「今だって外の自販にジュース買いに行かせたんでしょ?」

「だから何だ」

「志田先生に見つかったら、多分一番怒られるのは買いに行った大山なんだからさ。買いたければ自分で行けば。大山だって疲れてるんだからさ」

たくみがこんなに仲間思いだとは意外だった。

僕はたくみの言葉を聞いてちょっと涙が出そうになった。

そのたくみは言葉を続ける。

「大山みたいに遅くたって、うちら長距離チームでは必要な仲間なんだよ。パシられて嫌になって退部したくなったらどうすんだよ。そういう風にするヤツこそ必要ないだろ」

その言葉が終わった瞬間、たくみの姿がぼくの視界から消えた。

いや、後ろに飛んだのだ。

何かと思ったら、剛塚がたくみの顔面を殴ったのだ。

たくみは鼻血を出して畳に倒れた。

剛塚は倒れたたくみに向かって言う。

「必要ないだと?誰がだよ」

たくみは鼻を押さえたまま何かを言ったが聞き取れない。

剛塚はぼくの方を見た。

「英太、おまえはどう思うんだよ。誰が必要ないって?」

「あ、いや・・・」

情けないことに何も言えなった。

たくみはあんなに言いたいことを言ったのに。

たくみが殴られたことで大山も牧野と名高もこっちを見ていたが、特に何かするわけでもなかった。

剛塚は小声で言い放った。

「もういい。出ていく」

剛塚は大部屋の外へ向かって歩き出した。

「ちょ、剛塚」

ぼくはそれだけしか言えなかった。

剛塚が部屋の出口まで進んだ時、全く場違いな明るい声を出しながら、未華が部屋に入ってきた。

「ねえみんな聞いて聞いてー!明日の夜なんだけどさー」

その未華を剛塚はジャマに思ったらしい。

未華を横に押しのいた。

未華は押された勢いで壁に肩をぶつけて痛そうな表情をした。

「いった。なにすんの・・・」

それを見た牧野は猛然と立ち上がった。

そして剛塚めがけて一直線に走りだした。

いつも練習で走るよりも早いんじゃないかという勢いだ。

その牧野の拳が握られている。

やばい。このままだとやばい。どうにかしなくちゃ。

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2008年8月22日 (金)

空の下で53.合宿(その9)

一年生の大部屋は異常な光景が広がっている。

たくみが鼻血を出しながら倒れているし、未華は肩をおさえて座り込んでいる。

それは剛塚が手をあげたせいだ。

剛塚は大部屋の入口に立っているのだが、そこへ牧野が拳を握って走り出した。

ぼくは大声を出した。

「待てって牧野!!」

牧野はその声が聞こえないかのように剛塚の顔面めがけて右拳を突き出した。

剛塚はその拳をよけたが、牧野が勢いそのまま剛塚に体当たりしたので、剛塚は大部屋の外まで吹っ飛ばされた。

ドスンという音がして剛塚が大部屋の外の壁にぶつかった。

剛塚は痛そうな顔をしたが、すぐに牧野に向かって走り出した。

ヤバイ、剛塚が戦闘モードに入った。

そう感じた。

剛塚は「フン」と唸りながら拳を繰り出した。

牧野はなんとか避けたけど、剛塚が間髪入れずに蹴りを放ったので、牧野はそれを横っ腹に受けて、崩れ落ちた。

剛塚は息を切らしながら牧野を睨んで言った。

「なんでテメエが殴りかかってくんだ。関係ないだろ」

なんでかなんてすぐわかる。

好きな女子が目の前で押しのけられて痛い目に遭ったのだ。

それで黙ってるほど牧野は半端な気持ちで未華のことを想ってるわけじゃない。

牧野が答える代わりにぼくは剛塚に言った。

「関係ないとか言うなよ」

「は?」 

怖かったけど言った。ぼくも殴られるかもしれないけど言った。

「もう四ヶ月も一緒に走ってる仲間に、関係ないとか言うなよ」

剛塚はそれで殴りかかってくるわけではなかった。

何かを考えているような顔をしたが、すぐにぼくに向かって言い放った。

「仲間とか言うなよ、気持ちワリイな。勝手にやってろよ青春ごっこ」

そこで剛塚は一息切ってから言った。

「俺はもうやめた。帰るわ。」

そして大部屋から出ようとした。

もう誰も止めようとしなかった。

たくみも、未華も、牧野も、そしてぼくも。

一人減る。それだけのことだ。運動部で途中退部なんて珍しくもなんともない。

でも何か納得いかない。これまで四ヶ月やってきたことを思うと。

それはぼくだけじゃない気がした。

たくみも牧野も未華も、剛塚を止めたいんじゃないかと思った。

でも何もできない。

そう思った時だった。大山が声を出したのは。

「最後までやろうよ」

剛塚は足を止めて大山を見た。

大山は足が震えている。

「最後ってなんだよ大山」

「と、途中でやめるなんて。に、逃げるってことでしょ?」

大山は足だけじゃなくて声まで震えている。

「剛塚くん、見つけたんじゃなかったの?やりたい事とついていきたい人。それってこの陸上部の話なんじゃないの?」

剛塚は黙って聞いていた。

「最後までちゃんとやろうよ。逃げるなんてズルイよ」 

なんで大山は自分をイジメてきた剛塚にまで優しいんだろう。

剛塚はそんな大山の優しさに気づくべきだ。

そう思っていたらぼくは再び口を開いていた。

今度は怖がらずに自然に言えた。

「こんなに必要って思われてるんだからさ・・・。一緒にやろうよ」

「必要?誰が」

剛塚は眉間にしわをよせてそう言った。

まるで何の話をしてるのかわからないって顔だ。

たくみが鼻血を押さえながら言った。

「誰がって・・・わかんないわけ?」

やっぱり質問口調だ。なんだか偉そうだ。口火を切ったのはたくみなのに。

続いて牧野が立ち上がって言った。

「剛塚がっていうわけじゃないぞ。オレたち全員がだよ。オレはそう思う。オレたち長距離チームは、なんていうか全員いてこそのチームだからよ。それに途中で辞められたら、オレ達までやる気減るだろ。迷惑だよ」

一呼吸置いて牧野は剛塚を睨みつけながら付け加えた。

「だけど女を突き飛ばすような行動は許さないけどな。オレは」

牧野はチラッと未華の方を見た。まさかカッコいいことを言いたいだけじゃ・・・。 

その未華は一瞬「ん?」という顔をしたがすぐに真顔に戻った。 

ここで初めて名高が立ち上がった。

騒ぎの間もずっと聞いていたウォークマンをはずして一言だけ言い放つ。

「逃げるってキャラじゃねーだろ」

それだけ言ってまたウォークマンをつけた。

剛塚は全員を見まわした。

名高以外はみんな剛塚を見ている。

乱闘までしたというのに不思議にも悪意とか憎悪みたいな感情がこの部屋には感じられないのはなんでだろう。

殴りかかった牧野にしてもだ。未華の心配だけをしているように感じる。

これが一緒に走ってきた一体感とでもいうのだろうか。

そんな一言では済ませたくはないけれど。感情を言葉にできない。

だいぶ沈黙が流れたあと、ようやく剛塚はつぶやいた。

「逃げねーよ。別に」

そして部屋からは出ずに、元いた場所に戻った。

その瞬間、大山はその場にへたり込んだ。

 

 

雪沢先輩と穴川先輩がミーティングから帰ってきたのはその10分ほど後だ。

すでに未華は女子部屋へと戻っていて、部屋には黙り込んだ男子のみがいた。

部屋の異常には気付かずに雪沢先輩は翌日の練習メニューの発表をした。

「明日は朝練は今日と同じなー。で、喜べ。午前練習はナシだ。休憩だ」

おおーっと名高が嬉しそうな声を出した。

「で、午後練は。山中湖二周レースだ」

「二周?!」

聞き間違いかと思うほどの衝撃だ。

一周でもきつかったのに、その二倍?

さっきまでの乱闘騒ぎも遠のいた。走り切れるんだろうか・・・。

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2008年8月26日 (火)

空の下で54.合宿(その10)

朝が来た。

もう朝かよって感じだ。まだ来るな、まだ来るな、と思いながら浅い眠りをしていたようで、ふとんから起き上がってもしばらくはぼんやりしていた。

合宿三日目の朝だ。

今日の朝練習は、昨日よりさらに体が重かった。

昨日と同じく見晴らし館近くの林道を30分走ったんだけど

みんなゆっくりペースだ。さすがに疲れが溜まってきたのか、雪沢先輩も名高もいつもよりかなり遅く走っていた。

ぼくはというと、昨日の夜の乱闘騒ぎのことを思い浮かべながら走ってたんだけど、林道の途中で巨大なクモの巣に引っかかってしまいパニックになるという、バカらしい走りをしていた。

 

 

朝練習のあとはフラフラと食堂に向かう。

席につくと大石さんが朝食を運んできてくれた。

「さ、たーんとお食べ」

大石さんたちの作るゴハンはおいしい。

おいしいけど疲れがひどくて食べきるのはしんどくなってきた。

「う・・・食べきれるかな・・・」

ぼくがそう言うと隣の牧野は「オレもうムリ、あとは頼む」とかつぶやいた。

それでもなんとか食べきった。

「おかわり!」

とか言いながら食べてるのは大山だ。

名高が「信じられない」という顔で大山の食べっぷりを見ていた。

「あれで入部の時よりだいぶ痩せてきてるってのがスゴイよな」

これはたくみのつぶやきだ。

 

 

午前中は練習がない。

じゃあ何をするかというと。

寝てた。

途中までは牧野とたくみと大山とで、たくみが持ってきたトランプで大貧民をやってたんだけど、気がついたらみんな寝てた。せっかく勝ってたのにさ・・・

熟睡してたんだけど、突然陽気なコーヒールンバが聴こえて目が覚めた。

大石さんが大部屋までやってきて歌いだしたのだ。

何かと思ったら「お昼ゴハンだよー」と大声で宣言した。

「またゴハン?!」

時計を見ると、もう昼の12時40分だ。

確か昼は12時30分とか言ってたから、みんなが食堂に来ないので歌いながら呼びに来たってことだ。

この昼ゴハンは大山しか食べきれなかった。

くるみなんか、残すのが申し訳ないらしく涙目で大石さんに謝っていた。

「泣いたって許すかよ。なあ、英太」

たくみはそう言った。確かにそうなんだけど、ちょっと心にひっかかった。

 

 

さて、午後の練習は山中湖二周だ。

これは男子だけで、女子は一周してストレッチだという。

かくして長距離男子チームはスタート地点に集まった。

山中湖は一周13キロある。

二周するということは26キロということだ。

これまで四か月の練習の中で、一度に走った距離で一番長かったのは、合宿初日にやった16キロなので、一気に10キロも記録が伸びる。

時間のことをいうと、昨日は1周するのに一時間チョイかかっていた。

ということは二時間を超える戦いになる。

それも雪沢先輩は「レース形式」と言っていた。

つまり今まで「走ったことのない距離」で「勝負」をするということだ。

正直な話、走り切る自信ってのは無い。

牧野は「これってムチャぶりだよ」と言っていた。

 

 

山中湖の湖畔にある駐車場にメンバーが集まる。

スタートの合図は志田先生が出して、車で追尾するそうだ。

午後は短距離が練習ナシらしい。

「じゃあそろそろスタートするぞ。あ、言うの忘れるとこだったけどな、半周ごとに水とアクエリアス置いておくからな。水分ちゃんと摂れよー」

この志田先生のセリフに歓声がわいた。

「助かるー」

「なんかプロ選手みてぇ」

たくみと牧野は興奮しだした。

ぼくも興奮した。カッコよくドリンクをゲットしたい。

「よし、じゃあ行くぞー」

一転して全員が集中しだした。

そういえば剛塚も何事もなかったように練習に参加している。

「逃げるようなキャラじゃないよな」昨夜の名高の言葉が蘇る。

確かに逃げるキャラじゃない。

それにやることを見つけて陸上部に入ってきたはずだ。

でも、ついていく人ってのは誰になるんだ?雪沢先輩か?

まあ理由がどうであれメンバーが減らなくてよかった。

いろいろ問題がある剛塚だけど、やっぱりここまで一緒に走ってきた仲間が一人減るのはさみしい。

そうか、ただ単にさみしいから止めに入っただけなのか?ぼくは・・・。 

「なにボーっとしてんだ相原。始まるぞ」

雪沢先輩に言われぼくは前を向いて構えた。

ちょうど志田先生がスタートの合図をするところだった。

「はい行くよ。よーい、ドン。」

意外とテンションの低い合図で山中湖二周はスタートした。

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2008年8月29日 (金)

空の下で55.合宿(その11)

気の遠くなるような距離だった。

26キロという数字からしても疲れるのはわかってたんだけど

体が疲れるのは当たり前としても気力まで疲れた。

おまけに走りだしてから気温はメキメキと上がり、走って風を受けているのに自分の肌が日焼けしていくのがわかった。

 

 

面白かったのは給水ポイントだ。

山中湖を半周してところに長机が出されていて、紙コップにアクエリアスと水が置いてあった。

やったーと思って紙コップを二つともゲットしたまではよかったが、間違ってアクエリアスを地面に落してしまったのでガックリだ。

それでも水は飲んだけど、ホントは水は頭にかけたかった。

まあ牧野は勘違いして水を飲んで、アクエリアスを頭にかけてしまったらしく

「うわーベタベタするー!」

と悲鳴を上げながら走っていた。

いつもぼくは牧野に色々とツッコミを受けることが多いので、なんかツッコミ入れてやろうかと思ったけど、牧野の頭を叩いたらぼくの手にもアクエリアスがついちゃうからやめて真面目に走った。

一周したところにも給水ポイントがあったが、ここではみんなうまく給水できたようだ。

そうして山中湖は二周目に入った。

ここまで13キロ。残り13キロだ。そう考えると再び気力が萎えた。

「とっても楽しい42.195キロでした」

そう言いのけたオリンピック金メダリスト高橋尚子さんは怪物だと思えた。

 

 

山中湖二周目。

ぼくは単独で走っていた。

集団で走っていたのは最初の半週くらいだ。

ぼくより前には雪沢先輩・名高・穴川先輩の三名がいるはずだ。

振り返ると少し後ろに牧野の姿が見える。

今日は牧野よりぼくの方が調子がいいようだ。

というより牧野は頭のベタベタが気になるらしく集中力に欠いていた。

それにしても長い。さっき見た景色をもう一度眺めながら走る。

もう何度も走った山中湖の周遊コースは見慣れてきた。

湖の景色、お土産物屋の景色、森、道、丘。

でも今日で最後だ。明日は山中湖は走らないと雪沢先輩は言っていた。

今見える景色を頭に焼きつけながら走る。

それはいいんだけど日光で肌が焼けるのは疲れる。

やがて三回目の給水ポイントにたどり着いた。つまり一周半したのだ。

給水ポイントでは穴川先輩が立ち止まっていた。

ぼくはアクエリアスを口に入れ、水を頭からかぶるとすぐに出発した。

穴川先輩は疲れた様子でぼくの後に続いたが、すぐに遅れて行った。

かわりに後ろから追ってくるのはアクエリアス牧野だ。

しぶといヤツだ。

ぼくは前を向いて走る。でも疲れはひどく、息切れが激しくなっていく。

それでも、歩くのだけは拒んだ。

どんなに遅いスピードでも歩かず走った。

気がつくと、後ろにいたはずの牧野の姿が消えていた。

こんなに遅く走ってるのに見えなくなったという事は牧野もついに歩いたのか。

それとも道を間違えた・・・なんてことはないか。もう慣れた道だ。

 

 

しばらくノロノロと走ると、前に誰かが見えた。歩いている。

そいつがぼくに気づいて振り返った時、その顔を見てぼくはギョッとした。

それは名高だった。名高が歩いていたのだ。

名高もぼくの顔を見てギョッとして、走り出した。

名高に追いつける?

そう思うとテンションが上がった。

今まで一度も勝てなかった相手、名高涼。

思いがけず追いつけるかもしれない。

でもぼくは今以上にスピードを上げることは出来なかった。

それでも名高から離されることもなく走った。

名高もスピードが遅くなっていたからだ。

ぼくは歩くのだけは我慢して名高の背中を追った。

いつもいつも遠かった名高の背中をこんな近くで追うのは初めてだ。

追いつきたい。

そう思うが、名高はくせ者だ。

残り1キロくらいのところから物凄いラストスパートを見せ、一気に離された。

ぼくはスパートなんて出来る状態ではなかったけど、なんとか26キロを完走した。

 

 

練習後、みんなで見晴らし館の前でストレッチしていると名高が話しかけてきた。

「英太、今日すごかったな」

「あ、ホント?名高に追いつけるかと勘違いしちゃったよ」

ぼくは笑ったが名高は笑わなかった。

「あぶないトコだったよ。英太って長い距離に強いだな」

「そうかな。まあ長い距離ってレース展開がゆっくりで楽しいかもね。なんか気合いと根性で順位上がったりするし」

そう言うと名高は苦笑いを浮かべた。

「気合いと根性で?昭和かよおまえ・・・」

「昭和・・・。そんなに考え古いかな」

「古いよ。オールウェイズ、三丁目の夕日だよ」

よくわからんが、名高は最後にこう付け加えた。

「やっぱ英太って強敵になりそうだな。最初から思ってたとおりだよ。そのうち、いい勝負しようぜ」

そんな事は無いと思いつつもぼくは答えた。

「そのうち・・・ね。頑張るよ」

それを近くで見ていた穴川先輩は舌打ちをしてつぶやいた。

「やってらんねー」

鋭い視線をこちらに向けていた。でもぼくと名高は構わず話していた。

そこへ未華がやってきた。

「どしたの二人ともニヤニヤ話し合っちゃって。二人の間に恋でも芽生えた?」

「芽生えないよ。気持ち悪いな。ねえ名高」

名高はすごく嫌そうな顔をしていた。そこまで嫌そうな顔しなくても・・・。

「そりゃそうか。それより夜の準備あるからお肉と野菜運ぶの手伝ってね」

「え?なにそれ」

ぼくは名高の顔を見た。名高も知らないといった表情だ。

見かねて未華が言った。

「あれ?言わなかったっけ。バーベキューだよバーベキュー」

「バーベキュー?」

「そう。見晴らし館の横の広場で、みんなでやるんだよ。食べ物運ぶの手伝ってね」

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2008年9月 2日 (火)

空の下で56.合宿(その12)

夜の七時になり、見晴らし館の隣にある広場へ行くと、すでに短距離チームが集まっていて、みんなでガヤガヤと騒いでいた。

七時なのでもう薄暗いのだけど、広場にはいくつか古い電灯が点いているし、広場の真ん中には大きな鉄のカンの中に焚き火が灯っているので、けっこう明るく感じる。

その周りには机が五脚ほど置いてあり、お肉や野菜、とうもろこしなどが置いてある。

なんだか盆踊り大会というかお祭りというか、そういう雰囲気だ。

お祭り的な雰囲気にする理由は他にもあった。

みんな合宿中はジャージとか練習着ばかり着てたんだけど、今は私服姿になっているからだ。さすがに浴衣姿のヤツはいないけど。

ぼくはというと、明るい色のガラ入り白TシャツとGパン、サンダル。

なんとも洒落っ気がない。でもそれは男子はみんな同じ様なものだ。

 

 

ぼくは牧野と二人でお肉とか野菜を鉄板にのっけて焼いて、先輩たちに配っていた。

こういう雑用は1年生がやるのはどこの学校も部活も同じだろう。

「はー疲れるな英太。オレらはいつになったら食えるんだ」

とかいいつつ牧野はつまみ食いをしている。

「食べてるじゃん」

「オレはいーの。そんな気がすんの」

「どんな気だよそれ・・・」

「英太それツッコミ?つっむのか、つっこまないのかハッキリしろよ」

「え、だって漫才コンビなんて組んでないじゃん」

「組んでないと思ってるの?はーショック。若干ショック」

二人でしゃべってると穴川先輩がやってきて、料理を載せる皿を差し出した。

「肉、入れろ」

「あ、はい」

ぼくは肉を皿に盛った。

穴川先輩はフンと言って短距離チームの先輩のとこに歩いていった。

「英太、なんかおまえ穴川先輩に嫌われてない?」

牧野はそう言うがぼくだけじゃないと思う。

そこへ未華とくるみがやってきた。

「えーいーたくーん。野菜ちょうだい」

未華がなれなれしくぼくの名を呼んだので牧野がぼくを睨んだ。

「えーと野菜ね。ちょっと待って」

ぼくは野菜をとろうとしたが牧野が超高速で野菜を未華の皿に盛った。

「はいよ、牧野スペシャル盛り!」

「はやっ!」

その早さに何故か未華は感動した。色黒の顔が笑顔で埋まる。

「やるじゃん牧野。感心」

「だ、だろー」

牧野はどういうわけか動揺してた。自分でやったくせに恥ずかしくなったようだ。

テンション上がった未華はくるみに言った。

「くるみも野菜乗っけてもらいなよ。牧野スペシャルでさ」

「い、いや、ぼくがやるよ」

ぼくはくるみのお皿に野菜を乗っけた。別に早くもなければ綺麗でもない。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

くるみはその皿を受け取って、野菜を食べた。

「うん、おいしいね」

くるみにそう言われてぼくは何故だか 「でしょ?」とか言ったが、すぐに牧野に「お前が野菜作ったんじゃねーだろ」と身も蓋もないことを言われて恥ずかしくなった。

この野郎、と思ったけど、くるみが笑ったのでまあいいことにする。

ああ、笑顔がかわいいなあ・・・と思う。

ぼくはくるみが笑うとこを見るといつもそう思う。

今日は焚き火の赤い炎に顔が照らされて、いつもより大人びて見えた。

合宿に来てからは練習中ずっと「おさげ」で走っていたけど、今は後ろで結んでないらしく下げていて、それがまたかわいい。

気になっちゃって何度もくるみの顔をチラ見してしまう。

なんか変態だよな・・・。

そう思っていると突然くるみが「ねえねえ、あっちに花火置いてあるからやろうよ」と、ぼくに向かって言ったので、思わず「え、二人で?」と、聞いたんだけど「みんなで、みんなで」と言われ、顔が真っ赤になってしまった。

気がつくと牧野がなんだかいやらしい目でぼくを見ていた。

ヤバイな・・・。

 

 

ぼくと牧野と未華とくるみの四人は集団から離れて、広場のハジで安い花火を振り回したりして遊んだ。

赤い花火、黄色い花火、青い花火。

色とりどりの光がはしゃぐ四人を照らす。

手持ちの花火なんて点火したら一分もしないで消えてしまう。

そんな一瞬の遊びなのにぼくらは大騒ぎしながら楽しんだ。

最後に四人で座り込んで全国恒例の線香花火の長さ比べ大会をした。

ぼくと牧野と未華はすぐに線香花火を落として消えてしまったけど、くるみは燃え尽きるまで耐えていた。

走ってる時と同じ様に真剣な表情のくるみを見て、当たり前の事だけど色んな表情をするんだな、とか考えたりもした。

もっと長い時間、くるみと一緒にいて、いろんなくるみを見てみたい。

そう思った瞬間、くるみと目が合った。

ぼくは心が読まれたかと思って心臓が跳ね上がった。

でも、くるみは線香花火を最後まで使い切った事を「大会新記録で優勝だね」とか言って笑ってた。

ぼくは全身に冷や汗をかいてしまった。熱帯夜なのに・・・。

 

 

バーベキュー大会は終わりを迎えようとしていた。

ぼくら四人も花火を終えて集団に合流した。

広場中央で、志田先生が短距離に何か語っている。

同じように、ぼくら長距離は雪沢先輩の周りに集まった。

「よーし、集まったなー」

雪沢先輩は長距離チームを見渡してから大きめな声でそう言って、続けた。

「明日はいよいよ合宿最終日だ。朝練は軽めにやった後、いよいよ最後の難関、富士山登りをする。富士山の麓から五合目まで走って登る過酷な練習だから、今日はよく寝て明日に備えるように」

「富士山登りか。いよいよ来たな」

ぼくは思わずそうつぶやいた。すると牧野が「来たーーー!」とか叫んで失笑を買った。

ここでどういう訳か大石さんがぼくらに向かって話しだした。

「みんな今日まで疲れただろう」

大石さんは長距離チーム全員をゆっくりと見回した。

「たくさん走ったし、たくさん食べさせられたし、どうやらケンカもしたし」

雪沢先輩は「えっ」と声を出したが大石さんは話を続けた。

「でもね、どんなに疲れたって、どんなに辛くたって、運動部ってのは実力の世界。時にはリタイアもするし、時には後輩に負けたりもする」

大石さんはもう一度全員を見渡した。

「イラついたり、あきらめたりなんてカッコ悪い。遅くたって調子悪くたって、全力で取り組むのがカッコいいんだよ。最後、富士山。プライド捨てて全力で走ってきな」

言い終わると、またもコーヒールンバを歌いだした。

どうやら大石さんだけお酒を飲んだらしく酔っているらしい。

でも、酔っていたとしても大石さんの言葉は噛みしめた。

それはぼくだけじゃないだろう。

この言葉は明日の富士山登りに意外な展開をもたらすことになる。

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2008年9月 5日 (金)

空の下で57.合宿(その13)

合宿最終日。

ぼくら長距離チームは今回の最後の戦いの場に来ていた。

それはもちろん富士山の登山口だ。

登山口といってもキチンと舗装された道路で、五合目まで続いているらしい。

ぼくは目の前にそびえる富士山を見上げたが、どこが五合目なのかは全くわからないし、もちろん肉眼では見えない。

走るのは男子メンバーのみだ。

女子メンバーは志田先生の運転する車に乗り込んで、後ろからついてくるらしい。

スタートを前に雪沢先輩はメンバーをスタート地点に集合させた。

 

 

「それじゃあ、合宿最後の練習に入る。富士山登りだ」

雪沢先輩は富士山を指差した。

改めて見ると信じられない大きさだ。こんなの登るのか。

「みんな、この富士山登りは今までやってきた練習の中で一番辛いハズだ。昨日やった山中湖二周より距離は短いけど、辛さは上回る。なんつってもコースの99.9%は登りなわけだからな」

すかさずたくみが質問した。

「てことは0.1%下るとこがあるんですか」

「ある。12キロくらいのコースのうち、30メートルくらいかな」

「げえ・・・」

牧野が唸った。

気持ちはわかる。つまり大ざっぱに考えるなら11970メートルは登りだ。

雪沢先輩はそんなメンバーの空気を悟ってか、しんみりした口調になった。

「みんな、最終日までよく生き残ってくれた」

まあギリギリ生き残った感じもするけど。

「実は去年は12人参加して、この最終練習まで残ったのは6人しかいなかった。ケガや疲労で練習からリタイヤしたヤツもいたし、合宿から逃げたヤツもいた」

雪沢先輩は一瞬、遠くを見るような眼をしたが、すぐに元の眼に戻った。

「でも今年は全員が生き残った。これはスゴイと思う。ここまで生き残ったことを誇りに思ってくれていいと思う。

長距離は個人種目だけど、オレは今のメンバーはいいチームだと思う。このいいチームでこの富士山登りをやりとげよう。」

雪沢先輩は一気に言った。

言い終わった後、何人かが声を合わせて叫んだ。

「おう!!」

 

 

スタートの合図はいつも通り未華が出した。

「ヨーイ、スタート!!」

元気な未華の声で、ぼくらはスタートを切った。

まずは3キロにも及ぶ直線の登りだ。

この直線はゆるやかな登りという事だが、直線3キロというのは辛い。

なにしろ先が見える。

見えるのに先が長すぎてどこまで続いているのか、わからないほどの長さだ。

この二車線の道が富士山に吸い込まれていくように見える。

しかもそれが全部、登りなわけだ。

いつも通り雪沢先輩が先頭を走り、それにみんながついていく形で走っているのだが、さすがにスローなペースだ。

それなのにぼくはすぐに足が重く感じてきた。

足が重いので腕を大きく振ってムリヤリ前に進むようにする。

が、振りすぎて今度は腕が重くなってきた。

足も腕も重いので息が切れてくる。

やたら早く息切れしだしたので、そんなに進んだのかと思って後ろを振り向いたら、ちょっと遠くにスタート地点が見えた。

1キロくらいしか進んでない。

「こ、こんなにキツイの?」と心の中で叫んだ。

周りを見ると、メンバーみんな息を切らして走っている。

ぼくだけが調子悪いというわけじゃなさそうだ。それほどの登りなのだ。

ゆるやかな登りだなんてとんでもない!よく見ればかなりの上り坂だ。

その横を志田先生の運転する車がゴーという音をたててぼくらを追い抜いていった。

未華が窓から叫ぶ。

「3キロ地点で待ってるからねーー。ファイトーー!」

「ファイトー!」

くるみも叫んでいた。

その車でさえ、まるで高速道路を走るかのようなエンジン音をたてていた。

ハンパな登りではない、とエンジン音から直感する。

3キロという直線の長さで傾斜角度をゆるいと錯覚してたのだ。

そこから500メートルも走ると、早くも集団がバラバラになりかけてきた。

雪沢先輩・名高・穴川先輩・牧野の四人が固まったまま走るが、大山、剛塚、たくみの三人が同時に遅れだした。

ぼくはその三人より30秒ほど粘ったが、雪沢先輩たちの集団から遅れだした。

振り返ると、まだ直線の真ん中あたりだとわかった。

つまり1.5キロくらいしか走っていない。

「う、うそ・・・」

思わずそうつぶやいた。

こんな早く遅れるなんて・・・。くっそ!

再び腕を振るが息切れは激しくなる一方だ。

なんてキツさだ!甘く見てた!

先頭集団の四人の背中を必死で追いかけるが、徐々に背中が小さくなる。

だがその四人もバラけてきた。

雪沢先輩と名高の二人が前に出て、穴川先輩と牧野がその後ろについていった。

そう思うと、先頭の二人が突然、横に曲がった。

続いて穴川先輩と牧野も横に走った。

直線の終了だ。

もうここでゴールでいいんじゃないかと思うほど「やっとかよ」と感じた。

やや遅れてぼくも直線を抜けて横に曲がる。

曲がると同時にたくみに追いつかれた。

たくみの表情はすごかった。歯を食いしばっている。

それが面白い表情だったので吹き出しそうになったけどそんな余裕はない。

 

 

「ファイトー!!」「ファイトー!」「いっぱーつ!!」

未華とくるみの声が聞こえた。3キロ地点だ。志田先生のつまらないギャグも聞こえる。

まだ3キロ??

ここからは200メートルほど進んでは曲がり、また200メートルほど進んでは曲がる。

それが永延と続くと、昨日雪沢先輩に聞いていた。

そういえば雪沢先輩は他にも何か言っていた。

なんだっけ。走りながら昨日のことを思い出す。

昨日・・・。くるみの私服姿がかわいかった・・・。いや、そうじゃなくて。

あ、そうだ。思い出した。寝る前に雪沢先輩が言ってたんだった。

  

「直線が終わると登る角度がキツくなる。そこからが登りの本番だ」

 

その言葉を思い出して前を見ると、さっきまで以上の登りが目に飛び込んできた。

「う、うそでしょ・・・」

まるで壁だ。

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2008年9月 9日 (火)

空の下で58.合宿(その14)

3キロ地点を通過してからは登り傾斜角度がさらにキツくなった。

正直な話、こんなトコを走る必要あんのか?と考えた。

それほどの登りだ。

 

 

ほとんど歩くような早さしか出せないのに、ぼくは必死こいて走っていた。

前にいた連中はもう見えなくなっていた。

後ろにも誰も見えない。見えるのは真横に並んで走っているたくみ一人だ。

たくみは「フィー、フィー」と言いながら歯を食いしばって走っている。

歯を食いしばってるところなんか気合入ってる感じもするけど、そんなトコに体力使うくらいなら走る方に使ったほうがいいんじゃないか。

そんなぼくも息切れで声が出ていた。

たくみを振り切るためにスピードを上げるなんて余力は無い。

ただ登る。それだけだ。

 

 

しばらく走ると志田先生の車が前に止まっていた。

いつの間にかぼくらを抜き去って、給水ポイントを作っていたらしい。

長机が置かれていて、その上に紙コップが並んでいる。

「み、水、水ー」

ぼくはかすれた声でそう言いながら、紙コップを取り、中に入っていた透明な液体を飲み干した。アクエリアスだ。

すると給水ポイントにいた未華が笑いながら言った。

「砂漠で遭難してる人みたいじゃん!お。オアシスだー、みたいな」

ケラケラと笑うが、そんな冗談に付き合う余力はない。

すぐにまた登り始める。

一緒に走っていたたくみもアクエリアスを飲んで走り出した。

未華の横にいた、くるみが声を出す。

「英太くん、たくみくん、ファイトー!」

くるみの応援は何よりの力になる。

ん?そうだっけ?

まあいい、とにかく力が出てきた。前へ前へ進むだけだ。

 

 

しばらくはたくみと二人で登っていた。

ぼくもたくみを酷い顔をしている。その酷い顔が一瞬だけ笑顔になった。

下り坂が見えたのだ。

スタート以来ずっと登りだった道に、ついに現れた下り坂。

しかしまたすぐ酷い顔に戻った。

下り坂は50メートルもなかった。しかもその先には強烈な登り坂が見えていた。

「マジかよ・・・」

たくみが息切れしながらつぶやいた。

その時、ぼくは「チャンス!」と心でつぶやいた。

ぼくは下り坂を一気に全速力で駆け下りて、勢いそのまま登り坂を登った。

ぼくはずっと下り坂を待っていたのだ。

楽できるからじゃない。下りで勢いをつけて、走り自体にも勢いつけるためだ。

ぼくの卑怯なこの作戦は上手くいった。

ぼくは走りに勢いをつけることに成功して、ペースアップできた。

逆に、たくみは登り坂を見てあきらめかけたのか、ペースダウンしたようだ。

二人の差は少しづつ開いていった。

 

 

例の下り坂のあと、視界が一気に悪くなった。

さっきまで晴れていたのに、急に周りに霧がかかってきたのだ。

薄くなったり濃くなったりするものの、遠くまでは見えない状態が続いた。

山の天気は変わりやすい。

テレビで誰かがそう言っていたのを思い出す。

雨でも降るのだろうか。

霧はだんだんと濃くなっていく。

体には汗の他、この霧による水滴がついてきた。

体が冷えるかもしれない。急に体が冷えるのは良くないんじゃないだろうか。

そう思ったとき、後ろから足音が聞こえた。

振り返ってみるが、濃い霧のせいで人は見えない。

だけど、確実に聞こえる。人の足音、そして息使い。

かなり息切れしているけど、誰かが追ってきてるのがわかる。

霧に気をとられてペースダウンしてたのだろうか。

たくみに追いつかれつつあるらしい。

たくみと分かっていても、霧の中から聞こえる姿なき声は怖い。

ぼくは必死で前へ進んだ。

 

 

突然の事だった。

いきなり目の前に広大な青空が広がったのだ。

霧が吹っ飛んだのか、それとも霧のエリアを抜けたのか。

見えたのは青空と緑の森、そしてすぐ前方に穴川先輩の背中が見えた。

「あ!!」

追いつけそうな差だったので思わず声を上げてしまった。

穴川先輩はぎょっとした顔で振り向いた。

その顔はぼくを見た後、さらにぼくの後ろを見て驚愕していた。

穴川先輩は珍しく猛烈なペースアップをした。

何事かと思い、ぼくも後ろを見た。

後ろにはまだ少し霧がかかっていた。しかし、そこから一人飛び出してきた。

「たくみ・・・!!」

思わずそう言ったが、霧から飛び出してきたのは剛塚だった。

意外だった。

霧の中、追ってきていたのは剛塚だったわけだ。

これまで剛塚に追いつかれたとこなんて一度も無いのに。

その剛塚はいつになく必死な顔で追ってきていた。

やばい、追いつかれる。

そう思った時、残っていた周りの霧が全てなくなっていることに気づいた。

まるで剛塚が吹っ飛ばしたみたいだ。

「あ、あれ?」

霧が全て吹き飛んで見えたのは、青空だった。

どうやら今、崖の横を走っているらしく、遠くまで見晴らしがいい。

遠くの下の方には街並みや雲とかが見えた。

下に?

ぼくらの位置より下に雲が見えた。

そうか、さっきのは霧じゃなくて雲だったのか。

今、ぼくらは山を登り登って雲の上にまで来てしまったのだ。

下は雲。じゃあ上は?と思って見上げると、山の上の方にポツンと建物が見えた。

きっとあれがゴール地点だ。

ゴールは近い。穴川先輩を追って、剛塚に追われて、合宿最後のスパートだ。

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2008年9月12日 (金)

空の下で59.合宿(その15)

ゴール地点である五合目が近くなって富士山はぼくらに牙を剥いた。

これまでもきびしい登り坂だったけど、最後になってさらに急勾配になったのだ。

時折通る車でさえブオーっという大きなエンジン音を出して坂を登っていく。

それも大したスピードは出ていない。

ぼくらも走っているものの、歩くのと変わらないスピードにまで落ちた。

それでも歩かなかったのは、前にいる穴川先輩も、後ろにいる剛塚も歩かなかったからで、本当は歩きたくってしょうがなかった。

頑張っても頑張っても穴川先輩には追いつけないし剛塚の追跡を振り切れない。

この二人がこんなに粘りを見せたのは初めてだった。

穴川先輩はぼくに抜かれたり追いつかれそうになると、手を抜いたりあきらめたりする人だったハズだ。

剛塚には追いつかれたことすらない。

足の筋力があるからアップダウンがあるコースに強いかもしれないと牧野が言っていたけど、まさかこの富士山登りで追いついてきて、しかも、ぼくから遅れないように粘りまで見せるなんて想像もしてない展開だ。

そんな事を考えながらも必死に進んでいると、周りにあった森が無くなった。

右側には茶色い斜面が現れて、その斜面は遥か頂上まで続いていた。

木なんてほとんど無い斜面が富士山の頂上まで続いているのだ。

左側は空だ。遠くの山々と雲が見えるだけだ。

そして前は坂が緩くなった。

その坂の先には駐車場らしきものが見えた。

またもいつの間にかぼくらを追い越していた志田先生の車が見えた。

「ゴールだ・・・」

そう思った瞬間だった。穴川先輩も剛塚もラストスパートをかけた。

タイミング的には一瞬遅れたもののぼくも最後の力を振り絞りスパートをかけた。

三人とも同じ速さだ。

「こんなバカな・・・」

そう思った。

いつもの穴川先輩と剛塚ならすぐに置き去りにできるハズだ。

何が二人にこの力を与えているのか。

合宿という特別な環境か。

富士山という日本一の霊山の影響か。

はたまた昨日の大石さんの言葉か。

 

「イラついたり、あきらめたりなんてカッコ悪い。遅くたって調子悪くたって、全力で取り組むのがカッコいいんだよ。最後、富士山。プライド捨てて全力で走ってきな」

 

全部だ。

きっと合宿も、富士山も、大石さんの言葉も、そして今までの出来事の全部が混ざり混ざって化学反応を起こして二人にかつてないパワーを与えているんだ。

それならぼくだって負けているわけにはいかない。

ぼくだって条件は同じだ。

条件が同じなら今まで勝てた相手に負けるわけにはいかない。

ほんの一瞬、ぼくは目を閉じた。

「全力で取り組むのがカッコいいんだよ」

大石さんの言葉が頭に響いた。

そして目を開けて歯を食いしばり、腕を思い切り振って走った。

 

 

ついに長い長いコースが終わった。

ゴールした時、穴川先輩も剛塚も後ろにいた。

二人とも悔しいだとかいう感情は見えなかった。

ただ息を切らして倒れこんだ。

ぼくもその場に倒れこみ、三人は横並びに倒れた。

最後に激戦を繰り広げたからといって「やるなあ」とか話す気力もない。

信じられない程に疲れた。

そこへ雪沢先輩がやってきた。

「お前ら・・・ものすごいデットヒートだったな。見てて爽快だったよ」

爽快?どこが?必死だっての。

必死?

これまで穴川先輩も剛塚も必死になんて走ってなかったはずだ。

ゴールして倒れこむほどの必死さなんて穴川先輩はしていなかった。

でも今はぼくの隣に倒れこんでいて、なにかをつぶやいた。

「全力ってのも悪くないかもな・・・」

何かが変わりつつあるのか・・・。

だとしたら、ぼくにとっては強敵になる。

強敵・・・か。

「なんだか楽しくなってきました」

ぼくは雪沢先輩にそうつぶやいた。

疲れてるし息も切れてるしで、ちゃんと聞こえたのか自信なかったけど、雪沢先輩は一瞬あきれた表情をした後に笑ってこう言った。

「ホント、なんだか楽しくなりそうだな。今年の長距離チームは」

それが聞こえたのか、穴川先輩と剛塚は少し笑った。

雲の上まで走るというバカげた練習が、チームに何かを与えてくれたようだ。

 

 

この富士山登りは一位は雪沢先輩、二位はわすかに遅れて名高だったらしい。

それからずーっと遅れて、牧野・ぼく・穴川先輩・剛塚・たくみとゴールした。

ビリは大山でたくみのあと20分くらいしてからのゴールだったけど、大山としては完走できたのが嬉しかったらしく号泣していた。

 

 

こうして合宿最後の練習は終わった。

ぼくらは五合目にあるお土産物屋さんで、各々いろんな物を買って見晴らし館へ戻り、短距離チームと合流した。もう帰りのマイクロバスが準備されている。

お世話になった大部屋で荷物をまとめてマイクロバスに乗り込む。 

乗り込もうとした時、部長の中尾一輝先輩にこう聞かれた。

「富士山は特別だったろ」

ぼくは即答でこう言った。

「特別すぎました」

「だろうな。なんかそんな顔してるよ、長距離チームのみんなは」

言われて長距離チームを見回した。

みんな何かをやりとげた顔をしている。笑顔だ。

ここで、またコーヒールンバが聴こえてきた。

大石さんはいつにも増して全力で歌っている。

「また来年も来るんだよ!おいしいものをたーんと準備して待ってるからね!」

おいしいけど量は増やさないでほしい。

大石さんはぼくらが帰りのマイクロバスに乗っても歌をやめなかった。

志田先生が「お世話になりました」と言っても

ぼくらが一斉に「ありがとうございました!」と叫んでも歌をやめなかった。

バスが動き始めてもコーヒールンバはやめなかった。

コーヒールンバは少しずつ遠くなっていき、やがて聴こえなくなった。

「面白い人だったな」

隣の席の牧野がつぶやいた。

 

 

三泊四日の山中湖合宿。

ぼくらはいつもと違う空の下、いつもと違う練習をして、今までと違う何かを手にした。

それは長距離チームのみんなを強くする何かであったのだけど、ただ一人、違う何かを手にしてしまっていた。

後々、重大となるこの事に、ぼくはまだ気づいていなかった。

 

 

空の下で 「合宿編」終了 → NEXT 「転向編」

 

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2008年9月16日 (火)

空の下で60.転向(その1)

夏というのはあっという間に通り過ぎていく。

毎日うるさかったセミの鳴き声も、気がつけば少しセミの数が減ってきているし、空に浮かぶ雲の形も、どこか秋を感じさせるものが多くなってきている。

 

 

この夏のぼくは走りっぱなしだった。

あの山中湖の合宿から帰ってきて、すぐに多摩選手権に出場をした。

ぼくの出たのは5000メートルだ。

 

 

自己ベストを更新する会心を走りをして予選を突破。

ところが進んだ決勝は、多摩地区だけの大会といえども早い連中が多くて、40人中30位という大して目立ちもしない結果に終わった。

同じ5000メートルに出場したのは名高と牧野。

名高は決勝で5位、牧野は23位だった。

名高は一年なのに5位ということで、いきなり注目の的となっていた。

次元の違う名高はいいとして、ここのところぼくは牧野に負けることが多くて、そのことの方が悔しかった。

 

 

雪沢先輩と穴川先輩は一万メートルに出場。

雪沢先輩は予選を突破し、決勝はまあまあというところ。

たくみは1500メートルに出場し、予選を突破して決勝では善戦していた。

善戦したのに、たくみは試合後に何か悩んでいた。

でもぼくはあまり気にとめてなかった。

 

 

そんな多摩選手権が終わると、陸上部もお盆休みになった。

ぼくの家族は特に旅行の計画とかは無かった。

そのかわり、単身赴任中の父親が家に帰ってきた。

ぼくの父の相原昇は果実酒のメーカーに勤めていて、ここ何年かは名古屋の方に単身赴任している。

一年のうち、お正月・ゴールデンウィーク・お盆・結婚記念日・年末だけに家に帰ってくるという生活だ。

あと数年で東京本社に帰ってくるという話が出ているらしく、そうなると給料も上がるので大型プラズマテレビでも買おうかなんて言ってるらしいけど、その前には地デジの時代に突入しちゃうかもだ。

そのお父さんには富士山五合目で買ってきた富士山の置物をプレゼントした。

「おおー英太、ありがとうな。名古屋のマンションに飾るよ」

お父さんはなんだか妙に嬉しそうにそう言ってくれた。

やっぱり息子にプレゼントもらうのは嬉しい事なんだろうか。 

 

 

「でもな英太。俺はお前が多摩境高校で陸上やることにはまだ不安があるよ」

お父さんがそう言いだしたのは、お盆休み三日目の夜の事だった。

ぼく・お父さん・お母さん・弟の四人で近所の盆踊りに行った帰りだ。

お母さんと弟の大介が先に家に帰り、ぼくはお父さんと二人でたこ焼きを食べながら家に向かって歩いていた時に、そう切り出された。

「え、なんで?」

そうとしか言えなかった。

なんでお父さんが陸上部をやることに不安があるのかが全くわからないからだ。

もしかしたら中学で吹奏楽をやっていたのに急に運動部に転向しちゃったのが、親としては気に入らないのかもしれない、そう思った。

「なんでって。英太、おまえ・・・多摩境高校の陸上部だぞ」

お父さんはたこ焼きを飲み込んでから少し嫌な顔をして言った。

どうやら転向うんぬんじゃなくて多摩境高校の陸上部ってのがネックらしい。

「なんで、不安なの」

何故、お父さんが多摩境高校の陸上部を嫌がるのかがわからなかった。

「ん。もしかしてお前、知らないのか。事件のこと」

「事件?」

事件という単語を聞いて、体にざわざわとした嫌な鳥肌が立った。

この鳥肌が立つのは久しぶりだ。

小学校の時に弟が車にはねられて骨折した時と、中学三年の時に好きな女子に彼氏がいると噂で聞いた時以来だ。

「そうか、知らないのか。じゃあ仕方ないな。まあお前には責任ないしな」

お父さんは次のたこ焼きにつまようじを刺した。

歩きながら話してるせいか、つまようじは妙な角度でたこ焼きに突っ立てられた。

「事件て何?」

ぼくは事件が気になった。

何か嫌な言葉だし、それにぼくも陸上部は過去に何かがあったんじゃないかと少し考えていたりもしたからだ。

「乱闘事件だよ。顧問の先生が近くの不良中学生グループと乱闘騒ぎを起こしたんだ」

「乱闘事件?顧問の先生が?」

志田先生?

「まあその先生は謹慎になったらしいけどな。半年間くらいだったかな。それに乱闘は不良中学生グループが先生に襲いかかったらしいけどな。事件は二月くらいだったからまだ謹慎中かもな」

だとすると志田先生じゃない。

そういえば以前、雪沢先輩に「長距離チームには顧問いないんですか」と聞いたら、なんとなく話題を避けられたことがあった。

乱闘事件の話をしたくなかったからなのか。

「ちょっと新聞にも載ってたからな。英太は知ってるのかと思ってたよ」

新聞なんかテレビ欄と四コマ漫画しか見ない。

「まあ入学前の話だしな。今の陸上部とは関係ないか。とにかく、やるならシッカリ走れ。中途半端は好きじゃない」

そこだけ力強く言って、またたこ焼きを頬張った。

 

 

今の時代、インターネットを使えば過去の事件くらい自宅で調べられてしまう。

お盆休みが終わって練習が再開されたころ、インターネットで調べてみると

「多摩境高校の陸上部顧問、地元中学生を殴る」という見出しのニュースが確かに存在した。

ただし扱いが小さいので事件の詳細はわからない。

ただ乱闘は中学生が仕掛けたもので、先生は応戦したということの様だ。

そして六ヶ月の謹慎と書いてある。

事件は今年の二月十九日の出来事。すると半年後というのは・・・

お盆明け、つまり今この時期ということになる。

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2008年9月19日 (金)

空の下で61.転向(その2)

夏休みも残すところ一週間となった。

今日は練習は休みなので家でゴロゴロしてようかと思ってたんだけど

昼頃、たくみからメールが来た。

《今日ひま?新しいジャージ買うの付き合ってくれない?》

普段ぼくはあまりメールでたくみとやりとりしないんだけど珍しくメールが来たから、付き合ってみることにした。

《いいよ、どこで何時に会う?》

ぼくがメールすると返信はすぐに来た。

《いいの?暇だったの?彼女とかいないの?じゃあ多摩センター駅改札に三時に》

メールでも質問ばっかだ。

きっとたくみは将来リポーターかなんかだ。嫌味な感じの。

 

 

多摩センター駅はぼくの住む堀之内駅の隣にある大きな駅でサンリオ・ピューロランドがある駅として有名だ。

ぼくが部活で履いているブルーラインのシューズを牧野と買いに来たのも、この多摩センターのスポーツショップだ。

そういえばブルーラインのシューズもだいぶ汚れてきた。

一足しかないから消耗が激しい。お母さんに頼んでもう一足買ってもらおうか。

 

 

多摩センター駅の改札に到着すると、たくみが手を振っているのが見えた。

「おまたせ、たくみ」

「待ってないよ。それに誘った方が先に着くのが当然だろ」

「そ、そう?」

「まあいいよ。ジャージ買いたいんだ。そこのスポーツショップ行こう」

ぼくとたくみは駅の近くにあるスポーツショップへ入った。

前に牧野と来たのと同じお店だ。

ここは陸上の物はもちろんだけど、野球・サッカー・テニスなど運動部にありそうな種類の製品はたいてい置いてある大型店だ。

ぼくとたくみは当然、陸上用品のコーナーへ進んだ。

陸上用品のコーナーには競技場用のスパイクやジャージ、ランニングシューズなどが所狭しと置いてある。

「あ、このシューズ、英太のヤツじゃん」

言われて見ると。ぼくのと同じブルーラインのシューズが飾られている。

こうして新品を見るとやっぱりぼくのは汚れてきてる感じがするけど、いま飾られている新品より、汚れてるぼくのシューズの方がオーラがあるように思えてならない。勘違いだろうか。

 

 

たくみはジャージ選びに時間がかかっていた。

どの色にするか、どのメーカーにするか、どのデザインにするか、などなどぼくに意見を求めまくる。

そのくせぼくが「これがいいよ。」と言っても「センス悪・・・」とか言って聞く耳を持たないのが腹立つ。

あんまり長い時間選んでるものだから、ぼくは飽きてスパイクのコーナーを一人で眺めることにした。

一般にはあまり知られていないようだけれど、長距離もスパイクを履く。

サッカーや野球みたいにいつも履く訳じゃあない。

靴の裏にピンがいくつもついていて、地面を蹴ると前に進む力が普通のシューズより多く得られるのだ。 

走る距離によってスパイクのピンの長さが変わる。

短距離のスパイクなんかかなり長いピンがついてるけど長距離のピンは短い。

もちろん道路とかを走る時とかは履かない。

陸上競技場を走る時だけにしか使わない。

こないだ出場した多摩選手権、ぼくはいつものブルーラインのシューズで出た。

でもブルーラインは練習で走る時のランニング・シューズであって、陸上のスパイクではない。

周りの選手はほとんどスパイクを履いていたのでビックリした。

もちろん普通のシューズでも出場できるから問題はないんだけど、なんだか道具からして負けてる感じがして恥ずかしかった。

 

 

ぼくがスパイクを眺めていると、いつの間にかたくみもスパイクを見ていた。

でも、たくみが見てるスパイクのピンは短距離用の長いやつだった。

「たくみ、それ短距離用じゃないの」

「いや、これは中距離用だよ。800メートルとかの」

「中距離の?」

ぼくらの部では長距離チームは1500メートルから一万メートルに出場している。

800メートルというと少しだけ専門外となる。どちらかというと短距離チームが出る。

それなのに、たくみは熱心に800メートルのスパイクを見ていた。

「たくみ、中距離やりたいの?」

ぼくは恐る怖る聞いてみた。

「ん?んん・・・」

たくみは浮かない顔で生返事をした。

やや沈黙が流れる。

中距離をやるとなると今までの長距離の練習ではなくて短距離的なスピード練習を主にやらなくてはいけなくなるハズだ。

そうなると短距離チームに所属した方が良くなる場合もある。

ぼくは少し心臓がドキドキしてきた。

「たくみ・・・」

ぼくが言いかけるとたくみはブツブツと話し出した。

「おれさ。持久力つけて早くなるなんて言ってたけどさ。距離が長くなるとスピードがガクンと落ちるんだ。合宿なんかそうだったろ?毎日長い距離ばっかだったからさ。後ろの方ばっか走ってた」

確かに合宿でのたくみは、ほとんど前には出てこなかった。

「だからさ。得意な中距離に照準を絞ろうかと思ってんだけど・・・。でも長距離は嫌いじゃないからさ。なんか迷っちゃって」

そう語るたくみはいつになく低い声だった。

そう、たくみは中距離への転向を真剣に考えているのだ。

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2008年9月23日 (火)

空の下で62.転向(その3)

結局たくみは中距離用のスパイクピンは買わなかった。

たくみ自体、まだ迷っているようだ。

ぼくとしては少しホッとした。

たくみが中距離をやりたいのは理解できるんだけど、急に仲間が減るのはなんだか寂しいし、心細い。

 

 

夏休み後半の練習もたくみは長距離に所属したまま参加していたし、誰かに「中距離やりたい」とか言うでもなかった。

でもやはり距離の長い練習の時は、みんなから遅れることが多かった。

ぼくらは気づいていなかったんだ。

たくみは入部した時から長い距離に弱かったことを。

ただ、あの頃はみんな実力が低すぎたから、たくみがレース後半で遅くなっても、みんなと変わらないタイムでゴールしていた。いや、むしろ早かった。

でも、五ヶ月練習してきてみんなが実力アップしたことで、たくみが長い距離だと遅れるようになってきたのだ。

たくみは明らかに長距離向きではないということだ。

それでもたくみは休むことなく部活に出てきていた。

一回だけ、練習帰りにぼくは聞いてみた。

「たくみ、中距離転向の話どうすんの」

「ん・・まだわかんない」

合宿から二週間。まだ答えは出てないようだ。

「でも九月には新人戦があるじゃん。どれに出るか早く決めた方がいいんじゃん?」

「ん・・・だな。親切じゃん英太」

「え?ま、まあ心配じゃん」

「ライバル減らそうって作戦じゃないだろうな?」

「そんなセコくない」

くだらない言い合いできるってことは、そんなに深刻に悩んでるわけじゃないのか。

それとも明るく振る舞っているだけか。

 

 

そうして気がつくと、日が落ちるのも少しづつ早くなり、夏休み最後の日となった。

中学までと違い、宿題が無いのが心から嬉しい。

 

 

夏休み最後の練習はキツいのかと思ってたら、60分ジョックと筋トレのみだった。

入部した頃はこのメニューも相当ハードに感じたものだけど、今となっては軽いメニューに感じる。

すっかり体育部員といった感じだ。ていうか陸上部員か。

筋トレまでこなすと雪沢先輩が長距離チームを部室に集合させた。

「よーし、集合したかー。ミーティングするぞー」

雪沢先輩は普段より気合いが入った掛声を出した。

「九月は一、二年生だけしか出れない新人戦があるからな。今週中にも出場種目を決めようと思う」

この大会は新人戦という名前なのに二年生も出れる。変な大会だと思う。

変なルールだからマニアックな大会なのかと思ってたら、ちゃんとした公式戦で、地区予選に始まり関東大会まであるという大きな大会らしい。

でも関東大会より上は無い。やっぱり変な大会だ。

「それで新人戦を前に、今頃で悪いんだけどこれまでの練習のタネ明かしをしていこうと思う。シッカリ聞いてくれ。」

タネ明かし?

みんなが「ナニソレ」って感じでざわついた。

そのざわめきをたたき切るかのような一言が雪沢先輩から放たれた。

「実は今まで、練習メニューを決めてたのはオレじゃない」

何人かが驚きで「えっ?」って、つぶやいた。

「まあオレが考えてたのもけっこうあるけど、半分以上はオレじゃない。前にいた顧問の先生がメニューを作って、それをオレが実行してたんだ」

「前にいた顧問?」

たくみが質問し、雪沢先輩は「そう」と言った。

顧問・・・。

ぼくは少し離れたところにいる、くるみの方を見た。

くるみはぼくを見てうなづいた。

あの時の・・・。

デビュー戦前にくるみとスタバ裏で「盗み見」した時に、何かメモを渡していた人・・・?

「おい、まさか・・・」

そう声に出したのはぼくではなく、剛塚だった。

「まさか顧問って、謹慎になったっつー・・・」

剛塚は他のみんなより驚いていた顔をしている。いつもより声がでかい。

驚いてるというより興奮している感じだ。

「あいつが練習メニューを作ってたのか?」

剛塚は雪沢先輩に掴みかかりそうな勢いだ。

その時だった。

部室の入り口の方向から声がした。聴きなれない声だった。

「あんまりよー、興奮すんな。剛塚」

みんな一斉にその声の方向を見る。

部室の入り口には、壁に片手をついて立っている大人の男性がいた。

見た瞬間バリバリと音をたてて、ぼくの記憶が甦る。

スタバ裏で見た人に違いない。

ポカンとするみんなを気にせずに剛塚は言った。

「サツキ・・・」

すると雪沢先輩はみんなに聞こえるように大きめの声で紹介した。

「そう、長距離チームの顧問の五月隆平先生だ。明日からまた練習を見てくれることになったからなー」

サツキ・リュウヘイ先生はみんなに向かって頭を下げた。

「長距離顧問の五月です。半年遅れてしまったけれど、よろしく」

 

 

この五月隆平先生の登場で、ぼくらの部活は新しく動き始めることになる。

そう、全てが新しく。今年最後の戦いへ向けて。

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2008年9月26日 (金)

空の下で63.転向(その4)

九月に入り、真夏というより残暑の暑さが続いてた。

ぼくは九月というともう涼しいイメージがあるんだけど、やっぱりまだ暑いことは暑い。

ただ、夜は涼しかった。何故かというと関東地方は八月の終わり頃から、夕立ちで雷雨が降ることが多くなったからだと思う。

連日の雨で地面が冷え始めていた。 

去年まではこんなに雷雨が多く降るとこはなかった。

最近は局地的な雷雨をゲリラ雷雨と言うらしい。

ぼくらの夏休みの練習は昼間だったので、夕方に起きるゲリラ雷雨の被害を受けることは無かったんだけれど、二学期が始まると授業の後に部活をするので、練習中にゲリラ雷雨に遭うことはありそうだ。

テレビのニュースでも、このゲリラ雷雨の話題が多い。

でもぼくらはゲリラ雷雨ではなく、「ゲリラ登場」した顧問のサツキ・リュウヘイ先生の話題で持ちきりとなっていた。

 

 

九月一日。

今日は初日ということもあって部活はない。

いきなり授業ということもなく、午前中のみで学校は終わりだ。

学校から多摩境駅までの帰り道、ぼくは牧野と吹奏楽部の日比谷と歩いていた。

「そーいや、剛塚のヤツ、大山にカバン持ちさせてなかったな」

牧野が興奮しぎみにそう言いだした。

「スッゲ、スッゲ。それってどういう風の吹きまわしなんだ?」

日比谷はされの上を行く興奮を見せている。

合宿以降、剛塚は大山にカバン持ちをあまりさせていなかった。

多分、合宿中にみんなで剛塚とモメたのがキッカケなんだと思うんだけれど、それでカバン持ちを辞める方向に進むとは意外だった。

最初のうち、大山はマヌケなことに剛塚に「今日はいいの?」なんて聞いてたりしてたみたいだけれど、最近はそういうやりとりもなくなった。

「剛塚ってのも根っからの不良じゃなかったのかもな。ホントはいいやつなのかも」

日比谷はお気楽にそんな事を言うのでぼくは反論した。

「でも大山は何年もカバンを持たされてたり、パシリに行かされてたり・・・」

「ラジバンダリ!」

牧野の意味不明なセリフでぼくの反論はかき消された。

ラジバンダリってのは流行りのギャグらしいんだけど、ぼくはお笑いには疎いのでちょっとイラッときた。なのに日比谷は爆笑していた。

そういや牧野と日比谷は中学の文化祭で、漫才でステージに立ったことがある。

「牧野と日比谷ってまだ漫才の練習とかしてんの?」

話題を変えてみた。

「そーいや、最近やってないな。日比谷が吹奏楽で忙しいって言うから」

「は?何言ってんだよ。牧野が陸上で忙しいって言ってるからだろが」

二人は駅までずっと言い合いしながら歩いてた。

多摩境駅からは三人とも京王線で上り電車に乗って帰るはずなんだけど、日比谷が下り電車に乗ると言い出した。

「悪い、今日は下り電車で橋本に行くよ」

「なんか用でもあるの?あ、まさかデートとかじゃねーだろな。くそ!」

デートなんて言ってないのに牧野は悔しそうに「くそ」なんて言い放つ。

「違うって。橋本にあるホールで十月に吹奏楽部の定期演奏会があるんだけど、それの舞台打ち合わせがあるんだよ。オレ、開場準備係だから・・・」

「なんだ、デートじゃないのか。しかもなんだ、やっぱり吹奏楽で忙しいんじゃん」

何故かホッとした表情の牧野。

「んじゃまた明日な」

日比谷はぼくらとは反対のホームに消えていった。

定期演奏会か。ちょっと興味あるな。暇だったら観にいこうかな。

 

 

ぼくと牧野は上りホームで電車が来るのを待った。

「なあ英太。あの新しい五月先生ってどんな感じなんだろな。厳しいのかな」

「どうなんだろうね。でもまだ若そうだよね。二十代後半って感じ?」

「そんくらいじゃない?でもなんかケンカ強そうだよな。腕とかすげーしまった筋肉だし。 太くはないけど力ありそうだよ」

ケンカかぁ。不良中学生にからまれて殴って撃退して謹慎になった先生だからな。

怖い先生だったらどうしよう。ちょっと不安がある。ぼくはスパルタは嫌だ。

「それにしてもさ。五月先生が来た時、紹介される前に剛塚はサツキって呼んだよな。しかも呼び捨てだし。知り合いなのかな」

牧野は疑問を口にした。

その疑問を聞いて、「もしかして」って思う事があったけど想像だけで話をするのは好きじゃないからぼくの推理を披露するのはやめといた。

「まあ明日にはわかるんじゃない?怖い先生か、そうじゃないか」

「それもそうだな」

今、考えても仕方ないしね。

 

 

翌日、二学期最初の部活があった。

練習着に着替えて校庭に集まる。

ウォーミングアップが終わると、校舎から五月先生が出てきて集合をかけた。

五月先生もちゃんとジャージとTシャツ姿で、どうやら一緒に走る気らしい。

「じゃあ今日からはオレ・・・いや、先生が練習を見ます。実はたまに練習をこっそり見てました。あと多摩川ロードレース大会も多摩選手権も観客席で試合を見てました。

だからみんなの走る特徴とかは知ってるつもりです。

でもみんなはオレ・・・いや、先生のことは知らないだろうから一緒に走って知ってもらおうと思ってます。

じゃあ今日からよろしく!まず今日は男子は80分ジョック、女子は60分ジョック。」

ダダーっと話し終えた五月先生はその後に、1キロ単位の走るタイムを設定した。

ぼくら男子は1キロを5分で走るように指示をした。

5分より早すぎても遅すぎてもダメだそうだ。

今までは雪沢先輩についていくという練習だったけれど、どうやら五月先生はタイム設定をして練習するみたいだ。

「残り10分になったら持てる力を振り絞ってスパートをかけること。それまでは1キロ5分を守る。ペースがゆっくりだから他の事にも気をつけてもらおうと思ってる。それは腕ふり。きちんと腕を振るように」

腕ふり?

ぼくはよくわからなかったが、雪沢先輩がうなづき、名高が「ほう」という顔をしたので、どうやら走りにちゃんと関係してくる事柄らしい。

「これからは雪沢に着いていく練習から、タイム設定する練習に転向していかなくちゃダメになるからなー。まずはそれを頭にしっかり入れてくれー」

なんだか楽しそうに笑いながら五月先生が言った。

どうやら怖い感じではなさそうだけど、新しいスタイルについていけるか。

まずはやってみてみないと。

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2008年9月30日 (火)

空の下で64.転向(その5)

夏休みに比べて少しは涼しくなった多摩境の街を走る。

学校から小山内裏公園に入り、この公園内をひたすら走るというコースは

入部当時からしょっちゅう走っているコースだ。

今まではほとんど競争みたいな練習だったけど、今日は1キロ5分というタイムを設定して走る。

このタイム設定がキツイのか、楽なのかといえば楽だ。

入部当時なら話は別だけど、今のぼくらにとってはなんてことのないペースだった。

ぶっちゃけた話、少し雑談しながら走れるくらいのペースだ。

 

 

五月先生はぼくらと一緒に走っているが、集団の一番後ろについている。

そして後ろから「腕ふりー!」とか叫んだりする。

とにかく腕だけはしっかり振っていれば大丈夫な練習だ。

誰も遅れることなく走ってはいたけど、50分を過ぎると大山が遅れだした。

「コラー大山ー!オレ・・・いや、先生より先に遅れるなー!」

よく見ると五月先生はゼーゼーと荒い呼吸をしているし汗だくだ。

それでもシッカリとした足取りで走っている。

対して大山はめちゃくちゃなフォームで走りながら遅れて行った。

 

 

残り10分になり、1キロ5分ペースではなく、競争になった。

ここで前に出るのは名高と雪沢先輩なのは相変わらずだ。

それにぼく・牧野・穴川先輩が追って行き、剛塚が続く。

たくみはここで全くペースアップ出来ずに遅れた。

五月先生はというと、たくみと並走したようだ。

 

 

練習が終わると五月先生がぼくら一人一人に注意点を伝えた。

「まずは雪沢!」

雪沢先輩にも注意点があるのか。さすがは顧問なだけはある。

「もっと楽しそうに走れ」

「た、楽しそうに・・・ですか?」

さすがの雪沢先輩も困惑していた。

「そう。お前、リーダーとしての重圧もあるし、あとは駅伝が近いって気持ちからかな。なーーんかジビアに走りすぎだよ。走ることを楽しまなくちゃ」

なるほどー。

ん、それより駅伝ってなんだっけ?箱根?

「次に穴川。おまえは雪沢をもっと追わないと。後輩に抜かれそうになってから本気になったって遅すぎるよ。まあ本気になるようになっただけ進歩だけどな」

「あ、はい。すんません」

穴川先輩はボーズ頭を掻いた。

「名高」

一年生のエース、名高。態度デカイからたまには怒られてしまえ。なんて少し思う。

「おまえ、いいな。まだまだ伸びるから練習休むなよ」

あれ?注意点あんま無いじゃん。

「牧野、公園内のアップダウンが楽しそうだったな。そういや富士山も早かったらしいし。でもアップダウン無い道路で油断しすぎ。その辺ちゃんとやれ」

「ガーン!」

何故か叫んだ牧野。

「次に剛塚。おまえケンカ強いだけあって腕の筋肉すげーな。腕ふりもOKだよ。たまには相原とか牧野に追いつく気持ちで走ってみろ」

「ふん。」

剛塚は自分の腕をつかみながら五月先生を睨むように見ていた。

「それと大山。大山はねー。全部だめ。遅れるのはいいけど、遅れた時にもうあきらめてる。あきらめたら、そこで終わりだよってスラムダンクに描いてあった」

そんな昔のマンガ読まないし・・・。

「相原」

やばい。ぼくだ。何言われるかな。

「相原は腕ふりがダメだねー。それじゃ登りで遅れるよ。腕ふらないと足は動かないんだよ。まあ粘りがあって面白いけどね。相原は」

面白いって・・・。

「じゃあ今日はこれで解散!天野たくみはちょっと残るように」

 

 

五月先生のもとにたくみだけが残り、みんなは解散ということで着替えに向かった。

でもぼくは、なんだかたくみが気になって、一緒に残った。

それを見た五月先生は不思議そうにぼくを見た。

「どうした相原」

「い、いえ。たくみがどうしたんだろうと思って」

たくみがぼくを見て言う。

「英太。そんなにオレの心配しなくたっていいんだけど」

たくみはそう言うが、ぼくはやっぱり気になっていた。

「たくみさあ。せっかく今日は先生もいるんだし、相談してみたら」

「相談?」

五月先生はたくみの顔を覗き込んで言った。

「相談てなんだ?やっぱり長距離は向かなそうだって話か?」

「え・・・」

五月先生は見抜いていたのか。たくみが悩んでいることを。

「向かない・・・ですか?やっぱりオレは」

たくみはビックリした顔で五月先生に聞いた。

たくみお得意の質問なんだけど、この質問をするのは度胸がいるはずだ。

この質問で、五月先生は黙ってしまった。

二人は互いを見たまま固まる。

ややあって五月先生が仕方なくという感じで口を開いた。

「実は先生が君を呼び出した理由は、長距離を続けるかどうかという話題だ。つまりさ・・・さっきの質問と同じ内容だったって事だ」

たくみは下を向いた。

「前を向け」

五月先生は、たくみのアゴを手で持ち上げてムリヤリ前を向かせた。

その顔にズバリと聞いた。それは普段たくみがする質問のどれよりも鋭かった。

「天野、おまえ、長距離楽しいか?」

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2008年10月 3日 (金)

空の下で65.転向(その6)

静寂が辺りを包んだ。

心地良い静寂じゃあない。不安感のある静寂だ。

校庭のハジでぼくらはそういう空間に包まれていた。 

もちろんド田舎でもないので車の音や、他の部活の人の声とかが遠くで聞こえているんだけど、ぼくの耳には今、それは入ってきていない。

たくみと五月先生の声だけが聞こえていた。

 

「天野、おまえ、長距離楽しいか?」

 

五月先生のこの質問で、たくみは固まってしまった。

いや、きっとたくみの頭の中は固まってないのかもしれない。

いろんな事が頭の中でぐるぐると駆け巡っているような気がする。

それでも口から言葉は出てこない。そんな状態なんじゃないだろうか。

静寂を破ったのは、やはり五月先生だった。それも意外な展開だった。

「相原、おまえは楽しいの?長距離」

「え?!」

イキナリぼくが質問されたので大きな裏声が出てしまった。だ、ださい・・。

五月先生は思わず噴き出した。

「相原、おまえって体育部っぽくないよなー。そんなとこが面白いんだけどさ」

「あ、はあ・・・」

「で、どうなの?楽しくないのか?」

ぼくの答えは決まっている。

「楽しいです。ぼくは走るのがすっごい楽しいんです。みんなで走りあうのが」

この「答え」は前からぼくの中にあったものだ。

でも、いざ口に出してみると恥ずかしい気もする。

「そっか。相原は楽しいか。うん、それが一番だな」

そう言って五月先生は再びたくみを見た。

「天野、答えろ」

突然ドスの聞いた声を出した。

言われたのはたくみなのに、ぼくは5センチくらい飛び上がってしまった。

やっぱ怖い先生なのか?

と、思った瞬間、五月先生は「あ!」と声を出した。

「いや、ごめん。ついケンカ口調に・・・。いや、ホント、ごめん天野。メンゴ、メンゴ。マジで。学生の頃ケンカばっかしてて・・・ごめん~」

メンゴって何だ??

とにかく五月先生はたくみに頭を下げまくって謝ってた。

すると、その行動でたくみが笑い出した。

最初は少しだけ、その後すぐに大笑いしだした。

「ギャハハッハ!!」

ぼくと五月先生は驚いてお互いを見合ってしまった。

「ど、どうした?」

「い、いえ、先生。五月先生って意味わからん人だなーって」

意味わからんのはこっちだ。なんで大笑いしてんだ。

たくみの深刻な話題につきあってるってのに。

「でも先生。今のでなんだか吹っ切れました。言います。答えを」

たくみは笑顔を抑えて先生に向きなおした。

「今、オレは長距離やっていて楽しさを感じないわけじゃないです」

たくみはチラっとぼくを見た。

「そこにいる英太とか、牧野とか、先輩たちとか、春からずっと一緒にやってきた仲間と走るのは楽しいです。でも・・・中距離はもっと楽しくやれそうな気がして・・・・だから」

たくみは一度、息をついた。

ああ、言うんだな。そう思った。

「中距離がやりたいです」

 

 

その後、たくみと五月先生は色々と話し込んだ。

持久力をつけたくて長距離に入ったこと。

思ったよりも長距離に向かなくて悩んでいたこと。

致命的だったのは合宿でみんなについていけなかったこと。

たくみの悩みを聞いた上で五月先生は言った。

「本当にやりたんなら中距離に転向しようか。800メートルや1500メートルに」

「でもうちの学校は短距離と長距離しかないですけど・・・」

「だったら中距離チームを作ればいいだけだ。志田先生と相談する」

そう言ってその場を離れようとする五月先生に、たくみは言った。

「五月先生」

「ん?」

「あ・・・いや、その・・・・ありがとうございます」

たくみにしては素直な言葉だ。それを聞いた五月先生はニヤっと笑ってから 

「オレは普段よー」

と、五月先生は空を見上げてつぶやいた。

もう薄暗くなった空を。

「オレは普段よー。自分から動くことはしねぇ。でも自分の生徒のためなら、なんでもやってやんよ」

そして校舎の方へと歩いて行った。まるで不良みたいな口ぶりのセリフを残し。

 

 

部室に戻るともうみんな帰っていて、ぼくとたくみは二人で着替えた。

着替え終わって駅まで歩いて帰ってるとき、たくみがぼくに言った。

「英太、今日はサンキューな」

「え?お、おう!」

「英太がさ、ためらいもなく楽しいって宣言してるのを見てさ、オレも迷いがなくなったよ。やりたいことをやるべきだなーって」

「そ、そっかあ。じゃあ、少しは役に立てたってことかな」

「どうかなー。やっぱわかんないや」

「あ、なんだそれ急に!サンキューって言ったばっかなのに」

 

 

ぼくらは笑いながら暗くなった道を駅まで歩いた。

たくみは中距離に転向してしまう。専門分野は変わってしまう。

けどぼくらは仲間だ。一緒に走った仲間だ。笑いあえる仲間だ。

それは変わることはないんだ。

それがなんだか嬉しかった。

 

 

空の下で 夏の部「転向編」END → NEXT 秋の部「エース編」

 

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2008年10月 4日 (土)

空の下で ~夏~  目次

 

夏の部 全編 

「イラついたり、あきらめたりなんてカッコ悪い。遅くたって調子悪くたって、全力で取り組むのがカッコいいんだよ」

旅行気分で迎えた合宿は想像以上の辛さとトラブルの連続だった!そこで英太たちが得るものとは・・・。

 

↓個別 

合宿(その1)

合宿(その2)

合宿(その3)

合宿(その4)

合宿(その5)

合宿(その6)

合宿(その7)

合宿(その8)

合宿(その9)

合宿(その10)

合宿(その11)

合宿(その12)

合宿(その13)

合宿(その14)

合宿(その15)

 

転向(その1)

転向(その2)

転向(その3)

転向(その4)

転向(その5)

転向(その6)

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