1-4.空の下で-秋

2008年10月 7日 (火)

空の下で.エース(その1)

空の下で ~秋の部~ 

 

雲が厚い。

 

ぼく、相原英太の住む東京都八王子市には再び灰色の世界がやってきた。

灰色の分厚い雲が、ぼくらを覆うことが多くなってきたからだ。

梅雨前線の時と同じで、秋雨前線の影響で曇りの日や雨の日が多くなってきている。

ぼくは雨が好きじゃあない。

中学の時、吹奏楽部にいたけど、雨の日は湿度が高くて楽器の音が通らなかった。(音が響かなかったということね。)

今は陸上部だけど、雨の日の練習は嫌いだ。

学校の長い廊下を行ったり来たり走るという、なんともつまらない練習になるからだ。

 

たくみが中距離に転向してから二週間が過ぎていた。

元々、ぼくら多摩境高校の陸上部には短距離と長距離の二つしかない。

800メートルと1500メートルを専門とする中距離チームを作るという、五月先生の提案は、最初は志田先生に反対された。

職員室で五月先生と志田先生は半日話し合いを続けたという。

 

 

「中距離を作るのはいいですけど、誰が練習を見るっていうんですか?」

志田先生の意見はもっともだった。

現在、短距離は志田先生。長距離は五月先生が見ている。

三人目の先生が必要になるんじゃないかという事になるからだ。

「それに五月先生。中距離が天野たくみ一人だったらどうすんですか。たった一人ぽっちで毎日練習するっていうんですか?」

この二つの問題点を解決するための話し合いは夜中まで続いたという。

「でも志田先生。天野は中距離をやりたいって言ってるんです。悩んだ末に出した答えっぽいんです。オレは天野に自分のやりたい事をやらせてやりたいんです。なんとかなりませんか」

話し合いの最後に志田先生はこう言ったという。

「では中距離は私が面倒を見ましょう」

「え?!志田先生が?中距離も?」

「そうですよ。どうせ大人数じゃないだろうし。それに800とか1500とかを専門とするなら、短距離チームと一緒に活動した方がいいでしょうから」

「あ、ありがとうございます」

五月先生は深く深く頭を下げた。と、後で五月先生本人から聞いた。

結局、中距離チームには3人が所属した。

たくみの他に、短距離からも一年生が二人転向してきたので、たくみが一人ぽっちで練習ってことはなくなった。

それにしても志田先生。もう40歳くらいなのに「一人ぽっち」なんて、かわいい言葉を使うなあ。

 

 

たくみが抜けて、ぼくら長距離チームは七人になった。

雪沢先輩、穴川先輩、名高、牧野、剛塚、大山、そしてぼくだ。

「七人の侍だな」

牧野がニヤリとして言ってたが、「なにそれ」とぼくが聞くと

「なんかの映画だよ」と曖昧なことを言うだけだった。

 

 

七人になって練習が変わるわけじゃない。

五月先生のもと、前よりもタイム設定に細かくなった練習が続くだけだ。

新人戦という公式戦が近いせいか、長い距離を走る練習よりも、3000メートルだとか5000メートルだとかを早く走る練習が多くなった。

五月先生指導になってから多くなったのがビルドアップ走という練習だ。

これは、例えば3000メートルを走るとする。

最初の1000メートルはゆっくりめのタイム設定がされるんだけど、次の1000メートルでは、そのタイム設定が早くなり、最後の1000メートルではさらにタイム設定が早くなる。

つまり、だんだん早く走るという練習だ。

最初より最後の方が疲れてるのにペースアップをしなくちゃいけないもんだから、キツイのなんの。

ゴールすると息切れしながら倒れこむ。

「はあ、はあ・・・キツイ・・・ボトルアップ走・・・」

「はあ・・はあ・・・い、いや・・・・英太、ビルドアップ走だろ・・・」

「は?ま、牧野・・・なんだって?ボルトアップ?」

「はあ・・はあ・・・アホか英太・・・、それは金具だろ」 

「犬の映画じゃない?」 

疲れ果てながらもぼくと牧野はそんな会話をしながら練習してた。

 

 

そして迎えた新人戦・地区予選大会。

前日、練習後のミーティングで五月先生はこう言った。

「明日は新人戦だ。みんな今までの成果を見せろよな。でもケガとかには気をつけるように!ちゃんとウォーミングアップしないと試合のペースは早いから、すぐにケガすんからな」

うん、そうだよね。ケガはマズイよ。

「ケガしたら、この後の駅伝にも影響すんからなー。んじゃ、明日楽しく全力で頑張う!!」

「はい!!」

みんなで返事しながら思った。

・・・駅伝?

 

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2008年10月10日 (金)

空の下で.エース(その2)

新人戦・地区予選大会。

この新人戦というのは前にも言ったけど変わった大会だ。

ちゃんとした公式戦で、この地区予選大会に始まり、勝てば都大会へと進める。

新人戦というが一年生だけではなく二年生までが出れるというのが、ちょっとよくわからないルールだ。

それともう一つ。各学校からは、「一種目につき三名まで」というルールがある。

そして長距離チームとして参加できそうなのは男子は5000メートル、女子は3000メートルだ。

女子は元々、大塚美華・若井くるみ・早川舞という三人しかいないので三人とも3000メートルに出る。

ところが男子は七人の侍が・・・いや七人の選手がいて、出れるのは三人だけな訳だ。

 

 

出場を巡っては夏の終わりに5000メートルのタイムトライアルで決めた。

結果は、一位・雪沢先輩、二位・名高、

そして三位にぼくが入った。

ゴール直前までは三位は牧野だったんだけど、ラストスパートで牧野が足をつり、歩いてしまい、ぼくが三位に入った。

その日、帰り道で牧野はぼくに言った。

「英太、オレに勝って出るんだから、ちゃんと活躍しろよな」

牧野の目は赤く充血していた。

ぼくは思わず目をそらしたけど、すぐに答えた。

「絶対ガンバル」

なんてチープな宣言だろう。でも他に言うことも思いつかなかった。

 

 

そうしてやってきたのがこの新人戦・地区予選会だ。

場所は八王子市の南大沢というところにある上柚木陸上競技場だ。

今年の春、ぼくが初めて陸上の大会を見た、思い出の会場だ。

あの時は雪沢先輩の応援をして喉を枯らした。

応援する側だったぼくが、応援される側になり、ちょっと恥ずかしい気もする。

でもぼくに負けて新人戦に出れなかった穴川先輩や牧野・剛塚・大山の気持ちに応えるためにも張り切っていこうと思う。

「英太ー!そろそろたくみの1500メートルが始まるぞー!」

競技場の芝生席でストレッチをしていると牧野がそう叫びながら走ってきた。

牧野は完全に観客気分だ。・・・と思う。それとも出れない悔しさがまだあるのか。

「なにボケっとしてんだよ英太。たくみの出番だって言ってるだろ。ちゃんと応援しようぜ!」

「う、うん。ごめん」

そうだ。応援しなくちゃ。たくみの中距離デビュー戦だ。

 

 

芝生席からトラックの方を見ると、1500メートルの選手たちがスタート地点で跳ねたり屈伸したりするのが見える。

会場のスピーカーからアナウンスが聞こえる。

『それでは男子1500メートル、予選第一組です』

するとピストルを持った男が、ピストルを上に構える。

『よーい・・・』

一斉に構える選手たち。 

乾いた炸裂音が会場に響いた。

30人くらいの選手たちがドドドーっと前に出る。

1500メートルはスタートしてすぐのポジション取りが激しい。

たくみはどの辺だ?

「英太!たくみのヤツ、バカなことしてるよ!」

牧野がなんだかすごい嬉しそうな声でそう言った。

「ほ、ホントだ。あいつ・・・バカだね」

ぼくも思わず笑いながらそう言った。

だって、たくみのヤツ・・・先頭で走ってるからだ。

公式戦だってのに、たくみはいつものように前半でぶっ飛ばして行くらしい。

信じられないスピードでぐいぐいと前に出た。

「たくみー!!かっけーぞー!!」

ぼくらの前を通過する時、牧野がそう叫んだ。

するとたくみはバカなことに、ぼくらに向って親指を立ててグーサインをした。

「たくみ・・・バカだよあいつ」

牧野が何故か泣き笑いしながらつぶやいた。

「でも・・・楽しそうだね」

ぼくはそう言った。だってホントに楽しそうだったから。

それを見たぼくもなんだか楽しくなってきた。

たくみはというと、600メートルくらいまでは一位で走ってたけど途中からスピードダウンして、最後は8位でゴールした。

決勝には6位までしか行けないから予選敗退ということだけど、たくみは満足そうな顔でゴールして倒れた。

記録は自己ベストタイムだったらしい。

公式戦という大舞台で、たくみはいつものスタイルを突き通し、さらに記録まで出した。

「すげえ・・・」

牧野は驚いてつぶやいていた。

「すげえよ、あいつ・・・。マジかっけー」

たくみの爆走はぼくらの中に何かを残してくれた。

 

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2008年10月14日 (火)

空の下で.エース(その3)

『ただいまより女子3000メートル決勝を行います』

スピーカーからの放送が鳴り響いた。

女子の3000メートルは参加人数の関係で予選は無く、決勝のみとなる。

45名が参加して上位8人が都大会に進出となる。

多摩境高校からは大塚未華・若井くるみ・早川舞の三名が参加だ。

 

 

ぼくと牧野は多摩境高校の待機場所に戻って、みんなで応援のために見ていた。

五月先生が腕を組んでトラックを見つめている。

『位置について・・・』

45名が一斉に構える。

この一瞬、世界から音が消える。

そして炸裂音が響いた。

各校の選手たちが飛び出る。

集団のままぼくらの応援席の前を通過していった。

「ファイトー!!」「大塚ファイトー!!」「若井、早川ファイトー!!」

みんなが大声で応援する。

牧野はひときわ大きな声で叫んでいた。

「大塚ファイトオオオオーーーー!!!」

未華の事が好きなのはわかってるけど、あからさまに未華だけに声援を送ってた。

 

 

1キロを過ぎたあたりで集団は完全にバラバラになった。

早川舞は集団から遅れた。というより最初からゆっくりとしたペースを守って走ってる。

「あいつは健康のために走ってるだけだからな」

五月先生はあきらめ半分な感じでそう言った。

くるみは第二集団について走っている。17、18番くらいだろうか。

「おい、英太」

牧野がぼくの横に寄って来た。

「英太、おまえもっと若井くるみを応援してやれよ」

「は、はあ?な、なんでだよ」

「好きなんだろ」

「す・・・??」

ぼくは「す」の口の形のまま固まってしまった。

するとちょっと離れたところで見ていた名高が冷たく言った。

「なんだ英太、牧野にキスでも迫ってるのか?へえ、そういう趣味なんだ・・・」

「違うよ!!」

ぼくがそう叫ぶと、名高は「おーこわ」と言ってぼくらから離れた。

頭が混乱してる。

牧野が意味わかんないこと言うからだ。

「ま、牧野さあ。ぼくはくるみの事なんか別に好きってわけじゃないってば・・・」

「へーえ」

牧野はニヤニヤしてる。嫌な顔だ。

と、思ったら急に真顔になって叫んだ。

「大塚ファイトオオオオーー!!」

未華が先頭集団にくらいついて走り去って行った。

続いて、少し離れて第二集団が来る。

「ほら、英太。くるみが来たぞ、応援しろって」

「え、ああ・・・うん」

くるみはだいぶ苦しそうな表情で走っている。がんばれ、がんばれ!

「くるみ、頑張れ!」

すごく小さな声でぼくはそう言った。

でも心は込めた。

「なんじゃそれ、聞こえないって」

牧野はまたニヤニヤ笑ってる。ああ、ホントに嫌な顔だ。

「英太、次にくるみが来たら、好きだーって叫んだら?」

「そんなこと言えるか!!」

すごいデカイ声が出てしまい、ほかの部員がこっちをチラッと見た。

「うわ、びっくらこいた・・・。まあいいか、とにかく応援しようぜ」

牧野も視線に気づいたらしく応援に集中した。

 

 

試合は未華が11位、くるみが28位、早川は44位でブービーだった。

一番成績の良かった未華が悔しさからか泣いていた。

あと少しで都大会進出という悔しさだ。

牧野はそれを見てもらい泣きしそうになって、ぼくにつぶやいた。

「応援しかできないんだよな・・・オレは」

「それだけでいいんじゃん?」

「ああ。でもいつか未華の力になってやりたいんだよね」

牧野は真剣な表情でそう言った。

ぼくだって。

ぼくだって、くるみの力になれるものなら・・・なってみたい。

 

「好きなんだろ?」

 

さっきの牧野の言葉がやけに心に残った。

それをちゃんと意識して考えたことが無かった。

そんな事を考えていると、ぼくの出番が近付いてきた。

男子5000メートル決勝。(これも予選は無い)

雪沢先輩と名高というエースクラスと一緒に走る、新人戦という舞台。

満足行くまで走りぬいてやる。

 

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2008年10月17日 (金)

空の下で.エース(その4)

「集まれー」

五月先生がのんきな声で呼びかけた。

呼ばれたのは5000メートルに出場するぼく・雪沢先輩・名高だ。

「気合入れすぎないで行ってこい。以上」

え?それだけ?

ポカンとする三人をほったらかして五月先生は芝生席に腰をおろした。

「何してんだよ。アドバイスは今しただろ。行ってこい」

「あ、は、はい」

気合入れすぎないで・・・・か。

確かに、たくみや未華の走りを見てテンション上がりすぎてた気もする。

ここは少し冷静になっておかないと。

 

 

時間が近付き、三人で競技場へ降りた。

初めて立つ上柚木陸上競技場。

観客席にいるのとは大して景色は変わらないハズなのに、感じる空気が全然違う。

360度、全方位から見られてる。そんな感じだ。

「怖いね」

ぼくが名高にそう言うと、名高がシラッと答えた。

「え?何が?」

「だからさ、なんか観客の視線ていうか・・・」

「バーカ。英太、おまえよく見てみろよ周りを」

「え?」

「誰もお前なんかを集中して見てねーよ」

「あ・・・」

そりゃそうだ。言われるまで気づかなかった。

まるでみんなから見られてる感じになってただけだ。

名高に冷たく言われて、ちょっと怖さが消えた。

「もし、みんなから集中して見られてるヤツがいるとすれば・・・アイツだ」

名高が近くにいた朱色のユニフォームの男を指差した。

背中には白字で「HAZAKURA」と書かれている。

「はざ・・くら?葉桜高校?」

「そうだよ。葉桜高校の秋津伸吾だ」

「秋津伸吾・・・」

聞いたことがある。

別に陸上の強豪でもない葉桜高校に入学してきた一年生、秋津伸吾。

中学の時、大活躍した有名選手らしい。

夏の多摩選手権で一年生ながら10000メートルを制して話題になった。

「まあ、いつかはオレが倒すけどな」

名高はサラリとそう言った。

しかし目つきは鋭かった。

「その前に・・・」

名高は雪沢先輩を見た。

「多摩境高校のエースにならないとな」

ドキッとした。

名高は雪沢先輩に真剣に勝負を挑むつもりらしい。

公式戦での直接対決。

ぼくは・・・これじゃ脇役か??

そう思った時、横から選手に声をかけられた。

「あれ?相原じゃん?相原英太」

甲高い男の声。

聞いた瞬間、嫌な感じがした。

声の方向を見ると、さっきの秋津伸吾と同じく葉桜高校のユニフォームを着た男がぼくを見ながらニヤニヤしていた。

「内村・・・」

中学の時に同じクラスだった内村一志というヤツだった。

「おほっ!やっぱ相原かよー。オマエ、陸上やってんのかよ。吹奏楽はどうしたんだよ。体力勝負な競技なんかオマエに出来るワケ?!」

甲高い声で一気に話す内村。

ぼくはコイツが嫌いだった。

中学の時、クラスメイトの長谷川さんというコに片思いしてたことがコイツにバレてしまい、コイツはなんと、ぼくの好きだった人に「相原ってオマエの事が好きらしいぜー」とか言いやがったヤツだ。

「お?どうしたよ相原。なんか険しい顔してるぜー。リラックスしろよ」

相変わらず、ムカツク。

確か、内村は中学でも陸上部だったけど・・・そんなに早くはなかったハズだ。

「内村・・・。ベストタイムいくつ?」

「はあ?5000の?17分40秒かな。お前は?もっと遅いの?そりゃそうか」

怒りがこみ上げてきたけど、なんとか我慢して言い返してやった。

「18分15秒だけど・・・・今日はおまえに勝つよ」

「おほっ!ナニソレ?勝利宣言てやつ?熱いねー。ま、いいよ。実力差を思い知らせてやるから。葉桜高校が秋津だけだと思われてもヤだしね」

ニヤニヤしながら内村一志はぼくから離れていった。

絶対、負けない。

 

 

『それでは男子5000メートル、決勝を行います』

アナウンスが流れ、5000メートル出場者の60人が集まった。

都大会に進めるのは8名。

しかもタイムが18分を超えると試合が終了してしまう。

18分でゴールできなかった選手はリタイヤ扱いだ。

ぼくのベストタイムは18分15秒。ゴールが目標だ。

『位置について・・・』

動き回っていた選手たちがピタッと止まり、静寂が流れる。

まるで時間まで止まってしまったかのような数秒間。

右を見ると雪沢先輩がいた。前方を睨んでいる。

左には名高。目を閉じている。

『よーい・・・』

さらに静かになる。静寂が痛い。

集中、集中。

絶対18分以内でゴールしてやる。

 

・・・・・気合入れすぎないように・・・・・

 

五月先生の声が頭に響いた。意味がわからん。気合は入れていく!

できれば・・・いけるところまで雪沢先輩と名高についていく!

そして、内村一志には絶対に勝つ。

パン!!

炸裂音とともに5000メートルの戦いが始まった。

 

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2008年10月21日 (火)

空の下で.エース(その5)

「英太、おまえヤバイぞ」

教室で日比谷がそう言ってきたのは中学3年の秋くらいの事だ。

「え?何が」

「内村のヤツ、長谷川さんに『相原ってオマエのこと好きらしいぜ』って行ってたぞ。」

「えっ?!」

内村一志がどうやってぼくが好きな人が長谷川麻友だと知ったのかは、今でもわからないけど、わりと仲良くなってきていたのに、長谷川さんとはそれ以降なんだかうまく話せなくなってしまった。

一応、卒業前に告白してみたもののフラれてしまった。

もちろん内村がそんな事を言わなくてもフラれたんだろうけど、ぼくは内村が嫌いになった。いや、前から好きではなかったんだけど。

 

 

レースが始まり、最初の直線はみんなが集団のままだけど、100メートル走ってコーナーになると集団が縦長になった。

ぼくは集団の真ん中あたりで走っていた。

コーナーで外側を走るのは、なんだか損した気分になるので内側のコースギリギリを走る。

ちょっとでも短い距離を走っていたい。

そんなセコイことをしながら最初の1週を終えると、集団が二つに別れてきた。

7、8人の先頭集団が出来、そこからやや遅れて20人くらいの第二集団が出来ている。そこから後ろはもうバラバラで走っている感じだ。

ぼくは第二集団につけていた。

すぐ前には内村一志がいた。

そしてこの第二集団の先頭にいるのは、どうやら名高らしかった。

雪沢先輩はぼくの横にいた。

この状態のまま2週目、3週目と動きがなかった。

だんだんと疲れが溜まっていくだけだ。

 

 

5週目に入ったとき、内村が集団の前に移動しだした。

しかも一瞬、ぼくを振りかえって、わけのわからん笑みを浮かべやがった。

「アイツ!!」

と思い、ぼくが内村についていこうとすると隣にいた雪沢先輩が手で制した。

ぼくが驚いて雪沢先輩の方を見ると、雪沢先輩は首を横に振った。

「ムキになんな」

息切れしながらも雪沢先輩は早口でそう言った。

・・・・・気合入れすぎないように・・・・・

五月先生の言葉が頭に響いた。

そうだ。冷静にならないと。

今、これよりペース上げたら最後まで持たない。少なくともぼくは。

このままのペースでじっくり走らなくちゃ。

 

 

5000メートルは12週と半週する競技だ。

10週目に入った時、第二集団の先頭にいた名高がペースを上げて

集団から抜け出そうとした。

それに数人がついていこうとしたので、集団は一気にバラバラになってきた。

ここを勝負所と読んだのか、雪沢先輩もペースを上げて、前の方へと消えていった。

ぼくはペースを上げるよう踏ん張ってみたものの、名高や雪沢先輩ほどにペースを上げることが出来ず、二人からは遅れていった。

ペースを上げたことで息切れも一気に激しくなってきた。

「はあ!!はあ!!」

息切れはすでに声となって出ていた。

苦しい!顔が歪む!あと、2週・・・つまり800メートルだ。走り切らなくちゃ。

今、何分経過したんだ??腕時計つけてくればよかった。

18分以内にゴールできるペースで走ってるんだろうか?

内村はどこ行った?前か?後ろか?

そう思った時、後ろから猛烈なスピードで葉桜高校のユニフォームを着た男がぼくを抜いていった。

内村!!

そう思ったが内村ではなかった。

それは秋津伸吾だった。何故ここに秋津が??

思い当たるのは、たった一つの理由だ。それが頭に浮かんだ時、寒気がした。

周回遅れだ。秋津はぼくより1週先を走ってるんだ。

ぼくが最後の1週に入る前に、秋津がゴールした。

世界が違う!

この圧倒的な実力差が逆にぼくを熱くさせた。

秋津がゴールした横をぼくはラスト1週のためにラストスパートをかけた。

「うおおおお!!」

思わず声が出た。

全力で最後の400メートルを走る。

次々と前にいた選手を抜き去った。

残り200メートルまで進んだ時、前に葉桜高校の選手を見つけた。

内村。間違いない、内村だ。

しかし、内村もここでスパートをかけたらしく、距離が詰まらない。

残り70メートル。

内村は先にゴールした。

くそっ!負けた・・・・

思わずスピードを緩めた。 

その時、ゴール横に設置してある記録用のデジタル時計が見えた。

17分49秒・・・50秒・・・51秒・・・

間に合うか?いや、もう厳しいだろう。

このままペースでとりあえず行こう。

そう思った時だった。

「英太ーー!!いけるぞーーー!!!」

牧野の声が聞こえた。

「相原くんファイトー!!」

くるみと未華のハモった声援が聞こえた。

「相原あ!最後まで気合い入れんかー!!」

五月先生の怒鳴り声が聞こえた。気合入れすぎるなって言ってたのに。

声の方向を見ると他にも大山やたくみが叫んでいるのが見えた。

その見えてた風景がイキナリ歪んだ。

ちょっと泣けたらしい。

アホか。あと数秒っていう緊急事態なのに。

ぼくは一瞬目を閉じて、前を向き、全力ダッシュをした。

視界はすでにクリアだった。 

ゴールした時、横眼でチラっと見たタイムは17分58秒だった。

 

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2008年10月24日 (金)

空の下で.エース(その6)

「公式記録出たよー」

未華が大声出しながら、公式記録をメモして多摩境高校の待機場所に戻ってきた。

「英太くんはね。おーー、すごい。公式タイムは17分59秒だよ。チョーギリギリだよ。これってある意味すごいよね。順位は33位」

17分59秒か。58秒かと思ってたけど。確かにある意味すごい。

「なんか時限爆弾をギリギリで止めたって感じだね」

くるみがよくわからない事を言う。

五月先生は満足そうだ。

「相原は17分59秒か。ベスト記録を16秒更新だな。いい感じだぞ」

でも内村には負けた。

それだけは悔しい。いつか絶対に勝ってやる。

未華が気を取り直して、他の公式記録を読む。

「それでね。えーと、雪沢先輩は10位。名高くんが9位」

「え?!」

ぼくだけ驚いた声を出してしまった。

名高が雪沢先輩に勝ったの?

ぼくだけ知らなかった。みんなは観戦していたから当然知っていたんだけど。

雪沢先輩はちょっと複雑な表情はしたものの名高に言った。

「早いな。名高。負けたよ」

その声にはやっぱり悔しさが感じ取れた。

すると名高はまたも心臓に悪い発言をした。

「これで、多摩境高校のエースは、オレってことでいいですよね」

場がシンとした。

それでも名高は続ける。

「秋の駅伝大会。エースが走る、花の一区はオレってことになりませんか?」

また駅伝の話題だ。

五月先生はちょっと考えてから答えた。

「そうだな。今までは雪沢がエース区間の一区と思って考えてたけど。雪沢か名高か。考えておかないといけないな」

言われて雪沢先輩と名高の顔が引き締まった。

どうやら、ぼくの知らないうちにエース争いが始まっていたらしい。

 

 

大会は全日程を終え、多摩境高校のメンバーもその場で解散となった。

ぼくは牧野と二人で競技場から最寄の南大沢駅へと向かって歩いていた。

「いやー英太。18分切ったな」

「やっとだよ。でも内村に負けたのが悔しくてさ」

「内村?内村って、あの中学ん時の?」

「そう内村一志」

「内村か。英太、おまえアイツ嫌いなんじゃないの?」

ぼくは考えるまでもなく答えた。

「嫌いだよ」

「だよな。内村のせいで長谷川さんにフラれたような感じもあったもんな」

「ちょ・・・牧野・・・長谷川さんて単語使わないでよ・・・なんか切ない」

「いいじゃん。昔のことだろ。それに今は、くるみがいるじゃん」

「は?え?ナニソレ。関係ないじゃん、くるみは」

また裏返りそうな声で反論していると、後ろから声をかけられた。

「私がどうかしたの?」

心臓が跳ね上がった!

どっか遠くまで心臓が跳んでいったかと思うくらいだ。

振り返ると、くるみと未華が不思議そうな顔してた。

「なんか私の名前使ってなかった?」

くるみが疑いの目つきでぼくを見る。

「え?? い、いや・・・く、くるみも未華も今日は頑張ってたなあって話をさ・・・」

「ふーん。まあ悪口じゃないならいいけどね」

そう言ってくるみは笑った。

なんとか切り抜けたみたいだけど、心臓がまだドキドキしたままだ。

「ああ?そうなの?へえ・・・今まで気がつかなかったなー。これは面白い展開だね」

未華がイキナリ意味わからんことを言い出した。

「え?なに?未華」

「いや、なんでもないよ英太くん。それよりさ、ちょっと四人でお茶してかない?」

「お茶?」

「そう!まーお茶って言ってもお店とかに行くんじゃなくってさ。あたしとくるみがよく行く特別な場所に連れていってあげようかなと思って。どっかその辺の自販でコーヒーとか買ってきなよ」

なんだか少し命令口調だけれど、ぼくらは未華の誘いに乗って「お茶」しに行くことにした。

 

 

未華とくるみが連れてきてくれたのは駅から少し離れた所にある小高い丘だった。

近くには公園があり、家族連れがブランコや砂場で遊んでいる。

ぼくらは、その公園を抜けて、丘を上へと登った。

 

 

丘の一番上にはいくつかベンチがあり、ぼくらは大きな横長のベンチに横一列に並んで4人して座った。

「おおー、なんだか雰囲気いい丘だね」

牧野は喜んだ声を出した。

「でしょー?」

褒められてテンションが上がる未華。普段でもテンション高いけど。

ベンチからは南大沢の街が一望できた。

ぼくらはそこで、今日の大会の事とか中間テストの事とかを話した。

 

 

話に夢中になっていると、空がだんだんと茜色に染まってきた。

丘から見える街も夕日に染まっていき、少しずつ建物に明かりが灯されていく。

「ここから見える家、みんな誰かが暮らしてるんだね」

当たり前の事をくるみが言い、ぼくは答えた。

「そうだよね。みんな、何か悩んだり苦労したりしながら暮らしてるのかな」

そう言うと、少しの間、静寂が訪れた。

近くにある電灯が点灯したところで、未華が言った。

「悩みといえばさ・・・・。エース争いはどうなるんだろうね」

誰も答えは持っていなかった。

でも牧野は夕日の方を見ながらつぶやいた。

「誰でもいいんじゃないの。誰がなってもオレらはオレらだし」

なんだかよくわからないセリフだけれど、ぼくは「そうだね」と答えた。

秋の夕方は肌寒い。

ついこないだまでは暑い日々だったのが嘘のようだ。

季節の移り変わりとともに、ぼくらにはまた新しい展開が待っているのだろうか。

 

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2008年10月28日 (火)

空の下で.エース(その7)

十月に入り、ぼくの住む東京の八王子ではキンモクセイの香りが感じられた。

このキンモクセイの香りに気づくと、秋も本番だなあなんて思う。

この時期、母親が作ってくれる料理の中では栗ゴハンが一番好きだ。

あの、ほのかに甘い栗がゴハンに入ってると思うとテンション上がりまくりだ。

でも今日はサンマだ。

「ホラ、英太。旬のサンマよ」

サンマに醤油をちょっと垂らして食べる。

「おいしい!」

思わず叫ぶ。

やっぱり秋は食欲の秋だね!

 

 

芸術の秋、なんて言葉もある。

ぼくは基本的に「食欲の秋」派だ。

「読書の秋」とか「芸術の秋」だなんてのは好きじゃない。

でも今日だけは「芸術の秋」に近い行動をとっているのかもしれない。

何故なら日比谷が所属する吹奏楽部の定期演奏会を観るために、橋本という街にある市民ホールに向かっているからだ。

 

 

市民ホールのロビーに着くと、受付に何故かくるみと早川舞がいた。

「あれ?英太くん?」

くるみは驚いた声を出したけど、驚いたのはこっちの方だ。

「く、くるみ?な、なななんで受付やってんの?」

会う予定のない時に、くるみに遭遇するといっつも上手く話せない。動揺する。

するとくるみは笑った。

「今日はね、クラスの子に吹奏楽部の子がいて手伝い頼まれたの。それにしても今の、『な』が多かったねー」

ぼくはめっちゃ恥ずかしくなった。

それを見た早川舞は冷たい声でつぶやいた。

「プログラムもらったら早く進んで。受付が混むから」

「あ、ごめん」

ぼくはプログラムをくるみにもらって客席へと向かった。

 

 

それにしても、早川舞ってのは何なんだろう。

女子の長距離は、若井くるみ・大塚未華・早川舞の三人だけなんだけど、くるみと未華が一生懸命やっているのに、早川舞だけは「健康のため」とか言って早くなるつもりもなければ、逆に退部する気配もない。

ただ淡々と練習に参加しているだけだ。

ぼくらみたいに熱くなる方が珍しいタイプなんだろうか・・・。

 

 

ロビーから客席に入り、どこかいい席が空いてないかとキョロキョロしていると、真ん中辺の席で手を振ってるヤツがいることに気付いた。

それは大山だった。

ぼくは大山の隣の席に座った。

「大山じゃん。どうしてここに?」

「ボクは友達がパーカッションやってて・・・観に来いって言うから・・・」

大山がモジモジしながら言った。

「へえ、友達が。パーカスやってんだ」

「と、友達だよ! ほ、ホントに」

「え? あ、ああ」

大山が急に大きめの声を出したのでビックリした。

「それより英太くんこそなんでここに? ああ、そうか日比谷くんが出るからか」

「そうなんだよ。日比谷とは中学で一緒に吹奏楽やってた仲だからさあ」

ぼくはちょっと面倒くさそうに言ってみた。

日比谷と仲良しってイメージ持たれるとアホっぽいから。

 

 

開演時間になり、客席が暗くなる。

薄暗いままの舞台に吹奏楽部のメンバーが入ってきて、それぞれの位置に座る。

そのままチューニングが始まる。

「ね、ねえ英太くん。今何してんのコレ」

大山が小声で聞いてきた。

「チューニングだよ。演奏の直前に、みんなの音を合わせるの」

「へえ」

「チューニング・・・懐かしいな」

ぼくと大山の小声での会話が終わったころ、チューニングも終わり舞台が明るくなった。

明るくなると同時に指揮者の女性の先生が舞台に入ってくる。あれは確か、立花とかいう先生だ。かわいくて生徒からも人気だ。

立花先生の合図で吹奏楽部のメンバーが全員立ち上がる。

ここでぼくら観客は拍手を送った。

舞台上をよく見まわすと日比谷を発見した。

あいつ・・・笑ってやがる。

 

 

演奏会は二部構成だった。

第一部ではクラシック音楽をキッチリと聴かせた。

といっても発足して3年の多摩境高校だ。そんなに巧い訳ではない。

でも、ぼくの中学とは違い真剣にやってるオーラは伝わってきた。

第二部ではジブリ映画の曲や、最近のヒット曲を吹奏楽にアレンジした曲をやった。

途中、パーカッションの女の子のソロがあったのだが、この時、大山は目を輝かせてパーカッションの子を見ていた。

ははあ・・・そういう事か・・・と思う。

 

 

ラストは、ありがちだけどロック調にアレンジされた「ソーラン節」だった。

ここでは祭りの羽織を着た一年生が客席に降りてきて踊っていた。

舞台と客席が一体になり、大盛り上がりを見せて演奏会は終演した。

終始、楽しそうに演奏している日比谷を観て、何故だかぼくは涙ぐんだ。

 

 

ホールを出たところで大山が言った。

「みんな楽しそうだったね」

「そうだね。なんだか感動しちゃったよ」

「ボクもだよ。なんかやる気出てきた」

「やる気って?」

「うーん。なんていうか。ホラ、最近は雪沢先輩とか名高くんとかエース争いが熾烈になっててさ。ボクみたいなビリッケツなやつが走ってても、しょうがないんじゃないかなーなんて思ってたんだけどさ」

知らなかった。大山って、そんな事で悩んでたりしたんだ。

「でも今日の演奏会観てたらさ。ソロとか吹かない人たちも地味な楽器の人たちもみんな頑張ってて・・・ボクも地味ながら頑張ろうかなって。出来たらエース争いにも加わりたいけど」

「え、エース争いに??」

「うん、いつか・・・ね!そんな気持ちで頑張ろうかなって」

大山は満面の笑みでそう言いのけた。

すごい。

ぼくはそこまで高い目標を持ってなかった。

いつかエース争いに・・・か。

ぼくの心にまた少し新しい風が吹いた。

 

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2008年10月31日 (金)

空の下で.エース(その8)

『季節外れの大型台風17号は、現在沖縄本島の南80キロの海上にあって、勢力を保ったまま北北東に進んでいます』

朝、母親とゴハンを食べながら(栗ではない)テレビを見ていたら、こんなニュースだった。

ぼくは普段、朝はテレビは見ないんだけど、今日はこの番組に大好きな女優・堀北真季が出ていたので見ていた。

すると母親が変な事を言った。

「英太、このホリキタって子が出るとニヤニヤしてるよね」

「してないよ」

「そう?でもこのホリキタって子、英太が中学の時に仲良かった女の子と似てるよね」

「えぇ?誰?」

「ほら、なんて言ったっけ。長谷川さんだっけ?」

「そ、そう?」

長谷川麻友だ。

中学の時、ぼくが好きだった女子だ。確かに少し堀北真季みたいな感じはするかも。

長谷川さんの事を思い出すと、いつも胸が苦しくなる。

それと同時にジャマをした内村一志に対する怒りも湧き起こる。

でも、もう昔のことだ。

今はもうくるみ・・・・・って、けっこうかわいいし・・・・いや、好きな訳じゃない・・と思うけど。

 

 

台風のニュースが流れていたわりに東京は快晴だった。

はるか遠くの山々までクッキリ見える秋晴れだ。

多摩境駅から学校までの通学路では思わず鼻歌なんか歌ってしまう。

「ポーニョポーニョポニョ♪」

「なんだよ、エラクご機嫌だな」

「ポ?!」

いきなり後ろから牧野が現れたものだから大声でポとか叫んでしまった。

「英太が鼻歌なんて歌うなんて変だぞ」

「そ、そうかな。なんかいい天気だからさあ」

「天気がいいと歌を歌うのか。爽やかなのか能天気なのか・・・」

「の、能天気?」

「そう能天気。能天気英太だよ。オマエ今日から能天気英太って名前に改名しろよ」

「ナニソレ・・・」

あきれた会話をしながら学校へ向かう。

天気と同じで平和な日だ。

 

 

授業が終わり、部活での練習をする。

五月先生の登場後は、ただ長く走るだけの練習は少なくなった。

一日の練習テーマを決めて走る。

例えば今日はスピードトレーニングだし、昨日は走るのは少なめで筋トレを多めにやるパワートレーニングだ。

毎日違ったメニューをこなすので、部活に飽きが来ない。

「飽きが来ないねー牧野」

「秋は来たけどな。フフ」

「笑点かよ」

牧野のくだらないギャグは志田先生のオヤジギャグに通じるものがある。

 

 

練習後、五月先生は長距離チームを集合させた。

「えー、そろそろ駅伝の話をしようと思う」

出た!駅伝。

「これまで長距離チームは個人種目だけに出場していたわけだが、この秋最大の大会・・・いや、高校陸上の長距離チームで年間最大の大会が11月に行われる高校駅伝大会だ」

年間最大の大会?

「駅伝って知ってるか?相原」

いきなりフイをつかれた。

「えっと、長距離のリレーですよね。箱根を走る・・・」

「バッカそれ大学の箱根駅伝だよ」

牧野に頭をはたかれながら突っ込まれた。

駅伝にも色々あるって事か。

「そう、それは大学生が走る箱根駅伝。まあ長距離のリレーって言い方は合ってるような気もするな。剛塚は知ってるか」

五月先生に言われ剛塚は睨むようにして答えた。

「たすきでリレーしてくヤツだろ」

「そう。高校駅伝の場合は七人で走る」

七人・・・。ぼくら長距離チームは七人いる。

「今回、多摩境高校としては初めて長距離チームの人数が七人に達した。そこで高校駅伝・東京都大会に出場しようと思う」

東京都大会・・・。箱根じゃないのか高校生は。駅伝は全て箱根を走るのかと思ってた。

「高校駅伝は地区予選会は無い。イキナリ都大会から始まる。東京中の高校駅伝チームが一同に会するというすげえデカイ大会だ。今までの部活動の全てをこの大会にぶつけてくれ」

なんだかドキドキしてきた。

今まで出場してきた地区大会と違って、ずいぶんと大きな大会みたいだし、なんだか五月先生の気合いの入れ方も違う。

ここで五月先生がノートを取り出した。

「では、現時点での駅伝のメンバーを発表する。あくまでも現時点だ。怪我とか風邪とかがあれば変更するし、この後、実力が変化すれば走る順番も変える事があるからな」

思わず雪沢先輩と名高を見た。

どちらがエースに選ばれるのか・・・?

確かエース区間は1区だと言っていた。

「それでは発表する。

 1区、10キロ、雪沢! 長距離チームのリーダーとしてエース区間を頼んだ!」

一区は雪沢先輩か・・・!やっぱそうだよな。一回だけ名高が勝ったくらいじゃな。

「2区、3キロ、剛塚! 

 3区、8キロ、穴川! 

 4区、8キロ、名高! 

 5区、3キロ、大山! 

 6区、5キロ、牧野! 

 7区 5キロ、相原! アンカーはオマエしかいない!いつもの爆発力で行け!」

「あ、アンカー??」

高揚感だったドキドキが緊張感のドキドキに変わった。

おまけに冷や汗が出てきて、体が寒くなった。

「五月先生・・・ぼくがアンカーなんかで・・・」

ぼくが言い終わる前に名高が怒鳴った。

「なんでオレが1区じゃねーんですか!!」

名高は少し震えるような声だった。

「新人戦でもオレが一番早かったじゃないですか!なのに何で??」

言われて五月先生はちょっと眉をよせた。

「んー。やっぱ納得しないか、名高は」

「当たり前です。駅伝で1区を走るために新人戦で頑張ったんですから」

「そうか・・・」

やや沈黙した後、五月先生は一人で頷いてから言った。

「よし、じゃあ1区の選手を決定するためのタイムトライヤルを明日やろう」

なんだか話がこじれてきた。

と、同時に辺りの風が少し強くなってきた。嵐は近い。

 

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2008年11月 4日 (火)

空の下で.エース(その9)

駅伝メンバー発表の翌日、ぼくら長距離チームは上柚木競技場へと来ていた。

雪沢先輩と名高のどちらをエース区間である1区にするか、

それを決めるタイムトライヤルをするためだ。

 

 

競技場ってのは意外にもけっこう簡単に借りれるらしい。

昨日の夕方、簡単な手続きで競技場の予約が取れた。

といっても貸切ではなくて、他の高校や一般市民ランナーの人もいた。

 

 

今日は風が強い。南の方から時折強風が吹き抜ける。

台風が九州に上陸して東へ進んでいるという。

明日には関東も暴風雨になるという話だ。

 

 

「よーし、じゃあタイムトライアルすんぞー」

五月先生の号令でぼくらは400メートルトラックのスタート地点に集まった。

タイムトライアルは雪沢先輩と名高だけじゃなく、全員参加することになった。

久し振りに部内での本気の対決だ。

でもワクワク感はあまり無い。

エース争いという、なんだか重い空気に包まれた感じだ。

 

 

当事者である雪沢先輩はいつもと変わらない感じだ。

やや茶色の髪の毛が強風でなびいている。

そして名高は険しい顔で前を見つめている。

どうしてもエース区間で走りたいらしい。

その名高が五月先生に確認した。

「このトライアルで一位だったら一区を走れるんですか」

「そうだな。そういう事にしよう。ただし雪沢か名高が一位だったらだ。他のヤツが一位だったとしても今日だけって可能性もあるからな。実績から考えて二人のどちらかだ。そういうレースにする。いいな、みんな」

「充分っす」

名高は深くうなづいた。

「名高」

今度は五月先生が確認する。

「なんすか」

「このレースの結果で駅伝オーダーは決定だからな。たとえ負けたとしても腐るなよ」

「腐る・・・」

名高はちょっと考えた。

予想していない言葉だったのだろう。

「腐りませんよ。オレは駅伝って興味あるし。それにデカイ大会だし」

「そうか」

「それに・・・勝つつもりで走りますから」

名高はいっつも心臓に悪い発言ばかりだけど、最後のセリフには感心した。

勝つつもりで走る・・・

大胆な発言だけれど、スポーツ選手にとってその考え方は大切なモノかもしれない。

雪沢先輩はそれを聞いて名高に言った。

「オレも、負けるわけにはいかない」

いつも爽やかな雪沢先輩がふいに見せた熱意を感じた。

 

 

ぼくらはスタート地点に立った。

風は相変わらず強い。時折、突風みたいなのまで吹いている。

「実際に駅伝大会でも強風ってコトもあるからな。いい経験になるかもね」

雪沢先輩はそんなことを言った。

エース争いの爆心地にいる人なのに、どこか冷めているような感じだ。

でも、ぼくは新人戦で名高に負けた時の雪沢先輩の悔しそうな顔を忘れていない。

燃えてる心は内に秘めているんだと思う。

「じゃ、構えて」

五月先生が言うと全員が構えた。

その時、競技場の芝生席に、この場には不釣り合いな不良風な男子学生を見つけた。

不良風だと思ったのは髪の色のせいだ。

顔は遠くて見えないけど、髪は真っ赤に染まっている。

ぼくらの事を見つめているような感じだ。

誰だろ・・・。

「ヨーイ」

五月先生の声で意識がレースに戻る。

「ドン!!」

 

 

10キロというのは400メートルトラックにすると25週だ。

グルグルグルグルとトラックを回る。

ぼくは名高と雪沢先輩からは2周遅れになった。

それでも大山を1週遅れにしてやった。

それほど実力差が出てしまうレースだった。

息切れしながらも横眼で雪沢先輩と名高の勝負は見ていた。

二人はずっと並んで走っていたが、残り3周で名高が抜き出た。

しかしラスト一周、雪沢先輩が鬼の形相で名高を逆転し一位でゴールした。

順位は雪沢先輩・名高・牧野・ぼく・穴川先輩・剛塚・大山の順だった。

 

 

全員ゴールした時、雪沢先輩は名高に言った。

「みんな、けっこう早くなったな。名高はけっこうどころじゃないけど」

「・・・。でもオレは負けましたよ」

名高は悔しそうだ。

「負けたけどさ。次はどうかわかんないよ」

「・・・。負けは負けです」

名高は下を向いてしまった。なんだか似合わないポーズだ。

「名高、おまえ腐らないんじゃなかったのかよ」

雪沢先輩は珍しくキツイ口調でそう言った。

「・・・。腐らない・・・ですよ」

そう言って顔を上げた名高は何故か笑顔だった。

「早いっすね雪沢先輩。新人戦の時よりも。なんだか争っていて楽しくなっちゃいました」

ゾクリとした。

名高のヤツ、負けたくせに、強敵と戦うことが楽しく感じてる・・・。

「早くなるわけだ・・・」

見ていた牧野がそうつぶやいた。

本当だ。ストイックなんだ、名高は。

その名高は雪沢先輩にこんなエールを送った。

「頼みますよ一区は。オレに勝つぐらいなんですから。オレは他の区間で順位を上げますから」

「ああ、頑張りまくるよ」

雪沢先輩は爽やかにそう言った。

モテそうだな。

久し振りにそう思った。

その雪沢先輩は名高の胸をどついた。

「いて」

「駅伝、楽しもうな。名高」

一瞬あっけにとられた名高だったけど、すぐにニヤっと笑って言った。

「当たり前っすよ」

 

 

東京高校駅伝のエース争いという、嵐のレースは終わった。

でもぼくらにとっての本当の嵐はこの直後にやってくるんだ。

その事に少しでも気づいていたのは剛塚だけだった。

 

 

エース編 END → NEXT 嵐編

 

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2008年11月 7日 (金)

空の下で.嵐(その1)

ついさっきまで見えていた夕焼け空が雲に覆われていく。

その雲はものすごい早さで遠くから押し寄せてきていた。

そう、まさに押し寄せるという表現が一番正しく感じる。

遠くに見える山梨の山脈の方から分厚い雲が次々と。

まるで、何か不安な事の前兆であるかの様に。

 

ぼくらが上柚木競技場でタイムトライアルを終えて、着替えている間に空は雲に埋め尽くされ、午後4時だというのに夜中のように暗くなった。

風も強くなる一方だ。

時折、ビュウっという音ともに電線が激しく揺れている。 

台風が思ったよりも早く関東に接近してきてるのかもしれない。

「なんだか嫌な感じだな」

練習着から制服に着替えた牧野がつぶやいた。

 

「集合ー!」

五月先生が号令をかけた。

ぼくら長距離チームは全員集まる。

みんなもう制服に着替え終わっている。

強風でくるみと早川舞の髪がすごいなびいているけど、未華はショートカットなので全然平気そうだ。

「今日はこれで解散する!台風も近付いてきてるし、早めに家に帰るように!解散!」

「おつかれさまでした!」

みんなそろってそう言って、それぞれ帰路についた。

 

ぼくは牧野と二人で南大沢の駅に向かって歩いた。

前の方にはくるみと未華が歩いてる。

「英太、おまえ強風に期待とかしてないだろうな」

「は?どういうこと?」

「い、いや。別に」

「それにしてもさ、結局雪沢先輩が勝ったね」

「だな」

「てことは一区は雪沢先輩が走るんだよね。10キロ。大変だなー」

ぼくがそう言うと牧野はため息をついて言った。

「大変だなーって。英太、おまえアンカー走るんだぞ。他人事みたいに言うなよ」

「そ、そうだった」

言われて思い出した。七人のうちのラストを走るんだった。

「アンカーってのは責任重いよね・・・。小学校の運動会だってクラス対抗リレーのアンカー選びはモメたもん」

「英太」

「え、いや、そんな呆れるなって牧野。例えが悪いってツッコミたいんでしょ。例え話は下手だったかもだけど、ちゃんと責任持って走るって。ホント」

「英太・・・・」

「あれ?か、軽く聞こえる?ホント、真剣だよ。マジってやつだよ」

「そうじゃなくて」

「じゃ、じゃあ何だよ」

「前見ろ英太」

「は?」

前を見ると、少し先にくるみと未華がいた。

二人は立ち止っているようだ。

「なにしてんだろ」

よく見ると二人は他の学校の男子生徒と話しているようだ。

男子生徒は三人いるみたいだけど、どいつもなんだか見た目が怖そうだ。

「ナンパか?」

牧野は真剣な目つきでくるみ達の方を見ていた。

「英太、ちょっと邪魔しに行こう。なんだか嫌な感じがする」

「う、うん」

ちょっと怖かったけど、ぼくはうなづいた。

くるみと未華がナンパされてるのがイヤだというのもあったけど、確かに何か嫌な予感があったからだ。

後ろから近づいて、くるみに声をかけた。

「何してんの」

振り返ったくるみは涙目になっていた。

「英太くん、牧野くん」 

「ど、どうした」

ドキっとした。でもなるべく動揺してないように見せた。

未華がぼくと牧野の方を見て言った。

「なんか・・・からまれちゃった」

未華も声が震えている。

やっぱり声をかけて良かった。何か嫌な事態が起きている。

ここで男子高生のうちの一人がぼくに向かって低い声を出した。

「誰だよ。おめーは」

落ち着いた低音だ。ムリして驚かそうという作った声じゃない、元からの低音。

それが怖さに拍車をかけていた。

「こいつらの友達だよ」

ぼくはそう言った。

「はあーん?トモダチね。カレシとかじゃねーんだ」

嫌な言い方と顔だ。それにまだらに染めた赤い髪がいかにも悪そうな感じだ。

赤い髪・・・?

「あ・・・。さっきタイムトライアルを見ていた・・・」

そう、さっきタイムトライアルする直前に、芝生席で見ていたヤツだ。

そいつがなんで未華とくるみにからんでるんだ?

赤髪はニヤッと笑って言った。

「お前、陸上部か。多摩境高校の」

「そうだけど?」

ぼくは何とか気押されしないように答えた。

牧野も相手を睨んだままだ。

「そーかそーか。じゃ、話は早いや。いやさ、オレ達は剛塚に用があるんだ」

「剛塚に?」

ぼくは未華の方を見た。未華はうなづいている。

ナンパされてたわけではないのか。

「さっきお前ら近くの競技場で練習してたろ?そん時剛塚が走ってるのを見てさ。

んで、たまには会いたいなーって思ってよ。仲間呼んでるうちに練習終わっちまって。

んで、ウロウロしてたら練習にいた女のコ二人がいたから声かけたって訳よ」

他の男子生徒二人は「そうそう」とか「だな」とか言ってる。

「でもよ、なんかこの女のコ達、剛塚がどっち行ったか教えてくんない訳よ。だからちょっと怒鳴っちゃったってだけ」

「怒鳴った??」

やっぱり嫌な感じがする。ぼくの感が脳に訴えている。何か危ない、と。

ここで赤髪がよくわからない事を言った。

「んで?どっち行ったわけ?裏切り者の剛塚は」

 

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