1-5短編「ブラスバンドライフ」

2009年1月 5日 (月)

ブラスバンドライフ1.想いを込めて

 

人にはそれぞれ違った価値観がある。

人から見たら小さな小さな演奏会だとしたって。

それに想いを込めて演奏する人がいたりする。

 

ぼくらの音はみんなに届いていますか?

 

ブラスバンドライフ

・・・by cafetime  2008-12

 

ドーン!ガーン!ドーン!ガーン!

三人で思いきり叩きまくるティンパニーの音が部屋に響きまくる。

うるせーのなんの。全員、なんてヘタクソな演奏だ。ただ思いきり叩いてるだけだ。

リズムも取れてなけりゃ叩き方もなってない。

そりゃそうだ。

叩いているのは幼稚園の児童なんだからしょうがない。

今日は幼稚園に呼ばれていて、三曲ほど簡単な曲を演奏してくれって言われたから、しかたなくオレともう五人で「となりのトトロ」と「ドラえもん」と「団子3兄弟」を演奏した。

団子3兄弟なんて今時の幼稚園生は生まれてない時の曲だから反対だけど。

なんでこんな事をしてるのかと言えば、オレらが吹奏楽部だからだ。

うちの顧問の立花理子センセーが「幼稚園生に楽器の楽しさを伝えてきてね」なんて、簡単に今回の幼稚園の依頼を受けてきたってことだ。

まあ、演奏するのは良かったんだけどね。人前で演奏する機会は少ないからさ。

でも演奏の後、幼稚園生に楽器を触らせるという企画がひどかった。

ティンパニーを悪ガキどもが思いきり叩きまくるからだ。

ドーン!ガーン!ドーン!ガーン!

「あんまり強く叩くなよー」

とオレが注意すると

「そんなの関係ねぇ!」

と小島よしおのセリフを言われた。さらには

「ボクの演奏・・・グーーーー!!」

とかエド・はるみの物まねするヤツまでいる。何がグーなんだか。

オレら吹奏楽部のメンバーは苦笑いしまくりだ。

ティンパニー担当の奈々なんて拳が震えてる。

「ナナ、抑えて抑えて。相手は幼稚園生なんだから」

オレが奈々にそう言うと、奈々はギロッとオレを睨んでこう言った。

「えー?私怒ってなんかないよー。シオの勘違いだよー。私って寛大だもーん」

シオってのはオレのあだ名だ。塩崎だからシオ。

そう言った奈々の目は全く笑ってなかった。

笑ってるのは子供たちと保育士の先生たちだ。

保育士の先生たちは大人なのにこの状況を楽しんでいる。

なんでだよ!こんなヒドイ扱いで楽器叩いてるのにさ!

「人にはそれぞれ違った価値観がある。

 人から見たら小さな小さな演奏会だとしたって」

いつも立花センセーが言ってる言葉が頭によぎった。

これも子供たちにとっては演奏会なんだろうか。

 

 

幼稚園でのお笑い演奏会(?)の次の日はよく晴れた日だった。

オレが高校三年になって初めての登校日だ。こんな日によく晴れるってのは嬉しい。

二日前、入学式は終わっているらしく、まだシワの入ってない真新しい制服の新入生たちが次々と登校してくる。

オレは吹奏楽部の部員勧誘のために校門のところでクラリネットの栄 未希と一緒にチラシを配ったり「吹奏楽部で楽しいブラスバンドライフを送ろうー」などと叫んでいた。

もちろん吹奏楽部だけが勧誘してる訳じゃない。

野球部・陸上部・サッカー部などなど運動部を中心に盛んに勧誘をしている。

特に人数がたくさん必要な部は必死だ。

オレらが通う多摩境高校は創立して二年しかたってない。

オレらが初めての三年生だ。やっと三学年がそろって部活が出来る年なのだ。

 

「誰か吹奏楽部入れー!」

などとテキトーな叫びを上げていたらクラリネットの未希が

「塩崎くん、そういう適当なのはやめてよ」

とダメ出しをしてきた。

「だってよ。どいつが楽器に興味あるかとかわかんねーじゃんかよ。とりあえず誰でもいいから声かけまくるならセリフなんてどうでもよくね?」

「せめて誠意を持ってやってよ。塩崎くんのテキトーな勧誘で部員集まらなかったらナナに報告するからね」

「いや、ナナに言うのはやめて。あいつ怖いから」

ナナというのは部長でパーカッション担当の七見奈々って女子だ。

カタカナにすると「ナナミナナ」

名前の五文字のうち四文字がナというスゴイ名前のヤツで、怒ると怖い。

ナナを怒らせるくらいなら勧誘をちゃんとやろう。

 

「吹奏楽部に興味がある人はこのチラシを見てみてくださーい!」

オレは未希と同じように一生懸命にチラシを配った。

するとなんだか陽気そうな男子が話しかけてきた。

「トランペットってやってます?」

「え?そりゃやってるよ」

「ちゃんと顧問の先生とかいるんですか?」

「いるよいるよ。立花センセーっていう他の学校でも吹奏楽部を教えてた先生が」

「へえ!スッゲ!演奏会とかもやるんすか?」

演奏会?

言われてオレは近くで話を聞いてた未希の顔を見た。

未希はオレと男子生徒を見ながらこう言った。

「演奏会、今までやったことないんだけど・・・今年はやろうって提案しようか」

すると男子生徒は大声で喜んでいた。

「スッゲ、スッゲ!やるんすか!じゃあオレ入部したいです!」

「ホント?じゃあ一緒に第1回定期演奏会を目指していこーね!」

勝手に演奏会やるなんて言いだしちゃって、いいのか未希のヤツ・・・。

でもいいかもな、演奏会。

今年こそは人数も20人と少しは集まりそうだし、多摩境高校吹奏楽部の記念すべき第1回演奏会をオレらで出来るなんて、ちょっくらカッコいいしな。

また立花センセーの口癖が頭に響く。

 

「人にはそれぞれ違った価値観がある。

人から見たら小さな小さな演奏会だとしたって。

それに想いを込めて演奏する人がいたりする」

 

想いを込めまくってやろうじゃん!

込めて乱れ撃ちだよ。数打ちゃ当たるよ。いや、深い意味は無いんだけどさ。

 

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2009年1月 6日 (火)

ブラスバンドライフ2.景色

まだ少し肌寒い風が音楽室の窓から入ってくる。

この風は懐かしい。オレが入部した時もこの部屋はこの風が吹いていた。

春はあったかいイメージだけど実際にはちょっと寒いんだよな。と毎年思う。

 

うちの吹奏楽部が使っている音楽室は真冬以外はいっつも窓が空いている。

だから校庭で練習してる運動部は毎日毎日オレらの曲を聴いてるってわけだ。

ありがたいような恥かしいような。いや、オレらの演奏をタダで聴けるんだ。光栄に思え。

 

その音楽室には今日から一年生が12人も加わった。

二年が10人でオレら三年が8人だから全員でピッタリ30人だ。こりゃすごいな。

昨日までより音楽室が狭く感じるよ。でも女子ばっかだから汗臭くはない・・・かな?

 

顧問の立花理子センセーがやってきた。

音楽室の奥側にあるピアノの前に立つ。相変わらず若くてかわいいセンセーだ。

「みんな集合したかな。七見さん、全員来てる?」

部長の七見奈々が元気に答える。

「はい!ピッタシ30人います!誰も遅刻してないです」

遅刻については聞いてないだろうがよ。いちいち細かいな、ナナのヤツは。

オレが小声でそうつぶやくと、隣にいた栄未希がヒジでオレのわき腹をつついた。

「わっ。な、なんだよ未希」

「塩崎くん、何ぶつぶつ言ってるの?ちゃんと立花先生の話聞きなよ」

「わかってるって。聞いてるよ」

クラリネットの未希は美人だけど真面目すぎる。だから男っ気が無いんだ。

まあオレにも女っ気ないんだけども・・・。

 

「じゃあ一年生は順番に自己紹介してみよーう」

部長のナナが一年生を見回しながら言う。

「なんか特技とかあったら見せてくれてもいいよー!」

むちゃ振りだ。ナナはそれを何の悪気もなく言いのけるから怖い。

ところが一人目の女の子が名前紹介の後に何もしなかったので、ナナはさらなるむちゃ振りをしかけた。

「なんか面白いことやってよー!つまんないじゃんー」

「え・・・」

言われた一年生の女子は固まってしまった。そりゃそうだ。

みかねた立花センセーが「無理な事は頼まないの」と言ったが、その女子は「体がやわらかい」とか言ってブリッチしてみせた。

「おおーー、すごーい」

ナナは大喜び。

でも制服でブリッジするのはカッコよくもかわいくも何ともない。

これで大変なのは次の女子だ。一人目がわけのわからん特技披露をしたせいで順番に次々と吹奏楽と関係ない特技を披露していく。

テコンドーやる女子、猪木のモノマネする女子、マジック披露して失敗する男子。

ろくな新入生がいない。それだけはわかった。

立花センセーもナナも未希も苦笑いするしかなかったが、ナナは「次!」と言って特技披露をさせていった。

最後の出番は、校門前でオレに話しかけてきた陽気そうな男子だ。

「みんなスッゲーっすね。オレ、なんも特技ないですよ」

「いいからまずは名前。あとやりたい楽器、そして特技」

なんだかナナの口調が冷たくなってきた。ヤバイ、爆発するのかも。

ナナが爆発したら大変なことになる。被害が音楽室だけで済めばいい。ナナが爆発して大声で怒鳴ったら学校が揺れる!それだけ被害甚大だ。たぶん。

そんなことは知らず、陽気そうな男子は名乗った。

「えーと、日比谷です。日比谷春一。H・I・B・I・Y・Aで日比谷です」

こいつもどうでもいいヤツだと確信した。

「特技は無いんですけどー・・・やりたい楽器はトランペットなので今ちょっと吹きます。

 えーと、曲は『原っぱ』」

そう言って日比谷は近くに置いてあったオレのトランペットを持ち上げた。

「あ?!ちょっと待てよオマエ!口つけるな!」

そう叫んだが日比谷は何もためらう事もなくオレのトランペットのマウスピースに口をつけて吹いた。

「あー、シオと日比谷くん間接チューだぁ」

ナナがちゃかすが、すぐに顔色が変わった。

うまい!

日比谷が奏でる音色は即興で吹いているものらしかったが、一瞬でうまいとわかるレベルだった。

高音も低音も綺麗に奏でられる。

瞬間、どこかの草原が見えた。

「え?」

と、つぶやいて周りを見渡すと、間違いなく音楽室だった。・・・?なんだ今の。

日比谷の即興での演奏は30秒くらいで終わった。

「うん、いい音ね」

立花センセーはそう言って、拍手をした。

つられてオレも、ナナも、未希も拍手をした。日比谷は照れて笑っている。

拍手しながらナナはオレのとこに来て嫌な事を言った。

「シオよりペット巧いかもよ。日比谷くん」

「な、なにを!?」

オレも五年トランペットやってるから、まだ負けてないとわかるが、これはヤバイ。

うかうかしてると本当に追いつかれる。日比谷春一か。

「なに怖い顔してるの塩崎くん」

立花センセーに言われて「え?いやー、え、えへへ」とか訳わからん笑顔をつくる。

「気持ち悪い」

ボソッと未希が言う。

「あームカツク!なんだよその言い方」

「でも、面白くなりそうだよね」

未希が本当に面白そうに笑って続ける。

「そ、それよりさ。何か今、日比谷の演奏聴いてたら、何だか草原の景色が見えたよ」

「は??塩崎くんお疲れ?」

ちょっと小馬鹿にする表情の未希。しかし立花センセーは驚いた顔して言った。

「草原が見えた気がしたの?それは日比谷くんの演奏への想いが本物で、それでいて塩崎くんが本気で無心で日比谷くんの演奏を聴いたからだよ」

立花センセーは続ける。

「本気と本気のぶつかり合いの時にだけ見えるんだよ。曲の持つ景色が」 

「景色・・・ですか」

なんだかちょっと幻想的な話だ。にわかには信じがたい。 

ナナは軽く受け止めて仕切りなおした。 

「いいじゃん塩崎くん。これなら第1回演奏会、ホントに出来るかもよ」

「そ、そうかあ?」

オレは日比谷以外の一年を見回した。

柔軟、テコンドー、猪木、マジック。ほか。

特技を楽器に変えなければ!

副部長・塩崎圭、いっちょ気合入れますかね。メンドイけど。

 

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2009年1月 7日 (水)

ブラスバンドライフ3.音楽室

国語の授業は嫌いだ。

細かい文字を見ていると眠くなっちまうし、漢字が苦手だし。

特に古典は何がなんだかサッパリわからない。

と、いうかそんな昔の人の文なんか読んでる意味がわからん。

でも、古典の授業は寝るわけにはいかない。

なんといっても立花センセーの授業だからだ。

吹奏楽部の顧問の先生だからって理由もあるけど、立花センセーがかわいいからだ。

クラスの誰よりもかわいいと思う。

26歳らしいけど、けっこう童顔だし、声も幼さが残る感じなので年の差はあんまり感じないんだけど、やっぱり考え方は大人なんだよね。そこがいい。

「シオ、なにニヤニヤしてんの」

隣の席のナナが白けた眼でこっちを睨む。

「に、ニヤけてねーよ。授業に集中しろよオマエ」

なんでクラスが一緒なんだろうね、ナナと。やだやだ。

 

授業が終わりLHRをして部活へ行く。

オレら吹奏楽部は校舎の南ハジにある音楽室が活動の場だ。

多摩境高校は創立3年目ということもあり、校舎はピカピカだ。

音楽室もキチンとした防音設備が整っている上、有名な人のコンサート映像が見れるようにと電動で降りてくるスクリーンやプロジェクターまで揃っている。

窓はついてるけど防音のために二重窓になっている。

まあ前にも言ったとおり、立花センセーはほとんどの場合、窓を空けたまま練習に入るので、音は校庭に聞こえまくりだ。

 

4月も終わりにさしかかり、新入生に担当パートも全員決まった頃、立花センセーが音楽室で緊急ミーティングを開いた。

部員全員が音楽室に集められて、立花センセーの話を聞く。

「みんな集まったかなー」

「全員います。30人ピッタリです。遅刻者はいません」

ナナがハキハキと答える。だから遅刻の話までは聞いてないだろ。

「今日は何のお話ですか」

クラリネットの未希がたずねる。

すると立花センセーはニコッと笑って言った。

「第1回定期演奏会が決まりました」

一瞬ポカンとする部員たち。

その後「おおー!」とか「やったー!」とかの歓声が上がる。

「シャラップ!!」

ナナの大声が音楽室に響いた。でかい!

とたんに静かになる室内。立花センセーが話を続ける。

「10月10日に隣町の橋本にある市民ホールの予約が取れました。

 500人以上入る立派なホールです。

 まだ5ヶ月くらいありますが、定期演奏会と言った以上、2時間くらいはやる予定です」

「2時間っすか。何曲くらいですかね」

オレは立花センセーにたずねた。

するとセンセーはちょっと首をかしげてから言った。

「そうね。曲にもよるけど・・・アンコールも入れて10曲近くは用意しないとね」

「じゅ・・・?!」

ちょっとヘコタレタ。そんなに出来るか?

でも未希は楽しそうに言った。

「なんかいい目標になりますね。目標あると気合が入ります」

するとナナも腕を組んで偉そうに言う。

「そうね。未希の言うとおり。気合入れて取り組むかね」

「じゃあ来週からは練習曲も演奏会に向けたものも用意します。

 一年生は簡単なアレンジを考えてるから不安にならないでね」

立花センセーはかわいげなガッツポーズとりながらそう言った。

 

翌週からは練習がヒートアップした。

立花センセーが演奏会用にアレンジした曲を練習していくのだ。

指揮は立花センセーが振り、ナナがパーカスを仕切り、クラリネットとフルートを未希が仕切り、オレはというとトランペット・トロンボーンなどの金管楽器を仕切った。

 

「塩崎先輩、このFの入るところってもっと弱くした方がいいすかね」

「Fの入り?ちょっと待って」

トランペットの一年生、日比谷が細かく質問してくる。

日比谷は中学でも吹奏楽部にいたらしいが、あまり部活には出ずに大手音楽教室でトランペットを習っていたらしい。

そのせいか基本が出来ている。

ただ団体でやる演奏はあまり経験がないらしく、隣で吹くオレに質問攻めだ。

「ああ、Fかあ。日比谷だけちょっと強く吹き過ぎかもな。少し抑えていこうぜ」

「なるほど、わかりました」

フフン、オレも先輩らしくなってきただろ。なにしろ三年生だ。副部長だ。

「スッゲーすよね塩崎先輩。適格な指示できて」

「まあな」

はーはっは!もっと褒めろ!

「でもBのとこ、さっきちょっと遅れてましたよ」

「え?! バレてた?! わ、わりい・・」

ぐうー、日比谷!油断ならん。

金管楽器はこんな感じでうまくいくかと思ってた。

でも甘かったよ。チューバに一人、全然進歩しないコがいたんだ。

例の特技披露で猪木のマネしてたコだよ。

あの時から嫌な予感はしてたんだ。

だって普通やらないだろ?吹奏楽部の自己紹介で猪木のモノマネなんてよ。

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2009年1月 8日 (木)

ブラスバンドライフ4.音楽室は恋愛禁止

季節の移り変わりは早い。

新入生が入ってきてあっという間に一か月が過ぎた。

中学の頃よりも早く感じるのはテストが多いからだとオレは思う。

多摩境高校は三学期制度だ。四月から七月が一学期。

その間に中間テストと期末テストがある。

たった三か月で二回もテストがあるんだから忙しいことこの上ない。

おまけにオレは三年生だから進学の事も考えなくちゃいけない。

 

一応、進路の希望は決めてある。

都内の専門学校に進んでイベント制作の仕事の勉強をしたいと思ってる。

今風に言うとアートマネジメントというらしい。

どっかの有名な劇場で、芝居とかクラシックとかの公演の制作をするのがオレの目標だ。

 

でもそれよりもオレには目の前に難題が立ちふさがっている。

トランペット・トロンボーン・チューバの面倒を見ることになってるオレだけど、チューバの中に一向にうまくならないヤツがいるのだ。

例の特技披露で猪木のモノマネをした一年生の女子だ。

名前は田中ちゃん。どこにでもいる名前だからイノキと呼ぼう。

 

イノキは今日もリズムが全く合わず、チューバを持ってイスに座ったままうなだれている。

「おいイノキ、なにへこんでるんだよ。もう一回今のとこやるぞ」

オレが少し厳しめに言うとイノキは泣きそうな声で答えた。

「なんでですか・・・もうやめてください」

「はあ?うまくいかなかったからだろ。これじゃ全体でやる時に一人で音がズレるって」

「そんな話じゃないです・・・」

「じゃあどんな話だよ」

「ひどいです塩崎先輩・・・」

とうとうイノキは泣きだしてしまった。

かわいそうだけど毎年よくあることだ。

みんなより進歩が遅い。ほんのちょっと遅れてるってだけなのに「もうダメだ」的な発想で塞ぎ込んじまったり、泣き続けたり、退部しちまったりする。

イノキは確かに覚えは悪いが一生懸命さは伝わってくる。

アントニオ猪木のモノマネしてたわりには丸顔でかわいいんだけど、打たれ弱い。

「おいイノキ。泣いてたってしょうがないだろ。みんなだって頑張ってるんだ」

「だから・・・そうじゃないんです」

イノキはもうヒックヒックと声を出しながら泣きじゃくってる。

それを音楽室の遠くのところからナナと未希がこっちを見てる。

未希は険しい顔でこっちを睨み、ナナは「あーあ、泣かしちゃった」という顔してる。

「おい、泣くなよ。何がそんな辛いんだっての。猪木ばりに元気ですかーとか言おうぜ」

「だからそれが辛いんです!」

イノキがうつむいたまま急に大きな声を出したのでオレは思わずたじろいだ。

「え?そ、それ?」

「イノキですよイノキ!わたしは田中っていうんです!一回モノマネしただけでずーっとイノキって塩崎先輩に言われて・・・それが辛いんです!」

顔を上げることなくイノキはそう叫んだ。

じゃあ猪木のモノマネなんてやるなよ!!と、言いたいけど・・・。

「アントニオ猪木は悪い人じゃないよ」

優しく言ってみたけど、なんかセリフを間違えた。言いなおす。

「ごめん。田中ちゃんは田中ちゃんだよね。今からはきちんと名前で呼ぶよ。だからさあ、泣かないで」

今年度ベスト・オブ・優しい声で言ってみる。

するとイノ・・・いや、田中ちゃんはやっと顔を上げた。

「ホントですか」

「ホントだよ。オレが嘘つきかと思うのかよ」

「ありがとうございます・・・」

田中ちゃんはやっと笑顔を見せた。

「やっと笑ったな。もうイノキなんて呼ばないけど『元気ですかー』とは言うからな」

「え、ええ?なんですかソレ。今度は塩崎先輩が猪木のモノマネするんですか?」

「女子がやるよりいいだろ」

田中ちゃんはアハハって声を出して笑った。

その声を聞いてオレはなんだか嬉しくてヘラヘラ笑ってしまった。

 

二週間後、田中ちゃんは全体練習でほとんど遅れることなく一曲まるまる演奏できた。

あの日から急に見違えた感じだ。オレの指導もなかなかのモンだろ。

「すげーよくなったじゃん田中ちゃん!」

「塩崎先輩のおかげですよ!はい、これお礼です!」

「え?お礼?なんの?」

「ちゃんと名前で呼んでくれたお礼です」

そう言って田中ちゃんは茶色い紙袋を渡してくれた。

中にはお洒落に包装されたクッキーと紅茶のセットが入っていた。

「え?あ、ありがと」

オレがそう言うと田中ちゃんは笑ってから同級生のとこに駆け出していった。

な、なんか恥ずかしいな。でも、ま、嬉しいけど。

「なーにニヤニヤしてんの」

いきなりナナが後ろから声をかけてくる。

「シオ。あんた、後輩に手を出すなんてアタシの許可とってからにしなさいよ」

「手・・手を出す?!ち、違えーって!オレ、立花センセー一筋だもんよ!」

「どうだかねー。あーあ、男って女の涙に弱すぎだよ。もう惚れかけてやんの」

「ほ、惚れてねぇよ!!」

ものすごくデカイ声を出してしまった。おもわず田中ちゃんの方を見る。

田中ちゃんはオレの声には気付かず同級生たちのワイワイ盛り上がっていた。

「なーにムキになってんのシオ。恋愛くらいしなって。ティーンエイジャーなんだから」

「なんじゃそりゃ」

恋愛・・・?オレが?田中ちゃんに? 

いや、いやいや、音楽室では恋愛禁止だよ。オレ的には。 

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2009年1月 9日 (金)

ブラスバンドライフ5.アクティブ

雨の日が多くなってきた六月なかばのことだった。

いつものように音楽室で練習を繰り返していると、未希が怒りだした。

「ちょっと、パーカス隊、休憩時間だからってふざけすぎだよ」

未希が怒るのもムリはない。

パーカス隊・・・つまりパーカッション担当の女子たちが、みんなでテコンドーの練習をしているのだから怒られるに決まっている。

パーカスのリーダーである部長のナナまで一緒になってテコンドーの構えをしている。

「ちょっとナナ!アンタまでテコンドーの練習してどうすんのよ」

ナナは悪びた様子もなく答える。

「え、だって面白いんだよテコンドー」

そう言ってナナは戦いのポーズをとった。

「ナナ、その構え、太めの足が出過ぎ」

「な!? き、気にしてることを・・・」

ガクッとうなだれるナナ。

「うん、確かにナナの足は少し太いかもしれない」

オレはそう言ってしまってから「やべ!」と思ったが時すでに遅し。

女性陣の非難の視線がオレに集中して痛い。

「わたしも足ちょっと太いんですけど・・ダメですか?」

田中ちゃんがオレに聞いてくる。

そんなこと聞くな。田中ちゃんは少しぽっちゃり目だからしょうがないんだから。

「田中ちゃんは平気だよ。オレ全然気にならない」

「ホントですか?えへへ!」

まるっきりバカップルだ。

いや待て、付き合ってない。

 

ところでパーカス隊のみんなにテコンドーが流行りだしたのには理由がある。

入部の特技披露でテコンドーをやった女子がいた。

そのコはパーカス担当になったのだけど、ことあるごとにテコンドーの構えを披露する。

「健康にいいんですよ。ダイエット効果もありますし」

「だ、ダイエット効果・・・」

その単語がパーカスリーダーのナナの心を動かした。

以来、パーカス隊は休憩になるたびにテコンドーの動きをしている。

それが真面目な未希には気に入らないようだ。

いつもパーカス隊に「カンフーやめて」と言っている。

「カンフーじゃないって。テコンドーだって」

 

そうして今日も未希がまた怒っているという訳だ。

ところが今日はこの話題に立花センセーも入ってきた。

「七見さん」

七見というのはナナの苗字だ。七見奈々。

「あ、はい」

「その動きは何ですか?ティンパニーでも木琴でもないようだけれど」

立花センセーの質問にナナが答える。

「か、カンフーです」

「テコンドーでしょ」

未希が冷たくつっこむ。

「テコンドーねえ。それとパーカッションと関係があるのかな?」

立花センセーはニコッ笑いながら問う。

この笑顔に前にオレもやられた。かわいい。

「関係は・・・ないです」

「じゃあ、そのテコンドーの動き。ちゃんとお客様に見せる気はある?」

「はい?」

オレもナナも未希もパーカス隊も質問の意味がわからなかった。

お客様にテコンドーを見せる?なんのことだ?

立花センセーは自分の指揮者譜面台のところに移動した。

そして譜面台の上に置いてあったチラシのようなものを持って来た。

「これを見て」

そのチラシは黄色のハデな模様にオレンジの字でデッカクこう書いてあった。

『ブラス・サマーフェスティバル開催!』

「これに私たち多摩境高校吹奏楽部も出ようと思います」

立花センセーはまた笑顔でそう言った。

「この辺でブラス活動してる団体が出れるお祭りです。隣町の橋本で開催です。

 でもお祭りだから普通にクラシック演奏しても盛り上がりません。そこで!」

まさか・・・。

「みんなでテコンドーの動きを取り入れた演奏をしてもらおうと思います。

 名づけて・・・・名づけるなら何がいいかな、うーん塩崎くん、なにかアイデアない?」

イキナリ話題を振られた。

「オ、オレですか? え、えーと・・・テコンドーの動きを入れる・・・

 格闘吹奏楽・・・なんてどうですか?」

「怖いねえ。じゃあそれを英語にしてアクション・ブラスで行きましょう」

あ、アクション・ブラス??

みんな驚いていたが、なんにせよ大勢の前での演奏が決まった。

ちょっと音楽室全体が盛り上がることになりそうだ。

「フェスティバルは来月です。頑張って練習しましょう!」

「おーっ!」

未希以外が威勢よく雄たけびを上げた。

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2009年1月10日 (土)

ブラスバンドライフ6.方向性

ブラス・フェスティバルへの練習が始まった。

 

このイベントは橋本という、わりと栄えた街の駅前で開かれる七夕祭りの中のワンコーナーで、野外ステージが組まれていて3時間のうちに10団体が出演するということだ。

ステージは人通りの多いメインストリートに組まれるらしく、いい演奏をすれば人の足も止まるだろうし、派手なアクションをすれば大盛り上がりするということだ。

ちなみにオレはこのイベントを見た事はない。

今言ったのは去年見に行ったという未希の話だ。

「お祭りだからね。しっとりした曲をやっても聴いてもらえないよ」

未希の話は最もだ。

だからこそ立花センセーはテコンドーの動きを取り入れることを考えたんだろうか。

 

今回のイベントに用意する曲は3曲だ。

たった3曲。

といっても一年生の中には高校で初めて楽器演奏するヤツもいるから、初歩的なところで何度も何度もつまづいて、全体で曲を通して演奏できるまでには1ヶ月かかった。

それも上手い訳ではない。

まあ人に聴かせてもいいかなってレベルだ。

それも楽器とか出来ない人にはなんとかってくらいだ。

 

演奏がつまづくたびにひと波乱が起きた。

泣きだしてしまう一年生の女子。

「くっそー」とか叫んで楽器を床に投げつけてしまう男子。

「演奏はともかく、泣いたり楽器に八つ当たりとかすんなよバカ!」と言うナナ。

「まあまあ。努力すればそのうちなんとかなるよ」となだめる未希。

「み、未希センパイ!」

何故か未希は一年生に慕われ、ナナはイライラ度を増していった。

「気合込めろー!」

ナナは毎日そう叫んだ。 

気がつけば一年生の人数は半分に減っていた。

 

7月に入ったころ、音楽室でミーティングが開かれた。

メンバーは立花センセー、部長のナナ、副部長のオレ、それと未希だ。

ナナがイライラ全開で言う。

「部員は減るし梅雨でジメジメしてムカツクねー」

未希が静かになだめる。

「でも残ってるメンバーはわりと良くなってきたよ。人前で演奏できるんじゃないかな」

「オレもそう思う。日比谷はもちろんだし、他にもなかなかいい演奏のヤツいるよ」

ナナが急にニヤリとしてオレを見て言う。

「たとえば?」

「えーと、テコンドーのコなんかパーカスうまいじゃん」

「そうだね。あとは?」

「あと?特技披露でマジックやってた男もいいじゃん。いいコントラバス弾くよ」

「そうだね。それと?」

「しつこいな。ブリッジしてたコは?けっこうフルートがうまいよ」

「金管隊は?シオと日比谷の他にもいるんじゃない?」

「オレと日比谷以外で?うーん、た、田中ちゃんもけっこういいよ」

「わあー!田中ちゃんとか言ってるー!キモーイ!」

ナナはそう言って腹をかかえて体を折って笑う。これが言いたかっただけか。

「ね、田中ちゃんとはうまく行ってるの?デートとかした?あ!チューとかはまだ早いよ!」

「し、してねーし。付き合ってねーし」

「あー!なんか今、噛んだー!」

ムカツク女だな!

立花センセーが話題を変える。

「ブラス・フェスティバルは来週よ。演奏はなんとか形になってきたけれど」

「なんとか・・・ですよね」

未希が冷静にそう言う。

「これにテコンドーの動きなんて追加して演奏できるでしょうか」

「できないでしょうね」

立花センセーはバッサリと言い切った。

「できなくていいんです。それが目的だからね」

「え・・・」

オレとナナと未希は固まった。

「テコンドーの動きをつけるのは3曲のうち1曲だけ。それもラストの曲。この方針は変えないからね。みんなヨロシクね」

立花センセーは優しい声でそう言った。

「センセー。一つだけいいすか」

オレは珍しく真顔で立花センセーに質問してみた。

「このやり方で・・・『景色』は見えるんですか」

景色・・・。

こないだ日比谷がソロ演奏した時に見えた草原の景色。

本気の演奏と、本気の聴き手がいた時にだけ見えるという『景色』。

「オレはまたあの景色が見えるような演奏をしたいんです」

立花センセーはニコっと笑って即答した。

「きっと見えるよ。みんなの音がお客様の心に届けばね」

音が心に・・・か。

オレは密かに拳に力を入れた。

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2009年1月11日 (日)

ブラスバンドライフ7.フェスタ

7月中旬。ブラスフェスティバルの当日だ。

 

昨日まではどんよりどんよりな雲が広がってて「こんな天気でやんのかよ」とか思ってたんだけど、いきなりカラっと晴れた。

晴れたはいいが気温がぐぐっと上がって一気に夏日になった。

ここまで晴れろとは願ってない。

朝、家を出たらすぐに汗が出た。

「あぢー」

トランペットを入れたケースを持って、会場となる橋本へ向かう。

オレはトランペットだからまだいい。

ティンパニーとかの大きすぎる楽器のヤツも、軽トラックで運ぶからまだいい。

中途半端な大きさのチューバとかのヤツらが悲惨だ。

今回は会場が駅前だという理由で大きなトラックが使えず、大きな楽器だけを軽トラックで運ぶという事になってしまったから大変だ。

重い目に遭いながら、汗をだくだく流しながら会場へと向かう。

 

会場の橋本には朝10時に着いた。

駅前のメインストリートには屋台などがたくさん出ていて、すでに人だかりとなっていた。

この七夕祭りは朝9時から夜8時まで開催されるお祭りだそうだ。

メインイベントは二つ。

メインストリートで行われる総勢100名によるダンスパレード。

そして仮設ステージで行われるブラスフェスティバルだ。

ブラスフェスティバルはオレらみたいな学校の吹奏楽部や、小編成の市民の吹奏楽団が出るということだ。

トリは何故か地元出身のプロ女性歌手が吹奏楽団の音をバックに歌うらしい。

 

お昼過ぎにブラスフェスティバルが開始された。

全10組が30分交代で演奏していく。ちなみに30分には楽器セッティング時間も含まれる。そんくらいおおめに見てくれっての。

オレらの出番は3番目。わりと前半だ。

 

「立花センセー!田中ちゃんがキンチョーで過呼吸になってます!!」

待機場所でたこ焼きを食いながら待っているとテコンドー女がそう叫ぶのが聞こえた。

見ると田中ちゃんが苦しそうな顔してうずくまっている。

思わず駆け寄るオレ。

「だ、大丈夫か田中ちゃん!お、落ち着けってオイ! おちつけらろ・・」

オレが落ち着いてない。自分に言いきかす。

「お、オレ、落ち着け!」

そう言って自分の足を手で殴ってみると、ちょっと落ち着けた。だがかなり痛い。

「ぐあ・・・いてぇ・・・」

そんなオレを見て田中ちゃんは笑った。

「はは・・・塩崎センパイって・・・面白いですね。センパイ見てたら私も落ち着いてきました」

「お、おう。そうか」

田中ちゃんはゆっくりと立ち上がった。

その眼には、さっきまで過呼吸の苦しさの色はない。

「センパイありがとうございます。なんだか本当に落ち着きましたー!いつも助けてもらちゃってすいません」

「いや、まあ・・・大事な後輩だし・・・」

「大事な?!」

なんだか田中ちゃんは嬉しそうにそう言った。

「センパイ、今日頑張りましょうね!」

丸顔な田中ちゃんが元気にそう言うとオレもなんだか元気になってきた。

 

『プログラムナンバー3番、多摩境高校吹奏楽部さん、楽器セッティングしてください』

出番は午後1時にやってきた。

オレらは仮設ステージに次々と楽器を乗っけていく。

早く準備してしまえば演奏時間も長くとれる。

ということは余裕を持って本番3曲に取り組めるってわけだ。

ナナが全体を仕切り、三十人の部員をテキパキと動かす。

「焦ないで!でも急いで!あ、アンタちゃんとティンパニーのストッパーかけて!」

打楽器関係のセッティングに苦労したものの、わりとすぐに設置完了した。

それぞれの配置に着く前、未希がオレに言った。

「塩崎くん『景色』見たいんでしょ。本気でやんなよ」

「いつでも本気だっつーの。ナメんな」

 

30人がそれぞれの配置につく。

オレはトランペットを持ちステージのほぼ中央だ。

前には指揮者の立花センセーと、フルート隊とクラリネット隊。

右隣には同じトランペットの日比谷。

左隣はトロンボーンの田中ちゃんだ。

さーて、やるかオレたちのステージを。心して聴けよなー。

 

一曲目は『となりのトトロ』。

誰でも知ってるジブリ映画の曲をやって家族連れの客の気を引くという作戦だ。

まあ緊張のせいで音がバラバラだったけど、それなりに拍手をもらえた。

「ふう・・・あっぶね・・」

思わず口走った。

隣の日比谷は「しまった」という顔している。どこかミスったのか・・・。

逆隣の田中ちゃんは緊張のあまり、曲が終わってもトロンボーンを構えたままだ。

「田中ちゃん、もう構え解いていいよ・・・今、センセーがマイクで司会してるから」

「あ、ふ、ふあー。緊張する・・・」

 

2曲目は『羞恥心』

つい最近ヒットした曲を吹奏楽にアレンジして演奏した。

これも音がズレたり、曲の途中で楽器を落とすヤツがいたりとダメダメだった。

それでも拍手が来た。

 

3曲目は『パイレーツ・オブ・カリビアン』

3曲ともポップス系にしたのは今回の場所がお祭り会場だからだ。

ホントはクラシックもやりたいんだけど、祭り会場でクラシックやっても仕方ない。

おかげでそれなりに客も足を止めて聴いていてくれている。

戦いっぽいメロディーのところで、ナナと数人が例のテコンドーの動きを実践した。

楽器を床に置き、指揮者の立花センセーの横でテコンドーっぽく戦う。

ナナが次々と敵をテコンドーで倒していくような寸劇となった。

「どうだ!」

ナナは敵全員を倒してそう言ったが、なんでか客は拍手が少なかった。

「あ、あれ?」

あれ?という気持ちが部員に広がる。

その動揺からか、全体のリズムが一気にバラバラになった。

「ヤバイ!」

と思ったが、もう遅かった。

曲はバラバラになり、とうとう演奏が止まってしまった。

スタージ上に、押しつぶされそうな程の重い空気が舞い降りた。

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2009年1月12日 (月)

ブラスバンドライフ8.演出

パラパラとした拍手が夏空に響く中、オレたちはステージから楽器を降ろした。

「なんでスベッた?」

オレはそればっかり考えながら楽器を運んでいた。

 

1、2曲目は盛り上がっていた。

3曲目のパイレーツ・オブ・カリビアンも最初はいい雰囲気だった。

テコンドーでのナナの立ち回りあたりから観客に苦笑が見えた。

結局、テコンドーの場面が終わったとこで、その妙な雰囲気に戸惑って曲が止まってしまった。

すぐに立花センセーが指揮を振りなおして演奏を再開したけど、一体感のない演奏になってしまって、そのまま最後までやった。

 

人にはそれぞれ違った価値観がある。

人から見たら小さな小さな演奏会だとしたって。

それに想いを込めて演奏する人がいたりする。

 

立花センセーの口癖が頭に響く。

今日のオレ達の演奏は観ていてくれてる人達に届いてなかった。

人にはそれぞれ違った価値観がある。

オレ達の演出はただの内輪ノリでしかなかったのか・・・?

ノリ・・・か。

想いを込めてなかったのかもしれない。

オレは中学からずっと5年以上トランペットを吹いてきて、この日初めて悔し涙が出た。

 

 

翌日の音楽室は、会話こそあるものの笑い声は少なかった。

「シオ、昨日の演出・・・もうヤメだね」

珍しくナナまでトーンの低い声でそう言う。

「だな。秋の第一回演奏会ではナシだな。パイレーツ・オブ・カリビアン自体はいいけど」

「はあ。よく考えると、曲の世界観とテコンドーの世界観が全く関係なかったもんね」

「だな。多分、海賊のカッコしてサーベルで戦うのはアリだったと思うんだけどな」

「そうかもね。でも、なんかああいう演出する勇気なくなっちゃったよ」

「オレも」

二人でため息をつく。

そこへ未希がやってきた。

なんでか少し怒ってる顔をしている。

「だから賛成じゃなかったのよ。テコンドー演出」

未希は仁王立ちでオレとナナを睨む。

「ちゃんと演奏のみで魅せればいいのよ。たとえヘタだとしたって」

未希はオレ達の中では演奏レベルが高い。

去年は町田市のコンクールに4人アンサンブルのリーダーとして参加して金賞を獲ったくらいだから多摩境高校に置いておくのはもったいないくらいだ。

その未希が「演奏のみ」でやっていこうと主張している。

オレとナナは何だか逆らえない雰囲気になってしまった。

「で、でも・・・」

少し弱い声が後から聞こえた。

それは田中ちゃんだった。

なんだかオドオドしながらオレ達3人に言ったんだ。

このオドオド感がちょっとかわいい。

「どうした田中ちゃん」

「私は・・・スベル瞬間までは楽しかったです。楽しく演奏できてました」

楽しく・・・か。

「でもお客さんをガッカリさせちゃダメだよ。せっかく来てくれてんだから」

未希はピシャリと言い切る。

ナナより未希の方が部長みたいなセリフだ。

「そんなんですけどお・・・」

重い沈黙がこの場に流れる。

たった一度の失敗が昨日までの楽しい音楽室を消し去った。

なんだか練習する気にさえなれないような空気が部屋を埋め尽くしていく。

その空気を変える一言は近くにいた日比谷から放たれた。

「いーじゃねーすか。コケたって。もう一回やりましょうよ」

「は??」

オレとナナはハモッてそう聞き返した。

「もう一回っすよ。もちろん全く同じじゃなくって。ちゃんと曲の世界観にあった演出で。

 ま、リベンジってヤツですよ」

日比谷は全くメゲていない様子でそう言う。

思わずオレとナナは互いの顔を見てしまった。

「シオ。や、やる?」

「や、やってみんか?」

オレ達の中には敗北感があった。

演出に失敗したという敗北感。

負けたんだから、もういいかっていう思い。

それを日比谷はたった一言の言葉でもう一度やろうと言う。

リベンジという言葉で。

それだけでオレとナナには再び意欲が戻ってきた。

「日比谷、いいねそれ。リベンジ。ねえシオ」

「だな。リベンジ。オレらの今年の流行語大賞にしようぜ」

オレとナナがやる気を見せると未希がため息をついた。

「はあ・・・。やっぱりそうなるわけね・・・。なんだかそうなる気がしたよ」

ため息をつく未希も嫌な顔はしていない。

「でも今度はちゃんとプラン練ってキチンとやろうね」

「あたりめーよ!」

高らかに宣言してみたが、いい案はない。

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2009年1月13日 (火)

ブラスバンドライフ9.瞬間移動

夏休みに入った。

オレ達の通う多摩境高校は、すぐ横に山があるせいかセミがうるさい。

窓を開けておくとセミの声がうるさいので、夏休みは窓を閉めて練習をすることにした。

閉じ切りにした音楽室は、冷房が効くといっても暑い。

吹奏楽部は現在24人だ。

新入生がだいぶ辞めたけど、そこまで広くない音楽室で24人が一斉に楽器の練習をすると、やっぱり熱気がこもるというものだ。

 

この音楽室を夏休み中に使うのは吹奏楽部だけではない。

基本的に午前中はオレ達、吹奏楽部が使う事が多い。

でも午後は合唱部が使う。合唱部も立花センセーがかけもちで教えているので文句は言えない。

元からオレは立花センセーに文句など一言もないし。

 

立花センセーは忙しい人だ。

吹奏楽部・合唱部に加えて、来年からはハンドベル部の立ち上げメンバーになっている。

ハンドベル部なんてあるんだ・・・大変だな立花センセー。

オレでよければいつでも力になるよ。

・・・なんて大人みたいな事を言ってみたいもんだ。

 

「なにニヤニヤしてんのよ」

ふいに未希に話しかけられて「ひしゅ!」とかいう意味不明な声を出してしまった。

そうだ、今オレは朝から音楽室に来て、窓から見える校庭を眺めてたんだった。

「に、ニヤニヤしてたか?オレが?」

未希は見下したような顔で答える。

「してたよ。どーせ、校庭を見ながら田中ちゃんの事でも考えてたんでしょ」

「う・・・」

正解ではないが、ちょっと惜しい答えだ。

「ち、違えーよ。校庭でやってる運動部って頼もしいなあって考えてたんだよ。み、未来はな、ああいう元気な若者が担っていくんだぞ。期待してニヤニヤもするぜ」

「はあ?お爺さんみたい。しかも朝早いから誰も校庭で練習なんかしてないし」

言われて校庭を見てみると確かに誰も練習していない。

唯一見えるのは陸上部がマイクロバスに乗り込もうとしてる姿だけだ。

合宿でも行くのだろうか。と考えてると未希が「ああ」とつぶやいて言った。

「陸上部じゃん。なんか山中湖まで合宿に行くらしいよ」

「山中湖まで?遠くまで行くんだなー。オレ達も合宿でもする?」

「塩崎くん。合宿なんかして田中ちゃんと仲良くなりたいの?私服とか見たいんでしょ」

「そういう事じゃなくてさ」

合宿とかすると吹奏楽部のメンバーも私服とかになるのだろうか。

田中ちゃんの私服姿は確かに見たことないな。かわいいのかな。

「ん!?」

変な事を考えてしまったので思わず叫んでしまった。

「ど、どうしたの」

「い、いや・・・」

おかしいな。

なんだか最近、本当に田中ちゃんの事ばっか考えてるぞ。

オレは立花センセー一筋なのにな。

田中ちゃんか・・・。

 

その日、全体練習の後でトランペットの手入れをしていると、ナナが話しかけてきた。

「シオ、シオ」

「なんだよナナ」

「そろそろオリンピックでオグシオ出るね。シオはシオの応援すんの?オグ?」

なんだか意味わからん事言うね、ナナは。

「あのな、ナナ。あの人達はプロなんだからオグとかシオじゃなくってさ。ちゃんと塩田さんとか小椋さんとか言えよ」

「塩崎はシオでいいんでしょ?」

「オレはいいけど」

シオってニックネームに悪い気はしない。

中学まではずっと「塩漬け」という嫌なあだ名だったからだ。

「塩漬け」から変化して「漬物」だとか「浅漬け」だとか、はたまた「おふくろの味」とかいう塩崎とは何の関係もないあだ名の時期もあった。

「そんで何の用だよ、ナナ」

「オグシオだよ」

「はあ?」

ナナは真顔でそう言った。

なんなんだコイツは。3年間ずっと同じ部だけど、やっぱり意味がわからん。

「なにアタシの顔をマジマジ見てんのよ。見過ぎるとホレるよ」

「それはない」

ナナの激怒の蹴りが脇腹に入った。まじめに痛い。

「ぐお・・おまえ・・ちょっとは女子らしくしろよ・・・」

ナナは別にかわいくない訳ではないけど、この凶暴さが嫌だ。

「で、オグシオって?」

「この子よ」

よく見るとナナは横に男子を連れていた。

こいつはサックス担当の一年生だ。あんまりパッとしない男で・・・確か例の特技披露では何故かマジックをやって失敗したヤツだ。

名前は・・・小倉だったか。そうか。それでオグシオか。オレ的には手品クンだが。

「で、こいつがどうしたって?」

「小倉くんがね・・・いい案を出してくれたのよ。さすが手品好きね」

「案って・・・演奏会の演出案か? 手品なんて嫌だぞ。スベル」

オレがあからさまに嫌そうな声を出すと、手品くんは怯んだがナナは威勢よく言った。

「スベらないよ多分。なんていったって瞬間移動だもん!」

瞬間移動?

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2009年1月14日 (水)

ブラスバンドライフ10.吹奏楽部の夏

夏休み中、毎日毎日オレらは音楽室にこもる。

海に行ったりもしない。山に行ったりもしない。

せっかくのティーンズライフの夏をほとんど音楽室で過ごす。

 

演奏会での曲数は10曲ある。

こないだのブラスフェスティバルの3曲でさえ脱落者が出たから、今度は何人が辞めるのかと不安に思っていたんだけど、意外にも誰も辞めることなく練習は続いた。

 

ブラスフェスティバルでの悔しい思いがみんなにはある。

そして何より第1回演奏会への意気込みがあるんだ。

 

音楽室を使えるのは午前中だけ。

だからオレらは朝早くから音楽室に入り練習をする。

午後は合唱部が使うのだけど、合唱部が休みの時は午後までというか夜まで練習した。

 

こういう風に、あまりに熱心になってくると必ず文句を言う者が現れる。

部員じゃあない。こういう盛り上がってる時は部員からは文句は出ない。

親だ。

 

吹奏楽や音楽活動に理解がある親なら文句は言わない。うちの親もそうだ。

でも楽器すらやったことの無い親には、吹奏楽部のキツイ練習が理解できないようだ。

 

「なんで毎日毎日、朝早くから練習する必要があるんですか!」

「文化部でしょ!夜遅くまでやることないでしょう」

「体育部でもないのに疲れるほど練習させないでください!」

 

音楽活動となる吹奏楽部は文化部に属する。

体育部の人には理解しにくいらしいが、吹奏楽部の体質は体育部に近い。

上下関係はキチンとしなければならないし、挨拶はヘタな体育部よりも大声でする。

それに、コンクールがある以上、勝負の世界でもある。

多摩境高校はまだコンクールには出ていない。そのレベルには無い。

個人としては、未希とその仲間で四人で奏でる「クラリネット・アンサンブル」に出場を果たして、それなりの成績は残せた。

悔しいが、うちの吹奏楽部で一番うまいのは未希だ。

3年生で唯一、音大を目指しているだけはある。

未希はこれから先、勝つか負けるかの戦いを何度も繰り返すことになる。

 

夏休みが終わる頃になると、親たちも慣れたのか、あきらめたのか、何も言わなくなった。

何を言っても、今の吹奏楽部は止まらなかった。

リベンジ。そして瞬間移動。

この二つの言葉が、みんなを動かしていた。

 

 

少しだけ、涼しくなったかなと感じ始めた8月の終わり。

オレと未希とナナは立花センセーと一緒に、演奏会を行うホールに見学に行った。

係のオッサンに案内されて、ロビーから客席に入ると、思っていた以上にきれいなホールだった。

さっそくナナが歓声を上げる。

「うひゃー。けっこういいホールじゃん!ホントにここでやれるんだー!」

その声がホール全体にこだまする。

「うっわ、ビックリした!カラオケみたい」

未希は冷静に分析をする。

「ずいぶん響くホールだね。これなら小さなソロ演奏とかもお客さんに聞こえるね」

「だな。お客さんにオレらの音楽が届かないと意味ないからな」

オレもうなずく。

ブラスフェスティバルでは、お客さんに「音」は聞こえても「音楽」が聴こえてなかった。

心を込めた演奏は、時には小さな音量で奏でられる場面もある。

こんなに響くホールであれば、思う存分に心を込められる。

立花センセーも深くうなずいている。

見学の帰り際、案内係のオッサンに呼び止められた。

「立花先生。そういえば聞くの忘れてたんですが・・・、ロビーに受付とか出しますよね」

「ええ、そうですね。机でも出して、その上に演奏会のプログラムでも置こうかと」

「実はですね。うちのホールでは受付係二人と、客席のドア係を三人つけないとダメなんですよ。生徒さんでいいんですけど、手配できますか?」

「ドア係ですか?」

なんじゃそれ。

「ええ。最近は客席の扉のところに誰かを配置しなくちゃいけない決まりがありまして」

「・・・わかりました。三人用意します」

立花センセーはちょっと困った顔をしながらそう言った。

 

 

翌日、音楽室では受付係とドア係の計五人をどうするかって話題になった。

といっても吹奏楽部が全員ステージの上で演奏してる時の仕事だ。

他の部のヤツに頼むしかない。

ドア係は立花センセーが合唱部から三人女子を連れてくるという。

でもそれ以上の人数はムリそうだという話だった。 

 

「ドア係はともかく受付係は、ちょっとはかわいい女子じゃないとダメだよな」

これはオレの意見。誰も聞く耳持たずだ。

と、思ったら田中ちゃんが大声を上げた。

「わ、わたしやります!!あんまりかわいくないですけど・・・」

「いや、田中ちゃん・・・そういう事じゃなくて・・・田中ちゃんは出演中だから」

「あ・・・そうか・・・」

田中ちゃんはガックリとしたが、すぐにまた大声を上げた。

「あ!! いいクラスメイトがいます! 同じクラスで。かわいいコと美人なコ!」

「へえ!!」

思わず嬉しそうな声を出したら、田中ちゃんは少しオレを睨んだ。ご、ごめんて。

「ナニ部の人?ちゃんと受付とかできそう?」

立花センセーが言うと、田中ちゃんは「うーん、多分」と言って、やや間を置いてから「大丈夫です。」と力強く答えた。

女子の友好関係は大事だ。

男子はこういう事はなかなか手伝ってくれない。「メンドイ」とか言って。

田中ちゃんは役に立てたのが嬉しいらしくて声のトーンを上げてしゃべる。 

「じゃあ明日、二人をセンセーに紹介します」

田中ちゃんが言った二人は名前からしてかわいい感じがした。

二人とも陸上部だというが体育部の人で平気だろうか。少し不安はある。

ともかく、これでスタッフもそろったよ。あとは練習に集中だ。

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