2-2.空の下で-桜

2009年3月23日 (月)

空の下で-桜(1) 遠くまで「前編」

空の下で 2nd season - 2

桜の部 

 

いつになく神妙な面持ちで教室を振り返る。

 

この教室では色んな事があった。

憧れてやってきた高校生活。

中学の時とは違って、少し大人に近づけるような気がした高校一年生。

でも、始まってみれば勉強こそ難しくなったものの、中学とそんなに変わらない大騒ぎの連発。

下らない会話、しょうもないギャグ、真剣な恋愛相談。

それでも、何気ない一言や気遣いが、一歩だけ大人に近づいた気がした。

 

そんな一年間をこの教室で過ごしてきたけど、ついに今日終わった。

「それじゃあ二年生の教室でまた会おう」

担任の宇都宮先生が一人だけ感慨深そうにそう言って、一年生最後のホームルームは終わり、このクラスは解散となった。

ぼくら多摩境高校では、一年生はどのクラスも教科全般を同じように習うのだけど、二年生からは文系と理系に分かれる。

だから、二年生からはクラスのメンバーが大幅に変わるのだ。

ちなみに、ぼくは理系を選んでいる。

何故かと言うと去年の暮れ頃から、ある物に興味を持ったからだ。

それはお店だ。

ナニソレ?って感じだと思うだろうけど、詳しい事はまた今度言うとして、とにかく理系を選んだのだ。

そうして今、一年間お世話になった教室を出ていくところな訳だ。

教室から廊下に出るとき、ちょっと振り返ってみる。

見慣れた部屋に、見なれた窓からの景色。

でも見なれた手荷物とかはもう無い。

ちょっと切なく感じつつもぼくは再び前を向いた。

新しい季節はもうすぐそこまで来ている。振り向いても一つ前の季節は見えないんだから。

 

 

牧野と日比谷と一緒に校舎を出る。

少し暖かくて強めの風が校庭の方から吹いてきた。

「スッゲ、風!」

ここ何日か風の強い日が続いている。

春というのは風に運ばれてやってくるのだろうか。

「あ、英太、日比谷。見ろよ」

牧野は校門のところにある大きな木を指差した。

その木には、桜のつぼみがあった。

「もうすぐ咲きそうだ」

ぼくがそう言うと、牧野がまたも乙女みたいな事を言う。

「ここでオレ達がしばらく待ってたら咲いてくれるかもよ」

「怪談話かよ」

「ちげーよ日比谷!お前にはロマンというのは無いのか、ロマンというのは!」

「ロマンってお前・・・何かやらしいぞ」

「やらしくない」

 

 

桜の木がある校門を抜けると、穴川先輩が一人で突っ立っていた。

「あ、穴川先輩。なにしてんですか」

ぼくが笑顔でそう聞くと、穴川先輩はため息をついて答えた。

「雪沢を待ってるんだよ。明日の集合場所と時間、まだ決めてないだろ」

「ああ、そうでしたね」

ぼくと穴川先輩の会話を聞いて、日比谷が不思議そうな顔をする。

「なに?明日どっか行くのか陸上部」

「ああ、そうなんだよ。高尾山に行くんだ」

「高尾山?」

 

 

つい先週の事だ。五月先生が春休み初日の練習は高尾山を登ると言い出したんだ。

未華が「わー!ハイキングですねー!」と言えば大山は「おにぎり作らなくちゃ」と言って大喜びしたんだけど、五月先生は「いや、走って登る」と言うのだ。

高尾山というのは東京の西の方にある山で、一年を通してハイキング客で溢れるすごい有名な山なのだ。

歩いて二時間くらいで登りきれる山を走って登るという訳なので、去年やった富士山登りに比べれば全然大した事はない。

そう思っていたら、五月先生はよくわからない事を言うのだ。

「高尾山を登って、そのまま遠くまで行く」

「遠くまで?ど、どこまでですか?」

「高尾山、影信山、と二つの山を登り、山の麓にある相模湖を目指す」

「山を二つも?!」

「本当は陣馬山ていう三つ目の山も登りたいんだが・・・まだ実力不足だからな」

充分だよ・・・。

 

 

「・・・という訳なんだよ」

日比谷に説明すると「うわあ、走る日多いな、陸上部って」と、当たり前の感想を述べた。

「じゃあ相原と牧野さ。オレは雪沢と集合時間を相談して、後でメールするよ」

穴川先輩はそう言うので、ぼくらは帰ることにした。

 

 

家に着き、明日の準備のためにシューズをチェックする。

なにしろ山越えをするわけだ。それも二つも。

五月先生の話によれば、今回のコースは舗装された道ではないらしい。

本当に登山道を走るので、普段と違うダメージが足に出る可能性もあるらしいので、ツメとかはちゃんと切ってくるようにと言われた。

それと途中で木の根とかにつまづいたりして足を痛めた時のためにコールドスプレーも各自で持参だ。

本当に山の中なので、自販とかも無いから飲み物とかタオル、着替えもリュックに入れ、背負ったまま走るということになるらしい。

今回は男子メンバーのみの参加だ。

未華はかなり参加したそうで、五月先生に交渉していたが「もしお前がコケて捻挫でもしたら、オレが背負って山から下山させるしかない。でも、それだとセクハラになる」という訳のわからん説得をしていた。

仕方なく未華はゴールである相模湖で待ってるという。

「おいしいスポーツドリンク用意しとくからね!」

未華がそう申し出るので、くるみと早川もゴール地点で待ってることにした。

スタートが東京のハジの高尾。ゴールが神奈川のスミの相模湖という山岳コース。

ぼくはちょっと楽しみになってきていた。

 

寝るちょっと前、くるみからメールが来た。

着信BOXに『若井くるみ』と表示されただけで心臓が跳ね上がる。

『明日の集合時間』というタイトルを見て若干テンションが下がったものの、メールをするってだけでも嬉しいもんだよ。

『高尾山口駅に10時集合だって。穴川先輩からメール来たよ。伝えておいてって書いてあったからメールするね。明日は辛そうだけど頑張ってね。相模湖で待ってるよ!』

読んでテンション上がり過ぎなぼくは返信で『うん!頑張るね!』などという女子っぽい返信をしてしまい、ちょっと自分の男らしさ不足にへこみながら寝た。

 

 

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2009年3月26日 (木)

空の下で-桜(2) 遠くまで「中編」

東京都の真ん中にはJR中央線というオレンジ色の電車が東西に走っている。

東京・新宿といった日本の中心エリアから、中野・吉祥寺といった少し緑も残りつつも全国的に有名なエリアをさらに西に進み、終点まで行くと高尾という駅がある。

この高尾駅から私鉄に乗り換え、ひと駅だけ行くと今日の集合場所である高尾山口駅に着く。

この私鉄も新宿駅から直通しているが、とても新宿から乗り換え無しで来る駅とは思えないほど、山と緑に囲まれた駅だ。

この高尾の周辺は蕎麦が有名で、都心からわざわざ食べに来る人もいるくらいだ。

そして何よりも有名なのが、今日ぼくらが走って登る高尾山なわけだ。

 

 

高尾山は元々、関東では有名な山であったし、周辺の幼稚園や小学校の遠足で必ずと言ってもいいほど登る山でもある。

ぼくも小学3年生の時に遠足で頂上まで登ったけど、小学生の体力ではかなりキツかったのを覚えている。

でも頂上で食べる母親お手製のお弁当がすっごく美味しかった。

その高尾山は去年、世界的に有名な、とあるガイドブックに載った。

レストランの格付けをするそのガイドブックに、山としては日本で唯一の三ツ星となった。

富士山ではなく、高尾山が。

それがぼくには少し不思議に感じたんだけど・・・。

 

 

その高尾山の入口となる高尾山口駅の改札を出ると、老若男女のハイカー達に混じって長距離メンバーと五月先生が集合していた。

「遅いぞー相原ー」

五月先生の大声が土産物の多い駅前に響く。

ぼくは集合時間っていつもギリギリに到着するクセがあるので、いつも大声で呼ばれる。

「すいません!急行乗ったつもりが各駅停車で・・・」

「オマヌケ英太くん!」

牧野がおちゃらけてそう言うと、雪沢先輩が牧野をはたいた。

「騒ぐな牧野。準備体操するぞ」

 

 

ぼくらは改札から少し離れた大型駐車場で準備体操を念入りに行った。

何しろ舗装もされてない山道を走るのだから。

「集合ー」

雪沢先輩がそう言い、五月先生の元に全員が集まった。

「では今日は高尾山ハイキングだ」

ハイキングだなんてとんでもない。走って登るんだもの。

「高尾山・影信山を通り、神奈川県の相模湖へと走るコースだ。長いしアップダウンはハンパじゃないしで、足腰が相当鍛えられる。それに登り坂での腕ふりも重要になる。その辺を気をつけながら走ろう」

そう言う五月先生も今日はジャージとリュックのみだ。不思議に思い聞いてみる。

「今日って先生は車で追ってくるんじゃないんですか」

「一般の車が入れる道は無い。だから今日は俺・・・先生も走る」

「えー?先生も?」

「ああ、今日のために先生も鍛えてきた」

そう言って五月先生はシャドーボクシングを見せた。

「関係あんすか?それ」

「左を制する者は高尾を制す」

先生は不敵な笑みを見せたが場は白けた。

「と、とにかく!」

先生は眼前にそびえる高尾山を見上げた。

「コースは長い。全員に地図を渡しておく。遭難などしないように!それと途中休憩を二回はさむ。高尾山の頂上と、影信山の頂上で休憩を取る。全員集まったら再びスタートという感じで行くからな」

先生は高尾山ハイキングコースなる地図を全員に配った。

「かなり遠くまで行く事になるからな。走るのもそうだが、知らない場所を楽しんで行け」

楽しむ?この難コースを?そりゃ少し無理かもしれない。

「んじゃ行くぞー。地図をリュックにしまえー」

 

 

全員がひと固まりになって走りだす。

いつもなら前にグイグイと進む雪沢先輩と名高も慎重な走りだ。

まずは舗装された道を進む。両脇にはお土産物屋さんが並び、お店のオジチャンが「頑張れーい!」などと声をかけてくれたり、外国人観光客が「OH!ムシャシュギョウ!」と言って驚いたりする。

牧野は何故だか観光客に手を振ったりしてるが、すぐにやめた。

何故ならすぐに道が舗装されてない細い山道に変わったからだ。

 

 

道の右側は崖で、10メートルほど下に小川が流れていて、浅いけど透明でキレイな水が流れているのが見えるんだけど、落下防止用の柵とかは何も無いので少し怖い。

おまけに足元は、木の根が這っていて走りづらいし、登り傾斜がキツくなったり、平坦になったり、地面が湿っていて滑りやすい場所があったりと大変なコースだ。

「足元、気をつけろよ。油断すると捻挫するぞ」

五月先生がそう叫ぶ。言われなくてもみんな足元に意識を集中している。

かと思えば「腕振り忘れるな!!登りは腕振りがパワーに変わる!!」と怒鳴り声も飛ぶ。

「OH!サムライスピリット!!」

またよくわからない掛け声が飛んだ。

 

 

「はあ・・・はあ・・・」

登りはツライ。あっという間に息が切れてきた。

前を見ると、雪沢先輩と名高と牧野と剛塚が頑張って登っている。

ぼくは五月先生と大山と穴川先輩との四人で固まって走る。

しかし、厳しい登り道ではほとんどのメンバーは歩いたり走ったりを繰り返した。

さすがに今回はぼくも歩いた。

「はあ・・はあ!持・・・ってか・・・レだ・・・」

持久走っていうか筋トレだ。と言ったつもりなのだが、声も出ない。

「ふれ!!ふれ!!」

五月先生がよくわからん応援をしてくれるかと思ったら、腕をはたかれた。

腕を振れ、と言ってるらしい。が、先生もヘトヘトだ。

「くおおおーー!!」

大声を出して腕を振ってみる。すると足が前へと進むが、すぐに腕も疲れてくる。

「はあ!はあ!!」

大声を出したせいで喉も痛い。腕も疲れる、足も上がらない。体力自体も残り少ない。

それでも歩いては走るの繰り返し。大山はついに歩きのみになりつつあったが、歩みを止める事は無かった。

 

 

左へ右へと道は曲がり、道はなんと川と合流した。

小川の水が登り道の上の方から流れてくる。そこに大きめの平らな石がたくさん置いてあり、小川の中を石から石へとジャンプして進んでいく。飛び石ってヤツか?

「ぐおお!!」

穴川先輩が飛び石を飛びまくって先へと進む。ホントに武者修行みたくなってきた。

「OH!ニンポウ!!」

また変な掛け声だ。聞く体力も無くなってきた。

 

 

小川の飛び石を終えると、緩やかな登り坂になった。

ここで少しでも体力を回復しておきたいところだ。

しかし、すぐに木で作られた階段が始まった。

「マジかよ」

穴川先輩は階段の先を見上げて辛そうな顔をした。

階段は一段一段が高い上に、階段自体がどこまで続いてるのかわからないほど上まで続いているのが見えた。

上の方には牧野や雪沢先輩や名高や剛塚がゆっくりと進んでいるの見えた。

「うわあ・・・」

心が折れそうになる。でも登る。腕を振り、足を上げて。

 

 

階段を登りきった時は思わずガッツポーズを先生に向けてしたみたが、「前、前」と言われて愕然とした。

すぐ前には舗装こそされているものの、登り坂が見えていた。

その坂は歩いて登った。

五月先生が「走らんかい!」と息切れしながら言ったが、歩くのが精一杯だった。

 

 

そしてついに高尾山の頂上に着き、景色など見る余裕など無く倒れこんだ。

「はいー、ここでコースの3分の1だー」

五月先生が言ったその言葉には耳を貸さない事にした。

 

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2009年3月30日 (月)

空の下で-桜(3) 遠くまで「後編」

崖の淵にある木製の柵に掴まりながら立ち上がる。

すさまじい疲労。立ち上がる時、足を踏ん張ろうと意識しないと立てなかった。

高尾山を走って登ることに想像以上のダメージを負ったらしい。

「ふう・・・、なんとか登りきったなあ・・・」

まだ少し息切れをしながらつぶやく。

いつのまにか後ろを走っていた(歩いていた?)大山も頂上に到着していたらしく、膝に手をついて肩で息を切らしている。

「こ・・・これはひどく辛いね・・・」

大山は疲れ果てた顔をしているが、ぼくも他のメンバーも似たような表情だ。

雪沢先輩と名高でさえキツそうだ。

全員の息切れが治った頃、五月先生が「よし、続き行くぞー」と言い、再び走り出した。

 

 

高尾山の頂上を出て、尾根つたいに影信山を目指す。

すでに高さを稼いだので、今度のコースは長い登りというのは少ない。

それでも舗装されていない山道は、急激に登ったり下ったり、細くなったり広くなったりを繰り返すので、体力が奪われていく。

登りでは前傾姿勢になり、腕を思いきり振った。

下りではスピードが出過ぎると止まれなくなるので、足でブレーキをしながら走る。

 

 

尾根にも観光客がハイキングを楽しんでいて、デジカメで花や木を撮っている。

どうやらこの尾根は桜の名所らしく、まだ二分咲きってところの桜の木がたくさんある。

もうすぐ桜の季節だな・・・。

そんな事を考えていると、ぼくは一人で走っていることに気がついた。

いつのまにか先頭から遅れている。

でも後ろにも何人かが走っている。

油断すると一気に遅れるということだ。

はるか前を走る名高の姿を追いながら、ひたすらに影信山を目指す。

 

 

影信山に到着すると、雪沢先輩と名高と牧野が倒れこんでいた。

唯一、剛塚だけは大きな木にもたれかかってはいるものの、立って待っていた。

剛塚は筋力がすごい。このアップダウンのコースでは力を存分に発揮しているのかもしれない。

最後の大山が到着するまでには時間がありそうなので、ぼくらはリュックからスポーツドリンクを取り出して飲んだ。

沁み入る・・・。

水分の一滴一滴が体に力を与え、全身に巡って行く感覚がする。

水分ってこんなに大事だったのか・・・。

 

 

しばらくすると大山と付き添うように五月先生がやってきた。

「はあ・・・はあ・・、10分休憩ー」

先生も余計な発言は無く、休憩時間を伝えただけで座り込んだ。

ぼくはタオルで顔についた汗を拭きつつ空を見上げる。

ちょっと前までは冬の低い空だったのが、いつのまにか太陽の光が強くなった春の空に変わっていた。

もう、一年が経つ。

この陸上部に入部して、もうすぐ一年が経とうとしているんだ。

ずいぶんと遠くまで来たもんだ。

あの頃のぼくには想像出来ていただろうか。自分がいくつもの山を越え、走っている姿を。それを気持ちいいなと思っている姿を。

入部がスタート地点だとしたら、ずいぶん遠くまで来たもんだよ。

でもまだまだ先があるみたいだ。

今だってもう、雪沢先輩と名高はコースの先を睨んでいる。

このコースのはるか先には未華たちが待っている。

陸上部というこの道のはるか遠くには、ぼくにとって何が待っているんだろう・・・。

「オイ英太。そろそろ行く時間だぞ」

考え事をしていると牧野の呼ばれ、すぐにまた走りだした。

 

 

最後は影信山から麓の相模湖まで一気に下る山道だ。

木々に囲まれた細い下り坂を永延と走る。

常にスピードを殺しながら走らなくてはいけないので、筋力があまりないぼくは足に負担が一気にたまった。

雪沢先輩・名高・剛塚が先を行き、牧野と穴川先輩も続いて行った。

ぼくは大山と五月先生と一緒にビリ集団として走る。

「はあ!!はあ!!」

大山は相当にキツそうだ。いつ倒れてもおかしくない表情をしている。

それでもぼくから遅れることもなく走っている。

ぼくはといえば、もう足に力は入らなくて筋力の無さを痛感していた。

大山を突き放す体力すら無い。

「くっそ!!」

牧野も穴川先輩も姿が見えないくらい前に消えてしまった。

こういうアップダウンのコースでは、ぼくは牧野に敵わないらしい。

悔しさがこみ上げる。

「くっそ!!くっそ!!」

「汚いぞ相原・・・。はあ・・・はあ・・・。悔しいなら、息絶えるまで走って追いかけてみろ」

五月先生は物騒な事を言う。

でももう無理だ。

足も手も力が入らない。下りの惰性だけで走り続けているようなものだ。

「くそ・・・なんでだ!なんでだ!!」

思わず叫んでいた。

悔しい。この悔しさには理由がある。

まだ体力が少しあるからだ。

体力があるのに手足の筋力は限界で、前に進めないのだ。

無理してスピードを上げようとしたら、足に力が入らず、ドターっと転んでしまった。

「うわ!!」

「おい!大丈夫か相原!!」

五月先生が心配して転んだぼくに叫んだ。

「だ、大丈夫です・・。すいません、無理しました」

「英太くん、怪我ない?」

大山も心配そうに見ている。

「大丈夫だって。こんな遠くまで来てリタイヤなんてしないって」

フラフラと立ち上がり、また走りだす。

「でも、何が足りないのかわかった気がするよ」

悔しい気持ちは内に隠して、苦笑いを浮かべて言ってみた。

それに対する五月先生は一言だけつぶやいた。

「なら、やれ」

 

 

ついに広大な湖が見えた。

相模湖だ。もう神奈川県にまで来たんだ。

湖畔にある、ゴール地点の駐車場で未華とくるみと早川が手を振っているのが見えた。

ぼくと大山と五月先生以外のメンバーはもう駐車場で座りながら何かを飲んでいる様子なのが見えた。

ぼくと大山は顔を見合わせた。

「いこう、英太くん」

「当たり前だよ」

二人で駐車場めがけて、最後の力を振り絞って走る。

ビリ争いだ。でももう勝ち負けじゃない。

やりきれるか、やりきれないか。

ぼくも大山も、やりきったのだ。

 

 

ゴールして未華からスポーツドリンクをもらい、クールダウンの体操をしていた時の事だ。

屈伸をしたら、立ち上がれなくなった。

「うぐ・・・」

頑張ってみたが、そのまま横にコケてしまった。

「いて」

「ちょ、平気?!」

未華とくるみが駆け寄ってくる。

「い、いや・・・あれ?屈伸も出来ない・・・」

すると五月先生がぼくの足をマッサージするかの様に触って確かめる。

「痛いか?」

「いや、痛くは無いんですけど・・・」

「ふん」

五月先生はニヤリとした。

「全部出し尽くしただけだよ。本当のスッカラカンになるまでな」

「え・・・」

「ただし、明日は物凄い筋肉痛だろうな。ちゃんとケアしろよ」

五月先生はなんだか嬉しそうだった。

「全部出し尽くすって意外と大変なんだぞ。意識のどこかでセーブするヤツが多いからな。来週の春季記録会も今みたく全部出しつくせよ」

全部・・・か。ぼくは立てなくなったのに、なんだか満足した。

全部出し尽くす。

この経験はこの先のぼくにきっと良い影響を残す気がした。

 

 

空の下で 桜の部「遠くまで」 END  →  NEXT 桜の部「春の嵐」

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2009年4月 2日 (木)

空の下で-桜(4) 春の嵐「前編」

その日、東京は凄まじい強風が吹き荒れていた。

影響で電車が遅れてるのが朝からニュースで流れていたので、どうやって学校に練習に行こうかと思っていたら、五月先生が家に電話をしてきて「今日は午後からにするからゆっくり来い」と告げた。

てっきり今日は部活を休みにする電話かと思っていたので、ちょっとガックリしたものの、こないだの高尾山以来、走る事がさらに楽しく感じていたぼくとしてはちょっぴり嬉しくもあった。

 

 

「先生、何の電話だったの?」

電話には母親が出て、それでぼくに代わったので、少し気になる様子で母親が聞いてくる。

「ん、なんか電車が強風で遅れてるから今日の部活は午後からにするって」

今は春休み。授業が無いので部活は午前中にやっていたのだけど、電車が遅れてるんじゃ午後になっても仕方ない。

本当は夕方にやってる刑事ドラマの再放送が見たかったんだけど、ビデオに録っておけばいい話だ。

「こんな風が強い日にもやるの?気をつけてよね」

「うん。でも午前中はのんびりするや」

「そう?じゃあお昼ゴハンも家で食べるのね。焼きそばでいい?」

「いいよ。あ、お肉多めがいいな」

「はいはい」

 

 

ぼくの家の最寄駅は「堀之内」という駅で、学校のある「多摩境」まではわずか二駅だ。

それでも強風の影響からか、二駅を電車が走るのに二十分近くもかかった。

今日の練習は午後一時集合と言われていたけど、早めに家を出て正解だった。

結局、部室に着いたのは午後一時の十分前だったんだけど、部室には雪沢先輩と剛塚しか来てなかった。

「おはようございます! あれ?他のみんなは?」

「さあ」

剛塚は無愛想な返事をしながら制服からジャージに着替えている。

「なんか電車が止まっちゃったらしいよ。だから多分、今日の練習は三人だけかな」

「え?」

ぼくは早めに家を出たから電車が動いていたんだろう。

あの後に電車が止まってしまったという事か。

「部活の後、帰れますかね・・・」

「夕方には少しは風は弱まるって話だよ」

雪沢先輩はさして心配でもなさそうに言う。

「それに電車が止まったままなら五月先生が車で送ってくれるよ」

「あ、ホントですかそれ。安心したー」

 

 

「うわ!!すげー風だな!!」

校庭のスミで準備体操をしていると、風と一緒に砂ほこりが校庭を駆け抜けてきた。

顔や腕にビシバシと細かい砂が叩きつける。

「いてててて!」

その砂がけっこう痛い。それに目を開けるのも大変なくらいホコリが舞ってる。

「こりゃ、けっこう厳しいな・・・。走れる状況じゃないかもな」

雪沢先輩もしかめっ面でそうつぶやく。

そこへ五月先生がホコリの中を歩いてやってきた。

「おー!三人だけかー!!」

多分、そう叫んだんだろうけど、強い風が近くの電線を揺らして気味の悪い音を鳴らしていて、五月先生の声はよく聞こえなかった。

「これはちょっと外での練習は無理だなあ・・・」

つぶやく五月先生に雪沢先輩は提案をする。

「じゃあ校舎の廊下で走りますか」

「うーん。今日は筋トレにしようかな」

「わかりました」

そうしてぼくらは体育館脇にあるトレーニングルームへ向かった。

筋トレか・・・。ぼくが陸上部の練習で一番苦手なメニューだ。

 

 

トレーニングルームにはウエイトトレーニング用のマシンが何種類か設置してあって、ラクビー部やハンドボール部が頻繁に使用している。

ぼくら陸上部もたまに使うが、使うのは大抵は短距離チームのメンバーが多い。

今日もトレーニングルームには屈強な男子生徒が何人かいた。

どうやらラクビー部が使用している様だ。

五月先生がラクビー部の顧問の先生に話して、一緒に使わせてくれと頼んでくれた。

 

 

こういう練習では剛塚が圧倒的に強い。

すごい数のウエイトを器材にセッテイングして「ふっ!!」と言いながら持ち上げる。

「すごいな、剛塚は」

雪沢先輩はやたら関心しているし、ラクビー部の連中も「おおー!」とか歓声をあげている。

「ほらほら、雪沢も相原もちゃんとやれ」

五月先生に言われ、かなり軽めのウエイト設定で頑張るが、ぼくはなかなかのひ弱だと認めざるを得ない結果だ。

雪沢先輩はそれなりに重い設定でトレーニングしている。わりと細身な雪沢先輩があんなに持ち上げられるなんて、さすがだなあとか感心しているとラクビー部のゴッツイ男が話しかけてきた。

「おう、ちょっと聞きたい事があんだけどいいか?」

ものすごく体格のいい生徒だ。腕も足も首まで太い。もし体育の授業でラクビーがあったとして、この男にタックルされたら粉砕骨折は間違いないんじゃないか。

「な、なんですか?」

「お前ら陸上部んとこの顧問、あいつ何者なんだ?」

「え?五月先生です・・か?」

相手は何年生なんだかわからないが敬語を使ってしまった。それほど威圧感がある。

「そうだよ五月先生だよ。あの先生ってなんか格闘技でもやってたのか?」

「え?いや、わかんないです・・・何でですか?」

「・・・こないだ授業中に寝てたらよ。起こされて廊下に引きづり出されたんだよ、五月先生に」

男は苦い顔をしながら言った。

「ムカついたから、五月先生の胸ぐらを掴んだらよ・・・。掴んだ腕を捻られて、気がついたら廊下に投げ飛ばされてたんだよ・・・。あっという間によ。何者なんだよアイツ」

言われて五月先生を見る。

「さ、さあ・・・なんか昔はヤンチャしてたとか言ってたけど・・・」

まあ去年は不良生徒数人(剛塚を含む)を一人で撃退したという話だし、只者では無いんだとは思うんだけど・・・。

 

 

苦手なトレーニングルームでの練習を終えると、まだ午後三時半だと言うのに空が真っ黒になっていた。

すごい早さで雲が通り過ぎていく。まるで雲自体が意思を持っていて、先を急いでいるかの様だ。

「じゃあ、今日の練習はここまでだ。気を付けて帰れよ」

五月先生の言葉で、練習は散会となった。

 

 

部室で練習着から制服に着替える間も、部室の窓は強風で揺れていた。

強風のたびに、ひゅおーっという不気味な高音が部室の鳴り響く。何だか嫌な感じだ。

「電車、一応動いてるらしいぞ。早く帰ろう」

言いながら雪沢先輩も急いで着替えている。

 

 

ぼくと雪沢先輩と剛塚は着替えて、部室を出た。

校庭の横を歩いて校門へと向かう。

その間も砂ほこりが校庭から飛んでくる。

分厚い黒い雲も、早さを緩める感じは無い。ただ雨が降らないのだけが救いだ。

「嫌な天気だなー!春の嵐ってのは」

雪沢先輩の言う通りだ。嫌な天気だ。何故だか不気味な感じの嵐なんだ。

校門の両脇には桜の木があるんだけど、少しだけ咲き始めている桜が必死に枝にしがみ付いている感じだ。

咲く前に散ってしまうんじゃないかと思えてしまう。

「ん?」

ふと、その桜の木の下に他校の制服を着た男がいるのが目に止まった。

嫌な予感。その予感はすぐに確信へと変わった。

何故なら、その男の顔には見憶えがあったからだ。

それは、ぼくだけじゃなく、雪沢先輩や剛塚にも見覚えがある顔であった。

「安西・・・」

去年の秋、ぼくら陸上部に乱闘騒ぎをふっかけてきた男の顔がそこにあった。

 

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2009年4月 6日 (月)

空の下で-桜(5) 春の嵐「後編」

校門の両脇に立つ桜の木の下、砂ほこりの舞う中に彼はいた。

少し荒く染まった赤い髪と彫りの深い顔と鋭い目。

間違いない。この男・・・、安西だ。

 

 

今でも思い出すと怒りと悔しさがこみ上げてくる。

去年の秋の事だ。駅伝のエース区間を誰が走るのか決めるために、雪沢先輩と名高のエース争いを上柚木競技場でやって、その帰り道だ。

この男、安西とその仲間二人が剛塚を狙って陸上部を襲って来たのだ。

安西と剛塚は中学時代に一緒に悪さをした仲間だったという。

でも五月先生に出会い、剛塚は悪さをやめ、多摩境高校陸上部に入部した。

それを裏切りと見た安西が襲って来たという訳だ。

あの時は五月先生の登場により、安西はあきらめたかの様に見えた。

でも、今また、ぼくらの前に姿を現した・・・。

 

 

「よお、久しぶりじゃねーか剛塚。あと・・雪沢だっけか。それとお前は上柚木の時にいたな」

相変わらず強気な語気でニヤニヤしながら話す安西。ぼくの事まで覚えているらしい。

「何の用だ」

剛塚も強気な言い方だ。

「用ってほどの事じゃねーけどよ。ちょっくら話があってよ。ちょっとツラ貸せよ」

「おう。いいだろう」

剛塚が一歩前に出ようとしたところを雪沢先輩が止めた。

「行くな剛塚。またろくでもない事になる」

そうだよ。前回の乱闘騒ぎでは陸上部の活動停止にまで話が及んだくらいだ。

しかし安西はおかしな事を言ったのだ。

「平気だ。話をするだけだ。それに、どうせならお前ら二人も来いよ」

「は?」

「校門で他校の制服着た俺がいるのは怪しまれるだろうが。ちょっとそこの大通りまで移動しようって言ってるんだよ。裏道とかに行こうって言ってる訳じゃないんだから、いいだろ?」

 

 

ぼくと剛塚と雪沢先輩は、安西の言う通り、近くの大通りに移動した。

ここは多摩境高校と駅をつなぐ道だ。

とはいえ、この強風なのでそれほど人は歩いてはいない。が、車はよく通っているので、安西が殴りかかってきたとしても、すぐに誰かを呼ぶ事は出来るだろう。

「で、何の話だよ。わざわざうちの高校まで来るなんてよ」

剛塚は語気を弱めるつもりは無いらしい。いつでも戦闘態勢という感じだ。

「また乱闘でも起こすつもりなら、オレは部を辞める事になろうとも阻止するぜ」

そう言う剛塚の目は本気だ。

頼もしいけど、乱闘はやめてくれ。

「そういうんじゃねーよ剛塚。テメエら陸上部にお別れの挨拶をしに来たんだよ」

「はあ?」

剛塚とぼくは思わずマヌケな声を出してしまった。

お別れの挨拶?お別れ?意味がわからないし、お別れ言うほどの仲でもない。

いや、剛塚にしてみれば中学からの仲だから四年の知り合いか。

「意味がわかんねーぞ、安西」

「辞めたんだ。高校」

「あ?」

意味のわからない展開に剛塚も訝しげな表情になっている。ぼくと雪沢先輩は尚更だ。

「よくわかるように説明してくれよ」

「剛塚、おまえ・・・去年の駅伝、オレが観に行ってたの気づいたか?」

「な、なに・・?」

剛塚は少し考える様な素振りを見せたが、すぐに「やっぱりあれはお前だったか」と言った。

ぼくも雪沢先輩も、駅伝の後に剛塚から聞いていた。

駅伝4区。剛塚の区間で、安西がレースを見ていた様な気がした・・・と。

「お前、なんで駅伝を観に・・・?」

剛塚がぼくら全員の疑問を聞いてくれた。

すると安西は視線を逸らして言った。

「お前、殴りかかるオレにこう言ったの覚えてるか?『お前も、そのエネルギー、他の事に使えよ』ってよ」

ぼくは覚えていた。

 

 

乱闘騒ぎを終えて、安西が帰ろうとした時の事だ。

あの時、去ろうとした安西に剛塚は言葉をかけた。

「お前も・・・。そのエネルギー、他の事に使えよ」

安西はキョトンとした顔をした。

「安西、お前だって何かやればスゲエのかもしんねーぜ」

「なんだよソレ・・・じゃあお前は陸上やってスゴクなったのかよ」

剛塚は黙ってしまった。

だからかわりにぼくが言った。

「スゴクなりつつあるよ。ね、剛塚」

すると剛塚ニヤっと笑いながら言ったんだ。

「当り前だ」

 

 

・・・そんな事があった。

「だからよ。オレはお前が本当に凄くなりつつあるのか確かめに駅伝を観に行ったんだよ。全然凄くなかったら、もう一回襲いかかってやろうと思ってたんだ」

「安西、テメエ・・・」

「でも剛塚。お前・・・ムカツク事に凄かったぜ。観ているこっちにまで気迫が伝わるって言う感じがしてよ・・・。それを見たら、なんだか自分のやってる事がみっともなくなってよ」

安西は視線を逸らしたまま話し続ける。

「だからオレもなんか全力でやってみようかと思ってよ。高校辞めた」

ちょっとよくわからない。

「辞めてどうすんだ」

「オレのジジイがよ。田舎でぶどう園をやってるんだよ。ジジイはオレの事を小さい頃からかわいがってくれてるからよ。そっちを手伝ってみようかと思ってよ」

「農業・・・か」

雪沢先輩はつぶやく様に言った。

「それで、世話になったお前ら陸上部にお別れの挨拶って言うかよ。それに忠告もしたくてな」

「忠告?」

何だか嫌な感じが残る。

「オレの高校にも陸上部があるんだけどよ。駅伝では40位だったっていうからお前らより少し上のランクなんだけどよ。いつか争う事もあるかと思ってよ」

「で、何の忠告だよ」

「レース中、反則行為をする。妨害行為とかな。争う事があれば気をつけろよ」

「妨害行為・・・?」

「詳しくは知らないけどな。それだけ言いたくてよ。そんだけだ」

ぼくも少し聞いてみる。

「あ、その・・・安西くんのいた高校の名前は?」

「落川学園高校」

「お・・・」

有名な不良高校だ・・・。なるほど・・・。

「じゃ、忠告はしたからな」

安西はそう言って駅の方へと歩いて行った。

その後ろ姿に向かって剛塚は声をかけた。

「ぶどう園・・・頑張れよ」

安西は一瞬だけ立ち止まり、右手を少し上に挙げて返事をして、強風の中を再び歩いて行った。

 

 

この時のぼくは、少しずつ少しずつ運命が重なって来てる事に気づいていなかった。

いや、気付けるハズもない。なにしろ、ぼくとは全く関係の無い場所での事だもの。

それより気になっていたのは、落川学園高校の話だった。

 

 

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2009年4月 9日 (木)

空の下で-桜(6) 開花「前編」

いつもより早く目が覚めた。

春眠、暁を覚えず・・・なんて言葉がぼくにも当てはまるんだけど、今日は別だ。

今日は久し振りの試合の日だからだ。

ちょっとワクワクして目が覚めてしまったんだ。

 

 

朝ゴハンを食べ、ジャージとウィンドブレーカーを着こみ、玄関で靴に足を入れる。

すると、聴きなれない声が後ろからぼくを呼んだ。

「おう、なんだ今日も部活か」

振り返ると、お父さんがいた。

「あれ?帰って来てたの?名古屋は?」

「異動になったんだ。今日は休みで帰って来ただけだけどな」

前にも言ったかもしれないけど、ぼくのお父さんは果実酒メーカーに勤めている。

ここ数年は名古屋で勤務していて単身赴任中だったから、年に数回しか会う事はなかった。

去年は夏合宿から帰ってきたら家に父親がいてビックリした記憶がある。

あとは帰ってくるとしたら正月くらいなものだ。(結婚記念日にも帰って来てるらしい)

「異動?東京に帰って来たの?」

「いや、山梨だ。フルーツ王国だからな、山梨は。果実酒作りの拠点があるんだ」

「へえ。少しだけ近くなったね」

山梨と言えば、去年の夏合宿で行った山中湖とかがそうだ。

「で、英太は部活か?」

お父さんはぼくが着てるウインドブレーカーをマジマジと見つめながら言った。

「うん、部活。今日は記録会なんだ」

「という事は試合か。そうかそうか、ぬかるなよ」

「うん」

ぬかるなよ?よくわからないが頑張ろうと思った。

 

 

今日の試合はすぐ隣の駅である南大沢にある上柚木競技場で行われる。

いつもの競技場・・・と言えるくらい、よく来る競技場だ。

初めて陸上の試合を見たのも、初めて試合に出たのも、この競技場だ。

ついでに言うなら名高と雪沢先輩のエース争いをしたのもここだし、その帰りには安西達に襲撃を受けた事もあった。

 

 

南大沢駅から競技場までの大通りを一人で歩く。

すると、道沿いの桜がかなり開花している事に気づいた。

まだ満開というわけではないけれど、いつの間にか本格的に春になっていたらしい。

そりゃそうだ。今日はもう四月五日。もうすぐで新入生達も入ってくる時期だ。

「なにボケーと歩いてるのよ」

イキナリ声をかけられて「おわ!」と言いながら声を方を見ると、早川舞がいた。

試合に向かう道だってのに制服姿だ。スカートがやけに短いから視線が行きそうになったが堪えた。

何もなかった様に歩きながら早川に話しかける。

「お、おはよ早川」

「どもってるね。どうかした?今日は試合なんだからもっと気合入れた返事しなよ」

早川に言われたくはない。

早川は制服姿なのはまだいいが、今日もバッチリメイクだし、携帯いじりながら歩いてるし、バッグの中からファッション雑誌がハミ出てるしで、とても陸上の試合に出る人とは思えない格好だ。

それなのにおかしな事を言うのだ。

「アンタ、今日は気合ちゃんと入ってるの?自己ベスト出すくらいの気持ちはあるんでしょうね」

「あ、当たり前だよ。早川こそどうなんだよ」

ちょっとムキになって答えると、早川は髪の毛をいじりながら言った。

「あたしはいいの。記録なんか目指してないし。ただ陸上部を続けられればいいの」

「はあ?」

「それより相原。ちゃんと自己ベスト出して、くるみにカッコいいとこ見せなよ」

「ば・・・名前出すなよ!」

くるみの名前を出されて慌てて辺りを見回す。

幸いにも辺りにうちの学校の生徒はいなかった。

「ちゃんとしないと、柏木に取られちゃうかもよ」

「か、柏木か・・・」

今は春休みなので柏木とはほとんど接点が無いのだが、授業が始まればまた柏木とくるみの遭遇する機会も出てくるだろう。

柏木は明らかにくるみと仲良くなろうとしてる感じがある・・・。

それを考えると少し不安になった。

カッコ良くてスポーツ万能の柏木直人。ぼくに勝てる要素はあるだろうかと・・・。 

 

 

上柚木競技場に着くと、競技場の周りにも桜が咲いていた。

そんな華やかな景色の中、各校の部員たちが熱心にウォーミングップをしている。

競技場の周りは大きめの公園となっており、公園内ランニングコースも併設されているので、そのコースを色んな色のジャージが走っている。

水色のジャージを着たぼくら多摩境高校のメンバーは、競技場の芝生席にブルーシートを置いて陣地を確保すると、五月先生と志田先生がそれぞれ激を飛ばした。

最後に新部長の雪沢先輩が気合いの言葉を放つ。

「よし!じゃあ新生・多摩境陸上部!気合入れていくぞ!!」

「おう!!!」

みんなの声が周りの響いた。

 

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2009年4月13日 (月)

空の下で-桜(7) 開花「中編」

春季記録会。

その名の通り、春に行われる記録会だ。

ぼくら多摩境高校が所属しているエリアでは、秋季と春季の二つの記録会がある。

これは勝ったら上の大会に進むという訳ではなく、ただ純粋に記録を測る大会である。

昨日、四月四日に短距離の種目がメインで行われ、今日は長距離や投擲などが行われる。

今月の下旬には高校総体(インターハイ)の地区予選が控えているため、そのための実力試しの大会でもあり、冬の間に特訓してきた成果を確認する大会でもある。

ただ、学校によっては実力者をこの記録会に出させない方針のところもある。

あくまでも高校総体に向けてコンディションを整えるためだ。

でも、ぼくらはそういうレベルにいる高校じゃあない。

この春季記録会へも全力で取り組むんだ。

・・・と、長々と興奮気味で一気に言っていたのは牧野だ。

 

 

今回ぼくら長距離チームが出るのは5000メートルだ。

出場者は長距離全員。つまりは、ぼく・牧野・名高・大山・剛塚・雪沢先輩・穴川先輩だ。

「本当はオレも出たいんだけどな」

五月先生が不敵な笑みでそう言うが、この人はもしかしたら天然ボケなのかもしれない。

ちなみに昨日、短距離では二本松ゆりえ先輩が、中距離ではたくみが好走を見せていた。

 

 

5000メートルは全部で3組行われる。

1組目には牧野と大山が、2組目には雪沢先輩と剛塚が、3組目に名高とぼくと穴川先輩が登録されていた。

試合時間が近くなり、メンバーは各々、ウォーミングアップを始める。

去年はこのアップの方法もわからなくて悩んだものだけれど、最近はぼくにもやり方がわかってきた。

人それぞれやり方は違うけど、試合直前に体があったまっていて、疲労が無い状態を作らなくてはいけない。

ぼくはゆっくりとしたペースで、公園内をジョックする事にした。

 

 

公園内では色々な学校の選手が走っていたり談笑していたり、先生に説教されていたりする。

それを横眼に見ながらゆっくりと走る。

芝生でウォークマンを聴きながらストレッチしている名高が見えた。

今日は名高と同じ組で走る。その名高がさっき言っていた。

「この記録会。松梨付属は出ないんだってよ。チャンスじゃね?」

マツナシ付属というのはこの地区の強豪私立高校だ。松梨大学付属高等学校。

去年の東京高校駅伝では5位という好成績を見せていた。

これといったスター選手がいるわけでは無いんだけど、選手一人一人が早い。

「松梨付属のヤツらがいないうちのオレが上位入賞しちゃおうかな」

名高はすごい事をサラリと言うヤツだ。

強豪高校が一個いないからって、そんなに簡単に順位が上がるものではない。

そんな大胆な事を言うのに、今はウォークマンなんかしてる。

ほんと変わったヤツだよ。

 

 

「よう、また会ったな」

聞きたくない甲高い声に呼び止められたのは、ジョックを終えてテントに戻る途中の階段での事だった。

相変わらずの嫌なニヤニヤ笑いをしながら気楽にぼくの肩を叩いて呼び止めてきた。

葉桜高校の内村一志だ。

「何の用だよ」

ぼくは内村が嫌いだ。コイツのせいで中学の時の恋愛がウマくいかなかったんだから。

・・・って、もう何度も思ってる。ぼくってかなり根深いらしい。

「何って。そっけないなー相原。今日はまたも一緒に走るみたいだから挨拶しただけだよ」

「一緒?」

「え?知らないの?オレも5000メートルの3組だよ」

またかよ!

これで何度目だよ、一緒に走るのは。秋季記録会も駅伝も一緒だったのに。

しかし内村とは現在、1勝1敗だ。ここで勝てれば大きく出れる。

「相原は冬の間どうしてたよ。記録伸びた?伸びるわけないかー。え?微妙に伸びた?」

「今日、確かめる」

「そうなの?オレはかなり早くなったよ。才能が開花しつつある感じなんだよねー」

何が才能だ。早くなったって言っても元々ぼくらのタイムなんてたかが知れてる。

「あ、そうそう」

内村が思い出したかの様に空を見上げた。

「こないだ、長谷川麻友に会ったよ」

「え・・・」

長谷川麻友・・・さん。ぼくが中学の時に好きだったコだ。そして・・・内村も。

「駅で偶然さ。ビックリしたよ。しかも中学ん時よりも美人でさ・・・メアド聞いちゃった」

クラクラしてきた。

ぼくが今好きなのはもちろん若井くるみだ。

でも嫌いな男が、昔好きだった長谷川さんのメールアドレスを知ったと聞くと不安になる。

「でもさー。聞いたんだけど、うまくはぐらかされちゃったよ。オレ、嫌われてんのかな」

な、なんだ・・・メールアドレス、ゲット出来てないのか・・・

「ま、とにかく。今日はオレが圧勝するから。ヨロシク」

内村は握手を求めてきた。

「ふざけるな」

ぼくは握手をせずにテントへと走った。

 

 

内村一志は自分の才能が開花しつつあると言った。

それは多分、実力が上がってきたのが自分でわかるからだ。

でも、ぼくの周りで、本当に開花しつつあるのは内村ではなく、あの男だった。

 

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2009年4月16日 (木)

空の下で-桜(8) 開花「後編」

『それでは、これより男子5000メートル、第1組を行います』

気温が上がり、春らしい暖かな陽気になっていた。

第1組は40名ほどがエントリーされていて、多摩境高校からは牧野と大山が出る。

一周400メートルのトラックを12週半。

タイムが20分を超えるとその時点で終了となる。

 

 

『位置について・・・・よーい・・・』

乾いたピストル音が会場に響き、40名が一斉に走りだす。

「よっしゃー!みんな!全力で声が枯れるまで応援すんよー!!」

未華の男勝りな大声と一緒にぼくらは牧野と大山を応援した。

結果、牧野は自己ベストを更新しての17分38秒でゴール。

大山は19分という際どいタイムではあったが、これまた自己ベストを更新し32位だった。

「おいおいー!なんかみんな調子いいんじゃないのー?」

未華がはしゃぐとくるみも続いた。

「これだと次の雪沢先輩と剛塚くんにも期待しちゃうね!」

 

 

第2組は45名。雪沢先輩と剛塚がエントリーされている。

レース開始してすぐにぼくらはどよめいた。

雪沢先輩が先頭を走っているのだ。

「うお!すげ!」

ぼくの横で見ていた名高が興奮している。いや、ぼくだって興奮してるけど。

雪沢先輩は9週目に先頭を明け渡して後退したものの16分20秒でゴールしていた。

剛塚は一定の早さを保ったまま走り切り18分39秒だった。

 

 

そしてぼくのいる3組目の順番になった。

名高がウォークマンをはずして、目を見開く。

「何聞いてたの?」

「パンクバンド。ノリがいいから。それに走る前にピッタリな曲を見つけたんだ」

「ナニソレ」

ぼくの質問に名高はニッと笑って答えた。

「おい、相原、名高、時間だ。スタート地点行くぞ」

穴川先輩にうながされてぼくらはスタート地点へと移動した。

 

 

3組目は43名。ぼく、名高、穴川先輩の他にも、内村一志の姿があった。

その内村一志の横には、同じ葉桜高校のあの男の姿があった。

「お、秋津伸吾じゃん」

名高は秋津を認めて見合いの入った表情になった。

秋津は、この地区で長距離やっていれば知らない者はいないと言われる程の二年生だ。

その秋津に名高は「いつかオレが勝つけどね」なんて言っていた事があった。

『位置について・・・』

「息続く限り走りぬけろ、その先にきっと何かがあるから」

スタート直前、唐突に名高がつぶやいた。

驚くぼくの顔を見て名高は言った。

「さっきのパンクバンドの歌の歌詞だよ」

『よーい・・・』

43名が飛びだした。

 

 

ごった返しの1週目を終えて、コーナーを走りながら自分の位置を確認する。

前には10名ほどの選手がいて、先頭は秋津伸吾と名高、すぐ後ろには穴川先輩と内村一志がいる。

電光掲示版でタイムを確認すると1週で80秒ほどかかっていた。

さっきの牧野と同じくらいのペース、悪くはない。

しかし、秋津と名高がグイグイと前へ行ってしまうので妙に不安になってしまう。

そういえば去年の秋には秋津伸吾に周回遅れにされた事があった。

それほど違う世界のヤツなんだ。仕方ないという事にしておこう。

ん?

じゃあ、なんで名高はその秋津と互角に走っているんだ??

名高のヤツ、ちょっと飛ばし過ぎなんじゃないか?

 

 

7週を終えると苦しくなってきた。

それほどペースは落ちてはいないけど、相変わらず穴川先輩と内村一志がぼくの後にピッタリとつけている。

内村だけには負けたくない。コイツだけには絶対に。

そう思って8週目に入った時、その内村がぼくを抜きにかかった。

明らかにペースアップしてぼくを一気に抜いた。

何故このタイミングで?

8週という事は現在3200メートル。まだ1800メートルあるのに何故ここで?

ぼくは追いかけるのはやめておいた。

ここでペースアップしても最後まで持たない。焦る事は無い。

 

 

10週半が経過して、残り1000メートルとなった。

内村一志はぼくの前方30メートルくらいの所を走っている。

タイム差にすると7秒くらいしかない。それほど離される結果にはならなかった。

それに内村はフォームがバラバラになりつつあった。確実に疲れている。

ぼくはここでペースを上げ出した。

ゆっくり、ゆっくりとペースアップを図る。

「ぐ・・・おお!」

穴川先輩がぼくに着いてこようと必死な声を出すが、少しづつ遅れていく。

逆に内村一志の背中が少しづつ近づいてくる。

そして残り1週半のところで内村を捉えた。

よし!!

と思った瞬間、秋津伸吾が猛烈なスピードでぼくと内村の横を駆け抜けていった。

早い!いや、速い!しかもまた周回遅れ!

かまわずにぼくは走る。

内村を抜かしてすぐにもう一人、凄いスピードで近づいてくる足音が聞こえた。

思わず振り返ると、名高だった。

ウソでしょ!? 名高に周回遅れにされる??

「う・・・お・・おおおお!!」

ぼくはまるで恐怖したかの様に叫んで、スパートをした。

なんとか名高に周回遅れにはされずに済んだが、妙な冷や汗をかいてしまった。

結果、秋津伸吾が15分25秒というケタ違いの早さで1位。

名高が16分02秒で8位に入り、ぼくが17分15秒でベスト更新!

 

 

どうやら秋津伸吾が飛びぬけて早かったらしい。

「あんなの勝てねえよ」

牧野が渋い顔をして、ゴールしたぼくにタオルとドリンクを持ってきてくれた。

「はあ・・・はあ・・・名高も凄かったね」

「名高にはビビった。あいつ、いつの間にあんな早くなってたんだろうな。雪沢先輩より20秒くらい早かったぜ」

5000メートルで20秒というと相当な差だ。

多分、名高は実力的に雪沢先輩を抜いたという事だ。

「はあ・・・はあ・・・、あの変な歌のせいだな」

「歌あ?」

その名高はフィールドに倒れていが、顔は満足そうだった。

秋津伸吾が倒れている名高を見つめている。

恐らく、秋津伸吾の脳には「多摩境高校・名高涼」の名前がインプットされただろう。

「息続く限り走りぬけろ、その先にきっと何かがあるから」

きっと二人は、近い未来、戦う関係になっていくんじゃないだろうか・・・。

 

 

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2009年4月20日 (月)

空の下で-桜(9) ソメイヨシノ(その1)

ピンコロピンコロピロリラリ。

ピンコロピンコロピロリラリ。

朝っぱらから何の音だと思って布団の中で薄く目を開けると、机の上の携帯電話が鳴っていた。

メールの着信音だ。寝る前にバイブにするのを忘れたんだった。

布団の中から思い切り手を伸ばすがギリギリで届かない。

ピンコロピンコロピロ・・・。

少し布団から出てやっと携帯を手にしたら着信音が止まった。

携帯のサブディスプレイには『09:32』という時間と『着信メール1件』という文字が出てる。

誰だよこんな朝っぱらから。という思いで微妙に腹が立つ。

今日は新入生の入学式なのでぼくら在校生は休みだ。昨日試合だったんだしゆっくり寝させてくれ!なんて思いながらも一応メールを読む事にする。

「迷惑メールじゃないだろな・・・」

誰からにしろ、休みの朝のメールは迷惑メールだ。

着信BOXを開くと『若井くるみ』と表示されていた。

思わずガバッと布団から飛び起きる。

『今日ひまですか?』というタイトルを読んで「ひゃあ!」と声を出してしまった。

ま、ままま、まさかデートのお誘いか!

本文には『未華と一緒に新入生勧誘のチラシ制作をする予定だったんだけど、未華が喉が痛いから今日はムリみたいなの。一緒にファミレスかどこかで作るの手伝ってくれないかなあ?忙しい?』と書いてあった。

ぼくはすぐに『全然忙しくない!ヒマな人だよ!』というビミョーな返信をしてしまった。

「いやあ・・・全然迷惑じゃないや、迷惑じゃない!」

パジャマのまま大声でそう言うぼくを母親が訝しい目で見ていた。

 

 

多摩センターという駅を降りると、私服姿のくるみが手を振っていた。

春らしい明るい薄ピンクのニットカーディガンを、白いタートルネックTシャツの上に合わせていて、下はジーパンとスニーカーという動きやすそうな格好だ。肩から小さめの茶色いショルダーバックをかけている。

大人しい印象の若井くるみだけど、スニーカーとか見るとやっぱり運動部なんだなあと思う。

「ごめん、待った?」

「うん、すんごく」

思わず時計を見ると、待ち合わせ時間の5分前だ。

「あ、うそだよ。今来たばっか」

「嘘かい」

「スイマセン」

全然反省してない感じのこのセリフはよく聞く。口ぐせなのかもしれない。

 

駅から歩いてすぐのところに多摩センター通りという大通りがあり、その沿いにある大手チェーンのファミレスに入った。

店員さんに「何名様ですか?」と聞かれ、得意げに指を二本立てて「二人です」と言ってみる。

やってみたかったんだよね、コレ。

窓際の席に通され、座るとメールが来た。未華からだ。

『どうよ調子は?アタシわざと喉痛いってくるみに言ってみたんだよ。感謝しな。英太くん誘えばって勧めてあげたんだからね。今度なんかおごってよ』

そういう事か。未華には何かお礼をしとかなくちゃな。ん、メールに続きがある。

『いくら二人きりだからってチューとかしたらダメだからね!』

「す、するかよ!」

思わず声に出してしまい、くるみに「何を?」と聞かれ、慌てて「え、食い逃げ」と言うと「当たり前だよ」と強い口調でピシャリと言われた。

 

新入生勧誘のチラシ作りの前に、二人ともランチメニューを頼んだ。

ぼくは若鳥のみぞれから揚げ定食。くるみは和風パスタセット。

メニューが来て食べていると、くるみが「ゴメンね。こんな形になっちゃって」と言った。

「え?」

「ほら、二人でお茶しに行く約束してたじゃない。こないだ桜ケ丘公園に行った時にさ」

「あ、ああ・・・」

なんだか顔が赤くなってしまった。そんな事には気付かずくるみは話を続ける。

「今日さ、このランチしてチラシ作りしたらさ、その・・・駅の反対側にあるカフェに行かない?えっと・・・その・・・ちょっとお洒落なお店でさ。一度行ってみたいなって・・・ど、どう?」

あ、あれ?なんかぼくじゃなくて、くるみがどもってるぞ?

ぼくをお茶に誘うのそんなに嫌なのかな・・・。もしかして。いや、だったら誘わないよな。

「う、うん。行こうよ」

こっちまで噛んでしまった。

でもくるみは嬉しそうに「ホント?じゃあ行こう!」と言った。

 

新入生勧誘のチラシのデザインはすぐに決まった。

後は明日学校の職員室で大量コピーをすればいいだけだ。

不安はデザインよりも陸上部に何人が入ってくれるかという点だ。

「私の友達の田中ちゃんてコが言ってたんだけどね。吹奏楽部は10人体制で校門に陣取って勧誘するらしいよ」

「ああ、なんか日比谷が言ってたなあ。うちらは誰が勧誘すんの?」

「あたしと未華と舞ちゃん。それと英太くんと牧野くんにも手伝ってほしいな」

「ぼくと牧野?」

「うん。だって話やすそうな人が勧誘した方がいいと思うんだ。剛塚くんとかって怖いし・・・」

言ってから「しまった」という顔で笑うくるみ。つられてぼくも笑う。

「でもさ、くるみと未華はいいけど、早川はダンマリだから違うんじゃない?」

聞くとくるみは苦笑いで答えた。

「未華がね。舞ちゃんは色仕掛けの効果で男子勧誘に効果がテキメンって言うの」

「ははあ・・・。え、いやいや!」

くるみの冷たい目に本気で冷や汗が出た。

「長距離、何人くらい入るかな」

話題を変えてみた。くるみは天井を見上げて少し考えてからポツリとつぶやく。

「たくさん入るといいな」

 

ファミレスを出て、駅の反対側にあるお洒落なカフェに入る。

ここは男一人ではとても入れそうもない感じだ。

落ち着いた個人店で、席は20ほどしかなく、カップルやおばさんが楽しそうに話していた。

ぼくらは二人して同じ『ケーキセット』を頼んでしまい、店員さんに「仲がいいんですね」と言われ、二人とも固まってしまった。

ぎこちなくケーキを食べる二人。

「仲がいいんですね」のフレーズが何度も頭を駆け巡る。

すごい美味しいケーキだったんだけど、頭がヒートアップして何が何だかわからないうちにお店を出てしまった。

 

「ご、ごめん英太くん。な、なんか店員さんが、カ、カップルと勘違いしちゃったみたいで」

店を出たところで顔を真っ赤にして慌てふためくくるみがかわいかった。

「あ、謝る事ないよ。わ、悪い気はしなかったし・・・」

「え??!」

くるみが裏返った声で驚いていた。

シンとなる。言葉が見つからない。やっと探した言葉は、ややしつこい誘いの様になった。

「ま、またどっか行こうよ」

驚愕!!というテロップが当てはまりそうな顔をするくるみ。え・・・そんなに嫌なの?

「あ、嫌だったらいいよ」

ちょっと泣き声になりそうなのを堪えてぼくが言うと、くるみは笑顔に戻って答えた。

「そんなことないよ。映画観に行く約束してたもんね!」

 

 

結局、どうなんだろう?

くるみは嫌々付き合ってくれてるのか、もしかして・・・両おも・・・・・、いやいやいやいや、そんな都合いい展開は無いよな。無いよ。無いの?

何にしろ明日は新入生の勧誘活動だ。

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2009年4月23日 (木)

空の下で-桜(10) ソメイヨシノ(その2)

いつもより一時間も早く部室へと着くと、すでに未華がいて「オハヨ!」と元気に挨拶をしてきた。

「おはよう」

未華はいっつも朝から元気で尊敬する。

「昨日、デートどうだった?」

ニヤニヤしながら気色悪い声で聞いてくる未華。尊敬出来ない。

「どうって・・・た、楽しかったよ」

ぼくはヘラヘラしてしまって未華に「気持ちワル!」と言われた。

「で、コクった?」

「こ!!? 告白なんてしないってば! まだそんな段階じゃないし!」

ムキになって否定するぼくを見て未華はお腹をかかえてケラケラと爆笑している。

その腹、蹴っ飛ばしてやりたい・・・。

と、思ったら急に真顔になって変な事を言う。

「アタシ、好きだよ。英太」

「す?!」

「英太のそういう、恋愛にのんびりというか臆病なところ。そういう人って好きだな」

イキナリ異性の名前を使って、好きだなんて単語使うなよ。一瞬勘違いしちゃったじゃん。

「おはよー」

そこへ牧野とくるみと早川が入ってきた。

「お、役者が揃ったねえ」

未華は腕組みをしながら満足そうにうなづく。この部の裏のボスみたいだな・・・。

 

 

ぼくらは各自、勧誘のチラシを持って校門へと移動した。

桜が満開を迎えた校門付近では、すでに野球部・サッカー部・吹奏楽部・バスケ部・水泳部が陣を取っていた。

「うわ!みんな準備早いな」

牧野が驚いて大声を出すと、バスケ部の君島が気づいて手を振っていた。

バスケットボールを持っている。似合っていてカッコいい。

水泳部の石塚が早くも「キミー」と連発しながら何かを話しているのが見える。

吹奏楽部には日比谷の姿もあるし、サッカー部には柏木直人もいる。

各部、新入生勧誘には必死だ。

「負けてらんないよー!!」

未華がひときわ大きい声で叫ぶと、さっそく新入生らしき生徒に向かって走って行った。

 

「陸上部よろしくお願いしまーす」

ぼくはくるみと組んでチラシ配りをする。チラシを受け取る人、「すみません」と言って逃げる人、様々だ。

中には明らかに陸上部に興味あるヤツもいた。

「5000メートルを走りたいと思ってます!是非よろしくお願いします!!」

やたら礼儀の正しいメガネ君だった。きっと彼はぼくの後輩になるんだろうな、とか思う。

そんな勧誘活動を30分も続けると、部室に戻る時間となった。

 

「おーい、相原!」

部室まであと少しのところで柏木直人が駆け寄ってきた。

「どうだよ陸上部は!けっこう入りそう?」

相変わらずの爽やかスマイル。男でさえ惚れてしまうような。

「どうかなー。入りそうなヤツはいたけどね」

「マジで?!いいな。若井さんは誰か勧誘出来た?」

なんでそこでくるみに話題を振るんだよ。ってかそれが目的なんでしょ。

「うーん、どうかなあ?わたし、あんまりこういうの得意じゃないから・・・」

くるみが不安げな表情でそう言うと柏木は「そうなの?すごい社交的に見えるのにね!」などと笑顔で言った。

「ほんと?嬉しいな」

ちょっと待てーい!!なんで嬉しいの、そんなのが!

「わたし大人しく見られるんだけどなあ・・・。まあ実際静かにしてる方が好きなんだけど」

「へえ、そうなんだ。あ、先輩が呼んでるや!またね!」

そう言って柏木はサッカー部の部室へと走って行く。

一陣の風の様に現れ去っていくそんな男だ、柏木直人は。

反撃の時間も何も無い。

 

 

新しい教室へと入る。今日からは二年生だ。

ぼくは理系を選んだ。今までと違う3階の教室はなんだか違う匂いがした。

とりあえず名前順に席が指定されていて、ぼくは相原なので名前順では一番という事で、廊下側の一番前の席だった。

席に座り、教室を眺めると、半分以上は知らない顔だったけど、一年生の時に同じクラスだったヤツも少しはいて安心する。

「あれー?教室でも英太と一緒かー」

髪を手櫛で整えながら、教室に入ってきたのは未華だった。剛塚もいる。

「あ、未華と剛塚も理系なの?」

聞くと未華がニカッと笑って「アタシ、科学が得意なんだよねー」と意外な事を口にする。

「そうなの?剛塚は?」

「オレは漢字が嫌いだ。特に部首がな」

だから文系を避けたと・・・。それだけの理由らしい。

 

ぼく・未華・剛塚のいるこのクラスで新しい日々が始まる。

そのせいか、未華と剛塚には後々すごく世話になる事になる。

 

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