空の下で ~冬~ 目次
・・・去年は色んな景色を見てきた。でももうそれも過去の景色だ。
「思い出は忘れちゃダメだよ。・・・な気がする」
新しい景色を見るため、英太たちは再び動き出す!
恋愛も少し絡めながら、第2シーズン・開幕!
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・・・去年は色んな景色を見てきた。でももうそれも過去の景色だ。
「思い出は忘れちゃダメだよ。・・・な気がする」
新しい景色を見るため、英太たちは再び動き出す!
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3月10日。
つい何日か前、東京では雪が降った。
温暖化の影響もあるのか、東京で雪が降る事は、ぼくが小さかった頃より減っている気がする。
それでも東京都市部では粉雪が舞い、ぼくらの多摩境高校の辺りでは5センチほど積もった。
たった5センチ積もっただけで、東京の人は転んだり、車で事故を起こしたり、電車が遅れたり、雪合戦しようとする。
ぼくと牧野と日比谷も、駅から学校への道で雪を叩きつけ合いながら歩いてた。
「いって!本気で投げるなよ日比谷!」
牧野はそう言ったくせに全力で雪の球をぼくや日比谷に投げてくる。
ぼくも全力で投げ返す。
制服やカバンはあっという間に雪まみれになってしまった。
今日は卒業式だっていうのに・・・・・・。
卒業式には一年生は出ない。
二年生は出席して、送る歌を歌う。
じゃあ何でぼくらが学校に出てきたかと言うと、卒業式の前に、中尾先輩が部室に召集をかけているからだ。
理由はわかる。二代目の部長の発表があるからだ。
候補は二人。短距離で、幅跳びのエースの二本松ゆりえという先輩。
それか長距離の雪沢先輩だ。
ちなみに日比谷が登校してる理由は、卒業式の中で、吹奏楽部と合唱部が演奏するかららしい。
ぼくは日比谷をからかってみた。
「日比谷、演奏中に泣いたりしちゃダメだよー」
すると日比谷はちょっと潤んだ目をした。
「しねえよ」
ぼくはドキッとした。
きっと日比谷の中には卒業する三年生との思い出があるに違いない。
吹奏楽部は去年の秋、初めての定期演奏会を開いていた。
ぼくも観に行ったけど、あの演奏会に辿り着くまでには色んな苦労があっただろうから。
ぼくと牧野が陸上部の部室に到着すると、すでに一、二年生が全員そろっていた。
「遅いよ英太くん、牧野くん。どーせ雪合戦でもしてたんでしょ」
そう言う未華の制服のあちこちには雪が付いている。人の事言えない。
「そろそろ中尾が来るぞ。全員座れ」
珍しく・・・というか初めて見せるスーツ姿の五月隆平先生が場を締めた。
しかし中尾先輩はなかなか現れなかった。
次第に私語で騒がしくなる部室内。近くにいるくるみが話しかけてきた。
「そういえばさ、こないだのマラソン大会。三位って例の柏木って人だったんだね」
「そうなんだよ。あいつ本当に早いし全力を尽くしてくるもんだからさ。苦戦したよ」
「なんかね。昨日の練習中、校庭でその人に話しかけられたよ」
「え?」
なんで柏木がくるみに??
「な、なんて言ってた?」
「んー、なんかよくわかんないんだよね。インターバル走をやって疲れ果ててる時に話しかけられてさあ。なんか、君って一生懸命だねーなんて言われちゃって・・・。私が遅いのに頑張って走ってるのが滑稽だったのかなあ・・・」
「こ、滑稽って・・・あんま言わないよね」
「そかな」
ニカッと笑うくるみに一瞬見とれたものの、やはり気になるのは柏木の行動だ。
この前、観覧車で早川が言っていた言葉・・・「あいつって一生懸命なコが好きなんだよ」
マラソン大会前、くるみを見て「あのコ、誰?」と聞いてきた柏木。
そして、昨日はくるみに話しかけたという・・・。
嫌な予感がする。でもこれだけの理由で柏木に「くるみに手を出さないでよ」と言う訳にもいかないし、ぼくはくるみの彼氏でもなんでもないから、そんな権限は無い・・・。
「どうしたの?」
不安な気持ちが顔に出ていたらしく、くるみが心配そうに聞いてきた。
「なんか具合とか悪いの?」
「いや、ちょっと・・・別に」
なんだか慌ててしまい、ごもごもと答えてしまったが、そのタイミングで中尾先輩がやってきたので助かった。
まず、中尾先輩はみんなに向かってお礼の言葉を口にした。
こんな部長について来てくれてありがとう。とか、そんな感じの言葉だ。
中尾先輩は短距離の人なので、ぼくら長距離チームはあまり関わりは無かったけど、試合の時にドッシリと構えている中尾先輩を見ると、安心感が得られたものだった。
それにぼくには印象に残ってる会話があった。
それは夏の合宿で富士山登りをやった後の会話だ。
ぼくが富士山登りを終えて疲れた様子でいると、中尾先輩が話しかけてきたのだ。
「富士山登りは特別だったろ」
言われてぼくはこう答えた。
「特別過ぎました」
すると中尾先輩はこんな事を言ったのだ。
「だろうな。そんな顔してるよ、みんな」
なんて事の無い会話かもしれない。
でも、ぼくは思ったんだ。
中尾先輩は、富士山登りを経て、ぼくら長距離チームが何か特別な事を成し遂げたのを、ぼくらの表情で感じ取ったんじゃないのかと。
ぼくの勘違いかもしれないけど、そういう「表情」を読み取れるくらいに中尾先輩は陸上にのめり込んでいる人なんじゃないかと思う。
さすがに初代部長だなあなんて思う。
その中尾先輩が次に話し出したのは、中尾先輩の今後だった。
多摩境高校を卒業した後、山梨の大学で短距離を続けるんだという。
ここからでは遠いので、山梨に引っ越すという事だった。
「山梨は雪もかなり降るらしいからな。今度は『雪のスプリンター』と言われるかもな」
中尾先輩は真顔でそう言った。変な人だ。
そして最後に「次の部長」の話になった。
「昨日までは、オレも部活に参加してたから部長はオレがやっていた訳だけど。今日で卒業なので、明日からは二代目の部長に頑張ってもらおうと思う。本人にはもう言ってあるんだけど、改めて発表しようと思う。もちろん五月先生と志田先生のお墨付きだ」
お墨付きってなんだろ?あとで牧野に聞いてみよう。陸上用語かなあ?
「次の部長は、雪沢にやってもらおうと思う。みんな、どうだろう」
予想通りだった。
もう一人の部長候補の二本松ゆりえ先輩は「部長には向いてないよー」と早くから公言していたので、やっぱり雪沢先輩かあという感じだ。
部室内に拍手が起きた。
「じゃあ雪沢。後はよろ・・・」
ここで中尾先輩は突然、天井を見上げた。
シンと静まり返る部室。
ややあって、さっきより少しだけ高くなった声で中尾先輩は言った。
「後はよろしく頼むな」
雪沢先輩は気合の入った大きめの声で「はい!」と返事をした。
そして、ぼくらはこっそりと用意していた、色紙を渡した。
色紙いっぱいに書かれた、みんなからのメッセージ達。
「後でジックリ読むや」
さらに声の高くなった中尾先輩はそう言って、みんなに向かってお辞儀をした。
二時間後、卒業式を行っている体育館からは、三年生による校歌と、二年生と合唱部と吹奏楽部によって、人気デュオの「さくら」という曲が聞こえていた。
その数年後、中尾先輩は自分の予想とは違い、『雪原の風』と呼ばれ、大学短距離界で大活躍を見せる事になる。
こうして、ぼくらは雪沢先輩の元、第二期陸上部として走り出した。
再びの春を迎えて、最初にやるのは春季大会もあるが・・・新入部員の勧誘が大変だ。
今年はどんなヤツが入部するんだろう・・・。
空の下で 冬の部 END → NEXT 桜の部「遠くまで」
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坂を登り切ると最初にいた広大な芝生エリアに帰ってきた。
周りは芝生だけなので風をさえぎるものが何もないせいか、横から冷たい風が叩きつけた。
でも、不思議な事に寒くはない。
ここまで8キロ近く走ってきていて体は温まっているし、ぼくと牧野と柏木とのデットヒートになっていて、正直なところ、寒いとか考える余裕はなかった。
まさか、柏木直人がここまで早いとは思ってなかった。
サッカーが体力を使う種目だというのはもちろんわかる。
バスケの君島にしたって水泳の石塚にしたって、想像以上に粘った。
どれも体力を使う種目だ。もちろんわかってる。
でも持久走はぼくらの専門分野だ。
その専門である、ぼくと牧野にここまで柏木が食らい付いてくるとは、こんな時だけど尊敬しちゃう。
その柏木が「うおおお!!」と叫んで、ぼくと牧野の前に出たから驚いた。
残り500メートルでラストスパートをかけたのだ。
すぐに牧野が追っていく。
ぼくは一瞬遅れたが、腕を大きく振って追いかけた。
柏木、牧野、ぼくの順で縦一列になって走る。
まただ。
また牧野の後姿を追っている。
「アンタさあ。オレがこんな事を黙っていられる性格だとでも思ってんの?」
あの時、いつの間にか牧野が友達数人を呼んで戻ってきていた。
ぼくに掴みかかっていたリーダー格は、ぼくから手を離し、牧野を睨む。
「なんだ牧野。逃げたんじゃなかったのかよ」
凄むリーダー格に対して牧野は笑って言った。
「一人じゃアンタには勝てないからさあ。強いじゃん、アンタ。で、仲間を呼んできたって訳」
「仲間だあ?」
「そうだよ。仲間の英太を助けるためにだよ」
リーダー格は「チっ」と言って廊下にツバを吐いた。
「下らねえ野郎だな、牧野」
「黙っていられないんだよね」
「は?」
問いかけるリーダー格に牧野は答えた。
「何かあるとさ、黙っていられない性格なんだよ。いい事も悪い事もさ」
この後、確か取っ組み合いのケンカになったハズだ。
牧野と仲間たち数人と、リーダー格とその仲間数人のケンカ。
こう言うと乱闘騒ぎに聞こえるけど、まだ中学に入ったばかりのケンカだ。
中学といっても小学校を出てから半年もたってない少年達のケンカ。
窓が一枚割れる騒ぎにはなったけど、それほど大事にはならなかった。
それ以降、ぼくと牧野はそれまで以上に仲が良くなった。
いつも横に並んで歩く二人になった。(日比谷もいたので三人が多かったけど)
まさか、三人とも一緒の高校になるなんて思ってもなかったけど・・・。
そして今、残り300メートルで、ぼくと牧野は横並びになって、柏木を抜いた。
互いに合図をしてタイミングを合わせて抜いたわけじゃない。
何故だか、柏木を抜きにかかるタイミングは一緒だったのだ。
抜かれる時、柏木は驚いた顔をしつつも、こう言った。
「うお、すげ!」
横並びになってぼくと牧野は走る。
名高がいない今、優勝争いはぼくと牧野の一騎打ちという形になった。
楽しい。
牧野と一緒に走れるのが楽しい。
それも優勝争い。
ずっとこのまま走っていたい気分だ。
けれど、これは勝負。
普段は横並びでいたい関係だけど、勝負の時は別だ。
いつまでも牧野の横にいる訳にはいかない。
この一年間、牧野とは勝ったり負けたりの繰り返しだった。
でも、きっとこの先、どちらかが実力で上を行く日が来るんだと思う。
それなら、ぼくが牧野に勝てるよう全力を尽くすだけだ。
全力を尽くして負けたんなら後悔は無い。
ただ、全力。それだけだ。
残り100メートルを切ったところで、ついにぼくが牧野の前に出た。
と言っても2メートルほどだけだ。
牧野はすぐ後ろを追ってくる。
粘り過ぎだ!と思い、このデットヒートの中、冷や汗を出しながら走る。
そうしてゴールテープを切った時、ぼくは思わず大声を出して両手を上に挙げた。
「はいーお疲れー。倒れこむ前にここに自分の名前を書いてねー」
ゴールのすぐ先には長机がいくつか置いてあり、係員の生徒が鉛筆を持って待っていた。
ぼくは鉛筆を受け取り、よろよろしながら『1位』の所に自分の名前を書く。
すぐに牧野も『2位』の所に名前を書き出していた。
すると係員の生徒が笑いながら言った。
「なんだ、ヨロヨロだなー。そんなに全力で争ったのかよー」
カチンと来たので、その生徒の顔をよく見ると、三年生で陸上部の部長の中尾一輝センパイだった。「雨のスプリンター」と呼ばれる、あの先輩だ。
「あ、中尾先輩・・・」
以前はくるくるパーマ(天然)の髪だったのが、短髪になっていたので気付かなかった。
「何してんですか先輩」
牧野が聞くと、中尾先輩は笑って答える。
「何って、記録係だよ。校内マラソン大会って一、二年だけしか走らないからさあ。三年生がスタッフやってんだよ。いやー、それにしても相原と牧野でトップ2とはね。名高は真剣にやってないとしても・・・入部当時では考えられない順位だよな」
ぼくと牧野は顔を見合わせた。
「そうかな、牧野」
「・・・そうだよ。オレと英太で学年のトップだなんて。考えてみりゃすごいよ」
「スッゲスッゲってやつ?」
「そう!それだ!」
牧野は嬉しそうに声を出した。
ぼくに負けた悔しさは見えない。
きっと、すでに「次は勝つ」なんて考えてるんだろう。そういうヤツだ。
そこへ三位でゴールした柏木がやってきた。
「早いなー相原、牧野。さすがだよ」
何故だか握手をしてくる柏木。
「ホント真剣に走ったんだけどな。やっぱ早いや、二人は。でも全力で勝負出来て満足したよ」
言われて、ぼくは正直な事を口にした。
「いや、柏木くんスゴイよ。負けるかと思ったもん」
「マジで!? うわー、全力尽くしてよかったー」
そう言って、笑いながら名前を記入して、どこかへ歩いて行った。
ぼくらのやりとりを見ていた中尾先輩は笑って言う。
「お前らみたいなヤツがいれば、この先の陸上部は面白くなりそうだなー。後は頼むぞ」
ぼくと牧野はハッとした。
もう三月。もうすぐ卒業式だ。
創立3周年の多摩境高校は、今月、初めての卒業式を迎える。
長距離チームには三年生がいないので、すっかり忘れていた。
実は、卒業式の日、中尾先輩から「次の部長」が発表される予定なのだ。
普通は、受験前に三年生が引退するので、その時に次の部長が決まりそうなものだけど、中尾先輩は短距離の成績が良くて、スポーツ推薦で大学が決まっていた。
なのでこれまでも、ずっと中尾先輩が部長として活動してきたんだ。
新しくなる。
そう感じた。
ぼくらも、もうすぐ二年生だ。
陸上部も、もうすぐ新しく生まれ変わる。
新しくなる陸上部で、この先一体、何が待ち受けるんだろう・・・・・・。
空の下で 冬の部「校内対決編」 END
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現在の状況をまとめるとこうだ。
先頭は恐らく二人。たくみとバスケ部の君島が二人で争いながら走っている。
そこからだいぶ遅れて小集団があり、そこにはぼく、牧野、剛塚、大山、柏木、石塚、日比谷、そして未華というメンバー。
その後は大集団があり、名高はその中で適当に走っているはずだ。
くるみや早川もそこにいると思われる。
「だ、誰だよこの女子は・・・キミー」
水泳部の石塚は動揺を隠せなかった。
今のこの集団のメンバーで唯一、予想されていなかったのが未華だろうから。
柏木も驚いている様子だ。
そりゃそうだ。この男女混合レースで、まさか先頭集団を女子が引っ張るとは。
未華の事をよく知らない人なら誰でも驚く。
「大塚未華でーす!陸上部のアイドル的存在です!」
未華は両手ピースサインを作りながら走る。
「どこがアイドルだよ・・・」
牧野がつぶやくと未華は牧野の頭をスパーンと叩いた。
「いて!いってー!」
「あたしもどこまで男子と争えるかわかんないけどね。真剣にやるよー」
そう言って未華はスピードを上げ出した。
「こ、この野郎!!」
そう言って柏木が追う。
「野郎じゃない」
未華は不機嫌そうにつぶやく。
「ま、待てキミー!!」
石塚も牧野も続くので、ぼくも追った。
「す、スッゲ・・・」
そう言って、ここで日比谷が遅れ、剛塚と大山もややあってから遅れていった。
4.1キロ地点。
全行程が8.2キロなので、半分の地点なのだが、ここに『半分だよん』という立て看板が置いてあり、その看板の横に短距離顧問の志田先生がいた。
志田先生に横を通過する時に「相原7位」と言われた。
7位か。やはり予想通り、たくみとバスケ部の君島が1位2位を走っていて、未華と牧野と柏木と石塚で3位4位5位6位という事になる。
ぼくのちょっと前には牧野と石塚が見えていて、その前に小さく未華と柏木が見える。
「はあ・・はあ・・たくみと君島・・・けっこうやるな・・・」
たくみと君島の姿はまだ見えない。よっぽど飛ばしているらしい。
一番近くに見える牧野と石塚の後姿を見て、また思い出す・・・。
なんで行っちゃうんだよ!!牧野!!
リーダー格のヤツに胸ぐらを掴まれながら牧野の後姿を見ていた。
牧野がいなくなった後、リーダー格はぼくに言った。
「やっぱ友達じゃねーんだよ、お前ら」
そう言って、ぼくの顔をワシ掴みにすると「サイフ持ってる?」と言いだした。
カツアゲ・・・。
ぼくは「持ってないよ」と言うが、そいつは信用しなかった。
「いいから出せよ。今日だけでいいんだからよ」
そいつはぼくの制服のポケットに手を入れる。
が、その手を止めた。
「なんでだ?」
そいつが言った言葉だ。ぼくの言った言葉ではない。
状況が理解出来なかった。
そいつはぼくの顔から手を放して、ぼくではない方向に目をやった。
「黙ってどっか行けって言ったはずだよな」
その方向には牧野がいて、他にも数人の男子がいた。
牧野はまたふっと笑って言った。人をバカにする笑みだ。
「アンタさあ。オレがこんな事を黙っていられる性格だとでも思ってんの?」
5キロ過ぎ、石塚が牧野から遅れだし、ぼくの位置まで落ちてきた。
「はあ!はあ!早いな!キミーたち!!」
「はあ・・はあ・・石塚も十分早い」
石塚は黒い顔をしわくちゃにして笑った。
「水の中なら負けないんだけどね・・・陸の上はキツイ・・・」
そのままぼくよりも後方に落ちていく。
「夏の水泳大会で待ってるぞキミー!!」
水泳大会でぼくに勝機なんて無いよ・・・。でも勝負はするけどね。
続いて落ちてきたのはたくみだった。
「な、長い!!長距離って長い!!」
中距離をやっているたくみには8.2キロは長すぎるようだ。
「どうよ英太!ここまで粘るオレは?カッコよくない?」
この状況で得意の質問攻めのたくみ。ある意味かっこいい。
「少しね」
「だろう?」
そう言ってたくみも後方に消えた。
この次に落ちてきたのはバスケ部の君島だ。
「天野たくみのバカスピードについて行ったのが失敗だった・・・」
悔しそうにつぶやき落ちていく。
「4月の体育はバスケらしいぜ・・・」
ニタリと笑って消えて行った。
6キロ過ぎ、ぼくの30メートルほど前には牧野と柏木がいて、その50メートルくらい先に未華が見えた。
後ろを振り返ると、はるか後方に水泳部の石塚が見える。かなり粘ってる。
しかし、このままだと・・・未華に一年生男子全員が負ける。
すでに4強が未華・牧野・柏木・ぼくという状態。
しかし、7キロ地点。急に未華がスピードダウンした。
少しずつ未華に追いつく牧野・柏木そしてぼく。
牧野と柏木が未華を追い抜き、ぼくも未華に追いつけた。
そして追い抜く時、未華はつぶやいた。
「こりゃ不利だ」
未華が遅れた理由はわかった。
ここは登り坂なのだ。
未華はアップダウンが苦手だと言っていた。
それに登りは筋力が重要になってくる。
男子のぼくら三人の方が登りで有利だということだ。
「平坦なコースなら勝ってたのになー」
そうつぶやく未華をぼくはなんとか追い抜いた。
登り坂を登り切ると、ぼく・牧野・柏木が並んだ。
残すは700メートルほどだ。
三人とも息切れが激しい。
はたして校内対決の優勝の行方は・・・
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体の芯にまで響く冷たい風が、公園の広大な芝生エリアに吹く。
皆、それぞれ体が冷えないように動き回っていたが、スタート時間が迫ってきたので、集合場所に集まって来ていた。
一年生は男女合計で200人ほどいる。
スタート地点には、その200人がほぼ全員揃っているので、野外とはいえ人の熱で少しは暖かく感じた。
ぼくと牧野も揃ってその中にいる。
その集団に向かって、学年主任の先生がメガホンを使って叫んだ。
「みんな準備はいいかー?!」
するとバスケ部の君島が叫び返した。
「前置きはいいから早くスタートしましょうよー!止まってると寒いってー!」
「はっはっは」
何故かメガホンを使ったまま笑う学年主任の先生。早くしてってば!
「じゃあスタートするか。もう9時59分だしな」
学年主任の先生は腕時計を見ながらそう言うと、カバンからクラッカーを取り出した。
「英太。先生、クラッカー出したぞ。もしかして・・・」
牧野がクラッカーを見ながらつぶやく。
次の瞬間、学年主任の先生はクラッカーを空に向けて構えた。
メガホンは隣にいた、ぼくらの担任の宇都宮先生が受け取っていて「よーい・・・」と言った。
「クラッカーでやんのかよ!ピストルじゃないのかよ!」
牧野がすごい嫌そうな顔して言った次の瞬間、クラッカーはパスっという小さな炸裂音を響かせて、意外と綺麗な飾りを発射した。
「いいじゃん、学校行事なんだし、いつもと違って」
ぼくはそう言って走り出した。
今回の校内マラソン大会は、8.2キロのコースだ。
この広大な公園の中にあるジョギングコースを使っていて、基本的には平坦なコースなんだけど、中盤戦に多少の上り下りがあるらしい。
スタート前に牧野がそう言っていた。
牧野は、この事は誰にも言わない予定でいたみたいだけど、結局みんなに言っていた。
黙っていられないタイプなんだよ。中学の時からそうだった。
そう、中学の時からの付き合いだ。
ぼくは中学一年の時に、少しだけイジメに遭っていた。
イジメと言っても、大山みたいに本格的に遭っていた訳じゃあない。
クラスの中に暴れたがりなヤツの集団がいて、そいつらと馬が合わなかった。
ある日、そいつらのリーダー格のヤツの足を踏んだの踏んでないだのでモメ事になった。
モメたあげく、ぼくは人通りの少ない、校舎のハジに連れて行かれた。
「相原、オマエ絶対オレの足を踏んだだろ。ちゃんと謝れよ。謝罪会見やれよ」
「え、ふ、踏んでないって」
「はあ?踏んでなかったとしても謝れよ。相原ごときが反抗してんじゃねーよ」
ぼくは何度かそいつらに同じようなパターンでクラスみんなの前で謝罪をやらされていた。
それを見たは内村一志(後にぼくの好きだった長谷川さんとの仲をジャマしたヤツ)は甲高い声で爆笑したものだった。
ぼくがそいつらに逆らえなかったのは、そいつらがケンカが強かったからだ。
今、思えば剛塚ほどの迫力は無い連中だったけど、当時のぼくには怖くて逆らえなかった。
なので、その日も足を踏んでないという主張をする勇気が無かった。
そこへ、たまたま牧野が通りかかったのだ。
「お、なにしてんだ?」
リーダー格のヤツは牧野にも脅しをかけた。
「牧野、見てるんじゃねーよ。先生とかみんなにチクったりもすんじゃねーぞ。黙ってはやくどっか行け」
牧野は険しい顔をした後、ふっと笑ってその場を去った。
牧野がいなくなると、リーダー格のそいつはぼくの胸ぐらをつかみ上げた。
・・・・・なんで今、こんな事を思い出すのか・・・・・
ぼくは隣で走る牧野をチラっと見た。
牧野はぼくの視線に気が付き、走りながらも「なんだよ」と言った。
「なんでもないって」
「英太、そろそろ前に出るぞ。もう1キロくらい走ってるけど、この大集団の中じゃ走りにくいって」
「ん、そうだね」
ぼくと牧野は揃ってスピードを上げた。
大集団の中をうまく人を避けて前に出る。
大集団を抜け出すと、少し前には10人くらいの小集団が見えた。
「先頭集団か?」
そこには後姿の柏木や日比谷が見えた。
「追いつこう」
ぼくが言う前に牧野は先頭集団を追いかけていた。
慌ててぼくも追うが、その横を二人の男子が猛スピードで追い抜いて行った。
「な、なんだ!?」
「は、早い!!」
ぼくと牧野は驚いてそう叫んだ。
そして追い抜いた二人が誰であるかがすぐに分かった。
「たくみ!君島!!」
たくみが相変わらず凄いスピードで走っている。それをバスケ部の君島が「待てコラー!」と叫びながら猛追しているのだ。
そのスピードは凄まじく、あっという間に先頭集団すら追い抜いていった。
「す、すげ・・・」
牧野は驚いていたが、動揺するわけじゃなかった。
「ま、オレはオレだ」
坦々と先頭集団との差を詰めていくので、ぼくもそれに続いた。
牧野の後姿を見てまた中学の時の記憶が蘇る。
「牧野、見てるんじゃねーよ。先生とかみんなにチクったりもすんじゃねーぞ。黙ってはやくどっか行け」
あの時、一瞬見せた牧野の、ふっと笑った顔。
ぼくはあの時、絶望したんだ。
友達と思っていた牧野が、人をバカにするような顔で笑い、そしてその場を去った事で。
去り際の後姿を思い出す。
それを見てリーダー格のヤツが言った。
「なんだよ相原。牧野にも見捨てられてんのかよ。ダセエー」
口応えする気にもなれなかった。
ショックだったから。
「牧野も牧野だよなー。黙ってどっか行けって言ったら、ホントに黙って行っちまうなんて。お前ら、友達とか言ってるけど、本当は友達じゃないんじゃねーの?」
2キロ過ぎで、先頭集団に追いついた。
その時にはその先頭集団も人数が減っていて、ぼくと牧野の他に柏木、日比谷、水泳部の石塚、剛塚、そして大山がいた。
「やーっと来たね」
その声を聞いてぼくは鳥肌が立った。
先頭集団の一番前を走っている、その人物。
「待ってたよ。役者が揃うのを。ま、名高は来ないみたいだし、たくみとバスケ部の人はずっと前に行っちゃったけどね」
長いセリフをあまり息切れを多くせずに言い切るその人物に、集団の誰もが息を飲んだ。
まさか、これほどとは・・・。
早いとはわかっていた。強いとはわかっていた。
でももう、ぼくや牧野の方が早いんじゃないかと思っていた。
しかし、そんな簡単に勝たせてはくれなそうだ。
この人にぼくらが負けると・・・男子は全滅という事になる・・・。
「未華・・・・・」
先頭集団を引っ張って走っていたのは、そう、大塚未華だった。
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2月も下旬になると体育の授業は持久走一色になった。
隣のクラスと合同の30分持久走では、いつも同じメンバーが先頭を争って走っていた。
ぼく、牧野、日比谷、水泳部の石塚、バスケ部の君島、そしてサッカー部の柏木だ。
だいたいは、ぼくと牧野が一位、二位を争っていて、三位が柏木という形が多い。
石塚と君島、それに日比谷も早いけど、柏木が一枚上手という感じだ。
「くっそ、早いな英太と牧野は!スッゲーよ二人。吹奏楽部のオレに勝てるなんて」
「いや、それなんか変だって」
牧野が日比谷にツッコム通りおかしな話だ。
でも吹奏楽部の日比谷はとんでもない体力だ。
でも、わからなくはない。
ぼくも元々は吹奏楽部だから少しはわかる。
体力使うんだよ。音楽ってのは。
日が進むにつれ、柏木が次第にぼくと牧野との差を縮めて来ていた。
サッカー部の練習中にも普段以上に走りまくってるらしく、その成長には注意するものがあった。
それは石塚も君島にも言える事で、牧野は「油断も隙もない」などと言っていた。
そんなある日、陸上部の練習で準備体操している時に、くるみがぼくに言った事が気になった。
「最近、男子って体育の授業で走りまくってるね。教室の窓からよく見てるよ」
「そうなの?だって授業中でしょ?窓から校庭とか眺めてていいの?」
そう言うと、くるみは苦笑いをしながら答える。
「スイマセン」
「なんかそれ、反省してる感じしないよ」
「だって、みんな一生懸命走ってるでしょ?なんか気になっちゃう感じで」
気になっちゃう・・・その言葉にだけ反応してしまうぼく。
「英太くんと牧野くんでいつもトップ争いしてるよね。白熱してて見てるとワクワクするよ」
「授業だってのに牧野も全力なんだよ。だからぼくも全力出すしかなくってさ。そうすると大変なんだよ」
「大変?」
「次の授業。疲れて寝ちゃうの」
「あー、それダメ人間だよー」
下らない会話。
そんな下らない会話がごく自然に出来るようになった。
走るのも楽しいけど、くるみと単に話してる時間もすごい楽しい。
「そういえばさあ、いっつも三位を走ってるサッカー部の人も早いよね」
「ああ、柏木かあ」
「ああ、あの人が柏木くんか。マイちゃんの元彼なんだよね。なんかその人ってだんだん早くなって来てる気がしない?」
さすがに見てるなあと、感心する。
「柏木のヤツ、ぼくと牧野に対抗心を燃やしてるらしくてさ。部活中もすごい一生懸命走ってるらしくって、なかなか強敵だよ」
「ああ、なんか一生懸命って感じだよね。英太くん達に迫る勢いだなんてスゴイよね」
「そう、油断も隙もないよ」
牧野のセリフを使いまわしてしまった。
「集合ー!!」
雪沢センパイの号令で、会話を切り上げて、練習へと入る。
でもこの時、何かが心に引っ掛かっていた。
今の会話のどこかで、何かの単語が。
そうして迎えた3月2日、校内マラソン大会。
もう三月だというのに気温は上がらくて、2月上旬並みの気温という事だった。
ぼくは牧野と日比谷と待ち合わせて、開催場所である立川の公園に来ていた。
公園の入口を入ると、信じられないくらいの広大な敷地が広がっていた。
「スッゲスッゲ!英太!めっちゃ広いぜ!!あ、あっちの芝生ゾーンすげー広い!!」
日比谷は興奮しまくりで、広大な芝生のエリアを飛び跳ねていた。
小学生かよ。とツッコミを入れたくなるくらいテンションが高い。
「でも、本当に広い公園だね牧野」
「ここは、実際にマラソン大会だとかトライアスロン大会とかもやる公園なんだよ。それも都内じゃけっこう有名な大会とかをさ」
「へえ、さすが詳しいな」
ぼくは牧野のそういうところを尊敬している。
陸上に関する知識は牧野から教えてもらう事が多い。
それに加えて牧野は、出場する大会だとかコースだとかをキチンとインターネットで調べて来ている。
最近では、コースのアップダウンを事前に調べて作戦を練ったりするようになったきた。
「今日はどんな作戦?」
ぼくが聞くと牧野をあかんべえをして答えた。
「教えてやんないよ」
「小学生かよ・・・」
ぼくはあかんべえする高校生を初めて見た。
スタート時間は10時ピッタリの予定だ。
みんなそれぞれに準備体操をする。
その後は、ちょっとジョックしたり、ストレッチしたり、仲間と談笑したりと色々だ。
走る目的も色々ある。
ぼくらの様に真剣に上位を狙う連中。
仲間と会話しながらのんびりと走る連中。
とりあえず出席日数に影響するから出てる連中。
こんな学校行事無くていいのにと思うくらい走るのが嫌いな連中。
その中で、唯一の考えを持っているのは名高だろう。
さっき遭遇した時に「調子どう?」と聞いたらおかしな返事が返ってきた。
「10位でゴールする」
「は?優勝じゃなくて?」
「優勝は英太か牧野で争えって。オレ、学校行事くらいで本気ではやらない。だってつまんねーだろ?オレが一人でブッチ切りで優勝してもよ」
なんだかカチンと来る。ぼくはそれを顔に出してしまったようだ。
「怒るなよ英太。別にお前らをバカにしてんじゃないって。英太と牧野がさ、本当に他の運動部より早いか、少し後ろで見てたいんだよ。たまには観る側にさせてくれ」
相変わらずなんだかよくわからない事を言うヤツだ。
とにかく名高は力を抜いて走るらしい。
「一生懸命さの足りないヤツだなあ」
ぼくはそう言ってから気づいた。
この単語だ・・・。
この間から引っ掛かっている単語は・・・。
そうして、校内マラソン大会が始まった。
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多摩境高校には週に二回、体育の時間がある。
つい先週まではハンドボールをやっていて、うちのクラスでは牧野と柏木が活躍を見せていた。
牧野は意外にも球技も出来るし水泳とかスノボーとかも出来るスポーツ万能派だ。
柏木は球技オンリーで、球とつくスポーツでは大活躍を見せるが、ボールの無いスポーツは全くダメだった。
ぼくはというと・・・、どのスポーツでも平均的な感じで目立ちもしない。
そんな体育の授業も今週からは校内マラソン大会に向けて、持久走になった。
「じゃあ今日は30分のジョックをするぞー」
ガタイのいい体育の先生がそう宣言すると、ジャージ姿のみんなから「えー?」という声が届いた。
「さ、30分も?!」
「たるいー」
校庭を30分もジョックするのはつまらないので、学校を出て小山内裏公園まで行って公園を一周して帰ってくるというコースだ。
「なんか陸部に入った時によくやったコースだな」
牧野がそう言う通り、これはぼくらが陸上部に入部した当初に散々やったコースに似ている。
体育の授業は2クラス合同でやる。
1クラスに男子は20名くらいなので、約40名という団体でジョックを開始する。
ジョックで30分なんて今さら疲れる事もない。
でもやっぱり文化部・帰宅部のヤツらには厳しそうだ。
10分もすると次々と脱落して歩いている。
マラソン大会・・・どうしようか。こんな中で本気で走ってもいいものか。
「あー、30分なんてカッタるいなー。いっそ猛ダッシュして公園一周して帰ってきちゃイカンのかねえ。キミどう思うよ相原くんー」
つまんなそうに伸びをしながら走るコイツは水泳部の石塚だ。
冬だってのに真っ黒に日焼けした細身の体でゆうゆうとジョックをこなしている。
「まあ体育の授業だし、のんびりでいいんじゃない?早くゴールしたいの?石塚は」
走りながら会話するぼくと石塚。全く息が切れていない。
「オレ、レースが好きなんだよね。水泳でもそうだよ。相原くんはどうよキミー」
「えー、そうだなー。ぼくは走ってればジョックでもレースでも楽しいけど」
「おー!それは陸上部の鏡ってヤツだよキミー」
石塚のお父さんは役所の中間管理職なんだとか。
さっきから使ってる「キミー」は、そのお父さんの勤務中での口癖だとかで、石塚は面白がってやたらとマネをするのだ。
20分走ると、やはり運動部だけしか先頭に残っていなかった。
ぼく、牧野、サッカー部の柏木、水泳部の石塚、バスケ部の君島だ。
いや、もう一人、文化部が残っていた。なんでコイツはこんなに持久力があるんだ?
「どーよ英太!オレもなかなかスゲエだろ。マジでスゴクね?スッゲスッゲ!」
吹奏楽部の日比谷だ。コイツは小学生の時から体力がクラストップだった。
その騒がしい日比谷にバスケ部の君島が頭をはたいた。
「うるせーぞ日比谷!チビをナメンな!」
よくわからないツッコミだ。セリフの通り、君島はバスケ部なのに背が高くない。
高くないけどスピード戦術を得意としていて、点数こそ決めないものの鋭いパスワークと体力でチームで活躍してるらしい。
尊敬する人は「リョータ」と言っていた。バスケ漫画の中の人物だ。
水泳部の石塚も、バスケ部の君島も隣のクラスのヤツだ。
今まであまり話した事もなかったけど、体育が持久走になり、よく先頭で一緒に走る事になったので、いつの間にか仲良くなってきたって訳だ。
30分のジョック後、ぼくは二人にこう聞いてみた。
「マラソン大会って本気でやるの?」
すると石塚も君島も同じ様な事を言うのだ。
「そりゃマジでやるよ。油断すんなよキミー、オレの目標は相原に勝つ事だよキミー」
「オレってバスケ部一年の中じゃスタミナに自信があんだよねー。打倒相原だよ」
他にも野球部やバレー部、はたまた写真部のヤツにまで挑戦状を叩きつけられた。
「おまえ、陸上部にしちゃ遅そうとかってナメられてんじゃねーの?」
その日、部活の帰り際に名高にそう言われた。
「え?」
練習が終わって、部室でジャージから制服に着替えている時の事だ。
シャワーを浴びた体をタオルで拭きながら名高がそう言ったのだ。
「え?ナメられてるって?ぼくが?」
「ああ。だってオレは挑戦なんかされてないぜ」
「いや、それは・・・名高は別格だもん」
そう言うと名高はぼくを睨むようにして言った。
「英太。お前絶対に他の部のヤツに惨敗なんかすんなよ。ギリで負けるくらいならいいけど、相手になりませんでした・・・なんてのは困るぜ」
「な、なんだよ。どういう事?」
「お前さ、今の陸上部一年の実力ナンバー2なんだよ?わかる?」
「はあ?」
「まあ牧野とは互角かもしれないけどさ。他の部のヤツはこう思ってる訳よ。名高には勝てなくても相原なら勝てるかもしれない・・・ってさ。勝てたら陸上部だとしてもナンバー2だ」
「ま、まさかあ?そんな単純なヤツいるわけないって」
名高は制服を着終わり、カバンからMP3プレイヤーを取り出しながら話す。
「運動部なんて単純明快なヤツばっかだって」
そして耳にイヤホンを付けて「じゃあな、また明日」と言って部室を出て行った。
ぼくは制服に着替えて、部室の窓から見える校庭を眺める。
もう午後7時で暗いのに、水銀灯を点けてテニス部が練習をしていた。
どこの部も一生懸命だ。
視線を校舎に向けると、音楽室にも明かりが灯っているのが見えた。
吹奏楽部か、合唱部か。
廊下を写真部のヤツが歩いているのも見えた。
こんな遅い時間まで活動してんだな、と感心する。
「何たそがれてんだよ」
気づくと部室には剛塚がいて、カバンにタオルとかを乱暴に詰め込んでいた。
「あ、いや、どこの部も一生懸命だなーと思ってさ」
「は?当たり前だろバカ。みんな必死でやってるに決まってるだろがよ」
「そんなもんかな」
「何寝ぼけた事言ってんだよ英太。好きな事には必死になるって。そういうの、オレ達だけだと思ってんじゃねーぞ。ナメてんじゃねーぞバカが」
剛塚は乱暴な言葉を使っているけど、言っている事は正しい。
校内マラソン大会に対して、ぼくは少しナメていたのかもしれない。
どうせ得意分野だし、他のヤツに負けはしないでしょ、と思っていた。
でも、実際はそうでもないかもしれない。
みんな毎日毎日こんな遅い時間まで練習してる連中だ。
柏木も、石塚も、君島も、それぞれの部で体力自慢な連中だ。
「本気でやんなきゃ勝てないな・・・」
そうつぶやくと剛塚は呆れた顔をして言った。
「マラソン大会か?今頃本気かよ。遅いって。俺はとっくに本気だ。クラス1番を狙ってる」
そしてぼくを指差して言った。
「油断してんと俺に追いつかれるぞ。富士山の時みてーに」
そう言い残して帰って行った。
そうだ。何か油断していた。
ここのところ、くるみの事ばっか考えていて、どうにも集中していなかった。
マラソン大会に強敵なんていくらでもいる。
サッカー部の柏木、水泳部の石塚、バスケ部の君島、吹奏楽部の日比谷。
それに名高、牧野、剛塚、大山。あと女子ナンバー1の未華。
もしかしたら、たくみあたりも意外と健闘してくるかもしれない。
考えを改めよう。
これは陸上部だけではなく、持久走の学年順位を決める重要な戦いなんだと。
走るからには・・・全力だ。
それが礼儀ってものだ。
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2月14日。
ぼくの嫌いな日だ。
そう、バレンテインデー。
いや、男子って意外とこの日が苦手なヤツが多いと思うんだよね。
モテるヤツだとか彼女がいるヤツだとかはいいんだろうけどさ。
ぼくみたいにモテる訳でもない男子は劣等感を覚える日でもある。
毎年毎年、気になる人がいて、ワクワクドキドキしながら一日を過ごし、結局そのコからもらえるのはクラスみんなに配る義理チョコだったりする。
それで、義理チョコをもらうと時、「義理だからね」なんて念を押されたりなんかして、「なあんだ」とガッカリしつつも「でもちょっと嬉しい」なんて考えたりする。
なのに何日かして、その人が別の男子に本命チョコをあげたという話だけ手に入って、ガックリとするってのがオチだ。
もしくは大量の義理チョコをもらって、3月14日にお返ししまくるハメになるか。
なんていうグチをお昼休みに教室の自分の席で永延と考えていたら、サッカー部の柏木直人に話しかけられた。
「どしたよ相原、うかない顔して」
柏木は黒色のお洒落な紙袋を持っていた。
「柏木!もしかしてそれ!」
「あ、若井にもらっちゃった。本命チョコかも。なんか手紙が入ってるし」
「わ、若井!?」
血の気が引いた。
「そう若井加奈子。サッカー部のマネージャー」
「あ?ワカイカナコ? な、なんだあ・・・」
くるみじゃないのか。焦った・・・。ていうか柏木とくるみに繋がりは無いもんな。
ん?ていうか本命チョコ?
「え?手紙が入ってるの?」
「ああ。後で読むよ。ちょっと緊張するね」
いいなあ。柏木みたいなイケメンは。
おまけに柏木はサッカー部でも実力派だ。顔だけじゃない。
「なあ相原。マイ・・・いや、早川の様子はどうだった?」
「え?早川?元気だったよ」
柏木はため息をついた。
「そうじゃなくてよ。新しい彼氏が出来たかどうかだよ」
「え?ああ、いないんじゃないかな。元彼の柏木くんの話題ばっかしてたよ」
「え?オレの?!」
大声で言ってしまい、恥ずかしくなったのか柏木は小声で問いかける。
「な、なんて言ってた?て、てゆーかオレって相原に早川と付き合ってた話したっけ」
珍しく慌てる柏木が面白かった。
「サッカーバカだって言ってた」
「はあ?」
またも大声になる柏木。そしてまたも小声に戻る。
「またなんか言ってたら教えてくれ」
そう言って立ち去ろうとした時、未華とくるみが教室に入って来た。
「おー!英太くん!いたいた!」
二人はそれぞれチョコをくれた。
「義理だから勘違いすんなよ」と言う未華。
「義理だよ」と言うくるみ。
そんなに言われなくてもわかってますよ・・・。
二人は牧野にもチョコを渡して教室から出て行った。
大喜びする牧野の声が教室に響いた。恥ずかしいっての。
この日の全ての授業が終わり、担任の宇都宮先生がホームルームをする。
「えー、3月3日のお雛様の日、校内マラソン大会だけど、コースを発表します」
宇都宮先生は黒板にプリントを張った。
「場所は立川の昭和記念公園な。広大な公園の中を一周する8.2キロだ」
8.2キロとは中途半端な数字だ。
「出るのは一年生・二年生全員だ。午前中が一年生、午後が二年生が走る」
へえ。学年別なんだね。
「優勝から10位までは表彰状と記念品が出るからな。頑張れ。それとクラス対抗にもなってて、クラスごとのポイントも集計する。1位のクラスには何か出るらしいぞ」
「何かってなんだよー」「てきとー」というヤジが飛ぶ。
「ああ、それと男子も女子も一緒に走るからな。気合入れろよ」
宇都宮先生はそう言うが、何の気合いだかわかんないし、先生の言葉自体に気合が無い。
でも最後の情報は少し気になるところだ。
男女一緒に走るという事は未華とも真剣勝負になる可能性がある。
現時点でぼくと牧野と未華は実力が拮抗している。
いいかげん未華には勝ちたい。
ホームルーム後、柏木がまたぼくの席にやってきた。
「相原、マラソン大会って本気でやんの?」
「うん、まあね。顧問の五月先生に本気でやれって言われてるし」
「そっか。良かった」
「え?何が?」
柏木はぼくを指さしながら答える。
「オレも本気で相原と牧野に勝つつもりだからだよ」
ちょっとカッコよかった。
でもぼくも負けてられないから目を逸らさずに言った。
「負けないよ」
「いいねえ相原。これは絶対本気だね。オレ、サッカー部では一番持久力あるからね。絶対に追い詰めてやるからなー」
セリフとは裏腹に笑いながら言う柏木。
しかし急に真顔になる。
「ところで相原。さっき義理チョコくれた二人って誰?」
「え?ああ、陸上部のコだよ。大塚未華と若井くるみ」
「へえ、そうなんだ。どっちがどっち? 色白なコは?」
未華は色黒だから、どっちかというと色白なコというのはくるみの事か?
「んー。若井くるみかな」
「へえ、若井さんていうんだ。かわいいよね」
「ああ、わりとねー」
もしかしてぼくがくるみの事を好きなのを見抜かれた?
そう思ったが、柏木は「まあいいや、んじゃ部活あるから」と言って教室を出て行った。
そこへ牧野がやってきて不安な事を言う。
「おいおい英太。柏木のヤツ・・・くるみの事、気に入ってんじゃねーのか?」
「え?!」
まさか??
いや、待てよ。確かラクラクーの観覧車でも早川がその事を忠告してた様な・・・。
不安感を煽ったバレンタインデーは終わり、あっという間に校内マラソン大会は近づいた。
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この冷たい空気の中、さらに空気を切り裂くような一言だった。
それはもちろん、ぼくにとっては・・・という事なのだけど。
「好きな人と最後に来た場所」
この桜ケ丘公園は、くるみにとってはそういう場所らしい。
ぼくは思わず聞いてしまった。
「す、好きな人って・・・」
こんな事を女性に聞くのはどうなのかとは思う。
けど、聞いてしまった。ぼくの気が動転しているからってのもある。
「あ、意味わからなかったよね。英太くんにこんな話した事なかったし・・・」
くるみは相変わらず遠くに見える夜景を見たまま話した。
「わたし、中学の時に好きだった人がいてね。わりと上手くいっちゃって、よく二人で出掛けるようにまではなったんだ」
頭がくらくらしてきた。
なんでだろ、不安で仕方なくなってきた。
この話の続きは聞きたいんだけど、聞くのがすごい怖い。
「何度か出かけてさ。その人とこの桜ケ丘公園に来たんだ。わたし、丘が好きだから」
ぼくは自動販売機の方を見た。
牧野たちはまだ戻ってくる様子は無い。
「でもさあ、ここでさあ、いざ告白したらさあ・・・」
くるみはそう言ったまま静かになってしまった。
少しの間、静寂が流れる。
ここでぼくは本音を言った。
「いいよ、くるみ。辛い話なら・・・無理してぼくなんかに言わなくても。さっきの涙の訳なんて気にしないからさ」
また静寂が流れる。
今のセリフは良くなかっただろうか。
そう思っていたら、くるみはぼくの方を見て笑顔で言った。
「フラれちゃってんだよね!ここで!」
「え・・・」
「何回も二人で遊んでおいてそれは無いよねえ。今みたく寒い日の夜にここまで来てだよ?わたし、ここで泣いちゃったよ、思いっきり! 泣き終わったら、もういなかったの、その人。バカにしてるよね、絶対!」
急におっきめな声で一気に話すくるみに、ぼくは少したじろいだ。
でもくるみは少し涙ぐんでポツリと付け加えた。
「一緒にここで星とか夜景とか見る約束してたのになあ」
くるみは空を見上げた。
ぼくもつられて見上げたけど、雲が出ているのか星は全く見えなかった。
「あーあ、今日も見えないや。その時も泣いてて何も見えなかったんだよね。約束破られちゃったままだよ」
「そんなの・・・」
「ん?」
「そんなの昔の約束だよ。辛いけど・・・忘れちゃいなよ」
「そう・・・。そうだね。そんな昔の約束なんかに拘ってちゃダメだよね。全部忘れちゃおっかな」
「全部はダメだよ」
「え?」
ぼくは少し考えてから言った。
「なんていうか・・・。思い出は忘れちゃダメだよ。・・・な気がする。きっと、今まであった出来事ってのは忘れちゃいけないような気がする。昔の約束なんて忘れちゃえって言ったばっかだけど・・・」
「そっかあ。思い出は忘れないで、取っておくモノかあ」
再び夜景に目をやるくるみ。
「そうかもね。思い出を忘れようとするのは自分を忘れようとしてるようなものだもんね」
「よし」と言ってくるみはベンチから立ち上がる。
「なんだか少しスッキリした。誰にも言えなかった出来事を言っちゃって少し楽になった気がする。ありがと英太くん」
「え?未華とかにも言ってないの?」
「んー、なんとなくは言ってたけど、この場所だとは言ってなかったかな」
そうだよな。知ってたら今日ここに来てないもんな。
「英太くんってなんか話やすいなあ。今日こんな事を言うとは思ってもみなかったしね」
「話しやすい?そう?喜んでいいのかなあ」
「うん。だって前にも雪沢センパイと五月先生の密会現場を盗み見にしにいく時も、英太くんが一番相談しやすかったもん。相談できるってのはいい事だよ」
そんな事もあった。
そしてあの時以来だ。くるみと二人きりでこんなに話しているのは。
「そういえばあの時、英太くんとしたお茶しに行く約束したよね。まだどこにも行ってないね」
出ました!!くるみからこの言葉が!!待ってました!!
「あ、いいよいいよ、昔の約束だし」
とか言ってしまうぼく。何やってんだろ・・・。でも過去の恋愛話聞いた後だと弱気にもなるよ。
「え?いいの?そっかあ」
ベンチに座り直すくるみ。
ややあってから、つぶやくように言った。
「じゃあ約束し直そうか」
「え?」
「新しい約束しようよ。今度はちゃんと守るからさ」
「新しい約束・・・か」
後ろの方で牧野達の騒ぎ声が近付いてくるのがわかった。
ここは迷ってるヒマは無い。なんか新しい約束をしなくっちゃいけない。
「じゃあ今度、映画でも観にいこ!」
ちょっと飛躍しすぎただろうか。単なる「お茶」だったのが「映画」に変えたのは・・・。
でもくるみは迷いなく答えてくれた。
「うん。じゃあ映画観て、帰りにお茶しよう」
牧野と未華と早川が戻ってきた。
未華がイキナリ冷やかす。
「二人で何話してたのー?」
「んー秘密」
ぼくは少しニヤけながらそう答えた。
「あー、なんかヤラシイ笑みだね」
「やらしくない!」
ぼくの大声での否定を聴かずに未華は空を見上げた。
「あー、やっぱ星出ないかあ。残念だなー」
みんな空を見る。
すると牧野が「あれ?!」と叫んだ。
「あれ何?やたら早い星が見えるよ!」
牧野が指さす先には白く光るモノがフラフラと動いていた。
「流れ星!!」
未華が嬉しそうにそう叫ぶが、それにしちゃ長いこと動いてる。
そして白く光るモノが他にもたくさん現れた。
「あ・・・」
「雪だ・・・」
それは舞い散る粉雪だった。
粉雪が外灯に照らされて、光ってるように見えたのだ。
たくさんの粉雪がひらひらとぼくらに周りの降り出した。
「あー見て」
早川に言われて街の夜景の方を見ると、夜景に照らされながら落ちていくたくさんの粉雪が見えた。
「わあ・・・綺麗」
街の光と空からの粉雪。
この淡い景色をぼくらはしばらく眺めていた。
見ている間、なんだか嫌な事も全部忘れられていた気がした。
くるみの悲しい出来事も忘れさせてくれればいいのに。
そう思うけど、切ない思い出はそう簡単には消えないのは知っている。
でも昔にこだわっちゃいけないんだ。
くるみの切ない思い出も遠く霞むような楽しい思い出を一緒に作っていけたらいいな。
今までは単に「仲良くなりたい」という感じだったぼくが、そう思った最初の日になった。
そうして陸上部の三連休は終わった。
これからぼくらは4月の春季大会へと動き出す。
でもその前に・・・3月の校内マラソン大会に必死になる事になる。
ぼくらの専門分野とはいえ・・・・・・他の運動部をナメちゃいけない。
空の下で 冬の部「昔の約束」編 END → NEXT 冬の部「校内対決」編
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桜ケ丘公園・・・。
新宿から西に向かって電車で30分ほど戻ったところに聖蹟桜ケ丘という街がある。
多摩境高校からもそれほど遠くない街だ。
国民的アニメ映画の監督が、この街を舞台にした映画を作ったことでも知られている。
中学生の恋愛がテーマだったせいか、付近の中学生や高校生が聖蹟桜ケ丘でデートする事は少なくない。
そんな街のハズレに桜ケ丘公園はある。
大きな敷地の西側は芝生の斜面になっていて、その頂上から見る夜景が綺麗だと聞いたことがある。
未華が行きたいのはそこらしい。
聖蹟桜ケ丘駅に降りると、未華は地図を探した。
「うーん、どっちに向って歩いたらいいんだろ」
ぼくはこの街は初めてだ。牧野の方を見るが牧野も首を振っていた。
早川も「駅には来たことあるんだけど、公園はわかんないや。雑誌では見たけど」と、困った顔をしていた。
「こっちだよ」
意外にも公園の場所がわかるのはくるみだった。
なんだか早足で歩きだす。
「あれ?くるみって桜ケ丘公園行った事あるの?わー助かる」
未華は嬉しそうな声を出したが、くるみを笑顔で答えるだけで、すぐに早足で進む。
「あ、早いってば、待って待って」
未華がすぐに追いかけ、ぼくらも後に続いた。
なんだかくるみの様子が少しおかしい様な・・・。
駅から離れると、ぼくらは静かな住宅街の中を進んだ。
街道とかも近くにないらしく、まだ午後7時だというのに物音がほとんどしない。
時折、どこかの家の子供が騒いでるのが少し聞こえるだけだ。
ついさっきまで新宿の喧騒の中にいたのが嘘のようだ。
「さみい」
牧野がつぶやく通り、なんだかすごく寒くなってきた。
東京都とはいえ二月の夜はやはり冷える。歩くのを止めたら一気に体が冷えてしまいそうだ。
「こういう寒い日ってのは星がよく見えるんだよな」
牧野がやたらとロマンチックそうな事を言いながら空を見上げたが、曇っているのか星は見えない。
「チ、桜ケ丘公園に着いたら、お!星がキレイだなって言おうとしたのによ」
「ナニソレ牧野。ちょっとカッコつけようとしてない?」
「いいだろ英太。一日中グループデートみたいに行動してるんだからさ。少しはこんなセリフ言ったっておかしくないって」
「そうかなあ。早川さんはどう思う?今の」
隣を歩く早川に話題を振ってみた。
「・・・柏木がそんな事言ったことあるよ」
「え?!柏木くんが?」
「マジで?! 柏木のヤツ、くせー!!」
「いや牧野、それ言おうとしてたじゃん」
「え?つーか早川って柏木と付き合ってんの?」
牧野がそこに食いつく。
早川は「んー、去年ね」と当然の様に答える。堂々としていて男らしい。・・・失礼か。
住宅街を抜けると、桜が丘公園に到着した。
公園入り口からは木で出来た階段を登る。
この階段がかなりキツイ傾斜で、さっきの「ぐるり東京名所JET」を思い出す。
「キツイ!まるで部活だ!」
牧野がさして嫌がってもない表情で文句を言うと、未華が答える。
「なによ牧野!今日も部活だよ!」
「なんの練習だよ」
「階段登りなんて足腰が強くなりそうじゃない。それで到着した先には夜景が待ってるんだから一石二鳥ってヤツだよ。あ、一石二鳥っていいね。いい言葉だよ」
なんか説明してる間に「一石二鳥」が気に言ったらしく、しきりと一石二鳥と繰り返す。
それにしても・・・と、階段を登りながら思った事を口にした。
「前にもこんな事あったよね」
「ん?どんな事?」
未華は前を向いて歩いたまま答えた。
「どんなって・・・いやさ、みんなで夕方だか夜だかに丘に登った事」
「ああ、あったね。秋の新人戦の帰りだっけ」
「そうかな、多分。未華って丘が好きだね」
「違うよ。今日はあたしが来たいって言ったけど、丘が好きなのはくるみだよ。新人戦の帰りに行った丘も、くるみのオススメスポットだったんだ。学校が休みの日は、よく丘にある公園とかで読書とかしてるらしいよ」
「へえ、くるみが?知らなかった」
だから、今日のこの桜ケ丘公園も知っているのかもしれない。
だいぶ登ると、ついに目的である芝生の斜面にたどり着いた。
斜面にはいくつか木製のベンチがあり、その近くにはオレンジ色の丸い外灯が三か所ほど設置されていて、暗い公園内であるにもかかわらず、ここだけは優しいオレンジの光に染められていた。
そのベンチにくるみ・未華・早川が座り、ぼくと牧野はその後ろに立った。
そこからは、さっき通った聖蹟桜ケ丘の街が一望でき、遠くには多摩川や、その向こうには中央高速の綺麗に整列された外灯が並んでるのが見えた。
未華がつぶやく。
「綺麗だね」
「乙女かよ」
「乙女だよ」
こんな雰囲気のいい公園でも牧野と未華のやりとりは少しだけくだらない。
でもなんか微笑ましい。
いつか・・・いつかこの二人にはくっついてもらいたい。
きっと楽しいカップルになるに違いない。
「いい場所じゃん」
早川は夜景を見ながら唐突につぶやいた。
「でしょー?」
未華が嬉しそうに言う。まるで自分がここを作ったかのような勢いだ。
「だね。いいとこだよ。きっと私の元彼もこういう所に来たかったんだろうな」
「え?柏木くん?」
未華は当然の様に聞く。くるみにも驚きの色はうかがえない。
早川と柏木が付き合ってたのを女性陣は知っていたようだ。
「あいつさあ、妙にロマンチックでさあ。夜景だとかイルミネーションとかが好きなんだよ。でも私、あんまりそういうのに興味が無くってさ。こういう場所に一緒に行った事なかったんだけど・・・。来てみると意外といいもんだね」
なんと答えていいかわからず、みんな静かになってしまった。
「あ、ごめん。別にしんみりした話じゃなくってさ。私からフッたんだし、柏木。別れたくて別れたんだから、今の話とか気にしないで」
慌てて早川がフォローする。
「すげえよな早川。学年でも人気トップクラスの柏木をふっちゃうなんて。いや、スゲエ」
牧野が訳のわからないコメントをする。しかもちょっと日比谷っぽい。
「なんだよそれ?私、褒められてるの?」
「オレにもよくわからん」
みんなが笑う。危うくしんみりしそうなところだったけど、なんだかまた楽しい雰囲気に戻った。
しばらく五人でクラスの話題や授業の話題をしていた。
「うー、しかし寒いな」
「だね。あ、あっちに自販あるじゃん!なんかあったかいの買いにいこうよ」
未華の指さす先には、だいぶ遠くに自動販売機が見えた。
「ホントだ。行こう行こう」
ぼくらは自動販売機に向かおうとしたが、くるみだけは座ったままだった。
「あれ?どうしたの?くるみ」
未華が心配そうに尋ねると「あ、あたしいいや。ここで待ってる」と弱い声で答える。
ぼくら四人はお互いの顔を見合わせる。
実はさっきからくるみはほとんど会話していない。
ずっと夜景を眺めてるだけだ。
「まあいいか。じゃあちょっと待ってて、なんか買ってくるよ」
未華は自動販売機に向かう。早川と牧野も向かい出したので、ぼくは未華たちに言った。
「あ、くるみ一人だけにすると、夜の公園だし危ないから・・・ぼくもここにいるよ」
「わかったー。よろしくー」
未華はちょっとニヤついてから再び歩き出した。
ぼくはくるみの隣に座った。
いつもなら「二人きりになれた!」なんてウキウキするところだけど、実はそうじゃなくて、本当に「夜の公園で一人にしたら危ないよ」と思っただけだ。
「寒いね」
話しかけると、くるみはうなずいた。
「英太くんはいいの?自販行かなくて」
「うん、別にいいや。寒いけど、なんとかなるよ。ぼく、寒いのは得意なんだ」
「へえ、変な特技だね」
ちょっと笑うくるみ。でもすぐに視線は夜景に戻る。
その様子を見て、ぼくは疑問をぶつけてみる。
「あのさ・・。この公園って何か思い出でもあるの・・・かな」
言われてくるみは少し驚いた表情でぼくを見た。
「いや、なんかさ。ここに来てからずっと静かにしてたから・・・聞いちゃまずかったかな」
再び夜景に視線を戻す。
オレンジ色の外灯で照らされるくるみの顔は、とても綺麗だった。
くるみは夜景の方を向きながら、目を手でぬぐった。
「え?」
動揺する。今、涙をぬぐった??
「あ、ご、ごめん。なんでもないよ」
笑ってぼくの方を見るくるみの目は、ほんの少し赤かった。
「くるみ、な、なんかぼく悪い事言った? ごめん、ほんと」
ぼくがあんまり慌てた声を出したので、くるみは首を思いきり横に振った。
勢いがありすぎて髪が揺れる。
「ち、違うって。英太くんがどうとかってじゃなくって。ごめん、ここに来てから、どうも涙がちょっと出そうになっちゃって」
「それって・・・」
「あ、訳わからないよね。ここね・・・その・・・・好きな人と最後に来たところなんだ」
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