4.1 短編「ブラスバンドライフ」

2009年7月 1日 (水)

ブラスバンドライフ-目次

 

ブラスバンドライフ全編

 

・・・オレは忘れない。今、見ている景色を。オレは忘れない。ここまで一緒に頑張ってきた仲間を。

初めての演奏会を目指す吹奏楽部を描いた、ややコメディー風の短編小説!

 

 

1.想いを込めて

2.景色

3.音楽室

4.音楽室は恋愛禁止

5.アクティブ

6.方向性

7.フェスタ

8.演出

9.瞬間移動

10.吹奏楽部の夏

11.開演5時間前

12.開演30分前

13.開演ベル

14.辿り着いた舞台

15.ポップスステージの涙

16.終わりと始まり

 

あとがき

後日談  読切「自転車を押しながら」

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2009年6月22日 (月)

読切 「自転車を押しながら」

アクセス数1万件突破記念 特別読切

自転車を押しながら   by  cafetime  2009-6-3

 

 

 駅前のバスロータリーはもう薄暗くなりつつあった。ふと視線を上げると、はるか遠くに見える巨大な山に夕日が隠れていくところだ。立ち止まって、その夕日をじっと見つめる。普段なら太陽が動いているのなんて気付く事はないのに、夕日となって山に消えていく時は「こんなに早く動いてるんだなあ」なんて思ったりする。

 待ち合わせ時間は午後六時半だったので、もう十五分は過ぎている事になる。夕日とは反対方向にある京王線の駅の方を見ても知らない人しか歩いてはいなかった。

「けーちゃん、遅いな」

 けーちゃんとは私の彼氏のあだ名で、普段あまり待ち合わせに遅れる事はない人だ。たとえ遅れる事になったとしても電話かメールできちんと連絡をする性格のはず。とはいえガサツな男の人なのでメールでも「ごめん!遅れ!」などと文字が足りなかったりする。でもそれが楽しかったりもするんだけど。

 そういえば何の連絡も来ないのは、けーちゃんと私が付き合ってから初めてな気がする。

 私は高校二年生で、けーちゃんは今年の春から大学一年生になった。一緒の高校の部活で知り合った先輩がけーちゃんだ。

 一年前、吹奏楽部に入部したばかりの私がチューバの演奏が上手くいかなかった時、優しく楽しく教えてくれた先輩がけーちゃんだった。

 私、すぐにけーちゃんが好きになっちゃんたんだよね。中学の時から「惚れやすいコだねー」なんて友達にからかわれたりしたけど、その時もすぐにけーちゃんに惚れてしまったよ。だって優しいんだもん。

 それで初めての定期演奏会の後、頑張って告白しようとしたら、逆にけーちゃんに「どこかに遊びに行こう」なんて言われてしまったわけだよ。私の気持ち、見透かされてたのかな。そこんところはまだ聞いてないや。

 そうして横浜に遊びに行って、今度はちゃんと私から正式に告白して付き合ったんだよね。それにしても告白した横浜の赤レンガ倉庫は素敵な場所だったなあ・・・また行きたい。

 それから約半年。けーちゃんと待ち合わせを何度も何度もしてるけど、遅れる時に何の連絡も無いのは初めてだ。不安になるよ。

 

 

「あれ?田中ちゃん?こんな所で何してんの!?」

 聞き覚えのある爽やかな声がして私はそっちを向いた。まだわずかに見えている夕日をバックにしてクラスメイトのくるみちゃんが手を振りながら歩いてくる。今日も制服姿がかわいいな。

 くるみちゃんは背は高くないけど陸上部だというだけあって無駄なお肉がついてないので制服がとても似合う。私なんかちょっと・・・(だいぶ?)ふっくらタイプなので制服姿に自信が無いんだよね。なんで高校の制服ってスカートなのかな。足とかこんなに見せたくないんだけど。

「くるみちゃんこそ、こんな時間に何してんの?」

「ん、部活の帰りだよ」

「え・・・でもここって学校からだと駅の反対側になるのに・・・」

「ああ、こっち側のバスロータリーにお母さんが車で迎えに来てくれるんだ。今日は家族で回転寿司屋に行くから」

「へえ。いいなあ、お寿司・・・」

 思わずヨダレが出そうになった。私、食べ物の話になるとだらしないんだよね。炙りサーモンを想像しちゃったよ。

「お寿司って言っても100円の回転寿司だよー。不景気だから」

「ほんと不景気だよね」

「うん、不景気だあ」

 不景気と繰り返す女子高生二人は大人から見ると嫌だろうな、と思う。

「田中ちゃんは何してるの?彼氏と待ち合わせ?」

 彼氏とかいう単語を使われるとドキリとするよ。けーちゃんは彼氏なんだけど、彼氏という単語に慣れてないので・・・。

「うん、待ち合わせ。でもなかなか来ないんだ」

「そうかあ・・・電車遅れてるもんね」

「え?」

 そこへスルリと車がやってきた。どうやらくるみちゃんちの車らしく「じゃあまた明日、学校でね!」と言って、くるみちゃんは車の助手席に乗り込んで行った。

 爽やかだなあ・・・。運動部のコってみんなあんな爽やかなのかなあ?ううん、くるみちゃんは特別だ。仲良しの家族に仲良しの陸上部。それにクラスメイトにも仲良しが何人もいる。キラキラしたコだ。トロくさい私なんかとは違う。

 

 

 駅に戻ってみると確かに電車遅延の放送が流れていた。「信号機トラブルのため、現在上下線共に運休しております。運転再開は19時20分頃を見込んでいます」と慌てた男の人の声が何度も繰り返されている。

 こんな事に気づかないなんて、やっぱり私ってトロくさいというかマヌケだよ。電車が止まってるんじゃけーちゃんが大学からここまで辿り着けないって。

 でも疑問が残る。だったらけーちゃんはメールくらいしてくれそうなんだけどな。

 もしかしたら気付かないうちに着信があったかもしれないと思って携帯電話を開くとメール着信が一件と表示されていて「しまった!」と小声でつぶやいてメールを見る。

『でこぽん 待望のNEWシングル発売決定!!夏ドラマ主題歌のタイアップ!』

 けーちゃんからではなくて、私が好きな音楽ユニットのお知らせメールだった。公式サイトに登録してたから情報がメールで届いたんだ。ありがたいけどガッカリした。

 その一つ前には一度読んだけーちゃんからのメールが表示されていたので、読み返してみる。着信は昨日の夕方だ。

『今日は大学の友達とボーリングに行ってくるね!なんと総勢十人で行くんだ!盛り上がりそうだから楽しみ!明日は六時半に多摩境駅だよね。ちゃんと行くね!』

 このメールには返信した記憶があったので、送信メールを読みなおしてみる。

『十人なんてスゴイね!けーちゃんってボーリングうまいもんね!あー、十人もいるってコトは女の人もいるんでしょー?』

 我ながら嫉妬深そうに見られる内容だなあと笑ってしまう。

 しかしすぐに胸にズキンとくる不安がこみ上げてきた。この問いに対する返信が来ていないのを思い出したからだ。

『女の人もいるんでしょー?』

 いつもは何度も返信しあっていて、電話した方が早いじゃんって笑われるくらいメールしてるのに、昨日はこの問いに対しての返信もなく、急に連絡が途絶えている。そして今日は朝から一度も連絡が無い。

 良くない想像をしてしまい、心臓の鼓動が早くなり、呼吸も荒くなった。以前から私は緊張したり不安になったりすると過呼吸気味になる。必死に「落ちつけ!」と自分に言い聞かせる。大丈夫。大丈夫。けーちゃんは浮気とかする人じゃない、と。

 

 

 日は完全に山に隠れ、辺りは急激に暗くなっていった。この多摩境駅というのは駅前にあまりお店が無いために日が沈むと共に寂しさが増す田舎の駅だ。

 電車は再開予定の時間になって動き出したのに、けーちゃんは来ないし連絡も無い。もちろん私からもメールをしてみたけれど返信は無いし、電話しても繋がりもしない。

「今日は・・・逢えないかな」

 つぶやきながら駅を出る。もしかしたら今日は・・・ではなくて、これからずっとだったらどうしようと考えて、少し涙が出そうになったので頭を大きく横に振って嫌な考えを振り払った。・・・でも嫌な考えは振り落とされなかった。しぶといやつだ。

 

 

 駅からすぐのところにある駐輪場へ行く。私の家はこの駐輪場から自転車で20分くらい走った先の田舎町にあるから、いつもここに自転車を止めている。

 自転車のチェーンロックを外し、係員のオジサンに会釈をして自転車を押して駐輪場を出る。そこで自転車にまたがったけど、何故だか漕げなかった。

 何度も何度も漕ごうとしたのに漕げない。自転車が壊れているんじゃなくて、漕ぐ力が湧いてこない。こんな事は初めてだ。もしかしたら鍵をはずしてないんじゃないかと確認したけど、鍵は外れているし、タイヤの空気は満タンっぽい。

 なんでだ?なんでだ?

 パニックになりそうな心をなんとか抑えつつ、私は自転車を降りた。今日はきっと漕げない。

「けーちゃん・・・」

 駅の方を振り返ってそう言ったけど、けーちゃんの返事は無かった。聞こえてきたのは近くの田んぼで大合唱をしているカエルの声だけだ。

 しかたなく、私は自転車を押しながら歩く。ここから歩いて帰るとなると50分から1時間はかかるハズだ。バスに乗るという手もあるけど、自転車から手を離すと立ってられそうもなくって、自転車を押しながら歩く。

 

 

 一度不安になると止められないのが私だ。

 去年、吹奏楽部に入った時、先輩達の前で自己紹介がてら自分の特技を見せるという事があった。私は、その前日にたまたまテレビで見たプロレスラーのイノキさんのモノマネをした。そしたら翌日から「イノキ」というあだ名がついた。

「おいイノキー」「イノキちゃーん」「イノッキ!!」「元気ですか!!」

 まさかこのまま三年間この名前で呼ばれるのか。演奏会でモノマネをやらされるのか。二年生になったら後輩からもそう呼ばれるのか。モノマネが定着して部内のお笑いキャラにされるのか。それでそれで・・・、お笑い好きの女子と出会い「一緒にお笑いを目指そう」とか言われてお笑い養成スクールに入り、特に大ブレイクせずにローカルテレビで活躍して、親にバカにされた一生を過ごす・・・。

 そんな想像をした事があった。でもそれを止めたのもけーちゃんだ。

 けーちゃんの苗字は塩崎という。普段はシオって呼ばれているんだけど、シオから発展して「シオ漬け」とか「漬物」とか「おふくろの味」とか呼ばれて嫌な気分になった事があるらしい。それで私の事も「田中ちゃん」って呼んでくれる様にしてくれた。

「けーちゃん・・・」

 なんで連絡をくれないんだろう。もしかして昨日、ボーリングに行ったメンバーの中にやっぱり女の人がいて、仲良くなっちゃって、それでそれで・・・、今日は大学休んでまで女の人とどっかデートとか行っちゃってて、しかもデート先が横浜の赤レンガ倉庫で、「オレやっぱ君と付き合いたい」なんて展開も0%とは言い切れないよーー。

 気がつくと歯がカチカチと震えていた。

 怖い。

 けーちゃんがいなくなる事が怖い。

 しょうもない妄想かもしれないけど、連絡が無いってだけで怖いんだ。

 携帯電話なんて無ければいいのに。そしたら連絡が無いって事にすら気付かずに済むんだ。「来れなくなったのかなあ」なんて、あっけらかんと過ごす事だって出来るかもしれないのに。

 

 

 もうずいぶんと駅から一緒に進んできた自転車を押しながら空を見上げた。東京とはいえ郊外の田舎町であるここら辺では星空がよく見える。

 カエルの声と自転車のチェーンが回る音を聞きながら星を見る。

「ふわあ・・・綺麗だ」とかつぶやいて歩いてたら前方にあった電柱に激突した。

「ぎゃ!!」

 顔をぶつけて、痛くて自転車から手を離して座り込んだ。自転車がガシャンと音をたてて倒れる。

 マヌケだなあ・・・。もう一度空を見上げると、もうカエルの声しかしなかった。

「けーちゃん・・・逢いたいよ・・・」

 呼びかけた声に反応するのは、またもやカエルの合唱。ケロケロと頑張ってる。

 そのケロケロの声の他に、誰かが息を切らして走ってくる音が聞こえた。

 その人は私の近くまで走って来て、立ち止まった。

「はあ・・・はあ・・・・」

「け、けーちゃん・・・」

 けーちゃんが汗だくになって息を切らして立ち尽くしていた。

「悪い。遅れた」

 けーちゃんはそう言って私の自転車を起こした。

「電車が止まって・・・しかも携帯を昨日、ボーリング場ではしゃいでたら壊しちゃって・・・ごめん!」

「え・・・誰かと浮気してたんじゃ・・・」

「はあ?なんでオレが浮気なんてするんだよ。オレの彼女は未由、お前じゃん」 

 ただそれだけの事だった。何の心配もいらなかったんだ。ただ私が不安の妄想を広げただけだったんだ。それなのにけーちゃんは駅からかなり離れたこんな場所にまで必死に走って来てくれた。この道に私がいるなんて保証は無いのに。

 私は安心しきってしまい涙が出てしまった。

「お・・ちょっと・・未由・・・何も泣く事・・・・ごめんて・・・ほんと・・・ごめんて」

 バカらしいなあ・・・。何してんだろ私。もう17歳になるってのに妄想特急しちゃって。けーちゃんはこんな彼女でいいのかね。

「ううん、謝んなくってもいいよ。謝るのは私もだからさ」

 勝手に妄想して疑ったからね。

「な、なんだかよくわかんねーし・・・わかんねーけど!」

 けーちゃんは起こした私の自転車を押しだした。

「せめて家まで送ってく」

「え、でももう家までちょっとしかないよ」

「ちょっとでもいいよ。送らせろよ。夜は危ないだろ」

 けーちゃんは自転車を押しながらそう言った。こういうカッコつけるセリフを言う時、けーちゃんは私の目を見ない。見れないのかもしれない。恥ずかしいから。

「じゃあ・・・送ってもらおうかな・・・。少しでも一緒にいたいし・・・」

 私もこういう言葉を言う時はけーちゃんの目を見れない。恥ずかしいから。特に今日はしょうもない勘違い妄想劇場を繰り返したので。

 お互い目を逸らし合いながら二人は歩く。

 暗い夜道を。へんてこな笑い話をしながら。自転車を押しながら。

 でも遅刻は遅刻。今度なんか美味しいもの奢ってもらおう。100円の回転寿司でもいいけどね。不景気らしいから。炙りサーモンがあればそれでいいよ。

 

 

 劇的な展開なんて無くてもいい。ただ目の前に広がる日常に小さな幸せが転がっていればいい。そんな、特別でもない日々をけーちゃんと一緒に過ごしていきたいんだ。今日みたいになんでもない日だって、私にとっては劇的だし特別なんだから。

 

 

「自転車を押しながら」  END

 

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2009年1月20日 (火)

ブラスバンドライフ最終話.終わりと始まり

いい日、旅立ちの演奏中はすすり泣きが聞こえていた。

まだ一年生の田中ちゃんが一番号泣していて、途中でティッシュでチーンとやっていたのは、さすがに困った。

さらにそれを見ていた日比谷が「ゲハハ!」と笑ってしまったのは、政治家風に言うと「痛恨の極み」ってヤツだ。

ちょっとオレの指導が甘かったか。

いや、オレだけじゃないらしい。

この曲の間は「プピー」というフルートのマヌケな音が多かったし、打楽器のスティックが手からすっぽ抜けて舞台の左から右へと飛んで行ったりした。

それを見てお客さんのオッサンが「ホームラン!!」と叫び失笑を買う始末だ。

 

泣きの演出もいいが、みんな精神的にダメージを受けすぎだ。

いい日、旅立ちの曲はすっかりコメディー風になってしまい、指揮をしながらも立花センセーは苦笑いをしていた。

 

しっとりと演奏を終える頃、部員たちの目には再び光が灯り始めていた。

気合の光。

オレはというと、心臓の鼓動がドクドクと言っている。

ただし、心地よい緊張って感じだ。

田中ちゃんが、また過呼吸っぽい音をたてて息をしている。

 

立花センセーの指揮で、「いい日、旅立ち」の音が終わる。

拍手が鳴り響く中、突然、舞台と客席の照明が完全に消えた。

ちょっとざわめくお客さんたち。

すぐに舞台左手のパーカスのナナのところにだけスポットライトが当たる。

「いよーーーー!!!いくぜっ!最後の一曲!!」

ナナは叫ぶと同時にティンパニーを一人で激しく叩く。

ナナの独壇場。つまりソロだ。

乱打していたナナの音が、少しづつリズム感のある音へと変わっていく。

と、突然、今度は舞台の反対側にスポットライトが当たる。

そこには未希がいて、いつものクラリネットではなく、日本の笛を構えている。

祭りで吹く様な笛の音が、ナナのティンパニーとのアンサンブルを奏でる。

暗闇に中、二人だけがスポットで照らされている。

ナナと未希。

この、まるで静と動の二人がいなかったら吹奏楽部は、ここまで来れなかったかもしれない。

その二人の音が東北の祭りのような音を奏でていく。

ふいに、二人の音が同時に止まる。

二人に注視するお客さんたち。

ほんの1秒ほどの間をはさんで、25人全員の強い音が出た瞬間、舞台も客席も全てがパッと明るくなった。

全員による強烈な音と、いきなり明るくなる照明。

音が強烈に感じるのは当たり前だった。

ナナと未希以外のメンバーは全て客席に点在していたのだから。

「うわ!いつのまに!?」

お客さんが驚いて、辺りをキョロキョロと見回す。

見回す客席ではオレら吹奏楽部がところ狭しと踊りながら楽器を吹く。

曲は「ソーラン節」をロック風吹奏楽にアレンジした「ロック・ソーラン節」だ。

これが「瞬間移動」だ。

ナナと未希にだけスポットライトが当たってる時に、こっそりとダッシュで客席に移動するだけという、なんとも単純で、それでいてお客さんをビックリさせる演出だ。

客席で演奏しながらも、踊る場面とかがある。

踊りの練習もさんざんした。ダンス部になったのかってくらいだから、振り付けもちゃんと揃っている。

劇場の照明スタッフに頼んでおいた、ピカピカと派手に点滅する照明が客席に当り、お祭りというかディスコ(クラブ?)という感じの雰囲気を作り出す。

正直、いきなりこんな展開になって、お客さんがどう思うかは不安だった。

夏のフェスタの時は、演出でスベッたからだ。

でも、あの時は「お遊び」だった。

今やっているのは練習やリハーサルをやった「真剣」な演出だ。

真剣さはお客さんに・・・届いた。

会場がみんな笑顔で手拍子をしてくれていた。

演奏と手拍子がホールにこだまする。

そしてビックリしたのは・・・オレ達、演奏者もみんなが笑顔になってたって事だ。

楽しい。

音楽はこうでなくちゃ。楽しく感じなくちゃ。

 

曲が終盤にさしかかると、オレらは舞台へと演奏しながら戻った。

そしてコーダ。

「ああ、終わる・・・」

立花センセーの指揮が振りおろされ、最後の一音が鳴り渡った。

全く間を空けずに聞こえたのは今日一番の拍手。

拍手の中、オレらは全員横一列に並んだ。

全く鳴りやまない拍手。

その中で、ナナはマイクを使わずに叫んだ。

「ありがとうございました!!!」

つられてオレらも同じように叫ぶ。

「ありがとうございました!!」

ほとんどのヤツは言葉の途中で泣きだした。

でもオレは耐えた。

男が泣くなんてな。みっともないぜ。「いい日、旅立ち」では不覚をとったけどよ。

「アンコール!!」

え?

なんだか意外な言葉が客席から聞こえてきた。

「アンコール! アンコール!」

アンコールという言葉があちこちから聞こえる。

うわあ・・・。アンコールだってよ。ほんとかよ・・・。

オレらは困った。

実はアンコール曲は特に決めてなく、練習もしてなかったからだ。

なのに立花センセーは客席にお辞儀をして、オレらに「席について」の合図をした。

そして、マイクを使わずに言った。

「もう一度、演奏しようと思います。堂々と演奏しきったことを記念して。

 エルガー作曲、威風堂々」

言われてオレらは威風堂々を演奏した。

もう譜面は舞台上には置いてなかったので、記憶を頼って演奏してみた。

何度も練習してきただけあって、最後まで演奏しきれた。

威風堂々を演奏し終わった時、お客さんは立ち上がって拍手をしてくれた。

スタンディング・オベーション。

オレは忘れない。

今、見ている景色を。

オレは忘れない。

ここまで一緒に頑張ってきた仲間を。

 

 

演奏会は無事に終わり、ヘタなりにいい評判を得た。

お客さんが全員帰った後、オレらは舞台の上の片付けをしようとしたら、日比谷が大声を出した。

「集合ッスよーー!!」

「うわ! びっくらこいた。なんだよ日比谷」

オレはちょっとふてくされながら言ってみた。

「そんな怒らないでくださいよ。ちょっとオレ達1、2年生からプレゼントがあるんすよ」

「はあ?」

「だから、ホラ、塩崎センパイ。あ、ナナセンパイも未希センパイも、3年生みんな客席に座って下さい」

日比谷の強引な誘導でオレら3年は全員が客席に座った。

「なんなんだよ!」

大声で問いかけるオレに、日比谷は言った。

「オレ達が今日、演奏会出来たのは3年生のおかげでっしょ?だから少し、恩返しでもしようかなーと思いまして」

「ナニよ日比谷。なんかくれるわけ?」

ナナが物欲しそうな顔をすると日比谷は「ガハハ」と笑ってから答えた。

「聞いてください。オレ達から3年生への曲を」

「曲?」

そこで奏でられたのは、有名な二人組デュオの曲だった。

吹奏楽ではよく使われる曲だ。オリンピックで使われて人気になったバラード大作。

演奏を聴きながら、歌詞を思い浮かべる。

ある歌詞のところで、景色がゆがんだ。

泣かないってきめていたのにな。

まあいいか。そんなくだらない意地なんか。

 

「いくつもの日々を越えて 辿り着いた今がある」 

 

・・・・・本気の演奏と、本気の聴く気持ちの時にだけ見える景色があるという。

オレに見えたのは拍手するお客さん達。そして今、ここにいる仲間たちだった。

もう、このメンバーで演奏する事は無い。

でもきっと受け継がれていく。後輩の時代、そのまた後輩の時代へと。

だって、こんな感動的な景色を見ることの出来たメンバーだもの。

 

 

 

 

「すいません塩崎センパイ。ちょっと話聞いてもらってもいいですか?」

全ての片付けが終了して、夕方に市民ホールを出たところで田中ちゃんが消え入りそうな声で話しかけてきた。

手にはいつかと同じ茶色い紙袋がある。あの時の紅茶、おいしかったな。

「ん、いいよ」

オレは田中ちゃんを連れて、みんなとは違う方向に歩きだした。

ふと振り返ると、ナナと未希がこっちを見ていて、「あちゃー」とか言ってる声が聞こえた。

その向こうでは受付係をしていた田中ちゃんの友達の若井さんが両手でガッツポーズみたいなのを作ってるのが見えた。

「塩崎センパイ。あの・・・イキナリですけど。その・・・私・・・センパイの事が・・・その・・・」

田中ちゃんは声は小さくなってるし、下向いてるし、なんだか震えている様な気までする。

そして立ち止って、ゴモゴモと言い出した。 

「す・・・」

「す?」

「スキヤキ・・・」

「はあ・・・?」

「おいしいですよね」

「・・・だね」

静かになる二人。沈黙になりたくない。

「で、その・・・塩崎センパイのことが・・・」

「ねえ田中ちゃん」

「え、は、はい」

急に姿勢が良くなる田中ちゃん。その様子がかわいかった。

「こ、今度さ。ど、どっか二人で遊びにいこうか!」

オレとしては精一杯の勇気を振り絞ってみた言葉だ。

「遊びに・・・ですか? い、行きたいです!」

さらには声まで元気なる田中ちゃん。かわいいなあ・・・。

「その時はさ・・・その・・敬語なんて使わない関係で行きたいな!いい?」

すごく驚いた顔をしながらも、田中ちゃんはハッキリと答えた。

「は、はい!!」

答えておきながら田中ちゃんは急に眉間にシワを寄せた。

「ど、どうしたの?」

「間違えました」

「何を?」

「返事です。今の、はいって返事は取り消します。もう一回誘ってみてくれていいですか?」

意味がわからん。

断られるのかな・・・。うそー。そんな・・・。ヤベエ・・・オレ泣きそうだよ・・・。

「え、えーと。今度どっか遊びに行こうか」

その言葉を聞いて、田中ちゃんは満面の笑みで元気に返事をした。

「うん!!」

 

  

 

「ブラスバンドライフ」 END 

 

ここまでお読みいただいてありがとうございました。

8ヶ月後を舞台にした後日談あります → 読切「自転車を押しながら」

 

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2009年1月19日 (月)

ブラスバンドライフ15.ポップスステージの涙

「ちょう緊張したー!!」

休憩時間に入り、舞台袖に戻ってきたナナが大声でそう叫んだ。

「ナナ!声、でかいって!」

オレがそう注意するほどに大きかった。確実に客席に聞こえてそうだ。

「わかってるって、シオ。さあ、第2部は演出だよ」

「おお」

 

第2部はうって変わり、ポップスや映画音楽を吹奏楽用にアレンジした曲をやる。

こういう譜面は楽器屋に行けば置いてある。

バンドスコアを買ってもいいが、ちゃんと吹奏楽用に書き換えた譜面が出回っている。

こないだやった「羞恥心」や「ポニョ」にしたってそうだ。

それだけ色々な学校が、こういう曲にも取り組んでいるということだ。

 

休憩は15分。その間にオレ達は着替えをした。

第1部はクラシックだったので全員が制服を着ていた。

第2部はポップス中心になるので、カラフルなTシャツとジーパンという格好だ。

ジーパンは自前だけど、Tシャツはナナがデザインしたものを部員数だけ作った。 

シャツの色はパートごとに分けてあって、黄色、緑、青、赤など様々だ。

オレや日比谷、田中ちゃんのいる金管楽器パートは明るい青だ。

 

「スッゲスッゲ、似合いますよ塩崎センパイ!」

舞台袖に全員集合した時、日比谷がテンション上げ過ぎな声を出した。

「日比谷、お前テンションがクレッシェンドし過ぎ!」

「いやあ、テンションも上がりますって。なあ田中ちゃん!」

いきなり振られた田中ちゃんはオドオドしてる。

「わ、わたしは似合ってるかなあ・・・。普段Tシャツとジーパンって格好しないから・・・」

「いいんじゃん?!ねえ塩崎センパイ!」

「すげえいい」

本音だ。制服姿の田中ちゃんも好きだけど、こういうラフな格好の田中ちゃんもかわいい。

なんだか見ていてドキドキしてきた。

田中ちゃんってホントかわいいよな。こんなコに好かれてるかもなんて幸せだよオレは。

「ナニ見とれてんのよ塩崎くん」

いきなり未希が冷ややかな目をして話しかけてきた。

「み、見とれて悪いか」

未希はちょっと驚いた顔をしてから笑った。

「へえ!塩崎くん、否定しなくなったね!」

「え、あ! そうじゃなくてよ! て、てゆーか休憩終わるって」

慌てふためくオレを見て田中ちゃんは顔を赤くしていた。

でも、多分オレの方が赤くなってそうだ。

 

舞台に再び明かりが灯り、オレたちはTシャツ姿で出ていく。

客席からは拍手が鳴り響く。

指揮者の立花センセーもTシャツとジーパンという格好だ。

Tシャツの胸の部分には、筆記体っぽい感じでTAMASAKAIと書いてあり、ト音記号と四分音符と八分音符のイラストが描かれている。

ナナはイラストがなかなかうまい。オレは自分にない才能を持つヤツって尊敬してしまう。

指揮棒が振りおろされ、演奏が始まる。

 

まずは「ジブリメドレー」だ。

これは今年の春にやった「楽器に触ろう」企画で幼稚園に行った時でも、夏のフェスタでも評判が良かった「となりのトトロ」を中心に、立花センセーがオリジナルでメドレー化したものだ。

「トトロ」のような元気な曲から「君をのせて」のような切ない曲まで色々あるから、その感情表現に苦労した。

 

続いて「ジャパニーズ・グラフティ」だ。

これもメドレー曲で、吹奏楽の定番メドレーとなる。

要は日本のナツメロのメドレーなのだが、今回は宇宙戦艦ヤマトや銀河鉄道999といった、昔のアニメの曲をやる。

ジブリが新しいアニメ曲で、ジャパニーズで古いアニメ曲をやったって訳だ。

どちらも会場から手拍子が出るという、予想外な事が起こり、演奏していて気持ちよくってしょうがなかった。

「ああ、吹奏楽やってきて良かったな」

そう思うと、しんみりしちまうので、そういう考えは頭から吹き飛ばして演奏した。

 

この曲終りで立花センセーの司会が入る。

「みなさん、新旧のアニメメドレーはいかがだったでしょうか」

会場は拍手で応えてくれる。言葉で返事をするのではない。

まあ、するヤツもたまにいるが。

「続いての曲も、少し昔の曲を演奏しようと思いますが、その前に私から部員に一言だけ、言わせてもらおうかと思います」

え、そんなの台本に無いぞ。

立花センセーはスタンドからマイクを抜いて手に持ち、オレらの方を見た。

「みんな、ここまで頑張ってくれてありがとうね。

 特に3年生はこれが最初で最後の演奏会になっちゃってごめんね。

 なかなか部員が集まらなくて、去年も一昨年も演奏会が開けなくて」

そんなことはいい。今日ここに立てたんだから。

「もうすぐこの演奏会も終わってしまうけれど、最後の最後まで・・・・」

ここで立花センセーは言葉を詰まらせた。

思わずオレは心臓がドキッとする。

かなり間が空いたものの立花センセーは言葉を続けた。

「最後の最後まで頑張って音楽を奏でようね。

 それでは、聴いてください。曲は、いい日、旅立ち」

 

音楽の持つ力ってのはスゴイ。

言葉の持つ力ってのはスゴイ。

その二つが合わさると、すごさは計り知れないものになる。

どんなにどんなに「泣くな」と思っていても、立花センセーの「言葉」と、いい日、旅立ちという曲の「音楽」は涙を止めることを許さなかった。

 

部活って、いいよな。

オレはそう思う。

部活なんて本当は苦労ばっかりで、辛いことばっかりなのに、最後に今日みたいな場面が待っていると、全ていい思い出に変わってしまうんだから。

でも、まだ旅立つ訳にはいかない。

まだ、あの演出が残っている。

夏のリベンジ。なによりもみんなで特訓した曲と演出だ。

そしてその先に、あんな景色が待っているなんて、オレは全く予想していなかった。

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2009年1月18日 (日)

ブラスバンドライフ14.辿り着いた舞台

10月10日、午後2時ちょうど。

 

多摩境高校吹奏楽部・第1回定期演奏会の開演ベルが鳴り響いた。

ざわざわしていた客席が静かになる。

ベルが鳴り終わると、会場全体の照明が暗くなった。

先頭を切って出るのは未希だ。

「みんな、行くよ」

少し張りつめた声を出して、未希が薄暗いままの舞台に歩きだす。

未希に続いてオレらも舞台へと踏み出した。

 

薄暗い舞台を歩き、オレは自分の席へと到着した。

右隣には日比谷、左隣には田中ちゃん。

いつもの練習と同じの慣れた配列。

でも表情はいつもとは違う。それは薄暗い中でもわかった。

オレだってそうだ。

何故だか鼻の先に汗が出るのだ。これが本番の緊張なのか。

心臓の鼓動も早くて大きい気がする。

近くのヤツに聞こえるんじゃないかと思えるくらいだ。

「ふうー、ふうー」

田中ちゃんは少し過呼吸気味な感じだ。

見かねてオレは田中ちゃんに微笑みかけた。

そんなオレを見て田中ちゃんは一瞬、不思議そうな表情を見せた。

この表情がすごいかわいかったが、田中ちゃんは一回うなづいて、集中した顔を見せた。

いい感じだ。

 

薄暗い中、全員が席につくと、チューニングが始まる。

チューニングとは、簡単に言うと全員の音程を合わせる作業である。

コンサートマスター(女性の場合はコンサートミストレス)の楽器の音に、他のメンバーも音程を合わせるのだ。

チューニングが終わると、舞台全体に照明が降り注いだ。

まぶしい!

思わず目を閉じる。

でもすぐに開けると、舞台上のみんなが見えた。

客席は暗くてよく見えない。それはそれで助かるけど。

 

照明がついてすぐ、舞台袖から指揮者である立花センセーが入場してきた。

ここで客席からワッと拍手がまき起きた。

立花センセーは真ん中にある指揮者台の横で、オレらに手で合図をする。

その合図でオレらは全員が立ち上がり、客席に向かって立花センセーと共に礼をした。

拍手がさらに大きくなる。

 

ああ、やっとここまで来たんだな。

 

そう、オレは演奏会に出てみたくて吹奏楽を始めたんだった。

始めたのは中学の時だ。

中学の時は一年から三年まで定期演奏会に出ていた。

創立したばかりの多摩境高校に入り、吹奏楽部に入り、メンバーの少なさが理由で演奏会が出来ないとわかった時、マヌケな事にオレは半泣きで立花センセーに文句を言った。

「演奏会できないってどういう事ですか!じゃあ何を目標に頑張ったらいいですか!」

あの時の立花センセーの優しい声が二年半もたった今でも鮮明に覚えている。

「ごめんね塩崎くん。でもいつか・・・いつか、演奏会が出来る時が必ず来るはずだよ」

「いつかって・・・」

「来年かもしれないし、もしかしたら再来年かもしれない。でも必ず塩崎くん達がこの学校にいる間に演奏会まで辿り着くように一緒に頑張っていこう」

あれから二年半。何人も何人も辞めていく中、オレや未希やナナ、そして何人かの三年生が生き残り、やっと辿り着いた舞台。

今、その一曲目を奏でるために、立花センセーが指揮者台に登る。

オレは何故だか自然と笑みがこぼれていた。

一年生の日比谷やテコンドー女子たちも笑顔があふれている。

立花センセーも一瞬表情がほころんだ。

すぐに真顔に戻り、指揮棒を構える。

オレらも楽器を構え、指揮棒に注視した。

注目された指揮棒は、「待ってました」とばかりに静かに振り下ろされた。

 

音が、みんなの音が、奏でられていく。

みんなの音が音楽となり、その音楽が会場を包み込んでいく。

お客さんにだけじゃない。

オレらメンバーにも音楽は降り注いでいる。

上手な演奏じゃあない。そんなのは演奏してるオレらが良くわかっている。

でもなんだろう?この心地よい感覚は。

もちろん必死こいて譜面と指揮棒を追いながら演奏してるんだから大変なんだけど、心地よい必死さなんだ。

楽しい。

そうだ、楽しいんだ。

夏のブラス・フェスティバルの時は「盛り上げてやろう」と考えていた。

「なんとかうまくやってやる」という気持ちで演奏していたので「楽しい」という感覚は無かった。

でも今は違う。この演奏を楽しんでいる。

人前で、こんな楽しんで演奏するのは初めてだ。

 

演奏会は二部構成となっている。

第一部はクラシックを五曲、何の演出もなく音楽のみで聴かせる。

曲目は有名なものを選んだ。

お客さんが聴きやすいという理由もあるが、本当の理由はオレらが曲を覚えやすいというのが一番だ。

オレらはヘタだ。未希以外は。だから有名な曲の方がやりやすいという訳だ。

四曲を演奏し終わると、オレに大役が回ってくる。

五曲目の紹介を、オレがマイクで説明するのだ。

いや、もっとカッコよく言うとMCってヤツだ。

 

オレは舞台のハジにあるスタンドマイクの所に移動した。

するとスポットライトがオレだけに当たる。

おお、オレ目立つじゃん。イケてるか? でもまぶしい。

いや、まぶしいのはオレの存在だっつーの。まあいい、しゃべろう。

「み、みみみ、み・・・みみ!」

うわー!なんじゃコレ!舌が乾いて噛みまくりだ!信じられんねー!イケてねーし。

「み、みなさん、こんばんわ」

「まだ2時だぞー」

「あ、そうでした・・・。じゃあ、こんにちは」

何故か会場がドッとうける。顔がめちゃくちゃ熱くなってきた。

「え、えー。四曲続けてお送りしました。み。みみみ・・・みなみさん」

メンバーもお客さんも大笑いだ。オレってこんなマヌケキャラだったのかー!

「みなさん、と、届いたですか」

なんだか怪しい中国人みたいになってしまった。汗が出まくる。

会場から「何がー?」という声が聞こえる。

何がって・・・。

立花センセーの「あの言葉」が頭に響いた。

 

人にはそれぞれ違った価値観がある。

人から見たら小さな小さな演奏会だとしたって。

それに想いを込めて演奏する人がいたりする。

 

「ぼくらの音はみんなに届いていますか?」

オレのこの言葉に開場が拍手で応えてくれた。

ものすごい拍手。

こんなヘタな演奏だってのに・・・。ありがとうみんな。

「ありがとうございます。 本当に嬉しいです」

ちょっと上ずった声で言ってしまった。かまわず続ける。

「早いもので第一部も次の曲で最後となります。

ぼくらは、まだまだこんなに下手なんですが、それでも正々堂々とここまで練習をしてきました。

その正々堂々さをこの舞台上で表現したいと思います。

それでは、第一部最後の曲です。

エルガー作曲、威風堂々」

オレらはヘタなりに堂々と演奏した。

ヘタということに、恥じらいはなかった。

そう、まさに威風堂々と。

 

そして演奏会は大拍手の中、第一部が終わった。

この後の第二部は・・・いよいよ演出のリベンジと瞬間移動だ。

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2009年1月17日 (土)

ブラスバンドライフ13.開演ベル

13時30分。

ホールは開場時間となった。

開演時間は14時00分の予定なので、お客さんはこの30分の間に受付を済ませて自分の席につくことになる。

このホールは500人ピッタリの客席数だ。

開場してすぐに50人くらいが受付した。

その後、次々とお客さんがやってくる。

誰も来なかったらどうしよう・・・と田中ちゃんは不安そうだがオレは心配してなかった。

なんつったってオレが出るんだぜ。

ちゃんとクラスのみんなに声はかけておいた。

 

オレと未希はロビーにある受付の横でお客さんを眺めていた。

色んなお客さんがやってくる。

クラスメイト、交流のあった他の高校の吹奏楽部のメンバー、先生たち。

嬉しかったのは「楽器に触ろう」企画で行った幼稚園の先生たちが来てくれたこと。

「みんなのホントの演奏が聴きたくて」

そんな言葉をかけられて思わず飛び上がりそうになったが、高校男子たるもの、そんな事しちゃサマにならんのだよね。うん。

 

オレと未希のところへ、パーカスのテコンドー女子がやってきた。

「どした」

「いえ、あの・・・クラスの友達の男子を呼んだんですけど、来るかなって・・気になって」

オレはつまんない事を聞いてみた。

「気になる男?」

我ながら女ゴコロを気にしてないセリフだけど、テコンドー女子はちょっと照れて答えた。

「いえ、そういうんじゃないんですけど・・・。クラス内では少しだけ仲良く男子で。

 音楽を生で聴いたこと無いって言うから、来てって言ってみたんです。来るかな~」

少し待つとテコンドー女子は、歓声を上げて手を振りだした。

ちょっとぽっちゃりな男子が照れながら手を振り返す。

「あ、あの男の子です!やったー、来てくれたんだ大山くんー」

大山くんと呼ばれた男子は受付でプログラムをもらって一人で客席に向かっていった。

それを見届けるとテコンドー女子は「うし!」と言って楽屋へと走っていった。

「青春だねー」

未希がちょっと羨ましそうな声を出す。

「だな」

オレもうなづく。

「ねえ塩崎くん。高校なんて青春だらけだよね。あ、ホラ見てよ、あのお客さん」

未希が指さす先には、優しそうな感じのうちの学校の男子がいて、受付スタッフの若井くるみと笑顔で話してた。

「あの男子なんかすごく若井さんの事好きそうな笑顔じゃん。ホント青春だよね」

未希の言うとおりだ。

高校生なんてドコ見ても青春ばかりだ。

その恋愛とかを疎かにしてでもオレらは吹奏楽を練習してきたのに。

「ねえ塩崎くん。今日の私たちの演奏で、お客さんをハッピーな気分に出来るかな」

未希は真顔でオレを見た。

珍しくオレも真顔で答える。

「出来るだろ。それでいてオレらもハッピーな気分になろうぜ」

 

13時55分。

開演5分前のベルがホールに鳴り響く。

「チョー、キンチョール!」

舞台の袖でナナが意味不明な声を上げた。

「ほんとキンチョール」「まじ、キンチョールよー」

よくわからんセリフが飛び交う。

部員全員が舞台袖に集まる。

飛び跳ねるナナ、真剣な面持ちの未希、笑顔の日比谷、硬い表情の田中ちゃん。

テコンドー女子、マジック失敗男、柔軟女、エトセトラの仲間たち。

立花センセーは、そんなみんなを見回して優しい声を出した。

それは久し振りに聞く、あの言葉だ。

「みんな、忘れないで。 

人にはそれぞれ違った価値観がある。

人から見たら小さな小さな演奏会だとしたって。

それに想いを込めて演奏する人がいたりする。

そう。

私たちの音を会場のみんなに届けよう!」

いろんな表情をしていたメンバー達が一つの表情になった。

笑顔だ。

演奏前だってのに笑顔になったんだ。

ちょっとコレはいい感じなんじゃねーの?ゾクゾクしてきたよオレは。

 

そして今、開演ベルが鳴り響く。

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2009年1月16日 (金)

ブラスバンドライフ12.開演30分前

開演まで2時間を切った。

 

舞台の上ではオレら吹奏楽部が最後のリハーサルをしていた。

「うーん、パーカス隊、ちょっと音大きすぎ。七見さん、みんなをもっと抑えて。テンション高すぎるからね」

指揮をする立花センセーが各セクションにダメ出しをする。

「フルートとクラリネットは逆に小さいかな。未希ちゃんはいいけど、他の人はもっと自信持ってみよう。そんなにヘタじゃないから」

いつもは静かな立花センセーだけど、今日はよく注意する。

さすがに指導者としての血が騒ぐのかもしれない。

「塩崎くん。金管隊はリズムより早く走り過ぎ。塩崎くんと日比谷くんはいいけど、他の人はもっとよく私の指揮を見てね。特に田中さん、焦って早くなりすぎだよ」

「あ、ははい!」

注意されて真っ赤な顔で返事する田中ちゃんを見てオレはちょっと笑った。

バカにしたんじゃない。

なんだか和んだんだ。

でもオレは田中ちゃんに小声で言った。

「田中ちゃん。力入り過ぎだよ。リラックスしていこ!」

「あ、すいません。でも、大丈夫ですか?私。ちょっと自信が・・・」

焦りが顔に出てる田中ちゃんを見て、オレはとんでもない事を口にしてしまった。

「大丈夫だって。オレがついてるし」

「え!?」

近くの数人にそのやりとりが聞こえたらしく、驚いた顔でオレをチラ見した。

それを見て、オレはなんだか恥ずかしい事を口にした事に気がついた。

「あ・・・」

気がつくとオレも田中ちゃんも顔が真っ赤になっていた。

 

リハーサルは順調に進み、山場である瞬間移動の練習に入った。

演出の発案者、マジック失敗男がブツブツとつぶやく。

「暗くなる・・・ナナ先輩のパーカス・・・明るくなる・・・テレポート・・・・」

発案者のクセに不安らしい。

いや、発案者だからこそ不安なのかもしれない。

 

実は瞬間移動ではオレはかなり目立つ事になる。

内心ドキドキしてるんだけど、表には出さないようにしてる。

だってダサイだろ。3年の男がビクビクしてたらよ。

だいたい、吹奏楽部の男ってどの学校もなんだかダサイやつが多いんだよな。

映画「スィングガールズ」を見てみろよ。男はスッゲーなよなよしてるだろ。

あんなヤツが多いんだよ。

でもオレは違うぜ。ってとこを見せてやりたい。

 

リハーサルが終わった。開演までは残り40分てとこだ。

瞬間移動も曲の練習もなんとかなった。

最後の曲のリハーサルが終わって、イスから立ち上がろうとした時、何故か誰も立ち上がらなかった。

オレも同じだ。動けなかった。

「あとは・・・本番だけね」

立花センセーだけは普通に指揮者台のところに立っていて、そうつぶやいた。

「今ので練習は全て終わり。みんな、よくここまで頑張ったね。

今日でこのメンバーで演奏するのは最後だからね。力いっぱいやろうね」

そのセリフが聞こえた時、いきなり目が熱くなった。

ヤベエ!!

泣きそうになるのがわかって、歯を食いしばって耐えた。

周りからは何人かが鼻をすする声が聞こえ、それがホールに響く。

なんでこうなるのかって?

この演奏会で、オレら3年生は引退だからだ。

吹奏楽部というのは最後に定期演奏会をして引退をするのが普通だ。

その後は、受験や就職活動が忙しくなるので、ここでひと段落してしまうんだ。 

 

田中ちゃんが泣いている。

未希も涙ぐんでいる。

ナナは・・・オレと同じく歯を食いしばっていて、まるで鬼の形相だ。怖え!!

立花センセーは、みんなを一度見まわしてから言った。

「第1回発表会がこのメンバーでの最後になるなんて変な感じだけどね。

悔いの無いように最後の最後まで頑張ろうね」

ナナが肩を震わせている。

頼む、ナナ。

お前は泣かないでくれ。

いつでも強気だったお前が泣くのなんて見たくない。

そんな姿見たらオレも涙をこらえきれない。

だから頼む。お前だけは泣かないでくれ。

「みんな・・・」

ナナがちょっと上ずった声でしゃべりだした。

「円陣組むよ」

ナナに言われてオレらは全員で円陣を組んだ。

25人と立花センセー。大きな大きな円陣だ。

そしてナナはいつもの力強い声で叫んだ。

「このメンバーでの最後の戦いだー!みんな気合い入れてくよー!

 多摩境高校吹奏楽部ー!! いくぞー!!」

「はい!!!」

全員の大きな掛け声がホールに響いた。

 

そして、すぐに開場時間となり、お客さんが客席に入ってきた。

第1回演奏会。まもなく開演だ。

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2009年1月15日 (木)

ブラスバンドライフ11.開演5時間前

10月10日。

カラッとした秋の晴天。

思えば今日までの道のりは長かった。

夏の終わりにドア係や受付係を決めてからは猛特訓の毎日だった。

その間に何度か人前で演奏する機会があった。

 

 

9月のアタマには老人ホームに10人くらいの小編成で乗り込んだ。

昔なつかしの曲を3曲ほど演奏した。

その中で好評だった「いい日、旅立ち」は今日の演奏会の曲目にも入れた。

 

同じく9月下旬には春にやった幼稚園で再び「楽器に触ろう」の企画で行った。

今度は本番用の楽器は持っていかずに、幼稚園生には気軽に楽器に触ってもらった。

何故だか今回は嫌な気分にはならなかった。

と、いうか幼稚園生が元気に打楽器で遊んでいるのを楽しく見れた。

 

そしてつい先週、10月のアタマには学校の文化祭で演奏した。

この時も3曲やった。

今年のヒット曲だ。「羞恥心」に「キセキ」に「ポニョ」。

どれも盛り上がったがテコンドーなどの演出はやめておいた。

羞恥心で手をグルグル回すくらいの振り付けをやった程度だ。

 

そうした経験を積んで、ついにこの日がやってきた。

実は再び親から「帰りが遅い」とのクレームもあった。

なにしろ夏休みと違って授業が終わってから練習するわけだ。

帰りが遅くて心配にもなる。

おまけに3年生は受験だってある。

それでも「10月10日までだから」と言って、オレも未希もナナも他の3年も、夜遅くまで練習してきた。

多摩境高校吹奏楽部 第1回定期演奏会。

全てはこの演奏会の成功のためだ。

 

 

朝9時、オレらはトラックで運ばれて来た楽器をホールの舞台へと運んでいた。

ナナが部長らしく仕切る。

「2、3年生は楽器を舞台の上に運んでー!未希は楽器の配置を立花センセーと相談しながらドンドン設置していってー!!あと座るイスもね!」

「わかったー!」

「シオ!1年生を連れて、舞台のひな段をホールの人と一緒に組んで!」

「りょーかい!!」

吹奏楽部は25人なので、全員がイスに座ると、後ろの方に座ったヤツはお客さんから見えなくなってしまう。

なので後ろの一列だけは、ひな段と呼ばれる台を作り、その上にイスを設置するのだ。

そうすりゃ後一列は高いところに座ることになり、お客さんからも見える・・・というわけだ。

まあ、これは自慢できる作戦じゃあない。

どこの学校の吹奏楽部でもやっている「常識」だ。

その辺は立花センセーが慣れている。

 

「ひな段完成ー!」

ひな段が完成してオレは右腕を突き上げて高らかに宣言した。

「じゃあ楽器置くからどいてどいて」

未希がシラっとした顔でイスと楽器を配置させていく。

「チ、なんだよ」

オレが舌打ちすると田中ちゃんがなだめる。

「まあまあ塩崎センパイ。機嫌悪くしないでくださいよー。みんなテンション上がり気味なんですよー。焦っちゃたりする人だっているかもですよー」

そういう田中ちゃんも目が泳いでる。一番テンパってるのは田中ちゃんかもしれない。

なんだか心配だな・・・。

 

楽器の設置が終わると、マイクのチェックやら電気の調整(照明と呼ぶ)が始まった。

瞬間移動の発案者、マジック失敗男が照明スタッフと何やら打ち合わせしている。

心配らしく未希が付き添っている。

瞬間移動は失敗したらダサイことこの上ない。

未希とマジック失敗男がちゃんと打ち合わせしてくれる事を祈る。

 

マイクのチェックではナナが舞台上でスタンドマイクでしゃべる。

「ただいまー!!・・・・・・」

な、なんじゃそのセリフは・・・。台本にあったか??

「・・・マイクのチェック中ー! ただいまマイクのチェック中ー!あー!あー!」

 

オレはというと日比谷とテコンドーと柔軟の4人でプログラムにチラシを入れる作業をしなくてはいけない。

プログラムは3枚折りで作ってあって、開くと「部員募集中!」のチラシが出てくるようにするのだ。

ちなみにプログラムのタイトルは「多摩境高校吹奏楽部 第1回定期演奏会」だが

サブタイトルは「始まりを目撃しろ!」だ。

これはオレが勝手に決めた。

女性陣からは猛反対をくらったけど、日比谷は大賛成だった。

部員募集中のチラシはナナが書いた。

かわいい女の子のイラストに吹き出しがついていて、そこにこう書かれている。

 

「アナタも楽しいブラスバンドライフを送ってみませんか?」

 

当初は「吹奏楽漬け」と書いてあったが、なんかキツそうなイメージなので

ブラスバンドライフという表現になった。

 

「塩崎センパイ! 受付係の二人を連れてきましたよー」

田中ちゃんがかわいい女子を二人連れて来た。

一人はノーメイクでナチュラルな優しそうなコだ。

「若井くるみといいます。今日は自信ないけど頑張って受付しようと思います」

もう一人は一年生なのにバッチリメイクのスラッと美人だ。

「早川舞です。田中ちゃんに頼まれたんで仕方なく来ました」

「あ、ああ・・・よ、よろしく」

オレは二人に受付の説明をしてその場を去ろうとした。

「じゃあ、よろしくね」

受付を離れ、舞台に向かう。

その時、意識してなかったんだけど、後で若井さんが田中ちゃんに話しかける声がした。

「田中ちゃん、今日言うの?」

「うん・・・うまく演奏出来た時は・・・言う!」

「わあ・・・勇気あるなあ」

なんの話だろ・・・。クラスの仲良ししか知らない話だろうか。

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2009年1月14日 (水)

ブラスバンドライフ10.吹奏楽部の夏

夏休み中、毎日毎日オレらは音楽室にこもる。

海に行ったりもしない。山に行ったりもしない。

せっかくのティーンズライフの夏をほとんど音楽室で過ごす。

 

演奏会での曲数は10曲ある。

こないだのブラスフェスティバルの3曲でさえ脱落者が出たから、今度は何人が辞めるのかと不安に思っていたんだけど、意外にも誰も辞めることなく練習は続いた。

 

ブラスフェスティバルでの悔しい思いがみんなにはある。

そして何より第1回演奏会への意気込みがあるんだ。

 

音楽室を使えるのは午前中だけ。

だからオレらは朝早くから音楽室に入り練習をする。

午後は合唱部が使うのだけど、合唱部が休みの時は午後までというか夜まで練習した。

 

こういう風に、あまりに熱心になってくると必ず文句を言う者が現れる。

部員じゃあない。こういう盛り上がってる時は部員からは文句は出ない。

親だ。

 

吹奏楽や音楽活動に理解がある親なら文句は言わない。うちの親もそうだ。

でも楽器すらやったことの無い親には、吹奏楽部のキツイ練習が理解できないようだ。

 

「なんで毎日毎日、朝早くから練習する必要があるんですか!」

「文化部でしょ!夜遅くまでやることないでしょう」

「体育部でもないのに疲れるほど練習させないでください!」

 

音楽活動となる吹奏楽部は文化部に属する。

体育部の人には理解しにくいらしいが、吹奏楽部の体質は体育部に近い。

上下関係はキチンとしなければならないし、挨拶はヘタな体育部よりも大声でする。

それに、コンクールがある以上、勝負の世界でもある。

多摩境高校はまだコンクールには出ていない。そのレベルには無い。

個人としては、未希とその仲間で四人で奏でる「クラリネット・アンサンブル」に出場を果たして、それなりの成績は残せた。

悔しいが、うちの吹奏楽部で一番うまいのは未希だ。

3年生で唯一、音大を目指しているだけはある。

未希はこれから先、勝つか負けるかの戦いを何度も繰り返すことになる。

 

夏休みが終わる頃になると、親たちも慣れたのか、あきらめたのか、何も言わなくなった。

何を言っても、今の吹奏楽部は止まらなかった。

リベンジ。そして瞬間移動。

この二つの言葉が、みんなを動かしていた。

 

 

少しだけ、涼しくなったかなと感じ始めた8月の終わり。

オレと未希とナナは立花センセーと一緒に、演奏会を行うホールに見学に行った。

係のオッサンに案内されて、ロビーから客席に入ると、思っていた以上にきれいなホールだった。

さっそくナナが歓声を上げる。

「うひゃー。けっこういいホールじゃん!ホントにここでやれるんだー!」

その声がホール全体にこだまする。

「うっわ、ビックリした!カラオケみたい」

未希は冷静に分析をする。

「ずいぶん響くホールだね。これなら小さなソロ演奏とかもお客さんに聞こえるね」

「だな。お客さんにオレらの音楽が届かないと意味ないからな」

オレもうなずく。

ブラスフェスティバルでは、お客さんに「音」は聞こえても「音楽」が聴こえてなかった。

心を込めた演奏は、時には小さな音量で奏でられる場面もある。

こんなに響くホールであれば、思う存分に心を込められる。

立花センセーも深くうなずいている。

見学の帰り際、案内係のオッサンに呼び止められた。

「立花先生。そういえば聞くの忘れてたんですが・・・、ロビーに受付とか出しますよね」

「ええ、そうですね。机でも出して、その上に演奏会のプログラムでも置こうかと」

「実はですね。うちのホールでは受付係二人と、客席のドア係を三人つけないとダメなんですよ。生徒さんでいいんですけど、手配できますか?」

「ドア係ですか?」

なんじゃそれ。

「ええ。最近は客席の扉のところに誰かを配置しなくちゃいけない決まりがありまして」

「・・・わかりました。三人用意します」

立花センセーはちょっと困った顔をしながらそう言った。

 

 

翌日、音楽室では受付係とドア係の計五人をどうするかって話題になった。

といっても吹奏楽部が全員ステージの上で演奏してる時の仕事だ。

他の部のヤツに頼むしかない。

ドア係は立花センセーが合唱部から三人女子を連れてくるという。

でもそれ以上の人数はムリそうだという話だった。 

 

「ドア係はともかく受付係は、ちょっとはかわいい女子じゃないとダメだよな」

これはオレの意見。誰も聞く耳持たずだ。

と、思ったら田中ちゃんが大声を上げた。

「わ、わたしやります!!あんまりかわいくないですけど・・・」

「いや、田中ちゃん・・・そういう事じゃなくて・・・田中ちゃんは出演中だから」

「あ・・・そうか・・・」

田中ちゃんはガックリとしたが、すぐにまた大声を上げた。

「あ!! いいクラスメイトがいます! 同じクラスで。かわいいコと美人なコ!」

「へえ!!」

思わず嬉しそうな声を出したら、田中ちゃんは少しオレを睨んだ。ご、ごめんて。

「ナニ部の人?ちゃんと受付とかできそう?」

立花センセーが言うと、田中ちゃんは「うーん、多分」と言って、やや間を置いてから「大丈夫です。」と力強く答えた。

女子の友好関係は大事だ。

男子はこういう事はなかなか手伝ってくれない。「メンドイ」とか言って。

田中ちゃんは役に立てたのが嬉しいらしくて声のトーンを上げてしゃべる。 

「じゃあ明日、二人をセンセーに紹介します」

田中ちゃんが言った二人は名前からしてかわいい感じがした。

二人とも陸上部だというが体育部の人で平気だろうか。少し不安はある。

ともかく、これでスタッフもそろったよ。あとは練習に集中だ。

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2009年1月13日 (火)

ブラスバンドライフ9.瞬間移動

夏休みに入った。

オレ達の通う多摩境高校は、すぐ横に山があるせいかセミがうるさい。

窓を開けておくとセミの声がうるさいので、夏休みは窓を閉めて練習をすることにした。

閉じ切りにした音楽室は、冷房が効くといっても暑い。

吹奏楽部は現在24人だ。

新入生がだいぶ辞めたけど、そこまで広くない音楽室で24人が一斉に楽器の練習をすると、やっぱり熱気がこもるというものだ。

 

この音楽室を夏休み中に使うのは吹奏楽部だけではない。

基本的に午前中はオレ達、吹奏楽部が使う事が多い。

でも午後は合唱部が使う。合唱部も立花センセーがかけもちで教えているので文句は言えない。

元からオレは立花センセーに文句など一言もないし。

 

立花センセーは忙しい人だ。

吹奏楽部・合唱部に加えて、来年からはハンドベル部の立ち上げメンバーになっている。

ハンドベル部なんてあるんだ・・・大変だな立花センセー。

オレでよければいつでも力になるよ。

・・・なんて大人みたいな事を言ってみたいもんだ。

 

「なにニヤニヤしてんのよ」

ふいに未希に話しかけられて「ひしゅ!」とかいう意味不明な声を出してしまった。

そうだ、今オレは朝から音楽室に来て、窓から見える校庭を眺めてたんだった。

「に、ニヤニヤしてたか?オレが?」

未希は見下したような顔で答える。

「してたよ。どーせ、校庭を見ながら田中ちゃんの事でも考えてたんでしょ」

「う・・・」

正解ではないが、ちょっと惜しい答えだ。

「ち、違えーよ。校庭でやってる運動部って頼もしいなあって考えてたんだよ。み、未来はな、ああいう元気な若者が担っていくんだぞ。期待してニヤニヤもするぜ」

「はあ?お爺さんみたい。しかも朝早いから誰も校庭で練習なんかしてないし」

言われて校庭を見てみると確かに誰も練習していない。

唯一見えるのは陸上部がマイクロバスに乗り込もうとしてる姿だけだ。

合宿でも行くのだろうか。と考えてると未希が「ああ」とつぶやいて言った。

「陸上部じゃん。なんか山中湖まで合宿に行くらしいよ」

「山中湖まで?遠くまで行くんだなー。オレ達も合宿でもする?」

「塩崎くん。合宿なんかして田中ちゃんと仲良くなりたいの?私服とか見たいんでしょ」

「そういう事じゃなくてさ」

合宿とかすると吹奏楽部のメンバーも私服とかになるのだろうか。

田中ちゃんの私服姿は確かに見たことないな。かわいいのかな。

「ん!?」

変な事を考えてしまったので思わず叫んでしまった。

「ど、どうしたの」

「い、いや・・・」

おかしいな。

なんだか最近、本当に田中ちゃんの事ばっか考えてるぞ。

オレは立花センセー一筋なのにな。

田中ちゃんか・・・。

 

その日、全体練習の後でトランペットの手入れをしていると、ナナが話しかけてきた。

「シオ、シオ」

「なんだよナナ」

「そろそろオリンピックでオグシオ出るね。シオはシオの応援すんの?オグ?」

なんだか意味わからん事言うね、ナナは。

「あのな、ナナ。あの人達はプロなんだからオグとかシオじゃなくってさ。ちゃんと塩田さんとか小椋さんとか言えよ」

「塩崎はシオでいいんでしょ?」

「オレはいいけど」

シオってニックネームに悪い気はしない。

中学まではずっと「塩漬け」という嫌なあだ名だったからだ。

「塩漬け」から変化して「漬物」だとか「浅漬け」だとか、はたまた「おふくろの味」とかいう塩崎とは何の関係もないあだ名の時期もあった。

「そんで何の用だよ、ナナ」

「オグシオだよ」

「はあ?」

ナナは真顔でそう言った。

なんなんだコイツは。3年間ずっと同じ部だけど、やっぱり意味がわからん。

「なにアタシの顔をマジマジ見てんのよ。見過ぎるとホレるよ」

「それはない」

ナナの激怒の蹴りが脇腹に入った。まじめに痛い。

「ぐお・・おまえ・・ちょっとは女子らしくしろよ・・・」

ナナは別にかわいくない訳ではないけど、この凶暴さが嫌だ。

「で、オグシオって?」

「この子よ」

よく見るとナナは横に男子を連れていた。

こいつはサックス担当の一年生だ。あんまりパッとしない男で・・・確か例の特技披露では何故かマジックをやって失敗したヤツだ。

名前は・・・小倉だったか。そうか。それでオグシオか。オレ的には手品クンだが。

「で、こいつがどうしたって?」

「小倉くんがね・・・いい案を出してくれたのよ。さすが手品好きね」

「案って・・・演奏会の演出案か? 手品なんて嫌だぞ。スベル」

オレがあからさまに嫌そうな声を出すと、手品くんは怯んだがナナは威勢よく言った。

「スベらないよ多分。なんていったって瞬間移動だもん!」

瞬間移動?

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