サンタが高校へやってきた/目次
多摩境高校で「茶色の獣」や「謎の女」が目撃された。気になって調べる一年生の益子優衣と平井川将生の冬の物語。
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多摩境高校で「茶色の獣」や「謎の女」が目撃された。気になって調べる一年生の益子優衣と平井川将生の冬の物語。
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後から思えば、その日は朝からツイてなかった。
まず、起きるが遅れた。お母さんの「優衣、いつまで寝てるの」という大声で目を覚まし、枕元にあるピンク色のキャラクター物の目覚まし時計を見ると、普段起きる時間を二十分も過ぎていた。
慌ててお風呂に入りシャワーを浴びたものの、間違えてお父さんのシャンプーを使ってしまい、自分の桃の香りシャンプーで洗いなおすハメになった。
お風呂を出て制服を着る。台所にある冷蔵庫からブルーベリーヨーグルトと濃縮還元オレンジジュースを取り出して、交互に口に入れる。
テレビをつけると、いつも見る占いのコーナーだった。いつもこれを見てすぐ出かけるから、時間的にはだいぶ追いついた事になる。
『12月生まれのあなたの運勢は・・・』
私は12月25日生まれだ。つまり、クリスマス。誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントが同時になってしまうっていう・・・ちょっぴり損。
『残念、アンラッキーです。見てはいけないものを見てしまうかも。ラッキーアイテムはダージリンティーです』
見てはいけないもの・・・かあ。お父さんの浮気現場とかだったら嫌だなあ・・・。
朝食を終えて、昨日切ったばかりの髪を手ぐしで整えて家を出る。
「優衣、いってらっしゃい!」
元気なお母さんの声に背中を押されて、もうだいぶ冷え込んだ12月の朝を歩きだす。
この時、私はまだ思いもしなかった。
あの占いが当たっていたという事を。もっと早く気付けば良かったんだろうけど。
でも、私がそれに気付いた時は、すでに私はパニックになってしまっていた。
サンタが高校へやってきた
by cafetime 2009-12
第1話「体育館裏の獣」
「おはよっす」
オレが教室に入ると、もうすでにほとんどの生徒が席についていた。あれっと思って教壇の方を見ると、担任の先生がギロリとこちらを睨んでいた。
「平井川、ずいぶん堂々とした遅刻だな」
「え、ええー?!」
教室の壁かけ時計を見ると、始業時間を五分回っていた。
「え、いや、ちょ・・・」
右腕にした腕時計を見ても同じ時間だ。
「う、うそー?! ど、どこで時間を勘違いしたんだ!?」
「平井川、遅刻した罰で今日はトイレ掃除な」
「そんなー!今時トイレ掃除って・・・、小学生かよー・・・」
ガックシとうなだれながら自分の席に着く。どこで勘違いしたんだろ・・・。こんな事ならコンビニで漫画の立ち読みなんかしなけりゃよかったー。
朝のホームルームが終わると、五分間の休憩となる。うなだれたままのオレに向かって傷口に塩を塗るヤツがいた。
「平井川ー、お前また遅刻かよー。たまにゃー努力して間にあう様にした方がいいぞ」
そう言うのは陸上部の好野博一だ。最近染め直したという少し赤い髪と、メガネがトレードマークの元気だけが取り柄のアホだ。クラスではヒロと呼ばれている。
「ヒロは朝が強いからいいんだよ。オレはインテリな低血圧だからさー」
インテリが低血圧なのかは全く知らないが、そう言ってみた。きっとアホのヒロなら信じるだろうから。
「へえ、インテリって低血圧なんだ」
ほら。
「それよりさ、昨日の噂、聞いた?」
ヒロが何だか興奮気味になって聞いてくるが、何の事かさっぱりわからない。
「何かあったっけ?」
「体育館の方にさ、怪物が出たらしいよ」
「か、怪物?怪物ってゴジラとかキングギドラみたいな?それともエレキング・・・」
「そんなデッカイのじゃなくてさ。人間じゃない何か・・・獣みたいなヤツだって」
「人間じゃない何か?」
言われて体育館の方向を見る。教室の窓から、校庭をはさんだ向こう側に体育館は存在していた。あんなトコに怪物なんか出るのか・・・。この多摩境高校は創立四年目だから全ての建物が新しくて綺麗だ。ユーレイだの怪物だのは似合わない。
「誰が見たんだよー、そんなの。噂だろー」
オレがそう言うと、ヒロは教室のハジにいる女子三人組を指差した。
「あそこのマキちゃんが見たらしいよ」
「マ、マキちゃんかよ!」
ドキリとした。マキちゃんは、オレが入学当初から気に入ってるコだからだ。元気で活発で、よくしゃべる女の子。別段そんなにかわいい訳じゃないんだけど、好きなとこをあげたらキリがない。例えば、笑った時の声とか、それと・・・
「でさ、マキちゃんが言うにはね!」
「あ、ああ・・・」
「バスケ部の練習が終わって、暗くなった頃、体育館から出たら、サササッと何かが体育館の裏手に走りぬけたんだってさ」
マキちゃんは女子バスケ部だ。ジョバス。そういう体育会系なトコも好きなんだよね。例えば、シュート打つ時の気合いの声とか、それと・・・
「聞いてる?」
ヒロが不満そうな声を出すので「お、おう」と返事をする。
「何が体育館裏に走りぬけたって?」
「全身茶色の獣みたいなヤツだって」
「タヌキじゃね?」
「でもマキちゃんは、自分と同じくらいの大きさだったって言ってたよ。そんなタヌキいないって」
言われてマキちゃんを見る。バスケ部にしては小柄だけど160cmくらいはありそうだ。またあの身長も好みなんだよね。それだけじゃない。例えば・・・ん?
「でもよヒロ、そんなデッカイ獣、校内にいたら危ないじゃねーかよ」
「だから噂になってるんだよ」
冷静に考えると、そんな大きな獣いるわけがない。いるとしたら熊だろうけど、ここは田舎とはいえ東京都だ。熊が出るわけがない。やっぱりマキちゃんの見間違いだろう。ヒロが話を真に受けすぎなんだよ。
そんな事をやりとりしていた日の夜だ。隣のクラスの益子優衣という女子が妙な女を目撃したというのは。
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第2話「屋上の女」
辺りはすっかりうす暗くなってしまっていた。私がハンドベル部の練習を終えて一人で校庭に出ると、校庭にはすでに運動部すらいなくなっていた。
「優衣ちゃーん」
どこからか私を呼ぶ声がした。「優衣ちゃーん」
声の方を見ると、校舎の三階の教室からハンドベル部の顧問の立花先生が手を振っていた。
私が手を振り返すと、先生も手を振って声を出す。
「もう暗いから気をつけてねー!」
「はーい!」
そう返事をすると、立花先生は教室の中へと入っていった。
その時だった。
立花先生のいた教室のさらに上。四階の教室のさらに上。屋上に人影が見えた。
こんな暗い時間。それも冷たい風が吹いている今日、誰が屋上なんかに・・・。そう思って目をこらしたのがいけなかった。
屋上にいたのは全身薄い青色の西洋風のドレスを着た女の人だった。女の人、と表現するのは、私と同じくらいの年にも見えるし、もっと大人の女性にも見えたからだ。
その女の人は、笑っていた。声は聞こえないが、一人で笑っていた。うす暗い中で笑みを浮かべる西洋風ドレスの女。思わず鳥肌が立った。
その時。女の人と目が合った。校庭と屋上だから、確実に目が合ったとは言い切れないけれど、目が合った気がした。
するとその女の人は私の見えないところへと走って行ってしまった。
「なんだろ・・・」
一人、呟いた時、遠くで何かが光った。一瞬だけ空を覆い尽くすような不気味な光。すぐにゴロゴロという低い音が響く。雷だ。雨が降るとマズイ。私は駅の方へと走りだした。
「あ、平井川!!出たってよ」
オレが登校してきて教室に入ると、ヒロが駆け寄ってきた。
「出たらしいよ」今日も興奮気味にヒロが言う。
「何がだよ。スロットか?」
「スロットはマズイだろ、俺たちは高校生だよ?」
「じゃあ何が出たんだよ」
少しキツイ口調で問うとヒロは「お、怒るなよ」と動揺した。
「昨日の夜さ、屋上にさ、ヨーロッパ風なドレスを着た女が出たらしいんだよ」
「なんだそれ?」
「ユーレイじゃないかな」
「何でそうなるんだよ。ドレス着て屋上にいたっていいだろ。きっとピアノ発表会に着ていくドレスを試着してたんだよ。間違いないね」
オレが腕組してそう言うとヒロは「そんなコいるかなあ?」と首を捻った。まあ確かにそうだ。昨日は暖冬とはいえ夜は寒かった。そんな中、学校の屋上にドレスを着ていくヤツなんて想像つかない。
「でもよ、誰が見たっていうんだよ。噂だろ?」
ヒロは「あいつ」と言って、近くにいたマキちゃんを指差した。
「マ、マキちゃんが!?み、見たのか!」
胸が高鳴る。この話題でマキちゃんと雑談できるかもしれないから。こんなしょうもない話だけれど、マキちゃんと会話できればそれで良しだ。
「違うよ。マキちゃんは見たって話を友達に聞いただけだってさ」
「んだよクソ!」
思わず床を蹴りつけた。でもまあいい、それでもこの話題で話しかけてみよう。オレはマキちゃんの席に近づき声をかける。
「うっす、おはよう!」
するとマキちゃんは「おはー!」と元気な声を出した。この元気さが魅力的なんだよね。朝からこの声を聞くと今日一日やる気が出る。例えば・・・
「どうかした?平井川」
マキちゃんに名前を呼ばれてはっとする。何で話しかけたんだっけ・・・。あ、そうそう、ユーレイの話題だ。
「マキちゃん、昨日、友達が変な女を見たんだって?」
するとマキちゃんは「そうなの!」と大きな声を出した。
「なんかね、部活の帰りに屋上にいるのを見たんだって。何だろうね。アタシちょっと怖いな。こないだ茶色い獣みたいなのが体育館裏に走っていくの見たし・・・」
安心しろ、怖いならオレが守ってやる。とか言いたいけど、そんな言葉を言う仲ではないし、そんなのテレビの中の言葉な気がして言えない・・・。第一、守る手段がわからん。
「でもさ、獣はマキちゃんが見たんだろうけど、ドレスの女は誰が見たの?」
「隣のクラスの友達」
「隣の?」
そう聞くと、マキちゃんは友達の名前を口にした。
「優衣ちゃん。益子優衣ちゃん」
思わずげんなりする。あいつか・・・。また、あいつと関わるのか・・・と。
オレと益子優衣は高校入学当初からの知り合いだ。これまで色々あったから関わりたくない。なのにマキちゃんはあっけらかんと言った。
「優衣ちゃん、ちょっと怖がってたからさ、話聞いてあげてよ」
マキちゃんのお願いに、マヌケなオレは思わず答えてしまった。
「ん、わかった」
言った瞬間、「しまった」と思ったが、もう後の祭りだ。
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第3話「益子優衣」
わざとガラガラと大きめな音を鳴らして、隣の教室の扉を開けた。昼休みの教室は騒がしいので注目を浴びるという事は無かったが、益子優衣はすぐにオレに気付いて話しかけてきた。
「あれ、平井川くん。どうしたの?珍しいね、うちのクラスに来るなんて」
益子優衣は頭のてっぺんにお団子の様に髪の毛をまとめていた。おかげで152センチしかない身長が10センチくらい高くなってる。そのせいでおでこ全開なのだけど、大きめの瞳がキラキラと光っていて、おまけに少し童顔なのでかわいく感じる。
「マキちゃんがさ、益子が変な女を見たって言うから・・・気になって来てみたんだよ」
少しふてくされた声で言うと益子優衣は大きな瞳をさらに大きくして声をあげた。
「本当?また一緒に事件解決する?」
「事件って・・・。変な女が屋上にいただけだろ」
「まあ、そうだけどね。気になるでしょ?」
「うーん。・・・それは、確かに」
益子優衣とは今年の春に入学した日に出会った。
体育館で入学式をしていた時だ。オレのクラスが40名、縦一列に並んでいたんだけど、右隣に益子優衣のクラスが並んでいて、ちょうど隣にいたのが益子優衣だった。
その日は黒い髪をおさげにしていて、ちょっと好みだったからチラ見したら、大きな瞳と目が合った。ニコッと笑いかけられて、オレは不覚にもドキドキしてしまった。
そして、入学式が終わり教室に戻ると奇妙な事が起きていたんだ。全く理解できない奇妙な出来事。全員の机の上に鉛筆が一本置かれていたんだ。
先生に聞いても、生徒の誰に聞いても知らないという、この鉛筆。不審者が校内に入り込んだという説や先生のサプライズ企画だという説が飛び交ったが、結局のところ何だかわからず、ほとんどの生徒は気味悪がって鉛筆を教室のゴミ箱に捨ててしまった。
それを益子優衣はもったいないと言ってゴミ箱から拾い集めたのだった。そこに、たまたま通りかかったオレに益子優衣は言ったのだ。「これ、きっと誰かのプレゼントなんだと思う。それが誰だか、ちゃんと調べてみない?」
そうして色々と調べ回った結果、学校の事務職のおじいさんが新入生に気を効かせて鉛筆を配ったという事を調べたのだ。その際、オレは益子優衣の推理のために色々と動くはめになり、グッタリと疲れた・・・という記憶がある。
それが、益子優衣いわく『鉛筆事件』
他にも『弁当事件』や『ポテチ事件』など下らない事件があるが、それはいつか話すとして、とにかく、しょうもない出来事を徹底的に調べるために何度も疲れるはめになったので、もう益子優衣と関わりたくないってのがオレの本音だ。
益子優衣・・・、ええいフルネームで毎回呼ぶのは面倒だ。優衣は、人差し指を立ててアゴに当てて言った。
「これは・・・『屋上の女事件』だよ」
「センス無いネーミングだな」
即座にオレがそう言うと優衣は「平井川くんは乙女心がわかってない」などと意味不明な反論をした。
「だってよ、事件じゃねーだろが。屋上に西洋風のドレスを着た女がいたってだけだろ」
「こ、怖い事言わないでよ」
優衣が「なにそれー」という表情をしたから「お前が見たんだろが!」と怒鳴る。
「そうなんだよね。誰かな、あの人」
「知らないよ。もう現れないだろ。だから調べる必要もないし、調べようもないって」
「でもさ」
急に優衣が小声になる。オレは聴き取りやすい様に優衣に一歩近づいた。
「平井川くん、知ってる?マキちゃん、体育館近くで茶色の獣が走り去るのを見たって」
「聞いたよ・・・。関係ないだろ」
「それがさ・・・」
優衣はさらに声を落とす。
「うちのクラスの男子がさ、見たんだって」
「茶色の獣を?」
「サンタを」
「はあ?」
急に大声を出したので優衣は「わあ」と耳をふさいだ。
「声大きいよ平井川くん」
「いや、だって意味わかんない事を優衣が言うから・・・、どこで何を見たんだって?」
「視聴覚室で、サンタクロースを」
全く意味のわからん話になってきた。だから嫌なんだ、優衣と関わるのは。
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第4話「雪だるま」
ガサツな男の子って嫌いだ。
例えば自分の部屋を全然掃除しない人とか、教室の机の上に前の授業の教科書を出しっぱなしな人とか、毎日同じ靴で登校してくる人とかは嫌いだ。特に嫌いなのは乙女心を全く考えずに発言を繰り返す男子は本当に嫌いだ。近づきたくもない。
でもクラスのほとんどの男子はそんな感じだ。だから私はいっつも女子グループとだけ行動している。部活も女子率の高いハンドベル部に所属している。顧問の立花先生は20代のかわいい先生で、話も知的な感じなので好感が持てたので入ったんだ。
いつもは授業を終えればすぐにハンドベル部の練習をしに行く。わずか八人の小さな部だけど、それはハンドベル部が今年発足したばかりだからだ。立花先生は吹奏楽部も掛け持ちで教えているけど、私達ハンドベル部の事も決しておろそかにはしない。それに今年のクリスマスには、南大沢のアウトレットモールで「ハンドベル・ミニコンサート」をする予定なので練習も佳境だ。
ところが今日は部活は休みで、しかも男子と二人で視聴覚室に来ている。別にデートじゃない。何しろ一緒にいるのは平井川将生くんという、ガサツな男子だ。こんな人とは絶対絶対付き合わない。
「おい、本当にここなのかよ優衣」
二人で視聴覚室に入ると平井川くんは、私の下の名前を使った。下の名前で呼ばれるほど親しい仲じゃあないと思うんだけど、とにかく私は答える。
「ここだよ。ここにいたらしいよ」
「サンタが?」
嫌な笑みを浮かべて私を疑いの目で見る平井川くん。完全に信じてない表情だ。
「優衣さ、お前本当にサンタがいると思ってる訳?しかも視聴覚室に」
「サンタが存在するとか、そういう話じゃなくてさ。なんで視聴覚室でサンタが目撃されたのかって気になるって事だよ」
「そりゃ、お前、あれだよ」
「どれ?」
平井川くんは少しの間、難しい顔をして何かを考えたかと思うと「わかった!」と声をあげた。
「なに?」
「ピザ屋の店員だよ!ピザ屋って、この時期になるとサンタの格好したりするじゃんか!」
私は思わず「えーと、それで?」と冷たい声を出してしまった。
「だからさ!誰か、先生がピザを頼んだんだよ!で、デリバリーでサンタの格好をして店員が視聴覚室まで届けに来た。それで間違いないんじゃないかな」
自信に溢れた表情で平井川くんは早口で言った。いちいち声が大きいけど、まあそれはいいとしよう。私、声が大きい人ってあんまり好きじゃないんだけどね・・・。
「ピザ屋さん、こんなとこまで配達に来るかな」
「配達じゃねーよ、デリバリーだ」
「そ、そう」
私はちょっと納得出来ずに、視聴覚室を見まわした。普通の教室と同じくらいの広さの部屋に天井から吊り下げるロール式のスクリーンと、ちょっと高そうなスピーカーがセットされている。それを見る角度で、普段の教室より少しグレードのいい机と椅子が置かれている。ここで資料の映像とかを見るんだ。
「おい、優衣、謎も解決したんだし、解散にしようぜ」
平井川くんは早く帰りたそうだ。別に帰ってもらってもいいんだけど、何かサンタのヒントを見つけた時には、色々と平井川くんに調べてもらう事もあるかもしれないから、一緒に行動してもらいたい。なんといっても、サンタはともかく茶色の獣とかが現れたら怖い。私は怖いのは嫌いだ。
視聴覚室を一周回ってみると、部屋の隅にダンボールが置かれているのが目に止まった。ダンボールはすでに開けられていて、中にはカラフルなスズランテープやクリスマスツリーの飾り付けらしきものが入っていた。
「クリスマスパーティーでもするのかなあ」
「そうか!わかったぞ!」
平井川くんがまた大声を出す。
「誰かがこの部屋でクリスマスパーティーを企画してるんだよ!それでサンタの格好をしてみたんじゃねーのか?」
「茶色の獣は?」
「それは体育館裏の話だろ?別件だよ。もし同じ話だとしたって、ソリを引っ張るあいつだよ。何だっけあいつ」
平井川くんは天井を見上げながら考えるので、私は「トナカイ」と言った。
「そう!トナカイだ!つじつま、合うだろ?」
「じゃあ、屋上にいた西洋風のドレスの女の人は?」
「サンタの奥さんだ」
自信ありげな表情だ。むりやりな推理だ。でも、確かにクリスマスパーティーってセンはいいとこ行ってる気がする。この視聴覚室は、先生に頼めば放課後は自由に使えるって聞いた事あるし。
私と平井川くんが視聴覚室を出ると、廊下の先に気配を感じた。そちらに目をやると、廊下の先の方に、夕日に照らされた人影が見えた。白くて丸い人影だ。
「ん・・・?」
平井川くんも気配に気づき、そちらに目をやる。そこには雪だるまがいた。
「雪・・・だるまだ」
私と同じくらいの背丈の雪だるま。もちろん雪で出来てるわけではなさそうだ。距離があるからよくわからないけど、何かヌイグルミみたいな感じだ。
その雪だるまは突然、私達と反対の方向に走りだした。
「あ・・・逃げた」
のんきにそう言う平井川くんに私は叫んだ。
「追いかけてよ!」
「な、なんで?」
「なんだか気になるでしょ!捕まえてよ!」
「なんだよくそ!!」
そういう汚い言葉を吐いて平井川くんは雪だるまを追って走っていった。
ほんの数分すると平井川くんは歩いて戻ってきた。その間、私は何故か少し怖かった。うす暗くなった夕方の学校は少し怖い。というか、私、怖がりなんだよね・・・。一人で取り残されるのは怖い。だからこうして、気になる事があって調べる時も、必ず誰かと一緒に行動する。正直な話、茶色の獣に一人で遭遇したら、たぶん泣く。
「ど、どうだった?雪だるま、追いつけた?」
すると平井川くんはつまらなそうな顔をして答える。
「いや、まかれた」
そう言ってため息をついた後、変な事を言い出した。
「なあ、優衣。この件、ちょっと手を引こうぜ」
「え?な、何で?」
「いや、オレ、この件、関わりたくないや。なんつーか・・・調べたくないんだよ」
平井川くんは何故だか目を逸らして呟いた。これまで、平井川くんとは妙な事を色々と調べてきた事があるんだけど、こんな途中でやる気を失ったのは初めてだった。一体どうしたんだろうと不思議に思う。
「だから優衣さ、お前もこの件からは手を引けよ」
そう言う平井川くんはいつになく真剣な表情だった。私は気圧されして、頷いてしまった。
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第5話「おかしな態度」
私が通う多摩境高校の最寄り駅、多摩境駅前にも規模は小さいけれどクリスマスイルミネーションが輝いていた。今年はエコが大きく取りざたされているので、LEDっていう省電力のイルミネーションが数多く飾られている。
もうクリスマスまではあと三日だ。クリスマスが誕生日である私にとっては、あと三日で15歳も終わりという事だ。でも私は早く20歳になりたい。大人になれば色んな事を自分の力で切り開いて行ける様な気がするからだ。とはいえ、今の高校生活も悪くはないけれど。
私は入学してすぐに立花先生が立ちあげたばかりのハンドベル部に入部した。別にハンドベルに興味があった訳ではなかったのだけど、人とは違う珍しい事をやりたいと考えていたので、あまり聞かない名前の部に入る事にしたんだ。
ハンドベル部には八人が入部した。全員が女子だ。立花先生も女性なので「女子会だね」と先生は笑っていた。
部の練習は週に二回だけだ。火曜と金曜に音楽室を使って三時間くらい練習する。最初は全くハーモニーにならなかったけど、夏にはそれなりに聴ける様になり、十月には吹奏楽部の定期演奏会のワンコーナーにゲスト出演させてもらえた。
ハンドベルの音色が一番聴かれるのはクリスマスの時期だ。私達も明後日の24日に、南大沢のアウトレットモールでミニコンサートを行うので、今日も遅くまで音楽室に籠っているという訳だ。
「じゃあ、今日の練習はここまで。明日はサイレント・ナイトの合わせをするから譜面を忘れないでね」
立花先生の言葉でこの日の練習も午後七時で終了となった。ハンドベル部はどんなに遅くなっても七時を回る事は無い。私はクラスメイトでもある仲のいいミクちゃんと一緒に帰る事にした。
ミクちゃんと二人で、音楽室を出て廊下を歩く。廊下には暖房が入っていないので寒い。「冷えるねー」とか言いながら、校舎の出口へ向かって歩いていると、視聴覚室に灯りが点いているのが見えた。
「あれ、こんな時間に視聴覚室で何してんだろ」
私がそう言うとミクちゃんは少し困った表情をして「さあ。それより寒いから早く帰ろう」と言った。
私は、こないだ視聴覚室で見つけたクリスマスパーティーの準備みたいな道具たちが気になっていた。聞いたところによると、どこの部でもそんなパーティーの企画は進んでいないらしい。それに、あの時に姿を現した「雪だるま」を追って行った平井川くんも、あの直後から私を避け始めていた。昨日も廊下で話しかけたら「オレ、忙しいから」と逃げられた。
「優衣、優衣。聞いてる?」
ミクちゃんに二度も名前を呼ばれて、はっとして「え?なに?」と聞く。
「明後日のミニコンサート、頑張ろうね」
そうだよね。今はミニコンサートの方が大事だよ。「うん、もちろん」と答える。
廊下を進んでいると、女子トイレからクラスメイトの凛ちゃんが出てきた。
「あ・・・」
凛ちゃんは何故だか顔をしかめた。それを見てミクちゃんも「ああー」と変な声を出した。
「あれ?凛ちゃん。今日は演劇部の練習、お休みじゃなかったっけ」
私がそう言うと凛ちゃんは少し間を空けてから女の子らしからぬ低い声を出した。
「はっはー!今日は特別練習日なのだ!!さらば!!」
何の役なのか知らないけど、なにかの役に成り切ったらしい凛ちゃんは廊下を駆け抜けて行った。
「変なの・・・」
みんな、部活で忙しいんだな。私はそう思ってミクちゃんと二人で帰る。
次の日、登校中の電車の中で、女子バスケ部のマキちゃんと同じ車両になった。マキちゃんとは中学からの友達だ。活発なマキちゃんにはいつも元気をもらえる。
「あ、おはよー、優衣!」
「おはよう。マキちゃん、今日も朝から元気だね」
「うーん、そうでもないよ。昨日はちょっと眠れなくてさ」
言われてみればマキちゃんの目には少しクマが出来ていた。せっかくにかわいい顔が台無しだ。
「どうかしたの?」
それでも元気なマキちゃんはハキハキとした声で答える。
「昨日の夜、体育館裏で、また見たんだよ」
「え・・・茶色の獣?」
「そう。それに、雪だるまみたいなヤツもいた。アタシに気がついたらしくて、目が合った途端に逃げ出して行ったんだけどさ・・・、こっちが逃げたかったよ。あんな暗いところで、あんな異様な連中と遭遇してさ・・・。で、夢に出てきて眠れなかったんだよー・・・アタシってば意外と乙女」
「雪だるま・・・」
「そうだよ。なんかうす暗くってよくわからなかったけどね。雪だるまの等身大ぬいぐるみを着た感じのヤツだよ。獣の方は四つん這いだったかな。でも逃げる時は普通に人間みたく走ってたけど・・・。両方とも一言も声を出さすに走り去ったよ」
そう言うマキちゃんは少し怖がっている様な表情を見せた。いつも元気なのに・・・。
その日の午後、私は平井川くんの教室を訪ねた。平井川くんは机の引き出しから漫画雑誌を取り出して読もうとしているところだった。
「ねえ、平井川くん」
私の声に反応して平井川くんが振り返る。
「お。益子優衣・・・」
「フルネームで呼ばないでよ」
「あ、ああ。それより、何か用かよ」
面倒そうに答える平井川くんに私は強い意志を持って言った。
「茶色の獣・・・、やっぱり一緒に調べてほしいんだ」
一人で調べてもいいんだけど、やっぱり夜の学校で私一人で行動するのは怖い。もし、茶色の獣や雪だるまが、何か危ない事柄だったとしたら、私一人じゃあどうする事も出来ない。だから平井川くんに協力してもらいたかった。
「何でオレが手伝わなくちゃいけないんだよ。他の誰かに頼めよ」
嫌そうな声を出す平井川くんに手伝わせる方法は知っている。私はそれを口にする。ちょっと卑怯だとは思うけど、まあいいよね。
「手伝ってくれたら、マキちゃんと三人でのゴハンにつれて行ってあげるからさ」
そう言うと平井川くんはバンと机を叩いて立ち上がった。
「優衣、お前さあ・・・」
辺りを見回してから平井川くんは答える。
「それ、絶対だからな」
いつもこうやって手伝ってもらってるんだよね。
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第6話「視線」
「くっそ!ハメられた!!」
家に帰って、自分の部屋に戻ってからそう言い、木製のタンスを蹴飛ばす。何をそんなに怒ってるのかと言えば自分のバカさ加減にだ。
さっき、益子優衣に「茶色の獣」をもう一度調べようと持ちかけられて、断ろうとしたのに、マキちゃんと遊びに行くという企画を持ちかけられて、ついオッケーしてしまったのだ。なんという不覚。この件からを手を引くって決めていたのに・・・。まさか優衣のヤツ、マキちゃんを交渉のダシに使うとは・・・。
まあいいだろう。マキちゃんと優衣とオレの三人で遊びに行けるのなら、ちょっと調べ物に付き合うのも悪い条件じゃあない。なにしろマキちゃんだ。マキちゃんと一緒にいれる時間が出来るんであれば何だっていい。だってすげえかわいいんだもん。何がって?例えば・・・
床に置いた携帯のランプが青く光る。着信の色だ。ディスプレイに表示されたのは益子優衣の文字。ちょっとげんなりしたが、ちゃんと電話には出た。
「もしもし」
『あ、平井川くん?こんばんは』
優衣が改まって挨拶する時は、何か無謀な事を言い出す時だ。少し嫌な予感がしつつも聞いてみる。
「どうした?」
『あのさ、えっとさ、そのさ』
やっぱり何か無謀な計画がある様だ。優衣はあんな童顔でかわいい顔をしておきながら、突拍子もない計画を言い出す事がしばしばある。きっとこの電話もそういう話だ。
『平井川くん、ビデオって持ってる?』
「ビデオ?DVDと一体化したデッキなら持ってるけど?何か観たい映画でもあるのか」
『違うよ。ビデオカメラ』
「カメラ?ああ、あるよ。親父が持ってる。なんか使うのか・・・」
言ってから「まさか」と思った。
「お前、もしかしてさ」
『うん、体育館裏にこっそりカメラを仕掛けるのはどうかなって思って』
フザけた計画だ!そんな事をしてどうしようって言うんだ。大体、ビデオカメラを仕掛けたというのが誰かにバレたらどんなに大騒ぎになるか。最近じゃ、男子生徒やバカな先生が女子更衣室にカメラを仕掛けたとか、そういうニュースを聞く事もある時代だ。オレにそういう疑いが向けられたら、間違いなく退学だ。
そういう事を長々と優衣に説明したのだけど、優衣は『じゃあカメラは私一人でやるよ』と言うのだった。
「ダメだよ。どうせお前、機械とかわかんねーだろ。貸せないよ」
『だったら・・・マキちゃんとのお出かけもナシでいい?』
「・・・・・・、カメラ、明日、持ってく」
12月23日の夕方。オレは人生で初めて、隠し撮りというものをする事になった。別に女子更衣室とかトイレとかを撮るのではないので犯罪じゃあないんだけれど、とにかく後ろめたさが強かった。それなのに、マキちゃんとのおでかけをエサにされて、食いついてしまったオレは、せっせと体育館裏近くにある雑草の中にビデオカメラを設置した。
さすがに一人だと心細いので優衣にも来てもらい、二人でセッティングだ。体育館から少し離れた場所に花壇があり、現在あまり手入れがされていないのか雑草が生えていたので、その中に隠すようにカメラを設置した。
カメラは体育館裏の方に向けて固定し、録画ボタンを押した。これで約三時間は定点カメラとして録画が出来る。今は午後四時過ぎなので、七時くらいまでは移せるはずだ。
「じゃあ私はハンドベル部の練習があるから」
そう言って優衣は音楽室のある校舎の方へ歩いて行った。
その校舎の違う部屋をオレは見る。視聴覚室だ。そこは今日も灯りが点いていた。優衣がその事に気づかない事を願う。もし、気付いてしまったら、優衣はきっと気になる事だろう。もしそうなったらヒジョーに面倒臭い。いや、ビデオを設置してる時点で相当面倒な事になってはいるのだけど。まあいい、ビデオは視聴覚室からはちょうど180度逆を向いているから、優衣が気付く事は無いだろう。
優衣がハンドベル部の練習を終えるまで、オレは近くのコンビニで漫画の立ち読みをしたり、煎餅を買って教室で食べたりしていた。
教室の窓から校庭を見降ろすと、サッカー部が白い息を吐きながら試合形式の練習をしているのが見えた。一人のイケメン部員が色々と指示を出しながらディフェンダーをかいくぐり、絶妙なアシストパスを繰り出してゴールを演出した。
「すげえな・・・」
オレも彼の様にスポーツが出来て、カッコいいという男になりたかった。でも現実はこんなもんだ。部活にも入らずに週3日でレンタルCD屋でバイトをする日々。だから優衣の面倒なお願いも、完全に嫌だとは言えなかった。日々の生活に少しでいいから刺激が欲しいんだ。
サッカー部の横を陸上部が駆け抜けて行く。そこにはヒロの姿も見えた。ヒロは部の中では相当遅いらしく、いっつも他の部員から遅れているのだけど、最近はわりと粘っている様に見える。あんなアホな男でも頑張れば身に付くという事だろうか。
「お待たせ」
ハンドベル部の練習を終えた優衣が教室にやってきた。夜の教室で二人という事で、ちょっとドキドキしたけど、とにかくビデオカメラの所へと向かった。
花壇からカメラを取り出し、二人で駅前のハンバーガー屋へと移動した。
録画時間は二時間四十八分となっている。一番前まで巻き戻して再生してみる。
まだ夕日に染まっている体育館裏の画像が映し出され、隠し撮りが成功している事に妙な高揚感を覚えた。
普通に再生していたら時間がかかるので、人が通る時意外は数倍のスピードで再生する。とはいえ、ほとんど人が映る事もないので、ずーっとスピード再生だ。夕日の色が消え、暗い時間の映像になると、電灯の下意外はほとんど黒という感じの映像が続く。
午後六時半のところで、女子バスケ部の練習が終わったらしく、カメラの前をバスケ部員が次々と通過していく。
「バスケ部って体育館を出て、ここを通って部室に戻るんだね」
優衣が頷きながらそう呟く。オレはというと一瞬映ったマキちゃんにドギマギしてる始末だ。ああ、隠し撮りは犯罪だよ。
女子バスケ部が通貨した後は何も変化する事なく映像は終わった。
「何も映らなかったな。まあ、こんなもんだよ。もうやめようぜ優衣」
オレがそう言って優衣を見ると、優衣は巻き戻しボタンを押した。さっきの、バスケ部員がたくさん通過するところで再生をする。
「何してんだよ」
「ねえ、平井川くん。これ、何か変だと思わない?」
「はあ?」
カメラの前を次々と通過するバスケ部員たち。マキちゃんもいるけど、バスケ部員ってけっこうな数がいるんだなと感心する。
「優衣、どこがおかしいんだ?」
「よく見てよ。みんなの視線を」
「視線?」
もう一度巻き戻して、バスケ部員たちの視線を追う。
するとどうだろうか。彼女達のほとんどが、一度はカメラの方を見ているではないか。
「ば、バレてる・・・?」
「違うよ。カメラを見てるんじゃない」
「え?」
彼女たちの視線は確かにこちらを向いている。しかし、カメラ直視ではなく、もう少し上の方を向いている様に見えた。花壇のカメラに気付いているのではない。それより上にある何かに一度は目を向けているのだ。
「これ、何を見ているのかなあ」
優衣がそう言った時、オレは気づいた。彼女たちは、あの部屋を見ているのだ。
視聴覚室を・・・。
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第7話「先回り」
クリスマス・イブ。街は朝からクリスマスソングで賑やかな雰囲気となっていた。私が登校する時には、すでにコンビニやファストフード店の人はサンタの帽子をかぶって働いていて、そういうのを見ると、いつも女子グループで行動している私でも、彼氏がほしいなあ、とか考えてしまう。なのに今日の予定はおかしな事になってしまっている。というか私が自分で決めたのだけど。
昨日、例のビデオカメラを平井川くんと一緒にハンバーガー屋で再生していた。体育館裏を2時間半以上も撮り続けたカメラには、最初は何も映っていないかと思っていた。
2時間12分を少し経過したところで、女子バスケ部が練習を終えて、カメラの前をみんなで通過する場面があったのだけど、そこに不思議な現象があったんだ。
みんながこちらを一度は見てカメラの前を通過していくんだ。
バレたと思った。あそこにビデオカメラが隠して置いてあるのがバレたのかと思い、冷や汗が背中をつたった。でもよく観察すると、みんなの視線はカメラ直視じゃあなくて、カメラより少し上の方に向かれていた。
カメラより上には何も無い。と、いう事は、カメラより上であり、もっと後方に、みんなが視線を向ける様な何かがあるという事なんだ。
でもそれは茶色の獣だとかドレスの女性だとかの不気味な事柄じゃあないらしい。みんなチラッとそちらに目をやっているだけで、怖がっている様子はなかった。
みんなが見る方角に何があるのか?校内の位置関係がイマイチ思いだせなかったので、今日、登校したら最初に体育館裏へ行ってみようと思っていた。平井川くんも誘ってみたけど「朝は眠いから行動したくない」という理由で断られた。適当な男だ。
クリスマスイヴは、明日が誕生日な私にとっては微妙な日だ。今はまだティーンズだからいいとしても、20代後半になったらきっと微妙な気分の日になる。年を取る前日という事なんだから。
そんな日に私は登校して教室には向かわずに体育館裏へと歩いて行った。ビデオカメラを隠した雑草だらけの花壇のところまで来ると、女子バスケ部のみんながやった様に視線を花壇の方向に向けて、少し上の方を見た。
そこには四階建ての校舎がある。一階は職員室。二階から四階はそれぞれの教室っぽい。教室の外側にはベランダがついているのだけど、そこには変わったものは無い。
「みんな、何を見てたのかなあ・・・」
気になる。一度気になった事は徹底的に調べるのが私だ。こうなったら女子バスケ部のマキちゃんに聞きに行こう。そう思った時、ある部屋が私の目に飛び込んできた。
二階のハジの教室。あそこだけ窓の作りが違う。他の教室よりも立派だ。あの部屋は何だっけ・・・。そう考えてハッとした。
「視聴覚室だ・・・」
私はすぐに駆け足でマキちゃんのいるクラスへと向かった。昨日、何で視聴覚室の方を見たのかを聞くために。
「視聴覚室?」
私がマキちゃんに「昨日の夜、部活の帰りに視聴覚室で何かやってるの見なかった?」と聞くと、マキちゃんは自分の席に座ったまま天井を見上げて考え込んだ。
「ああ、サンタさんだよ」
「サンタさん?」
「うん。視聴覚室だけ電気が点いててさ。なんか、きゃっきゃと騒いでる声が聞こえたから見たら窓際をサンタさんが歩いてた。なんだろね、あれ」
「そうかあ・・・、ありがと」
私がお礼を言うとマキちゃんは「それだけ?」と言うので、私は頷いて自分の教室へと向かった。
「変なコ」
視聴覚室でクリスマスパーティーでもやっていたのだろうか。サンタの格好して大騒ぎするなんてそれしか無いと思うんだけど、クリスマスは明日なんだけどなあ。大体、茶色の獣とかドレスの女性とかは何だ。全く関係無い話なのかなあ。
授業中、色々と考え込んでいたらあっという間に一日が過ぎた。でもノートはしっかりととってある。こんな事で成績が下がってしまってはいけない。総合成績は学年トップ20位内くらいにはいないとダメだと思うから。まあ別に順位発表なんてしない学校だけれど。
全部の授業を終えると、私はまた平井川くんの教室へ行った。平井川くんは友達と一緒に帰ろうとしていたけれど呼びとめた。
「平井川くん、今日ちょっとだけ時間ある?」
すると平井川くんの友達が「うわ、平井川・・・いいなあ、イブにこんなかわいいコに呼び止められて・・・、オレ、邪魔っぽいから先帰るよ」と言って走って行った。
「あ、オイ!待てって!違うって!!」
確かにあの友達さんは感違いしてるみたいだ。でも一ついい事を言ってくれた。かわいいコって言ってくれた。いつも変わり者って言われる私としては嬉しい。
「おい優衣!お前のせいであいつ先に帰っちゃったじゃねーかよ!」
怒る平井川くんに私は言うのだ。
「それよりさ、もう一度だけ視聴覚室に行くのに付き合ってよ。ちゃんとマキちゃんと遊びに行く話、つけるから。お願い」
私が両手を合わせてそう言うと、平井川くんは「お、おう」と言って頷いてくれた。うん、単純で頼りに出来るね。
職員室でカギを借り、視聴覚室に入ると、いきなり違和感が私を襲った。
「何も無い・・・」
こないだ来た時はダンボール箱に綺麗なスズランテープやらクリスマス装飾品が入っていたのだけど、今日はそのダンボールごと無くなっていた。それだけじゃあ無い。なんか部屋全体が綺麗すぎる。掃除したみたいだ。
「どういう事だろう」
私が呟くと、平井川くんはそっけない態度で言った。
「どうって、パーティーが終わったかなんかで全部片付けたんだろ」
確かにそれで筋は通るんだけど、どうにも釈然としないんだよなあ。だってクリスマスは明日なのに。やるならせめて今日か明日でしょ。
「なんか・・・先回りされて証拠を消されてる感じだよねえ」
そう言うと平井川くんは「アホか!」と言って辺りをきょろきょろした。
これ以上ここで何かを探そうとしても何もわからなそうだ。私達は視聴覚室を出て、そこで解散した。
家路を歩きながら、私は考える。
本当に先回りされて証拠品を片付けられちゃったとしたら、それはどういう事なんだろうかと。それはつまり私と平井川くんが調べてるって行動がバレてるって事にならないだろうか?
でもそれはおかしい。ビデオカメラを仕掛けたのは私と平井川くん以外は誰も知らないはずだし、誰かがビデオカメラに気づいてた様子は映ってなかった。あの映像から視聴覚室へ辿り着けるのは私か平井川くん以外にはいないはずだ。あの前に視聴覚室を調べた事があるからこそ、みんなの視線が視聴覚室だと気づけたのだから。
「と、いう事は・・・?もしかして・・・」
思わず私は一人で声に出してしまっていた。
視聴覚室で何をする気だったのかはわからないし、茶色の獣とかと関係してる事なのかもわからないけど、誰かが何かを秘密で計画していて、それを調べる私を警戒しだして・・・、もしかして・・・?
「平井川くんが??」
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最終話「歓声」
12月25日。クリスマスだ。この日を待ちに待っていた人もいれば、別になんてこともない人もいるだろうけど、そんな事など関係なく街はクリスマス商戦の最大の山場を迎えている。
そんな中、私たちの通う多摩境高校は今日が二学期の終業式となる。今年最後の登校をするためにそれぞれが学校へと向かう。
今日という日が終業式というのは誰かに告白しようとしている生徒にとっては最大のチャンスでもあるだろうな、と思う。けれど私には好きな人はいない。好きな人は欲しいんだけれど、まだ見つからない。それって女子高生としてはちょっと切ない。
そんな私が登校して教室に入ると、私の机の上に水色の封筒が置かれていた。封筒には、いかにも女子という丸文字で「優衣ちゃんへ」とオレンジ色の色鉛筆で書かれていた。
「なにこれ・・・」
辺りを見回す。教室にはすでに十人以上のクラスメイトが来ているけれど、別に誰かが私の事を見ている様子もない。なんだろう。封筒の中からは一枚のルーズリーフが入っていた。
ルーズリーフには鮮やかな色んな色を使ってこう書かれていた。
『今日の二時に視聴覚室に来てね』
思わず鳥肌が立った。視聴覚室?もう一度辺りを見回す。そしてルーズリーフに目を戻す。この文字も女子という感じだ。
何で私が視聴覚室に呼び出されるんだ?そう考えて怖くなってきた。心臓がバクバクとする。私が色々調べている事が、誰かの機嫌を損ねてしまったんだろうか・・・。
私は封筒を握りしめて隣の教室へ向かった。そう、平井川くんに会うために。
平井川くんはすでに登校してきていて、友達と何かを楽しそうに話していた。相変わらず声が大きい。
「平井川くん」
「ん、おう。優衣か。どうした」
私は平井川くんに例の封筒を見せる。
「これ、私の机に置いてあった」
「なにこれ?ラブレター?」
「知らないの?この封筒」
「はあ?知るかよ」
そう言うけど平井川くんは私から目を逸らした。それを見て私は確信した。やっぱり平井川くんは何かを知っているんだと。もしかしたら、茶色の獣もドレスの女も雪だるまもサンタも全て平井川くんのイタズラなのかもしれない。
いや、それは無いか。少なくとも、雪だるまは平井川くんが追いかけて行ったんだし。
「今日の二時に視聴覚室に来てって書いてあったんだ」
「そうかよ。じゃあ行ってみればいいんじゃない?」
「なにそれ!冷たくない?」
思わず私は声を荒げていた。誰が呼び出したのかもわからない視聴覚室に、私一人で行けというのか。
「言っただろ。オレはこの件から手を引くって」
「だって・・・マキちゃんとの、ゴハンに行けなくなるよ?」
そう言うと平井川くんは「あ」と言って固まった。しばらく動かないと思ったら「わかったよ」と言って封筒を見た。
「一緒に視聴覚室に行けばいいんだろ。そのかわり、マキちゃんとのゴハンは絶対だぞ」
終業式が全て終わると午後一時だった。私は図書室で時間を潰していた。指定された時間まで一時間、ものすごく長い一時間だった。面白いテレビとか見てる時は一時間なんてあっという間なのに、この時間はつまらない授業よりもさらに長く感じた。
やっと午後一時五十分になると、図書室に平井川くんがやってきた。いよいよだ。いよいよ視聴覚室の謎が解ける。あのクリスマスパーティーの準備みたいな物や、サンタが女子バスケ部に目撃された事も、パーティーの準備品が突然消えた事も、全て誰の仕業で、何の目的なのかがわかりそうな気がする。
そして、茶色の獣と雪だるまとドレスの女性が何なのか、関係あるのか、平井川くんは何を知っているのか。ああ、何だかややこしい。
二人で視聴覚室の前までやってきた。
「開けるぞ」
平井川くんがやや大きい声でそう言い、扉を開けると、中は真っ暗だった。視聴覚室の遮光カーテンが降りているらしく、窓から光が入ってこない様になっている。
「入るぞ」
平井川くんに背中を押されて私は部屋へと入る。私はうろたえた。もしかして・・・私、この真っ暗な部屋で平井川くんに・・・
バタンという音とともに入口の扉が閉められた。思わず「ひ」と声をあげた。振り返ると、暗い中でも平井川くんがニヤけているのがわかった。そんな・・・まさか。
突然、部屋がパッと明るくなる。すると周りには何人もの生徒が立っているのがわかった。そこ中にはサンタや雪だるま、それに全身が茶色で角の生えた獣みたいのまでいた。
「な・・・?え・・・?」
パンパンパンという乾いた炸裂音とともに紙テープが部屋に飛び散った。クラッカーだ!一体何なのかと私がおろおろしていると、全員が声をそろえて言った。私すらも忘れていた事を。
「ハッピーバースデーイ!!!」
「・・・え?」
よく周りを見ると、制服姿の人は全て私の友達だった。
「ミクちゃん!凛ちゃん!!」
サンタだってよく見れば友達の女子がつけひげをしているだけだ。茶色の獣は・・・トナカイのキグルミだ。雪だるまだってそうだ。
「こ、この人たちは・・・?」
驚く私に凛ちゃんは言った。
「演劇部の仲間に協力してもらったんだ」
「え、演劇部??」
そういえば凛ちゃんは演劇部だ。ついこないだ会った時も「はっはー!今日は特別練習なのだ!」とか言っていた。
「もしかして・・・特別練習って」
聞くと凛ちゃんはかわいげに笑った。
「うん、コレの練習」
「コレって・・・」
「優衣の誕生日会。ついでにクリスマスパーティー。驚かしたかったから秘密で進めてたんだ」
するとみんなが頷いた。
「みんな・・・」
一人、平井川くんだけは、つまんなそうに眺めていた。
「平井川くん・・・、平井川くんは一体・・・?」
「ああ、それだけどな・・・」
平井川くんは視聴覚室の面々を見まわしてから言った。
「オレも最初は優衣と一緒に茶色の獣とかを調べてるだけだったんだよなー。でもさ、一度この視聴覚室に来た時、状況は変わったんだよな」
「ど、どういう事?」
「ここから出た時に、廊下で雪だるまに遭遇しただろ?」
「うん、それで平井川くんが追いかけたけど、まかれちゃったっていう・・・」
「あれ本当は、雪だるまに追いついたんだ」
平井川くんは雪だるまのキグルミを見た人を見た。雪だるまは頷く。多分、演劇部の人だ。
「それで何をしてるのか問い詰めたらさ。優衣の誕生日パーティーの準備だっていうじゃねーか。それでサンタも茶色の獣も全部、謎が解けちゃったもんだからさ。それでこの件から手を引こうって言ったわけ。優衣の誕生日会なんて、オレは興味ねーし」
なんだか腹の立つ言い方だけど、話は見えてきた。
「じゃあ、もう一度ここに来た時にパーティーの準備品が消えてたのは・・・」
平井川くんはニヤリとして言う。嫌な笑い方だ。「今頃気づいたの?」的な。
「そう。ビデオに映ってた女子バスケ部の視線から、視聴覚室に優衣がまた来る気がしたから、そこのミクちゃんと凛ちゃんに言ったんだ。優衣に感づかれるから準備品は隠した方がいいよって」
「そ・・・そういう事か」
という事は途中からは平井川くんは全てを知っていて私と行動を共にしてたって訳か。なんだか腹が立つ。これだから男子って、平井川くんって嫌なんだ。
「さて、謎ときはここまでとして」
凛ちゃんがパンと手をたたいて言った。
「乾杯のためのシュースを配るよー!!」
みんなに次々とオレンジジュースや紅茶が紙コップで配られていく。私のところにも紅茶が回ってきた。
「じゃじゃーん」
ミクちゃんが何か箱を手に持ってきた。それはホールケーキの箱だった。箱からケーキを取り出して、ロウソクを立てる。立てた本数は16本。私の年だ。
「優衣ってば、しょっちゅう言ってたからね。クリスマスに誕生日だと損だって。だから損なんて感じないようにクリスマスと誕生日のダブルパーティーを企画したんだ」
ミクちゃんが笑ってそう言うので私は恥ずかしくなった。わがまま娘じゃんか・・・私。
「それでは!」
部屋がふっと暗くなった。暗い中、ロウソクの炎が揺らめく。そこへ廊下から薄いブルーのドレスを着た女の人が入ってきた。
その人はオペラ歌手の様な綺麗な声で歌いだした。サイレントナイトを。歌声は部屋に響き渡り、みんなは静かにそれを聞いている。
この人も演劇部の人なのだろうか。それともどこかの部で声楽でもやっている人なんだろうか。でも間違いなく、屋上で笑っていた人だ。この日のために練習してきてくれたんだろう。よく見れば完全にティーンズの顔だ。きっと凛ちゃんの友達に違いない。
歌はそのままハッピーバースデイの曲へと変わった。みんなでその歌を合唱し、私はろうそくの火を一気に消した。歓声が部屋を包む。
ありがとう、みんな。ありがとう、本当に。
もうクリスマスが誕生日って事を損だなんて言わないよ。こんなに盛大に祝ってもらえちゃったんだもん。
「あーあ、つまんねーの」
オレは誕生日会を抜け出し、廊下を歩いていた。
優衣の誕生日なんか祝ってどうすんだってんだ。そんな事よりも、この平井川将生にマキちゃんを紹介しろってんだよ、全く。
「おーい、将生ー」
声に振りかえるとクラスメイトのヒロが手を振っていた。
「おう、どうしたヒロ」
「いや、一緒に帰ろうぜって思って」
「部活は?」
「今日はもう終わり」
「ヒロ、お前今日クリスマスだぞ。デートの予定とか無いのかよ」
オレがそう聞くとヒロは堂々と答えた。
「無い。将生こそ無いのかよ。マキちゃんは?」
痛いところを聞いてくる。ヤなヤツだなー。
「絶対、優衣にマキちゃんとのゴハンをセッティングしてもらう。そのために頑張ったんだからな。オレの努力はすげえよ?」
「なんだか遠回りな作戦だなー」
ほんと、遠回りだ。今回だって単に優衣の誕生日会を調べただけでこんなに疲れた。もうコリゴリだな。優衣に関わるのは。マキちゃんへの想いは自分一人で何とかしよう。
校庭に出て見上げると、視聴覚室からは賑やかで幸せそうな声が響いていた。
クリスマスにぴったりなハッピーな歓声だ。
「サンタが高校にやってきた」 END
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もう年末ですね。
みなさん、いかがお過ごしですか?
8話で完結の短編「サンタが高校にやってきた」が終了しました。
予定では12月25日に完結するはずが、僕が高熱を出してしまい、連載が遅れてしまいました。
「空の下で」と同じ多摩境高校を舞台としたお話になりました。
前に書いた短編「ブラスバンドライフ」では、「空の下で」の登場人物が何人か出たりしましたが、今回は一年生の好野博一(ヒロ)だけがチョイ役で出ています。
なにしろ、このブログサイトの全ての物語は同じ高校を舞台としてますので、リンクする部分が出てくるわけです。
今回は益子優衣と平井川将生という一年生ふたりが軸となって話が進む形となりました。
読み終えれば、なんてことの無い話を長々と8話もかけてやっている訳ですが・・・(笑)
タイトルの「サンタが高校へやってきた」は、クリスマスソングとして有名な「サンタが街へやってきた」からとっています。(サンタクロース・カミン・トゥ・タウン)
元々、多摩境高校を舞台に、しょうもない出来事に首を突っ込んで行く話を書こうとしていて、色々と案があったのですが、今回は時期的にクリスマスの話にしました。
自分の中では、今回のお話は優衣と平井川の連作短編のエピソード4みたいな感じをイメージして書いてます。
つまり、何件か出来事を解決してきて、四つめの出来事が今回の話・・・みたいなイメージです。
もちろん1~3は書いてもないし、これから先、それを書くかもわかりませんが・・・。
本当はもっと不気味な演出をしたかったんですが、このブログに合わないのでやめました。
さてさて、いよいよ年の瀬ですね。
このブログの来年の構想はほぼ決まってきました。
年明けに発表という事にします。まあ多分、みなさんの予想している通りだと思います。
では、また。
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