4.1 短編「ブラスバンドライフ」

2009年1月 5日 (月)

ブラスバンドライフ1.想いを込めて

 

人にはそれぞれ違った価値観がある。

人から見たら小さな小さな演奏会だとしたって。

それに想いを込めて演奏する人がいたりする。

 

ぼくらの音はみんなに届いていますか?

 

noteブラスバンドライフnote

・・・by cafetime  2008-12

 

ドーン!ガーン!ドーン!ガーン!

三人で思いきり叩きまくるティンパニーの音が部屋に響きまくる。

うるせーのなんの。全員、なんてヘタクソな演奏だ。ただ思いきり叩いてるだけだ。

リズムも取れてなけりゃ叩き方もなってない。

そりゃそうだ。

叩いているのは幼稚園の児童なんだからしょうがない。

今日は幼稚園に呼ばれていて、三曲ほど簡単な曲を演奏してくれって言われたから、しかたなくオレともう五人で「となりのトトロ」と「ドラえもん」と「団子3兄弟」を演奏した。

団子3兄弟なんて今時の幼稚園生は生まれてない時の曲だから反対だけど。

なんでこんな事をしてるのかと言えば、オレらが吹奏楽部だからだ。

うちの顧問の立花理子センセーが「幼稚園生に楽器の楽しさを伝えてきてね」なんて、簡単に今回の幼稚園の依頼を受けてきたってことだ。

まあ、演奏するのは良かったんだけどね。人前で演奏する機会は少ないからさ。

でも演奏の後、幼稚園生に楽器を触らせるという企画がひどかった。

ティンパニーを悪ガキどもが思いきり叩きまくるからだ。

ドーン!ガーン!ドーン!ガーン!

「あんまり強く叩くなよー」

とオレが注意すると

「そんなの関係ねぇ!」

と小島よしおのセリフを言われた。さらには

「ボクの演奏・・・グーーーー!!」

とかエド・はるみの物まねするヤツまでいる。何がグーなんだか。

オレら吹奏楽部のメンバーは苦笑いしまくりだ。

ティンパニー担当の奈々なんて拳が震えてる。

「ナナ、抑えて抑えて。相手は幼稚園生なんだから」

オレが奈々にそう言うと、奈々はギロッとオレを睨んでこう言った。

「えー?私怒ってなんかないよー。シオの勘違いだよー。私って寛大だもーん」

シオってのはオレのあだ名だ。塩崎だからシオ。

そう言った奈々の目は全く笑ってなかった。

笑ってるのは子供たちと保育士の先生たちだ。

保育士の先生たちは大人なのにこの状況を楽しんでいる。

なんでだよ!こんなヒドイ扱いで楽器叩いてるのにさ!

「人にはそれぞれ違った価値観がある。

 人から見たら小さな小さな演奏会だとしたって」

いつも立花センセーが言ってる言葉が頭によぎった。

これも子供たちにとっては演奏会なんだろうか。

 

 

幼稚園でのお笑い演奏会(?)の次の日はよく晴れた日だった。

オレが高校三年になって初めての登校日だ。こんな日によく晴れるってのは嬉しい。

二日前、入学式は終わっているらしく、まだシワの入ってない真新しい制服の新入生たちが次々と登校してくる。

オレは吹奏楽部の部員勧誘のために校門のところでクラリネットの栄 未希と一緒にチラシを配ったり「吹奏楽部で楽しいブラスバンドライフを送ろうー」などと叫んでいた。

もちろん吹奏楽部だけが勧誘してる訳じゃない。

野球部・陸上部・サッカー部などなど運動部を中心に盛んに勧誘をしている。

特に人数がたくさん必要な部は必死だ。

オレらが通う多摩境高校は創立して二年しかたってない。

オレらが初めての三年生だ。やっと三学年がそろって部活が出来る年なのだ。

 

「誰か吹奏楽部入れー!」

などとテキトーな叫びを上げていたらクラリネットの未希が

「塩崎くん、そういう適当なのはやめてよ」

とダメ出しをしてきた。

「だってよ。どいつが楽器に興味あるかとかわかんねーじゃんかよ。とりあえず誰でもいいから声かけまくるならセリフなんてどうでもよくね?」

「せめて誠意を持ってやってよ。塩崎くんのテキトーな勧誘で部員集まらなかったらナナに報告するからね」

「いや、ナナに言うのはやめて。あいつ怖いから」

ナナというのは部長でパーカッション担当の七見奈々って女子だ。

カタカナにすると「ナナミナナ」

名前の五文字のうち四文字がナというスゴイ名前のヤツで、怒ると怖い。

ナナを怒らせるくらいなら勧誘をちゃんとやろう。

 

「吹奏楽部に興味がある人はこのチラシを見てみてくださーい!」

オレは未希と同じように一生懸命にチラシを配った。

するとなんだか陽気そうな男子が話しかけてきた。

「トランペットってやってます?」

「え?そりゃやってるよ」

「ちゃんと顧問の先生とかいるんですか?」

「いるよいるよ。立花センセーっていう他の学校でも吹奏楽部を教えてた先生が」

「へえ!スッゲ!演奏会とかもやるんすか?」

演奏会?

言われてオレは近くで話を聞いてた未希の顔を見た。

未希はオレと男子生徒を見ながらこう言った。

「演奏会、今までやったことないんだけど・・・今年はやろうって提案しようか」

すると男子生徒は大声で喜んでいた。

「スッゲ、スッゲ!やるんすか!じゃあオレ入部したいです!」

「ホント?じゃあ一緒に第1回定期演奏会を目指していこーね!」

勝手に演奏会やるなんて言いだしちゃって、いいのか未希のヤツ・・・。

でもいいかもな、演奏会。

今年こそは人数も20人と少しは集まりそうだし、多摩境高校吹奏楽部の記念すべき第1回演奏会をオレらで出来るなんて、ちょっくらカッコいいしな。

また立花センセーの口癖が頭に響く。

 

「人にはそれぞれ違った価値観がある。

人から見たら小さな小さな演奏会だとしたって。

それに想いを込めて演奏する人がいたりする」

 

想いを込めまくってやろうじゃん!

込めて乱れ撃ちだよ。数打ちゃ当たるよ。いや、深い意味は無いんだけどさ。

 

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2009年1月 6日 (火)

ブラスバンドライフ2.景色

まだ少し肌寒い風が音楽室の窓から入ってくる。

この風は懐かしい。オレが入部した時もこの部屋はこの風が吹いていた。

春はあったかいイメージだけど実際にはちょっと寒いんだよな。と毎年思う。

 

うちの吹奏楽部が使っている音楽室は真冬以外はいっつも窓が空いている。

だから校庭で練習してる運動部は毎日毎日オレらの曲を聴いてるってわけだ。

ありがたいような恥かしいような。いや、オレらの演奏をタダで聴けるんだ。光栄に思え。

 

その音楽室には今日から一年生が12人も加わった。

二年が10人でオレら三年が8人だから全員でピッタリ30人だ。こりゃすごいな。

昨日までより音楽室が狭く感じるよ。でも女子ばっかだから汗臭くはない・・・かな?

 

顧問の立花理子センセーがやってきた。

音楽室の奥側にあるピアノの前に立つ。相変わらず若くてかわいいセンセーだ。

「みんな集合したかな。七見さん、全員来てる?」

部長の七見奈々が元気に答える。

「はい!ピッタシ30人います!誰も遅刻してないです」

遅刻については聞いてないだろうがよ。いちいち細かいな、ナナのヤツは。

オレが小声でそうつぶやくと、隣にいた栄未希がヒジでオレのわき腹をつついた。

「わっ。な、なんだよ未希」

「塩崎くん、何ぶつぶつ言ってるの?ちゃんと立花先生の話聞きなよ」

「わかってるって。聞いてるよ」

クラリネットの未希は美人だけど真面目すぎる。だから男っ気が無いんだ。

まあオレにも女っ気ないんだけども・・・。

 

「じゃあ一年生は順番に自己紹介してみよーう」

部長のナナが一年生を見回しながら言う。

「なんか特技とかあったら見せてくれてもいいよー!」

むちゃ振りだ。ナナはそれを何の悪気もなく言いのけるから怖い。

ところが一人目の女の子が名前紹介の後に何もしなかったので、ナナはさらなるむちゃ振りをしかけた。

「なんか面白いことやってよー!つまんないじゃんー」

「え・・・」

言われた一年生の女子は固まってしまった。そりゃそうだ。

みかねた立花センセーが「無理な事は頼まないの」と言ったが、その女子は「体がやわらかい」とか言ってブリッチしてみせた。

「おおーー、すごーい」

ナナは大喜び。

でも制服でブリッジするのはカッコよくもかわいくも何ともない。

これで大変なのは次の女子だ。一人目がわけのわからん特技披露をしたせいで順番に次々と吹奏楽と関係ない特技を披露していく。

テコンドーやる女子、猪木のモノマネする女子、マジック披露して失敗する男子。

ろくな新入生がいない。それだけはわかった。

立花センセーもナナも未希も苦笑いするしかなかったが、ナナは「次!」と言って特技披露をさせていった。

最後の出番は、校門前でオレに話しかけてきた陽気そうな男子だ。

「みんなスッゲーっすね。オレ、なんも特技ないですよ」

「いいからまずは名前。あとやりたい楽器、そして特技」

なんだかナナの口調が冷たくなってきた。ヤバイ、爆発するのかも。

ナナが爆発したら大変なことになる。被害が音楽室だけで済めばいい。ナナが爆発して大声で怒鳴ったら学校が揺れる!それだけ被害甚大だ。たぶん。

そんなことは知らず、陽気そうな男子は名乗った。

「えーと、日比谷です。日比谷春一。H・I・B・I・Y・Aで日比谷です」

こいつもどうでもいいヤツだと確信した。

「特技は無いんですけどー・・・やりたい楽器はトランペットなので今ちょっと吹きます。

 えーと、曲は『原っぱ』」

そう言って日比谷は近くに置いてあったオレのトランペットを持ち上げた。

「あ?!ちょっと待てよオマエ!口つけるな!」

そう叫んだが日比谷は何もためらう事もなくオレのトランペットのマウスピースに口をつけて吹いた。

「あー、シオと日比谷くん間接チューだぁ」

ナナがちゃかすが、すぐに顔色が変わった。

うまい!

日比谷が奏でる音色は即興で吹いているものらしかったが、一瞬でうまいとわかるレベルだった。

高音も低音も綺麗に奏でられる。

瞬間、どこかの草原が見えた。

「え?」

と、つぶやいて周りを見渡すと、間違いなく音楽室だった。・・・?なんだ今の。

日比谷の即興での演奏は30秒くらいで終わった。

「うん、いい音ね」

立花センセーはそう言って、拍手をした。

つられてオレも、ナナも、未希も拍手をした。日比谷は照れて笑っている。

拍手しながらナナはオレのとこに来て嫌な事を言った。

「シオよりペット巧いかもよ。日比谷くん」

「な、なにを!?」

オレも五年トランペットやってるから、まだ負けてないとわかるが、これはヤバイ。

うかうかしてると本当に追いつかれる。日比谷春一か。

「なに怖い顔してるの塩崎くん」

立花センセーに言われて「え?いやー、え、えへへ」とか訳わからん笑顔をつくる。

「気持ち悪い」

ボソッと未希が言う。

「あームカツク!なんだよその言い方」

「でも、面白くなりそうだよね」

未希が本当に面白そうに笑って続ける。

「そ、それよりさ。何か今、日比谷の演奏聴いてたら、何だか草原の景色が見えたよ」

「は??塩崎くんお疲れ?」

ちょっと小馬鹿にする表情の未希。しかし立花センセーは驚いた顔して言った。

「草原が見えた気がしたの?それは日比谷くんの演奏への想いが本物で、それでいて塩崎くんが本気で無心で日比谷くんの演奏を聴いたからだよ」

立花センセーは続ける。

「本気と本気のぶつかり合いの時にだけ見えるんだよ。曲の持つ景色が」 

「景色・・・ですか」

なんだかちょっと幻想的な話だ。にわかには信じがたい。 

ナナは軽く受け止めて仕切りなおした。 

「いいじゃん塩崎くん。これなら第1回演奏会、ホントに出来るかもよ」

「そ、そうかあ?」

オレは日比谷以外の一年を見回した。

柔軟、テコンドー、猪木、マジック。ほか。

特技を楽器に変えなければ!

副部長・塩崎圭、いっちょ気合入れますかね。メンドイけど。

 

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2009年1月 7日 (水)

ブラスバンドライフ3.音楽室

国語の授業は嫌いだ。

細かい文字を見ていると眠くなっちまうし、漢字が苦手だし。

特に古典は何がなんだかサッパリわからない。

と、いうかそんな昔の人の文なんか読んでる意味がわからん。

でも、古典の授業は寝るわけにはいかない。

なんといっても立花センセーの授業だからだ。

吹奏楽部の顧問の先生だからって理由もあるけど、立花センセーがかわいいからだ。

クラスの誰よりもかわいいと思う。

26歳らしいけど、けっこう童顔だし、声も幼さが残る感じなので年の差はあんまり感じないんだけど、やっぱり考え方は大人なんだよね。そこがいい。

「シオ、なにニヤニヤしてんの」

隣の席のナナが白けた眼でこっちを睨む。

「に、ニヤけてねーよ。授業に集中しろよオマエ」

なんでクラスが一緒なんだろうね、ナナと。やだやだ。

 

授業が終わりLHRをして部活へ行く。

オレら吹奏楽部は校舎の南ハジにある音楽室が活動の場だ。

多摩境高校は創立3年目ということもあり、校舎はピカピカだ。

音楽室もキチンとした防音設備が整っている上、有名な人のコンサート映像が見れるようにと電動で降りてくるスクリーンやプロジェクターまで揃っている。

窓はついてるけど防音のために二重窓になっている。

まあ前にも言ったとおり、立花センセーはほとんどの場合、窓を空けたまま練習に入るので、音は校庭に聞こえまくりだ。

 

4月も終わりにさしかかり、新入生に担当パートも全員決まった頃、立花センセーが音楽室で緊急ミーティングを開いた。

部員全員が音楽室に集められて、立花センセーの話を聞く。

「みんな集まったかなー」

「全員います。30人ピッタリです。遅刻者はいません」

ナナがハキハキと答える。だから遅刻の話までは聞いてないだろ。

「今日は何のお話ですか」

クラリネットの未希がたずねる。

すると立花センセーはニコッと笑って言った。

「第1回定期演奏会が決まりました」

一瞬ポカンとする部員たち。

その後「おおー!」とか「やったー!」とかの歓声が上がる。

「シャラップ!!」

ナナの大声が音楽室に響いた。でかい!

とたんに静かになる室内。立花センセーが話を続ける。

「10月10日に隣町の橋本にある市民ホールの予約が取れました。

 500人以上入る立派なホールです。

 まだ5ヶ月くらいありますが、定期演奏会と言った以上、2時間くらいはやる予定です」

「2時間っすか。何曲くらいですかね」

オレは立花センセーにたずねた。

するとセンセーはちょっと首をかしげてから言った。

「そうね。曲にもよるけど・・・アンコールも入れて10曲近くは用意しないとね」

「じゅ・・・?!」

ちょっとヘコタレタ。そんなに出来るか?

でも未希は楽しそうに言った。

「なんかいい目標になりますね。目標あると気合が入ります」

するとナナも腕を組んで偉そうに言う。

「そうね。未希の言うとおり。気合入れて取り組むかね」

「じゃあ来週からは練習曲も演奏会に向けたものも用意します。

 一年生は簡単なアレンジを考えてるから不安にならないでね」

立花センセーはかわいげなガッツポーズとりながらそう言った。

 

翌週からは練習がヒートアップした。

立花センセーが演奏会用にアレンジした曲を練習していくのだ。

指揮は立花センセーが振り、ナナがパーカスを仕切り、クラリネットとフルートを未希が仕切り、オレはというとトランペット・トロンボーンなどの金管楽器を仕切った。

 

「塩崎先輩、このFの入るところってもっと弱くした方がいいすかね」

「Fの入り?ちょっと待って」

トランペットの一年生、日比谷が細かく質問してくる。

日比谷は中学でも吹奏楽部にいたらしいが、あまり部活には出ずに大手音楽教室でトランペットを習っていたらしい。

そのせいか基本が出来ている。

ただ団体でやる演奏はあまり経験がないらしく、隣で吹くオレに質問攻めだ。

「ああ、Fかあ。日比谷だけちょっと強く吹き過ぎかもな。少し抑えていこうぜ」

「なるほど、わかりました」

フフン、オレも先輩らしくなってきただろ。なにしろ三年生だ。副部長だ。

「スッゲーすよね塩崎先輩。適格な指示できて」

「まあな」

はーはっは!もっと褒めろ!

「でもBのとこ、さっきちょっと遅れてましたよ」

「え?! バレてた?! わ、わりい・・」

ぐうー、日比谷!油断ならん。

金管楽器はこんな感じでうまくいくかと思ってた。

でも甘かったよ。チューバに一人、全然進歩しないコがいたんだ。

例の特技披露で猪木のマネしてたコだよ。

あの時から嫌な予感はしてたんだ。

だって普通やらないだろ?吹奏楽部の自己紹介で猪木のモノマネなんてよ。

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2009年1月 8日 (木)

ブラスバンドライフ4.音楽室は恋愛禁止

季節の移り変わりは早い。

新入生が入ってきてあっという間に一か月が過ぎた。

中学の頃よりも早く感じるのはテストが多いからだとオレは思う。

多摩境高校は三学期制度だ。四月から七月が一学期。

その間に中間テストと期末テストがある。

たった三か月で二回もテストがあるんだから忙しいことこの上ない。

おまけにオレは三年生だから進学の事も考えなくちゃいけない。

 

一応、進路の希望は決めてある。

都内の専門学校に進んでイベント制作の仕事の勉強をしたいと思ってる。

今風に言うとアートマネジメントというらしい。

どっかの有名な劇場で、芝居とかクラシックとかの公演の制作をするのがオレの目標だ。

 

でもそれよりもオレには目の前に難題が立ちふさがっている。

トランペット・トロンボーン・チューバの面倒を見ることになってるオレだけど、チューバの中に一向にうまくならないヤツがいるのだ。

例の特技披露で猪木のモノマネをした一年生の女子だ。

名前は田中ちゃん。どこにでもいる名前だからイノキと呼ぼう。

 

イノキは今日もリズムが全く合わず、チューバを持ってイスに座ったままうなだれている。

「おいイノキ、なにへこんでるんだよ。もう一回今のとこやるぞ」

オレが少し厳しめに言うとイノキは泣きそうな声で答えた。

「なんでですか・・・もうやめてください」

「はあ?うまくいかなかったからだろ。これじゃ全体でやる時に一人で音がズレるって」

「そんな話じゃないです・・・」

「じゃあどんな話だよ」

「ひどいです塩崎先輩・・・」

とうとうイノキは泣きだしてしまった。

かわいそうだけど毎年よくあることだ。

みんなより進歩が遅い。ほんのちょっと遅れてるってだけなのに「もうダメだ」的な発想で塞ぎ込んじまったり、泣き続けたり、退部しちまったりする。

イノキは確かに覚えは悪いが一生懸命さは伝わってくる。

アントニオ猪木のモノマネしてたわりには丸顔でかわいいんだけど、打たれ弱い。

「おいイノキ。泣いてたってしょうがないだろ。みんなだって頑張ってるんだ」

「だから・・・そうじゃないんです」

イノキはもうヒックヒックと声を出しながら泣きじゃくってる。

それを音楽室の遠くのところからナナと未希がこっちを見てる。

未希は険しい顔でこっちを睨み、ナナは「あーあ、泣かしちゃった」という顔してる。

「おい、泣くなよ。何がそんな辛いんだっての。猪木ばりに元気ですかーとか言おうぜ」

「だからそれが辛いんです!」

イノキがうつむいたまま急に大きな声を出したのでオレは思わずたじろいだ。

「え?そ、それ?」

「イノキですよイノキ!わたしは田中っていうんです!一回モノマネしただけでずーっとイノキって塩崎先輩に言われて・・・それが辛いんです!」

顔を上げることなくイノキはそう叫んだ。

じゃあ猪木のモノマネなんてやるなよ!!と、言いたいけど・・・。

「アントニオ猪木は悪い人じゃないよ」

優しく言ってみたけど、なんかセリフを間違えた。言いなおす。

「ごめん。田中ちゃんは田中ちゃんだよね。今からはきちんと名前で呼ぶよ。だからさあ、泣かないで」

今年度ベスト・オブ・優しい声で言ってみる。

するとイノ・・・いや、田中ちゃんはやっと顔を上げた。

「ホントですか」

「ホントだよ。オレが嘘つきかと思うのかよ」

「ありがとうございます・・・」

田中ちゃんはやっと笑顔を見せた。

「やっと笑ったな。もうイノキなんて呼ばないけど『元気ですかー』とは言うからな」

「え、ええ?なんですかソレ。今度は塩崎先輩が猪木のモノマネするんですか?」

「女子がやるよりいいだろ」

田中ちゃんはアハハって声を出して笑った。

その声を聞いてオレはなんだか嬉しくてヘラヘラ笑ってしまった。

 

二週間後、田中ちゃんは全体練習でほとんど遅れることなく一曲まるまる演奏できた。

あの日から急に見違えた感じだ。オレの指導もなかなかのモンだろ。

「すげーよくなったじゃん田中ちゃん!」

「塩崎先輩のおかげですよ!はい、これお礼です!」

「え?お礼?なんの?」

「ちゃんと名前で呼んでくれたお礼です」

そう言って田中ちゃんは茶色い紙袋を渡してくれた。

中にはお洒落に包装されたクッキーと紅茶のセットが入っていた。

「え?あ、ありがと」

オレがそう言うと田中ちゃんは笑ってから同級生のとこに駆け出していった。

な、なんか恥ずかしいな。でも、ま、嬉しいけど。

「なーにニヤニヤしてんの」

いきなりナナが後ろから声をかけてくる。

「シオ。あんた、後輩に手を出すなんてアタシの許可とってからにしなさいよ」

「手・・手を出す?!ち、違えーって!オレ、立花センセー一筋だもんよ!」

「どうだかねー。あーあ、男って女の涙に弱すぎだよ。もう惚れかけてやんの」

「ほ、惚れてねぇよ!!」

ものすごくデカイ声を出してしまった。おもわず田中ちゃんの方を見る。

田中ちゃんはオレの声には気付かず同級生たちのワイワイ盛り上がっていた。

「なーにムキになってんのシオ。恋愛くらいしなって。ティーンエイジャーなんだから」

「なんじゃそりゃ」

恋愛・・・?オレが?田中ちゃんに? 

いや、いやいや、音楽室では恋愛禁止だよ。オレ的には。 

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2009年1月 9日 (金)

ブラスバンドライフ5.アクティブ

雨の日が多くなってきた六月なかばのことだった。

いつものように音楽室で練習を繰り返していると、未希が怒りだした。

「ちょっと、パーカス隊、休憩時間だからってふざけすぎだよ」

未希が怒るのもムリはない。

パーカス隊・・・つまりパーカッション担当の女子たちが、みんなでテコンドーの練習をしているのだから怒られるに決まっている。

パーカスのリーダーである部長のナナまで一緒になってテコンドーの構えをしている。

「ちょっとナナ!アンタまでテコンドーの練習してどうすんのよ」

ナナは悪びた様子もなく答える。

「え、だって面白いんだよテコンドー」

そう言ってナナは戦いのポーズをとった。

「ナナ、その構え、太めの足が出過ぎ」

「な!? き、気にしてることを・・・」

ガクッとうなだれるナナ。

「うん、確かにナナの足は少し太いかもしれない」

オレはそう言ってしまってから「やべ!」と思ったが時すでに遅し。

女性陣の非難の視線がオレに集中して痛い。

「わたしも足ちょっと太いんですけど・・ダメですか?」

田中ちゃんがオレに聞いてくる。

そんなこと聞くな。田中ちゃんは少しぽっちゃり目だからしょうがないんだから。

「田中ちゃんは平気だよ。オレ全然気にならない」

「ホントですか?えへへ!」

まるっきりバカップルだ。

いや待て、付き合ってない。

 

ところでパーカス隊のみんなにテコンドーが流行りだしたのには理由がある。

入部の特技披露でテコンドーをやった女子がいた。

そのコはパーカス担当になったのだけど、ことあるごとにテコンドーの構えを披露する。

「健康にいいんですよ。ダイエット効果もありますし」

「だ、ダイエット効果・・・」

その単語がパーカスリーダーのナナの心を動かした。

以来、パーカス隊は休憩になるたびにテコンドーの動きをしている。

それが真面目な未希には気に入らないようだ。

いつもパーカス隊に「カンフーやめて」と言っている。

「カンフーじゃないって。テコンドーだって」

 

そうして今日も未希がまた怒っているという訳だ。

ところが今日はこの話題に立花センセーも入ってきた。

「七見さん」

七見というのはナナの苗字だ。七見奈々。

「あ、はい」

「その動きは何ですか?ティンパニーでも木琴でもないようだけれど」

立花センセーの質問にナナが答える。

「か、カンフーです」

「テコンドーでしょ」

未希が冷たくつっこむ。

「テコンドーねえ。それとパーカッションと関係があるのかな?」

立花センセーはニコッ笑いながら問う。

この笑顔に前にオレもやられた。かわいい。

「関係は・・・ないです」

「じゃあ、そのテコンドーの動き。ちゃんとお客様に見せる気はある?」

「はい?」

オレもナナも未希もパーカス隊も質問の意味がわからなかった。

お客様にテコンドーを見せる?なんのことだ?

立花センセーは自分の指揮者譜面台のところに移動した。

そして譜面台の上に置いてあったチラシのようなものを持って来た。

「これを見て」

そのチラシは黄色のハデな模様にオレンジの字でデッカクこう書いてあった。

『ブラス・サマーフェスティバル開催!』

「これに私たち多摩境高校吹奏楽部も出ようと思います」

立花センセーはまた笑顔でそう言った。

「この辺でブラス活動してる団体が出れるお祭りです。隣町の橋本で開催です。

 でもお祭りだから普通にクラシック演奏しても盛り上がりません。そこで!」

まさか・・・。

「みんなでテコンドーの動きを取り入れた演奏をしてもらおうと思います。

 名づけて・・・・名づけるなら何がいいかな、うーん塩崎くん、なにかアイデアない?」

イキナリ話題を振られた。

「オ、オレですか? え、えーと・・・テコンドーの動きを入れる・・・

 格闘吹奏楽・・・なんてどうですか?」

「怖いねえ。じゃあそれを英語にしてアクション・ブラスで行きましょう」

あ、アクション・ブラス??

みんな驚いていたが、なんにせよ大勢の前での演奏が決まった。

ちょっと音楽室全体が盛り上がることになりそうだ。

「フェスティバルは来月です。頑張って練習しましょう!」

「おーっ!」

未希以外が威勢よく雄たけびを上げた。

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2009年1月10日 (土)

ブラスバンドライフ6.方向性

ブラス・フェスティバルへの練習が始まった。

 

このイベントは橋本という、わりと栄えた街の駅前で開かれる七夕祭りの中のワンコーナーで、野外ステージが組まれていて3時間のうちに10団体が出演するということだ。

ステージは人通りの多いメインストリートに組まれるらしく、いい演奏をすれば人の足も止まるだろうし、派手なアクションをすれば大盛り上がりするということだ。

ちなみにオレはこのイベントを見た事はない。

今言ったのは去年見に行ったという未希の話だ。

「お祭りだからね。しっとりした曲をやっても聴いてもらえないよ」

未希の話は最もだ。

だからこそ立花センセーはテコンドーの動きを取り入れることを考えたんだろうか。

 

今回のイベントに用意する曲は3曲だ。

たった3曲。

といっても一年生の中には高校で初めて楽器演奏するヤツもいるから、初歩的なところで何度も何度もつまづいて、全体で曲を通して演奏できるまでには1ヶ月かかった。

それも上手い訳ではない。

まあ人に聴かせてもいいかなってレベルだ。

それも楽器とか出来ない人にはなんとかってくらいだ。

 

演奏がつまづくたびにひと波乱が起きた。

泣きだしてしまう一年生の女子。

「くっそー」とか叫んで楽器を床に投げつけてしまう男子。

「演奏はともかく、泣いたり楽器に八つ当たりとかすんなよバカ!」と言うナナ。

「まあまあ。努力すればそのうちなんとかなるよ」となだめる未希。

「み、未希センパイ!」

何故か未希は一年生に慕われ、ナナはイライラ度を増していった。

「気合込めろー!」

ナナは毎日そう叫んだ。 

気がつけば一年生の人数は半分に減っていた。

 

7月に入ったころ、音楽室でミーティングが開かれた。

メンバーは立花センセー、部長のナナ、副部長のオレ、それと未希だ。

ナナがイライラ全開で言う。

「部員は減るし梅雨でジメジメしてムカツクねー」

未希が静かになだめる。

「でも残ってるメンバーはわりと良くなってきたよ。人前で演奏できるんじゃないかな」

「オレもそう思う。日比谷はもちろんだし、他にもなかなかいい演奏のヤツいるよ」

ナナが急にニヤリとしてオレを見て言う。

「たとえば?」

「えーと、テコンドーのコなんかパーカスうまいじゃん」

「そうだね。あとは?」

「あと?特技披露でマジックやってた男もいいじゃん。いいコントラバス弾くよ」

「そうだね。それと?」

「しつこいな。ブリッジしてたコは?けっこうフルートがうまいよ」

「金管隊は?シオと日比谷の他にもいるんじゃない?」

「オレと日比谷以外で?うーん、た、田中ちゃんもけっこういいよ」

「わあー!田中ちゃんとか言ってるー!キモーイ!」

ナナはそう言って腹をかかえて体を折って笑う。これが言いたかっただけか。

「ね、田中ちゃんとはうまく行ってるの?デートとかした?あ!チューとかはまだ早いよ!」

「し、してねーし。付き合ってねーし」

「あー!なんか今、噛んだー!」

ムカツク女だな!

立花センセーが話題を変える。

「ブラス・フェスティバルは来週よ。演奏はなんとか形になってきたけれど」

「なんとか・・・ですよね」

未希が冷静にそう言う。

「これにテコンドーの動きなんて追加して演奏できるでしょうか」

「できないでしょうね」

立花センセーはバッサリと言い切った。

「できなくていいんです。それが目的だからね」

「え・・・」

オレとナナと未希は固まった。

「テコンドーの動きをつけるのは3曲のうち1曲だけ。それもラストの曲。この方針は変えないからね。みんなヨロシクね」

立花センセーは優しい声でそう言った。

「センセー。一つだけいいすか」

オレは珍しく真顔で立花センセーに質問してみた。

「このやり方で・・・『景色』は見えるんですか」

景色・・・。

こないだ日比谷がソロ演奏した時に見えた草原の景色。

本気の演奏と、本気の聴き手がいた時にだけ見えるという『景色』。

「オレはまたあの景色が見えるような演奏をしたいんです」

立花センセーはニコっと笑って即答した。

「きっと見えるよ。みんなの音がお客様の心に届けばね」

音が心に・・・か。

オレは密かに拳に力を入れた。

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2009年1月11日 (日)

ブラスバンドライフ7.フェスタ

7月中旬。ブラスフェスティバルの当日だ。

 

昨日まではどんよりどんよりな雲が広がってて「こんな天気でやんのかよ」とか思ってたんだけど、いきなりカラっと晴れた。

晴れたはいいが気温がぐぐっと上がって一気に夏日になった。

ここまで晴れろとは願ってない。

朝、家を出たらすぐに汗が出た。

「あぢー」

トランペットを入れたケースを持って、会場となる橋本へ向かう。

オレはトランペットだからまだいい。

ティンパニーとかの大きすぎる楽器のヤツも、軽トラックで運ぶからまだいい。

中途半端な大きさのチューバとかのヤツらが悲惨だ。

今回は会場が駅前だという理由で大きなトラックが使えず、大きな楽器だけを軽トラックで運ぶという事になってしまったから大変だ。

重い目に遭いながら、汗をだくだく流しながら会場へと向かう。

 

会場の橋本には朝10時に着いた。

駅前のメインストリートには屋台などがたくさん出ていて、すでに人だかりとなっていた。

この七夕祭りは朝9時から夜8時まで開催されるお祭りだそうだ。

メインイベントは二つ。

メインストリートで行われる総勢100名によるダンスパレード。

そして仮設ステージで行われるブラスフェスティバルだ。

ブラスフェスティバルはオレらみたいな学校の吹奏楽部や、小編成の市民の吹奏楽団が出るということだ。

トリは何故か地元出身のプロ女性歌手が吹奏楽団の音をバックに歌うらしい。

 

お昼過ぎにブラスフェスティバルが開始された。

全10組が30分交代で演奏していく。ちなみに30分には楽器セッティング時間も含まれる。そんくらいおおめに見てくれっての。

オレらの出番は3番目。わりと前半だ。

 

「立花センセー!田中ちゃんがキンチョーで過呼吸になってます!!」

待機場所でたこ焼きを食いながら待っているとテコンドー女がそう叫ぶのが聞こえた。

見ると田中ちゃんが苦しそうな顔してうずくまっている。

思わず駆け寄るオレ。

「だ、大丈夫か田中ちゃん!お、落ち着けってオイ! おちつけらろ・・」

オレが落ち着いてない。自分に言いきかす。

「お、オレ、落ち着け!」

そう言って自分の足を手で殴ってみると、ちょっと落ち着けた。だがかなり痛い。

「ぐあ・・・いてぇ・・・」

そんなオレを見て田中ちゃんは笑った。

「はは・・・塩崎センパイって・・・面白いですね。センパイ見てたら私も落ち着いてきました」

「お、おう。そうか」

田中ちゃんはゆっくりと立ち上がった。

その眼には、さっきまで過呼吸の苦しさの色はない。

「センパイありがとうございます。なんだか本当に落ち着きましたー!いつも助けてもらちゃってすいません」

「いや、まあ・・・大事な後輩だし・・・」

「大事な?!」

なんだか田中ちゃんは嬉しそうにそう言った。

「センパイ、今日頑張りましょうね!」

丸顔な田中ちゃんが元気にそう言うとオレもなんだか元気になってきた。

 

『プログラムナンバー3番、多摩境高校吹奏楽部さん、楽器セッティングしてください』

出番は午後1時にやってきた。

オレらは仮設ステージに次々と楽器を乗っけていく。

早く準備してしまえば演奏時間も長くとれる。

ということは余裕を持って本番3曲に取り組めるってわけだ。

ナナが全体を仕切り、三十人の部員をテキパキと動かす。

「焦ないで!でも急いで!あ、アンタちゃんとティンパニーのストッパーかけて!」

打楽器関係のセッティングに苦労したものの、わりとすぐに設置完了した。

それぞれの配置に着く前、未希がオレに言った。

「塩崎くん『景色』見たいんでしょ。本気でやんなよ」

「いつでも本気だっつーの。ナメんな」

 

30人がそれぞれの配置につく。

オレはトランペットを持ちステージのほぼ中央だ。

前には指揮者の立花センセーと、フルート隊とクラリネット隊。

右隣には同じトランペットの日比谷。

左隣はトロンボーンの田中ちゃんだ。

さーて、やるかオレたちのステージを。心して聴けよなー。

 

一曲目は『となりのトトロ』。

誰でも知ってるジブリ映画の曲をやって家族連れの客の気を引くという作戦だ。

まあ緊張のせいで音がバラバラだったけど、それなりに拍手をもらえた。

「ふう・・・あっぶね・・」

思わず口走った。

隣の日比谷は「しまった」という顔している。どこかミスったのか・・・。

逆隣の田中ちゃんは緊張のあまり、曲が終わってもトロンボーンを構えたままだ。

「田中ちゃん、もう構え解いていいよ・・・今、センセーがマイクで司会してるから」

「あ、ふ、ふあー。緊張する・・・」

 

2曲目は『羞恥心』

つい最近ヒットした曲を吹奏楽にアレンジして演奏した。

これも音がズレたり、曲の途中で楽器を落とすヤツがいたりとダメダメだった。

それでも拍手が来た。

 

3曲目は『パイレーツ・オブ・カリビアン』

3曲ともポップス系にしたのは今回の場所がお祭り会場だからだ。

ホントはクラシックもやりたいんだけど、祭り会場でクラシックやっても仕方ない。

おかげでそれなりに客も足を止めて聴いていてくれている。

戦いっぽいメロディーのところで、ナナと数人が例のテコンドーの動きを実践した。

楽器を床に置き、指揮者の立花センセーの横でテコンドーっぽく戦う。

ナナが次々と敵をテコンドーで倒していくような寸劇となった。

「どうだ!」

ナナは敵全員を倒してそう言ったが、なんでか客は拍手が少なかった。

「あ、あれ?」

あれ?という気持ちが部員に広がる。

その動揺からか、全体のリズムが一気にバラバラになった。

「ヤバイ!」

と思ったが、もう遅かった。

曲はバラバラになり、とうとう演奏が止まってしまった。

スタージ上に、押しつぶされそうな程の重い空気が舞い降りた。

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2009年1月12日 (月)

ブラスバンドライフ8.演出

パラパラとした拍手が夏空に響く中、オレたちはステージから楽器を降ろした。

「なんでスベッた?」

オレはそればっかり考えながら楽器を運んでいた。

 

1、2曲目は盛り上がっていた。

3曲目のパイレーツ・オブ・カリビアンも最初はいい雰囲気だった。

テコンドーでのナナの立ち回りあたりから観客に苦笑が見えた。

結局、テコンドーの場面が終わったとこで、その妙な雰囲気に戸惑って曲が止まってしまった。

すぐに立花センセーが指揮を振りなおして演奏を再開したけど、一体感のない演奏になってしまって、そのまま最後までやった。

 

人にはそれぞれ違った価値観がある。

人から見たら小さな小さな演奏会だとしたって。

それに想いを込めて演奏する人がいたりする。

 

立花センセーの口癖が頭に響く。

今日のオレ達の演奏は観ていてくれてる人達に届いてなかった。

人にはそれぞれ違った価値観がある。

オレ達の演出はただの内輪ノリでしかなかったのか・・・?

ノリ・・・か。

想いを込めてなかったのかもしれない。

オレは中学からずっと5年以上トランペットを吹いてきて、この日初めて悔し涙が出た。

 

 

翌日の音楽室は、会話こそあるものの笑い声は少なかった。

「シオ、昨日の演出・・・もうヤメだね」

珍しくナナまでトーンの低い声でそう言う。

「だな。秋の第一回演奏会ではナシだな。パイレーツ・オブ・カリビアン自体はいいけど」

「はあ。よく考えると、曲の世界観とテコンドーの世界観が全く関係なかったもんね」

「だな。多分、海賊のカッコしてサーベルで戦うのはアリだったと思うんだけどな」

「そうかもね。でも、なんかああいう演出する勇気なくなっちゃったよ」

「オレも」

二人でため息をつく。

そこへ未希がやってきた。

なんでか少し怒ってる顔をしている。

「だから賛成じゃなかったのよ。テコンドー演出」

未希は仁王立ちでオレとナナを睨む。

「ちゃんと演奏のみで魅せればいいのよ。たとえヘタだとしたって」

未希はオレ達の中では演奏レベルが高い。

去年は町田市のコンクールに4人アンサンブルのリーダーとして参加して金賞を獲ったくらいだから多摩境高校に置いておくのはもったいないくらいだ。

その未希が「演奏のみ」でやっていこうと主張している。

オレとナナは何だか逆らえない雰囲気になってしまった。

「で、でも・・・」

少し弱い声が後から聞こえた。

それは田中ちゃんだった。

なんだかオドオドしながらオレ達3人に言ったんだ。

このオドオド感がちょっとかわいい。

「どうした田中ちゃん」

「私は・・・スベル瞬間までは楽しかったです。楽しく演奏できてました」

楽しく・・・か。

「でもお客さんをガッカリさせちゃダメだよ。せっかく来てくれてんだから」

未希はピシャリと言い切る。

ナナより未希の方が部長みたいなセリフだ。

「そんなんですけどお・・・」

重い沈黙がこの場に流れる。

たった一度の失敗が昨日までの楽しい音楽室を消し去った。

なんだか練習する気にさえなれないような空気が部屋を埋め尽くしていく。

その空気を変える一言は近くにいた日比谷から放たれた。

「いーじゃねーすか。コケたって。もう一回やりましょうよ」

「は??」

オレとナナはハモッてそう聞き返した。

「もう一回っすよ。もちろん全く同じじゃなくって。ちゃんと曲の世界観にあった演出で。

 ま、リベンジってヤツですよ」

日比谷は全くメゲていない様子でそう言う。

思わずオレとナナは互いの顔を見てしまった。

「シオ。や、やる?」

「や、やってみんか?」

オレ達の中には敗北感があった。

演出に失敗したという敗北感。

負けたんだから、もういいかっていう思い。

それを日比谷はたった一言の言葉でもう一度やろうと言う。

リベンジという言葉で。

それだけでオレとナナには再び意欲が戻ってきた。

「日比谷、いいねそれ。リベンジ。ねえシオ」

「だな。リベンジ。オレらの今年の流行語大賞にしようぜ」

オレとナナがやる気を見せると未希がため息をついた。

「はあ・・・。やっぱりそうなるわけね・・・。なんだかそうなる気がしたよ」

ため息をつく未希も嫌な顔はしていない。

「でも今度はちゃんとプラン練ってキチンとやろうね」

「あたりめーよ!」

高らかに宣言してみたが、いい案はない。

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2009年1月13日 (火)

ブラスバンドライフ9.瞬間移動

夏休みに入った。

オレ達の通う多摩境高校は、すぐ横に山があるせいかセミがうるさい。

窓を開けておくとセミの声がうるさいので、夏休みは窓を閉めて練習をすることにした。

閉じ切りにした音楽室は、冷房が効くといっても暑い。

吹奏楽部は現在24人だ。

新入生がだいぶ辞めたけど、そこまで広くない音楽室で24人が一斉に楽器の練習をすると、やっぱり熱気がこもるというものだ。

 

この音楽室を夏休み中に使うのは吹奏楽部だけではない。

基本的に午前中はオレ達、吹奏楽部が使う事が多い。

でも午後は合唱部が使う。合唱部も立花センセーがかけもちで教えているので文句は言えない。

元からオレは立花センセーに文句など一言もないし。

 

立花センセーは忙しい人だ。

吹奏楽部・合唱部に加えて、来年からはハンドベル部の立ち上げメンバーになっている。

ハンドベル部なんてあるんだ・・・大変だな立花センセー。

オレでよければいつでも力になるよ。

・・・なんて大人みたいな事を言ってみたいもんだ。

 

「なにニヤニヤしてんのよ」

ふいに未希に話しかけられて「ひしゅ!」とかいう意味不明な声を出してしまった。

そうだ、今オレは朝から音楽室に来て、窓から見える校庭を眺めてたんだった。

「に、ニヤニヤしてたか?オレが?」

未希は見下したような顔で答える。

「してたよ。どーせ、校庭を見ながら田中ちゃんの事でも考えてたんでしょ」

「う・・・」

正解ではないが、ちょっと惜しい答えだ。

「ち、違えーよ。校庭でやってる運動部って頼もしいなあって考えてたんだよ。み、未来はな、ああいう元気な若者が担っていくんだぞ。期待してニヤニヤもするぜ」

「はあ?お爺さんみたい。しかも朝早いから誰も校庭で練習なんかしてないし」

言われて校庭を見てみると確かに誰も練習していない。

唯一見えるのは陸上部がマイクロバスに乗り込もうとしてる姿だけだ。

合宿でも行くのだろうか。と考えてると未希が「ああ」とつぶやいて言った。

「陸上部じゃん。なんか山中湖まで合宿に行くらしいよ」

「山中湖まで?遠くまで行くんだなー。オレ達も合宿でもする?」

「塩崎くん。合宿なんかして田中ちゃんと仲良くなりたいの?私服とか見たいんでしょ」

「そういう事じゃなくてさ」

合宿とかすると吹奏楽部のメンバーも私服とかになるのだろうか。

田中ちゃんの私服姿は確かに見たことないな。かわいいのかな。

「ん!?」

変な事を考えてしまったので思わず叫んでしまった。

「ど、どうしたの」

「い、いや・・・」

おかしいな。

なんだか最近、本当に田中ちゃんの事ばっか考えてるぞ。

オレは立花センセー一筋なのにな。

田中ちゃんか・・・。

 

その日、全体練習の後でトランペットの手入れをしていると、ナナが話しかけてきた。

「シオ、シオ」

「なんだよナナ」

「そろそろオリンピックでオグシオ出るね。シオはシオの応援すんの?オグ?」

なんだか意味わからん事言うね、ナナは。

「あのな、ナナ。あの人達はプロなんだからオグとかシオじゃなくってさ。ちゃんと塩田さんとか小椋さんとか言えよ」

「塩崎はシオでいいんでしょ?」

「オレはいいけど」

シオってニックネームに悪い気はしない。

中学まではずっと「塩漬け」という嫌なあだ名だったからだ。

「塩漬け」から変化して「漬物」だとか「浅漬け」だとか、はたまた「おふくろの味」とかいう塩崎とは何の関係もないあだ名の時期もあった。

「そんで何の用だよ、ナナ」

「オグシオだよ」

「はあ?」

ナナは真顔でそう言った。

なんなんだコイツは。3年間ずっと同じ部だけど、やっぱり意味がわからん。

「なにアタシの顔をマジマジ見てんのよ。見過ぎるとホレるよ」

「それはない」

ナナの激怒の蹴りが脇腹に入った。まじめに痛い。

「ぐお・・おまえ・・ちょっとは女子らしくしろよ・・・」

ナナは別にかわいくない訳ではないけど、この凶暴さが嫌だ。

「で、オグシオって?」

「この子よ」

よく見るとナナは横に男子を連れていた。

こいつはサックス担当の一年生だ。あんまりパッとしない男で・・・確か例の特技披露では何故かマジックをやって失敗したヤツだ。

名前は・・・小倉だったか。そうか。それでオグシオか。オレ的には手品クンだが。

「で、こいつがどうしたって?」

「小倉くんがね・・・いい案を出してくれたのよ。さすが手品好きね」

「案って・・・演奏会の演出案か? 手品なんて嫌だぞ。スベル」

オレがあからさまに嫌そうな声を出すと、手品くんは怯んだがナナは威勢よく言った。

「スベらないよ多分。なんていったって瞬間移動だもん!」

瞬間移動?

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2009年1月14日 (水)

ブラスバンドライフ10.吹奏楽部の夏

夏休み中、毎日毎日オレらは音楽室にこもる。

海に行ったりもしない。山に行ったりもしない。

せっかくのティーンズライフの夏をほとんど音楽室で過ごす。

 

演奏会での曲数は10曲ある。

こないだのブラスフェスティバルの3曲でさえ脱落者が出たから、今度は何人が辞めるのかと不安に思っていたんだけど、意外にも誰も辞めることなく練習は続いた。

 

ブラスフェスティバルでの悔しい思いがみんなにはある。

そして何より第1回演奏会への意気込みがあるんだ。

 

音楽室を使えるのは午前中だけ。

だからオレらは朝早くから音楽室に入り練習をする。

午後は合唱部が使うのだけど、合唱部が休みの時は午後までというか夜まで練習した。

 

こういう風に、あまりに熱心になってくると必ず文句を言う者が現れる。

部員じゃあない。こういう盛り上がってる時は部員からは文句は出ない。

親だ。

 

吹奏楽や音楽活動に理解がある親なら文句は言わない。うちの親もそうだ。

でも楽器すらやったことの無い親には、吹奏楽部のキツイ練習が理解できないようだ。

 

「なんで毎日毎日、朝早くから練習する必要があるんですか!」

「文化部でしょ!夜遅くまでやることないでしょう」

「体育部でもないのに疲れるほど練習させないでください!」

 

音楽活動となる吹奏楽部は文化部に属する。

体育部の人には理解しにくいらしいが、吹奏楽部の体質は体育部に近い。

上下関係はキチンとしなければならないし、挨拶はヘタな体育部よりも大声でする。

それに、コンクールがある以上、勝負の世界でもある。

多摩境高校はまだコンクールには出ていない。そのレベルには無い。

個人としては、未希とその仲間で四人で奏でる「クラリネット・アンサンブル」に出場を果たして、それなりの成績は残せた。

悔しいが、うちの吹奏楽部で一番うまいのは未希だ。

3年生で唯一、音大を目指しているだけはある。

未希はこれから先、勝つか負けるかの戦いを何度も繰り返すことになる。

 

夏休みが終わる頃になると、親たちも慣れたのか、あきらめたのか、何も言わなくなった。

何を言っても、今の吹奏楽部は止まらなかった。

リベンジ。そして瞬間移動。

この二つの言葉が、みんなを動かしていた。

 

 

少しだけ、涼しくなったかなと感じ始めた8月の終わり。

オレと未希とナナは立花センセーと一緒に、演奏会を行うホールに見学に行った。

係のオッサンに案内されて、ロビーから客席に入ると、思っていた以上にきれいなホールだった。

さっそくナナが歓声を上げる。

「うひゃー。けっこういいホールじゃん!ホントにここでやれるんだー!」

その声がホール全体にこだまする。

「うっわ、ビックリした!カラオケみたい」

未希は冷静に分析をする。

「ずいぶん響くホールだね。これなら小さなソロ演奏とかもお客さんに聞こえるね」

「だな。お客さんにオレらの音楽が届かないと意味ないからな」

オレもうなずく。

ブラスフェスティバルでは、お客さんに「音」は聞こえても「音楽」が聴こえてなかった。

心を込めた演奏は、時には小さな音量で奏でられる場面もある。

こんなに響くホールであれば、思う存分に心を込められる。

立花センセーも深くうなずいている。

見学の帰り際、案内係のオッサンに呼び止められた。

「立花先生。そういえば聞くの忘れてたんですが・・・、ロビーに受付とか出しますよね」

「ええ、そうですね。机でも出して、その上に演奏会のプログラムでも置こうかと」

「実はですね。うちのホールでは受付係二人と、客席のドア係を三人つけないとダメなんですよ。生徒さんでいいんですけど、手配できますか?」

「ドア係ですか?」

なんじゃそれ。

「ええ。最近は客席の扉のところに誰かを配置しなくちゃいけない決まりがありまして」

「・・・わかりました。三人用意します」

立花センセーはちょっと困った顔をしながらそう言った。

 

 

翌日、音楽室では受付係とドア係の計五人をどうするかって話題になった。

といっても吹奏楽部が全員ステージの上で演奏してる時の仕事だ。

他の部のヤツに頼むしかない。

ドア係は立花センセーが合唱部から三人女子を連れてくるという。

でもそれ以上の人数はムリそうだという話だった。 

 

「ドア係はともかく受付係は、ちょっとはかわいい女子じゃないとダメだよな」

これはオレの意見。誰も聞く耳持たずだ。

と、思ったら田中ちゃんが大声を上げた。

「わ、わたしやります!!あんまりかわいくないですけど・・・」

「いや、田中ちゃん・・・そういう事じゃなくて・・・田中ちゃんは出演中だから」

「あ・・・そうか・・・」

田中ちゃんはガックリとしたが、すぐにまた大声を上げた。

「あ!! いいクラスメイトがいます! 同じクラスで。かわいいコと美人なコ!」

「へえ!!」

思わず嬉しそうな声を出したら、田中ちゃんは少しオレを睨んだ。ご、ごめんて。

「ナニ部の人?ちゃんと受付とかできそう?」

立花センセーが言うと、田中ちゃんは「うーん、多分」と言って、やや間を置いてから「大丈夫です。」と力強く答えた。

女子の友好関係は大事だ。

男子はこういう事はなかなか手伝ってくれない。「メンドイ」とか言って。

田中ちゃんは役に立てたのが嬉しいらしくて声のトーンを上げてしゃべる。 

「じゃあ明日、二人をセンセーに紹介します」

田中ちゃんが言った二人は名前からしてかわいい感じがした。

二人とも陸上部だというが体育部の人で平気だろうか。少し不安はある。

ともかく、これでスタッフもそろったよ。あとは練習に集中だ。

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2009年1月15日 (木)

ブラスバンドライフ11.開演5時間前

10月10日。

カラッとした秋の晴天。

思えば今日までの道のりは長かった。

夏の終わりにドア係や受付係を決めてからは猛特訓の毎日だった。

その間に何度か人前で演奏する機会があった。

 

 

9月のアタマには老人ホームに10人くらいの小編成で乗り込んだ。

昔なつかしの曲を3曲ほど演奏した。

その中で好評だった「いい日、旅立ち」は今日の演奏会の曲目にも入れた。

 

同じく9月下旬には春にやった幼稚園で再び「楽器に触ろう」の企画で行った。

今度は本番用の楽器は持っていかずに、幼稚園生には気軽に楽器に触ってもらった。

何故だか今回は嫌な気分にはならなかった。

と、いうか幼稚園生が元気に打楽器で遊んでいるのを楽しく見れた。

 

そしてつい先週、10月のアタマには学校の文化祭で演奏した。

この時も3曲やった。

今年のヒット曲だ。「羞恥心」に「キセキ」に「ポニョ」。

どれも盛り上がったがテコンドーなどの演出はやめておいた。

羞恥心で手をグルグル回すくらいの振り付けをやった程度だ。

 

そうした経験を積んで、ついにこの日がやってきた。

実は再び親から「帰りが遅い」とのクレームもあった。

なにしろ夏休みと違って授業が終わってから練習するわけだ。

帰りが遅くて心配にもなる。

おまけに3年生は受験だってある。

それでも「10月10日までだから」と言って、オレも未希もナナも他の3年も、夜遅くまで練習してきた。

多摩境高校吹奏楽部 第1回定期演奏会。

全てはこの演奏会の成功のためだ。

 

 

朝9時、オレらはトラックで運ばれて来た楽器をホールの舞台へと運んでいた。

ナナが部長らしく仕切る。

「2、3年生は楽器を舞台の上に運んでー!未希は楽器の配置を立花センセーと相談しながらドンドン設置していってー!!あと座るイスもね!」

「わかったー!」

「シオ!1年生を連れて、舞台のひな段をホールの人と一緒に組んで!」

「りょーかい!!」

吹奏楽部は25人なので、全員がイスに座ると、後ろの方に座ったヤツはお客さんから見えなくなってしまう。

なので後ろの一列だけは、ひな段と呼ばれる台を作り、その上にイスを設置するのだ。

そうすりゃ後一列は高いところに座ることになり、お客さんからも見える・・・というわけだ。

まあ、これは自慢できる作戦じゃあない。

どこの学校の吹奏楽部でもやっている「常識」だ。

その辺は立花センセーが慣れている。

 

「ひな段完成ー!」

ひな段が完成してオレは右腕を突き上げて高らかに宣言した。

「じゃあ楽器置くからどいてどいて」

未希がシラっとした顔でイスと楽器を配置させていく。

「チ、なんだよ」

オレが舌打ちすると田中ちゃんがなだめる。

「まあまあ塩崎センパイ。機嫌悪くしないでくださいよー。みんなテンション上がり気味なんですよー。焦っちゃたりする人だっているかもですよー」

そういう田中ちゃんも目が泳いでる。一番テンパってるのは田中ちゃんかもしれない。

なんだか心配だな・・・。

 

楽器の設置が終わると、マイクのチェックやら電気の調整(照明と呼ぶ)が始まった。

瞬間移動の発案者、マジック失敗男が照明スタッフと何やら打ち合わせしている。

心配らしく未希が付き添っている。

瞬間移動は失敗したらダサイことこの上ない。

未希とマジック失敗男がちゃんと打ち合わせしてくれる事を祈る。

 

マイクのチェックではナナが舞台上でスタンドマイクでしゃべる。

「ただいまー!!・・・・・・」

な、なんじゃそのセリフは・・・。台本にあったか??

「・・・マイクのチェック中ー! ただいまマイクのチェック中ー!あー!あー!」

 

オレはというと日比谷とテコンドーと柔軟の4人でプログラムにチラシを入れる作業をしなくてはいけない。

プログラムは3枚折りで作ってあって、開くと「部員募集中!」のチラシが出てくるようにするのだ。

ちなみにプログラムのタイトルは「多摩境高校吹奏楽部 第1回定期演奏会」だが

サブタイトルは「始まりを目撃しろ!」だ。

これはオレが勝手に決めた。

女性陣からは猛反対をくらったけど、日比谷は大賛成だった。

部員募集中のチラシはナナが書いた。

かわいい女の子のイラストに吹き出しがついていて、そこにこう書かれている。

 

「アナタも楽しいブラスバンドライフを送ってみませんか?」

 

当初は「吹奏楽漬け」と書いてあったが、なんかキツそうなイメージなので

ブラスバンドライフという表現になった。

 

「塩崎センパイ! 受付係の二人を連れてきましたよー」

田中ちゃんがかわいい女子を二人連れて来た。

一人はノーメイクでナチュラルな優しそうなコだ。

「若井くるみといいます。今日は自信ないけど頑張って受付しようと思います」

もう一人は一年生なのにバッチリメイクのスラッと美人だ。

「早川舞です。田中ちゃんに頼まれたんで仕方なく来ました」

「あ、ああ・・・よ、よろしく」

オレは二人に受付の説明をしてその場を去ろうとした。

「じゃあ、よろしくね」

受付を離れ、舞台に向かう。

その時、意識してなかったんだけど、後で若井さんが田中ちゃんに話しかける声がした。

「田中ちゃん、今日言うの?」

「うん・・・うまく演奏出来た時は・・・言う!」

「わあ・・・勇気あるなあ」

なんの話だろ・・・。クラスの仲良ししか知らない話だろうか。

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2009年1月16日 (金)

ブラスバンドライフ12.開演30分前

開演まで2時間を切った。

 

舞台の上ではオレら吹奏楽部が最後のリハーサルをしていた。

「うーん、パーカス隊、ちょっと音大きすぎ。七見さん、みんなをもっと抑えて。テンション高すぎるからね」

指揮をする立花センセーが各セクションにダメ出しをする。

「フルートとクラリネットは逆に小さいかな。未希ちゃんはいいけど、他の人はもっと自信持ってみよう。そんなにヘタじゃないから」

いつもは静かな立花センセーだけど、今日はよく注意する。

さすがに指導者としての血が騒ぐのかもしれない。

「塩崎くん。金管隊はリズムより早く走り過ぎ。塩崎くんと日比谷くんはいいけど、他の人はもっとよく私の指揮を見てね。特に田中さん、焦って早くなりすぎだよ」

「あ、ははい!」

注意されて真っ赤な顔で返事する田中ちゃんを見てオレはちょっと笑った。

バカにしたんじゃない。

なんだか和んだんだ。

でもオレは田中ちゃんに小声で言った。

「田中ちゃん。力入り過ぎだよ。リラックスしていこ!」

「あ、すいません。でも、大丈夫ですか?私。ちょっと自信が・・・」

焦りが顔に出てる田中ちゃんを見て、オレはとんでもない事を口にしてしまった。

「大丈夫だって。オレがついてるし」

「え!?」

近くの数人にそのやりとりが聞こえたらしく、驚いた顔でオレをチラ見した。

それを見て、オレはなんだか恥ずかしい事を口にした事に気がついた。

「あ・・・」

気がつくとオレも田中ちゃんも顔が真っ赤になっていた。

 

リハーサルは順調に進み、山場である瞬間移動の練習に入った。

演出の発案者、マジック失敗男がブツブツとつぶやく。

「暗くなる・・・ナナ先輩のパーカス・・・明るくなる・・・テレポート・・・・」

発案者のクセに不安らしい。

いや、発案者だからこそ不安なのかもしれない。

 

実は瞬間移動ではオレはかなり目立つ事になる。

内心ドキドキしてるんだけど、表には出さないようにしてる。

だってダサイだろ。3年の男がビクビクしてたらよ。

だいたい、吹奏楽部の男ってどの学校もなんだかダサイやつが多いんだよな。

映画「スィングガールズ」を見てみろよ。男はスッゲーなよなよしてるだろ。

あんなヤツが多いんだよ。

でもオレは違うぜ。ってとこを見せてやりたい。

 

リハーサルが終わった。開演までは残り40分てとこだ。

瞬間移動も曲の練習もなんとかなった。

最後の曲のリハーサルが終わって、イスから立ち上がろうとした時、何故か誰も立ち上がらなかった。

オレも同じだ。動けなかった。

「あとは・・・本番だけね」

立花センセーだけは普通に指揮者台のところに立っていて、そうつぶやいた。

「今ので練習は全て終わり。みんな、よくここまで頑張ったね。

今日でこのメンバーで演奏するのは最後だからね。力いっぱいやろうね」

そのセリフが聞こえた時、いきなり目が熱くなった。

ヤベエ!!

泣きそうになるのがわかって、歯を食いしばって耐えた。

周りからは何人かが鼻をすする声が聞こえ、それがホールに響く。

なんでこうなるのかって?

この演奏会で、オレら3年生は引退だからだ。

吹奏楽部というのは最後に定期演奏会をして引退をするのが普通だ。

その後は、受験や就職活動が忙しくなるので、ここでひと段落してしまうんだ。 

 

田中ちゃんが泣いている。

未希も涙ぐんでいる。

ナナは・・・オレと同じく歯を食いしばっていて、まるで鬼の形相だ。怖え!!

立花センセーは、みんなを一度見まわしてから言った。

「第1回発表会がこのメンバーでの最後になるなんて変な感じだけどね。

悔いの無いように最後の最後まで頑張ろうね」

ナナが肩を震わせている。

頼む、ナナ。

お前は泣かないでくれ。

いつでも強気だったお前が泣くのなんて見たくない。

そんな姿見たらオレも涙をこらえきれない。

だから頼む。お前だけは泣かないでくれ。

「みんな・・・」

ナナがちょっと上ずった声でしゃべりだした。

「円陣組むよ」

ナナに言われてオレらは全員で円陣を組んだ。

25人と立花センセー。大きな大きな円陣だ。

そしてナナはいつもの力強い声で叫んだ。

「このメンバーでの最後の戦いだー!みんな気合い入れてくよー!

 多摩境高校吹奏楽部ー!! いくぞー!!」

「はい!!!」

全員の大きな掛け声がホールに響いた。

 

そして、すぐに開場時間となり、お客さんが客席に入ってきた。

第1回演奏会。まもなく開演だ。

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2009年1月17日 (土)

ブラスバンドライフ13.開演ベル

13時30分。

ホールは開場時間となった。

開演時間は14時00分の予定なので、お客さんはこの30分の間に受付を済ませて自分の席につくことになる。

このホールは500人ピッタリの客席数だ。

開場してすぐに50人くらいが受付した。

その後、次々とお客さんがやってくる。

誰も来なかったらどうしよう・・・と田中ちゃんは不安そうだがオレは心配してなかった。

なんつったってオレが出るんだぜ。

ちゃんとクラスのみんなに声はかけておいた。

 

オレと未希はロビーにある受付の横でお客さんを眺めていた。

色んなお客さんがやってくる。

クラスメイト、交流のあった他の高校の吹奏楽部のメンバー、先生たち。

嬉しかったのは「楽器に触ろう」企画で行った幼稚園の先生たちが来てくれたこと。

「みんなのホントの演奏が聴きたくて」

そんな言葉をかけられて思わず飛び上がりそうになったが、高校男子たるもの、そんな事しちゃサマにならんのだよね。うん。

 

オレと未希のところへ、パーカスのテコンドー女子がやってきた。

「どした」

「いえ、あの・・・クラスの友達の男子を呼んだんですけど、来るかなって・・気になって」

オレはつまんない事を聞いてみた。

「気になる男?」

我ながら女ゴコロを気にしてないセリフだけど、テコンドー女子はちょっと照れて答えた。

「いえ、そういうんじゃないんですけど・・・。クラス内では少しだけ仲良く男子で。

 音楽を生で聴いたこと無いって言うから、来てって言ってみたんです。来るかな~」

少し待つとテコンドー女子は、歓声を上げて手を振りだした。

ちょっとぽっちゃりな男子が照れながら手を振り返す。

「あ、あの男の子です!やったー、来てくれたんだ大山くんー」

大山くんと呼ばれた男子は受付でプログラムをもらって一人で客席に向かっていった。

それを見届けるとテコンドー女子は「うし!」と言って楽屋へと走っていった。

「青春だねー」

未希がちょっと羨ましそうな声を出す。

「だな」

オレもうなづく。

「ねえ塩崎くん。高校なんて青春だらけだよね。あ、ホラ見てよ、あのお客さん」

未希が指さす先には、優しそうな感じのうちの学校の男子がいて、受付スタッフの若井くるみと笑顔で話してた。

「あの男子なんかすごく若井さんの事好きそうな笑顔じゃん。ホント青春だよね」

未希の言うとおりだ。

高校生なんてドコ見ても青春ばかりだ。

その恋愛とかを疎かにしてでもオレらは吹奏楽を練習してきたのに。

「ねえ塩崎くん。今日の私たちの演奏で、お客さんをハッピーな気分に出来るかな」

未希は真顔でオレを見た。

珍しくオレも真顔で答える。

「出来るだろ。それでいてオレらもハッピーな気分になろうぜ」

 

13時55分。

開演5分前のベルがホールに鳴り響く。

「チョー、キンチョール!」

舞台の袖でナナが意味不明な声を上げた。

「ほんとキンチョール」「まじ、キンチョールよー」

よくわからんセリフが飛び交う。

部員全員が舞台袖に集まる。

飛び跳ねるナナ、真剣な面持ちの未希、笑顔の日比谷、硬い表情の田中ちゃん。

テコンドー女子、マジック失敗男、柔軟女、エトセトラの仲間たち。

立花センセーは、そんなみんなを見回して優しい声を出した。

それは久し振りに聞く、あの言葉だ。

「みんな、忘れないで。 

人にはそれぞれ違った価値観がある。

人から見たら小さな小さな演奏会だとしたって。

それに想いを込めて演奏する人がいたりする。

そう。

私たちの音を会場のみんなに届けよう!」

いろんな表情をしていたメンバー達が一つの表情になった。

笑顔だ。

演奏前だってのに笑顔になったんだ。

ちょっとコレはいい感じなんじゃねーの?ゾクゾクしてきたよオレは。

 

そして今、開演ベルが鳴り響く。

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2009年1月18日 (日)

ブラスバンドライフ14.辿り着いた舞台

10月10日、午後2時ちょうど。

 

多摩境高校吹奏楽部・第1回定期演奏会の開演ベルが鳴り響いた。

ざわざわしていた客席が静かになる。

ベルが鳴り終わると、会場全体の照明が暗くなった。

先頭を切って出るのは未希だ。

「みんな、行くよ」

少し張りつめた声を出して、未希が薄暗いままの舞台に歩きだす。

未希に続いてオレらも舞台へと踏み出した。

 

薄暗い舞台を歩き、オレは自分の席へと到着した。

右隣には日比谷、左隣には田中ちゃん。

いつもの練習と同じの慣れた配列。

でも表情はいつもとは違う。それは薄暗い中でもわかった。

オレだってそうだ。

何故だか鼻の先に汗が出るのだ。これが本番の緊張なのか。

心臓の鼓動も早くて大きい気がする。

近くのヤツに聞こえるんじゃないかと思えるくらいだ。

「ふうー、ふうー」

田中ちゃんは少し過呼吸気味な感じだ。

見かねてオレは田中ちゃんに微笑みかけた。

そんなオレを見て田中ちゃんは一瞬、不思議そうな表情を見せた。

この表情がすごいかわいかったが、田中ちゃんは一回うなづいて、集中した顔を見せた。

いい感じだ。

 

薄暗い中、全員が席につくと、チューニングが始まる。

チューニングとは、簡単に言うと全員の音程を合わせる作業である。

コンサートマスター(女性の場合はコンサートミストレス)の楽器の音に、他のメンバーも音程を合わせるのだ。

チューニングが終わると、舞台全体に照明が降り注いだ。

まぶしい!

思わず目を閉じる。

でもすぐに開けると、舞台上のみんなが見えた。

客席は暗くてよく見えない。それはそれで助かるけど。

 

照明がついてすぐ、舞台袖から指揮者である立花センセーが入場してきた。

ここで客席からワッと拍手がまき起きた。

立花センセーは真ん中にある指揮者台の横で、オレらに手で合図をする。

その合図でオレらは全員が立ち上がり、客席に向かって立花センセーと共に礼をした。

拍手がさらに大きくなる。

 

ああ、やっとここまで来たんだな。

 

そう、オレは演奏会に出てみたくて吹奏楽を始めたんだった。

始めたのは中学の時だ。

中学の時は一年から三年まで定期演奏会に出ていた。

創立したばかりの多摩境高校に入り、吹奏楽部に入り、メンバーの少なさが理由で演奏会が出来ないとわかった時、マヌケな事にオレは半泣きで立花センセーに文句を言った。

「演奏会できないってどういう事ですか!じゃあ何を目標に頑張ったらいいですか!」

あの時の立花センセーの優しい声が二年半もたった今でも鮮明に覚えている。

「ごめんね塩崎くん。でもいつか・・・いつか、演奏会が出来る時が必ず来るはずだよ」

「いつかって・・・」

「来年かもしれないし、もしかしたら再来年かもしれない。でも必ず塩崎くん達がこの学校にいる間に演奏会まで辿り着くように一緒に頑張っていこう」

あれから二年半。何人も何人も辞めていく中、オレや未希やナナ、そして何人かの三年生が生き残り、やっと辿り着いた舞台。

今、その一曲目を奏でるために、立花センセーが指揮者台に登る。

オレは何故だか自然と笑みがこぼれていた。

一年生の日比谷やテコンドー女子たちも笑顔があふれている。

立花センセーも一瞬表情がほころんだ。

すぐに真顔に戻り、指揮棒を構える。

オレらも楽器を構え、指揮棒に注視した。

注目された指揮棒は、「待ってました」とばかりに静かに振り下ろされた。

 

音が、みんなの音が、奏でられていく。

みんなの音が音楽となり、その音楽が会場を包み込んでいく。

お客さんにだけじゃない。

オレらメンバーにも音楽は降り注いでいる。

上手な演奏じゃあない。そんなのは演奏してるオレらが良くわかっている。

でもなんだろう?この心地よい感覚は。

もちろん必死こいて譜面と指揮棒を追いながら演奏してるんだから大変なんだけど、心地よい必死さなんだ。

楽しい。

そうだ、楽しいんだ。

夏のブラス・フェスティバルの時は「盛り上げてやろう」と考えていた。

「なんとかうまくやってやる」という気持ちで演奏していたので「楽しい」という感覚は無かった。

でも今は違う。この演奏を楽しんでいる。

人前で、こんな楽しんで演奏するのは初めてだ。

 

演奏会は二部構成となっている。

第一部はクラシックを五曲、何の演出もなく音楽のみで聴かせる。

曲目は有名なものを選んだ。

お客さんが聴きやすいという理由もあるが、本当の理由はオレらが曲を覚えやすいというのが一番だ。

オレらはヘタだ。未希以外は。だから有名な曲の方がやりやすいという訳だ。

四曲を演奏し終わると、オレに大役が回ってくる。

五曲目の紹介を、オレがマイクで説明するのだ。

いや、もっとカッコよく言うとMCってヤツだ。

 

オレは舞台のハジにあるスタンドマイクの所に移動した。

するとスポットライトがオレだけに当たる。

おお、オレ目立つじゃん。イケてるか? でもまぶしい。

いや、まぶしいのはオレの存在だっつーの。まあいい、しゃべろう。

「み、みみみ、み・・・みみ!」

うわー!なんじゃコレ!舌が乾いて噛みまくりだ!信じられんねー!イケてねーし。

「み、みなさん、こんばんわ」

「まだ2時だぞー」

「あ、そうでした・・・。じゃあ、こんにちは」

何故か会場がドッとうける。顔がめちゃくちゃ熱くなってきた。

「え、えー。四曲続けてお送りしました。み。みみみ・・・みなみさん」

メンバーもお客さんも大笑いだ。オレってこんなマヌケキャラだったのかー!

「みなさん、と、届いたですか」

なんだか怪しい中国人みたいになってしまった。汗が出まくる。

会場から「何がー?」という声が聞こえる。

何がって・・・。

立花センセーの「あの言葉」が頭に響いた。

 

人にはそれぞれ違った価値観がある。

人から見たら小さな小さな演奏会だとしたって。

それに想いを込めて演奏する人がいたりする。

 

「ぼくらの音はみんなに届いていますか?」

オレのこの言葉に開場が拍手で応えてくれた。

ものすごい拍手。

こんなヘタな演奏だってのに・・・。ありがとうみんな。

「ありがとうございます。 本当に嬉しいです」

ちょっと上ずった声で言ってしまった。かまわず続ける。

「早いもので第一部も次の曲で最後となります。

ぼくらは、まだまだこんなに下手なんですが、それでも正々堂々とここまで練習をしてきました。

その正々堂々さをこの舞台上で表現したいと思います。

それでは、第一部最後の曲です。

エルガー作曲、威風堂々」

オレらはヘタなりに堂々と演奏した。

ヘタということに、恥じらいはなかった。

そう、まさに威風堂々と。

 

そして演奏会は大拍手の中、第一部が終わった。

この後の第二部は・・・いよいよ演出のリベンジと瞬間移動だ。

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2009年1月19日 (月)

ブラスバンドライフ15.ポップスステージの涙

「ちょう緊張したー!!」

休憩時間に入り、舞台袖に戻ってきたナナが大声でそう叫んだ。

「ナナ!声、でかいって!」

オレがそう注意するほどに大きかった。確実に客席に聞こえてそうだ。

「わかってるって、シオ。さあ、第2部は演出だよ」

「おお」

 

第2部はうって変わり、ポップスや映画音楽を吹奏楽用にアレンジした曲をやる。

こういう譜面は楽器屋に行けば置いてある。

バンドスコアを買ってもいいが、ちゃんと吹奏楽用に書き換えた譜面が出回っている。

こないだやった「羞恥心」や「ポニョ」にしたってそうだ。

それだけ色々な学校が、こういう曲にも取り組んでいるということだ。

 

休憩は15分。その間にオレ達は着替えをした。

第1部はクラシックだったので全員が制服を着ていた。

第2部はポップス中心になるので、カラフルなTシャツとジーパンという格好だ。

ジーパンは自前だけど、Tシャツはナナがデザインしたものを部員数だけ作った。 

シャツの色はパートごとに分けてあって、黄色、緑、青、赤など様々だ。

オレや日比谷、田中ちゃんのいる金管楽器パートは明るい青だ。

 

「スッゲスッゲ、似合いますよ塩崎センパイ!」

舞台袖に全員集合した時、日比谷がテンション上げ過ぎな声を出した。

「日比谷、お前テンションがクレッシェンドし過ぎ!」

「いやあ、テンションも上がりますって。なあ田中ちゃん!」

いきなり振られた田中ちゃんはオドオドしてる。

「わ、わたしは似合ってるかなあ・・・。普段Tシャツとジーパンって格好しないから・・・」

「いいんじゃん?!ねえ塩崎センパイ!」

「すげえいい」

本音だ。制服姿の田中ちゃんも好きだけど、こういうラフな格好の田中ちゃんもかわいい。

なんだか見ていてドキドキしてきた。

田中ちゃんってホントかわいいよな。こんなコに好かれてるかもなんて幸せだよオレは。

「ナニ見とれてんのよ塩崎くん」

いきなり未希が冷ややかな目をして話しかけてきた。

「み、見とれて悪いか」

未希はちょっと驚いた顔をしてから笑った。

「へえ!塩崎くん、否定しなくなったね!」

「え、あ! そうじゃなくてよ! て、てゆーか休憩終わるって」

慌てふためくオレを見て田中ちゃんは顔を赤くしていた。

でも、多分オレの方が赤くなってそうだ。

 

舞台に再び明かりが灯り、オレたちはTシャツ姿で出ていく。

客席からは拍手が鳴り響く。

指揮者の立花センセーもTシャツとジーパンという格好だ。

Tシャツの胸の部分には、筆記体っぽい感じでTAMASAKAIと書いてあり、ト音記号と四分音符と八分音符のイラストが描かれている。

ナナはイラストがなかなかうまい。オレは自分にない才能を持つヤツって尊敬してしまう。

指揮棒が振りおろされ、演奏が始まる。

 

まずは「ジブリメドレー」だ。

これは今年の春にやった「楽器に触ろう」企画で幼稚園に行った時でも、夏のフェスタでも評判が良かった「となりのトトロ」を中心に、立花センセーがオリジナルでメドレー化したものだ。

「トトロ」のような元気な曲から「君をのせて」のような切ない曲まで色々あるから、その感情表現に苦労した。

 

続いて「ジャパニーズ・グラフティ」だ。

これもメドレー曲で、吹奏楽の定番メドレーとなる。

要は日本のナツメロのメドレーなのだが、今回は宇宙戦艦ヤマトや銀河鉄道999といった、昔のアニメの曲をやる。

ジブリが新しいアニメ曲で、ジャパニーズで古いアニメ曲をやったって訳だ。

どちらも会場から手拍子が出るという、予想外な事が起こり、演奏していて気持ちよくってしょうがなかった。

「ああ、吹奏楽やってきて良かったな」

そう思うと、しんみりしちまうので、そういう考えは頭から吹き飛ばして演奏した。

 

この曲終りで立花センセーの司会が入る。

「みなさん、新旧のアニメメドレーはいかがだったでしょうか」

会場は拍手で応えてくれる。言葉で返事をするのではない。

まあ、するヤツもたまにいるが。

「続いての曲も、少し昔の曲を演奏しようと思いますが、その前に私から部員に一言だけ、言わせてもらおうかと思います」

え、そんなの台本に無いぞ。

立花センセーはスタンドからマイクを抜いて手に持ち、オレらの方を見た。

「みんな、ここまで頑張ってくれてありがとうね。

 特に3年生はこれが最初で最後の演奏会になっちゃってごめんね。

 なかなか部員が集まらなくて、去年も一昨年も演奏会が開けなくて」

そんなことはいい。今日ここに立てたんだから。

「もうすぐこの演奏会も終わってしまうけれど、最後の最後まで・・・・」

ここで立花センセーは言葉を詰まらせた。

思わずオレは心臓がドキッとする。

かなり間が空いたものの立花センセーは言葉を続けた。

「最後の最後まで頑張って音楽を奏でようね。

 それでは、聴いてください。曲は、いい日、旅立ち」

 

音楽の持つ力ってのはスゴイ。

言葉の持つ力ってのはスゴイ。

その二つが合わさると、すごさは計り知れないものになる。

どんなにどんなに「泣くな」と思っていても、立花センセーの「言葉」と、いい日、旅立ちという曲の「音楽」は涙を止めることを許さなかった。

 

部活って、いいよな。

オレはそう思う。

部活なんて本当は苦労ばっかりで、辛いことばっかりなのに、最後に今日みたいな場面が待っていると、全ていい思い出に変わってしまうんだから。

でも、まだ旅立つ訳にはいかない。

まだ、あの演出が残っている。

夏のリベンジ。なによりもみんなで特訓した曲と演出だ。

そしてその先に、あんな景色が待っているなんて、オレは全く予想していなかった。

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2009年1月20日 (火)

ブラスバンドライフ最終話.終わりと始まり

いい日、旅立ちの演奏中はすすり泣きが聞こえていた。

まだ一年生の田中ちゃんが一番号泣していて、途中でティッシュでチーンとやっていたのは、さすがに困った。

さらにそれを見ていた日比谷が「ゲハハ!」と笑ってしまったのは、政治家風に言うと「痛恨の極み」ってヤツだ。

ちょっとオレの指導が甘かったか。

いや、オレだけじゃないらしい。

この曲の間は「プピー」というフルートのマヌケな音が多かったし、打楽器のスティックが手からすっぽ抜けて舞台の左から右へと飛んで行ったりした。

それを見てお客さんのオッサンが「ホームラン!!」と叫び失笑を買う始末だ。

 

泣きの演出もいいが、みんな精神的にダメージを受けすぎだ。

いい日、旅立ちの曲はすっかりコメディー風になってしまい、指揮をしながらも立花センセーは苦笑いをしていた。

 

しっとりと演奏を終える頃、部員たちの目には再び光が灯り始めていた。

気合の光。

オレはというと、心臓の鼓動がドクドクと言っている。

ただし、心地よい緊張って感じだ。

田中ちゃんが、また過呼吸っぽい音をたてて息をしている。

 

立花センセーの指揮で、「いい日、旅立ち」の音が終わる。

拍手が鳴り響く中、突然、舞台と客席の照明が完全に消えた。

ちょっとざわめくお客さんたち。

すぐに舞台左手のパーカスのナナのところにだけスポットライトが当たる。

「いよーーーー!!!いくぜっ!最後の一曲!!」

ナナは叫ぶと同時にティンパニーを一人で激しく叩く。

ナナの独壇場。つまりソロだ。

乱打していたナナの音が、少しづつリズム感のある音へと変わっていく。

と、突然、今度は舞台の反対側にスポットライトが当たる。

そこには未希がいて、いつものクラリネットではなく、日本の笛を構えている。

祭りで吹く様な笛の音が、ナナのティンパニーとのアンサンブルを奏でる。

暗闇に中、二人だけがスポットで照らされている。

ナナと未希。

この、まるで静と動の二人がいなかったら吹奏楽部は、ここまで来れなかったかもしれない。

その二人の音が東北の祭りのような音を奏でていく。

ふいに、二人の音が同時に止まる。

二人に注視するお客さんたち。

ほんの1秒ほどの間をはさんで、25人全員の強い音が出た瞬間、舞台も客席も全てがパッと明るくなった。

全員による強烈な音と、いきなり明るくなる照明。

音が強烈に感じるのは当たり前だった。

ナナと未希以外のメンバーは全て客席に点在していたのだから。

「うわ!いつのまに!?」

お客さんが驚いて、辺りをキョロキョロと見回す。

見回す客席ではオレら吹奏楽部がところ狭しと踊りながら楽器を吹く。

曲は「ソーラン節」をロック風吹奏楽にアレンジした「ロック・ソーラン節」だ。

これが「瞬間移動」だ。

ナナと未希にだけスポットライトが当たってる時に、こっそりとダッシュで客席に移動するだけという、なんとも単純で、それでいてお客さんをビックリさせる演出だ。

客席で演奏しながらも、踊る場面とかがある。

踊りの練習もさんざんした。ダンス部になったのかってくらいだから、振り付けもちゃんと揃っている。

劇場の照明スタッフに頼んでおいた、ピカピカと派手に点滅する照明が客席に当り、お祭りというかディスコ(クラブ?)という感じの雰囲気を作り出す。

正直、いきなりこんな展開になって、お客さんがどう思うかは不安だった。

夏のフェスタの時は、演出でスベッたからだ。

でも、あの時は「お遊び」だった。

今やっているのは練習やリハーサルをやった「真剣」な演出だ。

真剣さはお客さんに・・・届いた。

会場がみんな笑顔で手拍子をしてくれていた。

演奏と手拍子がホールにこだまする。

そしてビックリしたのは・・・オレ達、演奏者もみんなが笑顔になってたって事だ。

楽しい。

音楽はこうでなくちゃ。楽しく感じなくちゃ。

 

曲が終盤にさしかかると、オレらは舞台へと演奏しながら戻った。

そしてコーダ。

「ああ、終わる・・・」

立花センセーの指揮が振りおろされ、最後の一音が鳴り渡った。

全く間を空けずに聞こえたのは今日一番の拍手。

拍手の中、オレらは全員横一列に並んだ。

全く鳴りやまない拍手。

その中で、ナナはマイクを使わずに叫んだ。

「ありがとうございました!!!」

つられてオレらも同じように叫ぶ。

「ありがとうございました!!」

ほとんどのヤツは言葉の途中で泣きだした。

でもオレは耐えた。

男が泣くなんてな。みっともないぜ。「いい日、旅立ち」では不覚をとったけどよ。

「アンコール!!」

え?

なんだか意外な言葉が客席から聞こえてきた。

「アンコール! アンコール!」

アンコールという言葉があちこちから聞こえる。

うわあ・・・。アンコールだってよ。ほんとかよ・・・。

オレらは困った。

実はアンコール曲は特に決めてなく、練習もしてなかったからだ。

なのに立花センセーは客席にお辞儀をして、オレらに「席について」の合図をした。

そして、マイクを使わずに言った。

「もう一度、演奏しようと思います。堂々と演奏しきったことを記念して。

 エルガー作曲、威風堂々」

言われてオレらは威風堂々を演奏した。

もう譜面は舞台上には置いてなかったので、記憶を頼って演奏してみた。

何度も練習してきただけあって、最後まで演奏しきれた。

威風堂々を演奏し終わった時、お客さんは立ち上がって拍手をしてくれた。

スタンディング・オベーション。

オレは忘れない。

今、見ている景色を。

オレは忘れない。

ここまで一緒に頑張ってきた仲間を。

 

 

演奏会は無事に終わり、ヘタなりにいい評判を得た。

お客さんが全員帰った後、オレらは舞台の上の片付けをしようとしたら、日比谷が大声を出した。

「集合ッスよーー!!」

「うわ! びっくらこいた。なんだよ日比谷」

オレはちょっとふてくされながら言ってみた。

「そんな怒らないでくださいよ。ちょっとオレ達1、2年生からプレゼントがあるんすよ」

「はあ?」

「だから、ホラ、塩崎センパイ。あ、ナナセンパイも未希センパイも、3年生みんな客席に座って下さい」

日比谷の強引な誘導でオレら3年は全員が客席に座った。

「なんなんだよ!」

大声で問いかけるオレに、日比谷は言った。

「オレ達が今日、演奏会出来たのは3年生のおかげでっしょ?だから少し、恩返しでもしようかなーと思いまして」

「ナニよ日比谷。なんかくれるわけ?」

ナナが物欲しそうな顔をすると日比谷は「ガハハ」と笑ってから答えた。

「聞いてください。オレ達から3年生への曲を」

「曲?」

そこで奏でられたのは、有名な二人組デュオの曲だった。

吹奏楽ではよく使われる曲だ。オリンピックで使われて人気になったバラード大作。

演奏を聴きながら、歌詞を思い浮かべる。

ある歌詞のところで、景色がゆがんだ。

泣かないってきめていたのにな。

まあいいか。そんなくだらない意地なんか。

 

「いくつもの日々を越えて 辿り着いた今がある」 

 

・・・・・本気の演奏と、本気の聴く気持ちの時にだけ見える景色があるという。

オレに見えたのは拍手するお客さん達。そして今、ここにいる仲間たちだった。

もう、このメンバーで演奏する事は無い。

でもきっと受け継がれていく。後輩の時代、そのまた後輩の時代へと。

だって、こんな感動的な景色を見ることの出来たメンバーだもの。

 

 

 

 

「すいません塩崎センパイ。ちょっと話聞いてもらってもいいですか?」

全ての片付けが終了して、夕方に市民ホールを出たところで田中ちゃんが消え入りそうな声で話しかけてきた。

手にはいつかと同じ茶色い紙袋がある。あの時の紅茶、おいしかったな。

「ん、いいよ」

オレは田中ちゃんを連れて、みんなとは違う方向に歩きだした。

ふと振り返ると、ナナと未希がこっちを見ていて、「あちゃー」とか言ってる声が聞こえた。

その向こうでは受付係をしていた田中ちゃんの友達の若井さんが両手でガッツポーズみたいなのを作ってるのが見えた。

「塩崎センパイ。あの・・・イキナリですけど。その・・・私・・・センパイの事が・・・その・・・」

田中ちゃんは声は小さくなってるし、下向いてるし、なんだか震えている様な気までする。

そして立ち止って、ゴモゴモと言い出した。 

「す・・・」

「す?」

「スキヤキ・・・」

「はあ・・・?」

「おいしいですよね」

「・・・だね」

静かになる二人。沈黙になりたくない。

「で、その・・・塩崎センパイのことが・・・」

「ねえ田中ちゃん」

「え、は、はい」

急に姿勢が良くなる田中ちゃん。その様子がかわいかった。

「こ、今度さ。ど、どっか二人で遊びにいこうか!」

オレとしては精一杯の勇気を振り絞ってみた言葉だ。

「遊びに・・・ですか? い、行きたいです!」

さらには声まで元気なる田中ちゃん。かわいいなあ・・・。

「その時はさ・・・その・・敬語なんて使わない関係で行きたいな!いい?」

すごく驚いた顔をしながらも、田中ちゃんはハッキリと答えた。

「は、はい!!」

答えておきながら田中ちゃんは急に眉間にシワを寄せた。

「ど、どうしたの?」

「間違えました」

「何を?」

「返事です。今の、はいって返事は取り消します。もう一回誘ってみてくれていいですか?」

意味がわからん。

断られるのかな・・・。うそー。そんな・・・。ヤベエ・・・オレ泣きそうだよ・・・。

「え、えーと。今度どっか遊びに行こうか」

その言葉を聞いて、田中ちゃんは満面の笑みで元気に返事をした。

「うん!!」

 

  

 

「ブラスバンドライフ」 END 

 

ここまでお読みいただいてありがとうございました。

8ヶ月後を舞台にした後日談あります → 読切「自転車を押しながら」

 

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2009年1月21日 (水)

ブラスバンドライフ-目次

 

ブラスバンドライフ全編

 

・・・オレは忘れない。今、見ている景色を。オレは忘れない。ここまで一緒に頑張ってきた仲間を。

初めての演奏会を目指す吹奏楽部を描いた、ややコメディー風の短編小説!

 

 

1.想いを込めて

2.景色

3.音楽室

4.音楽室は恋愛禁止

5.アクティブ

6.方向性

7.フェスタ

8.演出

9.瞬間移動

10.吹奏楽部の夏

11.開演5時間前

12.開演30分前

13.開演ベル

14.辿り着いた舞台

15.ポップスステージの涙

16.終わりと始まり

 

あとがき

後日談  読切「自転車を押しながら」

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2009年6月22日 (月)

読切 「自転車を押しながら」

アクセス数1万件突破記念 特別読切

自転車を押しながら   by  cafetime  2009-6-3

 

 

 駅前のバスロータリーはもう薄暗くなりつつあった。ふと視線を上げると、はるか遠くに見える巨大な山に夕日が隠れていくところだ。立ち止まって、その夕日をじっと見つめる。普段なら太陽が動いているのなんて気付く事はないのに、夕日となって山に消えていく時は「こんなに早く動いてるんだなあ」なんて思ったりする。

 待ち合わせ時間は午後六時半だったので、もう十五分は過ぎている事になる。夕日とは反対方向にある京王線の駅の方を見ても知らない人しか歩いてはいなかった。

「けーちゃん、遅いな」

 けーちゃんとは私の彼氏のあだ名で、普段あまり待ち合わせに遅れる事はない人だ。たとえ遅れる事になったとしても電話かメールできちんと連絡をする性格のはず。とはいえガサツな男の人なのでメールでも「ごめん!遅れ!」などと文字が足りなかったりする。でもそれが楽しかったりもするんだけど。

 そういえば何の連絡も来ないのは、けーちゃんと私が付き合ってから初めてな気がする。

 私は高校二年生で、けーちゃんは今年の春から大学一年生になった。一緒の高校の部活で知り合った先輩がけーちゃんだ。

 一年前、吹奏楽部に入部したばかりの私がチューバの演奏が上手くいかなかった時、優しく楽しく教えてくれた先輩がけーちゃんだった。

 私、すぐにけーちゃんが好きになっちゃんたんだよね。中学の時から「惚れやすいコだねー」なんて友達にからかわれたりしたけど、その時もすぐにけーちゃんに惚れてしまったよ。だって優しいんだもん。

 それで初めての定期演奏会の後、頑張って告白しようとしたら、逆にけーちゃんに「どこかに遊びに行こう」なんて言われてしまったわけだよ。私の気持ち、見透かされてたのかな。そこんところはまだ聞いてないや。

 そうして横浜に遊びに行って、今度はちゃんと私から正式に告白して付き合ったんだよね。それにしても告白した横浜の赤レンガ倉庫は素敵な場所だったなあ・・・また行きたい。

 それから約半年。けーちゃんと待ち合わせを何度も何度もしてるけど、遅れる時に何の連絡も無いのは初めてだ。不安になるよ。

 

 

「あれ?田中ちゃん?こんな所で何してんの!?」

 聞き覚えのある爽やかな声がして私はそっちを向いた。まだわずかに見えている夕日をバックにしてクラスメイトのくるみちゃんが手を振りながら歩いてくる。今日も制服姿がかわいいな。

 くるみちゃんは背は高くないけど陸上部だというだけあって無駄なお肉がついてないので制服がとても似合う。私なんかちょっと・・・(だいぶ?)ふっくらタイプなので制服姿に自信が無いんだよね。なんで高校の制服ってスカートなのかな。足とかこんなに見せたくないんだけど。

「くるみちゃんこそ、こんな時間に何してんの?」

「ん、部活の帰りだよ」

「え・・・でもここって学校からだと駅の反対側になるのに・・・」

「ああ、こっち側のバスロータリーにお母さんが車で迎えに来てくれるんだ。今日は家族で回転寿司屋に行くから」

「へえ。いいなあ、お寿司・・・」

 思わずヨダレが出そうになった。私、食べ物の話になるとだらしないんだよね。炙りサーモンを想像しちゃったよ。

「お寿司って言っても100円の回転寿司だよー。不景気だから」

「ほんと不景気だよね」

「うん、不景気だあ」

 不景気と繰り返す女子高生二人は大人から見ると嫌だろうな、と思う。

「田中ちゃんは何してるの?彼氏と待ち合わせ?」

 彼氏とかいう単語を使われるとドキリとするよ。けーちゃんは彼氏なんだけど、彼氏という単語に慣れてないので・・・。

「うん、待ち合わせ。でもなかなか来ないんだ」

「そうかあ・・・電車遅れてるもんね」

「え?」

 そこへスルリと車がやってきた。どうやらくるみちゃんちの車らしく「じゃあまた明日、学校でね!」と言って、くるみちゃんは車の助手席に乗り込んで行った。

 爽やかだなあ・・・。運動部のコってみんなあんな爽やかなのかなあ?ううん、くるみちゃんは特別だ。仲良しの家族に仲良しの陸上部。それにクラスメイトにも仲良しが何人もいる。キラキラしたコだ。トロくさい私なんかとは違う。

 

 

 駅に戻ってみると確かに電車遅延の放送が流れていた。「信号機トラブルのため、現在上下線共に運休しております。運転再開は19時20分頃を見込んでいます」と慌てた男の人の声が何度も繰り返されている。

 こんな事に気づかないなんて、やっぱり私ってトロくさいというかマヌケだよ。電車が止まってるんじゃけーちゃんが大学からここまで辿り着けないって。

 でも疑問が残る。だったらけーちゃんはメールくらいしてくれそうなんだけどな。

 もしかしたら気付かないうちに着信があったかもしれないと思って携帯電話を開くとメール着信が一件と表示されていて「しまった!」と小声でつぶやいてメールを見る。

『でこぽん 待望のNEWシングル発売決定!!夏ドラマ主題歌のタイアップ!』

 けーちゃんからではなくて、私が好きな音楽ユニットのお知らせメールだった。公式サイトに登録してたから情報がメールで届いたんだ。ありがたいけどガッカリした。

 その一つ前には一度読んだけーちゃんからのメールが表示されていたので、読み返してみる。着信は昨日の夕方だ。

『今日は大学の友達とボーリングに行ってくるね!なんと総勢十人で行くんだ!盛り上がりそうだから楽しみ!明日は六時半に多摩境駅だよね。ちゃんと行くね!』

 このメールには返信した記憶があったので、送信メールを読みなおしてみる。

『十人なんてスゴイね!けーちゃんってボーリングうまいもんね!あー、十人もいるってコトは女の人もいるんでしょー?』

 我ながら嫉妬深そうに見られる内容だなあと笑ってしまう。

 しかしすぐに胸にズキンとくる不安がこみ上げてきた。この問いに対する返信が来ていないのを思い出したからだ。

『女の人もいるんでしょー?』

 いつもは何度も返信しあっていて、電話した方が早いじゃんって笑われるくらいメールしてるのに、昨日はこの問いに対しての返信もなく、急に連絡が途絶えている。そして今日は朝から一度も連絡が無い。

 良くない想像をしてしまい、心臓の鼓動が早くなり、呼吸も荒くなった。以前から私は緊張したり不安になったりすると過呼吸気味になる。必死に「落ちつけ!」と自分に言い聞かせる。大丈夫。大丈夫。けーちゃんは浮気とかする人じゃない、と。

 

 

 日は完全に山に隠れ、辺りは急激に暗くなっていった。この多摩境駅というのは駅前にあまりお店が無いために日が沈むと共に寂しさが増す田舎の駅だ。

 電車は再開予定の時間になって動き出したのに、けーちゃんは来ないし連絡も無い。もちろん私からもメールをしてみたけれど返信は無いし、電話しても繋がりもしない。

「今日は・・・逢えないかな」

 つぶやきながら駅を出る。もしかしたら今日は・・・ではなくて、これからずっとだったらどうしようと考えて、少し涙が出そうになったので頭を大きく横に振って嫌な考えを振り払った。・・・でも嫌な考えは振り落とされなかった。しぶといやつだ。

 

 

 駅からすぐのところにある駐輪場へ行く。私の家はこの駐輪場から自転車で20分くらい走った先の田舎町にあるから、いつもここに自転車を止めている。

 自転車のチェーンロックを外し、係員のオジサンに会釈をして自転車を押して駐輪場を出る。そこで自転車にまたがったけど、何故だか漕げなかった。

 何度も何度も漕ごうとしたのに漕げない。自転車が壊れているんじゃなくて、漕ぐ力が湧いてこない。こんな事は初めてだ。もしかしたら鍵をはずしてないんじゃないかと確認したけど、鍵は外れているし、タイヤの空気は満タンっぽい。

 なんでだ?なんでだ?

 パニックになりそうな心をなんとか抑えつつ、私は自転車を降りた。今日はきっと漕げない。

「けーちゃん・・・」

 駅の方を振り返ってそう言ったけど、けーちゃんの返事は無かった。聞こえてきたのは近くの田んぼで大合唱をしているカエルの声だけだ。

 しかたなく、私は自転車を押しながら歩く。ここから歩いて帰るとなると50分から1時間はかかるハズだ。バスに乗るという手もあるけど、自転車から手を離すと立ってられそうもなくって、自転車を押しながら歩く。

 

 

 一度不安になると止められないのが私だ。

 去年、吹奏楽部に入った時、先輩達の前で自己紹介がてら自分の特技を見せるという事があった。私は、その前日にたまたまテレビで見たプロレスラーのイノキさんのモノマネをした。そしたら翌日から「イノキ」というあだ名がついた。

「おいイノキー」「イノキちゃーん」「イノッキ!!」「元気ですか!!」

 まさかこのまま三年間この名前で呼ばれるのか。演奏会でモノマネをやらされるのか。二年生になったら後輩からもそう呼ばれるのか。モノマネが定着して部内のお笑いキャラにされるのか。それでそれで・・・、お笑い好きの女子と出会い「一緒にお笑いを目指そう」とか言われてお笑い養成スクールに入り、特に大ブレイクせずにローカルテレビで活躍して、親にバカにされた一生を過ごす・・・。

 そんな想像をした事があった。でもそれを止めたのもけーちゃんだ。

 けーちゃんの苗字は塩崎という。普段はシオって呼ばれているんだけど、シオから発展して「シオ漬け」とか「漬物」とか「おふくろの味」とか呼ばれて嫌な気分になった事があるらしい。それで私の事も「田中ちゃん」って呼んでくれる様にしてくれた。

「けーちゃん・・・」

 なんで連絡をくれないんだろう。もしかして昨日、ボーリングに行ったメンバーの中にやっぱり女の人がいて、仲良くなっちゃって、それでそれで・・・、今日は大学休んでまで女の人とどっかデートとか行っちゃってて、しかもデート先が横浜の赤レンガ倉庫で、「オレやっぱ君と付き合いたい」なんて展開も0%とは言い切れないよーー。

 気がつくと歯がカチカチと震えていた。

 怖い。

 けーちゃんがいなくなる事が怖い。

 しょうもない妄想かもしれないけど、連絡が無いってだけで怖いんだ。

 携帯電話なんて無ければいいのに。そしたら連絡が無いって事にすら気付かずに済むんだ。「来れなくなったのかなあ」なんて、あっけらかんと過ごす事だって出来るかもしれないのに。

 

 

 もうずいぶんと駅から一緒に進んできた自転車を押しながら空を見上げた。東京とはいえ郊外の田舎町であるここら辺では星空がよく見える。

 カエルの声と自転車のチェーンが回る音を聞きながら星を見る。

「ふわあ・・・綺麗だ」とかつぶやいて歩いてたら前方にあった電柱に激突した。

「ぎゃ!!」

 顔をぶつけて、痛くて自転車から手を離して座り込んだ。自転車がガシャンと音をたてて倒れる。

 マヌケだなあ・・・。もう一度空を見上げると、もうカエルの声しかしなかった。

「けーちゃん・・・逢いたいよ・・・」

 呼びかけた声に反応するのは、またもやカエルの合唱。ケロケロと頑張ってる。

 そのケロケロの声の他に、誰かが息を切らして走ってくる音が聞こえた。

 その人は私の近くまで走って来て、立ち止まった。

「はあ・・・はあ・・・・」

「け、けーちゃん・・・」

 けーちゃんが汗だくになって息を切らして立ち尽くしていた。

「悪い。遅れた」

 けーちゃんはそう言って私の自転車を起こした。

「電車が止まって・・・しかも携帯を昨日、ボーリング場ではしゃいでたら壊しちゃって・・・ごめん!」

「え・・・誰かと浮気してたんじゃ・・・」

「はあ?なんでオレが浮気なんてするんだよ。オレの彼女は未由、お前じゃん」 

 ただそれだけの事だった。何の心配もいらなかったんだ。ただ私が不安の妄想を広げただけだったんだ。それなのにけーちゃんは駅からかなり離れたこんな場所にまで必死に走って来てくれた。この道に私がいるなんて保証は無いのに。

 私は安心しきってしまい涙が出てしまった。

「お・・ちょっと・・未由・・・何も泣く事・・・・ごめんて・・・ほんと・・・ごめんて」

 バカらしいなあ・・・。何してんだろ私。もう17歳になるってのに妄想特急しちゃって。けーちゃんはこんな彼女でいいのかね。

「ううん、謝んなくってもいいよ。謝るのは私もだからさ」

 勝手に妄想して疑ったからね。

「な、なんだかよくわかんねーし・・・わかんねーけど!」

 けーちゃんは起こした私の自転車を押しだした。

「せめて家まで送ってく」

「え、でももう家までちょっとしかないよ」

「ちょっとでもいいよ。送らせろよ。夜は危ないだろ」

 けーちゃんは自転車を押しながらそう言った。こういうカッコつけるセリフを言う時、けーちゃんは私の目を見ない。見れないのかもしれない。恥ずかしいから。

「じゃあ・・・送ってもらおうかな・・・。少しでも一緒にいたいし・・・」

 私もこういう言葉を言う時はけーちゃんの目を見れない。恥ずかしいから。特に今日はしょうもない勘違い妄想劇場を繰り返したので。

 お互い目を逸らし合いながら二人は歩く。

 暗い夜道を。へんてこな笑い話をしながら。自転車を押しながら。

 でも遅刻は遅刻。今度なんか美味しいもの奢ってもらおう。100円の回転寿司でもいいけどね。不景気らしいから。炙りサーモンがあればそれでいいよ。

 

 

 劇的な展開なんて無くてもいい。ただ目の前に広がる日常に小さな幸せが転がっていればいい。そんな、特別でもない日々をけーちゃんと一緒に過ごしていきたいんだ。今日みたいになんでもない日だって、私にとっては劇的だし特別なんだから。

 

 

「自転車を押しながら」  END

 

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