空の下で-冬(1) 粉雪の中で
息を切らしながら見知らぬ大きな道路の中央を走る。
白くなって口から出ていった息は、この四車線の道路の空中で消えていく。
ここは普段、自動車が行きかっていて、今のぼくのように真ん中を人が走るなんて事は
ありえないんだろう。
その、ありえない状況が楽しく感じる。
もちろん、ぼく一人が特別に道路の中央を走ることを許されているわけじゃあない。
この道路は「高尾みどり駅伝大会」のために自動車が入れないようになっているのだ。
だから試合中の今は前にも後ろにもランナーがいる。
それでも何だか特別な扱いを受けているかのようで楽しい。
左右に広がっている景色が次々と後ろに流れ消えていく。
左に見える商店街。右に見える畑や田んぼ。
「ああ、気持ちいい」
試合中だというのに、そうつぶやいてしまいたくなる程、気分は爽快だ。
ふと、白い粉がぼくの目の前の空中に現れた。
顔に当りそうだったので、思わず目を閉じる。
すると冷たい感触が頬に伝わった。
「なんだ?」
目を明けて、走りながら右手で頬をさわると、かすかに濡れていた。
「雪?」
前をよく見ると、景色が一変していた。
さっきまでは何も降っていなかったのに、小さな白い粉がたくさん舞っていた。
粉雪。
ぼくは粉雪にまみれながら、前へ前へと走った。
吐く息がより一層白くなって出ていく。
こんな寒い中を走るのは初めてだ。
さすが2月。東京都でもこんなに寒くなるんだ。
それでも楽しく感じた。
左右の景色の他に、粉雪が次々とぼくの前に現れては視界の後へと消えていく。
車で雪の中を走るのとは、また全然違う感覚。
こんな景色を見れるなんて、やっぱりぼくは走る事を始めてよかった。
最初の頃はそう思わなかったけど、今は確実にそう思える。
去年の春、雪沢先輩に陸上部に誘われて良かった。
そして今、粉雪の中で目指すのは最終ランナーとしてこの先で待っている雪沢先輩だ。
空の下で ~2nd season~
冬の部
去年は色んな「初めての景色」を見てきた。
陸上部に入ってから、大会にも出たし、富士山も走って登ったし、ケンカ騒ぎもしたし。
一度は活動停止になりそうになった陸上部だったけど、東京高校駅伝で見事に
50位に入るという好成績を残し、それからもみんなで走ってきた。
あの東京高校駅伝から3ヶ月。
ぼく、相原英太にとっては、それ以来の試合となる、この「高尾みどり駅伝」は
足首のケガをした雪沢先輩の復帰戦でもある。
「相原、今日は寒いみたいだから、念入りに体をあっためとけよ」
試合前に雪沢先輩はぼくにそうアドバイスをしてくれた。
自分もケガのせいで久し振りの試合だっていうのに、雪沢先輩は後輩のぼくを
気遣ってくれる。
やさしい先輩だな、と思う。
その雪沢先輩は、この「高尾みどり駅伝」では7区のアンカーを務める。
ぼくは今、6区を走っている途中で、あと少しで7区への中継ポイントだ。
色んな雪沢先輩を見てきた。
雪沢先輩はトラブルで足首をケガして東京高校駅伝に出場できなかった。
きっと誰よりも出場したかったはずなのに。
雪沢先輩の、落胆も、悔しそうな顔も、ぼくらを応援する顔も、
50位になって喜んでハイタッチする姿も、もう過去の景色だ。
今、ぼくが見るべきなのは、任された6区をきちんと走り切り、
アンカーである雪沢先輩にタスキを繋ぐ場面だ。
ぼくはその場面を見るべく、粉雪の中を力いっぱい走る。
少しずつ道路が黒から灰色に変わってきたころ、雪沢先輩の姿が見えた。
「相原ぁ!ファイトだー!」
雪沢先輩の掛け声が聞こえる。
ぼくは走りながら、肩からかけていたタスキをはずし、右手に持つ。
そして、くだらない事を考えた。
「雪の日の雪沢先輩って早そうだな」
おおっと、いかんいかん、集中集中!ここでダジャレ風だと、まるで牧野だ。
粉雪の舞う中、タスキはちゃんと雪沢先輩に渡せた。
今、改めて、雪沢先輩とぼくは「同じチーム」なんだと実感した。
先輩後輩というよりも、同じチームの仲間という感覚。
なんとも言いようのない、胸に迫る熱いものを感じた。
それが何なのかはぼく自身にもよくわからない。
これで雪沢先輩も完全に復活し、ぼくら多摩境高校の長距離チームは
新たなる道へと進める気がした。
今年は、去年みたいなケンカトラブルとかがなく過ごしていけるといいな。
そんなぼくのささやかな願いは、もう一つある。
同じ長距離メンバーの、若井くるみと仲良くなりたいという願い。
ぼくは去年の秋に気づいた。すごく遅かったけど。
ぼくは若井くるみが好きだ。
好きだと心で認めてからは、好きで好きでしょうがなくなった。
クリスマスは何もなかったけど、来週のバレンタインなんか期待してる始末だ。
クリスマスなんて家でテレビゲームなんかして、かなり切なかった。
でも、まだ二人で出掛けるようなチャンスすらない。
まあ、勇気出して「お茶」くらい誘えばいいんだけど、その勇気が出ない。
だから今年は時間をかけてでもいいから、くるみと仲良くなっていきたい。
そう願っていた。
でも、その願いを叶える事を遠ざける人間が二人も登場する事になろうとは・・・。
そしてその事で、まさかぼく自身があんな事になろうとは・・・。
この時のぼくには知る由もなかった。
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