2-1.空の下で-冬

2009年1月23日 (金)

空の下で-冬(1) 粉雪の中で

息を切らしながら見知らぬ大きな道路の中央を走る。

白くなって口から出ていった息は、この四車線の道路の空中で消えていく。 

ここは普段、自動車が行きかっていて、今のぼくのように真ん中を人が走るなんて事は

ありえないんだろう。

 

その、ありえない状況が楽しく感じる。

 

もちろん、ぼく一人が特別に道路の中央を走ることを許されているわけじゃあない。

この道路は「高尾みどり駅伝大会」のために自動車が入れないようになっているのだ。

だから試合中の今は前にも後ろにもランナーがいる。

それでも何だか特別な扱いを受けているかのようで楽しい。

 

左右に広がっている景色が次々と後ろに流れ消えていく。

左に見える商店街。右に見える畑や田んぼ。

「ああ、気持ちいい」

試合中だというのに、そうつぶやいてしまいたくなる程、気分は爽快だ。

 

ふと、白い粉がぼくの目の前の空中に現れた。

顔に当りそうだったので、思わず目を閉じる。

すると冷たい感触が頬に伝わった。

「なんだ?」

目を明けて、走りながら右手で頬をさわると、かすかに濡れていた。

「雪?」

前をよく見ると、景色が一変していた。

さっきまでは何も降っていなかったのに、小さな白い粉がたくさん舞っていた。

粉雪。

ぼくは粉雪にまみれながら、前へ前へと走った。

吐く息がより一層白くなって出ていく。

こんな寒い中を走るのは初めてだ。 

さすが2月。東京都でもこんなに寒くなるんだ。

それでも楽しく感じた。

左右の景色の他に、粉雪が次々とぼくの前に現れては視界の後へと消えていく。

車で雪の中を走るのとは、また全然違う感覚。

こんな景色を見れるなんて、やっぱりぼくは走る事を始めてよかった。

最初の頃はそう思わなかったけど、今は確実にそう思える。

去年の春、雪沢先輩に陸上部に誘われて良かった。

そして今、粉雪の中で目指すのは最終ランナーとしてこの先で待っている雪沢先輩だ。

 

空の下で ~2nd season~ 

冬の部 

 

去年は色んな「初めての景色」を見てきた。

陸上部に入ってから、大会にも出たし、富士山も走って登ったし、ケンカ騒ぎもしたし。

一度は活動停止になりそうになった陸上部だったけど、東京高校駅伝で見事に

50位に入るという好成績を残し、それからもみんなで走ってきた。

 

あの東京高校駅伝から3ヶ月。

ぼく、相原英太にとっては、それ以来の試合となる、この「高尾みどり駅伝」は

足首のケガをした雪沢先輩の復帰戦でもある。

 

「相原、今日は寒いみたいだから、念入りに体をあっためとけよ」

試合前に雪沢先輩はぼくにそうアドバイスをしてくれた。

自分もケガのせいで久し振りの試合だっていうのに、雪沢先輩は後輩のぼくを

気遣ってくれる。

やさしい先輩だな、と思う。

 

その雪沢先輩は、この「高尾みどり駅伝」では7区のアンカーを務める。

ぼくは今、6区を走っている途中で、あと少しで7区への中継ポイントだ。

 

色んな雪沢先輩を見てきた。

雪沢先輩はトラブルで足首をケガして東京高校駅伝に出場できなかった。

きっと誰よりも出場したかったはずなのに。

雪沢先輩の、落胆も、悔しそうな顔も、ぼくらを応援する顔も、

50位になって喜んでハイタッチする姿も、もう過去の景色だ。

今、ぼくが見るべきなのは、任された6区をきちんと走り切り、

アンカーである雪沢先輩にタスキを繋ぐ場面だ。

ぼくはその場面を見るべく、粉雪の中を力いっぱい走る。

 

少しずつ道路が黒から灰色に変わってきたころ、雪沢先輩の姿が見えた。

「相原ぁ!ファイトだー!」

雪沢先輩の掛け声が聞こえる。

ぼくは走りながら、肩からかけていたタスキをはずし、右手に持つ。

そして、くだらない事を考えた。

「雪の日の雪沢先輩って早そうだな」

おおっと、いかんいかん、集中集中!ここでダジャレ風だと、まるで牧野だ。

 

粉雪の舞う中、タスキはちゃんと雪沢先輩に渡せた。

今、改めて、雪沢先輩とぼくは「同じチーム」なんだと実感した。

先輩後輩というよりも、同じチームの仲間という感覚。

なんとも言いようのない、胸に迫る熱いものを感じた。

それが何なのかはぼく自身にもよくわからない。 

 

これで雪沢先輩も完全に復活し、ぼくら多摩境高校の長距離チームは

新たなる道へと進める気がした。

今年は、去年みたいなケンカトラブルとかがなく過ごしていけるといいな。

 

 

そんなぼくのささやかな願いは、もう一つある。

同じ長距離メンバーの、若井くるみと仲良くなりたいという願い。

ぼくは去年の秋に気づいた。すごく遅かったけど。

ぼくは若井くるみが好きだ。

好きだと心で認めてからは、好きで好きでしょうがなくなった。

クリスマスは何もなかったけど、来週のバレンタインなんか期待してる始末だ。

クリスマスなんて家でテレビゲームなんかして、かなり切なかった。

でも、まだ二人で出掛けるようなチャンスすらない。

まあ、勇気出して「お茶」くらい誘えばいいんだけど、その勇気が出ない。

だから今年は時間をかけてでもいいから、くるみと仲良くなっていきたい。

そう願っていた。

 

でも、その願いを叶える事を遠ざける人間が二人も登場する事になろうとは・・・。

そしてその事で、まさかぼく自身があんな事になろうとは・・・。

この時のぼくには知る由もなかった。

 

 

冬の部「粉雪の中で」END → NEXT 冬の部「昔の約束」編 

 

にほんブログ村 小説ブログ 学園・青春小説へ にほんブログ村 小説ブログ ライトノベルへ にほんブログ村 小説ブログ 長編小説へ

Photo

Photo_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月26日 (月)

空の下で-冬(2) 昔の約束「その1」

「うー、さぶさぶさぶ!」

冷たく張りつめた空気の中、ぼくと牧野は制服のまま校庭を駆け抜けて校舎へと入る。

今週に入り、ぼくらの通う多摩境高校のあたりにも厳しい寒さが襲ってきていた。

朝の登校時間はホントに寒い。

とはいえ、雪とかはなかなか降らない。

昨日の「高尾みどり駅伝」の最中に少し粉雪が舞ったが、すぐに止んだ。

それでも電車に乗ってる時なんかはいいんだけど、駅を降りてから高校までの1キロ近い道が寒くて寒くて仕方ないので、牧野と二人で走ってきたところだ。

 

「ふあー、あったけー! 学校は極楽天国じゃあー!」

校舎の中は少し暖房が効いているので、外から入ってくると温かく感じる。

だからって牧野みたいに極楽天国だとか叫ぶヤツはあまりいない。

「ごっくらく! ごっくらく! オイ、英太も一緒に歌おうぜー。ごっくらく!」

「ナニソレ・・・」

知らない生徒からクスクスと笑われる。

恥ずかしいのでぼくは牧野とは距離を取って廊下を歩く。

「あ、なんか冷たくなーい?」

「冷たくない。先行ってるよ」

 

昨日、「高尾みどり駅伝」を終えて、今日から三日間は部活が休みになった。

久し振りに部活が三日も休みになると何していいかわからなくなる。

それくらい毎日毎日走りまくってる冬だ。

 

教室に入り自分の席につく。

登校時間ギリギリに着いたので、すぐに担任の先生が教室に入ってきた。

ぼくらの担任の先生は宇都宮先生という40代の男の先生だ。

理科の授業を受け持っていて、理系らしく真面目な先生だ。

「はいSHRするぞー。座れー」

宇都宮先生にそう言われクラスメイト達は自分の席につく。

「まずはお知らせがある。プリントを配るから目を通すように」

何の表情もなく宇都宮先生はクラスの一番前の列の机に数枚づつプリントを配る。

配られたプリントは一人一枚づつ受け取りながら後ろの席に渡されていく。

ぼくの前の席のヤツはぼくにプリントを渡す際、「相原の得意分野じゃん」と言った。

なんだろうとプリントを見ると、「校内マラソン大会」と書かれていた。

「全員に行き届いたかー」

「はーい」とやる気のない声が教室に響く。

すると宇都宮先生は声を大きめにしてもう一度「全員行き届いたか!」と聞き直す。

「はい!」と、今度は元気な声が通る。

「見ればわかると思うが、3月頭にある校内マラソン大会のお知らせだ。

 学校全員が参加で、学年別にレースが行われる。体育の成績に影響するからな」

へえ、こんな学校行事あったんだ。

10月に文化祭、11月に体育祭とあったんだけど、その頃は部活で忙しくて学校行事は、あまり熱心に参加できていなかった。

今度の校内マラソン大会は、前の席のヤツが言ってたように得意分野だし、陸上部の顧問の五月隆平先生が「全力でやれ」とか言うに決まってるから、ちゃんと学校行事に参加できそうな気がする。

「大会までは1か月だけどな、今週から体育の授業はハンドボール授業は終わって、長距離走の授業になるらしいからな。頑張れよ」

あんまりエールを送ってる感じのしない声で宇都宮先生は言い放った。

 

その日の昼休み、ぼくは机をいくつか集めて牧野と日比谷と一緒にお弁当を食べていた。

「お、英太スッゲ!今日の弁当のソーセージ、タコの形してるじゃんかよ!」

「あ、本当だ・・・。小学生のお弁当みたいだね」

うちの母親は未だにこういうお弁当を作る。

「いや、スッゲーって、英太のお母さん」

日比谷はスッゲスッゲ言いながらも自分の弁当をすごい早さで食べる。その方がスッゲ。

ぼくの弁当を見てから牧野は問いかけた。

「でもさー、母ちゃんに弁当作ってもらえるのは、ありがたやーだけどさ。いつか好きな人に弁当作ってもらいたいよな。これって男の夢じゃねー?」

すぐに日比谷が賛成の声を上げる。

「うあー、わかるわかる!古い考え方だけど、作ってもらえたらオレ、ハッピー」

ハッピーのところで日比谷は上目使いでぼくを見た。

「日比谷、気持ち悪いってば、その眼」

「うわー・・・軽蔑された・・・」

とか言って日比谷は弁当の続きを食べる。

それにしても、今さっきの牧野の話にはぼくも賛成だなあ。

くるみにお弁当なんか作ってもらえた日にはスキップとかしちゃいそうだもん。

いや、作ってもらうだけじゃダメだよね。たまにはぼくも作らなくちゃいかんよ。

でも料理とか出来ないんだよな・・・。ちょっと勉強しとくか。

「おい英太、なに妄想してんだよ」

「え?あ?」

牧野がぼくをじーっと見ていた。

「英太、お前今さ、くるみの事を考えてたろ」

「ち、違うよ。こ、今週の天気の事に想いふけってたんだよ」

慌てて否定するが牧野は鋭い所をついてきた。

「そうかなあ。なんか、くるみにお弁当作ってもらいたいなあ、とか考えてたんじゃない?」

「ご、言語道断だよ」

ヤバイ、自分の耳が赤くなってるのを感じる。

「そ、それより牧野こそ、未華にお弁当作ってほしかったりすんじゃないの?」

言ったとたんにガタンと音を立てて牧野が立ち上がった。

「英太!お、おまえ・・何故それを・・・・!」

「え、そ、そうなの?」

牧野は「しまった!」という顔をしたが、すぐにイスに座った。

「まあなんだ。まだ未華とはそんな仲じゃないしな」

牧野は入学当初から大塚未華の事が気になっているみたいだった。

今は2月だから、もうずいぶんと長い恋愛だ。

「英太はどうなのよ。くるみと出かけたり出来ないの?」

牧野の問いかけにぼくは即答した。

「でかけてくれる訳ないよ。まだそこまで仲良くないもん」

「そうかなあ」

ぼくと牧野が深刻そうに会話していると、「おいおい相原ー」と言いながら、他の男子生徒が一人混ざってきた。

「あ、柏木」

この生徒はサッカー部の柏木直人だ。

一年生ながらレギュラーを獲った実力者であり、そしてカッコいい。

原宿とか歩かせたら芸能スカウトされるんじゃないかと思える。

その柏木がぼくに聞いてきた。

「なに相原って、今ちょっと聞こえたんだけど、誰かをデートに誘いたいの?」

「え・・・聞いてたの?」

「最後のトコだけね! 誘っちゃえばいいじゃん。誰だか知らないけど」

ずいぶん軽い考えだな。デート誘える関係だったら誘ってるっての。

「もう少し仲良くなってからね」

「そうなの?もったいないな。相原ってわりとモテそうなのに奥手なんだね」

「モテないって」

柏木はクラスで一番カッコいい。その柏木にモテそうと言われると少し嬉しい気もする。

「でもさ。仲良くなってから誘うのもいいけど・・・仲良くなるために誘うってのもアリだと思うんだよね、オレは」

なんだか急に真面目な声で柏木はつぶやいた。

「オレも待ち過ぎて相手に彼氏できちゃった事あるし・・・」

「え・・・」

不安な事を言う男だ。

思わず、くるみに彼氏が出来たらどうしようと考えて胸が苦しくなった。

その表情を見かねてか、柏木はぼくに謝った。

「あ、悪い相原。ちょっと軽い考えで言いすぎたよ・・・。真剣に恋愛してんだね。今のオレの言葉は気にしないどいて」

そうして柏木は立ち去っていった。

 

その日、午後の授業はうわの空だった。

ぼくの頭では柏木の言葉がグルグルと回っていた。

「仲良くなるために誘っちゃうのもアリだと思うよ」

そんなの出来るだろうか。

でも、お茶くらいなら誘ってもいいのかな。

と、言うか・・・。お茶しに行きたいな。

 

この考えが、この後の妙な急展開を呼ぶ事になる。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月29日 (木)

空の下で-冬(3) 昔の約束「その2」

その日、最後の授業が伸びた。

日本史の先生がつまんなそうに黒板に重要事項を書きながら授業をしていたので、牧野が見かねて少し日本史に関わる質問をしたからだ。

「先生って大河ドラマとか見るんですか」

日本史の先生は「もちろん見るよ」と答えた上で、去年の大河ドラマの感想と今年の大河ドラマの展望を語り始めた。

さらには近年の大河ドラマの質だとか傾向だとか、昔の大河はどうだっただとか語るわ語るわ、授業終了のチャイムなんか関係なく話し続けた。

帰りのHRをするために担任の宇都宮先生が教室に入ってきて、やっと終わった。

おかげで授業は20分も伸びた。

 

「くあー、オレが質問したばっかりに!大河ドラマならぬ大河授業だった」

「あ、うまいねそれ」

「そうか?どこが?」

牧野と日比谷の会話は毎日くだらない。

ぼくは毎日その会話を横で聞いている。

「あ、オレ部活に遅れそうだ。じゃあまた明日な」

日比谷はトランペットケースを持って音楽室に走って行った。

ぼくと牧野は部活が三連休のうちの初日なわけで、二人で帰路につこうとカバンを持つ。

「あ!やべ!」

牧野はカバンをガソゴソと漁りだす。

なんだか必死な表情なので「どうしたの」と聞いてみる。

「さっき職員室行ったんだけど、職員室にケータイ忘れてきた!」

よりによって職員室に携帯電話を忘れるとは。ていうか持っていくなよ、職員室に。

「オレちょっと取ってくるや。先帰ってていいよ英太」

「ん、校門のとこで待ってるよ」

「ホント?サンキュー!すぐ行くや」

牧野もさっきの日比谷の様に廊下を走っていく。

 

ぼくは一人で廊下を歩き校舎の外に出る。

もう夕日の茜色が校庭を染めていて、準備体操をしている野球部の姿も茜色だ。

「うう、寒いなあ」

冷え切った風が広い校庭を駆け抜ける。

砂ほこりが舞い上がり、その砂がぼくの顔に叩きつけられる。

「いてて・・・今日、部活なくて良かった・・・寒すぎるや・・・」

「なんだよやる気ない独り言だなあ」

いきなり後ろから男の声で話しかけられて驚いて振り返る。

濃いブルーのウインドブレーカーのその男はサッカー部の柏木直人だった。

「なんだよ相原、今日は陸部は休みかよ」

ちょっと不満そうな声で柏木が問いかける。

「うん、休み。昨日が大会だったから三連休なんだ」

「三連休?なんだよ、それなら尚更チャンス期間じゃないかよ」

「チャンス期間?ナニソレ」

柏木はわざとらしく「はあ」とため息をついた上で胸を張って言った。

「デートのチャンスだよ」

「で、デートお?」

ちょっと大きな声を出してしまい恥ずかしかったが柏木はお構いなしって感じで話をする。

「そうだよ。デートのチャンスだよ。考えてもみろよ相原。オレ達みたいな運動部って三連休なんて滅多に無いんだぜ。この三連休、一日くらいデートに費やせよ」

思わずくるみと遊びに行く姿を思い浮かべた。おっと、最近ぼく妄想が多いな。

「相手誰だか知らないし、そんなの聞くのヤボだから聞かないけどさ。三日もあれば相手の暇な日だって一日くらいあるんじゃねーの。まあ一日目はもう終わるけど」

遠くでサッカー部の人がこちらに手を振っている。

柏木は「今いきますー!」と叫んでからぼくを見た。

「好きな人相手に何もしないのってさ。オレは感心しないぜ」

柏木みたいにイケメンなら行動も出来るだろうけど、生憎ぼくはカッコ良くはない。

「あ、それとさ相原」

急に小声になる柏木に、ぼくは一歩近くに寄った。

「陸部の早川って知ってる?」

「早川? 早川舞のこと?知ってるよ」

早川舞は女子長距離メンバーのうちの一人だ。

メンバーは三人いて、若井くるみ、大塚未華、早川舞だ。

「あいつ、新しい彼氏できたか知ってる?」

「んん?」

早川舞に彼氏がいるって話は聞いたことがあった。

でも新しい彼氏とか古い彼氏とかは知らない。柏木の言葉からするに最近別れたのか?

「ねえ、柏木。もしかして前の彼氏知ってるの」

「ああ、オレだもん」

「ぶご!」

言われて昼に食べた弁当のタコ足ソーセージが口から出そうになった。

サッカー部のイケメン柏木直人と、長距離のやる気無い早川舞が付き合ってたとは。

「あ、陸部の人には秘密な。牧野とかにも。ちょっと色々あって別れたんだよ」

「へ、へえ。色々・・・。青春だね」

「なんだよ相原、からかってんのか?」

「いやいや、そうじゃなくて。大人だなあと思って」

「なんだそれ。まあいいや、もし早川に聞く機会あったら聞いておいて。頼む」

そう言ってぼくに拝むポーズをしてから柏木は校庭にかけだした。

 

校門にたどり着くと、すでに牧野が待っていた。

「なにしてたんだよ英太。オレが待つハメになったじゃんかよ」

「あー、ごめんごめん。ちょっと柏木と話してて」

「寒いんだからよ。早く帰ろうぜ」

二人で多摩境高校から出る。

 

高校から駅までは直線の街道の歩道を20分ほど歩く。

前にも後ろにも誰もいない事を確認してから、ぼくは牧野に聞いてみた。

「あ、あのさあ牧野」

「ん?なに?昨日の爆笑花道2時間スペシャルのビデオなら貸してもいいよ」

「いや、ぼくお笑いは見ないし・・・」

「見ろよお笑い。勉強になるぞ、会話方法とか空気のつかみ方とかさ」

お笑いの話になると牧野は真剣な目になる。

そういえば今年は文化祭で日比谷と漫才をやりたいと言っていた。

「ちょっと相談に乗ってほしいんだけどさ」

「お笑いの?英太も漫才やるの?それともコント?」

「違うよ。く、くるみの事で」

「おま! まさか付き合ったのか?」

牧野は立ち止って大声を出したので、ぼくは牧野の口を手で塞いだ。

「んが!」

「付き合ってなんかないって。そうじゃなくてさ」

口から手を離すと牧野は「窒息死するかと思った」と真顔で言った。

「明日さ、くるみにその・・・・「お茶」でもしに行こうよって言おうと思うんだけどさ」

「な・・・」

「ど、どう思う? まだ早いかな」

影響されやすい人間だ。

ぼくは昔からそうだ。誰かの意見に影響されやすい。

中学で吹奏楽始めたのも勧誘に乗ったからだし、高校で陸上部に入ったのも雪沢先輩に勧誘されたからだし、長距離に入ったのも牧野に言われたからだ。

今回も柏木直人の言葉に影響されてるってのは分かってる。

「お茶・・・か」

「ずいぶん前に一応、約束はした事あるんだよね。去年の一学期だけど」

昔の約束だ。

くるみと二人で学校近くのスタバに行き、雪沢先輩と五月先生の「密会」をのぞき見した時に、チラっと言っただけにすぎない約束。

「どう思う?お茶くらいなら一緒に行ってくれるかな」

「どうだろ。でも英太とくるみって仲悪い訳じゃないし、どっちかって言うと仲良いし」

仲良いという単語で嬉しくなる。単純なぼく。

「思い切って誘ってみれば?なんかOK出る気がするよ」

「ほ、ほんと?」

やっぱり周りの言葉に影響されやすい。ぼくはすっかりその気になってきた。

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年2月 2日 (月)

空の下で-冬(4) 昔の約束「その3」

昨夜は心臓が暴れて、なかなか寝付けなかった。

 

「明日はくるみをお茶を誘うぞ」

そう考えると静かに睡眠を取るなんてのは難しい事だった。

部屋の電気を消してベッドに入っても、ドキドキして眠くなるのに時間がかかる。

眼をつぶって落ち着こうと努力をする。

「ひ、羊が一匹・・・」

超古典的な事をしてみるが、これは逆効果としか思えなかった。

一匹、二匹と数えていたら、頭を使ってしまって寝れないじゃないか!と思う。

よくまあこれで寝れる人がいるもんだよ。

逆に無心になれば寝れるかもと考え、何も考えないようにして目を瞑る。

「明日・・うまく誘えるといいな」

そう思うと、くるみの顔が頭に浮かぶ。

決して人気なコじゃあない。特別かわいい訳ではないし、目立つ性格な訳でもない。

でも、運動部なのに大人しい雰囲気は、なんだか優しいオーラを持ってる気がする。

そのくせ、ぼくとかをからかったりする事もある明るい子だ。

明日、どっかお茶しに行けたら何を話そうかな。

会話、長い時間持つかな。

「全然、無心になれないな・・・」

一人、ニヤッと笑ってしまい、バカな人間だなと感じた。

 

気がつくと朝七時半だった。

どうやら途中でちゃんと寝れたようだ。ホッとしながら部屋の窓を開ける。

冬にしては明るい光が部屋に射し込む。

「ふあ・・・。いい天気」

あくびをしながら呟く。

こんないい天気ならどこかに出かけるのもいいなと思い、机の引き出しにしまってあった五千円札を取り出した。

「今度はおごらないとな」

前にくるみと二人でスタバに行った事があった。

あの時はくるみがコーヒー代を払ってくれたので、今度はぼくが払いたい。

 

いつもより、ちゃんと寝ぐせをチェックして、顔もキチンと洗った。

それを見ていた母親が不思議そうな顔をする。

「あら、もしかしてデート?」

「ぶ!」

「図星? いい彼女できたんなら、そのうち紹介しなさいよ」

「いないよ、彼女なんて」

「そうなの?不良少女はお断りだからね。そこはしっかりしてちょうだい」

「はいはい」

うちの母親は茶髪とかピアスだとかをしてる学生は嫌いらしい。

今時、不良じゃなくたって髪の色くらい染めると思うんだけど。

 

学校に着いて校庭を歩いているとサッカーボールが飛んできた。

危ないと思って素早く避ける。

「あ、わるい!」

サッカー部の柏木直人がすまなそうな顔して走ってくる。

すでにジャージ姿。朝練らしい。

「朝から頑張るなー、サッカー部は」

「そう思うだろ?うちの顧問、練習量を自慢するタイプだから・・・」

校庭の奥の方を見ると、サッカー部がみんな走り回ってる。

「朝から持久走だぜ?ハードだっつーの。おかげで体力はついたけどな」

「そっか、じゃあ頑張ってね」

「あ、待て待て相原。マイ・・・早川の件、頼むな」

そう言って柏木はサッカーボールをドリブルしながら練習に戻って行った。

今、マイって呼んだよな。ホントに早川舞と付き合ってたんだな。

しかも確実に・・・未練タラタラだし・・・。

 

「なにオマエ、柏木と知り合いなの?」

校庭を歩き抜けて校舎に入ろうとしたところで後ろから名高に話しかけられた。

「あ、おはよ名高。知り合いって・・・同じクラスだよ」

「へえ」

名高はつまらなそうな顔をして髪をかきむしる。

「英太さ。三月の校内マラソン大会、真面目にやる?」

いきなり話題がそれた。しかも妙な質問だ。

「校内マラソン大会?真面目にやるけど・・・。学年別にやるんだよね。そうなると一位は名高だとすると、ぼくと牧野で二位争いをしないといけないよね」

「まあ一位は確実にオレだけどさ」

なんだよ、自慢したいだけか?ちょっと頭にくる。

「でも英太と牧野が二位争いかどうかは微妙だな。他の運動部にも早いヤツはいるぜ」

「うーん、確かに」

「だろ?野球部、サッカー部、バスケ部、バレー部、テニス部・・・敵はいくらでもいるぜ」

それでも名高ほどのヤツはいないだろう。

それは確実に思える。名高の実力は一年生としてはケタが違う。

「オレさ、柏木と同じ中学だったんだよね」

また唐突に名高が話題を変えてくる。

でも今度は何の話題だか察しがついた。

「もしかして・・・柏木って早いの?」

「よくわかったじゃん英太。かなりやるよ、柏木は。オレの予想では・・・もしかしたら英太と牧野より早いかもしれない」

「ホントに・・・?」

「まあ、やってみないとわかんないけどさ。校内マラソン大会、真面目にやるなら陸上部として恥な成績にはなるなよ」

そう言って名高は自分のクラスの方へと歩いて行く。

教室にはすぐ着くってのにウォークマンなんかつけて。

 

 

午前中の授業は全く集中出来なかった。

三学期の期末テストもそれほど遠い訳でもないのにコレじゃあヤバイかもしれない。

でも今日は仕方ないよ。緊張してきてるもん。

 

午前中の授業が終わり、昼休みになる。

昼休みは50分間。最初の20分で家から持ってきた弁当を一気に食べた。

せっかく母親が作ってくれた弁当なのに、味とか感じる余裕がなかった。

くるみに声をかけるチャンスは昼休みしかないからだ。

部活は三連休の二日目。部活が無いとなると別のクラスのくるみに会いに行くタイミングは、この昼休みくらいしか考えつかない。

弁当を食べてガタンと音をたてて席を立つ。

「行ってくる」

「うお!マジか英太!」

一緒に弁当食べていた牧野が真っ赤な顔して驚く。

「な、なんかオレまで緊張してきたよ」

「なんで牧野が・・・」

「いや、英太とは中学校からの付き合いだし・・・なんだか他人とは思えねーって」

牧野は本当に顔が強張っている。

「頑張れよ。英太」

「ありがと」

ぼくは少し噴き出して答えた。牧野のおかげで少し落ち着いた気がする。

 

ぼくの行動を知ってか知らずか、こんな楽な展開が用意されていていいのか悪いのか。

廊下を出て、くるみのクラスに向かって歩いていると、なんとくるみがこっちに向かって歩いていた。

でも一人じゃあない。女子三人で歩いている。

くるみと早川舞と知らないコの三人だ。未華じゃなくて良かった。あいつなら騒ぐ。

「あれー?英太くんだ。ん?なんだか顔が怖いよー」

くるみは笑いながらそう言う。

やっぱりぼくも顔が強張っているのか。頑張って笑ってみる。

「顔怖い?そうかなー」

「なんか声も変だよ?」

くるみがそう言うと早川舞がぼくに「キモイ」と言った。

こんなヤツのドコがいいの?!柏木!!

「あーと、くるみ、ちょっと時間ある?」

くるみと呼ぶのは今でも恥ずかしいが、陸上部ではみんなが「くるみ」と呼ぶ。

名字の「若井」とか「若井さん」と呼ぶ人は少ないので、ぼくもくるみと呼ぶ訳だ。

「時間?いいよ。じゃあマイちゃんと田中ちゃんは先行ってて」

言われて早川舞と田中なる女子は「先行ってるね」と言って歩いて行った。

「どうしたの?なんか大事な用?」

「いや、大事なってほどじゃないんだけど・・・」

心臓がバクバクとする。

言うしかないだろ。せっかくやって来た、このラッキーな状況なんだし。

「今日、部活ないからさ。学校の後、お茶でもどうかなーと思って」

「え?」

固まる二人。

沈黙が長いよ。早くなんか答えてよ。ええい、ぼくからなんか言うか。

そう思っていると、くるみが申し訳なさそうに小さな声でつぶやいた。

「今日はちょっと用事があるんだけど・・・ごめん・・・図書委員の仕事が・・・」

「あ、ああ、そうかあ」

なんでか笑顔で答えるぼく。

今日はダメと言われただけなのに胸が苦しくなる。

くるみが図書委員だなんて初めて知ったし。

「あ、でも明日なんてどーかな?英太くん、明日は忙しい?」

「明日?いいよ明日でも!じゃ、明日どっか行こう!」

喜びかけた瞬間、それに待ったをかける一言がくるみからかけられた。

「明日は未華と舞ちゃんと遊園地に行こうって言ってたんだ。英太くんも行こうよ!」

ナニコノテンカイ・・・。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 5日 (木)

空の下で-冬(5) 昔の約束「その4」

「で、なんでオレな訳よ」

牧野はふてくされた表情でぼくを睨む。

くるみにお茶を誘った次の日、朝の教室での事だ。 

昨日、勇気を振り絞ってくるみにお茶を誘った結果、くるみと未華と早川の遊園地へのお出かけにぼくも着いて行く事になった訳だけど、男一人だと少し感じが悪いので、昨日の夜のうちにメールで牧野に「一緒に行こうよ。」と連絡しておいたんだ。

それで今日、登校して教室に入ったらイキナリ牧野がこう言ったわけだ。

「なんでって・・・。男一人だと行きにくいでしょ」

「それはわかる。でもオレを選んだ理由がわからん」

牧野は腕を組んでぼくを睨みつけている。なんで怒ってるの?

「理由って・・・。くるみと未華と早川だから全員が陸上部な訳じゃん。そしたら陸上部の人の方が誘いやすいし、名高とか大山とか剛塚よりか、牧野の方がいいかなって」

「ふん」

牧野は腕を組んだままニヤリと笑った。嫌な笑みだ。

「そういう事か。まあ誘われたんだから、行くけどな」

そう言うと、なんだかそわそわしだした。

「くるみと早川はともかく、未華がいるなら行くしかないだろ。見ろよ英太、今日はデジカメ持って来たぜ。遊園地行ったらみんなで撮ろうぜ」

なんだよ!行く気満々じゃないかよ!

「あーなんだか楽しみだなー!なっ英太!」

うきうきだよこの人。怒ったふりだよ。

 

今日は授業が午前中で終わる。

それで午後を使って、都内の遊園地へと行く計画な様だ。

くるみに言われた集合場所の多摩境駅の改札へ行くと、すでにくるみと未華と早川が来ていておしゃべりをしていた。

「おまたせー!」

牧野が陽気なトーンで声をかける。

「コラー!ちょっと待ったぞー!」

未華も陽気な口調だ。この二人はお似合いかもしれない。

「はやく行こうよ」

対して早川は低いテンションだが、早く遊園地に行きたいって感じはする。

 

やってきた電車は平日の昼時とあって空いていた。

七人がけの横長のイスにみんなで座る。

早川、未華、牧野、くるみ、ぼくの順だ。

座る時、牧野は強引に真ん中に座った。

ああいう勇気がぼくにも欲しいが、牧野は表情は少し強張っていて、「ああ、なんだ牧野も緊張してるんじゃんか」と少し安心もした。

 

「英太くんってラクラクー行った事ある?」

くるみが言うラクラクーとは今日行く遊園地の名前だ。

ぼくが小学校高学年くらいの時に都内に出来た屋外遊園地で、ジェットコースターやコーヒーカップやお化け屋敷など、定番のアトラクションが多数あるという話だ。

「ラクラクーは無いなぁ。くるみはあるの?」

真横に座るくるみと話すのは照れ臭い。

距離が近すぎるので顔を見ながらは話せない。ちょっと視線を逸らしながら話す。

「わたしも行った事ないんだよね。怖い乗り物とか多いのかな?」

「なんかジェットコースターはけっこうスリルあるらしいよ」

「ホント?へー、楽しみ」

「え?くるみって怖いの平気なの?」

「ジェットコースターとかは好きだよ。お化け屋敷とかは嫌いだけど。英太くんは?」

「どっちも好きだよ。今日、楽しみだね」

全くのウソだ。

お化け屋敷のは別にいい。本当にお化けが襲ってくるわけじゃない。

でもジェットコースターは本当に落ちるから苦手だ。ああ、乗るのかなあ・・・。

ジェットコースターが好き?

ヤバイ、なんでウソついたんだろ・・・。乗る事になるよね・・・。

ウソついた理由は簡単だ。

気が動転してるからだ。

ただでさえ隣に座っていて緊張してる上に、さっきから電車が揺れるたびに体が触れる。

もちろん今は冬服の制服だから肌が触れることなんて無いんだけど、肩や腕が時々あたるのが物凄くドキドキする。

ちょっとスキマ開けて座った方がいいだろうか。

「ねえ英太くん聞いてる?」

「え??」

いつの間にか何かの話題を振られてたらしい。全く聞いてなかった。

「ご、ごめん、なんだっけ」

ちょっと怒ったような顔でくるみは言った。

「だからさあ・・・。今日、お茶じゃなくてゴメンネって・・・」

「あ・・・」

謝ってるのを聴き逃したのか?! 最低だなぼく・・・。

「いや、いいよいいよ。みんなでパーッと遊ぶ機会が出来たんだし」

「ほんと?うーん、それならいいんだけどね」

くるみは少しぼくの顔を不思議そうな表情で見た後、最近のヒット曲の話をしだした。

なんだろ、今の間は・・・。

 

多摩境駅というのは東京都の西のハズレの方にある。

上り電車で40分ほど行くと、大都会・新宿駅だ。

ぼくは新宿や渋谷とかに来る事はまず無い。

流行とかには疎いので都心部で服の買い物とかをすることが無いからだ。

それにぼくは基本的には都会よりか田舎の方が好きだ。

東京都に住んでいて「田舎」というのは変だけれど、ぼくの住む八王子市は畑や田んぼがたくさんあるし、すぐ近くの稲城市なんか梨が名産品だ。梨狩りが出来るくらいだ。

そんな田舎東京を出て新宿駅で電車を乗り換える。

そして新宿駅からは数駅のところで電車を降りた。

 

その駅からは歩いてすぐに屋外型遊園地ラクラクーのジェットコースターが見えた。

「おー!あそこだー!」

牧野がジェットコースターを指差す。

周りはオフィスビルやホテルなどが立ち並ぶのに、その空間だけはジェットコースターや観覧車などがそびえたっていた。

牧野と未華が正面エントランスのチケットセンターらしき所へ駆け出した。元気だなあ。

「あの二人、今日は部活じゃないのに走ってるよ・・・」

早川はため息をしつつ二人を追って早歩きしていく。

早川は都会が似合う。

毎日メイクはバッチリしているし、スカートの丈は短いし、最近は髪も長くなり、その髪を少しカールさせていて、テレビでよく見る「渋谷の女子高生」という感じだ。

なによりも少し気だるい感じが、大人から見た「最近のコ」という印象を受ける。

「英太くん、わたしたちも早くいこうよ」

くるみもチケットセンターに走りだした。

「走らなくても入場券売り切れないって」

と言いつつぼくも走る。

みんな走るという行動が普通になってる。さすが陸上部。

 

ぼくらは入場券と乗り物フリーパスを購入した。

「最初はどれに乗ろうか!」

未華がキョロキョロと辺りの乗り物を見回しながら言った。

そしてジェットコースターを見上げたので、ぼくがすかさず言う。

「あー!まずはそこのヤツにしようよ」

ぼくが指さしたのは、それほど高くもない小さな「ミニ・スプラッシュ」というアトラクションだ。

ジェットコースターには違いはないのだけど、子供もたくさん乗ってるし、これくらいなら何とかなるだろって考えだ。

「えー?なんか迫力なさげじゃない?」

未華は少し不満げだが牧野が「まあ小手試しってとこだな」と言ったので、まずはそれに乗ることになった。

「じゃあ一番凄そうなジェットコースターは今日の大トリで行こうね!」

未華はすごく楽しそうにそう言うと、くるみも「うん、そうしよう!」と答えた。

ぼくも笑顔を作るが、少し顔が引きつってる。

ああ、なんだか乗ることは避けられなそうだ。

せっかく、くるみと行動を共に出来てるのに憂鬱になってきた・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 9日 (月)

空の下で-冬(6) 昔の約束「その5」

カタコトと鈍い金属音をたてながら、ミニ・スプラッシュという名のジェットコースターが急な登り坂を登って行く。

名前の通り、そんなに高くは上がらないのだが、それでも三階くらいの高さにはなる。

座席は20人ほどで、冬の平日だというのに家族連れや学生などが乗り込んでいた。

その中の最後部に牧野とくるみ、ひとつ前の列に早川と未華とぼくが乗っている。

「ひっさしぶりだなー、こういうの!」

右隣に座る未華が心から楽しそうな声を出した。

「英太くんも久しぶりなんじゃない?こういうの!」

若干、顔が固まってるぼくを見て未華はそう言う。ぼくが固まってるのがわからないのか!

「この急勾配!なんだか富士山を思い出すよねー!」

未華はこのジェットコースターの坂で夏合宿でやった富士山登りの坂を思い出したのか。

全く繋がらないっての!あれは走って登ったんだ。落ちるという行為は無い。

登りの急勾配は終わり、ミニ・スプラッシュはほんの数秒だけ平坦に進んだ。

そして、超急勾配の下りを爆走した。

下っては登り、下っては登る。右へ左へと急カーブが続き、最後に一番の落差で落ちる。

「楽しいーー!!」

未華は最後の急勾配で両手を上げて叫んでいたが、ぼくはというと

「ひょえーーー!!」という訳のわからん甲高い声を出していた。

落ちた先はプールになっていて、大きな水しぶきが上がり、少し濡れた。

ふ、冬なのに・・・。

 

その後、体を温めるために、屋内に作られたカフェらしき場所に入って小さなテーブルを五人で囲んだ。

それぞれが温かい飲み物を買っている。

「ねえ英太くん、さっき落ちる時さ、変な声出してなかった?」

未華が嫌な事を聞いてくる。それは聞かないでほしい。

「そ、そう?ちょっとテンション上がってさあ・・・叫んじゃったかな」

「それにしちゃ妙な声だったような・・・」

「え・・・・。あ、あー!そういや前の列の子供が変な声で叫んでたような・・・それじゃないかな、多分」

ちょっとムリな言い訳をしてみたら、意外にも未華は「あ、そっか。」と納得してくれた。

ホッとしたのもつかの間、今度は早川が変な事言い出した。

「なんか相原、顔色悪くない?」

「あ、ああ。水かぶったからさあ、ちょっと寒くて」

もちろん言い訳だ。さっきのミニ・スプラッシュであんな怖かったんだから、今日の大トリで乗る巨大ジェットコースターの事を考えると顔色も悪くなる。

ただ、どうしても言い出せない。「怖いから乗れない」と。

くるみがいなければ言うかもしれないんだけど、カッコ悪いセリフを言う気になれない。

たかがジェットコースターの話なんだけど・・・。バカな去勢。

 

続いてコーヒーカップみたいなのや、巨大迷路など、平和なアトラクションを巡った。

大騒ぎしまくる牧野と未華。

この二人は気が合うようで、ちょっとした物珍しい事があるとすぐに興味を示してあーだこーだと騒ぎ立てている。

ラクラクーのグッズ売り場でも、変なグッズを見ながらはしゃいでいた。 

「だよねー牧野、やっぱコレそう思う?」

「思う思う!未華も?うわー偶然!」

そんな会話が多い。二人ともわざと合わせてる訳じゃあなさそうだ。本当に気が合うのかもしれない。

 

一方、早川といえばテンションこそ低いものの、若い人向けのグッズには熱心な様で、グッズ売り場では何個か買っていた。

「マイちゃん、何買ったの?」

くるみは早川と仲がいいようで「マイちゃん」と呼んでいる。

「ケータイのストラップとか」

「へえ、そんなの売ってたの?」

「らくら君のイラストがちょっとキモかわいくてさ。つい買っちゃったよ」

そう言って早川が見せたラクラクーの公式キャラクター、らくら君のイラストは確かに少し変わったかわいさだった。

 

「次はお化け屋敷行く?」

一通り、アトラクションを乗りつくしたところで牧野がパンフレット見ながらそう言った。

ここのお化け屋敷はけっこう怖いんだと、前に雑誌で読んだことがある。

「私、怖いのムリ・・・」

くるみは首を横に思いっきり振りながら答える。

「えー、そうなんだ。じゃあ辞めようか」

そんなに簡単に却下できるの?!

じゃ、じゃあ巨大ジェットコースターも却下できるかな・・・。

「オレは巨大ジェット・・・」

言いかけたところで未華が「次はアレ乗ろ!!」と大声を出した。

未華は斜め上の上空を指差していて、そこには大きな観覧車があった。

 

冬の昼間は短い。

辺りの影は少しずつ長くなりつつあり、遠くのビルの合間に見える空は青色からオレンジ色に変わりつつあった。

観覧車は四人乗りだった。

ぼくらは五人なので、三人と二人に別れようという事になった。

「どうする? ジャンケンでチーム分けする?」

「んー、そうだね。グーとパーでチーム分けしよ」

牧野と未華が相談して、グーパーでチームを分ける。

なんだかずいぶん久しぶりだ。グーパーなんて。 

・・・出来たら、くるみと二人になりたいな・・・

そんな期待はハズレ、予想外の組み合わせとなった。

「グーっとパー!!」

一斉に五人がそれぞれの手を出し、グーを出したのは牧野と未華とくるみ。

と、いう事は・・・。

 

少し夕焼け色の染まった観覧車に乗り込む。

観覧車は両側に二人がけの座席が用意してあり、ぼくはその片側に座る。

ぼくと同じくパーを出した早川は、ぼくと対面する形で反対側の座席に腰を降ろした。

「トビラ閉めますー。良い旅をー」

係員が優しい笑顔をしながら扉を閉めた。

観覧車はゆっくり、ゆっくりと上昇していく。

窓から見下ろすと人の姿が少しずつ小さくなっていく。

誰にも邪魔されない完全に二人きりの空間・・・。

ぼくと早川は無言のまま座り続けた。

 

あと少しで頂上だ。

そう思った時、早川が口を開いた。

「相原ってさ」

一周する間に話さないのかと思ってたので、少し驚いた。

そういえばぼくは早川とは今までほとんど話した事がない。

「なんで走ってるの?」

意外な質問にぼくは答えに少し詰まった。

「理由・・・? うーん・・・。最初はなんとなく始めたんだけど・・・。今は、楽しいからかな」

「楽しい?走るのがって事?」

「そう。早川はなんで走ってるの?」

「健康作りのため・・・」

そう言ってちょっと苦笑いをした。

「でも今は・・・」

そう言いかけて早川は言葉を止めた。遠くの夕日を見つめる。

茜色に染まる早川は妙に大人な感じがした。同じ学年とは思えない。

「私がサッカー部の柏木直人と付き合ってたの知ってる?」

「え?!」

いきなりその話題になったので驚いた。

「え、あ、まあ・・・」

「直人。あいつさ・・・。サッカーに一生懸命なんだよね。サッカーバカ」

「そ、そうなんだ」

「一生懸命過ぎてさ・・・。私は部活に一生懸命じゃないし。別れちゃったよ。色々あって」

「へえ・・・」

そうとしか反応できない。何か理由はあるんだろうけど聞くに聞けない。

「相原はくるみが好きなの?」

「は?!」

心臓がドキンとした。かなりの衝撃だ。心臓停止してたとしても動き出すような。

そんなぼくの心境なんかお構いなしで、早川は髪をいじりながら妙な事を言った。

「くるみって一生懸命だよねー。見ていて悔しくなるぐらい真面目で一生懸命。もちろん未華もなんだけどさ。未華と違ってくるみって早くもないのに一生懸命なんだよ」

早川はしきりに「一生懸命」という言葉を使っている。

この言葉に何か思い入れがあるのか・・・。

「私ってさー。一生懸命さが足りないんだって。柏木が言ってた」

「そんな事を?」

そこで早川はぼくの方を向いて睨むようにして言った。 

「直人さ、一生懸命な人が好きらしいよ。女のコも。相原、私の言ってる意味わかる?」

まさか・・・。

この時の直感が「まさか」で済まされなくなるのは、そんな先では無かった。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月12日 (木)

空の下で-冬(7) 昔の約束「その6」

観覧車を降りるとすっかり夕方になっていた。

ぼくと早川が観覧車から出てくると、先に到着していたくるみがぼくをからかう。

「マイちゃんと二人きりで襲ったりしなかった?」

「おそ!!?」

何を言うかこのコは! 

もちろん何もしてないのに、ぼくは何故か顔が赤くなってしまった。

「えっ?英太くん、襲いかかったの?」

くるみがケラケラと笑う。襲いかかるなんて全く疑ってない表情だから、まあいいけど・・・。

「まったく。ぼくが早川に襲いかかるわけないって」

「あれ?怒った?」

「怒った」

「スイマセン」

全然反省してる感じは無いんだけど、やりとりが楽しかったのでこれはこれでいいや。

「じゃあ最後は巨大ジェットコースターだね」

ついに来たか。

 

ラクラクーで一番怖いと言われるのが今から乗る巨大ジェットコースター「ぐるり東京名所JET」だ。

ビルに囲まれた遊園地の立地を活かしていて、ただ高いだけではなく、近隣のオフィスビルに突っ込むような角度で落下し、オフィスビルの直前でコーナーを曲がり、一回転する。

その後も急傾斜、急コーナーが続く。

場所によっては東京タワーや六本木ヒルズなどが見えるらしく、「ここで左向け!」などの看板がコースの途中にいくつか配置してあるらしい。

その指示通りの方向を見れば東京の観光名所が見えるという事だ。

「東京中の観光名所が一度に見られるコースターです!途中に回転もあって、まさにまさにぐるり東京名所JET!!」

訳のわからん事を係員が叫んでいる。

夕方とあってか少し空いていて、ぼくらが列に並ぶとあっという間に順番がやってきた。

「今度も四人掛けの座席だね。どうチーム分けしようか」

未華が悩んでいると牧野がぼくの顔をチラッと見てから言った。

「まあ合コンでもないんだし、たまには男と女で分れようか」

「え?いいのそれで」

未華が不思議そうな顔をするが牧野はうなづいた。

「まあ、たまにはいいだろ」

この牧野の提案で未華とくるみと早川が同じ列に座り、その後にぼくと牧野が座った。

座席に座った時に、牧野が小声でぼくに言った。

「怖がってるトコ、くるみに見られたくないだろ?」

「え・・・牧野、サンキュー」

「英太がこういう乗り物苦手なの知ってるしな。わざわざくるみに醜態見せる事は無い」

牧野の優しさがすごい嬉しかった。持つべきものは友だなあ。

「ま、英太のビビってるトコ見るの楽しいしな。ちょーマヌケ面しそうだし。オレが見る」

持つべきものは・・・。

 

東京名所JETは、さっきのミニ・スプラッシュとは比べモノにならないほど高くまで登った。

「英太、そろそろだぞ」

「生きて帰れますように・・・」

「はあ?」

牧野の言葉の直後、東京名所JETは猛スピードで落下した。

さっきと違って、叫び声なんか上げる余裕すら無かった。

ただ、猛スピードで通り過ぎる景色だけは脳裏に焼き付いている。

「左だ!英太あ!」とか「右、右ー!」とか言う牧野の叫び声も記憶しているけど、あっという間の出来事だった。

ゴールして地面に降り立った時、ぼくはふらふらで声も出なかった。

 

「最後にもう一度グッズ屋行ってくるね」

未華は東京名所JETから降りてすぐにグッズ屋に向かった。

「あ、オレも」

「私も行くよ」

牧野と早川とくるみもグッズ屋に向かう。

「ぼくはちょっと・・・そこのベンチで休憩してるや」

「はいよー」

久し振りに一人になった。

何人か座れそうなベンチに深く腰をかける。

見上げると、観覧車についてる電飾が点灯したところだった。

辺りはまだ夕方で、夜という感じではない。なのに街灯にも明かりが灯り出していた。

「はー、一日が終わるなあ・・・」

夕日の方角を見ると、ビルの横に光り輝く太陽が見えた。

しかしその太陽は横から出てきた雲に隠れてしまった。

急に辺りが暗くなる。

「夜は・・・雨かな」

「何ブツブツ言ってんだよ」

いきなり未華が隣に座った。

「あれ、未華、いつの間に。グッズ屋は?」

「よく考えたら、もうサイフにお金が少なかったから戻ってきたんだ。見てよこのサイフ、ほら780円。電車賃くらいしかないや」

未華はサイフの中身をぼくに見せながら笑った。

近くで見ると未華ってすごいかわいいと思う。

ちょっぴり色黒な小顔と年中短めの髪。肩までとどいてるところなんか見たこと無い。

でも今日もそのショートカットが似合っていてかわいい。まさに体育会系少女。

牧野が好きになるのもよくわかるよ。

「何見てんの。まさか私が好きってわけじゃないんでしょ」

「あ、ごめんごめん。髪型いいなって思って」

「でしょ?立川の美容室でやってもらってるんだー」

「へえ。立川ってけっこう遠いのにね」

「家がそっちの方なんだよね。国立ってトコ。そういえば英太くんはドコ?」

「堀之内ってトコなんだけど、知ってる?」

「堀之内かあ!4月の春季大会やる上柚木競技場の近くじゃん」

「春季大会?」

そんな大会あったか?

「ちょっと何寝ぼけてんのよ。春季大会知らないの?4月の頭にある記録会だよ。まあそいれはいいとしても、高校総体の支部予選会も上柚木競技場だからね」

「高校総体の支部予選会・・・」

「私、今度は都大会決勝を目指してるんだー。いくぞ都大会!」

未華は立ち上がって拳を空に向かって突き出した。

「ちょおっと英太くん!アンタもやってよ、一人でやったら恥ずかしいでしょ」

「え? お、おーし!行くぞ都大会!」

ぼくも空に向かって拳を突き上げた。

なんだかすごく気持ち良かった。高校総体が何なのかはよくわかって無いけれど。

 

 

グッズ屋から帰ってきた牧野とくるみと早川と合流して、ぼくらはラクラクーから出た。

辺りはすっかり夜になり、かなり寒くなってきた。

「なんだかスゲエ急に寒くなってきたなー」

牧野の言う通り温度の低下が急激だ。

さっき太陽が雲に隠れていったし、明日はもしかしたら雪かもしれない。

「じゃあそろそろ帰ろうか」

ぼくらは再び電車に乗った。

 

新宿駅に着いた時、未華が「あのさー」と言い出した。

「どうかした?」

くるみが問うと未華が「ちょっと今日、行きたいトコが別にあるんだけどいいかなー」と、みんなを見回しながら答えた。

「まだ時間はあるし、いいよ」

早川がそう言って、ぼくが続いた。

「ドコに行くの」

「桜ケ丘公園」

その場所を聞いて、くるみがビクッと肩を動かした事には気付かなかった。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月16日 (月)

空の下で-冬(8) 昔の約束「その7」

桜ケ丘公園・・・。

新宿から西に向かって電車で30分ほど戻ったところに聖蹟桜ケ丘という街がある。

多摩境高校からもそれほど遠くない街だ。

国民的アニメ映画の監督が、この街を舞台にした映画を作ったことでも知られている。

中学生の恋愛がテーマだったせいか、付近の中学生や高校生が聖蹟桜ケ丘でデートする事は少なくない。

そんな街のハズレに桜ケ丘公園はある。

大きな敷地の西側は芝生の斜面になっていて、その頂上から見る夜景が綺麗だと聞いたことがある。

未華が行きたいのはそこらしい。

 

聖蹟桜ケ丘駅に降りると、未華は地図を探した。

「うーん、どっちに向って歩いたらいいんだろ」

ぼくはこの街は初めてだ。牧野の方を見るが牧野も首を振っていた。

早川も「駅には来たことあるんだけど、公園はわかんないや。雑誌では見たけど」と、困った顔をしていた。

「こっちだよ」

意外にも公園の場所がわかるのはくるみだった。

なんだか早足で歩きだす。

「あれ?くるみって桜ケ丘公園行った事あるの?わー助かる」

未華は嬉しそうな声を出したが、くるみを笑顔で答えるだけで、すぐに早足で進む。

「あ、早いってば、待って待って」

未華がすぐに追いかけ、ぼくらも後に続いた。

なんだかくるみの様子が少しおかしい様な・・・。

 

駅から離れると、ぼくらは静かな住宅街の中を進んだ。

街道とかも近くにないらしく、まだ午後7時だというのに物音がほとんどしない。

時折、どこかの家の子供が騒いでるのが少し聞こえるだけだ。

ついさっきまで新宿の喧騒の中にいたのが嘘のようだ。

「さみい」

牧野がつぶやく通り、なんだかすごく寒くなってきた。

東京都とはいえ二月の夜はやはり冷える。歩くのを止めたら一気に体が冷えてしまいそうだ。

「こういう寒い日ってのは星がよく見えるんだよな」

牧野がやたらとロマンチックそうな事を言いながら空を見上げたが、曇っているのか星は見えない。

「チ、桜ケ丘公園に着いたら、お!星がキレイだなって言おうとしたのによ」

「ナニソレ牧野。ちょっとカッコつけようとしてない?」

「いいだろ英太。一日中グループデートみたいに行動してるんだからさ。少しはこんなセリフ言ったっておかしくないって」

「そうかなあ。早川さんはどう思う?今の」

隣を歩く早川に話題を振ってみた。

「・・・柏木がそんな事言ったことあるよ」

「え?!柏木くんが?」

「マジで?! 柏木のヤツ、くせー!!」

「いや牧野、それ言おうとしてたじゃん」

「え?つーか早川って柏木と付き合ってんの?」

牧野がそこに食いつく。

早川は「んー、去年ね」と当然の様に答える。堂々としていて男らしい。・・・失礼か。

 

住宅街を抜けると、桜が丘公園に到着した。

公園入り口からは木で出来た階段を登る。

この階段がかなりキツイ傾斜で、さっきの「ぐるり東京名所JET」を思い出す。

「キツイ!まるで部活だ!」

牧野がさして嫌がってもない表情で文句を言うと、未華が答える。

「なによ牧野!今日も部活だよ!」

「なんの練習だよ」

「階段登りなんて足腰が強くなりそうじゃない。それで到着した先には夜景が待ってるんだから一石二鳥ってヤツだよ。あ、一石二鳥っていいね。いい言葉だよ」

なんか説明してる間に「一石二鳥」が気に言ったらしく、しきりと一石二鳥と繰り返す。

 

それにしても・・・と、階段を登りながら思った事を口にした。

「前にもこんな事あったよね」

「ん?どんな事?」

未華は前を向いて歩いたまま答えた。

「どんなって・・・いやさ、みんなで夕方だか夜だかに丘に登った事」

「ああ、あったね。秋の新人戦の帰りだっけ」

「そうかな、多分。未華って丘が好きだね」

「違うよ。今日はあたしが来たいって言ったけど、丘が好きなのはくるみだよ。新人戦の帰りに行った丘も、くるみのオススメスポットだったんだ。学校が休みの日は、よく丘にある公園とかで読書とかしてるらしいよ」

「へえ、くるみが?知らなかった」

だから、今日のこの桜ケ丘公園も知っているのかもしれない。

 

だいぶ登ると、ついに目的である芝生の斜面にたどり着いた。

斜面にはいくつか木製のベンチがあり、その近くにはオレンジ色の丸い外灯が三か所ほど設置されていて、暗い公園内であるにもかかわらず、ここだけは優しいオレンジの光に染められていた。

そのベンチにくるみ・未華・早川が座り、ぼくと牧野はその後ろに立った。

そこからは、さっき通った聖蹟桜ケ丘の街が一望でき、遠くには多摩川や、その向こうには中央高速の綺麗に整列された外灯が並んでるのが見えた。

未華がつぶやく。

「綺麗だね」

「乙女かよ」

「乙女だよ」

こんな雰囲気のいい公園でも牧野と未華のやりとりは少しだけくだらない。

でもなんか微笑ましい。

いつか・・・いつかこの二人にはくっついてもらいたい。

きっと楽しいカップルになるに違いない。

「いい場所じゃん」

早川は夜景を見ながら唐突につぶやいた。

「でしょー?」

未華が嬉しそうに言う。まるで自分がここを作ったかのような勢いだ。

「だね。いいとこだよ。きっと私の元彼もこういう所に来たかったんだろうな」

「え?柏木くん?」

未華は当然の様に聞く。くるみにも驚きの色はうかがえない。

早川と柏木が付き合ってたのを女性陣は知っていたようだ。

「あいつさあ、妙にロマンチックでさあ。夜景だとかイルミネーションとかが好きなんだよ。でも私、あんまりそういうのに興味が無くってさ。こういう場所に一緒に行った事なかったんだけど・・・。来てみると意外といいもんだね」

なんと答えていいかわからず、みんな静かになってしまった。

「あ、ごめん。別にしんみりした話じゃなくってさ。私からフッたんだし、柏木。別れたくて別れたんだから、今の話とか気にしないで」

慌てて早川がフォローする。

「すげえよな早川。学年でも人気トップクラスの柏木をふっちゃうなんて。いや、スゲエ」

牧野が訳のわからないコメントをする。しかもちょっと日比谷っぽい。

「なんだよそれ?私、褒められてるの?」

「オレにもよくわからん」

みんなが笑う。危うくしんみりしそうなところだったけど、なんだかまた楽しい雰囲気に戻った。

 

しばらく五人でクラスの話題や授業の話題をしていた。

「うー、しかし寒いな」

「だね。あ、あっちに自販あるじゃん!なんかあったかいの買いにいこうよ」

未華の指さす先には、だいぶ遠くに自動販売機が見えた。

「ホントだ。行こう行こう」

ぼくらは自動販売機に向かおうとしたが、くるみだけは座ったままだった。

「あれ?どうしたの?くるみ」

未華が心配そうに尋ねると「あ、あたしいいや。ここで待ってる」と弱い声で答える。

ぼくら四人はお互いの顔を見合わせる。

実はさっきからくるみはほとんど会話していない。

ずっと夜景を眺めてるだけだ。

「まあいいか。じゃあちょっと待ってて、なんか買ってくるよ」

未華は自動販売機に向かう。早川と牧野も向かい出したので、ぼくは未華たちに言った。

「あ、くるみ一人だけにすると、夜の公園だし危ないから・・・ぼくもここにいるよ」

「わかったー。よろしくー」

未華はちょっとニヤついてから再び歩き出した。

 

ぼくはくるみの隣に座った。

いつもなら「二人きりになれた!」なんてウキウキするところだけど、実はそうじゃなくて、本当に「夜の公園で一人にしたら危ないよ」と思っただけだ。

「寒いね」

話しかけると、くるみはうなずいた。

「英太くんはいいの?自販行かなくて」

「うん、別にいいや。寒いけど、なんとかなるよ。ぼく、寒いのは得意なんだ」

「へえ、変な特技だね」

ちょっと笑うくるみ。でもすぐに視線は夜景に戻る。

その様子を見て、ぼくは疑問をぶつけてみる。

「あのさ・・。この公園って何か思い出でもあるの・・・かな」

言われてくるみは少し驚いた表情でぼくを見た。

「いや、なんかさ。ここに来てからずっと静かにしてたから・・・聞いちゃまずかったかな」

再び夜景に視線を戻す。

オレンジ色の外灯で照らされるくるみの顔は、とても綺麗だった。

くるみは夜景の方を向きながら、目を手でぬぐった。

「え?」

動揺する。今、涙をぬぐった??

「あ、ご、ごめん。なんでもないよ」

笑ってぼくの方を見るくるみの目は、ほんの少し赤かった。

「くるみ、な、なんかぼく悪い事言った? ごめん、ほんと」

ぼくがあんまり慌てた声を出したので、くるみは首を思いきり横に振った。

勢いがありすぎて髪が揺れる。

「ち、違うって。英太くんがどうとかってじゃなくって。ごめん、ここに来てから、どうも涙がちょっと出そうになっちゃって」

「それって・・・」

「あ、訳わからないよね。ここね・・・その・・・・好きな人と最後に来たところなんだ」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月19日 (木)

空の下で-冬(9) 昔の約束「その8」

この冷たい空気の中、さらに空気を切り裂くような一言だった。

それはもちろん、ぼくにとっては・・・という事なのだけど。

 

「好きな人と最後に来た場所」

 

この桜ケ丘公園は、くるみにとってはそういう場所らしい。

ぼくは思わず聞いてしまった。

「す、好きな人って・・・」

こんな事を女性に聞くのはどうなのかとは思う。

けど、聞いてしまった。ぼくの気が動転しているからってのもある。

「あ、意味わからなかったよね。英太くんにこんな話した事なかったし・・・」

くるみは相変わらず遠くに見える夜景を見たまま話した。

「わたし、中学の時に好きだった人がいてね。わりと上手くいっちゃって、よく二人で出掛けるようにまではなったんだ」

頭がくらくらしてきた。

なんでだろ、不安で仕方なくなってきた。

この話の続きは聞きたいんだけど、聞くのがすごい怖い。

「何度か出かけてさ。その人とこの桜ケ丘公園に来たんだ。わたし、丘が好きだから」

ぼくは自動販売機の方を見た。

牧野たちはまだ戻ってくる様子は無い。

「でもさあ、ここでさあ、いざ告白したらさあ・・・」

くるみはそう言ったまま静かになってしまった。

少しの間、静寂が流れる。

ここでぼくは本音を言った。

「いいよ、くるみ。辛い話なら・・・無理してぼくなんかに言わなくても。さっきの涙の訳なんて気にしないからさ」

また静寂が流れる。

今のセリフは良くなかっただろうか。

そう思っていたら、くるみはぼくの方を見て笑顔で言った。

「フラれちゃってんだよね!ここで!」

「え・・・」

「何回も二人で遊んでおいてそれは無いよねえ。今みたく寒い日の夜にここまで来てだよ?わたし、ここで泣いちゃったよ、思いっきり! 泣き終わったら、もういなかったの、その人。バカにしてるよね、絶対!」

急におっきめな声で一気に話すくるみに、ぼくは少したじろいだ。

でもくるみは少し涙ぐんでポツリと付け加えた。

「一緒にここで星とか夜景とか見る約束してたのになあ」

くるみは空を見上げた。

ぼくもつられて見上げたけど、雲が出ているのか星は全く見えなかった。

「あーあ、今日も見えないや。その時も泣いてて何も見えなかったんだよね。約束破られちゃったままだよ」

「そんなの・・・」

「ん?」

「そんなの昔の約束だよ。辛いけど・・・忘れちゃいなよ」

「そう・・・。そうだね。そんな昔の約束なんかに拘ってちゃダメだよね。全部忘れちゃおっかな」

「全部はダメだよ」

「え?」

ぼくは少し考えてから言った。

「なんていうか・・・。思い出は忘れちゃダメだよ。・・・な気がする。きっと、今まであった出来事ってのは忘れちゃいけないような気がする。昔の約束なんて忘れちゃえって言ったばっかだけど・・・」

「そっかあ。思い出は忘れないで、取っておくモノかあ」

再び夜景に目をやるくるみ。

「そうかもね。思い出を忘れようとするのは自分を忘れようとしてるようなものだもんね」

「よし」と言ってくるみはベンチから立ち上がる。

「なんだか少しスッキリした。誰にも言えなかった出来事を言っちゃって少し楽になった気がする。ありがと英太くん」

「え?未華とかにも言ってないの?」

「んー、なんとなくは言ってたけど、この場所だとは言ってなかったかな」

そうだよな。知ってたら今日ここに来てないもんな。

「英太くんってなんか話やすいなあ。今日こんな事を言うとは思ってもみなかったしね」

「話しやすい?そう?喜んでいいのかなあ」

「うん。だって前にも雪沢センパイと五月先生の密会現場を盗み見にしにいく時も、英太くんが一番相談しやすかったもん。相談できるってのはいい事だよ」

そんな事もあった。

そしてあの時以来だ。くるみと二人きりでこんなに話しているのは。

「そういえばあの時、英太くんとしたお茶しに行く約束したよね。まだどこにも行ってないね」

出ました!!くるみからこの言葉が!!待ってました!!

「あ、いいよいいよ、昔の約束だし」

とか言ってしまうぼく。何やってんだろ・・・。でも過去の恋愛話聞いた後だと弱気にもなるよ。

「え?いいの?そっかあ」

ベンチに座り直すくるみ。

ややあってから、つぶやくように言った。

「じゃあ約束し直そうか」

「え?」

「新しい約束しようよ。今度はちゃんと守るからさ」

「新しい約束・・・か」

後ろの方で牧野達の騒ぎ声が近付いてくるのがわかった。

ここは迷ってるヒマは無い。なんか新しい約束をしなくっちゃいけない。

「じゃあ今度、映画でも観にいこ!」

ちょっと飛躍しすぎただろうか。単なる「お茶」だったのが「映画」に変えたのは・・・。

でもくるみは迷いなく答えてくれた。

「うん。じゃあ映画観て、帰りにお茶しよう」

 

 

牧野と未華と早川が戻ってきた。

未華がイキナリ冷やかす。

「二人で何話してたのー?」

「んー秘密」

ぼくは少しニヤけながらそう答えた。

「あー、なんかヤラシイ笑みだね」

「やらしくない!」

ぼくの大声での否定を聴かずに未華は空を見上げた。

「あー、やっぱ星出ないかあ。残念だなー」

みんな空を見る。

すると牧野が「あれ?!」と叫んだ。

「あれ何?やたら早い星が見えるよ!」

牧野が指さす先には白く光るモノがフラフラと動いていた。

「流れ星!!」

未華が嬉しそうにそう叫ぶが、それにしちゃ長いこと動いてる。

そして白く光るモノが他にもたくさん現れた。

「あ・・・」

「雪だ・・・」

それは舞い散る粉雪だった。

粉雪が外灯に照らされて、光ってるように見えたのだ。

たくさんの粉雪がひらひらとぼくらに周りの降り出した。

「あー見て」

早川に言われて街の夜景の方を見ると、夜景に照らされながら落ちていくたくさんの粉雪が見えた。

「わあ・・・綺麗」

街の光と空からの粉雪。

この淡い景色をぼくらはしばらく眺めていた。

見ている間、なんだか嫌な事も全部忘れられていた気がした。

 

くるみの悲しい出来事も忘れさせてくれればいいのに。

 

そう思うけど、切ない思い出はそう簡単には消えないのは知っている。

でも昔にこだわっちゃいけないんだ。

くるみの切ない思い出も遠く霞むような楽しい思い出を一緒に作っていけたらいいな。

今までは単に「仲良くなりたい」という感じだったぼくが、そう思った最初の日になった。

 

 

そうして陸上部の三連休は終わった。

これからぼくらは4月の春季大会へと動き出す。

でもその前に・・・3月の校内マラソン大会に必死になる事になる。

ぼくらの専門分野とはいえ・・・・・・他の運動部をナメちゃいけない。

 

 

 

空の下で 冬の部「昔の約束」編 END  →  NEXT 冬の部「校内対決」編

 

↓よろしければどれかクリックしていただけると嬉しいです!

にほんブログ村 小説ブログ 学園・青春小説へ にほんブログ村 小説ブログ ライトノベルへ にほんブログ村 小説ブログ 長編小説へ

Photo

Photo_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月23日 (月)

空の下で-冬(10) 校内対決(その1)

2月14日。

ぼくの嫌いな日だ。

そう、バレンテインデー。

いや、男子って意外とこの日が苦手なヤツが多いと思うんだよね。

モテるヤツだとか彼女がいるヤツだとかはいいんだろうけどさ。

ぼくみたいにモテる訳でもない男子は劣等感を覚える日でもある。

毎年毎年、気になる人がいて、ワクワクドキドキしながら一日を過ごし、結局そのコからもらえるのはクラスみんなに配る義理チョコだったりする。

それで、義理チョコをもらうと時、「義理だからね」なんて念を押されたりなんかして、「なあんだ」とガッカリしつつも「でもちょっと嬉しい」なんて考えたりする。

なのに何日かして、その人が別の男子に本命チョコをあげたという話だけ手に入って、ガックリとするってのがオチだ。

もしくは大量の義理チョコをもらって、3月14日にお返ししまくるハメになるか。

なんていうグチをお昼休みに教室の自分の席で永延と考えていたら、サッカー部の柏木直人に話しかけられた。

「どしたよ相原、うかない顔して」

柏木は黒色のお洒落な紙袋を持っていた。

「柏木!もしかしてそれ!」

「あ、若井にもらっちゃった。本命チョコかも。なんか手紙が入ってるし」

「わ、若井!?」

血の気が引いた。

「そう若井加奈子。サッカー部のマネージャー」

「あ?ワカイカナコ? な、なんだあ・・・」

くるみじゃないのか。焦った・・・。ていうか柏木とくるみに繋がりは無いもんな。

ん?ていうか本命チョコ?

「え?手紙が入ってるの?」

「ああ。後で読むよ。ちょっと緊張するね」

いいなあ。柏木みたいなイケメンは。

おまけに柏木はサッカー部でも実力派だ。顔だけじゃない。

「なあ相原。マイ・・・いや、早川の様子はどうだった?」

「え?早川?元気だったよ」

柏木はため息をついた。

「そうじゃなくてよ。新しい彼氏が出来たかどうかだよ」

「え?ああ、いないんじゃないかな。元彼の柏木くんの話題ばっかしてたよ」

「え?オレの?!」

大声で言ってしまい、恥ずかしくなったのか柏木は小声で問いかける。

「な、なんて言ってた?て、てゆーかオレって相原に早川と付き合ってた話したっけ」

珍しく慌てる柏木が面白かった。

「サッカーバカだって言ってた」

「はあ?」

またも大声になる柏木。そしてまたも小声に戻る。

「またなんか言ってたら教えてくれ」

そう言って立ち去ろうとした時、未華とくるみが教室に入って来た。

「おー!英太くん!いたいた!」

二人はそれぞれチョコをくれた。

「義理だから勘違いすんなよ」と言う未華。

「義理だよ」と言うくるみ。

そんなに言われなくてもわかってますよ・・・。

二人は牧野にもチョコを渡して教室から出て行った。

大喜びする牧野の声が教室に響いた。恥ずかしいっての。

 

 

この日の全ての授業が終わり、担任の宇都宮先生がホームルームをする。

「えー、3月3日のお雛様の日、校内マラソン大会だけど、コースを発表します」

宇都宮先生は黒板にプリントを張った。

「場所は立川の昭和記念公園な。広大な公園の中を一周する8.2キロだ」

8.2キロとは中途半端な数字だ。

「出るのは一年生・二年生全員だ。午前中が一年生、午後が二年生が走る」

へえ。学年別なんだね。

「優勝から10位までは表彰状と記念品が出るからな。頑張れ。それとクラス対抗にもなってて、クラスごとのポイントも集計する。1位のクラスには何か出るらしいぞ」

「何かってなんだよー」「てきとー」というヤジが飛ぶ。

「ああ、それと男子も女子も一緒に走るからな。気合入れろよ」

宇都宮先生はそう言うが、何の気合いだかわかんないし、先生の言葉自体に気合が無い。

でも最後の情報は少し気になるところだ。

男女一緒に走るという事は未華とも真剣勝負になる可能性がある。

現時点でぼくと牧野と未華は実力が拮抗している。

いいかげん未華には勝ちたい。

 

ホームルーム後、柏木がまたぼくの席にやってきた。

「相原、マラソン大会って本気でやんの?」

「うん、まあね。顧問の五月先生に本気でやれって言われてるし」

「そっか。良かった」

「え?何が?」

柏木はぼくを指さしながら答える。 

「オレも本気で相原と牧野に勝つつもりだからだよ」

ちょっとカッコよかった。

でもぼくも負けてられないから目を逸らさずに言った。

「負けないよ」

「いいねえ相原。これは絶対本気だね。オレ、サッカー部では一番持久力あるからね。絶対に追い詰めてやるからなー」

セリフとは裏腹に笑いながら言う柏木。

しかし急に真顔になる。

「ところで相原。さっき義理チョコくれた二人って誰?」

「え?ああ、陸上部のコだよ。大塚未華と若井くるみ」

「へえ、そうなんだ。どっちがどっち? 色白なコは?」

未華は色黒だから、どっちかというと色白なコというのはくるみの事か?

「んー。若井くるみかな」

「へえ、若井さんていうんだ。かわいいよね」

「ああ、わりとねー」

もしかしてぼくがくるみの事を好きなのを見抜かれた?

そう思ったが、柏木は「まあいいや、んじゃ部活あるから」と言って教室を出て行った。

そこへ牧野がやってきて不安な事を言う。

「おいおい英太。柏木のヤツ・・・くるみの事、気に入ってんじゃねーのか?」

「え?!」

まさか??

いや、待てよ。確かラクラクーの観覧車でも早川がその事を忠告してた様な・・・。

 

不安感を煽ったバレンタインデーは終わり、あっという間に校内マラソン大会は近づいた。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)