空の下で-向日葵(1) 夏の始まり
青い空を薄くて白い雲が流れていた。
真夏の入道雲とは違い、ずいぶんと高いところに浮かんでいるように見える。
もう残暑すらも過ぎようとしているらしい。
いくぶん涼しくなった日差しの中、畑沿いのあぜ道を歩く。
目的の建物まではもうすぐだ。
巨大な山脈をバックにして、近代的な三階建てマンションが姿を現した。
こんな畑だらけの山沿いの田舎町には似合わないほどの近代的なマンションだ。
この町から東京までは高速道路で2時間くらいかかるという。何故こんな場所にこんなマンションを建てたのか、不思議だ。
お洒落な外壁と正面入り口の自動扉が、またいっそう似合わない。
1DKの部屋が24室あるというこのマンションに、今日も入らなくてはならない。
「なにしてんだろ・・・」
マンションを見上げてぼくは呟いた。呟いた後、少し前までの事を振り返る。
・・・あんなに色んな事があった夏が過ぎていく・・・
ふと気付くと、マンションの入口に同年代くらいの男女が立っているのが見えた。
そのうちの女の方がぼくを見て声を出した。
「・・・探したよ」
声を聞いてぼくは体をビクリと動かしてしまった。知っている声だったからだ。
続いて男の方がぼくを睨みながら低い声で言った。
「こんな遠くまで来させやがって」
ぼくは思った事を口にした。
「ど、どうしてここに・・・?」
すると男の方が頭をガリガリと掻きながら答えた。
「いや、俺だってこんな遠くまで来るのは嫌だって言ったんだけどよ。大体、逃げたヤツを追っかけたって仕方ねーしよ」
逃げたヤツを追う・・・。この言葉にぼくはドキリとした。
「それによ、そいつがどうしてもって言うもんだからよ」
男はぼくの後を指差した。
「え・・・」
恐る恐る振り返ると、そこには制服姿の女子がいた。
そのコはぼくの顔を見ると一言、こう言った。
「帰ろう、英太くん」
帰る・・・。
そう。ここはいつもぼくらがいた多摩境高校からは100キロも離れた田舎町。
なんでこんな遠くの町にぼくがいて、ぼくを探している人がいるのかと言うと、話は一ヶ月半前の夏合宿にまで遡る。
空の下で 2nd season-4
向日葵の部
一ヶ月半前、一学期の最後の授業の日、担任の栃木先生はホームルームで夏休み中に勉強を疎かにするなという話を永延と続けていた。
「という訳だからな、この時期に授業が一ヶ月半も中断されるという事は逆に言えば個人の努力次第で成績がアップもするしダウンもする。しかもその幅が大幅という事になる訳だ。だからいかにして夏休み中に集中力を発揮するか。それが今後のみんなの未来・・・」
栃木先生は、生徒には進学してもらいたい派だ。
だから夏休みという期間に不安があるらしい。いかに集中して勉強するかを熱く熱く一時間語り尽くした。
もし、この教室に栃木先生の話を一時間集中して聞いているヤツがいるとしたら、そいつはきっといい大学に入れるほどの集中力がある気がする。
「相原!聞いてるのか!?お前、部活にだけに夢中になるんじゃないぞ!進学出来なくなるぞ?」
いきなり怒鳴られてビックリしつつも「はい!すいません!」とハキハキと答えた。
一学期の最後のホームルームを終えて、ぼくはクラスメイトの剛塚と未華と一緒に教室を出た。
未華は廊下に出るとニヤニヤしながらぼくの脇腹を突きつつ話す。
「英太くん、先生に怒鳴られてたねー。怒鳴られてる時の英太くんの顔面白かったよ」
「そ、そんなトコ見てないでよ。 わ!突っつくなって!くすぐったいって。うわ!」
そんなぼくと未華を見て剛塚は「兄弟みてえ」と苦笑した。
「おーい!相原ー!」
廊下の遠くからぼくの名を呼びながら柏木が走ってくるのが見えた。すでにサッカーの練習着だ。
「どしたの柏木」
柏木はぼくの前に立ち止まると、未華と剛塚を見た。
「ゴメン、相原。ちょっと話いい?」
「話?」
「そ、二人だけで」
相変わらずの爽やかスマイルの柏木。
仕方ないのでぼくは未華と剛塚に「先に部室行ってて」と言うと二人は部室に向かって歩いて行った。
ぼくと柏木は校庭の脇にある木製のベンチに座った。
このベンチには、よく野球部の顧問の怖そうな先生が座っているんだけど、今はまだ野球部が来てないから座っても怒られなさそうだ。
「どうしたの?何の用?」
ぼくの問いかけに柏木はニヤリと笑った。
「早川舞、彼氏いないってさ」
「はあ?」
そんな事をぼくに伝えるために呼んだのか??
「相原にも調べてって頼んでたけどさ。オレ、別ルートでも調べてたんだ。それで、早川に彼氏いないって突き止めた!」
何故か勝ち誇った様な口ぶりの柏木に、ぼくは少しイライラした。
「そうなんだ。じゃ、じゃあ、早川さんにもう一回告白したりすんの?」
くるみに・・・じゃなく、早川に??そう聞きたいけど、さすがにそれは聞けない。
「いや、そういう訳じゃないけど・・・今は」
「今は?」
「ああ。気になる人がいてさ」
「き、気になる人?」
「うん。若井さん、若井くるみさん」
声が出なかった。
もう一度、声を出そうと思ったけど、声が出ない。
「陸上部の若井くるみさん。あのコの一生懸命さって言うか、ひたむき?それを見てたら、何か早川に告白するとか復縁するとかって、今は何か違う気がしてきてさ」
な、何を言ってるんだ柏木は?
ぼくがくるみの事を好きだって知って、宣戦布告でもしに来たのか?
「だからさ。調べてなんて頼んじまった相原には謝ろうかと思って。ホント、ごめん」
そう言って柏木はベンチから立ち上がり、ぼくに頭を下げた。
ぼくはただ口を開けてポカンとするばかりだった。
柏木の言ってる意味が全く飲みこめなかった。
パニック状態のまま部室に辿り着くと、壁に見なれない白い紙が貼ってあった。
「ナニコレ?」
白い紙の一番近くいた部員にそう聞くと「なに?ため口?」と言われたので、よく見ると穴川先輩だった。
「あ!!す、すいません!気がつかなくて!!」
「部員で唯一の坊主頭のオレに気づかないとはね・・・」
「あ、いや・・・」
夏の暑さではない汗をかく。
「あ・・・えーと、この紙って?」
「あ?髪?オレは坊主頭だけど」
「い、いや・・・この壁に貼ってある紙です」
「見りゃわかるだろ。合同合宿の練習スケジュールだよ」
そうだった。百草高校と葉桜高校との合同合宿は、もう三日後からに迫っていた。
空の下で 向日葵の部「夏の始まり」END
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