空の下で-桜(1) 遠くまで「前編」
空の下で 2nd season - 2
桜の部
いつになく神妙な面持ちで教室を振り返る。
この教室では色んな事があった。
憧れてやってきた高校生活。
中学の時とは違って、少し大人に近づけるような気がした高校一年生。
でも、始まってみれば勉強こそ難しくなったものの、中学とそんなに変わらない大騒ぎの連発。
下らない会話、しょうもないギャグ、真剣な恋愛相談。
それでも、何気ない一言や気遣いが、一歩だけ大人に近づいた気がした。
そんな一年間をこの教室で過ごしてきたけど、ついに今日終わった。
「それじゃあ二年生の教室でまた会おう」
担任の宇都宮先生が一人だけ感慨深そうにそう言って、一年生最後のホームルームは終わり、このクラスは解散となった。
ぼくら多摩境高校では、一年生はどのクラスも教科全般を同じように習うのだけど、二年生からは文系と理系に分かれる。
だから、二年生からはクラスのメンバーが大幅に変わるのだ。
ちなみに、ぼくは理系を選んでいる。
何故かと言うと去年の暮れ頃から、ある物に興味を持ったからだ。
それはお店だ。
ナニソレ?って感じだと思うだろうけど、詳しい事はまた今度言うとして、とにかく理系を選んだのだ。
そうして今、一年間お世話になった教室を出ていくところな訳だ。
教室から廊下に出るとき、ちょっと振り返ってみる。
見慣れた部屋に、見なれた窓からの景色。
でも見なれた手荷物とかはもう無い。
ちょっと切なく感じつつもぼくは再び前を向いた。
新しい季節はもうすぐそこまで来ている。振り向いても一つ前の季節は見えないんだから。
牧野と日比谷と一緒に校舎を出る。
少し暖かくて強めの風が校庭の方から吹いてきた。
「スッゲ、風!」
ここ何日か風の強い日が続いている。
春というのは風に運ばれてやってくるのだろうか。
「あ、英太、日比谷。見ろよ」
牧野は校門のところにある大きな木を指差した。
その木には、桜のつぼみがあった。
「もうすぐ咲きそうだ」
ぼくがそう言うと、牧野がまたも乙女みたいな事を言う。
「ここでオレ達がしばらく待ってたら咲いてくれるかもよ」
「怪談話かよ」
「ちげーよ日比谷!お前にはロマンというのは無いのか、ロマンというのは!」
「ロマンってお前・・・何かやらしいぞ」
「やらしくない」
桜の木がある校門を抜けると、穴川先輩が一人で突っ立っていた。
「あ、穴川先輩。なにしてんですか」
ぼくが笑顔でそう聞くと、穴川先輩はため息をついて答えた。
「雪沢を待ってるんだよ。明日の集合場所と時間、まだ決めてないだろ」
「ああ、そうでしたね」
ぼくと穴川先輩の会話を聞いて、日比谷が不思議そうな顔をする。
「なに?明日どっか行くのか陸上部」
「ああ、そうなんだよ。高尾山に行くんだ」
「高尾山?」
つい先週の事だ。五月先生が春休み初日の練習は高尾山を登ると言い出したんだ。
未華が「わー!ハイキングですねー!」と言えば大山は「おにぎり作らなくちゃ」と言って大喜びしたんだけど、五月先生は「いや、走って登る」と言うのだ。
高尾山というのは東京の西の方にある山で、一年を通してハイキング客で溢れるすごい有名な山なのだ。
歩いて二時間くらいで登りきれる山を走って登るという訳なので、去年やった富士山登りに比べれば全然大した事はない。
そう思っていたら、五月先生はよくわからない事を言うのだ。
「高尾山を登って、そのまま遠くまで行く」
「遠くまで?ど、どこまでですか?」
「高尾山、影信山、と二つの山を登り、山の麓にある相模湖を目指す」
「山を二つも?!」
「本当は陣馬山ていう三つ目の山も登りたいんだが・・・まだ実力不足だからな」
充分だよ・・・。
「・・・という訳なんだよ」
日比谷に説明すると「うわあ、走る日多いな、陸上部って」と、当たり前の感想を述べた。
「じゃあ相原と牧野さ。オレは雪沢と集合時間を相談して、後でメールするよ」
穴川先輩はそう言うので、ぼくらは帰ることにした。
家に着き、明日の準備のためにシューズをチェックする。
なにしろ山越えをするわけだ。それも二つも。
五月先生の話によれば、今回のコースは舗装された道ではないらしい。
本当に登山道を走るので、普段と違うダメージが足に出る可能性もあるらしいので、ツメとかはちゃんと切ってくるようにと言われた。
それと途中で木の根とかにつまづいたりして足を痛めた時のためにコールドスプレーも各自で持参だ。
本当に山の中なので、自販とかも無いから飲み物とかタオル、着替えもリュックに入れ、背負ったまま走るということになるらしい。
今回は男子メンバーのみの参加だ。
未華はかなり参加したそうで、五月先生に交渉していたが「もしお前がコケて捻挫でもしたら、オレが背負って山から下山させるしかない。でも、それだとセクハラになる」という訳のわからん説得をしていた。
仕方なく未華はゴールである相模湖で待ってるという。
「おいしいスポーツドリンク用意しとくからね!」
未華がそう申し出るので、くるみと早川もゴール地点で待ってることにした。
スタートが東京のハジの高尾。ゴールが神奈川のスミの相模湖という山岳コース。
ぼくはちょっと楽しみになってきていた。
寝るちょっと前、くるみからメールが来た。
着信BOXに『若井くるみ』と表示されただけで心臓が跳ね上がる。
『明日の集合時間』というタイトルを見て若干テンションが下がったものの、メールをするってだけでも嬉しいもんだよ。
『高尾山口駅に10時集合だって。穴川先輩からメール来たよ。伝えておいてって書いてあったからメールするね。明日は辛そうだけど頑張ってね。相模湖で待ってるよ!』
読んでテンション上がり過ぎなぼくは返信で『うん!頑張るね!』などという女子っぽい返信をしてしまい、ちょっと自分の男らしさ不足にへこみながら寝た。
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