4.空の下で-秋

2008年10月 7日 (火)

空の下で.エース(その1)

空の下で ~秋の部~ 

 

雲が厚い。

 

ぼく、相原英太の住む東京都八王子市には再び灰色の世界がやってきた。

灰色の分厚い雲が、ぼくらを覆うことが多くなってきたからだ。

梅雨前線の時と同じで、秋雨前線の影響で曇りの日や雨の日が多くなってきている。

ぼくは雨が好きじゃあない。

中学の時、吹奏楽部にいたけど、雨の日は湿度が高くて楽器の音が通らなかった。(音が響かなかったということね。)

今は陸上部だけど、雨の日の練習は嫌いだ。

学校の長い廊下を行ったり来たり走るという、なんともつまらない練習になるからだ。

 

たくみが中距離に転向してから二週間が過ぎていた。

元々、ぼくら多摩境高校の陸上部には短距離と長距離の二つしかない。

800メートルと1500メートルを専門とする中距離チームを作るという、五月先生の提案は、最初は志田先生に反対された。

職員室で五月先生と志田先生は半日話し合いを続けたという。

 

 

「中距離を作るのはいいですけど、誰が練習を見るっていうんですか?」

志田先生の意見はもっともだった。

現在、短距離は志田先生。長距離は五月先生が見ている。

三人目の先生が必要になるんじゃないかという事になるからだ。

「それに五月先生。中距離が天野たくみ一人だったらどうすんですか。たった一人ぽっちで毎日練習するっていうんですか?」

この二つの問題点を解決するための話し合いは夜中まで続いたという。

「でも志田先生。天野は中距離をやりたいって言ってるんです。悩んだ末に出した答えっぽいんです。オレは天野に自分のやりたい事をやらせてやりたいんです。なんとかなりませんか」

話し合いの最後に志田先生はこう言ったという。

「では中距離は私が面倒を見ましょう」

「え?!志田先生が?中距離も?」

「そうですよ。どうせ大人数じゃないだろうし。それに800とか1500とかを専門とするなら、短距離チームと一緒に活動した方がいいでしょうから」

「あ、ありがとうございます」

五月先生は深く深く頭を下げた。と、後で五月先生本人から聞いた。

結局、中距離チームには3人が所属した。

たくみの他に、短距離からも一年生が二人転向してきたので、たくみが一人ぽっちで練習ってことはなくなった。

それにしても志田先生。もう40歳くらいなのに「一人ぽっち」なんて、かわいい言葉を使うなあ。

 

 

たくみが抜けて、ぼくら長距離チームは七人になった。

雪沢先輩、穴川先輩、名高、牧野、剛塚、大山、そしてぼくだ。

「七人の侍だな」

牧野がニヤリとして言ってたが、「なにそれ」とぼくが聞くと

「なんかの映画だよ」と曖昧なことを言うだけだった。

 

 

七人になって練習が変わるわけじゃない。

五月先生のもと、前よりもタイム設定に細かくなった練習が続くだけだ。

新人戦という公式戦が近いせいか、長い距離を走る練習よりも、3000メートルだとか5000メートルだとかを早く走る練習が多くなった。

五月先生指導になってから多くなったのがビルドアップ走という練習だ。

これは、例えば3000メートルを走るとする。

最初の1000メートルはゆっくりめのタイム設定がされるんだけど、次の1000メートルでは、そのタイム設定が早くなり、最後の1000メートルではさらにタイム設定が早くなる。

つまり、だんだん早く走るという練習だ。

最初より最後の方が疲れてるのにペースアップをしなくちゃいけないもんだから、キツイのなんの。

ゴールすると息切れしながら倒れこむ。

「はあ、はあ・・・キツイ・・・ボトルアップ走・・・」

「はあ・・はあ・・・い、いや・・・・英太、ビルドアップ走だろ・・・」

「は?ま、牧野・・・なんだって?ボルトアップ?」

「はあ・・はあ・・・アホか英太・・・、それは金具だろ」 

「犬の映画じゃない?」 

疲れ果てながらもぼくと牧野はそんな会話をしながら練習してた。

 

 

そして迎えた新人戦・地区予選大会。

前日、練習後のミーティングで五月先生はこう言った。

「明日は新人戦だ。みんな今までの成果を見せろよな。でもケガとかには気をつけるように!ちゃんとウォーミングアップしないと試合のペースは早いから、すぐにケガすんからな」

うん、そうだよね。ケガはマズイよ。

「ケガしたら、この後の駅伝にも影響すんからなー。んじゃ、明日楽しく全力で頑張う!!」

「はい!!」

みんなで返事しながら思った。

・・・駅伝?

 

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2008年10月10日 (金)

空の下で.エース(その2)

新人戦・地区予選大会。

この新人戦というのは前にも言ったけど変わった大会だ。

ちゃんとした公式戦で、この地区予選大会に始まり、勝てば都大会へと進める。

新人戦というが一年生だけではなく二年生までが出れるというのが、ちょっとよくわからないルールだ。

それともう一つ。各学校からは、「一種目につき三名まで」というルールがある。

そして長距離チームとして参加できそうなのは男子は5000メートル、女子は3000メートルだ。

女子は元々、大塚美華・若井くるみ・早川舞という三人しかいないので三人とも3000メートルに出る。

ところが男子は七人の侍が・・・いや七人の選手がいて、出れるのは三人だけな訳だ。

 

 

出場を巡っては夏の終わりに5000メートルのタイムトライアルで決めた。

結果は、一位・雪沢先輩、二位・名高、

そして三位にぼくが入った。

ゴール直前までは三位は牧野だったんだけど、ラストスパートで牧野が足をつり、歩いてしまい、ぼくが三位に入った。

その日、帰り道で牧野はぼくに言った。

「英太、オレに勝って出るんだから、ちゃんと活躍しろよな」

牧野の目は赤く充血していた。

ぼくは思わず目をそらしたけど、すぐに答えた。

「絶対ガンバル」

なんてチープな宣言だろう。でも他に言うことも思いつかなかった。

 

 

そうしてやってきたのがこの新人戦・地区予選会だ。

場所は八王子市の南大沢というところにある上柚木陸上競技場だ。

今年の春、ぼくが初めて陸上の大会を見た、思い出の会場だ。

あの時は雪沢先輩の応援をして喉を枯らした。

応援する側だったぼくが、応援される側になり、ちょっと恥ずかしい気もする。

でもぼくに負けて新人戦に出れなかった穴川先輩や牧野・剛塚・大山の気持ちに応えるためにも張り切っていこうと思う。

「英太ー!そろそろたくみの1500メートルが始まるぞー!」

競技場の芝生席でストレッチをしていると牧野がそう叫びながら走ってきた。

牧野は完全に観客気分だ。・・・と思う。それとも出れない悔しさがまだあるのか。

「なにボケっとしてんだよ英太。たくみの出番だって言ってるだろ。ちゃんと応援しようぜ!」

「う、うん。ごめん」

そうだ。応援しなくちゃ。たくみの中距離デビュー戦だ。

 

 

芝生席からトラックの方を見ると、1500メートルの選手たちがスタート地点で跳ねたり屈伸したりするのが見える。

会場のスピーカーからアナウンスが聞こえる。

『それでは男子1500メートル、予選第一組です』

するとピストルを持った男が、ピストルを上に構える。

『よーい・・・』

一斉に構える選手たち。 

乾いた炸裂音が会場に響いた。

30人くらいの選手たちがドドドーっと前に出る。

1500メートルはスタートしてすぐのポジション取りが激しい。

たくみはどの辺だ?

「英太!たくみのヤツ、バカなことしてるよ!」

牧野がなんだかすごい嬉しそうな声でそう言った。

「ほ、ホントだ。あいつ・・・バカだね」

ぼくも思わず笑いながらそう言った。

だって、たくみのヤツ・・・先頭で走ってるからだ。

公式戦だってのに、たくみはいつものように前半でぶっ飛ばして行くらしい。

信じられないスピードでぐいぐいと前に出た。

「たくみー!!かっけーぞー!!」

ぼくらの前を通過する時、牧野がそう叫んだ。

するとたくみはバカなことに、ぼくらに向って親指を立ててグーサインをした。

「たくみ・・・バカだよあいつ」

牧野が何故か泣き笑いしながらつぶやいた。

「でも・・・楽しそうだね」

ぼくはそう言った。だってホントに楽しそうだったから。

それを見たぼくもなんだか楽しくなってきた。

たくみはというと、600メートルくらいまでは一位で走ってたけど途中からスピードダウンして、最後は8位でゴールした。

決勝には6位までしか行けないから予選敗退ということだけど、たくみは満足そうな顔でゴールして倒れた。

記録は自己ベストタイムだったらしい。

公式戦という大舞台で、たくみはいつものスタイルを突き通し、さらに記録まで出した。

「すげえ・・・」

牧野は驚いてつぶやいていた。

「すげえよ、あいつ・・・。マジかっけー」

たくみの爆走はぼくらの中に何かを残してくれた。

 

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2008年10月14日 (火)

空の下で.エース(その3)

『ただいまより女子3000メートル決勝を行います』

スピーカーからの放送が鳴り響いた。

女子の3000メートルは参加人数の関係で予選は無く、決勝のみとなる。

45名が参加して上位8人が都大会に進出となる。

多摩境高校からは大塚未華・若井くるみ・早川舞の三名が参加だ。

 

 

ぼくと牧野は多摩境高校の待機場所に戻って、みんなで応援のために見ていた。

五月先生が腕を組んでトラックを見つめている。

『位置について・・・』

45名が一斉に構える。

この一瞬、世界から音が消える。

そして炸裂音が響いた。

各校の選手たちが飛び出る。

集団のままぼくらの応援席の前を通過していった。

「ファイトー!!」「大塚ファイトー!!」「若井、早川ファイトー!!」

みんなが大声で応援する。

牧野はひときわ大きな声で叫んでいた。

「大塚ファイトオオオオーーーー!!!」

未華の事が好きなのはわかってるけど、あからさまに未華だけに声援を送ってた。

 

 

1キロを過ぎたあたりで集団は完全にバラバラになった。

早川舞は集団から遅れた。というより最初からゆっくりとしたペースを守って走ってる。

「あいつは健康のために走ってるだけだからな」

五月先生はあきらめ半分な感じでそう言った。

くるみは第二集団について走っている。17、18番くらいだろうか。

「おい、英太」

牧野がぼくの横に寄って来た。

「英太、おまえもっと若井くるみを応援してやれよ」

「は、はあ?な、なんでだよ」

「好きなんだろ」

「す・・・??」

ぼくは「す」の口の形のまま固まってしまった。

するとちょっと離れたところで見ていた名高が冷たく言った。

「なんだ英太、牧野にキスでも迫ってるのか?へえ、そういう趣味なんだ・・・」

「違うよ!!」

ぼくがそう叫ぶと、名高は「おーこわ」と言ってぼくらから離れた。

頭が混乱してる。

牧野が意味わかんないこと言うからだ。

「ま、牧野さあ。ぼくはくるみの事なんか別に好きってわけじゃないってば・・・」

「へーえ」

牧野はニヤニヤしてる。嫌な顔だ。

と、思ったら急に真顔になって叫んだ。

「大塚ファイトオオオオーー!!」

未華が先頭集団にくらいついて走り去って行った。

続いて、少し離れて第二集団が来る。

「ほら、英太。くるみが来たぞ、応援しろって」

「え、ああ・・・うん」

くるみはだいぶ苦しそうな表情で走っている。がんばれ、がんばれ!

「くるみ、頑張れ!」

すごく小さな声でぼくはそう言った。

でも心は込めた。

「なんじゃそれ、聞こえないって」

牧野はまたニヤニヤ笑ってる。ああ、ホントに嫌な顔だ。

「英太、次にくるみが来たら、好きだーって叫んだら?」

「そんなこと言えるか!!」

すごいデカイ声が出てしまい、ほかの部員がこっちをチラッと見た。

「うわ、びっくらこいた・・・。まあいいか、とにかく応援しようぜ」

牧野も視線に気づいたらしく応援に集中した。

 

 

試合は未華が11位、くるみが28位、早川は44位でブービーだった。

一番成績の良かった未華が悔しさからか泣いていた。

あと少しで都大会進出という悔しさだ。

牧野はそれを見てもらい泣きしそうになって、ぼくにつぶやいた。

「応援しかできないんだよな・・・オレは」

「それだけでいいんじゃん?」

「ああ。でもいつか未華の力になってやりたいんだよね」

牧野は真剣な表情でそう言った。

ぼくだって。

ぼくだって、くるみの力になれるものなら・・・なってみたい。

 

「好きなんだろ?」

 

さっきの牧野の言葉がやけに心に残った。

それをちゃんと意識して考えたことが無かった。

そんな事を考えていると、ぼくの出番が近付いてきた。

男子5000メートル決勝。(これも予選は無い)

雪沢先輩と名高というエースクラスと一緒に走る、新人戦という舞台。

満足行くまで走りぬいてやる。

 

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2008年10月17日 (金)

空の下で.エース(その4)

「集まれー」

五月先生がのんきな声で呼びかけた。

呼ばれたのは5000メートルに出場するぼく・雪沢先輩・名高だ。

「気合入れすぎないで行ってこい。以上」

え?それだけ?

ポカンとする三人をほったらかして五月先生は芝生席に腰をおろした。

「何してんだよ。アドバイスは今しただろ。行ってこい」

「あ、は、はい」

気合入れすぎないで・・・・か。

確かに、たくみや未華の走りを見てテンション上がりすぎてた気もする。

ここは少し冷静になっておかないと。

 

 

時間が近付き、三人で競技場へ降りた。

初めて立つ上柚木陸上競技場。

観客席にいるのとは大して景色は変わらないハズなのに、感じる空気が全然違う。

360度、全方位から見られてる。そんな感じだ。

「怖いね」

ぼくが名高にそう言うと、名高がシラッと答えた。

「え?何が?」

「だからさ、なんか観客の視線ていうか・・・」

「バーカ。英太、おまえよく見てみろよ周りを」

「え?」

「誰もお前なんかを集中して見てねーよ」

「あ・・・」

そりゃそうだ。言われるまで気づかなかった。

まるでみんなから見られてる感じになってただけだ。

名高に冷たく言われて、ちょっと怖さが消えた。

「もし、みんなから集中して見られてるヤツがいるとすれば・・・アイツだ」

名高が近くにいた朱色のユニフォームの男を指差した。

背中には白字で「HAZAKURA」と書かれている。

「はざ・・くら?葉桜高校?」

「そうだよ。葉桜高校の秋津伸吾だ」

「秋津伸吾・・・」

聞いたことがある。

別に陸上の強豪でもない葉桜高校に入学してきた一年生、秋津伸吾。

中学の時、大活躍した有名選手らしい。

夏の多摩選手権で一年生ながら10000メートルを制して話題になった。

「まあ、いつかはオレが倒すけどな」

名高はサラリとそう言った。

しかし目つきは鋭かった。

「その前に・・・」

名高は雪沢先輩を見た。

「多摩境高校のエースにならないとな」

ドキッとした。

名高は雪沢先輩に真剣に勝負を挑むつもりらしい。

公式戦での直接対決。

ぼくは・・・これじゃ脇役か??

そう思った時、横から選手に声をかけられた。

「あれ?相原じゃん?相原英太」

甲高い男の声。

聞いた瞬間、嫌な感じがした。

声の方向を見ると、さっきの秋津伸吾と同じく葉桜高校のユニフォームを着た男がぼくを見ながらニヤニヤしていた。

「内村・・・」

中学の時に同じクラスだった内村一志というヤツだった。

「おほっ!やっぱ相原かよー。オマエ、陸上やってんのかよ。吹奏楽はどうしたんだよ。体力勝負な競技なんかオマエに出来るワケ?!」

甲高い声で一気に話す内村。

ぼくはコイツが嫌いだった。

中学の時、クラスメイトの長谷川さんというコに片思いしてたことがコイツにバレてしまい、コイツはなんと、ぼくの好きだった人に「相原ってオマエの事が好きらしいぜー」とか言いやがったヤツだ。

「お?どうしたよ相原。なんか険しい顔してるぜー。リラックスしろよ」

相変わらず、ムカツク。

確か、内村は中学でも陸上部だったけど・・・そんなに早くはなかったハズだ。

「内村・・・。ベストタイムいくつ?」

「はあ?5000の?17分40秒かな。お前は?もっと遅いの?そりゃそうか」

怒りがこみ上げてきたけど、なんとか我慢して言い返してやった。

「18分15秒だけど・・・・今日はおまえに勝つよ」

「おほっ!ナニソレ?勝利宣言てやつ?熱いねー。ま、いいよ。実力差を思い知らせてやるから。葉桜高校が秋津だけだと思われてもヤだしね」

ニヤニヤしながら内村一志はぼくから離れていった。

絶対、負けない。

 

 

『それでは男子5000メートル、決勝を行います』

アナウンスが流れ、5000メートル出場者の60人が集まった。

都大会に進めるのは8名。

しかもタイムが18分を超えると試合が終了してしまう。

18分でゴールできなかった選手はリタイヤ扱いだ。

ぼくのベストタイムは18分15秒。ゴールが目標だ。

『位置について・・・』

動き回っていた選手たちがピタッと止まり、静寂が流れる。

まるで時間まで止まってしまったかのような数秒間。

右を見ると雪沢先輩がいた。前方を睨んでいる。

左には名高。目を閉じている。

『よーい・・・』

さらに静かになる。静寂が痛い。

集中、集中。

絶対18分以内でゴールしてやる。

 

・・・・・気合入れすぎないように・・・・・

 

五月先生の声が頭に響いた。意味がわからん。気合は入れていく!

できれば・・・いけるところまで雪沢先輩と名高についていく!

そして、内村一志には絶対に勝つ。

パン!!

炸裂音とともに5000メートルの戦いが始まった。

 

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2008年10月21日 (火)

空の下で.エース(その5)

「英太、おまえヤバイぞ」

教室で日比谷がそう言ってきたのは中学3年の秋くらいの事だ。

「え?何が」

「内村のヤツ、長谷川さんに『相原ってオマエのこと好きらしいぜ』って行ってたぞ。」

「えっ?!」

内村一志がどうやってぼくが好きな人が長谷川麻友だと知ったのかは、今でもわからないけど、わりと仲良くなってきていたのに、長谷川さんとはそれ以降なんだかうまく話せなくなってしまった。

一応、卒業前に告白してみたもののフラれてしまった。

もちろん内村がそんな事を言わなくてもフラれたんだろうけど、ぼくは内村が嫌いになった。いや、前から好きではなかったんだけど。

 

 

レースが始まり、最初の直線はみんなが集団のままだけど、100メートル走ってコーナーになると集団が縦長になった。

ぼくは集団の真ん中あたりで走っていた。

コーナーで外側を走るのは、なんだか損した気分になるので内側のコースギリギリを走る。

ちょっとでも短い距離を走っていたい。

そんなセコイことをしながら最初の1週を終えると、集団が二つに別れてきた。

7、8人の先頭集団が出来、そこからやや遅れて20人くらいの第二集団が出来ている。そこから後ろはもうバラバラで走っている感じだ。

ぼくは第二集団につけていた。

すぐ前には内村一志がいた。

そしてこの第二集団の先頭にいるのは、どうやら名高らしかった。

雪沢先輩はぼくの横にいた。

この状態のまま2週目、3週目と動きがなかった。

だんだんと疲れが溜まっていくだけだ。

 

 

5週目に入ったとき、内村が集団の前に移動しだした。

しかも一瞬、ぼくを振りかえって、わけのわからん笑みを浮かべやがった。

「アイツ!!」

と思い、ぼくが内村についていこうとすると隣にいた雪沢先輩が手で制した。

ぼくが驚いて雪沢先輩の方を見ると、雪沢先輩は首を横に振った。

「ムキになんな」

息切れしながらも雪沢先輩は早口でそう言った。

・・・・・気合入れすぎないように・・・・・

五月先生の言葉が頭に響いた。

そうだ。冷静にならないと。

今、これよりペース上げたら最後まで持たない。少なくともぼくは。

このままのペースでじっくり走らなくちゃ。

 

 

5000メートルは12週と半週する競技だ。

10週目に入った時、第二集団の先頭にいた名高がペースを上げて

集団から抜け出そうとした。

それに数人がついていこうとしたので、集団は一気にバラバラになってきた。

ここを勝負所と読んだのか、雪沢先輩もペースを上げて、前の方へと消えていった。

ぼくはペースを上げるよう踏ん張ってみたものの、名高や雪沢先輩ほどにペースを上げることが出来ず、二人からは遅れていった。

ペースを上げたことで息切れも一気に激しくなってきた。

「はあ!!はあ!!」

息切れはすでに声となって出ていた。

苦しい!顔が歪む!あと、2週・・・つまり800メートルだ。走り切らなくちゃ。

今、何分経過したんだ??腕時計つけてくればよかった。

18分以内にゴールできるペースで走ってるんだろうか?

内村はどこ行った?前か?後ろか?

そう思った時、後ろから猛烈なスピードで葉桜高校のユニフォームを着た男がぼくを抜いていった。

内村!!

そう思ったが内村ではなかった。

それは秋津伸吾だった。何故ここに秋津が??

思い当たるのは、たった一つの理由だ。それが頭に浮かんだ時、寒気がした。

周回遅れだ。秋津はぼくより1週先を走ってるんだ。

ぼくが最後の1週に入る前に、秋津がゴールした。

世界が違う!

この圧倒的な実力差が逆にぼくを熱くさせた。

秋津がゴールした横をぼくはラスト1週のためにラストスパートをかけた。

「うおおおお!!」

思わず声が出た。

全力で最後の400メートルを走る。

次々と前にいた選手を抜き去った。

残り200メートルまで進んだ時、前に葉桜高校の選手を見つけた。

内村。間違いない、内村だ。

しかし、内村もここでスパートをかけたらしく、距離が詰まらない。

残り70メートル。

内村は先にゴールした。

くそっ!負けた・・・・

思わずスピードを緩めた。 

その時、ゴール横に設置してある記録用のデジタル時計が見えた。

17分49秒・・・50秒・・・51秒・・・

間に合うか?いや、もう厳しいだろう。

このままペースでとりあえず行こう。

そう思った時だった。

「英太ーー!!いけるぞーーー!!!」

牧野の声が聞こえた。

「相原くんファイトー!!」

くるみと未華のハモった声援が聞こえた。

「相原あ!最後まで気合い入れんかー!!」

五月先生の怒鳴り声が聞こえた。気合入れすぎるなって言ってたのに。

声の方向を見ると他にも大山やたくみが叫んでいるのが見えた。

その見えてた風景がイキナリ歪んだ。

ちょっと泣けたらしい。

アホか。あと数秒っていう緊急事態なのに。

ぼくは一瞬目を閉じて、前を向き、全力ダッシュをした。

視界はすでにクリアだった。 

ゴールした時、横眼でチラっと見たタイムは17分58秒だった。

 

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2008年10月24日 (金)

空の下で.エース(その6)

「公式記録出たよー」

未華が大声出しながら、公式記録をメモして多摩境高校の待機場所に戻ってきた。

「英太くんはね。おーー、すごい。公式タイムは17分59秒だよ。チョーギリギリだよ。これってある意味すごいよね。順位は33位」

17分59秒か。58秒かと思ってたけど。確かにある意味すごい。

「なんか時限爆弾をギリギリで止めたって感じだね」

くるみがよくわからない事を言う。

五月先生は満足そうだ。

「相原は17分59秒か。ベスト記録を16秒更新だな。いい感じだぞ」

でも内村には負けた。

それだけは悔しい。いつか絶対に勝ってやる。

未華が気を取り直して、他の公式記録を読む。

「それでね。えーと、雪沢先輩は10位。名高くんが9位」

「え?!」

ぼくだけ驚いた声を出してしまった。

名高が雪沢先輩に勝ったの?

ぼくだけ知らなかった。みんなは観戦していたから当然知っていたんだけど。

雪沢先輩はちょっと複雑な表情はしたものの名高に言った。

「早いな。名高。負けたよ」

その声にはやっぱり悔しさが感じ取れた。

すると名高はまたも心臓に悪い発言をした。

「これで、多摩境高校のエースは、オレってことでいいですよね」

場がシンとした。

それでも名高は続ける。

「秋の駅伝大会。エースが走る、花の一区はオレってことになりませんか?」

また駅伝の話題だ。

五月先生はちょっと考えてから答えた。

「そうだな。今までは雪沢がエース区間の一区と思って考えてたけど。雪沢か名高か。考えておかないといけないな」

言われて雪沢先輩と名高の顔が引き締まった。

どうやら、ぼくの知らないうちにエース争いが始まっていたらしい。

 

 

大会は全日程を終え、多摩境高校のメンバーもその場で解散となった。

ぼくは牧野と二人で競技場から最寄の南大沢駅へと向かって歩いていた。

「いやー英太。18分切ったな」

「やっとだよ。でも内村に負けたのが悔しくてさ」

「内村?内村って、あの中学ん時の?」

「そう内村一志」

「内村か。英太、おまえアイツ嫌いなんじゃないの?」

ぼくは考えるまでもなく答えた。

「嫌いだよ」

「だよな。内村のせいで長谷川さんにフラれたような感じもあったもんな」

「ちょ・・・牧野・・・長谷川さんて単語使わないでよ・・・なんか切ない」

「いいじゃん。昔のことだろ。それに今は、くるみがいるじゃん」

「は?え?ナニソレ。関係ないじゃん、くるみは」

また裏返りそうな声で反論していると、後ろから声をかけられた。

「私がどうかしたの?」

心臓が跳ね上がった!

どっか遠くまで心臓が跳んでいったかと思うくらいだ。

振り返ると、くるみと未華が不思議そうな顔してた。

「なんか私の名前使ってなかった?」

くるみが疑いの目つきでぼくを見る。

「え?? い、いや・・・く、くるみも未華も今日は頑張ってたなあって話をさ・・・」

「ふーん。まあ悪口じゃないならいいけどね」

そう言ってくるみは笑った。

なんとか切り抜けたみたいだけど、心臓がまだドキドキしたままだ。

「ああ?そうなの?へえ・・・今まで気がつかなかったなー。これは面白い展開だね」

未華がイキナリ意味わからんことを言い出した。

「え?なに?未華」

「いや、なんでもないよ英太くん。それよりさ、ちょっと四人でお茶してかない?」

「お茶?」

「そう!まーお茶って言ってもお店とかに行くんじゃなくってさ。あたしとくるみがよく行く特別な場所に連れていってあげようかなと思って。どっかその辺の自販でコーヒーとか買ってきなよ」

なんだか少し命令口調だけれど、ぼくらは未華の誘いに乗って「お茶」しに行くことにした。

 

 

未華とくるみが連れてきてくれたのは駅から少し離れた所にある小高い丘だった。

近くには公園があり、家族連れがブランコや砂場で遊んでいる。

ぼくらは、その公園を抜けて、丘を上へと登った。

 

 

丘の一番上にはいくつかベンチがあり、ぼくらは大きな横長のベンチに横一列に並んで4人して座った。

「おおー、なんだか雰囲気いい丘だね」

牧野は喜んだ声を出した。

「でしょー?」

褒められてテンションが上がる未華。普段でもテンション高いけど。

ベンチからは南大沢の街が一望できた。

ぼくらはそこで、今日の大会の事とか中間テストの事とかを話した。

 

 

話に夢中になっていると、空がだんだんと茜色に染まってきた。

丘から見える街も夕日に染まっていき、少しずつ建物に明かりが灯されていく。

「ここから見える家、みんな誰かが暮らしてるんだね」

当たり前の事をくるみが言い、ぼくは答えた。

「そうだよね。みんな、何か悩んだり苦労したりしながら暮らしてるのかな」

そう言うと、少しの間、静寂が訪れた。

近くにある電灯が点灯したところで、未華が言った。

「悩みといえばさ・・・・。エース争いはどうなるんだろうね」

誰も答えは持っていなかった。

でも牧野は夕日の方を見ながらつぶやいた。

「誰でもいいんじゃないの。誰がなってもオレらはオレらだし」

なんだかよくわからないセリフだけれど、ぼくは「そうだね」と答えた。

秋の夕方は肌寒い。

ついこないだまでは暑い日々だったのが嘘のようだ。

季節の移り変わりとともに、ぼくらにはまた新しい展開が待っているのだろうか。

 

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2008年10月28日 (火)

空の下で.エース(その7)

十月に入り、ぼくの住む東京の八王子ではキンモクセイの香りが感じられた。

このキンモクセイの香りに気づくと、秋も本番だなあなんて思う。

この時期、母親が作ってくれる料理の中では栗ゴハンが一番好きだ。

あの、ほのかに甘い栗がゴハンに入ってると思うとテンション上がりまくりだ。

でも今日はサンマだ。

「ホラ、英太。旬のサンマよ」

サンマに醤油をちょっと垂らして食べる。

「おいしい!」

思わず叫ぶ。

やっぱり秋は食欲の秋だね!

 

 

芸術の秋、なんて言葉もある。

ぼくは基本的に「食欲の秋」派だ。

「読書の秋」とか「芸術の秋」だなんてのは好きじゃない。

でも今日だけは「芸術の秋」に近い行動をとっているのかもしれない。

何故なら日比谷が所属する吹奏楽部の定期演奏会を観るために、橋本という街にある市民ホールに向かっているからだ。

 

 

市民ホールのロビーに着くと、受付に何故かくるみと早川舞がいた。

「あれ?英太くん?」

くるみは驚いた声を出したけど、驚いたのはこっちの方だ。

「く、くるみ?な、なななんで受付やってんの?」

会う予定のない時に、くるみに遭遇するといっつも上手く話せない。動揺する。

するとくるみは笑った。

「今日はね、クラスの子に吹奏楽部の子がいて手伝い頼まれたの。それにしても今の、『な』が多かったねー」

ぼくはめっちゃ恥ずかしくなった。

それを見た早川舞は冷たい声でつぶやいた。

「プログラムもらったら早く進んで。受付が混むから」

「あ、ごめん」

ぼくはプログラムをくるみにもらって客席へと向かった。

 

 

それにしても、早川舞ってのは何なんだろう。

女子の長距離は、若井くるみ・大塚未華・早川舞の三人だけなんだけど、くるみと未華が一生懸命やっているのに、早川舞だけは「健康のため」とか言って早くなるつもりもなければ、逆に退部する気配もない。

ただ淡々と練習に参加しているだけだ。

ぼくらみたいに熱くなる方が珍しいタイプなんだろうか・・・。

 

 

ロビーから客席に入り、どこかいい席が空いてないかとキョロキョロしていると、真ん中辺の席で手を振ってるヤツがいることに気付いた。

それは大山だった。

ぼくは大山の隣の席に座った。

「大山じゃん。どうしてここに?」

「ボクは友達がパーカッションやってて・・・観に来いって言うから・・・」

大山がモジモジしながら言った。

「へえ、友達が。パーカスやってんだ」

「と、友達だよ! ほ、ホントに」

「え? あ、ああ」

大山が急に大きめの声を出したのでビックリした。

「それより英太くんこそなんでここに? ああ、そうか日比谷くんが出るからか」

「そうなんだよ。日比谷とは中学で一緒に吹奏楽やってた仲だからさあ」

ぼくはちょっと面倒くさそうに言ってみた。

日比谷と仲良しってイメージ持たれるとアホっぽいから。

 

 

開演時間になり、客席が暗くなる。

薄暗いままの舞台に吹奏楽部のメンバーが入ってきて、それぞれの位置に座る。

そのままチューニングが始まる。

「ね、ねえ英太くん。今何してんのコレ」

大山が小声で聞いてきた。

「チューニングだよ。演奏の直前に、みんなの音を合わせるの」

「へえ」

「チューニング・・・懐かしいな」

ぼくと大山の小声での会話が終わったころ、チューニングも終わり舞台が明るくなった。

明るくなると同時に指揮者の女性の先生が舞台に入ってくる。あれは確か、立花とかいう先生だ。かわいくて生徒からも人気だ。

立花先生の合図で吹奏楽部のメンバーが全員立ち上がる。

ここでぼくら観客は拍手を送った。

舞台上をよく見まわすと日比谷を発見した。

あいつ・・・笑ってやがる。

 

 

演奏会は二部構成だった。

第一部ではクラシック音楽をキッチリと聴かせた。

といっても発足して3年の多摩境高校だ。そんなに巧い訳ではない。

でも、ぼくの中学とは違い真剣にやってるオーラは伝わってきた。

第二部ではジブリ映画の曲や、最近のヒット曲を吹奏楽にアレンジした曲をやった。

途中、パーカッションの女の子のソロがあったのだが、この時、大山は目を輝かせてパーカッションの子を見ていた。

ははあ・・・そういう事か・・・と思う。

 

 

ラストは、ありがちだけどロック調にアレンジされた「ソーラン節」だった。

ここでは祭りの羽織を着た一年生が客席に降りてきて踊っていた。

舞台と客席が一体になり、大盛り上がりを見せて演奏会は終演した。

終始、楽しそうに演奏している日比谷を観て、何故だかぼくは涙ぐんだ。

 

 

ホールを出たところで大山が言った。

「みんな楽しそうだったね」

「そうだね。なんだか感動しちゃったよ」

「ボクもだよ。なんかやる気出てきた」

「やる気って?」

「うーん。なんていうか。ホラ、最近は雪沢先輩とか名高くんとかエース争いが熾烈になっててさ。ボクみたいなビリッケツなやつが走ってても、しょうがないんじゃないかなーなんて思ってたんだけどさ」

知らなかった。大山って、そんな事で悩んでたりしたんだ。

「でも今日の演奏会観てたらさ。ソロとか吹かない人たちも地味な楽器の人たちもみんな頑張ってて・・・ボクも地味ながら頑張ろうかなって。出来たらエース争いにも加わりたいけど」

「え、エース争いに??」

「うん、いつか・・・ね!そんな気持ちで頑張ろうかなって」

大山は満面の笑みでそう言いのけた。

すごい。

ぼくはそこまで高い目標を持ってなかった。

いつかエース争いに・・・か。

ぼくの心にまた少し新しい風が吹いた。

 

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2008年10月31日 (金)

空の下で.エース(その8)

『季節外れの大型台風17号は、現在沖縄本島の南80キロの海上にあって、勢力を保ったまま北北東に進んでいます』

朝、母親とゴハンを食べながら(栗ではない)テレビを見ていたら、こんなニュースだった。

ぼくは普段、朝はテレビは見ないんだけど、今日はこの番組に大好きな女優・堀北真季が出ていたので見ていた。

すると母親が変な事を言った。

「英太、このホリキタって子が出るとニヤニヤしてるよね」

「してないよ」

「そう?でもこのホリキタって子、英太が中学の時に仲良かった女の子と似てるよね」

「えぇ?誰?」

「ほら、なんて言ったっけ。長谷川さんだっけ?」

「そ、そう?」

長谷川麻友だ。

中学の時、ぼくが好きだった女子だ。確かに少し堀北真季みたいな感じはするかも。

長谷川さんの事を思い出すと、いつも胸が苦しくなる。

それと同時にジャマをした内村一志に対する怒りも湧き起こる。

でも、もう昔のことだ。

今はもうくるみ・・・・・って、けっこうかわいいし・・・・いや、好きな訳じゃない・・と思うけど。

 

 

台風のニュースが流れていたわりに東京は快晴だった。

はるか遠くの山々までクッキリ見える秋晴れだ。

多摩境駅から学校までの通学路では思わず鼻歌なんか歌ってしまう。

「ポーニョポーニョポニョ♪」

「なんだよ、エラクご機嫌だな」

「ポ?!」

いきなり後ろから牧野が現れたものだから大声でポとか叫んでしまった。

「英太が鼻歌なんて歌うなんて変だぞ」

「そ、そうかな。なんかいい天気だからさあ」

「天気がいいと歌を歌うのか。爽やかなのか能天気なのか・・・」

「の、能天気?」

「そう能天気。能天気英太だよ。オマエ今日から能天気英太って名前に改名しろよ」

「ナニソレ・・・」

あきれた会話をしながら学校へ向かう。

天気と同じで平和な日だ。

 

 

授業が終わり、部活での練習をする。

五月先生の登場後は、ただ長く走るだけの練習は少なくなった。

一日の練習テーマを決めて走る。

例えば今日はスピードトレーニングだし、昨日は走るのは少なめで筋トレを多めにやるパワートレーニングだ。

毎日違ったメニューをこなすので、部活に飽きが来ない。

「飽きが来ないねー牧野」

「秋は来たけどな。フフ」

「笑点かよ」

牧野のくだらないギャグは志田先生のオヤジギャグに通じるものがある。

 

 

練習後、五月先生は長距離チームを集合させた。

「えー、そろそろ駅伝の話をしようと思う」

出た!駅伝。

「これまで長距離チームは個人種目だけに出場していたわけだが、この秋最大の大会・・・いや、高校陸上の長距離チームで年間最大の大会が11月に行われる高校駅伝大会だ」

年間最大の大会?

「駅伝って知ってるか?相原」

いきなりフイをつかれた。

「えっと、長距離のリレーですよね。箱根を走る・・・」

「バッカそれ大学の箱根駅伝だよ」

牧野に頭をはたかれながら突っ込まれた。

駅伝にも色々あるって事か。

「そう、それは大学生が走る箱根駅伝。まあ長距離のリレーって言い方は合ってるような気もするな。剛塚は知ってるか」

五月先生に言われ剛塚は睨むようにして答えた。

「たすきでリレーしてくヤツだろ」

「そう。高校駅伝の場合は七人で走る」

七人・・・。ぼくら長距離チームは七人いる。

「今回、多摩境高校としては初めて長距離チームの人数が七人に達した。そこで高校駅伝・東京都大会に出場しようと思う」

東京都大会・・・。箱根じゃないのか高校生は。駅伝は全て箱根を走るのかと思ってた。

「高校駅伝は地区予選会は無い。イキナリ都大会から始まる。東京中の高校駅伝チームが一同に会するというすげえデカイ大会だ。今までの部活動の全てをこの大会にぶつけてくれ」

なんだかドキドキしてきた。

今まで出場してきた地区大会と違って、ずいぶんと大きな大会みたいだし、なんだか五月先生の気合いの入れ方も違う。

ここで五月先生がノートを取り出した。

「では、現時点での駅伝のメンバーを発表する。あくまでも現時点だ。怪我とか風邪とかがあれば変更するし、この後、実力が変化すれば走る順番も変える事があるからな」

思わず雪沢先輩と名高を見た。

どちらがエースに選ばれるのか・・・?

確かエース区間は1区だと言っていた。

「それでは発表する。

 1区、10キロ、雪沢! 長距離チームのリーダーとしてエース区間を頼んだ!」

一区は雪沢先輩か・・・!やっぱそうだよな。一回だけ名高が勝ったくらいじゃな。

「2区、3キロ、剛塚! 

 3区、8キロ、穴川! 

 4区、8キロ、名高! 

 5区、3キロ、大山! 

 6区、5キロ、牧野! 

 7区 5キロ、相原! アンカーはオマエしかいない!いつもの爆発力で行け!」

「あ、アンカー??」

高揚感だったドキドキが緊張感のドキドキに変わった。

おまけに冷や汗が出てきて、体が寒くなった。

「五月先生・・・ぼくがアンカーなんかで・・・」

ぼくが言い終わる前に名高が怒鳴った。

「なんでオレが1区じゃねーんですか!!」

名高は少し震えるような声だった。

「新人戦でもオレが一番早かったじゃないですか!なのに何で??」

言われて五月先生はちょっと眉をよせた。

「んー。やっぱ納得しないか、名高は」

「当たり前です。駅伝で1区を走るために新人戦で頑張ったんですから」

「そうか・・・」

やや沈黙した後、五月先生は一人で頷いてから言った。

「よし、じゃあ1区の選手を決定するためのタイムトライヤルを明日やろう」

なんだか話がこじれてきた。

と、同時に辺りの風が少し強くなってきた。嵐は近い。

 

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2008年11月 4日 (火)

空の下で.エース(その9)

駅伝メンバー発表の翌日、ぼくら長距離チームは上柚木競技場へと来ていた。

雪沢先輩と名高のどちらをエース区間である1区にするか、

それを決めるタイムトライヤルをするためだ。

 

 

競技場ってのは意外にもけっこう簡単に借りれるらしい。

昨日の夕方、簡単な手続きで競技場の予約が取れた。

といっても貸切ではなくて、他の高校や一般市民ランナーの人もいた。

 

 

今日は風が強い。南の方から時折強風が吹き抜ける。

台風が九州に上陸して東へ進んでいるという。

明日には関東も暴風雨になるという話だ。

 

 

「よーし、じゃあタイムトライアルすんぞー」

五月先生の号令でぼくらは400メートルトラックのスタート地点に集まった。

タイムトライアルは雪沢先輩と名高だけじゃなく、全員参加することになった。

久し振りに部内での本気の対決だ。

でもワクワク感はあまり無い。

エース争いという、なんだか重い空気に包まれた感じだ。

 

 

当事者である雪沢先輩はいつもと変わらない感じだ。

やや茶色の髪の毛が強風でなびいている。

そして名高は険しい顔で前を見つめている。

どうしてもエース区間で走りたいらしい。

その名高が五月先生に確認した。

「このトライアルで一位だったら一区を走れるんですか」

「そうだな。そういう事にしよう。ただし雪沢か名高が一位だったらだ。他のヤツが一位だったとしても今日だけって可能性もあるからな。実績から考えて二人のどちらかだ。そういうレースにする。いいな、みんな」

「充分っす」

名高は深くうなづいた。

「名高」

今度は五月先生が確認する。

「なんすか」

「このレースの結果で駅伝オーダーは決定だからな。たとえ負けたとしても腐るなよ」

「腐る・・・」

名高はちょっと考えた。

予想していない言葉だったのだろう。

「腐りませんよ。オレは駅伝って興味あるし。それにデカイ大会だし」

「そうか」

「それに・・・勝つつもりで走りますから」

名高はいっつも心臓に悪い発言ばかりだけど、最後のセリフには感心した。

勝つつもりで走る・・・

大胆な発言だけれど、スポーツ選手にとってその考え方は大切なモノかもしれない。

雪沢先輩はそれを聞いて名高に言った。

「オレも、負けるわけにはいかない」

いつも爽やかな雪沢先輩がふいに見せた熱意を感じた。

 

 

ぼくらはスタート地点に立った。

風は相変わらず強い。時折、突風みたいなのまで吹いている。

「実際に駅伝大会でも強風ってコトもあるからな。いい経験になるかもね」

雪沢先輩はそんなことを言った。

エース争いの爆心地にいる人なのに、どこか冷めているような感じだ。

でも、ぼくは新人戦で名高に負けた時の雪沢先輩の悔しそうな顔を忘れていない。

燃えてる心は内に秘めているんだと思う。

「じゃ、構えて」

五月先生が言うと全員が構えた。

その時、競技場の芝生席に、この場には不釣り合いな不良風な男子学生を見つけた。

不良風だと思ったのは髪の色のせいだ。

顔は遠くて見えないけど、髪は真っ赤に染まっている。

ぼくらの事を見つめているような感じだ。

誰だろ・・・。

「ヨーイ」

五月先生の声で意識がレースに戻る。

「ドン!!」

 

 

10キロというのは400メートルトラックにすると25週だ。

グルグルグルグルとトラックを回る。

ぼくは名高と雪沢先輩からは2周遅れになった。

それでも大山を1週遅れにしてやった。

それほど実力差が出てしまうレースだった。

息切れしながらも横眼で雪沢先輩と名高の勝負は見ていた。

二人はずっと並んで走っていたが、残り3周で名高が抜き出た。

しかしラスト一周、雪沢先輩が鬼の形相で名高を逆転し一位でゴールした。

順位は雪沢先輩・名高・牧野・ぼく・穴川先輩・剛塚・大山の順だった。

 

 

全員ゴールした時、雪沢先輩は名高に言った。

「みんな、けっこう早くなったな。名高はけっこうどころじゃないけど」

「・・・。でもオレは負けましたよ」

名高は悔しそうだ。

「負けたけどさ。次はどうかわかんないよ」

「・・・。負けは負けです」

名高は下を向いてしまった。なんだか似合わないポーズだ。

「名高、おまえ腐らないんじゃなかったのかよ」

雪沢先輩は珍しくキツイ口調でそう言った。

「・・・。腐らない・・・ですよ」

そう言って顔を上げた名高は何故か笑顔だった。

「早いっすね雪沢先輩。新人戦の時よりも。なんだか争っていて楽しくなっちゃいました」

ゾクリとした。

名高のヤツ、負けたくせに、強敵と戦うことが楽しく感じてる・・・。

「早くなるわけだ・・・」

見ていた牧野がそうつぶやいた。

本当だ。ストイックなんだ、名高は。

その名高は雪沢先輩にこんなエールを送った。

「頼みますよ一区は。オレに勝つぐらいなんですから。オレは他の区間で順位を上げますから」

「ああ、頑張りまくるよ」

雪沢先輩は爽やかにそう言った。

モテそうだな。

久し振りにそう思った。

その雪沢先輩は名高の胸をどついた。

「いて」

「駅伝、楽しもうな。名高」

一瞬あっけにとられた名高だったけど、すぐにニヤっと笑って言った。

「当たり前っすよ」

 

 

東京高校駅伝のエース争いという、嵐のレースは終わった。

でもぼくらにとっての本当の嵐はこの直後にやってくるんだ。

その事に少しでも気づいていたのは剛塚だけだった。

 

 

エース編 END → NEXT 嵐編

 

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2008年11月 7日 (金)

空の下で.嵐(その1)

ついさっきまで見えていた夕焼け空が雲に覆われていく。

その雲はものすごい早さで遠くから押し寄せてきていた。

そう、まさに押し寄せるという表現が一番正しく感じる。

遠くに見える山梨の山脈の方から分厚い雲が次々と。

まるで、何か不安な事の前兆であるかの様に。

 

ぼくらが上柚木競技場でタイムトライアルを終えて、着替えている間に空は雲に埋め尽くされ、午後4時だというのに夜中のように暗くなった。

風も強くなる一方だ。

時折、ビュウっという音ともに電線が激しく揺れている。 

台風が思ったよりも早く関東に接近してきてるのかもしれない。

「なんだか嫌な感じだな」

練習着から制服に着替えた牧野がつぶやいた。

 

「集合ー!」

五月先生が号令をかけた。

ぼくら長距離チームは全員集まる。

みんなもう制服に着替え終わっている。

強風でくるみと早川舞の髪がすごいなびいているけど、未華はショートカットなので全然平気そうだ。

「今日はこれで解散する!台風も近付いてきてるし、早めに家に帰るように!解散!」

「おつかれさまでした!」

みんなそろってそう言って、それぞれ帰路についた。

 

ぼくは牧野と二人で南大沢の駅に向かって歩いた。

前の方にはくるみと未華が歩いてる。

「英太、おまえ強風に期待とかしてないだろうな」

「は?どういうこと?」

「い、いや。別に」

「それにしてもさ、結局雪沢先輩が勝ったね」

「だな」

「てことは一区は雪沢先輩が走るんだよね。10キロ。大変だなー」

ぼくがそう言うと牧野はため息をついて言った。

「大変だなーって。英太、おまえアンカー走るんだぞ。他人事みたいに言うなよ」

「そ、そうだった」

言われて思い出した。七人のうちのラストを走るんだった。

「アンカーってのは責任重いよね・・・。小学校の運動会だってクラス対抗リレーのアンカー選びはモメたもん」

「英太」

「え、いや、そんな呆れるなって牧野。例えが悪いってツッコミたいんでしょ。例え話は下手だったかもだけど、ちゃんと責任持って走るって。ホント」

「英太・・・・」

「あれ?か、軽く聞こえる?ホント、真剣だよ。マジってやつだよ」

「そうじゃなくて」

「じゃ、じゃあ何だよ」

「前見ろ英太」

「は?」

前を見ると、少し先にくるみと未華がいた。

二人は立ち止っているようだ。

「なにしてんだろ」

よく見ると二人は他の学校の男子生徒と話しているようだ。

男子生徒は三人いるみたいだけど、どいつもなんだか見た目が怖そうだ。

「ナンパか?」

牧野は真剣な目つきでくるみ達の方を見ていた。

「英太、ちょっと邪魔しに行こう。なんだか嫌な感じがする」

「う、うん」

ちょっと怖かったけど、ぼくはうなづいた。

くるみと未華がナンパされてるのがイヤだというのもあったけど、確かに何か嫌な予感があったからだ。

後ろから近づいて、くるみに声をかけた。

「何してんの」

振り返ったくるみは涙目になっていた。

「英太くん、牧野くん」 

「ど、どうした」

ドキっとした。でもなるべく動揺してないように見せた。

未華がぼくと牧野の方を見て言った。

「なんか・・・からまれちゃった」

未華も声が震えている。

やっぱり声をかけて良かった。何か嫌な事態が起きている。

ここで男子高生のうちの一人がぼくに向かって低い声を出した。

「誰だよ。おめーは」

落ち着いた低音だ。ムリして驚かそうという作った声じゃない、元からの低音。

それが怖さに拍車をかけていた。

「こいつらの友達だよ」

ぼくはそう言った。

「はあーん?トモダチね。カレシとかじゃねーんだ」

嫌な言い方と顔だ。それにまだらに染めた赤い髪がいかにも悪そうな感じだ。

赤い髪・・・?

「あ・・・。さっきタイムトライアルを見ていた・・・」

そう、さっきタイムトライアルする直前に、芝生席で見ていたヤツだ。

そいつがなんで未華とくるみにからんでるんだ?

赤髪はニヤッと笑って言った。

「お前、陸上部か。多摩境高校の」

「そうだけど?」

ぼくは何とか気押されしないように答えた。

牧野も相手を睨んだままだ。

「そーかそーか。じゃ、話は早いや。いやさ、オレ達は剛塚に用があるんだ」

「剛塚に?」

ぼくは未華の方を見た。未華はうなづいている。

ナンパされてたわけではないのか。

「さっきお前ら近くの競技場で練習してたろ?そん時剛塚が走ってるのを見てさ。

んで、たまには会いたいなーって思ってよ。仲間呼んでるうちに練習終わっちまって。

んで、ウロウロしてたら練習にいた女のコ二人がいたから声かけたって訳よ」

他の男子生徒二人は「そうそう」とか「だな」とか言ってる。

「でもよ、なんかこの女のコ達、剛塚がどっち行ったか教えてくんない訳よ。だからちょっと怒鳴っちゃったってだけ」

「怒鳴った??」

やっぱり嫌な感じがする。ぼくの感が脳に訴えている。何か危ない、と。

ここで赤髪がよくわからない事を言った。

「んで?どっち行ったわけ?裏切り者の剛塚は」

 

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2008年11月11日 (火)

空の下で.嵐(その2)

ゴオゴオと音を立て、電線が強風でなびいている。

不気味な音の下で、ぼくらは正体不明の赤髪の学生にすごまれている。

「裏切り者の剛塚はどこに行った?」

赤髪の学生はこう言う。

どうやら剛塚を捜しているみたいだけど、裏切り者ってのは何だろう。

それにコイツらは剛塚に会って何をするというのだろう。

「だから剛塚くんがどっちに帰ったかなんて知らないってば」

未華は赤髪にそう言ったが、赤髪は睨んで答えた。

「知らねーことねーだろが。同じ部なんだろがよ」

「同じ部だからって何でも知ってるわけないじゃん!」

未華は大きめの声でそう言ったけど、赤髪は聞いてないようなそぶりでぼくを見た。

「お前は知らないのか?」

「ぼくも・・・知らないよ」

ぼくがそう答えると牧野も「オレも」と続いた。

ぼくらはホントに知らなかった。剛塚がどっち行ったかなんて。

だからこれでやりすごせる。そう思った。

ところが赤髪はこう言いだしたのだ。

「じゃあ連絡とれ」

「え?」

「電話しろよ。知ってるだろ、携帯番号くらい」

ぼくらは顔を見合わせた。

知ってる・・・。

入部したころ、長距離チーム全員の連絡先は教えあっていた。

当然、剛塚の番号もみんなが知っている。

それが赤髪にも伝わってしまったのだろう、赤髪はニヤリと笑った。

「知ってるみたいだな」

すると後ろにいた二人の男子学生もニヤニヤしだした。

「知っててもかけないよ」

未華がそう言った瞬間、赤髪は未華の髪の毛をワシつかみにした。

「いたっ!!」

「み、未華!」

あわてて牧野が赤髪の腕をつかんで、未華から離れさせた。

「テメ・・・女に手を出すなんてどういうつもりだよ」

「あ?知るかよんなこと。番号知ってるくせにかけないとか言うからだ」

「てめぇ・・・」

牧野はそうつぶやいて赤髪に掴みかかろうとした。

しかし、他の二人の男子学生が牧野の後ろに回り、腕で牧野を抑えつけた。

「牧野!お、おいやめろ」

ぼくは大声でそう叫んで、男子生徒のうちの一人の肩をつかんだ。

でも、つかむだけで何も出来なかった。

殴るとかそういう事はしたことないし・・・・。それに・・・相手の方が強そうだ。

「ぼっちゃんは大人しくしてろ」

赤髪はそう言って「くくく」と笑った。

「よし、そこの女、剛塚に電話しろ」

赤髪が言ったのはくるみの事だ。

「で、でも・・・」

「でもじゃねーよ。早く電話してここに呼べ。グズグズしてんとひっぱたくぞ」

くるみ・・・。

ぼくは自分の携帯を取り出した。

「ぼくが電話するよ。だからくるみに手を出すな。それに未華からも牧野からも離れろ。そしたら電話する。番号はぼくしか知らないんだ」

ぼくは声が震えないように気をつけて言った。

もちろん番号をぼくしか知らないなんて嘘だ。

すると、赤髪は他の生徒に牧野と未華から離れさせた。

「離れさせたぞ。電話しろよ。オレの名前を言えばわかる。安西だ」

とりあえず、くるみに害が出ることは無くなったかもしれない。

あとは剛塚に電話するしかない。

ぼくは剛塚の番号を押した。

『はい、剛塚だけど』

剛塚はすぐに出た。

ぼくはすぐに言った。

「安西って人が剛塚くんを捜してる。早く家に帰っちゃって、危なそうだから」

『安西・・・』

そしてぼくは電話を切って、くるみの手をとった。

「逃げるよ!」

「え・・・」

ぼくはくるみを引っ張るようにして走り出した。

「あ!テメエ!」

赤髪が追いかけようとした瞬間、牧野が大声を出した。

「カツアゲだーー!!」

牧野はそう叫んで未華と一緒にぼくらの反対方向へ走りだしていた。

ぼくらが走りだして数秒、赤髪たちは立ち尽くした。

たぶん「カツアゲだー」と大声出されて一瞬怯んだからだ。

しかしすぐに赤髪と二人はぼくらの方に走りだした。

「こっち来た・・・!」

ぼくはくるみの手を握ったまま駅前めがけて走った。

駅前まで行けば人がたくさんいるはず!

それなのに・・・・それなのに・・・・

駅前に着く前に、剛塚がこっちに向って歩いていた。

 

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2008年11月14日 (金)

空の下で.嵐(その3)

走った。

いつもの練習で走るとは違う。

フォームも何もないし、無我夢中だったけどくるみの手を引いていた。 

ぼくとくるみは剛塚がいるところまで走った。

「剛塚、なんで駅から戻ってくるんだよ」

剛塚が危なそうだったから電話で「家に帰れ」と言ったのに。

「相原、若井・・・大丈夫か」

息切れしながら走ってきたぼくとくるみの事を気にしている。

危険が迫っていそうなのは剛塚だってのに。

「剛塚くん・・・なんか安西って人が・・・怖くて、あ、そうじゃなくって・・・捜してた」

急に走ったせいか、少し怖い目にあったせいか、くるみは気が動転してるみたいだ。

「あ、相原くん、ご、ごめん」

くるみはそう言ってぼくが掴んでいた手を指さした。

「あ!い、いや、ぼくこそゴメン・・・」

ぼくは慌ててくるみの手を放した。

くるみの手って・・・やわらかい。ぼくよりあったかいし・・・。

は!?

い、今はそれどころじゃないや。

赤髪の学生、安西と二人が走ってくるのが見えた。

マズイことにここは路地みたいなとこで人気がない。

「ど、どうする剛塚!」

「相原と若井は後ろに下がってろ。オレが安西たちと話をする」

安西たちが接近してくる。

「剛塚だ!」

男子生徒のうちの一人がそう叫んで、走った勢いそのまま剛塚に殴りかかってきた。

だが、剛塚はそいつの拳をかわすと、その腕を取って背負い投げをくらわせた。

「うわあ!!」

あっけにとられるぼく。

しかし思う。体育部員が暴力沙汰はマズイと。

「ご、剛塚!ぼ、暴力はヤバイって」

ここで安西が到着。もう一人も着いた。

「安西・・・何の用だよ」

剛塚は安西を睨んでそう言った。やはり知り合いなのだ。

「剛塚。さっきたまたま競技場でお前を見つけたからよ。冬の時の恨みを晴らそうと思ってよ。あの時のメンバー集めたんだよ」

あの時・・・?

「そうだと思ったよ、安西。お前がオレにすることなんてそれくらいだしな。それに、さっき競技場にお前がいたのを見かけたしな、嫌な予感はしてたんだ」

状況が全くわからない。

「ご、剛塚。この安西って人・・・誰なの」

ぼくが聞くと剛塚は少し間を空けてから答えた。

「友達だよ。中学んときの」

「中学の時の友達・・・」

そして、また間を空けて変な事を言い出した。

「一緒に陸上部つぶしを計画した仲間だ」

「え?」

 

牧野と未華は、ぼくらと反対方向へと走って逃げていた。

しかし誰も追いかけて来ていないと判ると、走るのをやめて五月先生に電話をした。

『おかけになった番号は・・・電波の届かない場所に・・・』

「くっそ、出ないし」

「牧野、留守電になんか入れておきなよ」

「わかってる。ピーって言ったらな。あ、言った!

 ・・・・もしもし先生。牧野ですけど。ちょっと緊急な事が起きてるんです。

 留守電聞いたら連絡ください。牧野です。牧野です」

「牧野、なんか気が動転してるでしょ。お、おち。おち落ち着きなよ」

「未華もな」

二人がやりとりしていると、そこへ雪沢先輩と穴川先輩がやってきた。

「あ、先輩・・・・・」

「お、どうした牧野、大塚。アタフタしちゃって・・・密会中?」

「違います」

未華はピシャリと答えた。 

牧野は一瞬、今の状況を話すべきかどうか迷った。

先輩二人を巻き添えにするのはどうかなと考えたからだ。

でも、牧野は雪沢先輩に状況を話した。

「・・・ってワケなんですよ。たぶん安西ってのは英太たちを追っかけてって・・・」

「あ、安西・・・ってまさか・・・」

雪沢先輩は穴川先輩の顔を見た。

穴川先輩はうなづく。

「たぶん、あの安西だろ。剛塚を呼んでるんだから。相原と若井を捜そう」

珍しく穴川先輩がその場を仕切った。

「牧野、大塚。お前らは人通りの多い通りに出て駅に向かえ。路地とかには行くなよ」

そう言って雪沢先輩と穴川先輩は牧野たちが来た方へ向かった。

 

後から考えてみて・・・。

やっぱりここで先輩が関わるのは止めておいて方が良かったのかもしれない。

牧野が一瞬躊躇したのは、感がよかった。

それでも雪沢先輩と穴川先輩が関わる方に動いてしまった。

このことが、まさかあんな事態を引き起こそうとは・・・。

 

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2008年11月18日 (火)

空の下で.嵐(その4)

ザーっと大きな音をたて、落ち葉が群れをなして風に流れていく。

それと同時に雪沢先輩と穴川先輩、そしてどこで合流したのか名高が走ってきた。

この、人通りの少ない路地に、ぼくとくるみ、そして剛塚がいる。

剛塚の足元には一人、男子学生が「うう・・・」と呻いたまま仰向けに倒れていて、その向こうに安西ともう一人の男子学生。

さらに向こうに雪沢先輩・穴川先輩・名高というひしめきようだ。

 

「安西・・・」

雪沢先輩がつぶやいた。

「安西、なんでキミがまたオレ達にからむ・・?」

また・・・?

本当に安西と剛塚は「陸上部つぶし」を計画してたって事か?

ぼくは剛塚の顔を見た。すると剛塚は渋い顔をしてうなづいた。

「悪い、相原。今まで黙ってて。オレと安西とあと何人かで陸上部をつぶしにかかったって話は本当だ。中学3年の時の話だけどな」

ぼくは頭がクラッとした。

「い、意味がわからない。中学の時、なんで多摩境高校の陸上部をつぶしに・・?」

この問いには安西が答えた。

「邪魔だったんだよ」

「は?」

「オレらの中学は多摩境高校から近い。オレらは学校帰りによく小山内裏公園で隠れてタバコとか吸ってたんだけどよ」

小山内裏公園・・・。

ぼくらがよく練習で行く公園だ。

「毎日毎日練習で来てる陸上部に、何度も何度もタバコを見られててよ。

 ある時、チクられたんだよ。中学の先生によ。おかげでこってりしぼられてよ」

「中学に連絡したのはオレだ。目に余ったし、煙が邪魔だったし」

雪沢先輩が痛そうな顔して言った。

「そして、あの日だよ・・・」

安西はニヤついて話す。本当に嫌な笑みだ。

「オレと剛塚とあと3人くらいで、小山内裏公園で練習中の陸上部にからんだんだよ。

 全員を何発か殴って脅そうってことでな。雪沢ってのを徹底的にやる予定だった」

安西は雪沢先輩を睨む。

「なのによ・・・。あんなバケモノが出てくるなんてな」

「バケモノ?」

「お前らんとこの顧問だよ。五月とかいう。なんなんだよ、あいつは一体」

五月先生・・・?

「あいつ一人に、オレも剛塚もほかのヤツもやられちまったんだからよ・・・」

ぼくの頭の中で何かがつながった。

前に聞いた話じゃ、五月先生は不良中学生と乱闘騒ぎを起こして謹慎してたって事だったハズだ。

それに・・・五月先生が謹慎明けで登場した時・・・

剛塚と五月先生はお互いの事を知ってる風だった。

「じゃ、じゃあ五月先生が乱闘した相手ってのはまさか・・・」

「オレ達だよ」

剛塚がそう断言した。

でも、たった一つ、ふに落ちない点がある。ぼくはそれを聞いた。

「じゃあなんで・・・剛塚は多摩境高校に陸上部に入ったの?」

場に沈黙が流れる。

安西もこれを聞きたいらしく黙って剛塚を見ていた。

「・・・。五月に言われたんだよ」

「何をだ」

安西が早口でそう問い詰めた。ものすごい険しい顔で剛塚を見ている。

対して剛塚はつまらなそうな顔して答えた。 

「暴れるようなエネルギー、もっと違う事に使えばスゲェ男なのにってよ」

「そ、それだけかよ」

安西は絶句した。

「おまえ、それだけで、オレ達と一緒にいるのやめて・・・大山とかから金を巻き上げるのもやめて・・・陸上なんか始めちまったのかよ・・・」

大山・・・。そうか、剛塚と大山は同じ中学だとか言ってた。

「剛塚、テメェ一人だけ普通の高校生やってこうだなんて許さねーぞ。オレ達はいまだにレッテル張られたまま学校行ってるんだからな!」

そう言って、安西が剛塚に殴りかかってきた。

剛塚はなんとかかわしたが安西はすぐに次々と拳を放ってくる。

剛塚は避けたり、受けたりするだけだ。

「どうした剛塚!なんで反撃しねーんだよ!」

「暴力は今は出来ない!部に迷惑かかるからよ!」

さっき一人を投げ飛ばしたけど・・・と思った時、雪沢先輩が安西を後から押さえた。

「やめろ安西!」 

「またテメェか、雪沢!ジャマすんな」

安西は雪沢先輩の腕を振り払って、雪沢先輩の腹に蹴りを入れた。

その勢いで雪沢先輩は後に飛ばされて倒れた。

「うぐ!」

倒れる時、雪沢先輩は足首をひねる様な格好になった。

そして倒れたあと、雪沢先輩は足首をおさえて痛そうな顔をしていた。

「ゆ・・・雪沢! 安西、おまえ!」

それを見て穴川先輩は安西に向かって殴りかかった。

「あ、穴川先輩!殴るのは・・・」

ぼくはそう叫んだ。

もう、収拾はつかないのか??絶望的な叫びだった。

 

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2008年11月21日 (金)

空の下で.嵐(その5)

「わあああ!!」

くるみの悲鳴が上がった。

穴川先輩が安西に殴りかかる。

「穴川先輩!ストップ!!」

強風の音、悲鳴、ぼくの叫び声、枯れ葉が吹き飛ぶ音、全て一瞬止まった。

穴川先輩の動きも止まった。

いや、止められた。

名高が後からしがみついて止めたのだ。

「ヤバイっすよ!殴るのは!絶対ヤバイ!問題になりますって!」

「放せ名高!雪沢がケガさせられたかもしれねーんだ!放せ!」

すると安西は高笑いをした。

「ギャハハ!バカじゃねーの?殴りかかってきたって、オレはやられねーよ」

安西は再び剛塚の方を見た。

そしてもう一人の男子学生が穴川先輩ににじみよっていく。

それを見て剛塚はぼくに言った。

「相原、お前は若井を連れて駅前まで逃げろ。そんで一応警察呼んで来い」

警察・・・。

頭から血の気が引いてきた。

ぼくらは練習をしてただけなのに、なんでこんな事に・・・。

くるみの顔を見ると、相手を睨んでいる。

逃げる気とか無い。なんにも力になれないハズなのに目だけは相手を見ている。

ぼくもタダで逃げるわけには行かない。

せめて、さっきみたいに全員がうまくこの場から離れられる作戦を考えなくちゃ。

「じゃあ今度こそ行くぜ、剛塚」

安西が再び剛塚に殴りかかろうとしたその時だった。

 

「やめんか!!!」

 

辺りの音全てを吹き飛ばしそうな程の怒号が飛んできた。

声はぼくの後ろの方から聞こえた。

そっちを振り返ると・・・五月先生が立っていた。

「やっと・・・見つけた」

「さ、五月先生。なんでここに?」

「牧野から留守電があってな」

五月先生はぼくの肩をポンと叩いて言った。

「もう平気だぞ、相原、若井」

そして剛塚にも肩も叩いて言った。

「殴ってないみたいだな。よくまあ我慢したなあ剛塚」

そして五月先生は安西を見た。

「お前か、安西」

声色が変わった。

いつもの五月先生の声じゃない。声を聞いただけで寒気がするような迫力だ。

安西は五月先生に向かってニヤけて言った。

「殴るのか?教師が学生を。今度は謹慎じゃ済まないんじゃねーのか?あ?」

「なら教師辞めればいい」

「は?」

「目の前で自分の生徒が危ない目に遭ってるんだ。守ろうとしなかったら教師じゃない」

「な、なにドラマみてーな事言ってんだ。学園青春物の見過ぎだぜ。主演俳優かよ」

「オレは普段よー」

「あ??」

「自分から動くような事はしない。だけどよ・・・相手から殴りかかってくるのなら・・・話は別だぜ?安西。例え教師生命にかかわろうともな」

「く・・・、お、おまえ・・・アタマいかれてんじゃねーのか?」

「褒め言葉だな」

やりとりを見て、もう一人の男子学生が言った。

「やっちまえよ安西!教師殴るくらいなんでもないだろ」

すると安西は言った。

「お前・・・忘れたのか?五月の・・・強さを」

剛塚と安西と数人の生徒を一人で倒したという五月先生・・・。

「コイツ・・・高校時代はこの辺じゃ有名な不良だったらしいしな」

そうなんだ・・・。

なんだか納得な感じだ。迫力あるし。

安西は髪をくしゃくしゃにいじりながら言った。

「帰るよ」

そう言ってこの場を去ろうとした。

「待て安西」

去ろうとした安西に剛塚は言葉をかけた。

「なんだよ剛塚。裏切り者の話なんて聞きたくねーよ」

「お前も・・・。そのエネルギー、他の事に使えよ」

安西はキョトンとした顔をした。

「安西、お前だって何かやればスゲエのかもしんねーぜ」

「なんだよソレ・・・じゃあお前は陸上やってスゴクなったのかよ。今日だってビリの方を走ってたじゃねーかよ」

剛塚は黙ってしまった。

だからかわりにぼくが言った。

「スゴクなりつつあるよ。ね、剛塚」

すると剛塚ニヤっと笑いながら言った。

「当り前だ」

それを見て安西は「くそ」と言って歩いて行った。

それに他の男子学生二人もついて行った。

それと同時に雨が降り出した。 

 

これでとりあえず一件落着なのかとぼくは思った。

でも次の日の朝、電話で五月先生から衝撃の知らせがあった。

安西に蹴り倒された雪沢先輩の足首は捻挫していて・・・・

走るのは2週間ダメだというのだ。

駅伝大会までは3週間を切っているのに。

 

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2008年11月25日 (火)

空の下で.嵐(その6)

翌日は暴風だった。

台風は静岡県の南の海上を東北東へ進んでいて、午後には多摩境高校のあるエリアも強風域に入るということだった。

おかげで今日の授業は午前で打ち切りになった。

 

教室からは昼ごはんを食べずにみんなが帰っていく。

「おーい、英太ー。帰らないのかー?」

吹奏楽部の日比谷がハイテンションな声を上げていた。

「英太、雨スゲエよ。マジで。スッゲスッゲ!はよ帰ろうぜ」

「ごめん日比谷。ちょっと部室でミーティングがあるんだ」

「こんな日にか?!スッゲーな。帰り気をつけろよ」

そう言って日比谷は教室から傘をさして歩いていった。

どっかの先生の怒鳴り声が聞こえる。

「コラー!屋内で傘さすなー!」

そりゃそうだ。

 

部室に行くと、もう長距離メンバーは全員集合していた。

みんなで円を描くように座っている。

一様に黙っているので輪に入りにくかったけど、ぼくも円に混じった。

そこへ五月先生がやってきた。

先生も円に混じって座る。

「待たせたな、みんな」

五月先生は座るなりイキナリ本題に入りだした。

余計な話題をしている時ではない。

「朝、みんなにも電話で話したが、昨日、乱闘騒ぎがあった」

大山と早川舞以外のメンバーは全員が騒ぎに関わっている。

「いざこざの末、相手の生徒は手を引いて帰っていったんだが、また何かしてくる可能性もある。これからしばらくは練習後はみんなで帰るように」

「いや、多分もう何もしてこないっすよ」

剛塚は下を向いて言った。

「安西は一度イチャモンつけたら途中でやめるようなヤツじゃなかった。なのに昨日は途中であきらめて帰っただろ。五月先生がまだ陸上部の顧問やってるのがわかって手を引いたんだよ。あいつ・・・相手の強さは見極められるヤツだから・・・」

「そうか」

ぼくらは少しホッとした。

またあんな不良漫画みたいな目にあうのはコリゴリだからだ。

「スマネエな、みんな」

剛塚はそうつぶやいた。

「オレがいるからあんな事になったんだ。ほんとスマネエ・・・」

「お、おまえが謝るなよ」

牧野がそう言って続けた。

「おまえが陸上部つぶそうとしたのは中学んときだろ。もう昔の話じゃんかよ。悪いのは安西だよ。今だに根に持ってるなんてよ」

「いや、謝るよ。原因はオレだ。オレもこの陸上部から手を・・・」

「手なんか引かなくていいよ」

剛塚が言い終わる前に大山が割り込んだ。

「剛塚くんはもう悪くないよ。確かに中学の時はぼくも嫌だったけど・・・。今はもうそんなの関係ないよ。ね、英太くん」

なんでぼくに振るのかわからいけど、ぼくは言った。

「そうだよ。スゴクなりつつあるって言ったじゃん。それに人数がこれ以上減るのはマズイでしょ。ねえ先生」

ぼくは五月先生に話題を戻した。

「そうだぞ剛塚。お前が何か罪悪感みたいなの感じてるのなら走ってそれを吹き飛ばせ。駅伝大会は近いんだからな。それに・・・」

五月先生は雪沢を見た。

「雪沢が昨日の騒ぎで捻挫した。走れるようになるまでは2週間かかるということだ。しかし駅伝大会までは2週間と4日。事実上、雪沢は出場できないだろう」

雪沢先輩は拳を握りしめていた。

しかし、少しすると力を緩めて名高を見た。

「名高、悪いけど・・・一区は頼むぞ」

ドキッした。

何故なら雪沢先輩の声が震えていたからだ。

ぼくはなんとなく雪沢先輩から目をそむけてしまった。

思わぬ形で名高がエース区間を走ることになった。

でも名高は意欲全開って感じだ。

「でも先生。オレが一区だとしても、あと穴川先輩・英太・牧野・剛塚・大山だけじゃメンバーが一人足りないッスよ。どうすんですか」

そう、六人しかいない。駅伝は七人で走る。どうしてもムリだ。

「アタシが走ろうか!男のカッコして!」

未華の無茶な提案にみんなが失笑した。

「な、なによ。アンタたちより早いっての」

「そういう問題じゃなくって・・・まあ確かに男に見えなくもないけど・・髪短いし気強いし」

そう言ったのは牧野だ。

未華に思いっきりひっぱたかれた。音がすごかった。

「い、いでえーー!やっぱ男かも・・・あ、いや、うそうそ!」

騒ぐ牧野と未華をほったらかして雪沢先輩は五月先生に言った。

「でもどうすんですか先生。足りないならオレが短い区間をゆっくり走ってもいいですよ」

「いや、お前は治療に専念しろ。助っ人は呼んだ。あいつしかいないだろ」

「あいつ・・・?」

そこへ「失礼しまーす」と言って、そいつは部室に入ってきた。

そいつを見て、「ああ、そうか」とみんなが思った。

確かに短い区間ならこれ以上の助っ人は考えられない。

「おお来たか、天野たくみ」

そこには照れ笑いするたくみが立っていた。

 

 

嵐編 END → NEXT 駅伝編

 

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2008年11月28日 (金)

空の下で.駅伝(その1)冷たい風

ぼくらにとって、嵐のような二日間が過ぎ去った。

上柚木陸上競技場でエース区間の走者を決めるタイムトライアルをしたのは、つい二日前の事だ。

 

雪沢先輩と名高の勝負は雪沢先輩に軍配が上がり、その帰りに安西たちにからまれ雪沢先輩が捻挫をした。

そして昨日、かわりに名高が一区を走ることになり、助っ人としてたくみが登場した。

全てたったの二日間の出来事だ。

 

台風は過ぎ去り、あの嵐がまるで違う世界の出来事だったかのような秋晴れがやってきた。

空は澄み渡り、いつもなら見えないくらい遠くの景色までがクッキリと見えていた。

学校の教室から見える南の山々を見ては「世界って広いなあ」なんて思ってみたりする。

逆に、近くを見れば緑一色だったはずの校庭や近くの森の木々が一部だけれど黄色やオレンジ色にかわって来ている。

「秋だなあ・・・」

授業中にもかかわらず、ふとつぶやく。

すると周りの女子がプっと吹き出す声が聞こえた。あー、いけない。独り言言ってた。

 

今日は部活は休みだ。

授業が全部終わって、カバンを持って教室を出た。

せっかくの秋晴れだし、外に出て思いきり走りたいところだけれど仕方ない。

それにしても、ぼくっていつの間にこんなに走るのが好きになったんだっけ。

なんとなく入部して、なんとなく長距離に所属しただけだったのに。

「お、相原。どうした、早く帰らないのか」

廊下をのんびり歩いてると五月先生に声をかけられた。

「あ、もう帰ります」

「そうだよ。たまには休んでおけ。駅伝まで2週間、ミッチリ練習があるんだからな」

「ミッチリですかぁ・・」

キツそうな言い方だけど、ぼくはワクワクしていた。

雪沢先輩があんな事になったのは悔しい出来事だけれど、駅伝のアンカーを走るという大役を任されたのはテンションアップだ。

「ミッチリでも頑張りますよ」

ぼくはガッツポーズをとって見せた。

「ほおー、たくましいことだ」

五月先生は感心する言葉を言いつつも笑ってた。

「五月先生。ここにいましたか」

誰かが先生を呼んだ。呼んだのは歳をとった先生・・・校長先生だ。

「あ、夢山校長。お疲れ様です」

五月先生は校長先生に頭を下げた。校長はぼくの顔を見た。

「えーと、彼は?陸上部の生徒かね?」

先生のかわりにぼくはハキハキと答えた。

「あ、はい。陸上部一年の相原英太です」

「ああ、君が相原くんか」

ん?なんで校長がぼくの名前を知ってるんだ?

「すると、キミが最後の運命を握ってるということだね」

「最後の運命?」

ぼくがそう言うと五月先生が少し冷たい声で校長につぶやいた。

「校長。そういう言い方はよしてください。50位の話はまだしてないんですから」

「え、先生。50位ってなんですか」

ぼくが聞くと五月先生は「あ」とつぶやいた。

おまけに「やべ」とか「あちゃー」とか言う始末だ。

「五月先生、相原くんにはプレッシャーになるかもしれんが、いずれわかる事だ。早く部員たちに言ってあげた方がいいよ」

校長は優しい声でそう言ったが、ぼくには何の話だか全くわからない。

「う、うーむ」

五月先生は廊下の天井を見上げてうなった。

うなった末にぼくの方を見て言った。

「よく聞け相原。みんなにも話すが、せっかくここにいたんだから今教えてやる」

「は、はい」

なんだかまた嫌な感じがしてきた。

「二日前の騒ぎ・・・。あの場所の近くの住民から学校に通報があったんだ」

秋晴れの空気に変化が起きる。やはり晴れは長く続かないのか。

「多摩境高校の陸上部が『また』騒ぎを起こしているってな」

騒ぎは起こしたのではなく、起こされたのだけれど。

「騒ぎばかり起こす部なんて無い方がいいんじゃないのか、とまで言われた。オレと校長先生は頭を下げ、謝ったんだがどうにも引き下がってくれなくてな。どうしたら引き下がってくれるのかと聞いたところ・・・。ちゃんと部活動で精進してるところを見せろというんだ」

「え、もしかして、その・・・」

「そう、ならば証拠として駅伝大会で50位内に入るって話になったんだ」

ここで校長先生がぼくに話しだした。

「すまん相原くん。クレームをつけてきた人は役所の方でね・・・。キチンと部活動として取り組んでる証拠を見せないのなら教育委員会に騒ぎの事を報告させてもらうと言って来たんだよ。しばらく陸上部を活動停止にして様子を見てほしい、とね」

「活動停止?」

「そう。しかし駅伝大会前にそれはあんまりだ。ということで苦渋の判断で駅伝で50位内に入るという条件を出して、飲んでもらったんだよ」

ぼくは五月先生を見て聞いた。

「せ、先生。駅伝大会には何校が出るんですか」

「都内全域から118校が出る」

「ひゃ・・・118校も!?」

ぼくら多摩境高校は発足して2年半、一度も駅伝大会には出ていない。

初出場でイキナリ半分以上の順位を求められてるのだ。

「だ、大丈夫だ相原。そんな気にすんな。なんとかなる順位だ」

でも、なんとかならないと陸上部は活動停止になってしまうわけで・・・。

 

あの騒ぎで起きた風は、冷たい試練の風となってぼくらの前に立ちふさがった。

 

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2008年12月 2日 (火)

空の下で.駅伝(その2)ぼくらの大会

11月3日。

東京都高校駅伝大会は今年は板橋区にある荒川戸田競技場付近で行われる。

東京中の高校から駅伝チームが集まるこの大会は、今までぼくらが出た大会のどれよりも多くの学校が参加しているし、地区予選と違って東京の強豪高校もたくさん来ているので、ピリピリした雰囲気が漂っていた。

いつもと違うのはそれだけではない。

別にレースとは全く関係ないんだけれど、空の色が違っていた。

いや、乾燥した秋晴れってのはいつもと変わらない。

でもぼくらがいつもいる八王子や多摩境の空とは何か色が違っていた。

東京以外に住んでる人にはピンと来ないかもしれないけど、いわゆる東京23区という都心エリアと、ぼくらの住む多摩地区とは全く別世界だ。

八王子市など、東京都のクセにほとんどが緑につつまれている。

タヌキは出るしキノコは採れるしUFOまで出る(という話だ。)

そんな所で生活してるぼくには、この板橋という場所の空がいつもと違う色に感じた。

 

ぼくら長距離メンバーは、五月先生の元、2週間思いっきり走りこんできた。

「50位に入らなければ活動停止」の話を聞いてからは尚更だ。

がむしゃらに走る続ける練習中、牧野がこう言ったのをよく覚えている。

「オレ達、こんなに陸上部好きだったんだな」

 

一体いつからだろう、こんなにこの部が好きになったのは。

最初はなんとなくだった。

校門のところで雪沢先輩に勧誘されて、牧野と一緒になんとなく仮入部をしに行って、

名高と出会い、たくみと出会い、剛塚と出会い、大山と出会った。

気がついたら必死こいて走りまくってて、気になる女の子まで出来て・・・

まあそれはいいんだけど、合宿でみんなでケンカしたり富士山登ったりバーベQしたり、たくみが中距離に転向しちゃったり、そんなことを経験してるうちになんだか居心地のいい場所になっちゃってた。

 

中学の時、吹奏楽部を3年間やってた時は、最後まで「なんとなく」で終わってしまった。

でも、今は違う。

いつだったか母親に言われた。

「陸上部、楽しい?」

あの時はなんて答えたか・・・。よく覚えてないけど、「なんとなく」楽しいと答えた。

でも今なら言える。何も恥かしがらずに堂々と言える。

陸上部、楽しいよって。

 

そんな陸上部に突然訪れた嵐。

乱闘騒ぎを経て出された駅伝大会での50位以内に入らなければ活動停止という条件。

この、楽しくて居心地がいい陸上部を守るためにも、

そして、怪我して出れなかった雪沢先輩のためにも、

何より、試合を楽しむため、自分自身のためにも、

全身全霊で走る!それだけは絶対だ!

 

「みんなー!一回全員集合だってー!」

みんな各々ストレッチだのして体をほぐしていると、未華が大声で集合をかけた。

大きなブルーシートを広げた多摩境高校の場所にメンバーが全員集まる。

全員の前に五月先生と雪沢先輩が立った。

「それじゃ、駅伝スタートまであと1時間を切ったので先生から一言お願いします」

雪沢先輩は今日も爽やかにそう言った。

「みんな、今日まで練習ご苦労さん。すごいきつかったと思うけど、よくここまで生き残ってくれた。まずはよくやったと言いたい」

ぼくは話を聞きながらも、みんなの顔を見回した。

みんなこれまでになく真剣な表情をしている。

それは走らない雪沢先輩や未華・くるみも同じだ。珍しく早川舞まで真剣な顔してる。

「話のこじれから50位内でゴールなんて条件も出ているが、本当に目指すのは50位ではなく、それぞれの全力での順位だ。これまでの成果をここで出し切れるよう全力をつくしてくれ」

「はい!」

気合の返事が飛ぶ。

「最後にメンバーの確認だ。みんな間違えて変な時間に準備すんなよ。

1区、10キロ、名高! エース区間だ!思い切って走って来い!

2区、3キロ、天野たくみ! 中距離の練習の成果を生かしてくれ!

3区、8キロ、穴川! 唯一の二年生だ!意地を見せてこい!

4区、8キロ、剛塚! 長い距離になると出る終盤の粘りを見せてくれ!

5区、3キロ、大山! あきらめないで前を見て走ってくれ!

6区、5キロ、牧野! 得意の5キロで順位を上げてくれ!

7区 5キロ、相原! 後半の追い上げを期待してるぞ!」

「みんな、頑張ってね!私たちも全力でサポートするからね」

くるみが珍しく大きめの声でそう言うと、未華は

「変な走りしたらタダじゃおかないよ!穴川先輩だろうとね!」

と嫌な応援の仕方をした。穴川先輩は苦笑いだ。

そして雪沢先輩が力強く言った。

「お前らなら出来る。任せたぞ」

 

さあ、始まる。ぼくらの駅伝大会が。

あの騒ぎで起きた、世間からの冷たい風なんて吹き飛ばせ!

 

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2008年12月 5日 (金)

空の下で.駅伝(その3)号砲

第一区のスタート時間まで残り15分を切った。

一区を走る選手たちはすでにウォーミングアップのためにスタート地点付近の道路でジョックしたりちょっとダッシュしたり体操したりしている。

名高もアップしてるけど、あいつは試合前は必ずウォークマンをして音楽を聴きながら走っているので、ちょっと話しかける雰囲気ではない。

ぼくはといえば、その名高を見ながら五月先生と会話をしていた。

なにしろぼくはアンカーなので、出番が回ってくるのはずっと先だ。

ウォーミングアップすらしてない。これが駅伝の妙なトコだ。

 

「名高のヤツ、集中してますね」

アップしてる名高を見ながらぼくは五月先生にそう話しかけた。

「そうだな。まあ音楽聴いて集中するってのは一つの手ではあるからな。でも名高は何の曲を聞いてるんだろな」

「なんですかね・・・?あいつ、かなり激しいロックが好きみたいだからテンション上がる激しい曲でも聴いてるんじゃないかなあ」

「相原は音楽聴かないのか?」

「ぼくですか?」

「そうだよ。中学ん時は吹奏楽部だったんだろ?音楽が好きなんじゃないのか?」

「好きですよ。でも吹奏楽部に入ったのは音楽がやりたいからって言うより楽器やってる人ってカッコいいかもなあっていう理由で・・・まあ、なんとなくでした」

正直にそう言うと五月先生は爆笑した。

「な、なんで笑うんですか!」

「い、いやワルイ相原。それってアレだろ。楽器出来たらモテるかもとか考えたろ」

ぼくは顔が赤くなるのを感じた。

「ま、まあ、そういう理由もちょっとありましたけど・・・」

そんな会話してるとも知らず、名高は黙々とジョックしてる。

「今はどうだ?陸上やってて」

「え?走ってモテるかってことですか?」

「違うよ。走るの好きかってことだよ」

「好きですよ」

迷わず答えた。即答だ。

「そうか。走るの好きか。よかったよ、そう言い切れるヤツが入部してくれて。オレは最近思うんだ。相原が楽しそうに走ってるのを見て、他のみんなにも走る楽しみが伝わってきているんじゃないかってな」

ぼくは五月先生が何を言ってるのかよくわからなかった。なので黙って聞いていた。

「雪沢から聞いてたんだけど、入部した頃はみんな様々な理由があって走っていただけだったんだ。

でも、いつしかその理由にプラスされた感情が生まれた。走るのが楽しい、走るのが好きっていう感情がな。長距離なんて走ってても辛い時間ばっかりなハズなのにだ。

そういう感情が生まれたキッカケの一つが、相原の楽しそうに走る姿なんじゃないかとちょっと思ったんだよ」

「そんな・・・」

「なーーんてな。ちょっと大げさかもな。気にすんな」

さっきと違う静かな笑みを五月先生は浮かべた。

ぼくは黙ったまま、先生の言葉だけを体に吸収した。

「変な話してスマンな。相原が走るの好きだっていう気持ちが伝わってくるんでな。でも相原、走ってる時に他に音楽とか好きな事考えたりしないのか?」

「走ってる時は・・・あんまり無いですね。景色とか見たりしてキレイだなとかそういう事は考えますけど」

「そうか。まあ楽しんで走ってる最中に違うこと考えたらそれは相当好きな事柄だもんな。オレなんか走りながら晩ゴハンの事考える時あるぞ。オレ、晩メシって好きなんだよ」

今度はしょうもない話題と笑顔になった。

 

スタート5分前になり名高がジャージからユニフォームに着替える。

ぼくらのユニフォームは今大会からライトブルーになった。

背中の上部にはちょっと筆記体っぽい英字で「TAMASAKAI」と白字で書いてある。

「お、いいねえ。似合ってるぞ名高」

先生は満足げにうなづく。

「青空の色をイメージしたライトブルーだ。白字なのは雲のイメージだぞ」

解説を聞いてぼくは空を見上げた。

綺麗な秋晴れの空だ。こんな空の下で駅伝を走れるなんて気持ちいいな。

「先生、このゼッケンの115ってどういう意味ですかね」

名高が自分のユニフォームの腹に貼ってあるゼッケンを見ながら言った。

「ああそれか。本来なら去年の順位がゼッケン番号になるんだよ。だから優勝校はゼッケン1番。50位ならゼッケン50番。去年の参加校は全部で113校だったらしい。オレたちは初参加だから114番以降の番号になったんだ。114以降は初参加の証だ」

「ふうん。去年の順位か」

思わずぼくは50番の選手を捜した。

50位を目指すぼくらにとって、いい目安になるからだ。

「あ、50番いた」

ぼくが指さした、そのユニフォームは黄緑色で、HAZAKURAと書いてあった。

「葉桜高校? ってまさか・・・」

50番のゼッケンをつけたその選手は・・・秋津伸吾だ。

9月の新人戦で一年生ながら5000メートルで優勝した男だ。

ぼくは周回遅れにされた苦い思い出でもある。

「秋津伸吾が50位?!」

「いや、葉桜高校はもともと強くもなんともない。そこに何故か秋津伸吾が入学しただけだ。変なヤツだよな。スカウトあくさんあるのに」

先生がしかめっつらでそう言う。

その時、放送が流れた。

『まもなく東京高校駅伝、スタートの時間です。選手はスタート地点に集合してください』

 

全118校のエース達がスタート地点に集まる。

名高は首の骨をコキコキと鳴らしながら歩いて行った。

余裕がある。なんだか頼りがいがある。

それがエースってものか。

『位置について・・・』

名高は肩からタスキをかけて握りしめた。

『よーい・・・』

頼むぞ名高!ぼくは心でそう叫んだ。

パン!!という号砲と共に118校がスタートを切った。

 

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2008年12月 9日 (火)

空の下で.駅伝(その4)名高~たくみ

東京高校駅伝大会のスタートを知らせる号砲が鳴り響き、空へと消えていった。

参加校は118校。

エース区間と言われる一区を任された118人の選手が一斉に走りだす。

ぼくはそのスタートを選手たちの右後ろから五月先生と見ていた。

118人もの選手が同時にスタートする絵はすごい迫力だった。

選手たちはあっという間に小さくなり、見えなくなっていった。

ぼくらは50位を目指さなければならない。

 

東京都大会といっても7人という人数さえ集まればどの高校でも出れる。

実力で参加制限などは無いので各校の実力差はすぐに現れた。

5、6人の先頭集団が一気に前に踊り出る。

ここはもう東京では有名な選手たちばかりのグループ。

多分、この5、6人のどこかの高校が優勝するのだろう。 

 

その次に60人くらいの超大集団。ここに名高はいた。

大集団は一定のペースを保ったまま進んでいた。

しかしこれがまた早い。実力が無い選手たちは次々と後ろへと落ちていく。

この一区は全区間の中でも一番距離が長い10キロのコースを走る。

ゆえに各校のエースが集う区間なのだ。

おかげでエースというプライドからか、意地でも遅れまいとする選手が多い。

その意地で、毎年ここで10キロの自己ベストを出す選手も多い。

・・・と、これは牧野に聞いた話だけど。

 

5キロを過ぎると、大集団も40人にまで減っていた。

名高も疲れては来ていたけど、ここで落ちる気はさらさら無い。

辺りを見回しゼッケンを確認する。

ゼッケンの番号は去年の順位。いい目安になる。

38番、63番、29番、77番・・・お、ラッキー7じゃん、などと考えながら走る。

ひと桁の番号も見えるが、77番より遅い番号は見えなかった。

ぼくらのような115番みたいな3桁なんて全くいない。

そこで名高はふと気付いた。

「50番が・・・いねえ・・・」

思わずつぶやいていた。

目安としていた50番、葉桜高校の秋津伸吾が見当たらなかった。

振り返っても秋津の姿は見えない。

変な顔したヤツと目が合ってしまい気まずい思いをしただけだ。

「・・・まさか・・・」

名高の予想は当たっていた。

秋津伸吾はこの時点で、先頭集団6人の中にいたのだ。

目安も何もない。

「くっそ」

名高は腹が立った。

同じ一年のクセにこれほど実力差がある事を。

そして楽しくなってきた。

いつかその秋津を追い詰める自分の姿を想像して。

その想像をした瞬間の名高を、路肩で応援していた未華と大山が見ていた。

「あ、あいつ・・・今、走りながら笑ってたよね、大山!」

「う、うん・・・なんだろね大塚さん・・・」

「頭おかしくなっちゃんたんじゃないの?! きゅ、救急車・・・」

「違うと思うけど・・・」

 

ニヤけた名高はペースを上げて、集団のトップで走ったものの、実力のある選手が

さらにペースを上げて、集団はバラバラになった。

9キロ通過地点で、数人で走っていた名高は路肩にいる雪沢先輩を見つけた。

雪沢先輩は叫ぶ。

「名高ー!!全力出し切れー!」

出し切ってるよ!と叫びたい気持ちを抑え、名高は心で雪沢先輩に叫んだ。

「雪沢先輩の分も走ってます」と。

 

一区から二区への中継地点では、天野たくみが待っていた。

そのたくみからラストスパートする名高が遠くに見えた。

「たくみくん、名高くん来たよ。上着ちょうだい」

サポート係をしてるくるみが、たくみのジャージを受け取る。

「頑張ってね!たくみくん!」

「おう!見てて!」

名高がはずしたタスキをたくみが受け取り、次の瞬間、名高が叫んだ。

「頼んだぞ助っ人!!」

そして路肩に倒れこんだ。

名高が叫ぶなんて今まであまり無かった。

横で聞いてたくるみはその叫びを聞いて涙ぐんだ。

 

名高は23位という、とんでもなく上位でたくみにタスキを渡した。

二区は3キロという短い区間でのスピード勝負だ。

だから中距離で1500メートルを走っているたくみが助っ人として呼ばれた。

いや、それだけじゃない。

一緒に半年間戦った仲間だから呼んだんだ。

二区の1キロ地点で応援していた牧野はたくみを見てつぶやいた。

「あのバカ・・・」

そうつぶやくのもムリはない。

たくみは相変わらず、前半で全力を使い果たす「先行逃げ切り」の走り方で

信じられないスピードで走っていた。

「あのバカ!3キロあるってわかってんのか?!あれじゃまるで短距離走だ!」

それは大げさだとしても早すぎるペースでたくみは走っていた。

 

途中で中距離に転向したたくみ。

持久力つけたいから始めた長距離だったけど、1500メートルとかの中距離に楽しさを感じて、長距離を脱退したたくみ。

中距離は本当に楽しいし記録も上がっていって「中距離向いてる」と確信してた。

でも、心のどこかに長距離チームに対する後ろめたさがあった。

途中で辞めた後ろめたさ。

いつか何かで長距離チームをサポートしたいと思っていたたくみにとって駅伝助っ人の話は願ってもない話だった。

必ず力になってみせる。

力になれるだろ?そう自分自身に質問して「なれる」という答えを自分で出して走る。

 

まるで暴走気味のたくみは後半ペースがガクンと落ちたものの28位で三区の穴川先輩にタスキを渡した。

渡す時、たくみはこう叫んだ。

「助太刀参上ー!!」

穴川先輩は苦笑いしながらタスキを受け取り、走りだした。

他校の関係者たちはみな「?」というテロップをつけたくなるような顔をしてた。

たくみはここのサポート係をしている早川舞にこう言った。

「なかなか・・・いい恩返し出来ただろ?」

「・・・かもね」

多摩境高校 現在28位

 

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2008年12月12日 (金)

空の下で.駅伝(その5)穴川~剛塚

多摩境高校は28位で三区の穴川先輩がスタートした。

50位の目安としていた葉桜高校は一区の秋津伸吾の好走があって11位で三区をスタートさせていた。もう目安にも何もならない。

 

「どっちにしろ、思いきり走ればいいんだろ」

穴川先輩はそうつぶやいて黙々と走っていた。

ぼくから見ても穴川先輩はパワーがあるわけでもスピードがあるわけでもない。

最初から最後までただ黙々と走る人だ。

夏の合宿までは、本当に淡々と走るだけでラストスパートも何もないからぼくや牧野でも勝てるようになっていた。

でも、穴川先輩は変わった。

合宿の何がそうさせたのか、穴川先輩に聞くわけにもいかないから理由はぼくにはわからないけど、確実に変わった。

 

淡々と走る・・・という表現には変わりはないけど、最後の最後までペースが落ちない。

早くなったり遅くなったりしがちなぼくと違って、常に安定したタイムが出せるんだ。

その安定さを買われて、8キロという長丁場の三区を任された。

 

三区も7キロが過ぎ、周りの選手がスパートをかけたり遅れていったりしだした。

しかもさすが28位で受け取っただけあり、周りの選手は早い早い。

それでも穴川先輩はペースを崩さずに走っていた。

「ペース変えて乱れてどうすんだ」

心の中でそう思ったという。

でも、最後の直線で次の剛塚の姿が遠くに見えた時、頭の中に怒りが沸いた。

「あいつ・・・!!」

剛塚さえ現れなければ、安西が陸上部にからんでくることもなかった。

剛塚さえ現れなければ、雪沢がケガすることもなかった。

剛塚さえ現れなければ、50位内でなければ活動停止なんて条件つかなかった。

剛塚さえ現れなければ、今、こんなスパートかける気にもならなかったのに!

「くそおおおお!!」

穴川先輩はラストスパートをかけていた。

「そんなにオレらと走りてーなら順位上げてきやがれ!!」

そう叫んで剛塚にタスキを渡した。

どこにも向けようがない怒りを走りに現したのかもしれない。

この時点で多摩境高校は37位。

 

剛塚は穴川先輩からタスキを無言で受けた。

順位上げるなんてムリだ。と思った。

このチームの中で大山の次に遅いのはオレだ、と自分でわかっていたからだ。

それなのに五月先生は剛塚に四区、8キロを任せた。

後半の六区、七区は初めから牧野とぼくに決めていたらしい。

六区、七区は5キロ。牧野もぼくも一番得意とする距離だ。

ならば8キロは誰にするか。

たくみ・大山はそんな長い距離はムリだ。となると・・・という消去法だったらしい。

でもぼくはこれで正解だったと思う。

剛塚は燃えると爆発するヤツだ。

まるで爆弾だ。危険という意味も含めて。

 

爆弾・剛塚は穴川先輩に「順位上げてきやがれ」と言われたことを考えながら走ってた。

「そんなんで許してもらえるのか??」

そう思わずにはいられない。

中学では陸上部にからんだくせに、五月先生に「そのエネルギー違うことに使えよ」と

言われたからというだけで、五月先生のいる陸上部に入り、合宿では牧野と殴り合い、秋には安西にからまれる原因となり、終いには雪沢先輩のケガの原因にまでなった。

「この部のヤツらはおかしい!」

剛塚はずっとそう思ってた。

次々と問題を起こしてきたのに、みんな剛塚に「おまえ、迷惑だから辞めろよ」的な事は言わなかった。

むしろ、一緒に続けていきたいという反応ばかりだ。

「この部のヤツらはおかしい!」

今、どんどんと他校の選手に抜かれて行っている。

順位は下がる一方だ。迷惑なだけだ。

なのに時折、路肩でもう出番の終わった名高やサポートの女子陣たちが叫ぶ。

「ファイトー!!剛塚くん!!」

「あと少しだ!頑張れー!!」

おまけに雪沢先輩までもが応援していた。

「剛塚ーー!!頼むぞー!!」

剛塚は不覚なことに走りながら泣きそうになった。

「男が泣いてどうすんだ・・・」

そう思い、歯を食いしばって走り続けた。

途中、路肩に赤い髪の男子学生が見えた。

そいつは腕を組んだまま眉間にしわを寄せて、複雑な表情で剛塚を見ていた。

「安西・・・?」

そんなバカな。あいつが駅伝なんか観に来るわけがない。

そう思ってから前を見ると、中継ポイントが見えた。

大山が大きく手を振って待っている。

それを見て、剛塚は思った。

大山には悪いことをした・・・・と。

中学から今年の夏までずっとパシリとして使ってた。

すげえ長い間辛かったハズなのに、今、なんだか手を振って応援してる。

「あいつが一番おかしいよ」

剛塚はスパートかけながらそう思った。

そしてタスキを取って右腕に持ち叫んだ。

「大山ー!!頼むぞーー!!」

言われた大山は一瞬ポカンとしたが、すぐにニコッと笑った。

「頑張るよ!!」

そして剛塚は大山にタスキを渡した。

もう、パシリで何かを頼むのではなかった。

大山を信頼し、四区までの意思を渡したんだ。

 

多摩境高校、現在47位。

 

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2008年12月16日 (火)

空の下で.駅伝(その6)大山~牧野

殴られる!!

大山は剛塚からタスキを受け取る時、そう思った。

なにしろ剛塚が鬼の形相で走り迫ってくるんだ。中学の時の不良行為を見ていた大山にしてみたら「殴られる」と思うのもムリはない。

突っ込んでくる姿は大型タンクローリーのような迫力だ。

そんな剛塚はタスキを渡す瞬間「頼んだぞ」と言った。

あの剛塚が、大山に?

タスキを受け取り、前を向いて走り出した時、すでに大山の目は潤んでいた。

 

大山が走るのは五区の3キロ。

別に大山が3キロが得意という事で選んだわけじゃない。

ただ単に「遅いから」短い距離に当てただけだ。

でも大山は悔しいとか思ってない。

みんなと同じ駅伝選手に選ばれただけで嬉しかった。

 

中学では剛塚や安西だけではなく、クラスのいろんな人からパシリにされたりシカトされたりして、学校に行くたくないって気持ちが強かったらしい。

「デブ!」「白デブ!」「ブタ!!」「白ブタ!!」「肉!!」「廃棄ミート!!!」

中学生は悪口言うのに何の躊躇もなくて、心が砕けそうな事も平気で言う。

でも剛塚は他の生徒と違い、口での攻撃は無かった。 

なんとか卒業するころ、その剛塚は何故かイジメから手を引いた。

これは例の五月先生と陸上部がからむ事件の影響なのだけど、大山がそれを知ったのは、ぼくらと同じくこないだの乱闘事件の時だ。

「やっぱり剛塚くんは悪い人じゃなかったんだ・・・」

大山はそう確信した。

中学で三年間もイジメられておきながら大山にはそう思える。

大山が寛大すぎるのか、剛塚のイジメに加減があったのか・・・。

加減があったとしてもイジメはイジメだ。

 

高校ではイジメられないためにも運動部を選びたかったという。

大山の中には「文化部の大人しいヤツは攻撃の対象になる」という考えがあった。

とはいえ球技は得意ではないので、単純に走るという陸上部を選んだ。

ダイエットすれば「ブタ!!」みたいな事を言われることもないかと思って。

練習はキツかったようだ。走る時間より歩いてる時間の方が長かった気もする。

それでもぼくや牧野は大山をバカにしたりはしなかった。

だって、一番頑張ってる気がしたんだもん、大山が。

 

いろんな事を思い出しながら走る大山は涙が出まくってた。

絶対に50位内でゴールして、長距離を活動停止になんかさせない!!

涙でぐちゃぐちゃになった顔でそう思いながら走る。

抜かれても抜かれても最後まで全力で走った。

3キロを走りきり、牧野にタスキを渡すと、大山は「おおおおーーー」と空に叫んだ。

やりきった雄たけびだったんだと思う。

しかしこの時、順位は61位まで下がっていた。

 

「な、なんだぁ?!」

牧野はタスキを受け取って走りだして、すぐに後ろから大山の「おおおおーーー」という叫びが聞こえたのでビックリして振り返った。

「うわあ・・・すげえあいつ・・・全力出し切ったんだろうなあ・・・」

牧野は再び前を向く。

「オレも全て出しつくさないとな」

落ち着いてつぶやく牧野だったけど、本当は焦ってた。

すでに順位は61位まで下がっている。50位内に入るのが絶対条件なんだから

牧野とぼくとで11人は抜かないといけない計算だからだ。

「オレで5人。英太で6人・・・かな」

牧野はつぶやきながら走り続ける。

「でも待てよ?英太と同じ数くらいだとなんだか嫌だな。オレで8人、英太で3人にしよ」

変な理由だけど、気を入れなおした牧野はスピードを上げた。

それにしても・・・と牧野は思う。

「英太のヤツ・・・けっこう早くなったなあ・・・意外だったな・・・」

 

4キロを過ぎた時、前に見たことのあるユニフォームを見つけた。

黄緑色に白字でHAZAKURAと書いてあるユニフォーム。ゼッケンは50番。

「葉桜高校か・・・」

目安としていた葉桜高校がいた。

一区の秋津伸吾が5位で通過したのに、ここまで落ちてきてる。

「もしかして・・・・50位・・・・イケるんじゃなーか??」

牧野は葉桜高校を追った。

 

あと200メートルになっても葉桜高校には追いつけなかった。

遠くにぼくの姿を見つける牧野。

しかし、ぼくの横に立つ葉桜高校のアンカーの選手を見て、牧野は驚いた。

「内村・・・一志・・・・」

中学時代にぼくの恋愛をジャマしたヤツだ。

そして牧野は笑った。

「ここで内村一志が相手なんて・・・面白いじゃんかよ!」

心でそう叫び、次に牧野は実際に大声を出した。

「決着付けてきやがれ!!」

怒涛のラストスパートで葉桜高校の選手に追いついた。

そうしてタスキはぼくの手に渡った。

葉桜高校の内村一志とは、ほぼ同時スタートとなった。

走り出す!みんなの想いを乗せたこのタスキを持って。

 

多摩境高校 現在54位。

 

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2008年12月19日 (金)

空の下で.駅伝(その7)相原英太

名高の一区のスタートを見送った後、ぼくは1時間30分以上は何も出番が無い。

その間、各中継ポイントにいるサポート係からメールでいろんな事が送られてきていた。

『名高くん、なんと23位で通過!50位なんて余裕かも?!』

というくるみのメールを見た時は思わずガッツポーズしてしまった。

『たくみ28位で通過』

これは早川舞からのメール、感情が伝わってこない。

『穴川先輩、珍しくラストスパートしてた。ちょービックリ』

という未華のメールや

『剛塚、大山に殴りかかりそうになりながらタスキリレー』

というゴールしてすぐサポート係もしてる名高からのメールをもらってから、やっとウォーミングアップを始める。

ややあって再びくるみから

『大山くん涙流しながら通過、牧野くんスタートしたよ。61位だよ。頑張って!』

というメールを受け取った時、初めて不安を感じた。

61位・・・・・。

あと11人を牧野とぼくで抜き返すことが出来るだろうか??

 

六区の牧野のスタートからはすでに15分が経過していた。

牧野の実力からすると、あと2、3分でここに来るはずだ。

ぼくのサポート係をしてくれるのは五月先生だ。

「ようやく出番だな相原。活躍してこいよ」

ぼくの背中をはたきながら笑顔でそう言う。

「が、頑張りましゅ」

うわー大事な日にかんじゃったよ。

すると五月先生はぼくの顔をひっぱたいた。

「いでーーー!な、な?」

思いきりってワケじゃなかったみたいなので、そんなに痛くはなかったけど大声出した。

「なにすんですかー!」

「いや、なんか緊張してるっぽかったからな。ちょっと叩いてみた」

「叩いてみた??なんなんですか全く・・・」

おかしな先生だ。今どき、こんなことしたらPTAになんか言われるよ。

ぼくはブツクサ言いながらジャージを脱いで、ユニフォーム姿になる。

もう1分くらいで牧野が来る時間だ。

 

中継ポイントで体をジャンプさせたり腕ふりしたりして体を冷まさないように待ってると

『葉桜高校、多摩境高校、来ます』

とメガホンでスタッフが叫んだ。

葉桜高校?こんなに順位落ちてたのか。やっぱりいい目安だ。

ぼくと葉桜高校のアンカーが中継ポイントに並んで立つ。

その葉桜高校の選手を見てギョッとした。

そいつは中学の時にぼくの片思いをジャマした、内村一志だったからだ。

内村もぼくに気づいた。

「お、相原じゃん。偶然だな。また負かしてやるよ」

ぼくは内村一志には新人戦の5000メートルで15秒くらい負けた。

それに片思いだった長谷川さんって女子に「相原ってオマエの事好きらしいぜ」とか言いやがった最悪なヤツだ。内村だけは許せない。

こいつと駅伝のアンカーで一緒になるなんて・・・なんかの因縁か。

「今度はぼくが勝つよ。悪いけど」

ぼくは精一杯イヤミったらしく言ってみた。

 

牧野と葉桜高校の選手がデットヒートを繰り広げながら走ってきた。

「牧野ー!ファイトー!!」

ぼくが叫ぶと牧野はぼくと内村を見てからこう叫んだ。

「決着つけてこいー!!」

そうしてほぼ同時に内村一志とスタートを切った。

54位でのタスキリレーだった。

 

 

ぼくの走る最終の七区は5キロだ。

ぼくの得意とする距離。54位ということはあと4人抜けばいいんだけど、

目の前にいる葉桜高校の内村一志がなかなか抜けない。

「くっそ」

誰も抜けないまま2キロを通過した。

だんだん焦ってくる。

50位以内に入らないと活動停止・・・。しかもこの期限がよくわからない。

その上、目の前の内村一志に勝つ宣言したばかりだ。

やばい・・・まずい・・・。

ここは一度、ペースを上げるしかないか。

ぼくはちょっと無理をして内村の前に出た。

驚いた内村はぼくよりさらにペースを上げて前に出た。

「はあ・・はあ・・・こ、この・・・」

ぼくは内村の横に並んで同じスピードで走った。

仲良しかのごとく並んで走りまくる。

絶対に内村から遅れてなるものか。

 

3キロを通過した。

ずっと内村と並んで走った。内村が少しでも前に出ようとすれば、ぼくはすぐに追いつき、ぼくが前に出ようとすれば内村も「ぬーーー」とか言いながら追いついてきた。

その間に他の学校の選手を一人抜いた。ぼくと内村で52・53位を走る。

「あと二人・・・」

そう思った瞬間、また内村が前に出た。

すぐにぼくは内村の横に並ぶ。

ところが今度は並んだ瞬間に内村がさらに前に出た。

そしてそのままペースアップをして少しずつ差を広げていく。

「く、くっそ・・・」

慌てて追いかけようとするが、もうこれ以上ペースを上げられそうもない。

しかもまだ2キロくらいある。ペースアップしたらゴールまで持たない。

ぼくは歯を食いしばり、拳を力いっぱい握りしめた。

それは追いつけなくって悔しいからだ。

やっぱり内村の方が底力は上なのか・・・。

 

4キロを通過し、残すは1キロとなった。

この間に一人抜いて52位になった。

20メートルほど前には黄色いユニフォームの選手が一人と、その前に内村が見える。

でも、前との差が縮まる感じがしない。

ムリか・・・。

そう思った。

50位にも、内村にも、届かない。

活動停止・・・漢字四文字がぼくの頭に浮かんだ。

その時だ。

左前方から聴きなれた音がした。

トランペットの音だ。誰だ、こんな所でトランペット吹いてるのは。

高校野球じゃないんだぞ。

トランペットを吹いてたのは吹奏楽部の日比谷だった。

一人で思いっきり吹いていて、周りの観客や応援してる人から白い目で見られてる。

曲は「天国と地獄」だ。

「な、なんだあいつ・・・」 

ぼくが日比谷の横を通過した時、日比谷は叫んだ。

「ここから逆転したらスッゲーぞー!!地獄じゃなくて天国見てこいー!」

アホかあいつ。意味わからん。 

だいたい応援に来てくれてるなんて聞いてないぞ。ちゃんと来るって言えよ。

違う部なのに応援に来てくれるなんて・・・カッコ悪いところ見せれないじゃんか。

「はあ・・・はあ・・・よし」

残り800メートル。ぼくは最後の力を振り絞る事にした。

天国か、地獄か。結果はどちらでも、力は出し尽くすべきだ。

 

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2008年12月23日 (火)

空の下で.駅伝(その8)優しい風

スタートから2時間近くが経ち、秋とはいえ気温が上がってきた。

少し暖かくて優しい風が、ぼくの走る道路を吹き抜ける。

この風に乗っていこう。きっとスピードに乗れる。 

 

残り700メートル。

みんなで繋いで繋いで走ってきたこの駅伝もあと数分で終わる。

日比谷のトランペットを聴いて、ぼくは気合を入れなおした。

「ひ、久々にアレやるか・・・」

気合だー!気合だ!気合だ!気合だ!

アニマル浜口ばりの気合い連呼(心の中で)で気合を入れなおす。

一人前を行く黄色いユニフォームの選手に追いついた。

これで51位。あと一人だが、この前にいるのは30メートルほど前にいる内村一志だ。

残りは600メートルくらいだ。

ヤバイ!もっと気合を入れないと!!

元気があればなんでも出来る!!行くぞー!!

アントニオ猪木ばりの気合い論で黄色いユニフォームの選手のさらに前に出る。

「はあ!!はあ!!」

息が声になってぼくの口から出ていく。喉がいたい。

残りエネルギーが喉から出ていくかのような感覚。

アニマル浜口もアントニオ猪木も、入部したころに頭に思い描いて考えた、ぼくなりの気合いを入れる方法だった。

使うのは入部して最初の練習以来だ。すっかり忘れてた、こんなの。

 

少しずつ内村との差が縮まる。

残りは300メートルしかない。内村は勝利を確信してか、ぼくを振り返り笑った。

でも内村が息を切らす声が聞こえた。あいつも苦しいハズだ。

しかしぼくも限界だ。これ以上はスパートできない。

その時、ゴールが見えてきた。残りは200メートルくらい。

内村はゴールが見えたので最後のスパートをかけた。

まだ早くなれるの?? 

そんな中なのに、ぼくはゴールよりも違うものが気になった。

ゴールの脇で、もう走り終えた名高たちやサポートしてた未華たちが見えたんだ。

みんなが大声で応援している。いや、大声というよりも絶叫に近い。

名高、たくみ、穴川先輩、剛塚、大山、未華、くるみ、早川舞、そして雪沢先輩。

牧野はまだ来ていない。ぼくにタスキを渡して、そのままゴールに向かってる途中のハズだ。 

みんなの声を聴きながらも、別の何かが頭に響いた。

 

「楽しんで走ってる最中に違うこと考えたらそれは相当好きな事柄だもんな」

 

スタート前、五月先生が言っていた言葉だ。

一瞬。

本当に一瞬だけど、応援してるくるみとの事を考えた。

何を考えたかって言うと、牧野とかには絶対に言えないんだけど・・・。

くるみにカッコいいとこ見せたいって事だ。

ああ、バカらしい。

でもぼくにとってそれはスゴク大事な事で・・・って、あれ? 

そう・・・、そうだよね・・・。そうなんだよ。 

そうだよ!悪いか!!認めるよ!こんな時だけど。

しょうがないでしょ!かわいいんだから!!好きなんだよ!!

好きな人の前で・・・あきらめるなんてカッコ悪い。

まだ、あきらめる訳にはいかない!

活動停止でみんなと走れなくなるのも嫌だ。

ぼくは、目を閉じる。

目を閉じた時間は1秒くらいだったはず。

それなのに、いろんな事を思い出した。

仮入部、デビュー戦、富士山登り、新人戦、ケンカ騒ぎ・・・。

そして目を開き、腕を思いきり振った。

五月先生は常に「腕ふり」を重要視する練習方法だったけど、今初めて腕ふりの大事さがわかった。

腕をふると足も出る、足が出れば早く進める。

「なんだ、まだ早く走れるじゃんか」

そう思って、スパートした。

内村の背中がぐんぐん近づく。

そして内村の真横に並んだ時・・・・・

ぼくは駅伝のゴールラインをまたいだ。

抜いたか?抜けなかったか? 

 

  

 

気がつくと、ぼくと内村は芝生の生えた場所に並んで倒れていた。

二人とも息を切らしたまま仰向けになっている。

「はあ・・・はあ・・・」

スタート前、八王子と違ってると思っていた板橋区の空はすごい澄んでいた。

「はあ・・はあ・・・なんだ・・・八王子と同じなんだな・・・・」

今、ぼくが見ている空は都会とは思えないほど、高くてきれいな青だ。

透き通る様な空を見上げていると、風を感じた。

完走者をねぎらっているかのような、そよそよとした暖かい風だ。 

完走者・・・?

ハッと我に帰る。 

ぼくは・・・内村に勝ったのだろうか。50位になれたのだろうか。

横にいる内村を見る。

「内村・・・」

「はあ・・はあ・・。相原・・・おまえ、うざいぐらいすげえ根性だな」

内村は空を見たまま言った。

「長谷川さんにもその根性で早く告白すればよかったのに」

長谷川さんってのは中学の時に、ぼくが好きになった女子だ。

「か、関係ないだろ。しかもお前のせいで良くない展開になったんだし・・・。なんであんな事したんだよ」

あんな事ってのはもちろん「相原ってオマエの事好きらしいぜ」と言った事だ。

しばらく間があってから内村はぶっきらぼうに答えた。

「オレも長谷川が好きだったからだよ!ジャマしたかったからだよ!」

「へ?」

久々に裏声が出てしまった。今日は久々だらけだ。

「そうだったんだ・・・」

「そうだよ」

「大変だね・・・人を好きになるっていうのは」

「は?なんだそれ。他人事かよ。うぜえ」

内村はフラフラと立ち上がり、チームのところへ歩いて行った。

ぼくはそれを見送る。嫌なヤツだけど、まだ付き合いは長くなりそうだ。

 

多摩境高校長距離メンバーがみんなで大騒ぎしながらやってきた。

みんな笑顔だ。・・・・・・と、いうことは。

未華が大声で叫ぶ。

「多摩境高校、ピッタリ50位!おめでとうーーー!!」

いつ合流したのか五月先生と牧野もいる。

牧野は未華とハイタッチなんかしてる。

五月先生が寝転がってるぼくに言った。

「相原、よくやったな。50位だ。活動停止はない」

「ほ、ホントですか!!」

ぼくはピョンと飛び起きた。

でも、疲れからかフラフラとした。

バランスを崩したので、近くにいたくるみにぶつかってしまった。

ぼくの体がくるみの体にぶつかる。

「あ、ゴ、ゴメンくるみ」

「え?いいよいいよ謝らなくて。全力尽くした証だよ。カッコよかったよ」

「え?!そ、そそ、そうかな」

なんだか噛みまくってしまったぼくを見て牧野と未華がニヤニヤしている。

あー、感ずいてるのかな。あー、なんだか面倒そうだ。

 

「よーしみんなー!!」

わいわい盛り上がっていると突然、雪沢先輩が大声を出した。

「記念に全員でハイタッチするぞー!」

「記念?!なんでハイタッチ」

「いいからやるぞ!そんな気分なんだよ」 

「お、おーー!!」

普段冷静な雪沢先輩がハイタッチなんて提案するなんて意外だったけど、この日、この場所、よく晴れた空の下で、ぼくらはまるで優勝したかのようにハイタッチしあって喜びを爆発させた。

ぼくらはまだまだこのチームのまま、活動停止になることもなく続けていけるんだ。

今日のこの喜びはきっとずっと忘れない気がする。

それくらい特別なんだ。ぼくらにとって、このチームは。 

 

 

駅伝前に感じていた、周りからの冷たい風なんて一体どこに消えたのか。

ぼくらの周りには暖かくて優しい風が吹き始めていた。

その風を体で感じて、ぼくは思った。 

この優しい風に乗っていこう。

冬になっても、年が変わっても。

 

 

 

空の下で 1st season  END~

 

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2nd seasonはひと月お休みを頂いて、2009年1月23日からの予定です。

(番外編「ブラスバンドライフ」を1月5日~20日頃まで連載予定です。) 

 

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2008年12月24日 (水)

空の下で ~秋~  目次

 

秋の部 全編

・・・一体いつからだろう、こんなにこの部が好きになったのは。

「オレ達、こんなに陸上部が好きだったんだな」 

様々な試練を乗り越え、英太たちが辿り着く場所とは・・・。第1シーズン完結編!

 

↓個別 

エース(その1)

エース(その2)

エース(その3)

エース(その4)

エース(その5)

エース(その6)

エース(その7)

エース(その8)

エース(その9)

 

嵐(その1)

嵐(その2)

嵐(その3)

嵐(その4)

嵐(その5)

嵐(その6)

 

駅伝(その1)冷たい風

駅伝(その2)ぼくらの大会

駅伝(その3)号砲

駅伝(その4)名高~たくみ

駅伝(その5)穴川~剛塚

駅伝(その6)大山~牧野

駅伝(その7)相原英太

駅伝(その8)優しい風

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